勇者神想
マグナセイバー
Mission 5 『黒き翼の男 邂逅と決意』








激しい揺れが続く中、勇斗はひたすら走っていた。
程なくして第5格納庫に辿り着く。スライド式の扉をくぐると既に人型に変形したマグナが待っていた。だが一緒にいたはずの銀の騎士の姿はない。

「ヴィクトールは?」
「彼はこの基地の通信回線を利用して宇美の元へと移動した。」
「そんなこと出来るのか?! ったく、先に言えよ…」

あれだけの質量が消えるはずはないと思ってはいたが、まさかそんな方法があったとは。

「……とにかく敵を探さないと!」

しばらく苦い表情をしていた勇斗だったが、本来自分がなすべきことを思い出し我に返る。

「宇美の父上が調査した結果、敵は一人らしい。」
「へっ、たった一人で乗り込んでくるなんていい度胸してるじゃん。」
「敵の位置の特定は出来ている。急ごう。」
「おう!」




………と威勢よく答えたまではよかったのだが。
現在勇斗はまたも基地内の廊下を走っていた。
しばしの間のあと「ここで車は使えない」と言う現実を思い出したのだ。それでもマグナのナビゲートがある分先程よりはマシだが。

「ちくしょう、マグナが走れりゃ早いし楽なのに……!!」
『だがここには私が自由に動けるほどの空間が…』
「分かってるよ、ただ言ってみただけだって。」
『む、次を左だ。』
ぼやきながらもせっせと走る。相棒は今は手首のコマンダーの中だ。

『だんだん気配が強くなっている、近いぞ。』
「へいへい、次はどっちだ?」
『右だ。そこを曲がれば恐らく……』

マグナの言葉を遮るように爆音と震動が襲う。今までで一番の衝撃に壁に手をついた。なんとか立ち直ると急いで先を目指す。
曲がった先の通路では煙が渦巻き、目を凝らすと壁に大きな穴があいていた。

「ほう、貴様等もここにいたか。」
「?!」

聞き覚えのない声。鋭く、そして低く響くそれはまるで獣の威嚇のようである。
煙の中、更に目を凝らす。だんだんと晴れて行く視界の中にそいつはいた。
黒いコート。銀の髪。それに覆われた猛禽のごとき瞳。
その男はゆっくりとした動作でこちらへ向き直る。

「今日は貴様等の相手をしに来たのではないが……まぁ、あっさり終わっては面白くないか。」

男が一歩歩み寄る。つられて半歩後ずさる。
コイツはヤバイ。直感が無意識にそう告げていた。背骨から脳髄までを何かイヤな感覚が全力疾走している。
更に一歩、男の足が進む。それと同時に勇斗はさっと踵を返した。

「ん?」

すぐさま力の限り猛ダッシュ。

『どうした、勇斗?!』
「あんなの生身で相手できるか!」

壁の大穴。思い出すだけでも寒気が走るほど大きかった。あの男が通ってきたのだから当然だが人一人くらいは楽に通れる。
見たところそんな破壊を出来そうなモノは持っていなかったし、そうなるとアレはあの男自身の力によるモノなのだ。いくらなんでも小学生では太刀打ち出来ないのは明白だ。

