獣岬の洞窟を飛び出した陽平は、獣王の背に乗って風のように疾走した。物の数秒で市街地に出て、邪装兵を目視可能な位置まで接近する。
 陽平は手にした獣王式フウガクナイを逆手に構え──
「影衣着装!」
 地を離れた影が覆い被さるように少年を包み、風雅陽平はシャドウフウガへと変わる。
 この忍装束に酷似した影衣は陽平に超人的な身体能力を与える。
「デカいやつだけなのか?」
 確認すべく手近なビルへ跳躍すると、壁を蹴って屋上まで駆け上がる。
 一通りぐるりと見渡せば、邪装兵が三体。あの忍者たちの姿はないようだ。その姿はなにかを探しているようにも見える。
 兎に角、これ以上のさばらせておくわけにもいかない。ならばと、早々にこの邪装兵を片すことにする。
「よし。クロス、あいつらをぶっ潰せ!」
「応っ!」
 忍びの言霊を受け、獣王は邪装兵へと駆けだした。投げつけられた邪装兵大の巨大手裏剣をサイドステップでかわすと、建物を蹴って飛びかかる。
 けたたましい咆哮をあげ、押し倒し、頭部を爪で叩き落とす。
「次っ!」
 勢いに乗って獣王が他二体の邪装兵に狙いを定めた瞬間、二体の邪装兵のビーム手裏剣が同時に襲いかかる。
 顔をしかめながらその攻撃を避け、小規模ながら次々に起こる爆発に身を屈める。
「クロスッ!」
 黒煙に包まれていく獣王の名を呼びながらシャドウフウガ──陽平は、周囲の屋根伝いに駆け寄っていく。
 刹那、黒煙から飛び出したビームクナイ──ショットクナイが一体の邪装兵の両肩と頭部を直撃し、それを警戒して飛び退いた残り一体の邪装兵を巨大手裏剣──クロススラッシャーが胴切りにする。
 晴れていく黒煙の中、獣王忍者クロスが口と鼻をマスクで覆った。
 駆け寄るシャドウフウガもまた、歩みを止めて胸を撫でおろす。
「なんか、意外とあっけなかったな」
 三対一と数で不利なわりに圧倒的な戦闘能力を見せる獣王に、これから始まる長く厳しい戦いへの不安さえも気のせいかと思えてくる。
「この分だと簡単に終わっちまいそうだな」
 不意にそんなことを口にした瞬間──
「果たしてそうかな?」
 刹那、背後から聞こえた声にシャドウフウガは振り返ることなく飛び退いた。
 それは圧倒的な威圧感と存在感。なのにこれほど接近されるまで気づけなかったことにシャドウフウガは舌打ちする。
 その容貌は銀の鎧武者。優に二メートルは越えていそうな長身で、背には身の丈以上の野太刀を背負っている。
(こいつ……)
 息を呑み、決して警戒を崩さぬよう獣王式フウガクナイを構える。
「我は信長さまの壱翼、鉄武将ギオルネ」
 悠々と野太刀を抜き、ゆっくりとその切っ先をシャドウフウガに向ける。
「風雅の忍びよ、名乗れ」
「風雅の忍者、シャドウフウガ……」
 互いの視線が交差したのを合図に、両者共に自分の間合いまで踏み込んでいく。
 初手を制したのはシャドウフウガだ。ギオルネの間合いを殺し、懐まで入り込むと容赦なく獣王式フウガクナイを突き立てた……はずだったのだが、ギオルネは左半身に身体を捻るだけで切っ先の軌道を反らし、大きく半歩引いた状態からその巨大な野太刀を左手で引き斬る。
 間合いを制したつもりが一瞬で立場を逆転されてしまった。このまま斬られるわけにもいかず、シャドウフウガはがむしゃらに飛び込み、ギオルネの背後へと抜けていく。転がり、跳ねて再びギオルネとの距離を置く。
(強い……)
 たった一瞬の攻防でシャドウフウガは全身から染み出す汗に震えていた。
 対するギオルネは、やはり悠々と振り返り、自慢の大太刀を構え直す。
(体格とかそんなじゃない。こいつ自身が戦い慣れてンだ)
 額から流れる汗さえ拭うこともできず、シャドウフウガ──陽平は自分を落ち着けようと細かく呼吸を繰り返す。
「成る程。キサマ自身が相応の使い手ということか」
 この状況を楽しむがごとく笑うギオルネにシャドウフウガは訝しげな視線を向ける。
「今の一手、その姿に頼りきっただけの弱者に避けられるものではないはず」
(こいつ……影衣のことを知っているのか?)
