勇者神想
マグナセイバー
Mission 8 『新たな友と集いし仲間 春に咲く小さな出会い』








破壊された体育館から校庭へと場所を移した異例の卒業式が終わり、短い冬休みもあっという間に通り過ぎて。

「ねぇねぇ、どこかヘンじゃないかな?」

うららかな日差しが差し始めるにはまだちょっと早いくらいの。

「細かいこと気にしたって始まらないだろ。ほら、遅れるぞ?」

とある春の日。





「「行ってきま〜す!」」



目新しい制服に身を包み、家を出る二人の少年少女。
今日は彼らにとって、ある意味で『新しい生活』の始まりを迎える日である。

「あ、氷室くんだ〜。 お〜い♪」

あまり見慣れぬ道を辿る中、見慣れた後頭部を見かけ、声をかけた。

「おう、星野……とオマケが一人か。」
「オマケって言うな!」

ガルル、という効果音が似合いそうなほど歯をむき出しにして怒る勇斗。

「ねぇ、似合ってるかな、この制服。」

威嚇する勇斗は放っておいて、宇美は神鳴に問いかける。

「あぁ、いいんじゃないか? ……この指の付け根くらいがまで隠れる微妙な袖の長さがまたマニア心をそそりそうだな。」

唐突にフリーズドライになる空気。

「おい、お前、今なんて……?」
「別に、気にすんな。」

さも何事もなかったかのように前を向く神鳴に肩を落としながらも、とりあえず気を取り直して歩き始める。

「私達……もう中学生になるんだね。」
「もう、っていっても、俺たちまだ10代前半だぜ?」

宇美の隣を歩きながら苦笑いを返す勇斗。

「でも、違う小学校の子たちもいるし、新しい友達作るのとっても楽しみだよ♪」

余程嬉しいのか、宇美は深い森を抜けた途端広大な花畑を見つけた蝶々のように、小走りで曲がり角にさしかかる。
しかし、突如その角から大きな影が現れ、危うくぶつかりそうになった。

「うっわ、危なッ?!」
「きゃっ!」

衝突は何とか回避した、と言うか回避してもらったものの、勢い余って脚をもつれさせ宇美は尻餅をつく。

「大丈夫?」

ぺたんと座り込んだ宇美のもとに降りてきた、先程の声とは違う優しい声。
綺麗なストレートの黒髪を閃かせつつ、声の主から手が差し伸べられる。
一瞬惚けていた宇美は、慌ててその手を取り立ち上がると、勢いよく頭を下げた。

「す、すいませんでした!」
「気にしないで、こっちも前をよく見ていなかったから。」

発せられる声と同質の、とても優しい微笑みがその少女の顔に浮かぶ。

「なぁ、あんた…もしかしてこの間の?」

場の流れを断ち切って、藪から棒に神鳴が少女に声をかけた。

「ええ。初めまして、と言うべきですね。」

少女は立ち上がると、神鳴のほうへ向き直る。
だが、その表情からは特に何も感じられなかった。
あえて言うなら、今の状況を喜んでいるような、そんな顔に見える。

「おーい、あたしのこと忘れてないかーい?」

と、その後ろから声がかかる。

「ぶつかりそうだったの、あたしだったんだけど。」

輪の外に置き去りにされていたのが不満だったのか、一同をじろりと見回す、赤いボブカットの少女。

「あ、ご、ごめんなさい!」
「あぁいや、別に謝って欲しかったってワケじゃないんだけどね。」

予想外の反応だったのか、照れくさそうに鼻の頭をかく。

「……ん? そういやアンタら、ナナ中の生徒? 見たこと無いツラだけど…」

『ナナ中』というのはこれから勇斗達が通うことになる『市立・七城ななしろ中学』の一般的な略称である。

「あ、私たち、今日から1年生なんです。」
「なるほど、新入生か。」

感慨深げに頷く少女は身長が170センチほどもあり、宇美を見下ろすように佇んでいる。
そして数秒の後、おもむろに腕組みを解いたかと思うと、宇美の肩をガッチリ掴んで笑顔でこう言った。



「よし、ならばこのあたしが中学で初めての友達になってあげよう!」



一瞬半径5キロメートルの空間の時が止まったかのような錯覚を覚えた。
そう感じたのはあくまで勇斗と神鳴だけだが。
赤髪の少女は相変わらず満面の笑みで宇美を見下ろしている。
当の宇美は困惑した表情でオロオロするばかり。
なんとなく『獲物の小動物を捕らえた肉食獣』と言うシチュエーションが脳裏を過ぎったのは気のせいだろう。
「あたしは七城中学2年3組、陸堂 空海りくどう あけみだ。こっちはクラスメートで友達の姫川 瑠璃ひめかわ るり。とりあえず4・6・4・9ヨ ロ シ ク!」

