勇者神想
マグナセイバー
Mission 7 『母を救え 2つの力が交わる時』








氷室神鳴が雷と氷の精霊のマスターに選ばれてからの約1ヶ月、『敵』は怪物を送り込んでは来るものの、それほど活発な活動は見せてこなかった。

『あぁ〜……やっぱ日向っていいよなぁ……』

しみじみと呟くライジングの声。だが、彼の巨体はどこにも見当たらない。見当たるとすれば、さんさんと降り注ぐ太陽の下で気持ちよさそうに庭で寝そべる一頭のゴールデンレトリバーくらいである。

『そうだな……太陽は偉大だ。だが、私はむしろ日陰の方が好みだな。』

こちらはフリジング。だが、声のする方にいるのは日陰で涼をとる一頭のシベリアンハスキーのみだ。
そう、彼らは今、カムフラージュのために『犬』の姿をとっているのだ。
ちなみに親からの『ペット』を飼う許可は意外なほどにあっさりと下りた。反対されると思っていた神鳴の気構えが、全くの無駄になるほどに。

『んだよぉ〜、お日様の下でのひなたぼっこは気持ちいいんだぞぉ〜』

ゴールデンレトリバーが仰向けでゴロゴロしながら、だらけきった声を出す。

『まぁ、悪いとは言わん。だが、私は暑さは苦手だからな。』
『おめぇは『氷』だからなぁ〜 ま、悪ィとは言わねぇけどよ。』

そんな、傍目から見れば異常な状況の最中。
二頭の中間で、自宅の縁側に座り込んでその様子を眺める神鳴。表情はどことなく不機嫌そうである。

『どうした主、先程から黙っているが?』
「……別に。」

黙りこくっている主人にフリジングは問いかけるが、神鳴は仏頂面のまま視線もよこさない。


実のところ神鳴は少しイライラしていた。
あれ以来ちらほらと現れる『敵』。
倒すことに対しての抵抗はほとんど無い。と言うか、むしろストレス発散にすらしている。
イライラの原因なのは『出現のタイミング』なのだ。
早朝、授業中、食事中。
果てはゆったりと入浴している最中に出たこともあった。
自由な時間を圧迫され、不満が次第に蓄積しているのである。


「なんでこんな事やってるんだろうな………」


ふいにそんな考えが頭を過ぎるほどに。





それから数日後。勇斗、宇美、神鳴は流勢に呼び出され基地へとやって来ていた。
3人は彼の私室兼研究室に通される。ちなみに神鳴が基地を訪れるのはこれが初めてである。

「で、なんスか? 用件って。」
「うん、来てもらったのは…っと、とりあえずまずはこれを見てくれ。」
「?」

流勢が手元のスイッチを操作すると、大型のディスプレイに映像が表示される。



映し出されたのは電車内部のとある監視カメラの映像のようだ。窓の外の風景の流れから見て、この車両は最後尾らしい。
と、その車両の最後部の隅に座り込んでいたサラリーマン風の男に、車掌が声をかけている。恐らく座り込むのを止めるように注意しているのだろう。こんな時代でもなかなかに殊勝な心がけの職員もいるようだ。
だが、座り込んでいた男は次の瞬間豹変した。
突如車掌が横に倒れ込む。角度が悪くよく見えなかったが、どうやら男が車掌を殴りつけたらしい。
しかし、男はそれだけでは足りない、とばかりに馬乗りになって更に数度殴りつけた。まわりが恐怖に怯える中、電車が次の駅に着いた途端、男は何事もなかったかのように降りていった。



「うわ、ひでぇ……」

映像が終わった瞬間、勇斗が呟く。隣にいた宇美に至っては、途中から目を背けてしまっている。
しかしただ一人、神鳴だけはただ黙々と画面を眺めていた。

「これは昨日の朝、9時頃に撮影された映像だ。 …何か感想とかはあるかな?」
「……こんなモン見せて、感想聞くために呼んだんですか?」

流勢を睨みつける勇斗。その目には、明らかに怒りが見て取れた。

「……ふむ、そうだね。まずはやはり本題から話すべきか。」

困ったように眉根を寄せると、ゆったりと立ちがある。

「結論から言おう。僕はこの事件、『ヤツら』が関わっているんじゃないかと思う。」
「……ヤツら?」
「御本人には申し訳ないと思ったけれど、先程の彼の経歴を調べさせてもらったんだ。しかし彼は生まれてこの方何一つ事件らしい事件は起こしておらず、また最近の職場での勤務態度も特に問題なく、怪しいそぶりは全くなかったとのことだ。」