 それはそうと、一応、褒められたのだろう。敵に褒められるというのも妙な感じはするが、愛想程度に笑って応じる。
「そいつはどぉ……もっ!」
 言い切ると同時にシャドウフウガはクナイを投げつける。間髪入れずに踏み込み、地を這うほど体勢を低くした下段斬撃で脚部を狙う。
 これほどの巨体と鎧の重量を支え、なおかつ一撃必殺の斬撃を生み出す踏み込み足。これを破壊すれば確実に勝利できることだろう。
 だが、それを実行できるかというと……
「ふんっ、その程度のにわか戦法など」
 投げたクナイは鋼の甲に弾かれ、獣王式フウガクナイとギオルネの脚を遮るように突き立てられた野太刀がぶつかり合い、甲高い金属音が響く。
(読まれたっ!?)
 咄嗟に退こうとするシャドウフウガをあざ笑うかのように、ギオルネがその首に掴みかかる。
「ぐあぁぁぁっ!!」
 同年代の少年たちよりも多少軽いとはいえ、シャドウフウガ──陽平の身長は一七〇センチちょっと。ギオルネはそんな彼を軽々と片手で釣り上げ、建物の端まで歩み寄る。
 すでにシャドウフウガの足下に足場はなく、落とされぬようなんとかギオルネの剛腕に掴みかかる。
(このままじゃ……)
 たとえ影衣が身体能力を強化できようと、この高さから落ちれば間違いなく死ぬ。
 もがくシャドウフウガを鼻で笑い、ギオルネは小石でも投げるがごとく手を放した。
「うわあぁぁぁぁっ!」
 なんとか落下速度を緩和しようと、シャドウフウガは風受け布を広げる。
 だが、いかんせん速度がつきすぎた。ムササビの術が完成する間もなくシャドウフウガの身体は重力に引かれ落ちていく。
「シャド……陽平っ!!」
 落下するシャドウフウガの姿に獣王は全身をバネのようにして飛び上がる。
 空中でその身を受け止めると、ほとんど衝撃もなくすとん、と着地する。
 潰さぬよう優しく握った掌をゆっくりと開き……
「助かったぜ、相棒」
 そこで変わらぬ姿のままサムズアップするシャドウフウガに安堵の息を漏らした。
 ふと、先ほどのシャドウフウガの言葉が頭をよぎる。
「あい……ぼう」
 獣王にしてみればあまり聞き慣れぬ言葉であった。
 誰もが自分を獣王と呼び、常に先陣にあったために同じ忍巨兵でさえ相棒と呼べるようなものはいなかった。過去に出会った男もそのような言葉には当てはまらない気がする。
「なんだよ、わからねぇのか。一緒に戦う仲間、一心同体だってことだよ」
「一心同体……そうだな」
 こんなときにも関わらず嬉しそうに表情を綻ばせる獣王に、シャドウフウガはしきりに首を傾げる。
 だが、そんな光景をギオルネは不機嫌に見下ろしていた。
「おのれ忍巨兵め、余計な邪魔をしてくれる」
 明らかに見て取れる怒りの瞳に憎悪を燃やし、ギオルネは黒い巻物を取り出した。
 巻物自体が発する邪悪な気配が、空気さえ震わせていく。
「風雅奥義、外法、忍邪兵之術!」
 黒い巻物を紐解き、文字が赤黒い光となって空へと昇る。
