風の中心地へと駆けつけた森王コウガは、人型を取ると訝しげな視線でそれを見上げた。
 なにをしているのか検討もつかないが、被害が出ている以上は、これをこのまま捨て置くわけにもいかない。
「これ以上の被害は姫の望むところではない」
 口元をマスクで覆い、後腰から緑の弓を取り外すと、森王は風の塊に狙いを定めて弦を引き絞る。
「覚悟っ!」
 森王の構えるセンテンスアローから放たれた矢が、風の塊に吸い込まれるようにして中心へと消えていく。
 僅かな沈黙を置き、風の塊は、徐々にその動きが衰え、数秒後には完全に静止した。
 嵐のような風は止み、中から現れたものに、森王の視線が突き刺さる。
「やはり、ガーナ・オーダの邪装兵ですか」
 巨大なヒトデのような浮遊物と、それに乗る忍者型の兵器。
 忍邪兵とは違って遥かに無機質なそれは、操る者を必要とする意思なき兵器、邪装兵。
 鉄武将ギオルネの駆るソードブレイカーを初め、生み出すのに触媒を必要としない邪装兵は、過去、ガーナ・オーダの主力量産兵器であった。そして、それは今も変わらない。
 忍邪兵のような驚異的な運動性や意思といった生物的な融通は利かずとも、乗り手次第では忍巨兵とも対等に戦えたその戦闘力に、森王の表情が僅かに強張る。
 忍邪兵にせよ、邪装兵にせよ、彼ら風雅の忍巨兵にとってガーナ・オーダとは、それほどに強大であった。
 手にした弓を納め、代わりに忍者刀を構える森王に狙いを定めた邪装兵は、ゆっくりと速度を上げながら、浮かぶ台座を回転させる。
「むっ!」
 再び風を身に纏って襲い掛かる邪装兵に、森王は素早く身を引いて攻撃をかわすと、手首の内側から発射されるビームクナイ──ショットクナイを数発投げつける。
 だが、先ほどの巻き込む風とは違い、鎧のようになった風は容易くそれを弾き返し、ブーメランのような軌道を描いて森王に激突する。
「くうううっ! こ、こんなものぉ!」
 力任せに押し返そうとすれば、削岩機のような風に装甲が徐々に削り取られていく。
 身体を捻りながら横へ跳び、なんとかその攻撃からは逃れたものの、邪装兵はブーメランのような軌道を描きながら休むことなく森王へと襲い掛かる。
「くっ、このような狭い地形では、いつまでもあの攻撃を避けきれない!」
 森王の言葉通り、ここが人の集まる場所であったがために、巨大な忍巨兵では迂闊に身動きすることもできない。
 忍巨兵の性能上、建造物の上で戦うことも考えたが、攻撃を避けた場合の被害は計り知れない。しかし、それはこの場所で戦闘を続けた場合にも同じことが言える。
 周囲に気を取られた瞬間、背後から襲い掛かる邪装兵の攻撃に、森王の巨体が前のめりに吹っ飛ばされていく。
(せめて、せめてやつをどこか広い場所へおびき出すことができたなら……)
 手を突いて立ち上がる森王は、高速で回転する邪装兵のビーム手裏剣を全て刀で叩き落すと、周囲にどこか広い場所がないか探索を始める。
 駅前、大きな十字路、学校の校庭。確かに広いが、移動に時間がかかる場所や、人が集まる場所は除かなければならない。
「海へ……誘い出すしかないか」
 海寄りの街であったことがありがたかった。森王は、ショットクナイで牽制すると出来るだけ人通りの少ない道を選んで走り出した。
 建造物の屋根を蹴り、出来る限り遠くへ跳躍する。
「さぁ、ついてこい!」
 決して背後への注意を怠らぬよう気を配り、森王は邪装兵と一定の距離を取ったまま海へと疾走した。





「コウガ、どこにいくの?」
 自分の忍巨兵を追いかけながら、光海は腕輪に向かって声をかける。
 忍巨兵と巫女を繋ぐ忍器は、淡い光を放ちながら光海の言葉を森王へと送り届ける。
『海へ参ります。街中での戦闘は被害を拡大するだけと判断しました』
 その判断は間違っていない。しかし、本来ならその判断をして指示するのは自分の役目なのではないだろうか。
 ふいにそんなことが脳裏をよぎり、光海は表情を曇らせる。
「ねぇ、コウガ、私にできることってない?」