資料を片手に、流勢は淡々と語る。

「……つまり、怪しいところがなかったのが逆に怪しい、と?」

これまで傍観に徹していた神鳴が、彼の言わんとするところを的確に指摘する。流勢もそれを笑顔で肯定すると、資料を机に置いた。

「これはまだ確証があるわけじゃない。だからこそ、我々もうかつに動くわけにはいかない。だけど、もしも万が一君達が出逢ってしまった場合のために一応知らせておくことにしたんだ。」

改めて向き直った流勢の顔からはいつもののんびりとした雰囲気は消えている。3人もそれを察したからこそ、何も言わず頷いた。

「もしも遭遇した場合の判断は君達に任せる。ただ、出来る限り一人での行動はしないこと、いいね?」

再度頷きで返す。

「OK。悪かったね、急に呼び出してしまって。」

そう言った流勢は、いつもの穏やかな表情に戻っていた。




「……そう言えば、もしもアレがヤツらの仕業なら、いつもとパターン違うよな。」

その日の帰路、送迎の車に揺られながら、勇斗がふと呟いた。

「……?」

勇斗達に比べキャリアが幾分短い神鳴はよく分からない、と言った様子で首をひねる。

「…そう言えば、いつもはあのレイヴンさんとかが変な黒いボールみたいなので怪獣さんを呼び出してたのに……」
「あぁ。でも今のところ、ヤツらは姿を見せてない。」

当てもない疑問に3人は考え込む。ちなみに宇美が敵にまで『さん付け』をしてることはあえてスルーしている。

「………新しい作戦かもな。」
「え?」

沈黙を破り、神鳴がふと呟く。

「今まではなかった『何か』を始めようとしてるのかもしれない。それならここ最近これと言って『ヤツら』に関する事件が少ないのも納得がいく。」

眼鏡の奥の真剣な眼差しに、二人は少し身を引く。なんというか、近寄りがたい雰囲気を感じだった。

「……ん?」

ふいに神鳴の目線が上がる。

「…はっ、な、なんでもないよ! あははは……」
「……??」

慌てたような宇美の言動に神鳴は首をひねるばかりだった。




そして更に約2週間……
例の男が起こしたと見られる暴力事件はちらほらと見られたものの、特に何事もなく過ぎていった。
そして勇斗達3人は、人生の中のひとつの節目とも言える行事に参加しようとしていた。
その名も『卒業式』。
そう、彼らもついに小学校での全課程を終えたのだ。
だが、一部の生徒や教師が涙ぐむ中で、3人はそれぞれの思いを抱えていた。
ヒマそうにあくびをしている勇斗は別として、宇美と神鳴は先程までそれぞれの両親を捜していた。しかし、開始時間ギリギリまで入り口で待っていたが、どちらも姿を見せることはなく、担任に着席を促され、二人は渋々席に着いた。
けれど式が始まり、始まりの挨拶が終わる少し前には、二人の両親もなんとか会場に到着したようだ。
二人がこっそり振り返ると、流勢と神鳴の母・朱鷺子ときこは出入り口そばの教師にしきりに頭を下げているのが見えた。
肩越しに見えたその様子に、少し離れた位置の二人は目を合わせ苦笑いして視線を前に戻した。



そして、証書の授与が半ばにさしかかったときのこと。

「ダメだよ勇斗くん、居眠りなんかしちゃ。」

うつらうつらと首を傾けかかっていた勇斗に、隣の宇美が小声で呼びかける。

「……んぁ、うん…」

一応返事は返ってくるが、明らかにまだ寝ている。

「もう……」

宇美は呆れて前へ向き直るが、彼らのパートナーは僅かにだが異変を感じ取っていた。

『……この気配は…』

マグナがそう呟き、勇斗の首が思い切りがくっと前へ倒れた、その瞬間だった。
グラウンドに面している体育館側面の扉が、突如奇怪な音を立てて湾曲しだしたのだ。
全員の視線が扉に集中する。無論、さすがの勇斗も今の大音響で完全に目を覚ました。

