勇者神想
マグナセイバー
Mission 1 『甦る『邪悪やみ』 目覚める『勇者ひかり』』








『我が………く者……と共……かえ』



規則的なリズムで揺れる特急電車の中、俺は夢の中でそんな声を聞いた気がした。
俺はちょうど学校の修学旅行中で、それは『奈良の名所を回る』というごくごく普通のものだ。
そう、ただの修学旅行で終わる『はず』だった。

「なあ、勇斗ぉ。」

「何だよ?」

「つまんなくねーか? こんなの見てもさぁ。でっかい仏像があるだけなんだし。」

勇斗と呼ばれたこの少年は『紅焔寺 勇斗こうえんじ ゆうと』、ごく普通の小学生6年生である。赤いジャケットの袖を肘までまくり、その下に白のTシャツ、下は青のジーンズといった格好だ。
ちなみに横から声をかけているのは『大塚 大輔おおつか だいすけ』、勇斗とは幼稚園からの友達の一人である。

「そんなことないって。だってお土産とかもあるじゃん。こういうとこは結構『地方限定』とか多いだろ? 例えば………ほら、饅頭とかいろいろさぁ。」

「んなもん買ったってなぁ……」

つまらなそうにふてくされる大輔に苦笑しつつも、勇斗は大仏殿の柱にある『紅天石こうてんせき』と呼ばれる石を見上げた。
その組成を解明するため幾度と無く科学的な分析が行われたが、結局その正体が一体なんなのかは一切分からなかった。だがずっと昔からその場所にあり、過去幾度もの火災の際も大仏と共に燃え残り、再建時にはお守りのような物として必ず同じ位置に付けられたという石。
深い紅をたたえたそれは、常に見る者を魅了してやまない。そのおかげでここを訪れる見物客も後を絶たないのだ。
今回の修学旅行も、半分は『その石を見てみたい』という一部の若い教師達の希望も盛り込まれているらしい。
それとこれはあくまで噂なのだが、石を見つめていて妙な声を聞いた、と言う人もいるそうだ。

このときの勇斗もそんな神秘の石に魅せられた中の一人だった。巷で有名なその石を見ようと目線をあげると、大仏のてっぺんの少し上に小さな輝きを見せる石が見える。どうやら屋根に小さな窓がついており、そこから差し込む細い光が石の輝きをより一層引き立たせているらしい。
その美しさに不思議なまでに心を惹かれた勇斗は、首が痛くなるのも忘れ、ただひたすらにその石を見上げ続けた。勇斗の目には、まるで石までの距離が無くなったかのようにその形から色合いまでがハッキリと目に映った。
と、そんな時だった。不意に勇斗の頭の中に奇妙な声が響いた。

『我が声を聞く者よ、我と共に戦え。』

あまりに微かな声に最初は気のせいかと思った勇斗だったが、それはなおも響き続ける。

『我が声を聞く者よ、我と共に戦え……』

「何だ、この声………!?」

周りを見渡してみるが、他には誰も聞こえていないらしい。勇斗はもう一度あの石、『紅天石』を見た。相も変わらぬ赤い輝きを見せるそれだったが、その光沢が揺らいだかと思ったその瞬間、外の様子は一変した。




南東の市街地の中心で突如爆発が起こったのだ。そしてその上空には街を焦がす炎の赤とは対照的な青い物体が浮かんでいる。
まるでジャンボ機を模したような青い物体は、左右に携えた大きな翼を翻し、向きを変えて勇斗達のいる東大寺へ向けて加速してきた。

「なんだあれは!?」

「どうなってるの!?」

不可思議なその現象に当てもなく疑問を口にする人々。だがそれも直ぐに悲鳴と叫声に変わる。逃げ場を求め彷徨う人の波が周辺を埋め尽くすまでに、さほど時間はかからなかっただろう。 だが石に魅入っている勇斗はその様子に全く気づいていなかった。

「おい、勇斗! 何やってんだよ、逃げるぞ! おい!!」

「え? あ、あぁ。」

大輔の呼びかけでようやく我に返った勇斗だったが、もうすでに大半の人は逃げた後で、あたりには二人の姿しかない。

「行くぞ!」

普段はちょっとしたことでは驚かない大輔も、さすがに事態が事態なだけに血相を変えて勇斗の腕を引く。

「ちょ、ちょっと、そんなに引っ張るなって……ぉわっ!」

「何やってんだよ、先行くぞ!」

「あっ、待てよ!」

うっかり転んでしまった勇斗を置いて大輔は先に行ってしまった。だが一人残され、よろよろと建物の外へ出た勇斗の前に、これまでの人生で最大の不幸が降臨する。

「ギギギ、ガガガ、フシュゥゥ………」

「うわぁっ!!」

よろめきながら大仏殿を出た勇斗の前に、あの化け物が現れたのだ。口とおぼしき場所から言葉とは思えない言葉をはき出したその化け物は、その巨体の頂上についた目のようなもので足下にへたり込んだ一人の人間を見下ろした。

