勇者神想 マグナセイバー Mission 5 『黒き翼の男 邂逅と決意』
「ヴィクトールは?」
あれだけの質量が消えるはずはないと思ってはいたが、まさかそんな方法があったとは。
「……とにかく敵を探さないと!」
しばらく苦い表情をしていた勇斗だったが、本来自分がなすべきことを思い出し我に返る。
「宇美の父上が調査した結果、敵は一人らしい。」
「ちくしょう、マグナが走れりゃ早いし楽なのに……!!」
『だんだん気配が強くなっている、近いぞ。』
マグナの言葉を遮るように爆音と震動が襲う。今までで一番の衝撃に壁に手をついた。なんとか立ち直ると急いで先を目指す。
「ほう、貴様等もここにいたか。」
聞き覚えのない声。鋭く、そして低く響くそれはまるで獣の威嚇のようである。
「今日は貴様等の相手をしに来たのではないが……まぁ、あっさり終わっては面白くないか。」
男が一歩歩み寄る。つられて半歩後ずさる。
「ん?」
すぐさま力の限り猛ダッシュ。
『どうした、勇斗?!』
壁の大穴。思い出すだけでも寒気が走るほど大きかった。あの男が通ってきたのだから当然だが人一人くらいは楽に通れる。
「どっか適当な広い場所で合体して戦うぞ!」
すぐさま指定されたドアをくぐる。そこは運良くひらけた場所だった。
「よし、即行で合体だ!!」
素早くコマンダーから飛び出したマグナは即座にサポートメカを呼び出し一回り大きな巨人へと合体した。
「そうでなくてはな。 ……では、ゆくぞ。」
ようやく姿が見えたかと思うと、そう言った瞬間その『影』は消えていた。と同時に横から激しい衝撃が打ち付けられる。
「ぐぉっ……!」
ほんの一瞬の出来事。そして相手は普通ではないとはいえどう見ても人間だ。それなのに、たった一撃で彼の巨体はぐらついた。
「…?! くそ、なんだよ一体!」
マグナセイバーが歯噛みするように言う。
「何だ? もっと楽しめると思ったのだがな?」
いつの間にか男はマグナセイバーの肩に乗っていた。それこそ音もなく。
「くっ!!」
逆の拳を放つが、やはり空を切るだけ。男は既に少し離れた場所に立っていた。
一方宇美は状況を知るべく父の元へ急いでいた。ようやく通路の角から飛び出すその姿を見つけ呼び止める。
「宇美?! 無事だったか!」
そういうと悔しげに歯をかみしめる。
「なら私も!!」
父に連れられ辿り着いたのは管制室だった。壁に貼られたガラスの向こうでは必死に戦う赤いロボットが見えた。
「勇斗くん!!」
敵の姿はここからでは見ることが出来ない。いや、もしくは『速すぎて見えない』のだろうか。
「やっぱり私も……!」
目の前で仲間が苦戦している。それなのに助けに入ってはダメだという父に宇美は叫ぶ。
「今彼らが戦っている場所をよく見なさい。あのスペースではとても2体ものロボットは入りきらない。もし運良く入れたとしても狭すぎてとてもじゃないが戦闘なんて出来ないだろう。『ここ』で戦うならばせいぜい一体が限度だ……!」
目の前の現実に宇美は愕然と膝をつく。
「くっ、せめてシステムが回復してくれれば……!!」
自分も出来ることなら助けてやりたい。だがその手段を持たない。2人はただ目前で行われている戦いを黙って見ていることしかできなかった。
「どうした、もっと私を楽しませてくれ!!」
床を、壁を、果ては天井さえも駆け回りながら彼は言う。
「ちっくしょ……マグナ、こうなったらアイツブッた斬ってやれ!!」
腰から愛剣を取り出し構える。
「ほう……。」
戦法を変えた『玩具』に彼も動きを変える。正面から見据え、微動だにしない。
「喰らえ!!」
上段から刃を振り下ろす。その際天井を少し裂いてしまったがお構いなしで振り抜く。
「グッ、ヌゥ………ッ!!」
いくら力を込めても状況は変わらない。
「まだまだ……『力』の使い方が甘いな。」
男はそういうと刃を掴む指に僅かに力を込めて押し出す。剣を握った格好のままマグナセイバーは簡単に真後ろの壁まで吹っ飛ばされた。
「『力』とは……」
右腕を正面に構える。
「こう使うのだ!!」
言葉と同時に手のひらから強烈な風が生み出された。何とか起きあがったマグナセイバーも、その風によってまたしても壁に叩き付けられる。
「グァァッ!!」
そのままの体勢で身動きが取れない上に、風圧でどんどん壁にめり込んでいく。全身の装甲に亀裂が走り、関節が悲鳴を上げる。
「弱い者いじめは趣味ではないのでな。 …それに、既に目的は果たした。」
そういう彼の手のひらには黒い石が握られていた。
彼が手にしているモノを見て流勢は驚きの声を上げる。
「アレ、何なの?」
敵の目的がこの組織の壊滅やマグナたちの抹殺ではないらしいことは彼らの会話から見て取れた。
「う……ぐぁ…」
小さくうめくと、胸の部分から勇斗がこぼれ落ちた。
「うわっ……痛っ!」
頭を抑えながらも、傷ついた相棒を見上げる。その瞳には微かな光しか見えない。それを見た瞬間、心の奥底からいいようもない怒りがこみ上げてきた。