「な、何だ?!」

未だ変形を続ける扉。しかし、それらの隙間からのぞいた顔に、勇斗達は見覚えがあった。

「あの男……あの時の……?」

流勢に呼ばれ、彼の部屋で見せられたあの映像。そこに映っていた『加害者』の男が、すぐそこにいた。
その場にいた生徒たちの恐怖の表情を見て、男は愉悦からか唇の端を吊り上げた。しかし、そばにいた教師が、慌てて男を止めに入る。

「あ、あの、すいませんが現在卒業式の最中でして……」

その一言は、どうやら男の気分を害したらしい。男は駆け寄ってきた教師の顔面を殴りつける。
その様子に危険を察知したのか、他の教師たちが別の出入り口から生徒たちを避難させ始めた。恐怖におののき出口に殺到する生徒たちを見て、男は身震いしている。
次々と避難する生徒たちや教師。
そして体育館の中には誰も居なくなる。招かれざる客を含め、4人以外は。

「ちっ、まさかよりによって俺たちの卒業式を狙ってきやがるなんて!」
「まさか、ヤツの狙いは…?!」

避難を促す教師たちに見つからぬように隠れていた椅子の影から立ち上がりながら、勇斗と神鳴は『敵』を見る。

「いや、恐らく君達ではないはずだ。」

すぐ後ろからの声に宇美は慌てて振り向く。

「お父さん?!」
「わたしもいるわよ〜♪」
「お母さんまで?!」

訂正、この場にいるのは全部で6人。
流勢の後ろから顔を出したのは宇美の母・恵莉めぐりである。その口調は場の雰囲気にそぐわぬほどのんびりしている。

「二人ともどうして……?!」
「仮にも防衛組織に属する者が、この状況で逃げるわけにも行かないでしょ?」
「わたしも一応、ね。それに、こんなコトをする彼の『心』にも興味あるもの。」
「興味ある、って……」

こんな状況でも相変わらずの二人に、勇斗達は呆れ顔だ。

「さて、彼にはどんな作戦がいいと思う?」
「そうねぇ……とりあえずここから離れさせた方がいいでしょうねぇ〜」
「まぁ、もっともだね。」

相手から目を逸らさずに、恵莉の言葉に頷く流勢。その表情はいつも通りではあるが、何となく雰囲気が違っていた。

「それじゃ〜、勇斗くん。」

恵莉が勇斗に『おいでおいで』をする。とりあえずそばによる勇斗に恵莉は宇美たちに聞こえぬようそっと耳打ちする。

「勇斗くん、彼を刺激してここから外へ誘導して頂戴。方法は任せるから♪」


………数秒の間。


「…あんですと?!」

勇斗は素っ頓狂な声を上げる。
だが、耳打ちの内容を知らない他の二人には首をひねるばかりだ。

「な、なんで俺が?!」
「こういう事は、やっぱりあなたが適任かなぁ、と思ったから♪」

あっさりと言い切る恵莉。その隣では流勢も「なるほど」と手を打っている。

「おねがいね♪」

そう言いながら見せる恵莉の満面の笑み。コレに勝てる者はまずこの場にはいない。
肩を落とし、仕方なく敵である男に向かう勇斗。
とはいえ、「任せる」とは言われたものの、何をしていいものか。流石に鉄のドアを素手でこじ開ける相手に生身で挑んでも勝ち目はないだろう。何か間接的な……



「や、やい、おまえ!」

唐突に口を開く勇斗。相手の方も散々待たされてイライラしていたのか、こちらを睨みつけてくる。

「ぅ……お、お前なんか、俺たちの敵じゃないぞ! か、勝てると思うんなら、かかってきやがれ!!」

少し離れてみていた神鳴と宇美は唖然とする。
我に返り不安そうに見つめる宇美。そして神鳴に至っては「何やってるんだアイツ」という呆れも含まれているように見える。
だが、流勢と恵莉は逆に嬉しそうである。何となく「彼を選んで正解だった」と言う確信も垣間見えた。

