「風雅流忍巨兵之術っ!」
 光海の制止も振り切って、シャドウフウガは己の纏う鋼の獅子を召喚する。
 地を割り現れ、空に向かって吠える獣王に、シャドウフウガは迷うことなく飛び乗った。
「クロス、一気にいくぜ! 風雅流召忍獣之術っ!」
 獣王式フウガクナイが空を割き、鋼の翼が姿を見せる。
 ひとたび羽ばたけば、紅の鋼鳥──忍獣クリムゾンフウガが青空に映える。
「風雅流奥義之壱、三位一体っ!!」
 巻物を紐解くこと、すなわち風雅の奥義を紐解くこと。
 獣王忍者クロスと忍獣クリムゾンフウガ、そして風雅陽平ことシャドウフウガがひとつとなって無敵の忍巨兵を生み出す秘術。
 巻物から解き放たれた三位一体の記述は、光の帯となって広がり、各パーツに分離変形したクリムゾンフウガがクロスを覆う鎧になる。
 忍巨兵のシャドウフウガの背にした額飾りが隠し扉のように反転すると、忍巨兵と忍者の一体化が始まる。
 指先のような身体の端からではなく、胸の内から広がる一体感に、陽平の心は自然と高揚していく。
 忍巨兵の両頬から閉じたフェイスマスクが口を覆い、額飾りが反転して現れた水晶に風雅の印が浮かび上がる。
「獣王式忍者合体、クロスフウガァァァッ!!」
 胸に獅子を携えた紅の忍巨兵の出現に、銀の鎧武者──鉄武将ギオルネは愛機の中で不敵な笑みを浮かべた。
「やはり来たか、獣王!」
 銀の邪装兵から聞こえてくる声に、陽平はやはりと苦笑する。
「待っていたぞ獣王。我が主、織田信長へ献上するため、その首を頂きにきた!」
 背にした大太刀を抜き、ゆらりと構えるギオルネに、陽平も素早く斬影刀を抜いて身構える。
「そっちこそ、その銀の邪装兵がなんのハッタリかは知らねぇが、クロスフウガを舐めるなよ!!」
「我が愛機ソードブレイカーがハッタリかどうか、自身の身体で確かめるがいい。いくぞ、獣王っ!!」
 忍邪兵から跳躍した銀の邪装兵──ソードブレイカーは、落下と同時に大太刀を振るう。
 半身を引いて斬撃を避ければ、凄まじい剣圧がクロスフウガの代わりに大地を裂く。
 まともに受ければこちらの刀身が砕けかねないため、クロスフウガは振り下ろされる一撃一撃を確実にかわしながら反撃の機を伺う。
「くっ! なんという破壊力だ。この剣圧、触れただけでも致命傷に……!」
「わかってらぁ! 空だ、空に逃げるぞ!」
 横薙に振られた大太刀を身軽にバク宙でかわし、クロスフウガは素早く上昇する。
 だが、飛び上がったクロスフウガの背に鋭い衝撃が奔り、激しい揺れと痛みに陽平は顔をしかめる。
「なんだっ!?」
 咄嗟に背後を振り返る陽平と、黒い翼を怪しく羽ばたかせる忍邪兵の視線が交差する。
 それが信長の怨念であるかのように赤々と輝く目が、陽平の心臓を鷲掴みにする。
 それは"恐怖"という感情。
 息を呑む陽平に、忍邪兵の嘴が襲いかかる。
「陽平っ!」
 クロスフウガの声に我に返った陽平は、器用にも襲いかかる忍邪兵の頭に手を置いて、くるりと宙返りを決める。
「これでもくらえっ!」
 肩部のバルカン──クロスショットを散らせ、忍邪兵の背中に浴びせながら距離を取って着地する。
「ちくしょう! そういや二対一だっけか!?」
 忌々しそうに舌打ちする陽平の視界に、間髪入れずにソードブレイカーの大太刀が襲いかかる。
「なんのっ!!」
 素早く機転を利かせるクロスフウガは、刃の翼──裂岩を切り離すと、ありったけの量を目の前に突き立てる。
 無数の刃は壁となり、見事に大太刀を跳ね返す。
「やるな! だが、背を守る者なくしてキサマに勝ち目はあるまいっ!!」
 吐き捨てるように言い放つソードブレイカーと忍邪兵が同時に襲いかかる中、クロスフウガは苦肉の作とばかりに分身を発現させた。





 遠目に戦う幼馴染みの姿を見つめながら、光海はさっきの陽平を思い出していた。
 守ると、戦うと決めたと言っていた真剣な眼差しが瞼の裏に焼き付いている。
(あんな……)
 銀の鎧武者と巨大な烏を相手に、分身を駆使して戦う紅の巨人の姿。
(あんなヨーヘー知らない)
 胸の前で握った手が震え出す。
(この子なの? ヨーヘーが選んだのはこの子なの?)