「どっか適当な広い場所で合体して戦うぞ!」
『ならば……次の角を右に行った先の3番目の扉だ。そこが大きな空間になっているはずだ。』
「OK!!」

すぐさま指定されたドアをくぐる。そこは運良くひらけた場所だった。

「よし、即行で合体だ!!」
『応!!』

素早くコマンダーから飛び出したマグナは即座にサポートメカを呼び出し一回り大きな巨人へと合体した。
パートナーを胸に収納しマグナセイバーは臨戦態勢をとる。



少しの間。



そして爆音と共に正面の壁の一部が粉砕され、立ちこめる煙の中からヤツが現れた。

「そうでなくてはな。 ……では、ゆくぞ。」

ようやく姿が見えたかと思うと、そう言った瞬間その『影』は消えていた。と同時に横から激しい衝撃が打ち付けられる。

「ぐぉっ……!」

ほんの一瞬の出来事。そして相手は普通ではないとはいえどう見ても人間だ。それなのに、たった一撃で彼の巨体はぐらついた。

「…?! くそ、なんだよ一体!」
「ヤツの動きが早すぎる!! 私の目では追うのが精一杯だ!!」

マグナセイバーが歯噛みするように言う。

「何だ? もっと楽しめると思ったのだがな?」

いつの間にか男はマグナセイバーの肩に乗っていた。それこそ音もなく。

「くっ!!」

逆の拳を放つが、やはり空を切るだけ。男は既に少し離れた場所に立っていた。




「お父さん!!」

一方宇美は状況を知るべく父の元へ急いでいた。ようやく通路の角から飛び出すその姿を見つけ呼び止める。

「宇美?! 無事だったか!」
「お父さん、どうなってるの?!」
「今、勇斗くんたちが『敵』と戦っている。どうやら苦戦しているようだ。」

そういうと悔しげに歯をかみしめる。

「なら私も!!」
「待つんだ宇美! 今行っても意味がない!」
「え?」
「とにかくこっちだ、ついてきなさい。」

父に連れられ辿り着いたのは管制室だった。壁に貼られたガラスの向こうでは必死に戦う赤いロボットが見えた。

「勇斗くん!!」

敵の姿はここからでは見ることが出来ない。いや、もしくは『速すぎて見えない』のだろうか。

「やっぱり私も……!」
「いや、それは無理だ。」
「どうして?!」

目の前で仲間が苦戦している。それなのに助けに入ってはダメだという父に宇美は叫ぶ。

「今彼らが戦っている場所をよく見なさい。あのスペースではとても2体ものロボットは入りきらない。もし運良く入れたとしても狭すぎてとてもじゃないが戦闘なんて出来ないだろう。『ここ』で戦うならばせいぜい一体が限度だ……!」
「そんな……。」

目の前の現実に宇美は愕然と膝をつく。

「くっ、せめてシステムが回復してくれれば……!!」

自分も出来ることなら助けてやりたい。だがその手段を持たない。2人はただ目前で行われている戦いを黙って見ていることしかできなかった。




赤い巨人はいまだ敵の姿を捉えられずにいた。
いくら拳を振るおうとその先には既に影すらなく、まるで操られているかのように空振りを繰り返している。
男はと言えばこれと言ってダメージを与えるでもなく、ただその空間の中を縦横無尽に飛び回っているだけ。玩具で遊ぶが如く動く巨人を嘲笑っている。
いや、実際彼にとってその巨人は『玩具』に等しいのだろう。事実巨人は次第に肩を上下させるようになってきたが、彼にはそれが全くない。そしてその表情は僅かながら愉悦に歪んでいた。

「どうした、もっと私を楽しませてくれ!!」

床を、壁を、果ては天井さえも駆け回りながら彼は言う。

「ちっくしょ……マグナ、こうなったらアイツブッた斬ってやれ!!」
「しかし、ここでは……!」
「いいから!」
「りょ、了解!! バーンブレード!!」

腰から愛剣を取り出し構える。

「ほう……。」

戦法を変えた『玩具』に彼も動きを変える。正面から見据え、微動だにしない。

「喰らえ!!」
「オオオォッ!!」

上段から刃を振り下ろす。その際天井を少し裂いてしまったがお構いなしで振り抜く。
だが次の瞬間、彼らは有り得ない事態を見た。



渾身の力で放った一撃はあっさりと、しかもたった2本の指で止められてしまったのだ。その上剣は微動だにしない。互いの質量差など全く無視されている。

「グッ、ヌゥ………ッ!!」
「ど、どうしたんだよマグナ! 何であんなヤツに……?!」

いくら力を込めても状況は変わらない。

「まだまだ……『力』の使い方が甘いな。」

男はそういうと刃を掴む指に僅かに力を込めて押し出す。剣を握った格好のままマグナセイバーは簡単に真後ろの壁まで吹っ飛ばされた。

「『力』とは……」

右腕を正面に構える。

「こう使うのだ!!」

言葉と同時に手のひらから強烈な風が生み出された。何とか起きあがったマグナセイバーも、その風によってまたしても壁に叩き付けられる。

「グァァッ!!」

そのままの体勢で身動きが取れない上に、風圧でどんどん壁にめり込んでいく。全身の装甲に亀裂が走り、関節が悲鳴を上げる。
身体の半分が埋まった状態になってようやく戒めの風が止んだ。

「弱い者いじめは趣味ではないのでな。 …それに、既に目的は果たした。」

そういう彼の手のひらには黒い石が握られていた。



「あれは?!」

彼が手にしているモノを見て流勢は驚きの声を上げる。

「アレ、何なの?」
「あれは少し前まで美術館で展示されていたが、夜な夜な不可思議な現象が起きるためにウチで研究していたモノだ。だが何故ヤツがあれを……?!」

敵の目的がこの組織の壊滅やマグナたちの抹殺ではないらしいことは彼らの会話から見て取れた。
そもそもあれはまだ研究中でその正体はいまだ明かされていない。何故彼が『あの石』を持ち出そうとしているのか、その理由が全く分からなかった。