『姫、どうかワタシの凱旋をお待──』
「違う!」
 走り、息を切らせながらも、光海は森王の言葉を遮った。
「違うの。私も一緒にいたいの! それとも私にできることはアナタを呼び出して後は隠れて待ってることだけなの?」
『姫……』
「心配してくれるのは嬉しいよ。でもね、私だって……私だってなにもできないのは悔しいの」
 光海の言葉になにかを感じたのか、森王は意を決したように口を開いた。
『わかりました。そこまで言われる姫の気持ち、無碍にするわけには参りません』
「ゴメンね。コウガ……」
 腕輪の向こうで森王が笑ってくれたような気がした。
『では姫、ワタシに忍獣センキを使う許可をください』





 戦いの舞台は海へと移っていた。
 たとえ足場が海であっても、忍巨兵にとってそれは大地と代わりはない。
 海面を蹴りながら、森王は邪装兵の攻撃を素早く避ける。
「そんな大雑把な攻撃、そうそういつまでも当たりはしない!」
 ショットクナイで牽制しながら、すれ違い際に忍者刀で斬りつける。
 風の鎧さえなければ今の攻撃も効果的だったのだが、やはりこのままでは決め手に欠ける。
(だからといって、弓は接近戦には向いていない)
 本来、後方からの援護射撃が戦闘スタイルの森王にとって、一対一の戦闘は不得意とするところ。
 襲い来るビーム手裏剣を巧にかわし、効果のない反撃を続けたところで森王に勝利はない。
(いや、時間を稼げば姫がきてくれる。それまでは!)
 身構える森王に、再び邪装兵が激突した。
 足元に飛沫をあげながら、弾き飛ばされる森王に、風の内側からビーム手裏剣の嵐が襲い掛かる。
「くっ! レイっ──」
 至近距離から必殺を雷撃を叩き込もうと構えるが、いかんせん足元が水場であったことが災いした。
 雷撃はすぐに消失し、森王は徐に海岸へと叩きつけられた。
(地の気を雷に変えるレイストーム。やはり無理か)
 地電流を用いるか、巫力を用いて使用する森王のレイストームは、巫女である光海が不在であった場合、地面に接している必要がある。
 奇しくも自ら不利な地形に来ざるを得なかった状況に、森王は苛立ちさえ感じていた。
「やはり、木遁を使うしか……」
 だが、海はそれさえも困難な地形であることは明らかだ。
「せめて、姫がいてくれれば……」
 邪装兵の攻撃をその身に受けながら、森王の視線が海岸付近を彷徨った。
「あきらめないで、コウガっ!」
「姫っ!」
 砂浜に、肩を大きく上下させて息を切らせる光海の姿を認めた瞬間、森王は先ほどとはうってかわった素早い動きで、邪装兵の攻撃をかわす。
 突然、目標を失った邪装兵の攻撃は、飛沫を上げて海面を叩き続ける。
「はぁ、はぁ……、ご、ごめん……ね」
「いえ、御身体の方は?」
 自分の方がダメージを受けているだろう森王の言葉に、光海は平気だとばかりに親指を立てた。
「さぁ、いくわよ!」
「御意!」
 センテンスアローを構え、光海はゆっくりと巫力を込めた硝子の弦を引く。
 正直、まだ巫力などと言われても理解できなかったが、要は集中力と気持ちだと森王は言っていた。
 弓道で培った集中力に自信はある。誰かを想う気持ちにも自信はある。
「私に……」
 更なる想いを込めて、光海は弦を引き絞る。
「できないはずがない!!」
 矢尻が輝きを放ち、深緑の光が辺りを満たしていく。
「風雅流、召忍獣之術っ!」
 光の矢は、光海の指を離れ、砂浜には不釣合いな姿を具現化していく。
 ワイヤーフレーム状に描かれたそれは、次第にその姿を鮮明に現し、まばゆい光を振り払うように深緑の猪が姿を現す。
「これがセンキ……」
 光海の疑問に応えるように、無骨な深緑はブルブル、と鼻を鳴らす。
 刹那、森王の背後に立った水の柱に、邪装兵の瞳が赤々と輝いた。
「お願い、センキっ!」
 光海の声と共に、センキの斑模様から無数のミサイルが飛び出していく。
 ミサイルは次々に邪装兵へと着弾。凄まじい爆風で煽りながら邪装兵の身体を押し返す。