「へへん、お前なんかあっという間に倒してやる! く、悔しかったらついてこい!!」

微妙に震える足をなんとか動かし、男の脇をすり抜けて外へ走り出る。どうやら男も素直にその挑発に乗ってくれたようで、ゆったりとした足取りで後を追っていった。

「さぁて、それじゃ僕らも追いかけますか。」
「そうね〜、流石に一人じゃ大変だものね。」

唖然とその様子を見送っていた二人もその言葉に我に返る。

「そ、そうだよ! 早く追いかけないと!!」
「お、おう!」

その場に残った二人は慌てて駆け出していったその背中を見送ると、顔を見合わせて微笑む。

「マグナたちは、彼らを選んで本当に正解だね。」
「えぇ、あの子たちなら……きっと大丈夫だわ。」




全力ダッシュでグラウンドまで走ると、背後の敵の姿を確認し、すぐさまマグナを呼び出す。

「行くぞ、マグナ!」
「待つんだ、勇斗。」

慌てて迎撃体勢を取ろうとする勇斗にマグナが待ったをかけた。

「な、なんだよ?!」
「相手は人間だ、攻撃してもよいのか?」
「……っ…」

その言葉に、勇斗も一瞬言葉を失う。

「……で、でも、やらなきゃこっちがやられるんだ! 仕方ないだろ?!」
「…了解した。」

表情は険しいながら静かにそう呟くと、マグナは腰から愛用の銃を取り出す。そしてゆったりと追いかけてくる男に向け、3度引き金を引いた。
炎の弾丸が男に向けて飛んだが、それらは男には着弾せずに消える。

「なにやってるんだよ!」
「いや、確かに私も僅かに狙いを逸らしはしたが、当たらないはずは…… ッ?!」

マグナは言葉の途中で何かに気付き、とっさに勇斗をかばうように覆い被さった。

「な、何を……?!」
「ぐあっ!!」

突然のことに困惑する勇斗。だが、すぐに事の深刻さを目の当たりにする。

「オマエモ……オレヲイジメルノカ……」

ふいに男が呟き、その全身を黒いオーラが包み込んだ。
どうやら彼の放った攻撃から勇斗を守るために、マグナは盾になったらしい。背中側に若干の焼けこげたような跡が出来ていた。

「ふむ、どうやら面白いことになっているようだな。」

ふいに、すぐ後ろから声が聞こえた。

「テメェ……レイヴン!!」
「フ……覚えていたか。そう慌てるな、今回は貴様らの相手をしにきたのではない。」

聞き覚えのある声の主に怒りの形相を見せる勇斗には目もくれず、未だ黒いオーラを吹き出させている男に目を向ける。

「アレか……」

レイヴンはそのまま勇斗の脇を素通りして歩を進める。

「勇斗くん!!」
「紅焔寺!」

そこに、遅れて飛びだした二人が到着、場の雰囲気が更に緊迫する。

「これはこれは……勢揃いか。」

しかしそれも長くは保たなかった。
先程までブツブツと呟いていたあの男が、突如黒いオーラを大量に吹き上がらせ、浮き上がった輪郭が実体化し、巨大な怪物へと変貌を遂げたのだ。

