勇者神想 マグナセイバー Mission 4 『秘密を知る者 謎多きモノ』
大きな声が紅焔寺家の家屋全体に響き、寝ていた全員が飛び起きる。
「な、何の騒ぎだ?!」
部屋が近くであるため真っ先に宇美の部屋に飛び込んだ勇斗が叫ぶ。だが彼が見たのはパソコンに向かって目を輝かせている宇美だった。
小鳥が囀り、日の光がまぶしい金曜日の朝。宇美は毎朝の日課、『朝刊取り』と『メールチェック』をしていた。
呆然としていて口の中にたまったままになっていた唾液を飲み込むと、メールの文章を一字一字丁寧に読んでいく。
「おとうさんとおかあさんが『帰ってくる』……」
暫く逢っていなかったせいでその気持ちはより一層強いものになっている。
「はぁ…」
勇斗達に気付いた宇美は、状況がよく分からずただ首を傾げるだけだった。
「そう言えば、さっきはなんで大声出してたんだ?」
ふいに浮かんだ疑問を右隣に座っている宇美に投げかけてみる。そして聞かれた宇美も律儀に煮物の里芋を飲み込んでから答える。
「うん。お父さんとお母さんが今度の日曜、こっちに帰って来るんだって♪」
そして食卓を囲む空気が一瞬にして音を立てて凍り付いた。勇斗の両親に至っては表情が心なしか青ざめて見える。
「もぐもぐもぐ……ふぅ、ごちそうさまでしたぁ♪」
一番に食事を終えた宇美は食器を流しに片づけると登校の準備のため二階に上がっていった。
「………」
宇美の去った食卓は異様な雰囲気になっていた。黙々とご飯を食べる刀磨をのぞく三人は、表情にどんよりと暗い影が浮かんでいる。
「『あの二人』が……帰ってくる……」
勇斗の父・
「みんな、警戒を怠らないように……」
そしてその言葉に母・蛍(ほたる)も頷く。
「勇斗くん、どうかしたの?」
その言葉に勇斗はギクリとする。実を言うと今朝の事が気にかかって授業どころではなかったのだ。
「べ、別に何もないけど?」
こういう時、宇美は何故か『カン』が鋭い。実際これまで隠し事は出来た試しはほとんど無いといえるのだが、今回は何とか誤魔化せたようだ。多少疑いの眼差しをこちらに向けたが、すぐ前へと向き直った。
「うゅ〜……」
そう言って手を差し伸べてくる男性。2人はその人に見覚えがあった。
「家を訪ねたら君たちはまだ帰ってないと聞いてね。学校まで迎えに行こうと思ってたんだよ♪」
この『どんなに深刻な時でもその場の雰囲気をぶち壊しにするような口調』をする人物は、勇斗の知る限りでは一人しかいない。勇斗の脳裏に一瞬嫌な記憶が甦ったが、その内容についてはまた別の機会に。
「お、お父さん?!」
そう。夕日を背に受け、『何となく格好いいアングル』で立っているこの男。彼こそ宇美の父にして工学分野の世界的権威、星野 流勢(ほしの りゅうせい)そのひとだった。
「え?! か、帰ってくるのは日曜じゃ………?!」
突然の登場にあわてていた勇斗だが、ふと思い出して問う。
「ああ、そのつもりだったんだけどね。意外に早く仕事が片づいたんで、予定を早めたのさ。」
それを聞いた勇斗は、内心『余計な事を………』と思ったとか思わなかったとか。
「つまり、率直に言いますとお宅の息子さんである勇斗くんを、この休みの間だけお借りしたい、と言う事です。」
あまりの唐突さにその場にいる全員が目を見合わせる。
「話は聞かせて頂いた。」
その声の主は刀磨だった。障子が音もなく開くと、星野夫妻の前に正座し軽く頭を下げて言った。
「こんな不出来な孫で宜しければ、いくらでも使ってやって下され。」
幸村も反論しようと身を乗り出すが、刀磨の気迫にあえなく押し戻される。
「なんだかそんなあっさり了承して頂けるとこっちもちょっと引け目感じちゃいますね。」
すまなそうに言う流勢。
「何、気にする事はない。君を信頼しての事だ。」
刀磨はさほど気にしていないらしく、むしろ目で『2人が何か言い出す前に早く連れて行くといい』と言っているようにも見える。流勢もあまり長居はするつもりではなかったのでその場から立ち上がると、部屋の脇の方で笑顔と仏頂面を浮かべている二人に声をかけた。
「それじゃ2人とも、とりあえず行こうか。」
嬉々として立ち上がる宇美と力無く返事をする勇斗。刀磨の後ろで手が出せない両親は心の中で目の幅の涙を流しながら願った。
「あの忌々しい奴らめ……数が増えるなんて卑怯な野郎共だ………クソッ!」
柱の影から派手な赤いドレスを纏った女性、アバローネが現れる。
「フン、オマエか。」
彼が言っているのは先日の戦いの時の事だ。確かに彼の邪心獣はマグナセイバーを圧倒していた。そう、『二人目』が現れるまでは。
「でも、結果は変わらないわ。せいぜいお払い箱にされてしまわないよう気を付ける事ね。」