「う、うわ、わぁぁぁっ!」

足下の人間、もとい勇斗は恐怖のあまりに涙を浮かべ後ずさる。その様子に歓喜したのか、化け物はもたげていた頭を空へ向け、ありったけの力で雄叫びをあげた。

「ギャオォォォォォォォォォォォォォン!」

「うわあぁっ!」

その咆哮を至近距離で受けた勇斗は、気が遠くなりそうになりながら、もう一度『あの声』を聞いた。

『この声を聞く者よ、私と共に戦え……』

先程とは違い、今度ははっきりと聞き取ることが出来た。

“この声は………誰なんだ……?”

『私の名は『マグナ』。この声を聞く者よ、私と共に戦うのだ』

謎の声ははっきりとそう言った。

“マグ……ナ……?”

『そうだ。君の名は?』

虚ろな意識の中、問われるままに答える。

“俺は………勇斗……『紅焔寺勇斗』だ。”

『では勇斗よ、私と共に戦ってくれ。』

声の主、マグナは迷い無く言った。


『戦え』と。


“戦う………って、どういうことだ?”

『この世界に危機が迫っているのだ。『邪悪なる者』がこの世界を滅ぼそうと動き出した。』

マグナは冷静に語るが、勇斗はなにがなにやら、と言った様子で首を捻る。

“『邪悪なる者』? 何なんだよ、それ?”

『奴の名は『ハーデス』。強大なる力を持った世界に破滅をもたらす存在だ。』

“あの変な青い奴が?”

『いや、そうではない。とにかく今は時間が無い、私に力を貸してくれ。』

“何かよく分かんないけど………いいぜ。俺で良いのなら。”

よく分からない、でもこの状況を何とかするにはこうするしかない、そう思って言った。
それが、これまでの自分の平穏な生活との別れであるとも知らずに───




勇斗の意識が戻るのと同時に、勇斗の頭上、大仏殿の天井あたりから紅の閃光が飛び出す。そして敷地外の駐車場の一郭に止めてあった一台の紅い乗用車の上で動きを止めると、まるで融けていくようにその中へと消えていった。そう思った次の瞬間、その車は誰も乗っていないにもかかわらず、アクセル全開でこちらへと向けて疾走してきた。

「ガォォゥ!」

突然のことに見とれていた化け物も、ようやく我に返ったのか、踵を返しその車へと向き直る。だがその巨体が災いし、自分より遙かに小さい深紅の車を捉えることは容易ではなかった。加えて車の出す異常なまでのスピードが更にそれを困難にしている。

“何だ、あの車? 誰も乗ってないはずなのに………”

目の前で繰り広げられる光景のあまりの不可思議さに、勇斗は目を丸くしていた。しかしそれ以上に自分の目を疑いたくなるような事態が彼を襲う。

「とあっ!」

先ほどまで巨大な怪物とカーチェイスを繰り広げていた赤い乗用車が、附近の段差を利用して飛び上がったかと思うと、突如『変形した』のだ。
車体の前部は最前部を軸に180度回転し足を形成、また後部はドアの部分が車体下部方向に90度回転し、更にドアパネルを180度回転させて腕に、トランク部は左右に分かれて肩になった。最後に頭部が出てきて人型の、『ロボット』と呼ぶに相応しい姿に変形が完了する。

その『ロボット』は空中で腰のあたりから何かを取り出すと、自分を睨みつけている化け物に向けた。どうやらそれはそのロボット専用のハンドガンのようで、銃口からは実弾ではなくビームが発射されるタイプのものだ。

「『マグナブラスター』!!」

矢継ぎ早に打ち出される光弾にたじろぐ化け物。
しかしその程度ではやはり倒れるはずもなく、目の前に現れた『目的を妨げる者』に牙を剥き、ご自慢の加速で襲いかかる。

「ガァアォゥ!」

「チィッ!」

間一髪の所でしゃがんで回避するロボット。攻撃をかわされ、いったん空へと消える怪物。そして、その様子をあっけにとられ眺めている勇斗。一見すると実に奇妙な顔合わせである。
敵が見えなくなったのを確認したロボットは勇斗に向かって語りかけた。