マグナセイバーは、壁から抜け出すどころか身動き一つ取れない状態に陥っていた。

「う……ぐぁ…」

小さくうめくと、胸の部分から勇斗がこぼれ落ちた。

「うわっ……痛っ!」

頭を抑えながらも、傷ついた相棒を見上げる。その瞳には微かな光しか見えない。それを見た瞬間、心の奥底からいいようもない怒りがこみ上げてきた。
ふと足元を見ると、戦闘のダメージで壊れたのか壁の破片と共に鉄パイプが転がっている。
そして気がついた時にはそれを握りしめ、殴りかかっている自分が居た。

「うぉぉぉぉぉっっっっ!!」

背を向けていた男は振り向くことなくその腕で受け止める。

「無駄だというのがまだ………ん?」

面倒臭そうに顔を向けた男は、一瞬見開いた目を細め、その先にある少年の瞳を見つめる。

「なるほど……」

口元が歪む。先程とはまた違う『喜び』の笑みだ。
軽く腕を祓うと、勇斗の身体は近くの壁に飛んだ。背中から全身へ鈍い衝撃が駆けめぐり、立つことすら出来なくなる。
と、静寂の戻った空間に不意に風が吹いた。入り口正面の壁が割れ、ゆっくりと左右に引き込まれていく。その向こうには海原が広がっていた。どうやらシステムが復旧したため、外部へのゲートが開いたようだ。戦うことに精一杯で気付かなかったが、どうやらここはこの基地の発進口らしい。

「ふ、どうやら潮時のようだな。そちらから出口を示してくれるとは好都合。」

コツコツと硬い靴底をならし開かれた扉へ向け歩き去る。だがその耳に微かな声が届いた。

「テ……テメェ、何モンだ?!」

明らかな抗議の声。その主はいまだ壁際だ。

「我が名は『レイヴン』。黒き風と雷を統べる『天』を司りし者。」
「レイ……ヴン?」

床にへばりついたまま痛みをこらえ顔を上げ、名乗る男の顔を勇斗は睨みつけた。だがレイヴンはその怒りに満ちた瞳を見て口元を軽くつり上げると、ゲートの端から飛び降りた。
後に残されたのは奥歯をかみしめる勇斗と傷だらけのマグナセイバー、そして数多くの破壊の爪痕だった。






場所は移り変わってとある市街地の一角。
近隣の西洋風な町並みに混じりながら、堂々とした佇まいを見せる純和風の建物。
敷地の隣に見えるのはご存知我らが『紅焔寺家』である。そしてそこから渡り廊下を隔てたこの建物の中に、板張りの広間の中央でひたすらに座禅を組んでいる人物が居る。傍らには茶菓子と湯飲みののった盆が置かれているが、手をつけた様子はない。
だが、夕暮れの静かなひととき、精神統一にはもってこいのこの場所にせわしなく走る足音が響く。