 自分と同じように戦いを見守る少女に目を向ける。
 陽平がこの少女を守ると誓った。それだけでも許せないのに、この子は知らず知らずに陽平を変えている。
 負けたくない。そんな、沸き起こる感情に肩を震わせる。
「でも、私にできることなんて……」
 あんなところにいる幼馴染みに、いったいなにをしてあげられるのか。
「どうして、そんな遠くにいるのよ……」
 実際の距離の問題ではない。まるで近くにいても遠くにいるような心の距離。
 俯く光海の頬に、長い黒髪が流れ落ちる。
「みつみ」
「なに……」
 自分でも驚くほど冷めた声だった。
 だが、翡翠はそんなことを気にするでもなく、ただ道場の神棚を指さして、
「あれ……」
「あれって、ご先祖さまの弓がどうしたのよ」
 なんでもそれは、祖父の頃にはもう神棚に奉られており、代々桔梗家の道場主に受け継がれてきたものらしい。
 いつか光海も、この弓を父から受け継ぐことになるはずなのだが……。
「とって」
 そのとき、なにかが切れる音が聞こえた気がした。
 途端、光海の目に怒りの色が満ちていく。
「なに言ってるの! ヨーヘーは翡翠ちゃんのために戦ってるんでしょ? それを無視してあなたは遊ぶの!? そんな子のために、ヨーヘーは戦わなくちゃいけないの!?」
 いろいろな感情が渦巻く中、理性が自分の行動を制御できなくなりつつある。
 自己嫌悪しつつも、怒りで翡翠を睨みつける。
 しかし翡翠は小さく頭を振ると、光海のスカートをしっかりと掴む。
「わたし遊んでない」
 とても悲しそうな表情をする。
「でも、ごめん……」
 凄く申し訳なさそうな表情をした。
「ようへい助けたい。でも、わたしはなにもできない」
 ひどく辛そうな表情をする。
「でも、あれは助けるのできる」
 ころころと表情を変える翡翠が、最後には強い意志のこもった瞳で見つめてくる。
 たまらなかった。翡翠はとても純粋で、そして一生懸命で、なにより自分と同じ気持ちを共有している。
「翡翠ちゃん。ヨーヘーのこと、好き?」
 光海の呟きのような質問に、翡翠はいっぱいの笑顔で頷いた。
 その答えだけでさっきまでの怒りや妬みが氷解していくかのようだった。
 意を決した光海は、神棚に手を合わせると、奉られた古い弓を手にとって翡翠の前に腰を下ろす。
「翡翠ちゃん、酷いこと言ってごめんなさい。どうかお願い、ヨーヘーを助けて」
 光海から弓を受け取ると、翡翠は小さな花が咲いたように笑顔で頷いた。
「ん。でもみつみ、弓するのできる?」
「え? もちろんできるけど……。この古い弓に弦を張るのは無理よ」
 よしんば張れたとしても、引き絞った瞬間にポッキリ折れてしまいかねない。
「だいじょうぶ」
「そうなの? じゃあ、弦を張ってみるわね」
 しかし翡翠は頭を振ってそれを否定する。
 代わりに、
「ここの勾玉は?」
 と、弓の中央付近にある窪みを指さした。
 勾玉。そう言われてみれば、そんなものがついていた。
 そして、それを見た誰かさんが人相を変えるほど欲しがったことも覚えている。
「ヨーヘーが持ってるはずだけど……」
 しかし、かなり古い話だ。ひょっとしたら陽平自身、そんなものを貰ったことさえ忘れている可能性もある。
「ねぇ、それがないとだめなの?」
 光海の言葉に、翡翠は困った顔で頷く。
「どうしよう。今、ヨーヘーに聞くなんて無理だし、ヨーヘーの部屋じゃ家捜ししたってわからないだろうし……」
 確かいろいろな隠し扉をつけて、中に大量の手裏剣なんかを隠し持っていた気がする。
 正直、あの中から探し出すのは至難の業だ。
「そう心配することはない。ほら、その勾玉ならここにある」