「さぁ、哭命の奥義書よ……この獣の命を己が贄としろ」
 不幸にも近づいた猫を鷲掴みに、空で邪気を放つ光へと放り投げる。
 哀れな猫は肉体から魂を切り離され、その魂は赤黒い邪気と混じり合い脈動する核となる。
「な、なんだよあれ!?」
 目の前に広がる光景にシャドウフウガは息を呑む。
「あれこそがガーナ・オーダの主力兵器。過去に我々が激戦を繰り広げざるを得なかった相手」
 核の放つ邪気は周囲の建造物を分子レベルまで分解し、核を中心とした巨大な姿を象っていく。
「まぁまぁの出来か……」
 それは化け猫とでも言うのだろうか。体躯はしなやかながら、そのサイズは獣王の倍近くある猫。
 そう、猫なのだ。
「さぁ忍邪兵【しのびじゃへい】、キサマの相手はあれだ」
 ギオルネの言葉に、忍邪兵が獣王を振り返る。
 刹那、忍邪兵が驚異的な速度で獣王に襲いかかった。
 紙一重の跳躍で攻撃を避けた獣王がショットクナイを構える。しかし投げる間もなく忍邪兵が急激に方向を変えて跳びかかる。
 前足の鋭い爪が振りおろされ、易々と獣王を弾き飛ばす。
「ウオオォォォォッ!!」
 背中から落下した獣王の顔が苦悶に歪む。
「大丈夫かクロス! 野郎、なんて動きしやがる。猫ってよりも忍者じゃねえか」
「キミはここに。あれはワタシに任せてくれ!」
 掌からシャドウフウガを降ろし、獣王は忍者刀を構えて忍邪兵を迎え討つ。
 だが体格差に加え、猫のような俊敏性は完全に獣王を圧倒する。
「くうっ!」
「負けるなクロス! お前獣王だろ! 相手は猫だぞ!」
 だが、立ち上がる度に忍邪兵の爪が閃き、獣王は徐々に戦闘力を削られていく。
 最初はなんとか奮闘したものの、今では完全に棒立ち状態となった獣王に忍邪兵が四方八方から飛びかかるだけになっている。
「くそっ、俺にはどうしようもないのかよ!」

くいくい……

「こうなったらあの化け物に飛び乗ってでも……」

くいくいくい……

「よし、いくぜっ!」

ぎゅぅぅっ!!

「あたっ、たっ、痛いって!」
 どうやら先ほどから引っ張られていると感じたのは気のせいでも錯覚でもなかったらしい。極めつけはおもいっきり太腿を抓られた。
「って、なにするんだよ!?」
 だが、自分を抓る相手を振り返った瞬間、シャドウフウガ──陽平の表情は凍りつき、すぐさま盛大な溜息と共に肩を落とす。
「なんでいるんだよ。来るなって言ったろ翡翠」
 そう。そこにいたのは風に髪を煽られながらも、拗ねた表情でシャドウフウガを見る翡翠であった。
 どうやら気づいてもらえなかったことを怒っているようだが。
「見つけたぞ! リードの姫ッ!!」
 まさか飛び降りてきたのかと思うほどの振動と共に、背後にギオルネの姿が現れる。
 手にした野太刀を肩に担ぎ、空いた手を差し伸べる。
「さぁ、完全な生命の奥義書をこちらに渡せ」
 そのギオルネの言葉にシャドウフウガは訝しげな表情を浮かべる。
(完全なって……どういうことだ?)