「勇斗、私に力を。」

「えっ? ち、『力』って?」

急な展開についていけず混乱気味の勇斗。だがロボットの方はそんなことは気にも留めていないようだ。

「私は君の『心のエネルギー』を『力』に変えて戦うことが出来るのだ。ヤツもすぐに戻ってくるだろう。勇斗、私に力を!」

「そんなこと言われても……それに君は一体…? 『心のエネルギー』って?」

「私はマグナ、勇斗を主とする『火』の精霊だ。『心のエネルギー』とは、人が『感情』と呼称する精神の波動のことであり、我々精霊はその波動を増幅し、吸収することで自らの『力』とすることが出来るのだ。」

精霊、精神の波動、増幅、吸収………。ますます訳が分からない言葉だらけだ。余計に頭の中がこんがらがってきた勇斗は、ついに最後の手段に出た。

「つまり……どうすればいいんだ?」

訳が分からないが、自分の身が危なくて、しかも自分を守ってくれると言う『格好いい』ロボットが目の前にいる。そして自分に協力を求めている。ならば手を貸してやれ、というのが勇斗の出した結論だった。端的に言うと『考えるのを放棄した』とも言うのだが。

「では、これを。」

「これは?」

マグナが差し出してきた掌に現れた光球の中には、小さなブレスレットが浮かんでいた。

「これは『マグナコマンダー』だ。これを天にかざして叫んでくれ。『バーンアップ』と。」

「わかった。」

躊躇うことなくブレスレットを左手首に装着する。さっきとは逆方向の空から超高速で迫る化け物を目で確認すると、言われたとおり左腕を遙か天空へとかざし、ありったけの声で叫んだ。

「バ―――ン、アァァァァァァァァァァァップ!!!!」

その直後。
地上すれすれを掠めるように飛来した化け物の翼が、まさにマグナのボディを捉えんとした瞬間、突如マグナの体が輝きを放ち始めた。

「セイバ――ローダァァァァァッ!!」

天に轟くマグナの呼びかけに呼応するかのように空に暗雲がかかり、その隙間から紅蓮の炎が地上に向けて渦を巻き降り立つ。そして更にその中から白と赤で彩られた巨大なトレーラーに似た車体が踊り出す。
底部のスラスターを噴かし上空へ飛び上がると、車体前部が上に向かって回転し、連動して車体中央から引き出されたブロックごと左右に分かれて両腕になる。後部も二つに分かれて伸びて最後尾のパーツをたてて足となり、中央付近で後部が回転すると、そのシルエットは人型に近いものになった。
その巨体へと飛び込んでいくマグナは、車形態に変形すると半分に折れ曲がり、その胸にすっぽりと収まる。背面から胸のカバーが被さると、それまで存在していなかった頭部が飛び出し、完全な『人』の姿になった。

焔神合体えんじんがったい! マグナッセイッバァァァァァッ!!」

ズシン、という重い音と共にゆっくりと大地に降り立ったその巨人は、勇斗に背を向け、青い化け物から護るような位置に立っていた。先程の形態の約2倍くらいの大きさだ。

「勇斗、私の中へ。」

「え?」

マグナ、いやマグナセイバーは勇斗の方へ向き直ると手のひらを差し出してきた。突然の出来事に混乱しっぱなしの勇斗は素っ頓狂な声を上げる。だがこの状況から考えて「この手に乗れ」ということだろうと思い、素直に乗った。それを確認すると、マグナセイバーは勇斗を自分の胸のエンブレムの中に招き入れた。
勇斗はその直後、我が目を疑った。ロボットの中に入ったのだから機械類が沢山あるのかと思っていたのだが、意外なことにそこには『何もなかった』のだ。
ただ真っ暗な中に勇斗は浮かんでいた。一応上下の区別はあるらしく、何となくだが見えない地面に立っているような感覚すらある。
訳が分からず辺りを見回していると、どこからか声が聞こえた。

「そこは私の中にある別の空間だ。勇斗の安全を確保するためと、勇斗の力を確実に私に伝えるためのものだ。」

「それで、どうすればいいんだ?」

「私は勇斗の強い気持ちをエネルギーに変えるのだ。だから強く思ってくれ、『ヤツを倒す』と!」

そう、要するに戦う『気持ち』が必要なのだ。人の持つ『心』の中の想いや意志をそのまま『力』に、ロボットならば動力源にする、ということらしい。 ふと急に勇斗の前方の空間に映像が浮かぶ。どうやらマグナセイバーの視点が直接見えるようになっているようだ。その映像には、依然恨めしそうにこちらを睨むあの化け物もいる。合体したおかげで大体同等のサイズになったらしい。