「うぉぉぉぉぉっっっっ!!」
背を向けていた男は振り向くことなくその腕で受け止める。
「無駄だというのがまだ………ん?」
面倒臭そうに顔を向けた男は、一瞬見開いた目を細め、その先にある少年の瞳を見つめる。
「なるほど……」
口元が歪む。先程とはまた違う『喜び』の笑みだ。
「ふ、どうやら潮時のようだな。そちらから出口を示してくれるとは好都合。」
コツコツと硬い靴底をならし開かれた扉へ向け歩き去る。だがその耳に微かな声が届いた。
「テ……テメェ、何モンだ?!」
明らかな抗議の声。その主はいまだ壁際だ。
「我が名は『レイヴン』。黒き風と雷を統べる『天』を司りし者。」
床にへばりついたまま痛みをこらえ顔を上げ、名乗る男の顔を勇斗は睨みつけた。だがレイヴンはその怒りに満ちた瞳を見て口元を軽くつり上げると、ゲートの端から飛び降りた。
「…………」
座禅を解くことなくただひたすらに無言を貫く。
「じーちゃん!!」
飛び込んできたのは勇斗だった。
「……どうした、騒々しい。」
すっと目を開けると、じーちゃん、もとい刀磨は静かな声で問いかける。
「俺を……俺をもっと強くしてくれ!!」
振り返ることなく耳を傾ける。
「…喧嘩に負けでもしたか?」
刀磨がすっと立ち上がり、勇斗の方へ向きなおる。
「一度は自分から投げ出しておきながら、今度は『強くしてくれ』か。果たしていつまで保つのだろうな?」
言葉が出ない。
「わざわざ自分から頼みに来ると言うことは、それなりの『決意』と『覚悟』あってのことであろうな? ……もしそうでないならば、止めておけ。」
刀磨の目が僅かに細まった。その目はまっすぐに、ただまっすぐに勇斗だけを見据えている。
「……何で…」
決して視線は逸らさない。強い視線が勇斗を射抜く。
「………」
静寂。降り始めた雨の音がその空間を支配する。うつむく勇斗とただ黙って答えを待つ刀磨。
「……やってみせる。」
どんよりとした雲間から雷が落ちた直後、そう呟く声が響いた。
「今度は俺自身で決めた。だから…絶対に強くなる。なってみせる……!」
顔を上げ、自分に注がれる視線を迎え撃つように直視する。
「………まぁ、よかろう。ならば明日から朝5時にここに来い、多少の稽古くらいなら付き合ってやる。」
そういうと刀磨は道場を出た。すれ違い様に勇斗の表情を伺うが、俯いていたのでその心を見ることは出来なかった。唯一、強く握りしめられた拳以外からは。
「……とりあえず、今日のところは家に帰りなさい。」
唐突な父の提案にその顔を見つめる宇美。
「でも『お休みの間』って約束じゃぁ……」
自分を見上げる幼い瞳に優しく微笑む。だがその表情には微妙な苦悩が見えた気がした。
「…でも……」
ふと、宇美が視線を落とす。
「お父さんと次に会えるの、いつになるか分からないし……」
声が微かに震えている。
「大丈夫、どのみち僕もしばらくここを動くわけにはいかないからね。何かあったらいつでもおいで。」
涙を浮かべて父に抱きつく。流勢もその頭をそっと撫でてやった。
薄暗い石壁の部屋の中で数人の男女があるモノを眺めていた。それはあの黒い石。表面は完全な平面であるのに何故か一切の光沢を持っていない。まるで『闇』そのもののようにも見える。
「……コレで2つ目、ってか。」
周囲の機械らしきモノによって弾き出されたデータに目を通しながら言う。
「残りは4つ……あら、3つだったかしら?」
それまでとは違う声質と口調が響く。振り向くと扉の方に人影が見えた。背が高くローブのような衣装の男の脇に同じ顔の少年が2人。
「我々にとっての最重要事項、忘れてもらっては困りますね。」
肩をすくめるローブの男。
「「一つ目は左足、今度は右足。」」
続けて少年たちが声を揃えて言う。共に無表情で言葉に抑揚がない上にタイミングまでピッタリでかえって恐い。
「あら珍しい。アンタがあたしたちの前に顔を見せるなんてねぇ、タクト。」
不平を漏らしつつも決して笑顔は崩さない。
「前々から思ってたんだけどさぁ、その子たちって何者なの?」
少年たちの外見は全くと言っていいほどの瓜二つ。あえて違う点を上げるとするならば『左右が逆』であることだ。
「フラットとシャープのことですか。彼らは私の身の回りの世話をしてもらっているのですが……」
無感情な4つの瞳が同時に向けられて、さすがのアバローネも少し身を引いた。
「……まぁ、いいわ。どうせ聞いたところで特に意味もないし。」
そういって顔を逸らす。見上げるようにその様子を確認した2人もすぐにデフォルトの体勢に戻る。つくづく不気味だ、とアバローネは心の中で呟いた。
「とにかく、回収は順調のようですね。今後も皆さんこの調子で頑張って下さい。我等が神の再臨のために……」
中央の透明な球体に収められた石をしばらく見つめると、衣服を翻しタクトは部屋を出て行った。当然ながらあの双子の姿もない。
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