勇者神想 マグナセイバー Mission 8 『新たな友と集いし仲間 春に咲く小さな出会い』
破壊された体育館から校庭へと場所を移した異例の卒業式が終わり、短い冬休みもあっという間に通り過ぎて。 「ねぇねぇ、どこかヘンじゃないかな?」 うららかな日差しが差し始めるにはまだちょっと早いくらいの。 「細かいこと気にしたって始まらないだろ。ほら、遅れるぞ?」 とある春の日。
目新しい制服に身を包み、家を出る二人の少年少女。 今日は彼らにとって、ある意味で『新しい生活』の始まりを迎える日である。 「あ、氷室くんだ〜。 お〜い♪」 あまり見慣れぬ道を辿る中、見慣れた後頭部を見かけ、声をかけた。
「おう、星野……とオマケが一人か。」 ガルル、という効果音が似合いそうなほど歯をむき出しにして怒る勇斗。 「ねぇ、似合ってるかな、この制服。」 威嚇する勇斗は放っておいて、宇美は神鳴に問いかける。 「あぁ、いいんじゃないか? ……この指の付け根くらいがまで隠れる微妙な袖の長さがまたマニア心をそそりそうだな。」 唐突にフリーズドライになる空気。
「おい、お前、今なんて……?」 さも何事もなかったかのように前を向く神鳴に肩を落としながらも、とりあえず気を取り直して歩き始める。
「私達……もう中学生になるんだね。」 宇美の隣を歩きながら苦笑いを返す勇斗。 「でも、違う小学校の子たちもいるし、新しい友達作るのとっても楽しみだよ♪」
余程嬉しいのか、宇美は深い森を抜けた途端広大な花畑を見つけた蝶々のように、小走りで曲がり角にさしかかる。
「うっわ、危なッ?!」 衝突は何とか回避した、と言うか回避してもらったものの、勢い余って脚をもつれさせ宇美は尻餅をつく。 「大丈夫?」
ぺたんと座り込んだ宇美のもとに降りてきた、先程の声とは違う優しい声。
「す、すいませんでした!」 発せられる声と同質の、とても優しい微笑みがその少女の顔に浮かぶ。 「なぁ、あんた…もしかしてこの間の?」 場の流れを断ち切って、藪から棒に神鳴が少女に声をかけた。 「ええ。初めまして、と言うべきですね。」
少女は立ち上がると、神鳴のほうへ向き直る。 「おーい、あたしのこと忘れてないかーい?」 と、その後ろから声がかかる。 「ぶつかりそうだったの、あたしだったんだけど。」 輪の外に置き去りにされていたのが不満だったのか、一同をじろりと見回す、赤いボブカットの少女。
「あ、ご、ごめんなさい!」 予想外の反応だったのか、照れくさそうに鼻の頭をかく。 「……ん? そういやアンタら、ナナ中の生徒? 見たこと無いツラだけど…」
『ナナ中』というのはこれから勇斗達が通うことになる『市立・
「あ、私たち、今日から1年生なんです。」
感慨深げに頷く少女は身長が170センチほどもあり、宇美を見下ろすように佇んでいる。
親指を突き立てた右手をビシッと突きだしてポーズをとる。 「あ、私は星野宇美です。よろしくお願いします。」 そしてここにも素直に自己紹介を返しつつ頭を下げてるのが一人。 「こっちは紅焔寺 勇斗くんで、こっちが氷室 神鳴くんです。」 その上頼みもしないのに他人の紹介もしちゃってるし。まぁ、二人としては手間が省けたので、よかったと言えばよかったのだが。 「とにかく学校へ向かいながらお話しましょう。このままでは遅刻してしまうわ。」 瑠璃がそう促したのでふいに時計を見ると、遅刻防止のためにとあらかじめとっておいた余裕が、全て使い切られていた。 「そうだね。まぁ、いつもの道なら歩いても余裕だろうけど。」
そう言って偶然出逢った先輩たちはさも当然のように歩き出す。
「ほーれ、もう着いた。」
先陣を切って歩いていた空海が満面の笑みで振り返る。それに促されるように一同が麓へと降りていくと、小さな門があった。 「あたしらしか知らない『秘密の抜け道』ってやつさね。」
得意げに言う空海の鼻が、天狗のように伸びている幻が見える。
「さ、急がないと入学式始まっちまう。行くぞ〜」