 光海もまさか、ミサイルが出てこようとは思わなかった。その場で唖然と、センキを見上げてしまう。
「姫、今のうちです!」
「うん!」
 再びセンテンスアローを構え、光海はその矢尻をセンキの額へと向ける。
「風雅流、奥義之弐、武装巨兵之術っ!」
 風雅の奥義をその額に受けたセンキは、数回鼻を鳴らすと森王に向かって走り出す。
 振り返る森王。突撃するセンキ。光海の不安を他所に、センキは当たり前とばかりに森王を空高く跳ね飛ばした。
 続いて、センキもまた、己の身体を頭部、左右上半身、左右下半身の五つのパーツに分けて森王の後を追う。
 獣王の合体よりも、バスタークロスフウガに近いその合体は、森王の弓、両肩、両足にセンキを装着した森王独特の重武装形態となる。
 森王の額から降りる緑の光に導かれ、森王の中へと誘われた光海は、やはりバスタークロスフウガのときのように巫女装束へと姿を変える。
「姫、弓をお取りください」
 森王の言葉に頷き、光海は解封を唱える。
 たったそれだけで、自分の感覚が大きく広がっていくのを感じた。
(コウガと私が、繋がった……)
 手にした弓の弦を軽く弾き、先ほどとはうってかわった超重量の森王が砂浜に降り立った。
「武装完了。 森王之射手【しんおうのしゃしゅ】、コウガッ!!」
 空いた右手でマスクを外し、再び海上に姿を現した邪装兵へと向き直る。
 忍巨兵と呼ばれながらも、一概に忍びと分類されない姿を彼らは持っている。
 この森王之射手もその代表的な姿の一つで、マスクを外すといった行為や、巫女の許可がいるといった規制は、彼らがそのときだけ忍者という立場を捨てるという意味を示している。
 よって、武装は大幅に強化され、新たな術などを駆使しようとも、忍巨兵特有の身のこなしを失ってしまうデメリットも存在する。
(だからこそ、本当ならそれを補える強い忍者の存在が必要不可欠……しかし──)
「いくわよ、コウガ!!」
 手にした弓を強く握り締め、光海は邪装兵に向かって走り出した。
 決して早いわけでも、動作が機敏なわけでもない。しかし、それを補ってあまりある部分が彼女には存在した。
 邪装兵が放物線状に撃ちだすビーム手裏剣に対し、半歩下がりながら光海は弓を射る。
 森王之射手となった森王の弓は、センキの頭部が変形したパーツによって、一度に二矢を射ることができる。しかし、光海はあえて一矢だけを引き絞り解き放つ。
 そのわずか半歩で全ての手裏剣を回避し、尚且つ放たれた矢は邪装兵の風に突き刺さる。
 更には、立て続けにセンキのミサイルを撃ち込み、再び邪装兵との距離を取る。
「手裏剣なんて、毎日見てるわよ!」
 しかし、この位置から見て初めて気がついたことがある。
 センキの放つ攻撃はミサイルだとばかり思っていたが、あれは爆発的な勢いで発射されている石の塊だ。
(やっぱりこれも、土遁の術の一種なのかしら)
 そんな疑問を他所に、光海は再び弓を構える。
 しかし、一向に邪装兵が上がってこないのはどうしたことか。
(だが、相手がなにを考えていようと、こちらにとって好機であることは間違いない)
 自分の考えにひとつ頷き、森王は光海から流れてくる巫力をある術へと変換していく。
「コウガ、どうしたの?」
 その僅かな気の流れを感じたのか、光海が森王に問いかけた瞬間、邪装兵が玉砕覚悟とばかりにこちらへと向かってきた。
 風が海面を叩き、飛沫を散らせることで、本体がどこにあるかを悟らせぬようにした突貫。
 だが、話しかけた程度で光海の集中が途切れたと思うのは大きな間違いであると、このとき身に染みて知ることとなる。
 そもそも、毎日のように風雅陽平を追いかけながら矢を射るような彼女にとって、動きながら、話しながらの矢射など造作もないことなのだ。
 慣れた動作で弦を引き、同時に二矢を番えて解き放つ。
 二本の矢は風の鎧を突き破り、回転を続ける邪装兵の動きを止める。
 続けてもう一矢。上に乗っていた邪装兵を射ようと構えた瞬間、光海は我が目を疑った。
 邪装兵の姿がどこにもない。