親指を突き立てた右手をビシッと突きだしてポーズをとる。
『いつの時代の人間だ』というツッコミはこの際無しの方向で。

「あ、私は星野宇美です。よろしくお願いします。」

そしてここにも素直に自己紹介を返しつつ頭を下げてるのが一人。

「こっちは紅焔寺 勇斗くんで、こっちが氷室 神鳴くんです。」

その上頼みもしないのに他人の紹介もしちゃってるし。まぁ、二人としては手間が省けたので、よかったと言えばよかったのだが。

「とにかく学校へ向かいながらお話しましょう。このままでは遅刻してしまうわ。」

瑠璃がそう促したのでふいに時計を見ると、遅刻防止のためにとあらかじめとっておいた余裕が、全て使い切られていた。

「そうだね。まぁ、いつもの道なら歩いても余裕だろうけど。」

そう言って偶然出逢った先輩たちはさも当然のように歩き出す。
勇斗と神鳴が困った顔でどうしようかと考えている間に、宇美もとてとてとその先輩たちを追うように小走りでついて行ってしまった。
そして二人も、苦い顔をしながら仕方なく急ぎ足で追いかける羽目となる。





その後彼らが歩いた道程は、『道』と呼んでいいのかと思うようなルートだった。
指定の通学路から突如横道にそれたかと思うと、人一人が通るのがやっとの細い塀の隙間を行き、見知らぬ家の庭先を忍び足で通り抜け、その先の空き地の裏の林に踏み込み、土が剥き出しの上り坂と続き、勇斗達は四苦八苦しながらもその後を追った。
そこを登り切ると視界が急に開け、その眺望の下にはあまり見覚えのない建物が。

「ほーれ、もう着いた。」

先陣を切って歩いていた空海が満面の笑みで振り返る。それに促されるように一同が麓へと降りていくと、小さな門があった。
よく見ると門にプレートが付いており、『市立 七城中学校 裏門』と書かれている。

「あたしらしか知らない『秘密の抜け道』ってやつさね。」

得意げに言う空海の鼻が、天狗のように伸びている幻が見える。
ちなみに瑠璃は終始慣れた様子で空海に付き添い、楽しそうに笑顔を浮かべていた。
時計を見ると、到着予定のおよそ5分前。遅刻ギリギリからここまで遅れを取り戻していたことには流石に勇斗達も素直に驚いた。

「さ、急がないと入学式始まっちまう。行くぞ〜」
「あ、うぃッス。」

あっけにとられていて忘れていたが、時間までまだ余裕があるとはいえ、あまりボケッとしてもいられない。
まだ校内の構造も把握していないし、途中道に迷う可能性を考慮して余分に時間をとっておいたのだから。
だが、どうやらその心配もいらないらしい。

「体育館までの行き方が分からないんなら、ついでに教えてやろうか?」
「え、いいんですか?」

何と、通学中に出逢っただけの先輩が親切にも案内までしてくれるという。
これを断るなどまさに愚行であろう。

「何処なんですか?」
「ん? あそこ。」

そう言って彼女が指さした先。そこには青く塗られたありがちなアーチ状の屋根が見えている。

「うわ、分っかり易……」

これまで特に喋ることのなかった神鳴も、若干顔を引きつらせて呟いた。

「あ、ありがとうございました。」

とにかく今は早く入学式の受付を済ませておきたかったので、先輩たちに手を振り、教えられた体育館に歩を進める。



そして体育館入り口前に到着。

「あの…なんで付いてきてるんスか?」
「え、何か問題あるの?」

気がつくと、分かれたはずの先輩二人が勇斗達の後ろに立っていた。

「いや、問題があるとかじゃなくて……先輩たちもココに用があるんですか?」
「だってあたしら、今日の式に2年生の代表で出るんだもん。」
「「「………え?」」」

疑問符が3つ、宙を舞った。
瑠璃ならばまだ納得は行く。彼女ならば頭も良さそうだし、代表に選ばれていてもおかしくはない気がする。
しかし──目の前にいる長身の少女はどう見てもそう言うモノに選ばれるタイプには見えなかった。
まぁ、何となく人を惹きつける何かを持っているような気がするのは確かなのだが。