「「「?!」」」
「………ほう。」

驚きと歓喜の四重奏が向けられた怪物のその目には、もはや意志など無いように見えた。

「……ちっ、ライジング、フリジング!!」
「「はっ!」」

神鳴がタイピンに声をかけると、どこからとも無くロボット姿の2体が現れる。

「アイツを倒せ!」
「任せろ、まずはオレからだ!」

そう言って愛刀を取り出すと雷を纏わせ、交差した雷の斬撃を飛ばす。だが、それは黒い風に阻まれた。

「甘いな。」

そう言うと、レイヴンは進路上で右掌をかざし、あろう事か電撃を吸い取ってしまったのだ。

「何ィ?!」
「私は『雷』と『風』を司る者、自分の属性の攻撃を吸収する程度容易いことだ。」

レイヴンはつまらなさげに言う。

「ならばこれはどうだ!」

フリジングがライジングの前に出ると、掌から冷気の弾丸を放射した。

「確かに『雷』と『風』は、『氷』との属性的関連は薄い。 ……だが。」

しかし、コレもレイヴンに届く前に突如吹いた強い向かい風によって吹き飛ばされてしまう。

「その程度の攻撃、我が『風』の障壁で防げぬはずがなかろう。」

そう言って左腕を横薙ぎにすると、その場にいた彼らを薙ぎ倒すかのように先程以上の暴風が吹き付けた。

「ぐぁっ……!」

元々ダメージを負っていたマグナも例外ではなく、勇斗をかばいつつも盛大に地面を転がされる。

「フッ、まぁいい。さっきも言ったが、今日は貴様たちの相手をしにきたのではないのだからな。」
「……ッ、なんだと?!」

なんとか立ち上がった勇斗は精一杯の虚勢で睨みつけるが、当のレイヴンは相変わらず意に介していない。

「今日の仕事は、アレの『回収』だ。」

そう言う彼の目線は先程の怪物に向けられている。

「回収、だと?」
「そうだ。実はアレは我々にとっても予定外の出来事でな。」

一切目線をあわせずに、それでも彼は語る。

「我々は行動を起こす前に、負のエネルギーを集める実験としてこの『邪心球じゃしんきゅう』を地上にいくらかばらまいておいた。 ……だが時折いるのだ。邪心球を自身の身体に取り込み、体内で成長させられる特殊な人間が。」

痛みを堪えつつ起きあがった宇美もそれには疑問の表情を浮かべる。
『体内で成長させる』とはどういう事なのか。

「邪心球は本来負のエネルギーを持つ者を感知し、その者からエネルギーを吸収して欲望を具現化させ、それにもたらされる破壊によって更なる負のエネルギーの発生を引き起こす、というだけのものだった。」
「つまり、あのように『人間と一体化する』ことは想定されていない、と言うことか。」

宇美を守るために姿を現していたヴィクトールがその先を言う。

「そう言うことだ。つまり『アレ』は我々にとってイレギュラーであり、貴重なサンプルなのだよ。」
「だから回収、ってワケか。へっ、なんでもいい、お前らの思い通りにはさせるかよ!」

レイヴンを力一杯指さしながら、より一層睨みつける勇斗。

「出来るかな?」
「やってやる! マグナ、まだいけるか?!」
「ッ、やってみせる!」

見るからに苦しそうな様子だが、それでもマグナは立ち上がった。

「バーンアップ!」
「炎神合体……マグナッ、セイバァァッッッ!!」

勇斗を収納し、僅かに走る痛みを堪えつつもレイヴンを追いかける。

「私達もいこう!」
「了解!」

ヴィクトールも銀の鎧を召喚、装着し、怪物の破壊を防ごうと空を疾っていった。
だがただ一人、神鳴だけはその場を動こうとせず、二人を呆然と見送っていた。

「………」
「主、我々も行きましょう!」

フリジングが声をかけるが、神鳴の耳には届いていないようだった。

「……なんで。」
「え?」

呆然と座り込んでいた神鳴がふと呟く。

「アイツら……なんで戦ってんだよ……」

まるで、自分に問いかけるように。

「あんなの、勝てるわけねぇじゃねぇか………アイツだけでも勝てねぇのに、まだ他にもいるんだろ……?」
「しかし主、戦わねば何もかもを奪われるだけです。」

膝をつき、ただ目の前の現実をフリジングは告げる。

「だったら、どうやって勝てって言うんだよ!」
「そ、それは………」

神鳴の罵声に、ライジングとフリジングは顔を見合わせ苦い表情になる。

「俺たち………なんで戦ってるんだよ……」

俯いたその目にはうっすらと涙がにじんでいた。
ライジングたちがどう声をかけていいのか迷っていたその時だった。


「あの人……あのままでは死んでしまう……」


その声に、その場の誰もが驚いて目を向けると、そこには一人の少女が、長い黒髪をなびかせて立っていた。
ただし、『誰にも全く気配を悟られずに』である。

「あなたは……どうしたいの?」

彼らの驚きを意に介していないのか、『彼女』はじっと神鳴を見つめている。
だが、当の神鳴は彼女が突如現れたことと、その発言の不可解さに混乱していた。

「……え、何を…?」

その答えを聞いてなのかどうかは分からないが、少女は目線を逸らすと、ある方向を指さした。
わけもわからず指さされた先を見ると、一人の女性が座り込んでいた。どうも足を怪我しているらしい。