 唐突に聞こえた声に振り返れば、道場の入り口から歩み寄る陽平の父、雅夫の姿があった。
「ヨーヘーのおじさま?」
「まさおおとーさん」
 2人の少女に頷き、雅夫は手にした緑の勾玉を翡翠の掌に乗せる。
「おじさま、どうして……」
「あのバカは物の価値を今ひとつわかっていないところがあるからねぇ」
 そういって笑う雅夫に、光海は内心で苦笑していた。
 陽平がこの人の息子だということに、つくづく痛感させられる。
「そうだ。翡翠ちゃん、これでいけるの?」
 光海の言葉に頷き、翡翠は勾玉を弓の窪みにはめ込んだ。
「森王【しんおう】……おきる」
 途端、勾玉から放たれた光が弓全体を包み込み、古ぼけた弓からどこか真新しい緑の弓へと変化させていく。
「これって……まさかヨーヘーのクナイみたいなもの?」
「忍器、センテンスアロー」
 翡翠から受け取った弓──センテンスアローは、光海の手に僅かな重みを感じさせる。
「センテンスアロー。これで、ヨーヘーを助けられる」
「まぁ、待ちなさい光海ちゃん。それを使うということは、ウチの愚息と同じ場所に立つということになる。つまり……」
「構いません」
 センテンスアローを握る手に力がこもる。元々、この手に弓を取ったのは大好きな幼馴染のためだった。ずっと追いかけてきた背中なのだ。今更、追いかけることを諦めたりはしない。
「ヨーヘーが、そこにいるなら!」
 光海の決意に応えた勾玉の光が、センテンスアローにガラスのように透き通った弦を張る。
「これ……」
 驚きの声をあげる光海に、翡翠が小さく頷く。
「森王がみとめた。みつみ、"援軍の矢文"で忍巨兵之術をする!」
「ヨーヘー、すぐにいくよ!」
 目に見えぬ矢を番えるように構え、ガラスの弦を引き絞れば、勾玉が光の矢を生み出す。
 光の矢を生み出す破魔弓に、精一杯の気持ちを込めて限界まで引き絞る。
「風雅流忍巨兵之術っ!」
 周囲の木々が騒ぎ出す。勾玉の生み出す光の珠が矢尻にこもり、強い緑の輝きを放つ。
 少しでも早く、陽平の助けにならんことを願いながら、光海は光の矢を放った。
「援軍の矢文っ!!」
 光の矢は木々を震わせながら大気を貫き、光海の想いと共に陽平の戦う戦場へと忍巨兵之術を運んでいった。





「今度はなんだッ!?」
 いつしか分身さえも消えていたクロスフウガの前に、守るように緑光が降る。
 突然の事態に攻撃の手を止めるギオルネも、その光に戦慄を覚える。
「まさか……もう次の忍巨兵が!?」
 ギオルネの驚愕と共に、緑光は手近な木に吸い込まれ、風雅の封印を解き放つ。
 まばゆい輝きの中、緑を基調とした巨大ななにかがクロスフウガを振り返る。
「苦戦しているようですね獣王。手を貸しましょうか?」
「やはりキミなのか、森王」
 クロスフウガの言葉に、森王と呼ばれたそれは、光の中から現れた。
 巨大な角を携え、その巨体を僅かに震わせる。
「鹿?」
 陽平の呟きに、緑の大角鹿が微笑する。
「獣王の忍びですね。ワタシは森王……」
 そういうと、森王はその後ろ足を蹴って駆け出した。
 狙いは、ギオルネの邪装兵ソードブレイカー。
 いきなりの突進に舌打ちすると、ギオルネは森王の角を受け止めて踏みとどまる。
「この力……やるな、森王!」
 ソードブレイカーの足元が、森王の突進に耐え切れず僅かに沈む。
「そうですか。ではもう少し驚いてもらいましょう! 変化っ!!」
 鹿の四脚が両腕、両足に変形すると、体を起こして直立する。
 羽を広げるように胸部の意匠が変形し、鹿の頭が縦半分に分かれ、両肩のパーツに変わると、人型の頭が現れ、額の水晶に風雅の印が灯る。
「はあああぁぁぁっ!!」