あっけにとられていて忘れていたが、時間までまだ余裕があるとはいえ、あまりボケッとしてもいられない。
「体育館までの行き方が分からないんなら、ついでに教えてやろうか?」
何と、通学中に出逢っただけの先輩が親切にも案内までしてくれるという。
「何処なんですか?」 そう言って彼女が指さした先。そこには青く塗られたありがちなアーチ状の屋根が見えている。 「うわ、分っかり易……」 これまで特に喋ることのなかった神鳴も、若干顔を引きつらせて呟いた。 「あ、ありがとうございました。」 とにかく今は早く入学式の受付を済ませておきたかったので、先輩たちに手を振り、教えられた体育館に歩を進める。
「あの…なんで付いてきてるんスか?」 気がつくと、分かれたはずの先輩二人が勇斗達の後ろに立っていた。
「いや、問題があるとかじゃなくて……先輩たちもココに用があるんですか?」
疑問符が3つ、宙を舞った。 「……ホンット正直だねぇ、あんたたち。」 ぽかんと口を開けたままの3人を見て、空海は苦笑いを漏らす。 「まぁいいさ。それより、さっさと受け付け済ましちまいな。」 3人を強引に押し、体育館の中へと押し込む。その背中が遠ざかるのを見送りながら、空海はふぅ、と溜息をついた。 「やっぱりあたしは、こう言うのは似合わないんだねぇ……」
自嘲するように呟くと、目線を晴れ渡る青空へと向ける。 「大丈夫、私が一緒だから。」 悪びれた様子のない悪戯な微笑みが、空海を見上げている。 「……そだね。」
小さく呟くと、優しく微笑む親友の肩にポンと手を置き、入り口の扉に寄りかかってもう一度空を見上げた。
石造りの壁に身体を預けながら、レイヴンは目の前で行われる『実験』の様子を眺めていた。 「ふむ…あらかた必要なデータは出そろっています。もうしばらく待ってもらえれば、調整も完了するでしょう。しかし……」 モノクルを外し、振り向いたタクト。だがその顔には憂いが垣間見えた。
「……しかし、何だ?」
その言葉にレイヴンは一瞬だけ目を細める。
「……お願いしますね。」 レイヴンはそのまま通路の闇へと消えていった。
「勇斗くん、帰りはどうする?」 隣の宇美が立ち上がりながら聞いてきた。
「そうだなぁ… そろそろ昼飯時だし……なんか食って帰るか?」
更にその奥からあくびをかみ殺すような声がする。
「お前…」 だがその言葉は最後まで紡がれることはなかった。 「おーい、御前さんたちヒマか〜い?」 登校中に出逢った先輩が、にこやかに手を振りながらこちらへ近づいてきたからである。 「あ、先輩。はい、ちょうどお昼御飯をどうしようかって話してた所なんです。」
宇美が素直に応える。
「そうかい、そりゃ丁度よかった。あたし、いい店知ってるんだよ、行かないかい?」
丁重に断りを入れようとする勇斗だったが、肩に回された腕が運悪く首に極まっていて反撃不能な状態に陥った。
「フン、形無き風を御するなど、人間には到底不可能なのだ。」 その影とはもちろんレイヴンであり、彼は眼下に広がるビルの林の隙間を吹き抜ける風たちを、憎悪と悲哀の念を込めて見下ろしていた。 「『これ』が貴様たちの障害であるのならば…… ん?」
ふいに、屋上に通じる扉が開く。 「……貴様も飛びたいのか?」
『飛ぶ』。 「いい目をしているな。御前のその『心』、存分に使わせて貰おう。」
口の端を僅かに吊り上げると、レイヴンはいつものように邪心球を取り出す。
空海は恥ずかしそうに鼻の頭をかく。
「まぁ、残念というか……よかったというか…」 小さなつぶやきまで聞き漏らさないあたり、どういう体構造をしているのか調べてみたい気もする。 「ねぇねぇ、あれって何かな?」
少し離れた壁のほうをぼぅっと眺めていた宇美がふいに問いかけてくる。
「何々……『世界宝石展 〜 うっとりとする宇美の隣で、夢のない発言をする勇斗。 「ん〜、幾らくらいするんだろうねぇ?」
何となくだが空海も乗り気のようで、頭の後ろで腕を回しつつ言う。 “そう言えばライジングは…”
