「そろそろ桔梗先輩に接触した頃でしょうね」
そう言って不適な笑みを浮かべる楓に、陽平はいい加減疲れたと言わんばかりに盛大な溜息をついた。
「風間……じゃねぇや。風魔だっけ? 結局のところお前は俺にどうしてほしいンだよ」
陽平の言葉に、楓は意味がわからないとばかりに顔をしかめる。
「だからさ、俺に驚いてほしかったりするのかってこと」
「別にそんなつもりはありません」
さらりと言い切る楓に、陽平はもう一度溜息をついてみせた。
内心では、何度溜息をついたかもう数えるのをやめたところだった。
「んじゃ、別の質問するぞ。あのテレビに映ってたのはお前らの仕業か?」
「……獣王のことですか?」
一瞬間が空いて答える楓に、陽平はあえて返事をしない。ただ、黙って次の言葉を待つ。
そんな陽平に呆れたと言わんばかりに、楓は静かに頭を振った。
「警戒心が強すぎるのもどうかと思いますが……」
「素顔でさえ仮面つけてるようなお前に言われたくねぇよ」
別に彼女の会話におかしなところなどない。しかし、どこか作ったような表情や、仕草で話す楓に、陽平はもうずっと違和感しか感じていなかった。
「大それたこと言うつもりねぇけどな、もう少し自分に正直に生きてみたらどぉだよ」
人形じゃねぇんだからと続ける陽平に、楓は僅かながら動揺の色を見せた。
どこか陽平を吟味しているような目を伏せ、楓はそろそろ沈み始めた夕焼けにゆっくりと指を刺す。
「あん?」
「質問の答えです。どうやらあれが犯人のようです」
その先をじっと見てみるが、流石に夕焼けとなると直視し続けるのは辛い。
そもそも、そこに何かがあるようにはとても見えないし、どう見てもそれは、綺麗な夕焼けそのものだ。
「おい、どういう──」
どういうつもりだと続けようとした瞬間、陽平の目が一変して険しいものへ変わっていく。
赤い夕日に僅かに浮かぶ人型の輪郭。その姿に陽平は見覚えがあった。
一瞬、ばかなと思ったが、すぐにその正体に気づき、悔しそうに舌打ちする。
「……そういうことかよ」
「本来、影の存在である私たちが風雅先輩に接触を計った理由のひとつが……」
「あれが本物かどうかを確かめたかったわけかよ」
楓の言葉に続き、陽平はだったら最初からそう言えよとジト目で睨む。が、そんな陽平の隣を、楓は淡々とした様子で通り過ぎていく。
「どこに……ってのは愚問だよな」
懐から獣王式フウガクナイを抜き、今にも飛び去っていきそうな楓に並び立つ。
「あの青い狼といい、まだ聞きたいことが山ほどあるんだ」
「……つまり?」
陽平の言葉に振り返り、わかっていながらあえて補足を求める。
「さっさと"一緒に"片付けちまおうぜってことだよ!」
獣王式フウガクナイの勾玉が輝き、陽平を影が覆っていく。
陽平の戦装束ともいうべき姿、シャドウフウガは、お先とばかりにクナイをアスファルトの地面に突き立てた。
「一気にいくぜぇっ! 風雅流奥義之壱、三位一体ぃっ!」
陽平の雄叫びと共に砕けた大地から、紅の獣王が姿を現す。
額飾りに陽平を収容すると、獣王クロスフウガは赤焼けの空に舞い上がる。
「さぁて、こっちはお披露目したぜ」
そんな陽平の姿を見上げる楓もまた、スカートの裾を僅かに持ち上げると、太ももに吊した炎王式七首【えんおうしきあいくち】を素早く引き抜いた。
「見せてもらいます。獣王の力……」
鞘から僅かに引き抜いた七首を、目の高さで楽器のようにパチン、と閉じる。
すると鞘と鍔の合わせ目に赤い羽のような模様が浮かび上がり、突然楓の身体が炎に覆われていく。
「炎羽着装【えんばちゃくそう】」
まとわりつく炎は楓の着衣を焼き払い、一糸纏わぬ肌に赤いプロテクターを生み出していく。
陽平の影衣とは違い、デザインは忍装束というよりも強化スーツに近い。
「ファイア……フウマ」
頭部が鳥を模したヘルメットに覆われ、楓は火の粉を払う翼のように左手を振り抜いた。
「続きます。風魔奥義、忍巨兵之術!」
徐に引き抜いた七首の刃が赤い閃光を描き、亀裂から溢れ出すかのように真っ赤な鳥が飛び出していく。
ファイアフウマとなった楓もまた、追うように飛び上がり、赤い鳥型忍巨兵の嘴に飲み込まれていく。
「変化!」