 人型に変化した森王はソードブレイカーを無造作に掴むと、力任せに投げ飛ばす。
 ものの見事に吹っ飛んでいくソードブレイカーに、陽平は思わず頬を引きつらせた。
「あ、あはは。なんてパワーしてンだよこいつ」
「こいつではなく、ワタシは森王【しんおう】……」
 そう言いながら森王が口元に手を当てると、マスクが口と鼻を覆う。
「森王忍者コウガです。以後、お見知りおきを」
 振り返る森王に、陽平はにやりと不敵な笑みを浮かべる。
「応よ! 俺は風雅陽平だ。出てきていきなりで悪ぃが、手を貸してもらうぜコウガ!!」
「御意。それこそが我が姫の願いです!」
「姫? そっか、翡翠のやつ……味なことしやがって」
 並び立つ二体の忍巨兵は、羽ばたく烏の忍邪兵へと目を向ける。
「んじゃ、まずは俺たちからいかせてもらうぜ!」
 飛び出したクロスフウガは忍邪兵との距離を一瞬で詰めると、腕の爪──獣爪【じゅうそう】を起こして忍邪兵を下から斬り上げる。
「さっきはよくもやってくれたな! こいつはそのお礼だぜっ!!」
 刃翼──裂岩【れつがん】を巨大十字手裏剣に組み、忍邪兵目掛けて徐に投げつける。
 裂岩十字は回転ノコギリのように忍邪兵の両翼を切り落とし、クロスフウガが手を振り下ろすと同時に四つの巨大クナイに分裂、忍邪兵目掛けて降り注ぐ。
 翼をもがれて動けぬ烏を四つのクナイが串刺しにする。悲鳴とも取れる忍邪兵の咆哮が辺りに響き渡る。
「へっ、どうだ! 一対一ならクロスフウガは無敵だぜ!」
「トドメ、参ります!!」
 両肩の大角を構え、森王が吼える。
「はああぁぁぁぁぁっ!!」
 印を切り、大角から緑の電撃を生み出すと、森王は突き出した掌に乗せて雷の刃を放つ。
「雷遁電刃【らいとんでんじん】、レイストオオォォォムッ!!」
 裂岩を通して身体中に流し込まれる雷撃に、忍邪兵の全身から大量の体液が噴出していく。
「おのれ、よくも忍邪兵を!!」
 瓦礫を押しのけて立ち上がるソードブレイカーは、大太刀を振り上げ斧のように叩きつける。
 奔る衝撃波に顔をしかめ、クロスフウガとコウガは同時に飛び上がった。
「森王、あれは使えるのか!?」
 クロスフウガとは違い、飛行能力を持たないコウガは手近な場所へと着地する。
「ワタシに問題はありません。しかし、姫はまだ……」
 そう言ってコウガは桔梗家の方を振り返る。
「二人とも、なにか手があるのか?」
「ワタシと森王、二つの力を一つに併せる!」
 クロスフウガの言葉に、陽平の頬が弛む。
「合体かよ!? んじゃ、さっさとやろうぜ!!」
「待ってください。姫はまだ、力の使い方さえ知らぬ状態」
 確かに気持ちはわからなくもない。守るべき主君を戦いの場に出すことは愚の骨頂。それを犯してまで必要な力かどうか。
「なら、霞斬りで!!」
 だが斬影刀を構えた瞬間、ソードブレイカーの斬撃がクロスフウガを空から叩き落す。
「確かに飛ぶことはできぬ。だが、跳べぬと言った覚えはない!!」
「くぅっ!」
 無理矢理体勢を立て直して着地すると、横跳びに大太刀の追撃をかわす。
「これなら!? 裂岩十字ぃっ!!」
 巨大十字手裏剣の二連撃。しかし、ソードブレイカーはそれさえも大太刀で弾き返して突き進む。
 横薙ぎに一閃した斬撃が周囲の建物を両断しながらクロスフウガを襲い、徐に弾き飛ばした。
「この戦闘力、やはり姫の助力を請うしかない! 獣王、今しばらくここを頼みます!!」
「な、ちょっとマテ! ぐあっ!!」
 変化して戦線を離れるコウガに、ソードブレイカーの猛襲をかわしながら陽平は舌打ちする。
(くそ、冗談じゃねぇぞ! こんな攻撃いつまでもかわしきれねぇ!)