「……ホンット正直だねぇ、あんたたち。」

ぽかんと口を開けたままの3人を見て、空海は苦笑いを漏らす。

「まぁいいさ。それより、さっさと受け付け済ましちまいな。」

3人を強引に押し、体育館の中へと押し込む。その背中が遠ざかるのを見送りながら、空海はふぅ、と溜息をついた。

「やっぱりあたしは、こう言うのは似合わないんだねぇ……」

自嘲するように呟くと、目線を晴れ渡る青空へと向ける。
流れる雲を見つめていると、ふいに肩を叩かれ、顔を向けようとした途端、人差し指が頬を突いた。

「大丈夫、私が一緒だから。」

悪びれた様子のない悪戯な微笑みが、空海を見上げている。

「……そだね。」

小さく呟くと、優しく微笑む親友の肩にポンと手を置き、入り口の扉に寄りかかってもう一度空を見上げた。
青空には、3羽の鳥が飛んでいた。





「……どうだ?」

石造りの壁に身体を預けながら、レイヴンは目の前で行われる『実験』の様子を眺めていた。

「ふむ…あらかた必要なデータは出そろっています。もうしばらく待ってもらえれば、調整も完了するでしょう。しかし……」

モノクルを外し、振り向いたタクト。だがその顔には憂いが垣間見えた。

「……しかし、何だ?」
「バージョンアップのためのエネルギーが不足しているのです。今はまだ実験段階ですので、それほど多量に、と言うわけではありませんが。」

その言葉にレイヴンは一瞬だけ目を細める。
無言のまま部屋を出て行こうとするその背中に、タクトは一言だけ声をかけた。

「……お願いしますね。」
「フン、分かっている。」

レイヴンはそのまま通路の闇へと消えていった。





小学校の卒業式とは違い、入学式はこれと言って問題もなく、まさにつつがなく終わった。
しいて問題点をあげるならば、校長の訓辞が長すぎたことくらいであろう。
勇斗は短く溜息をつくと、ぞろぞろと人が散り始めた体育館から出ようと立ち上がった。

「勇斗くん、帰りはどうする?」

隣の宇美が立ち上がりながら聞いてきた。

「そうだなぁ… そろそろ昼飯時だし……なんか食って帰るか?」
「バーカ、制服でウロウロしたら何か言われるに決まってンだろ。」

更にその奥からあくびをかみ殺すような声がする。
見ると神鳴が思い切り伸びをしていて、式の最中寝ていたことがよく分かった。

「お前…」
「とにかく、遊びに行くならいっぺん帰ってからの方がイイだろうな。まぁ、オレはオマエらとは……」

だがその言葉は最後まで紡がれることはなかった。

「おーい、御前さんたちヒマか〜い?」

登校中に出逢った先輩が、にこやかに手を振りながらこちらへ近づいてきたからである。

「あ、先輩。はい、ちょうどお昼御飯をどうしようかって話してた所なんです。」

宇美が素直に応える。
勇斗と神鳴がその言葉に「余計なこと言うな!」と ―あくまで心の中で― ツッこんだのは言うまでもない。

「そうかい、そりゃ丁度よかった。あたし、いい店知ってるんだよ、行かないかい?」
「え、あの、俺たち、一度家に戻ろうかと……」
「なんだい、つれないねぇ。あたしたちゃ友達だろう?」

丁重に断りを入れようとする勇斗だったが、肩に回された腕が運悪く首に極まっていて反撃不能な状態に陥った。
……無論それが意図的なモノなのは言うまでもない。
そんなわけで勇斗達は空海に連れられ昼下がりの繁華街へ繰り出すことに、半ば強引に決定した。





乱立するビル群。
周辺の建物からぬきんでて高い建物が集中する、この市街の中心である。
近くが小さな湾になっているので、高所からの眺望は絶景ともいえる。
しかし何を勘違いしたのか、皆こぞってただ『高さ』ばかりを競ったため、その無秩序さから強いビル風や日照権の問題などが生じてしまい、周辺住民からはあまりよく思われていない、というのが現状だ。
そんなビルの中の、特に高いそれの頂に立つ、ひとつの黒い影。

「フン、形無き風を御するなど、人間には到底不可能なのだ。」

その影とはもちろんレイヴンであり、彼は眼下に広がるビルの林の隙間を吹き抜ける風たちを、憎悪と悲哀の念を込めて見下ろしていた。

「『これ』が貴様たちの障害であるのならば…… ん?」

ふいに、屋上に通じる扉が開く。
扉の向こうには気弱そうなサラリーマンがおり、ふらふらとした足取りでレイヴンと同じ縁へと歩み寄ってきた。
放っておけば、今にもその縁から地面向かってコードレスバンジーでもしそうな雰囲気である。