そう言ってアバローネはクロコダイルの横を通り過ぎる。と、去り際に彼女が振り向いて言った。
「あぁ、そうそう。この間、『アレ』らしい反応を一つ見つけたわ。」
クロコダイルは驚いた顔を見せるが、アバローニはいつものペースで言葉を続ける。
「自分で行くの面倒臭かったから、調査はレイヴンに頼んだけどね。」
彼にとっては驚愕だったらしい。
「頼んで欲しかったの? でも、その時アンタ居なかったじゃない。」
そして彼女は嘲笑うような笑みを浮かべそのまま歩き去っていった。後に残されたクロコダイルは歯をかみしめ、その顔からはいろいろな意味での悔しさが滲み出ていた。
「あの〜、どこまで行くんですか?」
後部座席の勇斗は恐る恐る聞いた。座りっぱなしで尻が痛くなったのもあるが、よく知った仲とは言え正直まだ不安が大きかったからだ。
「う〜ん、もう少しかな。 勇斗くんの家からだとちょっと遠いんだよね〜、僕の今の職場。」
苦笑いしながら答える流勢。その返答に勇斗も不安の色を更に濃くする。
「大丈夫だよ、勇斗くん。」
そう言って助手席に座る宇美はむしろ楽しそうである。さっきから勇斗を置き去りにして思い出話に花を咲かせっ放しだ。
「ねぇ、お父さん……ホントにこっちでいいの?」
返ってくるのは相変わらずのんきな口調。さすがに2人も不安を隠せなくなってきた。
「それでは、『秘密基地』へご案内〜。」
わけがわからず首を傾げる2人を余所に流勢はその通路へと車を進めた。
「すまないが、車を頼むよ。」
そう言うと流勢はすぐ近くの男に鍵を渡した。
「ほら2人とも、行くよ〜。」
その一言で我に返った2人は慌てて流勢の後を追いかけた。
海沿いの小さな山を見つめる銀髪の男。
「ふん、『人間』など相手にしたところでつまらんだけだ。」
彼は吐き捨てるように言う。
「……まぁいい、まずは様子を見るか。」
そして次の瞬間には彼の姿はそこからかき消えていた。
「さ、2人とも入って。」
まわりを眺めつつもゆっくりと中へ進む。壁にはモニターがいくつか、そして明らかに異常な数と長さのケーブルがたくさん床を這っている。
「ようこそ、僕らの『秘密基地』へ。」
流勢はイスに腰掛けくるりとこちらを向くとそう言った。
「秘密基地………さっきも言ってたけど、此処って一体……」
言葉を繰り返しつつ首を傾げる宇美。まぁ、つい最近まで一般人として生きてきた2人にとってはむしろわけがわからなくて当然なのだが。
「え〜と、説明すると長くなるからそれはまた今度ってことで。」
明らかに現状を理解していなさそうな2人を前に流勢は苦笑いを浮かべる。だが少し間をおいた後、今まで見せたことのない真面目な表情で彼は2人に問いかけた。
「ここ最近、日本国内で妙な事件が起きているのは知っているかな?」
唐突な質問に顔を見合わせる2人。
「少し前に、奈良県奈良市の都市部近郊において謎の巨大生物らしきものが出現したことさ。 ………そしてその際、東大寺付近から正体不明の赤いロボットが出現したらしいね。」
突然のその言葉に勇斗はつい目線を逸らしてしまう。
「どうかしたのかな、勇斗くん?」
冷や汗を垂らしつつ明後日の方へ目線を向ける様は誰がどう見ても怪しい。
「それと、ついこの間君達の住む町で起きた戦闘……そこでも新たに銀色のロボットが現れて……」
そういいながら今度は宇美に視線を投げかける。
「………」
対する宇美も俯き加減で目を逸らす。まさに疑って下さいと言わんばかりだ。
「……2人とも、何か隠し事をしてるだろう。」
2人に背を向け、天井を見上げて呟く。
「なんで……そう思うんですか?」
その質問に流勢の動きが止まる。だが、数秒の間のあと、再度こちらを向いたその顔は不敵な笑みがたたえられていた。
「……コレが僕が『確信』を持った理由さ。」
そういいながら手元のパネルのボタンを押す。すると部屋の奥に大きなスクリーンが現れる。そこに映る映像を見て勇斗は呆然となった。
「先日君達の住む町のとある商店街の防犯カメラに写っていた映像だ。」
それはまさに、勇斗がマグナと共に現場に駆けつけ、『敵』と戦闘を始めるまでの一部始終だった。
「…それとコレがその少し後に君達の学校の監視カメラで記録された画像の一部だ。このままだとよく分からないかもしれないけど、グラウンドの中央に跪く巨大なロボットと、それに向かって立つ人影が見える。」
流勢の言葉と並行して映し出される画像の中央周辺が拡大される。そしてそれを鮮明に修正した画像が映る。そこには長い髪を赤いリボンでポニーテールで結わえた少女が居た。
「あ、私が映ってる〜♪」
その一言と同時に勇斗は灰になった。
せっかく隠していた事実をうっかり喋ってしまった宇美は一生懸命謝るが、勇斗は気にしていないように返す。だがその顔は微妙に青ざめているようにも見える。