 そう思いながらも、クロスフウガの回避率は最初に比べて確かに上がっている。斬撃をかわすので精一杯だったはずが、今では細かな反撃を加えるまでになっている。
 本人の気付かぬところで、彼の力は徐々に覚醒を始めていた。





 その頃、戦場を離れたコウガは、自身の姫の元へと戻っていた。
 突然、クロスフウガを置き去りにして帰ってきたコウガに、光海は何事かと目を丸くする。
「コウガ……、どうしたの?」
 だが、恐る恐る尋ねる光海に、人型に変化したコウガがゆっくりと手を差し伸べる。
「私に……、私に乗れって……そういうこと?」
 尋ねる光海に、コウガは申し訳なさそうに頷いた。
「本来ならば、我が巫女である光海姫を危険に晒すような真似はしたくはないのですが、ヤツを倒すにはそれしかないと判断しました」
 手を差し伸べ、光海が乗るのを待つコウガと、未だ戦場に残ってソードブレイカーと戦うクロスフウガを交互に見比べる。
(なにを恐れているの光海! 私はあいつの背中を追いかけるって、立ち止まったりしないって決めたばかりじゃない!!)
 手にした弓を強く握り、光海はコウガの掌へと上がる。
 ゆっくりと立ち上がるコウガを不安に思いながら、光海は大きな指にしがみつく。
「コウガ、私そんなに運動神経良くないから落とさないでね?」
 運動神経が良くとも、この高さから落ちたら関係ない気もするが、コウガは優しい目をして頷いた。
「御意に。しかし仲間がピンチですので、少しだけ揺れることをお許しください」
 その言葉に、思わず指に抱きついた光海であった。
「参ります」
 口元に手を当てマスクを閉じると、コウガは両手で光海を抱えるように走り出した。
 あっという間に移り変わる景色に、光海は感嘆の声を漏らす。
「あ、そういえば私はなにをしたらいいの?」
「ワタシと獣王には合体機構が存在します。ですが、その合体を行うには森王……つまりはワタシの巫女である姫の力が必要なのです」
「具体的には?」
「姫の巫力【ふりょく】を用いて、森王武装の封印を解いていただきたいのです」
 なにやら聞きなれない単語に、光海は頬を引きつらせながら疑問符を浮かべる。
「えっと……"ふりょく"に……武装?」
「巫力とは、生命体の持つ生命力と自然界に満ちた気を同調させて生み出す力のことです。姫が手にされているセンテンスアローの弦も、姫が巫力で生み出したもの」
 コウガの言葉に、光海は手にした緑の弓をまじまじと見つめる。
 ガラスのように透き通り、弾けばハープのような音を奏でる弦に、光海は何気なく指をひっかける。
「あ……」
 指を引っ掛けたところから、水に波紋が広がるように弦が波打っている。
「ワタシの封印は額の水晶です。森王武装……どうかよろしくお願いします」
 頷き、光海はコウガの額に向かって弓を構える。
 巫力の使い方はわからないが、とにかくさっきのように自分の気持ちをいっぱいに込めて、光の矢を作り出す。
 必要な言葉は弓が教えてくれる。
 ガラスの弦をいっぱいにまで引き絞り、光海は頭に浮かんだ言葉を紡ぐ。
「風雅流奥義之弐、武装巨兵之術っ!!」
 放たれた光の矢は、光海の巫力をコウガへと運ぶ。
 矢は額の水晶には当たらず、手前の見えない壁を突き破る。
 なにかガラスの割れるような音が聞こえ、途端にコウガが走り出す。
「ちょっと、……きゃあ!」
 光の球体に包まれた光海を他所に、コウガの身体が再び変形を始める。
「変化っ!!」
 両腕、両脚、両肩、胴の計7つのパーツに分かれたコウガは、クロスフウガの背中目掛けて飛んでいく。
「な、なんだ!?」
 胴のパーツは背を向けてクロスフウガの背中にドッキングし、腰垂れが折れ上がる。
 その両サイドに両脚がドッキング、更に両脚の外側には両肩がドッキングする。
 クロスフウガの背から伸びる脚の先に、両腕の変形した砲身がドッキングする。砲身の上下が展開して、先端は弓のような形状となる。
「いきなり合体するなよ! 驚いたじゃねぇか!!」
 涙目になって訴える陽平に、クロスフウガが微笑する。
「なんだよ?」
「いや、驚くのはこれからだ」