「…………」

座禅を解くことなくただひたすらに無言を貫く。
足音は更に近づき広間のすぐ前で止まる。直後、もの凄い勢いで障子が開かれた。

「じーちゃん!!」

飛び込んできたのは勇斗だった。

「……どうした、騒々しい。」

すっと目を開けると、じーちゃん、もとい刀磨は静かな声で問いかける。

「俺を……俺をもっと強くしてくれ!!」

振り返ることなく耳を傾ける。

「…喧嘩に負けでもしたか?」
「ッ……! そ、そんなことどうでもイイだろ!!」

刀磨がすっと立ち上がり、勇斗の方へ向きなおる。

「一度は自分から投げ出しておきながら、今度は『強くしてくれ』か。果たしていつまで保つのだろうな?」
「………」

言葉が出ない。
そう、勇斗も幼少の頃は刀磨の指導の元、剣術の修練をやっていた。しかしいつからかだんだんと面倒になり、小学4年に入る頃には全くやらなくなっていた。

「わざわざ自分から頼みに来ると言うことは、それなりの『決意』と『覚悟』あってのことであろうな? ……もしそうでないならば、止めておけ。」

刀磨の目が僅かに細まった。その目はまっすぐに、ただまっすぐに勇斗だけを見据えている。

「……何で…」
「乱れた心では、真の強さを手に入れることなどできん。」
「?!」
「今の御前に、それができるか?」

決して視線は逸らさない。強い視線が勇斗を射抜く。

「………」

静寂。降り始めた雨の音がその空間を支配する。うつむく勇斗とただ黙って答えを待つ刀磨。

「……やってみせる。」

どんよりとした雲間から雷が落ちた直後、そう呟く声が響いた。

「今度は俺自身で決めた。だから…絶対に強くなる。なってみせる……!」

顔を上げ、自分に注がれる視線を迎え撃つように直視する。

「………まぁ、よかろう。ならば明日から朝5時にここに来い、多少の稽古くらいなら付き合ってやる。」

そういうと刀磨は道場を出た。すれ違い様に勇斗の表情を伺うが、俯いていたのでその心を見ることは出来なかった。唯一、強く握りしめられた拳以外からは。




一方宇美はいまだ基地にいた。
と言うよりもあの戦闘のあとダメージで分離したマグナを連れて勇斗が一人で帰ってしまったため、置いて行かれてしまったのだ。

「……とりあえず、今日のところは家に帰りなさい。」
「え?」

唐突な父の提案にその顔を見つめる宇美。

「でも『お休みの間』って約束じゃぁ……」
「うん……だけど、今の状況じゃそれどころではないからね。さすがに宇美も疲れただろうし、帰ってゆっくりするといいよ。」

自分を見上げる幼い瞳に優しく微笑む。だがその表情には微妙な苦悩が見えた気がした。

「…でも……」

ふと、宇美が視線を落とす。

「お父さんと次に会えるの、いつになるか分からないし……」

声が微かに震えている。
その様子に苦笑いを浮かべると流勢は膝をつく。同じ高さで宇美の瞳を見つめて言った。

「大丈夫、どのみち僕もしばらくここを動くわけにはいかないからね。何かあったらいつでもおいで。」
「……お父さん…」

涙を浮かべて父に抱きつく。流勢もその頭をそっと撫でてやった。





「…ふむ、間違いなさそうだな。」
「そうね。」

薄暗い石壁の部屋の中で数人の男女があるモノを眺めていた。それはあの黒い石。表面は完全な平面であるのに何故か一切の光沢を持っていない。まるで『闇』そのもののようにも見える。

「……コレで2つ目、ってか。」

周囲の機械らしきモノによって弾き出されたデータに目を通しながら言う。

「残りは4つ……あら、3つだったかしら?」
「4つですよ。」

それまでとは違う声質と口調が響く。振り向くと扉の方に人影が見えた。背が高くローブのような衣装の男の脇に同じ顔の少年が2人。

「我々にとっての最重要事項、忘れてもらっては困りますね。」

肩をすくめるローブの男。

「「一つ目は左足、今度は右足。」」

続けて少年たちが声を揃えて言う。共に無表情で言葉に抑揚がない上にタイミングまでピッタリでかえって恐い。

「あら珍しい。アンタがあたしたちの前に顔を見せるなんてねぇ、タクト。」
「心外ですね、私だっていろいろと忙しいのですよ。部屋に籠もりがちになるのもそのためです。」

不平を漏らしつつも決して笑顔は崩さない。
彼が中へ歩き出すと脇に控える少年たちも並んで後をついてくる。

「前々から思ってたんだけどさぁ、その子たちって何者なの?」

少年たちの外見は全くと言っていいほどの瓜二つ。あえて違う点を上げるとするならば『左右が逆』であることだ。
常に右に立つ少年は前髪の分け目が左側にあり、左目の下に小さな星のタトゥーのような模様がある。そして左側に立つもう一人の少年は鏡写しのように左右が反転している。
付け加えると利き腕なども逆のようで、その手にはそれぞれ外側に来るように小さなファイルを抱えている。

「フラットとシャープのことですか。彼らは私の身の回りの世話をしてもらっているのですが……」
「「何か問題でも?」」

無感情な4つの瞳が同時に向けられて、さすがのアバローネも少し身を引いた。

「……まぁ、いいわ。どうせ聞いたところで特に意味もないし。」

そういって顔を逸らす。見上げるようにその様子を確認した2人もすぐにデフォルトの体勢に戻る。つくづく不気味だ、とアバローネは心の中で呟いた。

「とにかく、回収は順調のようですね。今後も皆さんこの調子で頑張って下さい。我等が神の再臨のために……」

中央の透明な球体に収められた石をしばらく見つめると、衣服を翻しタクトは部屋を出て行った。当然ながらあの双子の姿もない。
取り残された3人も複雑な面持ちで黙り込んでいたが、互いの様子を見やってから各々沈黙を保ったままその部屋を後にした。



To be continued