「力ずくでも渡してもらうぞ」
 その圧倒的な威圧感を抑えようともせず、ギオルネは悠々と足を踏み出していく。
 刹那、ギオルネの足元で盛大な爆発が立て続けて起こり、シャドウフウガはチャンスとばかりに翡翠を抱えて走り出す。
「トラップってのもやっぱ常套手段だよな」
 自分一人でも危険な相手に、翡翠を守りながらで勝てるはずもない。ならばここはトラップで怯ませて逃げるという選択がベストのはずだ。
 そう自分に言い聞かせ、ただがむしゃらに走り続ける。
 なんとか撒いたのを確認すると、できるだけ陰になった路地裏へと滑り込む。
「ようへい、これ……」
 腕の中で翡翠が差し出したのは巻物だった。
 とにかく受け取り、シャドウフウガは翡翠と巻物を交互に見る。
「これは?」
「風雅之巻。ようへい、わすれたから……」
 そう言って翡翠はすまなさそうな表情を見せる。
「どうした?」
「ようへい、くるなっていった」
 どんどん少女の笑顔が萎んでいく。それが反省の色であるのはすぐにわかった。
 この子はちゃんとわかっていたのだ。自分が来れば狙われる。わかっていたのに、それなのに……
「いいんだ。翡翠は危ないってわかってるのに俺たちを助けに来てくれたんだよな」
 小さく頷く翡翠に、シャドウフウガはマスクを取り精一杯の笑顔を見せる。
「なら、俺が『ありがとう』だ」
「おこってない?」
 まだ不安そうに見上げる翡翠に、陽平は力一杯頷いてやる。
「ようへい!」
 首に回された手に力を込められ、陽平は思わず苦笑する。
 まだどこからか狙われているとも限らないのにと、陽平は苦笑しながらも頭を撫でてやる。
「で、ちょっと聞きたいんだけど、こいつはなにをするものなんだ?」
 翡翠を放すと、巻物を手に目の高さまで差し出す。
「おうぎがつかえる」
「奥義? それはどんな?」
「つかえばわかる」
 教えてくれないらしい。しかし、そんな笑顔で言われてしまうとこれ以上聞きづらくなるというのが現実で……。
「使い方もわからねぇってのに……」
 そう思ったのだが、なぜかずっとそうやって来ていたかのように使い方を知っている自分がそこにいた。
「わからない?」
「いや、わかります……」
 おそらく影衣の能力かなにかが教えてくれるのだろうと一人納得し、陽平は再びマスクで口と鼻を覆う。
「んじゃ、いってくるから翡翠はここから動くなよ?」
「ん」
 こくりと頷く翡翠の頭を撫で、陽平は再び戦場へと走り出す。
(わかる。この奥義書の力ならアイツを助け……いや、一緒に戦えるんだ!)
「待ってろよクロス、すぐにいくからな!」
 逆手に持った獣王式フウガクナイの柄尻を大きく空にかざし、胸に浮かぶ言葉を迷うことなく口にする。
「風雅流召忍獣之術っ!【ふうがりゅうしょうにんじゅうのじゅつ】」
 シャドウフウガの呼びかけに応え、クナイの勾玉から溢れだした光が空を裂く。
 最初に見えたのは裂け目から覗く黄色い嘴。続けて赤い頭に身体、そして巨大なクナイが幾重にも重なる刃状の翼。
 空を裂いて現れたそれは、紅で彩られた鋼鉄の鳥。
 忍獣クリムゾンフウガ──それがこの紅鋼の鳥の名だ。
 忍獣とは忍巨兵を強化補助するための、いわばサポートメカの役割を果たす。
「急げ、クリムゾンフウガ!」
 飛び乗るシャドウフウガの言霊に従い、甲高い声で鳴くとクリムゾンフウガは刃の翼を羽ばたかせる。
 戦場までは一瞬だった。
 クリムゾンフウガの頭から見下ろし、最初に見えたものは忍邪兵が獣王を押し倒し、肩に牙を突き立てたところであった。
「あんの野郎っ!」
 怒りと共に忍邪兵を容赦なく刃の翼で切りつける。
「大丈夫か、クロス!」
 おもむろに吹っ飛んだ忍邪兵を一瞥すると、クリムゾンフウガを獣王の傍らに滞空させる。