赤い鳥が急上昇をしながら人型へと姿を変える。
突き出した両の手刀を左右に振り抜き、額の水晶がキラリと輝きを増す。
「炎王忍者、クウガっ!」
思いもよらなかった赤い翼を持つ忍巨兵の出現に、陽平と獣王が思わず驚愕の声を上げる。
「な、炎王!?」
「バカな、あれがクウガだというのか……」
陽平とは明らかに別の理由で動揺を見せる獣王に、炎王がマスクで口元を覆いながら並び立つ。
「驚いている暇はありませんよ」
来ますよ、と告げる炎王クウガ──楓の声に、獣王もそれに対して身構える。
刹那、彼らの目の前でそれは驚くべき行動をとった。
突然地上へ降下したかと思うと、着地した瞬間にその姿を緑の忍巨兵、森王忍者コウガへと変える。
「なにぃっ!?」
「姿を自在に変える忍邪兵のようですね。素体はおそらくカメレオンなどの擬態能力をもった生き物でしょう」
驚く陽平とは裏腹に、楓は淡々と相手の能力を分析していく。
「巫術雷神、来ますよ」
楓の言葉通り、忍邪兵コウガの放った雷をかわし、獣王は肩部のバルカン──クロスショットで応戦する。
「どうだっ!」
巻き上がる砂煙に陽平が叫ぶ。が、
「いえ、まだです」
喜んだ瞬間に力いっぱいというか、淡々と否定され、陽平がガクっと肩を落とす。
「あ、あのなぁ!」
しかし案の定、砂煙を突き破り飛び上がる銀の邪装兵ソードブレイカーに、炎王はほぼ同時に降下すると、凄まじい野太刀の斬撃をかわしながら振り降ろすように片翼を叩きつける。
見事なカウンター攻撃を受け、きりもみしながら落下する忍邪兵ソードブレイカーに、陽平は頬を流れる汗を拭った。
「あいつ、完璧なタイミングでカウンター決めやがった……」
「重さの足りない分を技量で補ったか」
鮮やかともいえる技に、陽平も獣王も感嘆の声をもらす。
「避けてください!」
一瞬気を抜いた瞬間、楓の声に続いて崩れた建物を突き破りビームが襲いかかる。
「舐めンなぁっ!」
タイミング的に避けきるのは不可能とわかった瞬間、後ろに飛ぶのと同時に背中のビーム砲──シュートブラスターを放ちビームを相殺する。
「まったく同じ威力!?」
「まさか……」
やはりというべきか、予想通り瓦礫から顔をみせたのはクロスフウガに姿を変えた忍邪兵であった。
「野郎っ、真似ばっかしやがって!」
「ですが、見たことのあるものにしか変化できないようですね」
楓の推測を証明するかのように忍邪兵は炎王に姿を変えていく。
おそらく自分の見た強いものに姿を変えるだけの知能、または本能はあるらしい。
「いや、大きさまで変わるってのはどーよ?」
陽平のツッコミも虚しく、忍邪兵クウガと炎王クウガの忍者刀が甲高い音を鳴らしてぶつかり合う。
だが、ぎりぎりと音を鳴らしてせめぎ合う中、炎王がフッ、と不適な笑みを浮かべる。
「これで私を真似たつもりですか?」
笑わせるとばかりに忍者刀を押さえ込み、すかさず相手の喉元に手刀を突き立てる。
「終わりです」
手首の内側から発射されたショットクナイが頭部を吹き飛ばし、忍邪兵クウガが力なく落下していく。
「あいつ……強ぇな」
陽平の言葉に獣王もまた頷く。
「忘れていました……」
「どうした?」
「確か、忍邪兵の生命力はゴキブリ並みだったかと」
楓の言葉を肯定するように、頭部を失った忍邪兵はふらふらと立ち上がると、周囲の生命力を吸収して再生すると、再びクロスフウガへと姿を変える。
「しつけぇな」
呆れたと言わんばかりの陽平に、炎王も頷く。
「ところで……」
「な、なんだよ?」
突然怒ったような声で語り出す炎王──楓に、陽平はビクリと肩を震わせる。
別に自分はやましいことなどないのだが、どうにもクセみたいなものらしく、女性に怒られると反射的に身体が逃げようとするらしい。
しかし、楓の視線は陽平ではなく……
「いつまで傍観者でいるつもりですか」
背後を振り返る炎王に、陽平と獣王も同様に視線を向ける。
よく見れば建物の間にうっすらと巨大な何かの輪郭が見える。それが隠形機能であると気づくのに、それほど時間はかからなかった。
「あいつ……、まさかっ!?」
それは四足の動物。獣王の目を通して見れば、そこに伏せているのが青い狼だと一目で気が付いた。