「……まぁ、そういうわけなんだ。黙って連れてきてしまってすまなかったね。」
こめかみをかきつつ流勢は謝罪する。
「別にイイですよ。俺たちも隠し事をしてたんですし……」
さっきとは逆に流勢が首を傾げる。
「あ、アイツ今『ここ』に居るんで……」
そういって勇斗は手首のコマンダーを指さす。
「あぁ、それなら場所を変えようか。彼らを招待するにはここは狭すぎるしね。」
勇斗の言葉を理解した流勢は苦笑いを浮かべながらも部屋を出ようとする。するとそこへ分厚いファイルを抱えた一人の女性が入ってきた。
「あ、お戻りになっていたんですね、博士。」
『麻夜』と呼ばれた女性は軽く頭を下げると部屋の中に入る。するとようやく勇斗達に気が付いたのか不思議そうな顔で首を傾げた。
「あの、博士。この子たちは……?」
『例の子たち』というのは今さっき見せられた映像のロボットと一緒に映っていた子供、ということだろう。
「紹介するよ。僕の助手の……」
そういって僅かに微笑む。どことなくぎこちないように見えるがそれが彼女の精一杯だった。
「よろしくです〜♪」
元気に挨拶しながら宇美はふかぶかとお辞儀をする。勇斗も仕方ない、と言いたそうな顔で軽く会釈を返した。
「何処かへ行かれるのですか?」
「あぁ、彼らのパートナーを直に見せてもらおうと思ってね。」
2人の肩に手を置き無邪気に微笑む流勢。
「でしたら、第3格納庫がいいかと思います。他は現在周辺の施設と共に消火設備の定期点検があっているはずですので。」
彼女は少し考えるようなそぶりを見せるが、その申し出を断った。
「そうか……うん、頑張ってくれ。」
流勢は残念そうな顔で手を振り、部屋を出る。勇斗達も遅れまいとそれに続いていった。
「何も……起こらなければいいのだけど……」
「マグナ〜、出てこ〜い。」
勇斗が中央のエンブレムに声をかける。
『勇斗か、どうした?』
主の呼びかけに答え、コマンダーから声が返る。
「宇美の親父さんたちがお前たちに逢いたいんだと。俺たちのことも一応知ってるみたいだから、出てきても大丈夫だぞ。」
言うと同時に勇斗の左手首から赤い光球が飛び出す。光球はすぐさま赤い車へと姿を変えた。
「それじゃ、ヴィクトールも……」
同じくパートナーを呼び出そうと首飾りに手をかけた宇美をとっさに制止する。
「確か……ヴィクトールの身体の元になった乗り物って……」
かわりに当人が答える。
「おじさん……」
流勢は当人たちですら知らないような情報をさらっと言ってのけた。
「な、何故それを……?」
もはや返す言葉もない。と言うか実は勇斗が知らなかっただけで、未だにこのことは新聞の一面を賑わせるほどの大事件として有名なのだが。
「ま、まぁ、いいや。宇美、出してもいいぞ…」
首にかけたアミュレットから銀の光が溢れ、少し離れた場所で本来の形へと再構成される。さすがはスペースシャトルと言いたくなるほどその大きさはマグナに比べかなり大きいが、それをすっぽり収めてなお余剰のあるこの格納庫の規模も異常と言えば異常だ。
「それで、我々に何か?」
マグナの質問にあっさりと答える流勢。
「僕たちのことを?」
それを聞いたヴィクトールも訝しげな表情をする。もっともロボット形態ではないのでその顔は見えないのだが。
「あぁ、僕は君達に興味があるんだ。 ……まぁ、可変するボディに、と言うのもあるけど、その『存在そのもの』にね。」
眼鏡の奥の光が微妙に好奇の色を讃えている。
「どうしたんだ?」
うっすらと冷や汗を垂らしおののく。
「なんだそりゃ?」
そういわれて流勢を見る。
……確かに雰囲気からして『新しい玩具を見つけた子供』のようなカンジに見えなくもない。
「まぁ、仕方ないか。今日はココに泊めてもらおう。」
半ば諦めたように言うと、肩をすくめた。
爆発。
「な、なんだ?!」
その他大勢と同じく目を覚ました勇斗は慌てて廊下に出る。非常灯にてらされ赤く染まった通路をがむしゃらに走った。服は昨日から着替えていない。
『勇斗!』
突然左腕から声がする。
「マグナか?! 何があったんだ?!」
相棒からの報告に思わず立ち止まる。
『基地周辺にやつらの気配がする。数の特定は不可能だが邪心獣ではないようだ。』
昨夜は結局流勢が2人を放してはくれず、仕方なく同じ基地内とはいえ離ればなれで寝ることにしたのだ。
「よし、それじゃ……ぅわっと。」
2度目の揺れ。最初ほどではないモノのそれでもかなりの振動に足下がふらつく。
「急がないと……!」
壁に手をつきながら、記憶を頼りに相棒の居る格納庫へ走り出した。
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