「ああ。しかし陽平、クリムゾンフウガを……」
「お姫様が持ってきてくれたんだよ」
 先ほど抱きつかれたことを思い出し、照れ隠しに頬をかく。
「でも、これで俺も一緒に戦えるぜ?」
 獣王は視線でクリムゾンフウガを確認すると、シャドウフウガ──陽平に頷いた。
「いいのか?」
「なにを今更……。そっちこそ俺みたいなので大丈夫なのかよ?」
「大丈夫だ、相棒。ワタシにまかせてくれ!」
 突然の言葉に素っ頓狂な顔をするものの、陽平は獣王に不敵な笑いで応える。
「上等だぜ!」
 叫ぶと同時に翡翠から渡された風雅之巻を紐解いていく。
「風雅流奥義之壱、三位一体っ!!」
 解け、帯のようになった巻物は、さながら天女の羽衣のようにシャドウフウガを覆っていく。記された文字から"三位一体"の記述を読みとると、指先をなぞるように走らせる。
 シャドウフウガの言霊に獣王が飛び上がる。
 クリムゾンフウガの爪に掴まり上昇すると両者は変形を開始した。
 クリムゾンフウガの腹部がブロック状に外れる。それは縦二つに割れると、クロスの脚を長靴状に覆い隠すと一際大きい脚を形成する。
 鳥の頭を背中に折りたたみ、腹部パーツの空いた部分に、獅子頭を胸に折り、両手を肩から背に折ったクロスを挟み込む。
 クロスの腰垂れが前方へスライドして前垂れになると、切り離したクリムゾンフウガの尾羽が腰の後ろと両サイドを覆う。
 新しい頭が起き上がると同時に両肩のパーツが跳ね上がり、両の爪が反転して拳が現れる。
「はっ!!」
 シャドウフウガが額の八角枠に背を預けると、枠は反転してシャドウフウガを中へ誘い、枠に替わって青い水晶が額に輝く。
「獣王式忍者合体……」
 獣王の声に、両頬から飛び出したフェイスマスクが閉じられ、水晶には風雅の印が淡い光と共に浮かび上がり、背負う翼をいっぱいに広げる。
 獣王とシャドウフウガの瞳が重なりあい、共に最強と謳われたその名を叫ぶ。
「「クロスッ!フウガァァァッッ!!」」
 獣王忍者クロス、忍獣クリムゾンフウガ、そしてシャドウフウガこと風雅陽平が一つとなった巨大忍巨兵、獣王クロスフウガはこの日、時非市に静かに舞い降りた。
「俺たち……一つになったのか?」
 信じられぬとばかりに陽平が己の掌を見つめれば、クロスフウガもまた同様に掌を見つめる。
「三位一体。これが風雅の奥義」
「来るぞ!」
 未だ夢から醒め切らぬ陽平は、クロスフウガの声に身を強ばらせる。刹那、忍邪兵の攻撃が衝撃と確かな痛みを伴って陽平に襲いかかる。
「くうぅぅ!」
「陽平っ!!」
「大丈夫だ! おかげで目が覚めたぜ!」
 振り返ると同時に忍邪兵の爪をかわし、跳躍しながら両肩部のビームバルカン──クロスショットを浴びせる。
 身を屈めて受ける忍邪兵に、チャンスとばかりに右手の爪──獣爪【じゅうそう】を立てて、追い打ちをかける。
(忍者用の武装ばかりだ!)
「それなら!!」
 翼を左右一枚ずつ切り離すと、柄尻を繋ぎ合わせ、刃を扇状にスライドさせる。
 完成した巨大手裏剣を構えたまま、残った掌をアスファルトの地面に添える。
 身体中から沸き上がる力を掌に集中して、気合いと共に打ちつける。
「岩石畳返しぃっ!!」
 その名の通り、地面を畳返しの要領でめくり上げ、忍邪兵と自分を遮る壁を作り出し、間髪入れずに次の行動を起こす。
「影分身之術!」
 途端、クロスフウガの隣にもう一体のクロスフウガが現れる。
 二体のクロスフウガは、アスファルトの壁を境に、左右両側から飛び上がると同時に変則的な動作で攪乱を始めた。
 どれほど忍者じみた能力を備えようと、所詮は猫。動くものに敏感に反応する習性は忍邪兵になっても健在で、左右両側から飛びかかるクロスフウガをしきりに目で追いかける。
「隙ありだぜ! 裂岩十字ぃっ!!」