「?!」

神鳴は、その女性に見覚えがあった。

「ん、ありゃぁ……」
「……母さん!!」



合体しそれぞれの敵に挑んだ2体だったが、どちらも状況は悪い方へと転んでいるようだった。

「ぐぁっ!」
「マグナ、大丈夫か?!」
「くっ……あぁ、こんなところで負けるわけにはいかない!」

マグナセイバーは、そもそもが実力差のある者を相手にし、さらに元々ダメージを負っている事も重なり防戦一方に。

「ッ、このままでは被害が広がる一方だ!」
「でも……あの怪獣さん、元は人間なんだよ?!」
「だがヤツを倒さない限り……うわっ!」

ヴィクトリアスは、空中からの攻撃で敵を攪乱してはいるモノの、攻撃力不足で決定打に欠ける上に、元が人間である『それ』を倒すことに躊躇しており、止めには至らずにいる。
2体とも、どうしていいのか分からないまま、戦い続けていた。
そんななかを一人駆け抜けていく者がいた。

「あれは、氷室くん?!」

空からその姿をいち早く見つけた宇美はその名を呼ぶ。だが、近づこうにも敵に遮られ、その足下を走る彼に手を伸ばすことも出来ない。




(母さん……なんであんな所に……!)

気がつくと走り出していた。運動はそれなりに得意なので目的地にたどり着くのは容易いはずだった。

(クソッ、なんで……なんでこんなに遠いんだよ!!)

何故か足が重く感じた。

(ちくしょう、このままじゃ………!!)

目の前にいるはずなのに、ひどく遠くにいるように思えた。
自分に残された、たった一人の肉親。それが今、自分のすぐ傍で危険に襲われている。

(頼む……間に合ってくれ!)

見るとその背後の壁に、大きな亀裂がいくつも入っていた。そしてすぐ傍であの怪物が暴れた振動でついに崩れ落ちる。


このままだと母は死ぬ。


その事実を感じた神鳴の中に、ふいにある気持ちが込み上げてきた。


「ちくしょう、俺が………俺が母さんを護るんだァァァァァッッッッ!!!」


何もかもを忘れて強く、精一杯強くそう叫んだ。
誰よりも、何よりも。ただ『母を救いたい』と、そう願った。
さっきまで感じていた恐怖も絶望感も、その言葉の前に全てどこかへ消えてしまったらしい。
そして。
叫んだのとほぼ同時に、神鳴の頭上を二つの疾風が通り過ぎる。

「うおぉぉぉりゃぁぁっ!」
「ハァァァァァァッッッ!」

一瞬の間に、落下していた瓦礫をライジングの拳とフリジングの脚が粉々に吹き飛ばす。
あまりに突然の出来事に、すぐ真下にいた朱鷺子は力無く倒れ込んでしまった。

「母さん!」
「大丈夫、気を失ってるだけだ。」

母の様子に驚く神鳴だったが、ライジングの言葉にほっと胸をなで下ろす。

「主、我々に力を貸して頂きたい。」
「え……力を貸せって……どういう事だ?」
「我々の力に主の力が加われば、我々は更なる力を得ることが出来るのです。」

2対の瞳が神鳴を見下ろしている。だが、そこにあるのはまっすぐな気持ちだけ。

「俺たちの力を合わせれば……」
「主の願いを叶えられる!」

見上げる神鳴は一瞬それに吸い込まれそうな錯覚を覚えた。

「よく分からないけど………何とかなるんだな?」
「「無論だ!!」」

3人は笑みを交わしお互いの気持ちを確認する。

「ここはお前が行くべきだろうな。」
「おう。よし主、『強腕招来』だ!」
「……よし、分かった。」

神鳴は左の胸ポケットに着けたタイピンに手をやり、目をつぶる。

“親父………力を貸してくれ!”