「……貴様も飛びたいのか?」

『飛ぶ』。
その単語に反応したのか、メガネのサラリーマンは緩慢な動きで、ようやくレイヴンに気付いた、と言うような表情で振り向いた。

「いい目をしているな。御前のその『心』、存分に使わせて貰おう。」

口の端を僅かに吊り上げると、レイヴンはいつものように邪心球を取り出す。
それを男へと軽く放り、男がそれを受け取ったのを確認した直後、レイヴンの姿はかき消えていた。
男の掌にふわりと降りた黒い球体は、瞬く間に男の体の中に染みこむように消えていく。
それを皮切りに、男はうずくまり、そして天に向かってこの世のモノとは思えぬ咆吼を、否、『産声』をあげた。





「いやぁ、スマンねぇ。まさか今日が定休日だったとは……」

空海は恥ずかしそうに鼻の頭をかく。
現在彼らは繁華街の一角のデパートにあるファーストフード店にいた。5人でテーブルを囲み、各々が好みのバーガーやポテトなどを頬張っている。
本来ならば彼らは、空海の行きつけの一つだという『麺処・十六夜いざよい』と言う店に行く予定だったが、『予想外のアクシデント』により仕方なく最寄りのココで昼食を、と言うことになったわけである。
余談であるが『十六夜』は月見うどんが看板メニューと言われており、麺ののどごしと卵のとろみの醸し出すハーモニーが絶品なのだそうだ。

「まぁ、残念というか……よかったというか…」
「何だって?」

小さなつぶやきまで聞き漏らさないあたり、どういう体構造をしているのか調べてみたい気もする。

「ねぇねぇ、あれって何かな?」

少し離れた壁のほうをぼぅっと眺めていた宇美がふいに問いかけてくる。
目線の先にあったのは数枚の額入りのポスターで、その中の一枚を宇美は指さしていた。
目を凝らし、神鳴がそのポスターを読み上げる。

「何々……『世界宝石展 〜永遠とわなる輝き〜』か…」
「宝石かぁ…見てみたいなぁ〜」
「見てどうするんだよ。買えもしないのに。」

うっとりとする宇美の隣で、夢のない発言をする勇斗。

「ん〜、幾らくらいするんだろうねぇ?」

何となくだが空海も乗り気のようで、頭の後ろで腕を回しつつ言う。
だが、そんな中で一人違うことを考えている者がいた。

“そう言えばライジングは…”

神鳴は最初に『彼ら』と出逢ったときのことを思い出す。
確かあの時はタイピンに填め込まれていた黄色い石からライジングが甦った。
聞くところによると勇斗と宇美のパートナーも『石』から現れたらしいし、ライジングたちもそういうことを言っていた気がする。
ならば、珍しい鉱石の類を当たっていけば、復活とはいかないまでも、手札は集まるのではないか。

「もしかして……」

だが、その可能性を神鳴は自身で否定した。

「…いや、いくらなんでも都合がよすぎるか。」

そう。それは『都合がよすぎる』。
通学中にたまたま出逢った先輩に誘われて昼飯を食べにいった店がたまたま休みだったために、たまたま立ち寄った場所でたまたま行われているイベントに偶然にも『精霊の眠る石』があった、なんてことになったら、一体どれだけの確率だというのだろう。
当たればかなりの幸運だろうが、それだけで一体何年分の幸運になるのか。いや、もしかすると一生分持ち出しても足りない可能性も否定できない。
そう言う意味で、かなりヤバイ賭けだ、と神鳴は思った。




「さて、それじゃ――」

各々食べ終わって、暇つぶしにデパート内でも見て回ろうか、と言いかけたときだった。
突然巨大な地響きのような音がして、窓という窓の硝子が全てはじけ飛んだ。
そして続けざまに、何か大きなモノが乗っかってきたような衝撃が建物全体を襲う。

「てて…何だってんだよ……」
「決まってんだろうが!!」

立ち上がろうとして転んだのか、頭をさすりつつ起きあがる勇斗に神鳴が叫ぶ。

「…まさか!」
「あぁ……上だ!」

そう言って神鳴は天井を睨んだ。
だが、予想外の事態はそれだけでは終わらない。

「へぇ……上にこの騒ぎの原因が『いる』のかい。」

先程まで瑠璃をかばうように抱えていたはずの空海が、いかにも『怒っています』というような顔で立っている。
頬のあたりが若干ぴくぴくと震えているので、間違いなさそうだ。

「悪い、ちょっと行ってくるわ。」

そう言ってすたすたとその場を去っていく。
背後から見てもオーラが見えそうなほど肩を怒らせ、先程の衝撃で停止したエスカレーターを3段飛ばしで駆け上がって、彼女は上の階へと消えた。