神鳴は最初に『彼ら』と出逢ったときのことを思い出す。 「もしかして……」 だが、その可能性を神鳴は自身で否定した。 「…いや、いくらなんでも都合がよすぎるか。」
そう。それは『都合がよすぎる』。
各々食べ終わって、暇つぶしにデパート内でも見て回ろうか、と言いかけたときだった。
「てて…何だってんだよ……」 立ち上がろうとして転んだのか、頭をさすりつつ起きあがる勇斗に神鳴が叫ぶ。
「…まさか!」
そう言って神鳴は天井を睨んだ。 「へぇ……上にこの騒ぎの原因が『いる』のかい。」
先程まで瑠璃をかばうように抱えていたはずの空海が、いかにも『怒っています』というような顔で立っている。 「悪い、ちょっと行ってくるわ。」
そう言ってすたすたとその場を去っていく。 「あ…… え、いや、ちょっと?!」 呆然としていた一同が我に返る。そして微笑みを浮かべる瑠璃を残し、勇斗、宇美、神鳴は急いで空海を追いかけていった。
「……ほぅ、テメェが騒ぎの犯人か。」
彼女が見たのは、黒い巨大なコウモリのような動物だった。 「やいテメェ……よくもあたしの楽しいひとときを邪魔してくれたね! あたしにケンカ売ろうなんてイイ度胸だよ!」
息を切らせてやっとの事で追いついた勇斗達は、それを聞いて思った。
「とにかく、俺たちはヤツと戦うんだ。宇美は先輩を頼む。」
自信なさげに宇美が頷くと同時に、コウモリもどきが飛び上がった。 「逃げるなゴラァ!! 降りてこんかぁ!!」 この強風の中で相手に聞こえているのか、そしてそもそもこちらの言葉を相手は理解できるのか。それすら分からないと言うのに、未だに獅子の咆吼のごとく声を張り上げている。 「急ぐぞ!」 勇斗達は、とにかく自分たちの担当をこなすために、それぞれの行くべき場所へと走った。
デパートの階段を下って外に出たあと、二人は少し離れた人気のない場所でそれぞれのパートナーを召喚する。
「敵が出た、いくぞ!」
マグナはいつものようにマグナセイバーへと合体し、敵へと向かっていく。
「主、今回は私がいこう。」 神鳴はよく分からない、と首を傾げるが、ライジングたちはなにやら顔を見合わせ頷いている。
「主、『幻影招来』と唱えてくれ。」 ビルに隠れ、今は姿の見えない敵を冷静に分析するフリジング。その瞳には嘘は見えない。
「分かった。いくぜ……幻影、招来!!」 高くジャンプし、合体のフォーメーションに入る2体。 「飛閃甲、招来!」
フリジングの言葉に呼応して、大気中の水分が一点に凝縮され、空中に氷塊が生まれる。それが砕けると中から小型の飛行機のようなビークルが現れた。
「
盛大な名乗りと共に、ライジングとフリジングの合体した、しかしボルトクラッシャーとは違うフォルムの巨大なロボットが完成する。 「スゲェ……」
その中にいる神鳴も、まさか『2つ目の合体』があるとは思っておらず、ただ驚くばかりだった。
「ったく、アイツら何やって……!」 新たに姿を顕した『氷の忍び』は足の裏からローラースケートのような車輪を左右二つ、合わせて四つ出し、日の傾き始めた町並みを飛ぶように駆け抜けていった。
屋上に残っていた宇美は、怒髪天を衝くかのごとく猛る空海の腰を抱えるようにして、必死に押さえていた。 「っだー、くそっ! あたしにもアイツらみたいな力があれば、アイツぶん殴ってやれるのに!!」
呪いのように恨み言を口にする空海は、遠くのビル群で戦う2体の巨大ロボとコウモリもどきを睨む。
“汝、その力を何故に欲するか?”
「な……んだい、こりゃ?」 それまでの勢いはどこへ行ったのか、途端に空海はその『声』に意識を尖らせた。 「きゃうっ!」 急に力が抜けたことに驚いて手を放してしまった宇美はコロンと後ろに倒れ込んでしまうが、それにも気づいていないらしく、空海は声の主を捜して辺りを見回す。 「どこだ……どこに居る……?!」 そしてまたあの声。
“汝はその力を何故に欲するのか?”
「お前か…」 空海が見下ろすのは、中央に収められた琥珀色じみた石の付いた指輪である。
“今一度問う。汝、力を欲する理由は何だ?”