タイピンを外し空に向かって掲げると、ありったけの大声で叫んだ。

「強腕、招来ッ!!」
「「応!!」」

神鳴の声に応えるように2体は地を駆け、そして空へと飛び上がる。

獣爪甲じゅうそうこう、招来!」

ライジングの呼び声に、地に落ちた雷から戦車のようなビークルが現れる。
2体は一端列車形態に変形、ライジングはフロント部分と後部を引き延ばし、フリジングはフロントノーズを左右と下面の3方向に展開し腰のアーマーへ、そして車体後部を伸ばし、左右に割って脚部に変形する。
変形を終えた2体は上下で合体し、バラバラに分離した『獣爪甲』のキャタピラ部が足の裏、砲塔部が左腕、フロント部が右拳に、そして展開したコアパーツが胸部から背面を覆うようにそれぞれ装着される。
最後に頭部が現れると、マグナセイバーたちと同様に光の道で主を胸の中にふわりと収め、その巨大な右拳を胸の前で力強く握りしめる。
強神ごうじん合体……ボォォルトォ、クラッシャァァァァァッッッッ!!」

紫電を纏った武人が今、雄々しく大地に降り立った。



異変に気付いたレイヴンはそちらに目をやると、好奇の目でそちらに向き直った。

「……ふむ、あちらのほうが楽しめそうだな。」
「テメェ、逃げるのか?!」

なおも噛み付こうとする勇斗だが、レイヴンはつまらなそうに言う。

「今の貴様では暇潰しにもならん。」
「なんだと?!」
「威勢だけはいいな。だが貴様の相棒はそうでもないようだぞ。」
「?!」

その言葉を肯定するようにマグナセイバーが耐えきれず膝をつく。勇斗はこれまで『敵』しか見ていなかったため、マグナセイバーの疲労に気付かなかったらしい。

「その様子では満足に動けまい。しばらくそこでおとなしくしているがいい。」

そう言ってレイヴンは飛び去っていった。

「ッ………ちくしょう!」
「勇斗……すまない…」

悔しそうに拳を握る勇斗に、マグナセイバーはただ謝ることしかできなかった。




合体を果たしたライジングとフリジング、もといボルトクラッシャーは、気を失った朱鷺子を安全な場所へ移動した後、こちらを見据えゆったりと近づいてくるレイヴンに狙いを絞っていた。どうも向こうから仕掛けてくる様子はなく、こちらの手を伺っているらしい。

「さぁて、どうするか……」

相手の強さもさることながら、ボルトクラッシャーの中の神鳴は自分を包む空間や、合体後の実力など分からないことが多く、どう指示を出すべきか考えあぐねていた。
だが、しばらく考えたあげくひとつの結論に辿り着く。

「あ〜、もういいや、とにかくアイツを倒せ! え〜と…『ボルトクラッシャー』……だっけ?」
「応よ! 俺は力の武将・ボルトクラッシャー様だぜ!」

待ってましたとばかりに走り出し、一気にレイヴンとの間を詰める。と同時に腰だめで構えた左に比べかなり大きな右腕を思い切り突きだした。

「スピードは上がっているようだが……まだ遅い!」

先程と同様風の障壁がその拳を阻む。だが、拳は風の障壁で完全に止まりはしなかった。

「……ぬ?!」

レイヴンの指摘通り、『スピード』は彼の予測範囲内だった。しかし、その『パワー』は彼の予測を超えていた。
障壁は合体前の精霊達を吹き飛ばしたあの威力と同等の圧力である。にもかかわらず、ボルトクラッシャーは突き進むことを止めず、僅かずつではあるがその風圧を突破しようとしている。

「ぬぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」

地を踏みしめる両脚だけでは足りない、とばかりに肘のあたりからも小型のスラスターが展開され、プラズマのような光を最大出力で吹き出す。

(此奴のパワー………侮れん…!)