「あ…… え、いや、ちょっと?!」

呆然としていた一同が我に返る。そして微笑みを浮かべる瑠璃を残し、勇斗、宇美、神鳴は急いで空海を追いかけていった。




屋上へ続く重たい鉄の扉が音を立てて勢いよく開く。
通常ならばここは立ち入り禁止なのだが、侵入者、もとい陸堂空海にはそんなことは関係ない。

「……ほぅ、テメェが騒ぎの犯人か。」

彼女が見たのは、黒い巨大なコウモリのような動物だった。
いや、その巨大さはむしろ『怪物』と呼ぶに相応しい。
だがその姿を見ても、空海は一瞬驚いただけで、全く怯む様子はない。
こめかみに青筋を浮かべたまま、『それ』に向かってズカズカと歩み寄っていく。
約10メートルほどまで近づくと、ビシッと指をさして高らかに叫んだ。

「やいテメェ……よくもあたしの楽しいひとときを邪魔してくれたね! あたしにケンカ売ろうなんてイイ度胸だよ!」

息を切らせてやっとの事で追いついた勇斗達は、それを聞いて思った。
『イイ度胸してるのはあんただよ』と。

「とにかく、俺たちはヤツと戦うんだ。宇美は先輩を頼む。」
「う、うん…… あ!」

自信なさげに宇美が頷くと同時に、コウモリもどきが飛び上がった。
強風が屋上に吹き荒れ、全員が顔を覆うが、そんな中でも空海は叫び続けている。

「逃げるなゴラァ!! 降りてこんかぁ!!」

この強風の中で相手に聞こえているのか、そしてそもそもこちらの言葉を相手は理解できるのか。それすら分からないと言うのに、未だに獅子の咆吼のごとく声を張り上げている。

「急ぐぞ!」

勇斗達は、とにかく自分たちの担当をこなすために、それぞれの行くべき場所へと走った。




「マグナ!」
「ライジング、フリジング!」

デパートの階段を下って外に出たあと、二人は少し離れた人気のない場所でそれぞれのパートナーを召喚する。
と言っても、あんな怪物が出たとあっては人々は逃げたあとで、どのみち人は少なかったのだが。

「敵が出た、いくぞ!」
「了解!」

マグナはいつものようにマグナセイバーへと合体し、敵へと向かっていく。
一方の神鳴たちは、未だ同じ場所に留まっていた。

「主、今回は私がいこう。」
「?」

神鳴はよく分からない、と首を傾げるが、ライジングたちはなにやら顔を見合わせ頷いている。

「主、『幻影招来』と唱えてくれ。」
「いいけど、この間と違うぞ?」
「問題ない。それに、ヤツは見たところスピードが主体のようだ。」

ビルに隠れ、今は姿の見えない敵を冷静に分析するフリジング。その瞳には嘘は見えない。

「分かった。いくぜ……幻影、招来!!」
「「応!!」」

高くジャンプし、合体のフォーメーションに入る2体。

「飛閃甲、招来!」

フリジングの言葉に呼応して、大気中の水分が一点に凝縮され、空中に氷塊が生まれる。それが砕けると中から小型の飛行機のようなビークルが現れた。
一旦2体がビークルモードへと変形すると、フリジングは後部を左右に分け、人型時の腰であった部分が肩に、脚であった部分が腕になり、ビークルのフロントノーズは左右に別れバックパックの一部となる。
ライジングはボルトクラッシャー合体時のフリジングと同様の変形をし、下半身に。
それぞれが合体すると、呼び出された飛閃甲の左右の翼の付け根が両手首に、両翼が肩の後ろに、機首が左右に割れ足の裏に、コアユニットが変形して胸部、及びバックパックとして装着された。
頭部が現れ、胸に神鳴を収めると、透き通った輝きが瞳に満ちる。

幻神げんじん合体……クール、ブレイバァァァァッッ!!」

盛大な名乗りと共に、ライジングとフリジングの合体した、しかしボルトクラッシャーとは違うフォルムの巨大なロボットが完成する。
その姿は、持ち合わせる雰囲気と相まって、さながら『忍者』のようでもあった。

「スゲェ……」

その中にいる神鳴も、まさか『2つ目の合体』があるとは思っておらず、ただ驚くばかりだった。
と、ふいに目線を遠くにやると、マグナセイバーがたった一人でコウモリと戦っていた。しかし、予定では市街地から遠ざけるはずが、何故かビル群のそばにいる。

「ったく、アイツら何やって……!」
「我等も急ぎましょう!」
「たりめーだ!」

新たに姿を顕した『氷の忍び』は足の裏からローラースケートのような車輪を左右二つ、合わせて四つ出し、日の傾き始めた町並みを飛ぶように駆け抜けていった。




「ちっくしょぉ、放せ宇美っち!! アイツぶっ飛ばしてやる!」
「だ、ダメですよ! そのままじゃ落ちちゃいます!」

屋上に残っていた宇美は、怒髪天を衝くかのごとく猛る空海の腰を抱えるようにして、必死に押さえていた。

「っだー、くそっ! あたしにもアイツらみたいな力があれば、アイツぶん殴ってやれるのに!!」

呪いのように恨み言を口にする空海は、遠くのビル群で戦う2体の巨大ロボとコウモリもどきを睨む。
すると、そんな彼女の耳に微かな声が響いてきた。



“汝、その力を何故に欲するか?”