 二体のクロスフウガが手にした巨大十字手裏剣を投げつけ、まるでバターにナイフを通すがごとく、たやすく左右の前足を切り落とす。
「今だ。決めるぜ、クロスフウガッ!!」
 後腰部のパーツから飛び出した柄を逆手に掴むと、それを一息で抜き放つ。
「斬影刀【ざんえいとう】……」
 それは太刀と呼ぶには短く、日本刀と呼ぶには反りのない鍔なしの刀、即ち忍者刀。
 刀身には一片の曇りもなく、構えるクロスフウガの横顔が鏡のように映し出される。
 逆手のまま、身体を引き絞るように後ろに構えると、クロスフウガ背部のバーニアが一瞬で最大まで点火する。
 よろけるように前のめりに出た直後、クロスフウガの姿が黙視できないほどの超高速まで加速する。
 戦闘中だということが嘘のような静寂の中、風切り音だけが甲高く響き渡る。
 次の瞬間には忍邪兵の背後で膝を折り、地面を穿ちながら刀を納めるクロスフウガの姿が現れる。
「霞斬り【かすみぎり】……」
 静かにその名を口にするクロスフウガは、ゆっくりと斬影刀を後腰部に納めていく。
「成敗ッ!」
 パチンと納めきった瞬間、忍邪兵の身体が斜めにズレ落ち、斬られたことをやっと悟ったとでもいうように盛大な爆発を上げる。
 紅蓮の炎と黒煙を背に立ち上がるクロスフウガの獅子頭が勝利の咆哮を上げる。
「勝った……のか?」
 肩で荒く息を切らせながら、陽平はひとりごちるように小壊した時非市を見回す。
 ふと、足下に翡翠の姿を見つけた陽平は、声をかけようかと口を開くが……。
「……翡翠」
 どうしたことか、翡翠の頬を涙がこぼれ落ちる。
「陽平、見事だ」
「あ、ああ……」
 突然な獣王の言葉に生返事を返し、陽平はようやく戦いが終わったことを悟った。
 だが、獣王の足下に歩み寄る翡翠は、そんな紅の忍たちを見上げたままどこか悲しげな目をしたままだった。





 リードの姫を取り逃し、忍邪兵を倒されたギオルネは降魔宮殿に帰還していた。
 あの街に翡翠がいることはわかったのだ。すぐにでも体制を立て直し、再度出撃せねばならない。
 ギオルネは蘭丸の待つであろう主なき玉座の間の扉をけたたましく押し開く。
「蘭丸! 姫を見つけたぞ、兵を集め……」
 だが、ギオルネの言葉は中途半端な形で口を閉ざされた。
 無理もない。濃密な、それも半端ない邪気が玉座の間を満たしている。
 玉座に向かい膝をつく蘭丸はちらりとギオルネを振り返るとすぐに視線を玉座へと戻す。
「慎め。信長さまのお目覚めだ」
 蘭丸の言葉に、ギオルネは大慌てで膝をついた。
 玉座に座る銀の甲冑に赤黒いオーラがまとわりつき、兜の隙間に血のように赤い二つの光がぼうっと灯る。
 この四百余年、ただの一度として目覚めることのなかった信長の意識。肉体を失ってなお存在し続ける怨念がどういうわけか唐突に目覚めたのだ。
「信長さま」
 蘭丸が名を呼ぶと、甲冑の瞳が強く輝く。
「獣王の咆哮か……」
 信長の呟きに二人は確信を得た。
 織田信長は自分を殺した張本人、獣王クロスフウガを亡きものにするために永きに渡る深い眠りから目覚めたのだと。
「ギオルネ、忍巨兵の破壊を最優先とする。あれを準備しておくんだ」
「いいだろう」
 蘭丸の言葉に頷き、信長に一礼するとギオルネは玉座の間を後にする。
 どれくらい歩き続けただろうか。ギオルネが戸を潜ると、降魔宮殿の一角に設けられた施設に明かりが灯り、城には似つかわしくない巨大兵器工場が照らし出される。
 乾いた足音の響く足場を進み、ギオルネは自分を模した銀の邪装兵を感慨深く見上げる。
「獣王め、次こそはその首をいただくぞ」
 ギオルネに応えるように銀の邪装兵の瞳に赤い光が灯る。
「この、邪装兵ソードブレイカーでな!」












<次回予告>