単純に「出力」だけを鑑みれば、これまで戦ったなかでは最も強い。だからといって『最強』であるわけではないが、目の前に迫る拳を見ていればそれが彼にとって後の脅威であることは言うまでもない。

「くっ……調子に、乗るなぁっ!」

レイヴンが吼えると、かざした両腕から竜巻のような暴風が生まれ、ボルトクラッシャーを跳ね飛ばす。
なんとか脚を踏ん張り転倒を回避してレイヴンを見ると、その表情からは僅かではあるが焦りが見えた気がした。

「チィ、やっぱ一筋縄じゃいかねぇか…!」
「構うもんか、必殺技のひとつでもぶちかましてやれ!」
「奇遇だな……俺も今そう言う気分だ!!」

そう言うとボルトクラッシャーは足の裏のキャタピラをフル稼動させて再度レイヴンに突撃をかける。ただし、今度は『途中から肘部のブースターを利用した横回転をプラスして』である。

「喰らいィィィやがれェェェェッッ!!」

コマのような回転で先程より更に加速し、オマケとばかりに拳にありったけの電撃を込める。
先程とは違うパターンに一瞬戸惑ったレイヴンは対処が遅れ、仕方なく風の防壁を前面に集中的に展開する。

「うぉぉぉぉッ……… 電光ゥゥ、雷ッ迅ンン……拳ッ!!!」

金色の拳が、見えない壁にぶち当たる。だが、先程とはうってかわって今度は拳が壁を打ち砕いた。
元々手は抜いていたものの、僅かに防御が遅れたこと、そして先程はなかった『雷エネルギーの付加』がレイヴンの防御を一瞬だけ上回ったのだ。

「ぬぅっ!」

後方へ吹き飛ばされるレイヴン。だがそこの身体は地には着かなかった。

「?!」

突如レイヴンの身体が半透明の球体に包まれ、本人の意思とは無関係に身柄を拘束したのだ。

「精霊との戦闘は命令違反。」

ふいに上空から声がした。その先を見ると、ローブを纏った少年が2人浮かんでいた。

「くっ、お前たちか……」
「あなたの任務はあくまで『回収』。我等には無駄に時間を過ごす余裕はない。」

少年たちは声を揃えレイヴンに言い放つ。その言葉に遠慮などはまるで見えない。

「私達はいつまでも遊んでいるあなたの代わり。速やかに任務を遂行する。」

そう言うと、レイヴンと同様の球体がこれまで暴れ続けていた怪物を包み込む。しかしレイヴンの時とは異なり、その巨大な球体は一気に収縮し拳大の大きさとなって片方の少年の掌に収まった。

「任務完了。これより帰投する。」

あまりのあっけなさに一同が唖然としている中、少年たちは忽然と姿を消していた。
そして、神鳴に母の危機を知らせたあの少女も……




「ン……あら……?」
「母さん!」

目を覚ました朱鷺子はまず最初に保健室らしい部屋の中、自分のすぐ横で怒っているのか泣きそうなのか分からない表情で自分を覗き込む息子の顔を見た。

「どうしたの、そんな顔して……?」
「そんなことより、なんであんなとこにいたんだよ!」

真剣な息子の問いに、朱鷺子は思案を巡らせた。

「ん〜……あ、そうそう。避難したときにあなたがいないことに気がついて、探しに行ったのよ。」

まだ寝惚けていそうなほんわかとした口調と笑顔で言う。
すると神鳴の表情が一転して呆れに変わる。だが、小さく溜息をついて肩を落とした神鳴の胸の内には、自分を想ってくれる母への感謝の気持ちでいっぱいだった。

「頼むから、今後はああいうことは止めてくれよ……心臓に悪いから。」

相変わらずの微笑みを浮かべる母に、苦笑いしながらそう呟いた。




小学校の敷地から少し離れた交差点を先程の黒髪の少女は歩いていた。

「あ! やっと見つけた! ったく、何処いってたんだよ〜!」

そこに、別の少女が声をかけてきた。慌てて走ってくる少女は黒髪の少女と同じくらいの年だろうか。服装や髪型からは活発そうな雰囲気である。

「ごめんなさい、ちょっと………彼らのことが気になったものだから。」

僅かに目を伏せ、それでも何か嬉しそうな笑顔でもう一人の少女に言う。

「……『彼ら』?」

もう一人の少女はその言葉に首をひねる。だが、黒髪の少女は笑顔のままこういった。

「大丈夫……きっと、もうすぐ逢えるわ。」

もう一人の少女は更に疑問を深め首をひねるが、それ以上何も言わずに歩き出す黒髪の少女に付いてその場をあとにした。



To be continued