「いくぞ、勇斗!」

「おう!」

その一言で勇斗の見ている映像が揺らぐ。

「ウオオオォォォォッ!!」

力強くマグナセイバーが吼える。そして目の前の敵めがけて突っ込んだ。

「ギャァ!」

思い切り振り出したマグナセイバーの右拳が青い化け物を直撃した。その勢いで後ろに倒れた化け物に続けざまに両腕のバルカン砲を放つ。

「ギャオォォゥ!」

苦しげな声を上げる化け物。だが立ち込める硝煙が濃く、その中にその姿は確認することはできない。
しばらくその場に立ちつくしていると、煙の中から化け物が飛び出してきた。マグナセイバーは強烈な体当たりをくらい後ろに吹っ飛ばされてしまう。

「ぐあっ!」

「大丈夫か、マグナ?!」

中にいる勇斗は振動こそ伝わらないものの、かなりの映像の揺れで戦闘の激しさを実感する。

「……ああ。くっ、ヤツのスピードを何とかしなければ……」

起きあがりながら悔しそうに呟く。しかしそうはいっても容易なことではない。おそらく十分な距離さえあれば、最高速は音速をも超えるだろう。
だが勇斗は諦めなかった。

「……! そうだ、それなら………」

何かを思い付いたのか、マグナセイバーに声をかける。しかしそれを聞いたマグナセイバーは驚いたように声を上げた。

「し、しかしそれは危険すぎるのでは………!」

動揺でマグナセイバーの動きが止まった。 それを化け物が見逃すはずがなく、『これはチャンス』とばかりに勢いを増して突っ込んできた。

「くっ!」

「マグナ、はやく!」

「わかった!」

化け物の体当たりが命中したかと思ったその時だった。鈍い音と共に叫びが上がる。

「ギャアアァ!?」

その一撃は、巨大な紅き巨人を打ち砕くことなく終わった。むしろその一撃がこの化け物の最初で最後の失敗となる。

「ぐっ、ぐぐぐぐ……っ!」

両者はぶつかった瞬間のまま止まっていた。突っ込んできた化け物の頭部をマグナセイバーががっちりと掴み、押さえ込んでいるのだ。

「よし! そのまま、地面に落とすんだ!」

中にいる勇斗も嬉々とした声で叫ぶ。どうやら突っ込んできたところを捕まえ動きを封じる、という作戦だったらしい。
成功したからよかったものの、失敗すれば腹を粉砕されて一巻の終わりという危険な戦法である。これはまさに『賭け』であった。

「了解! 『セイバーキャノン』!」

脛の前面にある部分が前に飛び出しキャノン砲となり、その先端から撃ち出されたビーム弾が化け物の翼を打ち抜く。
さすがの化け物もその攻撃に耐えかねてバランスを崩し地面に落ちた。空ではあれほどの優位に立っていた化け物だが、地上ではその能力の全てを発揮できないらしい。翼のダメージも加わって、ふらふらと足下がおぼつかない状態だ。

「ググゥゥ……」

「今だ!」

「オウ! 『バーンブレード』!」

腰の左側から射出された小さな棒状のものを右手で掴むと、肩のあたりから素早く斜めに払うように振る。するとその棒から鋭い両刃の刃が現れた。

「『フレイムフィールド』!」

何も持っていない左手の平を敵に向かって突き出すと、炎のトンネルが生じ相手の動きを完全に封じる。それが終わると同時に背部のスラスターを展開し、最大加速で突っ込んでいく。

「オォォォォォォッ! 『バーストフィニッシュ』!!」

加速による空気との摩擦と剣に込められたエネルギーで、全身に炎が浮かぶ。そして胸の高さで水平に構えた剣を素早く突き出し、敵を一撃のもとに貫いた。もしその情景を見ていた者がいたとしたら、『まるで怪物を火の鳥が突き抜けたようだ』と形容しただろう。
腹部に大きな風穴を空けられた鳥のようなその化け物は、小さな呻きをあげて爆発し、四散した。

「破邪、炎滅!」

拝むように左手を立てて、持っている剣を元の場所に戻しながら、決めの言葉を呟くマグナセイバー。中で一部始終を見ていた勇斗も、その光景のあまりの迫力に言葉を失っていた。
しかし敵の殲滅を知るやいなや、歓喜の声を上げた。

「凄い……凄ぇや! やったなマグナ!」

「ああ、勇斗のおかげだ。君の力があればこそ、私はヤツに勝てた。ありがとう、そしてこれからもよろしく頼む。」

「ああ!」

敵を倒したことを喜ぶ二人。しかし勝利の喜びに浸ってばかりもいられない。

「とにかく今はここを離れよう。人が集まってきては動きづらくなる。」

「あ、うん、そうだな。」




その後駆けつけた警察が見たものは、通報にあった『青い鳥のような化け物』ではなく、何が起こったのか見に集まった野次馬や自慢の愛車が無くなったと嘆く男性、そしてガレキのつもった東大寺の広場だけだった。



To be continued