「は?」
 そんな二人のやりとりを他所に、光海の身体は球体に乗せられてクロスフウガの額へと消えていく。
 当然ながら、次に起こることはただひとつ。
 突然頭上に現れた光海に、陽平は心底驚いた表情を見せる。
「光海……」
「ヨーヘー……、ヨーヘー!」
 名を繰り返し、手を伸ばす光海に陽平は迷うことなく手を差し伸べた。
 自分と同じ位置に降り立つ幼馴染の姿に、陽平は困ったように後頭部をかく。
「さっきはごめん、私……来ちゃった」
「いや、来ちゃったはいいけど……その、なんだ。なんで急に巫女服なわけ?」
「さぁ?」
 ふと、手を握ったままだということに気付き、陽平は慌てて手を離す。
「兎に角……さ」
「うん。兎に角……」
 二人の視線が、襲い掛かるソードブレイカーへと向けられる。
「「あいつをやっつけるのが先(だ)っ!!」」
 振り下ろされる大太刀を余裕のタイミングでかわし、コウガと合体したクロスフウガは可能な限りソードブレイカーとの距離を取る。
「陽平、光海、森王式武装合体を果たし、バスタークロスフウガとなったワタシたちは、キミたちの二人の気持ちでどこまでも強くなる」
 背にコウガの変形した二門の巨大砲バスターアーチェリーを携えたクロスフウガは、合体前を上回る速度でソードブレイカーの横を通り抜ける。
「確かに、こいつはすげぇや!!」
「ヨーヘー、遊んでちゃだめよ!」
「わーってるよ」
 回転しながら上昇するバスタークロスフウガを空中で固定すると、バスターアーチェリーの砲身をソードブレイカーへと向ける。
「そういやこいつの引き金って……」
「光海の持つセンテンスアローがそうだ」
 バスタークロスフウガの言葉に、陽平は光海の手にした緑の弓へ目を向ける。
「そういうことなら話は早ぇ。光海、しっかり頼むぜ!」
「ええっ!?」
「なに驚いてやがる。弓に関しちゃお前が一番だろ?」
 当たり前だろとばかりに肩を叩かれ、光海は困ったように口を尖らせる。
「だって、あんな凄いのに当てられるかどうかなんて……」
「いや、絶対に当てる! 光海、俺は弓に関しちゃド素人だけど、お前がどれだけ練習してたかは知ってるつもりだぜ」
 陽平の言葉に、光海はセンテンスアローを抱きしめる。
「光海、自分のやってきたことに誇りを持てよ。自慢したっていいくらいお前は弓の天才なんだぜ?」
「そんなこと言われたって……」
「ああ、じれったい!!」
 とうとう我慢も限界に達した陽平は、光海の背に回って無理矢理弓を構えさせる。
「ちょ、ちょっと!」
「うるせぇ! 黙って矢を番えろってんだ!」
 陽平の手が光海の手に重ねられ、ゆっくりとガラスの弦を引いていく。
(だ、だめ! 私……こんなときになんでドキドキしてるのよ!)
 勾玉が光の矢を生み出し、センテンスアローに矢を番える。それに連動して、バスターアーチェリーの砲身に光が集中していく。
「そうそう撃たせるものか!」
 ギオルネとて、ただ撃たれるのを待つほど愚かではない。
 陽平たちが夫婦漫才をしている間にソードブレイカーを走らせ、バスターアーチェリーの斜線上から逃れると、その巨体に見合わぬ跳躍を見せる。
「やろうっ!」
 再び狙いを定めようと構えるが間に合わない。
 ビルの屋上を蹴ると、ソードブレイカーは上空に留まるバスタークロスフウガの更に上へと飛び上がる。
「もらったぞ、獣王!!」
「なめるなぁっ!!」
 怒濤の斬撃を繰り出すソードブレイカーに吼える陽平は、大太刀の一撃を紙一重で潜り抜け、背面のバーニアを全開にして膝を突き上げる。
 豪快な音を立てて顎を仰け反らせるソードブレイカーに、バスタークロスフウガの拳が叩き込まれ、立て続けに回転力を加えた踵落としをお見舞いする。
 盛大にビルを粉砕しながら落下したソードブレイカーを見下ろし、陽平は再び光海の手を取る。
「おし、今がチャンスだぜ光海!」
 しかし、肝心な光海の反応がない。
 不思議に思った陽平が光海の顔をのぞき込むと、当の光海は小さく肩を震わせていた。
「どうした?」
 その問いに光海は答えない。ただ、構えた弓を下ろし、視線がふらふらとさまよっている。