空からとも、地面からとも付かないその声は、それでもなお空海に問いかけてくる。

「な……んだい、こりゃ?」

それまでの勢いはどこへ行ったのか、途端に空海はその『声』に意識を尖らせた。

「きゃうっ!」

急に力が抜けたことに驚いて手を放してしまった宇美はコロンと後ろに倒れ込んでしまうが、それにも気づいていないらしく、空海は声の主を捜して辺りを見回す。

「どこだ……どこに居る……?!」

そしてまたあの声。



“汝はその力を何故に欲するのか?”



そして気付いた。
声はごく近い、『足下』からしていることに。
屋上へ来たときと同じくらいの全力疾走で下の階、このデパートの最上階へと降りる。
声の気配を元に辿り着いた先は、先刻見たポスターの宝石展示会の会場だ。
怪物騒ぎの混乱で人っ子一人おらず、もはや出入りすら自由となったその会場を、空海はゆっくりと歩いて回る。あくまで宝石の観賞ではなく、頭に響く『声』の主を突き止めるために。
そうして空海はひとつのショーケースの前に辿り着く。
そこはそのフロアの角のスペースを使った三角形の空間となっており、中央の入り口から入ると左右と前方の三方向にショーケースが配置されている形だ。
周囲の装飾の華やかさをみるに、どうやらこれらが今回の展示の最大の見せ物だったらしい。

「お前か…」

空海が見下ろすのは、中央に収められた琥珀色じみた石の付いた指輪である。



“今一度問う。汝、力を欲する理由は何だ?”



そうしてまた問いかけられた。だが、今度は空海は戸惑わない。

「理由? はっ、大事な友達の時間を奪われたんだ。それを取り戻すのに、理由なんざ必要ないね。」

キツイ眼光と1オクターブ低くした声でそうハッキリと告げると、『声』はそれきり黙り込んだ。

「『そんなこと』より、あんたは何モンだい?」



“……”



「……もしも…もしもあんたが『力』とやらを持ってるんなら、あたしに貸しちゃくれないか?」

空海の言葉には何か、それまで見られなかったモノが込められているような気がした。

「あたしゃ、オツムの出来が悪いから、『なんで石が喋ってるのか』なんて分かんないと思う。でも、あたしは友達との大切な時間を奪ったアイツが許せない。」

それは、固い決意と覚悟の表れのようでもある。

「自分勝手な気持ちだと思ってくれて構わないよ。けど、あたしにも通さなきゃならない『筋』ってモンがあるんだ。」

『石』をまっすぐに見下ろすその深紅の瞳には、その紅に負けない炎のような気持ちが宿っていた。



“…御意。”



見間違いかもしれない。
呟いたその石が、一瞬だけ笑ったように見えた。
そして三方に配置された琥珀、翡翠、蒼の石が光を放ち、そのフロアは瞬く間に目も開けられぬほどの閃光に染まった。




市街では、未だ戦闘が続いていた。
マグナセイバーやクールブレイバーでは空を飛べないため、一定以上距離を取られると手の出しようがない。
更に相手は翼から衝撃波を繰り出してくるため、全く近づくことができない。
周囲のビルのガラスが割れ、破片が地面に散乱する。

「くっそぉ、せめて武器が届けば……!」

マグナセイバーの中で勇斗は歯噛みする。脛のセイバーキャノンもさっき撃ってみたが、相手の素早さと衝撃波の干渉で全く届かなかった。
それは神鳴たちも同じで、ライジングたちの武器を組み合わせた鎌型の武器である『甲裂』も、そして得意の氷の攻撃も全くと言っていいほど当たらなかった。

「あぁ〜、やっぱこいつじゃなくて宇美をこっちに回した方がよかったかも……」
「テメェ、勝手に指示出しといて今更それかよ!」

普段から仲が悪い上に、敵を倒せない苛立ちも重なり、ついにケンカを始めてしまう二人。
しかし、敵はそんなことはお構いなしに衝撃波を放ってくる。
そんな中、衝撃波の雨をかいくぐる二人の元へ通信が入った。