「まぁ、予想できなかったわけじゃないけどね」
 さして動揺するでもなく、光海は構えた矢を上空に跳び上がった邪装兵へと向けると、素早い動作で引き絞り、徐に矢を射る。
 矢は邪装兵の頭部を撃ち抜き、たったの一撃で海の藻屑へと変えた。
「姫! まだ彼奴が……」
 森王の声に、光海は先ほど動きを止めたヒトデのような邪装兵へと視線を移す。
 森王の矢に射られているというのに、邪装兵は足掻くように再び回転を試みる。
「それなら止まるまで何度だって……」
「いえ、次で仕留めます。どうかお力を!」
 光海は頷くと、先ほど森王の集めた巫力へ、更に自分の意識を集中させていく。
 自然界に流れる気が、自分を通して森王へ流れていくのを確かに感じる。
「これは……木……植物?」
「巫術、木霊を確認!」
 巫術【ふじゅつ】とは、忍術と違い、巫女の使用する魔法のような術。内容的には殆ど同じものだが、忍術と決定的に違う点は使用する巫力の量と、発動される術の規模である。
 例えるならば、忍術は初級から中級魔法、巫術は中級から極大級魔法に分類される。
 これは巫女にしか使えないわけではないが、平均的に男性よりも巫力の多い女性が使うことが多く、主に、土、水、火、風、雷、木、影、光、氷の特性によってその能力を発揮する。
 即ち、これを用いて忍術を使用する際、その威力は爆発的に跳ね上がる。
 最後の力で風を纏い、森王を目掛けて飛び込む邪装兵を跳躍で避けると、森王は空いた右手を真下へと向ける。
「木遁! 大樹林之術っ!!」
 集められた気が森王の右手を離れ、たった一枚の葉を媒介に巨木を生み出していく。
 巨木は根を下ろさんとばかりに邪装兵を押し潰し、太い根はその動きを止めるかのごとく複雑に絡みあがっていく。
 森王は巨木の頂に降りると、センキのもつ全ての砲を解放する。
「森王の力、とくと見よ!」
 ガラスの弦を引き絞り、光海は眼下の邪装兵めがけて矢のない弓を解いた。
「秘射! 枝垂桜ッ!!」
 頂から放たれたセンキの砲は、放物線を描きながら巨木の根元へと降り注いでいく。
 名の通り枝垂桜を連想させる砲撃の嵐は、ただの一撃も外すことなく邪装兵へ直撃すると、赤々とした爆炎が大地に炎の花を咲かせる。
 さながら、花弁の絨毯のようにも見えるその光景に、破壊され朽ちていく邪装兵の不釣合いな姿はひどく滑稽に見えた。
「……勝ったのかな?」
「はい。お見事でした、姫」
 まだ興奮の冷め切らぬ胸に手を当て、光海は今このときをかみ締めるように目蓋を閉じる。
 そんな自分が少し誇らしく思え、光海は、はにかむように笑顔を浮かべた。





 その夜、パジャマ姿の光海は、ベッドの上で大きなニワトリのぬいぐるみを抱きしめながら、携帯電話越しの幼馴染に、得意げな笑みで言葉を返した。
「ええ。もちろん、私とコウガだけでね」
 光海の言葉に、陽平は二の句が告げないようで、向こうで唸っているのが聞こえてくる。
「だ、か、ら。今後は、今までみたいに一人で突っ走らないようにね」
『でもよ、コウガ飛べないだろ? それになぁ……』
「ならヨーヘー。飛んでてもいいわよ? 動く的って意外と当て易いの知ってる?」
『俺を撃ち落す気かいっ!?』
 思わずツッコミを入れる陽平に、光海はさも可笑しそうに笑顔を浮かべる。
「なら、私を置いていったりしないことね」
 そんな会話を続ける光海を、卓上に置かれた緑の腕輪から浮かび上がる小さな森王は、優しげな瞳で眺めていた。
『頼もしい巫女だな、森王』
 聞こえてくる獣王の声に、森王は小さく頷き、
「ええ。決して桔梗姫に劣らぬ素晴らしい巫女です」
 そんなことを言われているとも露知らず、森王の視線の先で、光海は幼馴染に向かって花のような笑顔を浮かべていた。
(どうか、あの花が散らないよう……)
 今日は、きっといい夢がみられる。そんなことを呟きながら、森王は目蓋を閉じた。
 楽しげな声は、もうしばらく終わりそうにない。












<次回予告>