「光海?」
「こわい……」
「怖い?」
 無理もない。普段から雅夫と真剣を使ってやりあっている陽平とは違い、光海には殺意をもって刃を向けられたことなどないはずだ。
 だが、震えが治まるのを待っている時間はない。こうしている間にもソードブレイカーは瓦礫を押し退けて立ち上がってくる。
「しっかりしろよ光海! 俺が……俺が助けてやっから! 失敗したって間違ったって、俺がお前を助けてやっから!」
 言いながら肩を揺すられ、光海の身体がぴくんっ、と跳ねる。
「ヨーヘー……」
 自分を支えてくれる幼馴染を振り返り、光海は僅かに頬に朱を散らせる。
「いつでも呼べよ。もう十分上手くなったんだから、いつだって駆けつけてやっから!」
「ヨーヘー、それって……」
「や、約束だったからな」
 照れ隠しにそっぽ向く陽平に、光海は安堵の笑みを浮かべる。
(もう、大丈夫。この約束があれば私はどこまでだって強くなれる)
 再び弓を構え、光海は自然な動作で弦を引き絞る。
 眼下で立ち上がるソードブレイカーに意識を集中させる。たとえ、飛び上がろうとも逃しはしない。
「ぬうぅぅ……!」
 ダメージからか、大太刀を杖代わりに立つソードブレイカーに、光海は勝機を見た。
「いくわよ……」
 センテンスアローの矢尻と、バスターアーチェリーの銃口に緑の光が集まっていく。
「これは……巫術"雷神"を感知。いつでも放てます!」
 コウガの声に、光海は張りつめた弦を解き放つ。
「必中奥義、光矢一点【こうしいってん】っ!!」
 緑に輝く矢の発射と同時にバーニアが全開で吹き荒れる。
 バスタークロスフウガをも揺るがす雷エネルギーの砲撃は、一センチの狂いもなくソードブレイカーの胸を貫き、周囲数十メートルを巻き込んで盛大に爆発四散した。
 眼下に残されたクレーターを見下ろしながら、二人は互いの顔を見合わせる。
「まぁ、なんか穴空いちまったけど……」
「いいよね、たぶん」
 なにがどういいのか謎ではあったが、陽平と光海の間のわだかまりは消えていた。
 それこそ、さっきまで言い合いをしていたことすら忘れるほどに、二人の距離は縮まっていた。
 どちらからともなく笑い出す忍と巫女を称え、獣王は勝利の咆哮をあげた。





「それにしても、まさかコウガの巫女が光海だったなんてなぁ」
 あれから逃げるように桔梗家へと戻った二人は、翡翠を連れて光海の部屋でくつろいでいた。
 光海の母、みなもの出してくれたお茶をすすりつつ、饅頭を頬張る陽平は光海のベッドに胡座をかきながら感慨深く呟いた。
「私だって、ヨーヘーにはいっぱい驚かされたわよ」
 これまた光海も、床に座りながらお茶をすすりながらそんなことを言う。
 この数日で数え切れないほど信じ難い体験をした二人は、体験させた張本人へと視線を向ける。
「ん……?」
 もくもくと饅頭を頬張る翡翠に、思わず陽平が苦笑する。
「ところで、後戻りできねぇけど……いいのかよ?」
 やや真剣な面もちで訊ねる陽平に、光海は当たり前のように頷く。
「当然でしょ? だいいち、ヨーヘーだけに任せたら不安でしょうがないわよ」
「あんだとぉっ!」
「本当のことでしょ」
 思わず乗り出した陽平に、光海は呟くように言い捨てる。
「ふたりともやめる」
 またくだらない言い合いを始める二人の間に入り、翡翠は両者の手にひとつずつ饅頭を乗せる。
「これ食べてなかよくする」
 言われるがままに饅頭を口に運び、陽平はやれやれと肩を落とす。
 見れば光海も同様に溜め息をついていた。
「とりあえず、だ。このお姫様を守り抜かなきゃならねぇ」
「うん」
 二人の視線の先で、少女は幸せそうに饅頭を頬張っている。
「だからさ、まぁ……よろしく頼む」
「うん、こちらこそね」
 互いに視線を交わして翡翠に歩み寄り、とりあえず饅頭の皿を取り上げる。
「まずは腹痛から守らねぇとな」
 陽平の言葉に、翡翠は唇を尖らせ、光海はそんな翡翠をあやすように優しく撫でる。
 そんなやりとりを忍器の中から見守る獣王と森王は、どこか穏やかな空気を感じていた。












<次回予告>