『流石に早いね、二人とも。』
「お、おじさん!」
『微力かもしれないけど、こちらからも援軍を送ったよ。』

その言葉と同時に、横合いから敵にミサイルが直撃する。
よく見ると、少し離れたところに見慣れない戦車が止まっており、機体上部にある2門の砲塔からそれぞれ硝煙を立ち上らせていた。
それに、上空と近くの湾にもそれぞれ戦闘機と戦闘艇の姿が見える。

『どれもまだ実戦投入段階ではないけど、何かの役には立つはずだ。苦しいかもしれないが、頑張ってくれ!』

通信はそこで終わる。
しかし、その声の背後にちらほらと垣間見えた人々の様子は慌ただしく、彼らもまた一生懸命なのだと言うことが容易に窺い知れた。
そして戦車たちは攻撃を再開する。
戦車がミサイルを、戦闘機と戦闘艇がバルカンを、それぞれ当たらないまでも、何とか勇斗達の力になろうと懸命に撃ち続ける。
空で戦えない勇斗達も、それに負けじとキャノンなどの遠距離攻撃を繰り出す。
だが、それでもやはり敵の空中でのスピードが勝っていて、なかなか当たる気配はない。

「くそぉ、当たりやがれ!!」
「ウォォォォッ!!」

マスターの声に応えようと、マグナセイバーも脛のキャノンと手首のバルカンを一斉に乱射する。
しかし、マスターからのエネルギー供給で半永久的に戦い続けられる精霊達と違い、援軍の3機は弾薬もエネルギーも無限ではないのが現実である。
あれよあれよという間に攻撃手段を出し尽くした戦車は、敵の衝撃波による爆風であっけなくひっくり返されてしまった。

「ちっ、状況がさっきと大して変わってねぇぞ!」

上空の敵を睨みながら、苛立ちをあらわに神鳴は言う。
だが、そんな彼らの元に、勝利の女神が舞い降りる。
どこからともなく3色の光が飛来し、そのうちブラウンの光が横転した戦車に降り注いだ。
すると、造られたまま塗装も何もされていなかった戦車に、茶色と白をメインにカラーリングが施され、フロントには1対のドリルが突き出す。

「お前たち、大丈夫かい?!」

声のする方に振り返ると、ヴィクトリアスが手のひらに空海を乗せて飛んできていた。

「な、なんで……?!」
「こういうことさ!」

空海の言葉に応えるように、戦車がふわりと浮き上がり、そして人型に変形した。

「私は大地を守護する精霊、ランドバスターだ。以後、よろしく頼む。」

変形した戦車、もといランドバスターは恭しく頭を下げる。

「おぉっと、俺たちも忘れて貰っちゃ困るぜ!」

そして、上空を飛んでいた戦闘機と、何と地上を浮遊しながら走る戦闘艇も人型へ変形した。

「オレは風の精霊エアロバスター! ヨロシク頼むぜェ!」
わたくしは水を司る精霊、アクアバスターです。どうぞよろしく。」

それぞれ機体を青と白に塗られた2体も各々挨拶をする。

「え、な、なんでいきなり……?」
「あの時話してた宝石展あったろ? あそこにあった石に眠ってたらしいんだわ。」

左手に装着されたアクセサリーのようなアイテムを見せて、あっけらかんと空海は言った。

「な……?!」

神鳴が驚くのもムリはない。なぜなら、目の前の状況こそ、あの時自分の想定した『奇跡』なのだから。

「とにかく、今はアイツをぶっ飛ばすのが先決だ! やるよ、お前たち!」
「「「合点!!」」」

空海の号令と共に3体は配置に付く。ランドバスターとアクアバスターが地上、エアロバスターは相手よりも高い位置で上空に。

「よっしゃ、まずはオレからだ!」

ビル群の上空にいるエアロバスターが両手を真下にかざすと、狭い隙間を通り抜けている大量の『風』に変化が起きた。
押し合いへし合いしながら建物の間を抜け、ただでさえ強い圧力がかかっているビル風が、エアロバスターの『それ』によって決壊したダムのように一気にスピードを増して、ビル群の中に凄まじい大気の渦を作り出す。
しかし高速でうねる大気の奔流は器用に隙間を縫って進み、決してビルを傷つけることはなく、その流れに敵のコウモリもどきだけを巻き込んで、まるで洗濯機に放り込んだかのごとく振り回す。

「オラッ、コイツで終いだ!!」

目を回す寸前の敵を勢いもそのままに地面に叩き付けると、エアロバスターはガッツポーズをして見せた。

「次は私が! はぁっ!」

アクアバスターが地面に掌を置くと、敵が叩き付けられた周囲のヒビから多量の水が噴き出して敵を包み込み、内部にかかる圧力によってその動きを封じる。

「今です!」
「任せろ! ランドアックス!」

それまで腕組みをして黙って様子を眺めていたランドバスターは、合図と共に突如として拳を地面に叩き込む。
ゆっくり引き上げられた拳には、巨大な片刃の手斧が握られていた。