「理由? はっ、大事な友達の時間を奪われたんだ。それを取り戻すのに、理由なんざ必要ないね。」 キツイ眼光と1オクターブ低くした声でそうハッキリと告げると、『声』はそれきり黙り込んだ。 「『そんなこと』より、あんたは何モンだい?」
“……”
空海の言葉には何か、それまで見られなかったモノが込められているような気がした。 「あたしゃ、オツムの出来が悪いから、『なんで石が喋ってるのか』なんて分かんないと思う。でも、あたしは友達との大切な時間を奪ったアイツが許せない。」 それは、固い決意と覚悟の表れのようでもある。 「自分勝手な気持ちだと思ってくれて構わないよ。けど、あたしにも通さなきゃならない『筋』ってモンがあるんだ。」 『石』をまっすぐに見下ろすその深紅の瞳には、その紅に負けない炎のような気持ちが宿っていた。
“…御意。”
「くっそぉ、せめて武器が届けば……!」
マグナセイバーの中で勇斗は歯噛みする。脛のセイバーキャノンもさっき撃ってみたが、相手の素早さと衝撃波の干渉で全く届かなかった。
「あぁ〜、やっぱこいつじゃなくて宇美をこっちに回した方がよかったかも……」
普段から仲が悪い上に、敵を倒せない苛立ちも重なり、ついにケンカを始めてしまう二人。
『流石に早いね、二人とも。』
その言葉と同時に、横合いから敵にミサイルが直撃する。 『どれもまだ実戦投入段階ではないけど、何かの役には立つはずだ。苦しいかもしれないが、頑張ってくれ!』
通信はそこで終わる。
「くそぉ、当たりやがれ!!」
マスターの声に応えようと、マグナセイバーも脛のキャノンと手首のバルカンを一斉に乱射する。 「ちっ、状況がさっきと大して変わってねぇぞ!」
上空の敵を睨みながら、苛立ちをあらわに神鳴は言う。 「お前たち、大丈夫かい?!」 声のする方に振り返ると、ヴィクトリアスが手のひらに空海を乗せて飛んできていた。
「な、なんで……?!」 空海の言葉に応えるように、戦車がふわりと浮き上がり、そして人型に変形した。 「私は大地を守護する精霊、ランドバスターだ。以後、よろしく頼む。」 変形した戦車、もといランドバスターは恭しく頭を下げる。 「おぉっと、俺たちも忘れて貰っちゃ困るぜ!」 そして、上空を飛んでいた戦闘機と、何と地上を浮遊しながら走る戦闘艇も人型へ変形した。
「オレは風の精霊エアロバスター! ヨロシク頼むぜェ!」 それぞれ機体を青と白に塗られた2体も各々挨拶をする。
「え、な、なんでいきなり……?」 左手に装着されたアクセサリーのようなアイテムを見せて、あっけらかんと空海は言った。 「な……?!」 神鳴が驚くのもムリはない。なぜなら、目の前の状況こそ、あの時自分の想定した『奇跡』なのだから。
「とにかく、今はアイツをぶっ飛ばすのが先決だ! やるよ、お前たち!」 空海の号令と共に3体は配置に付く。ランドバスターとアクアバスターが地上、エアロバスターは相手よりも高い位置で上空に。 「よっしゃ、まずはオレからだ!」
ビル群の上空にいるエアロバスターが両手を真下にかざすと、狭い隙間を通り抜けている大量の『風』に変化が起きた。 「オラッ、コイツで終いだ!!」 目を回す寸前の敵を勢いもそのままに地面に叩き付けると、エアロバスターはガッツポーズをして見せた。 「次は私が! はぁっ!」 アクアバスターが地面に掌を置くと、敵が叩き付けられた周囲のヒビから多量の水が噴き出して敵を包み込み、内部にかかる圧力によってその動きを封じる。
「今です!」
それまで腕組みをして黙って様子を眺めていたランドバスターは、合図と共に突如として拳を地面に叩き込む。 「ゆくぞ!! ぬおぉぉぉぉっっ!!」
ランドアックスを手にしたランドバスターは、水の檻に捕らえられたコウモリに向け激走する。
アックスは寸前で圧縮された『風』の層に阻まれていた。刃が弾かれ、上空のエアロバスターを見るが、彼も慌てて首を横に振った。というより、彼にはそんなことをする『理由』もない。 「勝手にそいつを壊されては困る。」
コウモリを覆う水の膜に僅かに電気が奔ると、一気にはじけ飛ぶ。 「まさか残り3騎が一度に出てこようとは思わなかったが…これはこれで収穫だな。」 そう言って口の端を僅かに吊り上げ笑う。 「まぁいい、ヤツに小言を言われる前にさっさと仕事を済ませるか……ムンッ!」
警戒の色を強める勇斗達を余所に、レイヴンはコウモリ型邪心獣に掌を当てる。 「そいつにもう用はない。煮るなり焼くなり好きにするがいい。」
それだけ言うとレイヴンはあっさりと姿を消す。
先程のデパートの屋上で瑠璃が小さくそう呟く。 「これから彼らは、運命と向かい合って戦って行かなくてはいけない。だから、『私たち』で道を示してあげましょう。」
瑠璃が振り向くと、そこには人が立っていた。春先だというのに白いロングコートに身を包み、その表情はサングラスに隠れ全く見えない。 それを見送り、そしてもう一度勇斗達の去っていった方を見つめると、穏やかな笑顔のままに、彼女もその場を後にした。
「これでいいのだな?」
部屋の中では相変わらずの顔でタクトが作業の続きをしていた。
「……ええ、十分です。ご苦労様でした。」
感慨も無さげにレイヴンは言う。 「分かっています。こちらも調整を急ぎましょう。」
笑みで答え、作業に戻るタクト。 “本当に…何を考えているのか分からん男だ。今の状況を、楽しんでいる……?”
しかしそれは決して口に出してはいけない。
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