「ゆくぞ!! ぬおぉぉぉぉっっ!!」

ランドアックスを手にしたランドバスターは、水の檻に捕らえられたコウモリに向け激走する。
目前で大きくジャンプするとアックスを上段で振りかぶり、落下の速度を上乗せして勢いよく振り下ろした。
だが────




「何ッ?!」

アックスは寸前で圧縮された『風』の層に阻まれていた。刃が弾かれ、上空のエアロバスターを見るが、彼も慌てて首を横に振った。というより、彼にはそんなことをする『理由』もない。
となれば、他に該当する『風』を操る者はただ一人。

「勝手にそいつを壊されては困る。」

コウモリを覆う水の膜に僅かに電気が奔ると、一気にはじけ飛ぶ。
飛び散った飛沫の降る中に、黒いコートを翻して浮かぶレイヴンがいた。

「まさか残り3騎が一度に出てこようとは思わなかったが…これはこれで収穫だな。」

そう言って口の端を僅かに吊り上げ笑う。

「まぁいい、ヤツに小言を言われる前にさっさと仕事を済ませるか……ムンッ!」

警戒の色を強める勇斗達を余所に、レイヴンはコウモリ型邪心獣に掌を当てる。
度重なるダメージで弱っていた邪心獣だったが、身体に手を当てられた直後体を一瞬ビクリと震わせたのみで、全く動かなくなってしまった。
レイヴンが当てていた掌を放すと、そこにはいつも見るような黒い球体があった。

「そいつにもう用はない。煮るなり焼くなり好きにするがいい。」

それだけ言うとレイヴンはあっさりと姿を消す。
後に残された邪心獣も、まるで砂の城が崩れるかのように跡形もなく崩れ去り、その跡には一人の男性が倒れていた。
それはあのビルの屋上でレイヴンに声をかけられた男性だった。
宇美は急いでヴィクトリアスに拾い上げさせるが、男性は全く目を覚ます様子はない。
だが、その顔からはあの自殺でもしかねないほどの悲壮感は全く見えない。
こう言うと些か語弊があるが、まるで『思い残すことなく死んだ』ようにも見えそうだ。
しかし男性はまだ呼吸をしており、弱々しいがまだ脈もある。
先程のレイヴンの行動には色々と謎が多いが、今はこちらを一刻も早く治療することが先決だ。
通信で流勢に指示を求めると、『基地へ連れてくるように』とのことだったので、新たに目覚めたランドバスターたち、そして空海も含め、全員で基地へと向かった。




「世界に邪心目覚めるとき、聖なる意志の代行者たち、それを打ち砕かんと起ち上がる。 …これで、運命の輪を成す者達が集った。」

先程のデパートの屋上で瑠璃が小さくそう呟く。
勇斗達と分かれ、空海が戦場へと向かった後、彼女は屋上からその様子をずっと眺めていた。

「これから彼らは、運命と向かい合って戦って行かなくてはいけない。だから、『私たち』で道を示してあげましょう。」

瑠璃が振り向くと、そこには人が立っていた。春先だというのに白いロングコートに身を包み、その表情はサングラスに隠れ全く見えない。
その人物は僅かに頷くと、軽やかに屋上のフェンスを飛び越え、『飛び降りて』いった。

それを見送り、そしてもう一度勇斗達の去っていった方を見つめると、穏やかな笑顔のままに、彼女もその場を後にした。





石のような質感の材質で出来た廊下を抜け、レイヴンはひとつの扉をくぐる。

「これでいいのだな?」

部屋の中では相変わらずの顔でタクトが作業の続きをしていた。
手にしていた黒い球体を手荒に放り投げると、レイヴンは入り口そばの壁にもたれかかる。

「……ええ、十分です。ご苦労様でした。」
「大したことはしていない。 ……それと、奴らの駒が出そろった。」

感慨も無さげにレイヴンは言う。
その言葉を受けたタクトも特に焦った様子はなく、むしろ歓んでいるようにも見える。

「分かっています。こちらも調整を急ぎましょう。」

笑みで答え、作業に戻るタクト。
その様子を見つめながらも、レイヴンは目の前の彼が静かに浮かべた、その笑みの奥にあるモノが何かを考えた。

“本当に…何を考えているのか分からん男だ。今の状況を、楽しんでいる……?”

しかしそれは決して口に出してはいけない。
なぜならタクトは彼に指示を出す立場であり、彼はタクトの『手足』でしかないのだから───



To be continued