間違いない。あれが彩香の写真に写っていた忍巨兵だ。
「よいしょっと」
狼の上で呑気に胡坐をかいていた青いプロテクター姿の男は、立ち上がるとぐぐっと伸びをする。
「オイラはウインドフウマ。そしてこいつはオイラの相棒……」
ウインドフウマ──風魔柊の言葉を皮切りにそれは隠形を解いて現れた。
伏せていた青い狼の忍巨兵はゆっくりと立ち上がり、柊と同様に伸びをするかのごとく空へ向かい遠吠えをする。
「よぉし、そンじゃいくよぉ。ロウガ、変化っ!」
駆け出した狼の口にウインドフウマが飲み込まれると、狼は滑るようにして人型へと変わる。
膝を立て、左手で地面を穿つようにブレーキをかけると、右手でマスクを取り付ける。
「風王忍者ロウガ、参上ぉ〜っと」
新たな忍巨兵とその忍者の登場に陽平は小さく溜息をついた。
「今度は風王かよ。っていうか……」
そのノリはやめろと肩を落としたまま頭を振る。
しかし、獣王は先ほどと同じく激しく動揺しており、信じたくないとばかりに頭を振る。
「クロス、いったいどうしたんだよ?」
「あれが……、あれが本当にロウガだというのか」
陽平の言葉が聞こえていないのか、獣王の獅子が悲しそうな、泣き出しそうな咆哮をあげる。
「クロス……?」
今までにないほど動揺を見せるパートナーの姿に、陽平も不安の色見せる。
「……後で話そう」
「絶対だぞ」
その言葉に頷く獣王に、陽平は満足そうに頷き返す。
一方、炎王と風王はというと──。
「ロウガ、いつまで待たせるつもりですか……」
「アハハ。ゴメンゴメン〜」
炎王の不満を隠そうともしない呟きに、風王は愛想笑いで誤魔化してみる。
赤い鳥と青い狼の忍巨兵の揃い踏みに、陽平は感嘆の声を漏らす。
「しっかし、まさか二体同時に見つかるなんて思わなかったぜ……」
他の忍巨兵は何処に、などと考えていたのが昨日だけに、その感慨はひとしおである。
風王は風王で、陽平の言葉が聞こえたのか、こちらを振り返ると調子づいてピースサインを見せてくる。
だが油断しすぎだ。音もなく風王の背後に現れた赤い姿に、陽平と獣王の顔色が変わる。
その姿は間違えようもない。今まさに自分が、忍邪兵クロスフウガの獣爪が、風王に振り下ろされようとしている。
「危ねぇっ!?」
「ん〜、なにが?」
まったく気がついていないというのか、呑気な風王の声に陽平は苛立ち混じりに声を荒げた。
「バカ野郎! 後ろだ!!」
しかし、そんな陽平に反して風王──柊の声はあっけらかんとしていて……、
「あー、これ? ダイジョー……ブ!」
笑顔で背後を指さす風王は、獣爪を紙一重でかわすと、背後に打ち上げるような鋭い蹴りを突き上げる。
炎王のとき同様に完璧とも思えるタイミングのカウンターに、声を荒げた陽平の方が目を丸くする。
豪快な音を立て、派手に背中から倒れた忍邪兵を振り返り、風王はへへっ、と得意げな表情を浮かべる。
「オイラの不意をつくなら、もうちょっと修行が必要だネ」
「それは貴方の方。本当なら今ので決めるべきです」
倒れた忍邪兵を見下ろすように歩み寄る炎王の言葉に、風王は我関せずとそっぽを向く。
「ま、これ以上こんなやつに時間割かれるのもヤダし、早いトコ終わらせちゃうか」
「ですね」
あくまで自分を曲げない風王に、呆れたが、しかしその件については同感だと炎王が同意する。
(しかしなんだ。こいつらを見ていると自分が周囲にどう映っているかがわかった気がする……)
今一つ見せ場がないだけに、こんな今はどうでもいいことを考える陽平を尻目に、風魔兄妹は不敵な笑みを浮かべる。
ふと見れば、立ち上がる忍邪兵クロスフウガに向かって、炎王と風王が駆け出していた。
忍邪兵も咄嗟にロウガに変化するが間に合わない。炎王が横を通り過ぎた瞬間、翼から発射された羽型クナイ──フェザーダーツが忍邪兵の全身で爆発する。
「とぉりゃああああっ!!」
間髪入れず、風王の跳び蹴りが頭部に直撃し、忍邪兵ロウガは大きく後ろへ仰け反った。
しかし、敵とはわかっていても自分の姿をしたものに攻撃を加えるというのはあまり気分のいいものではない。
だが、二人の行動はそこで止まりはしない。
「風魔流、炎刃【えんじん】!」
炎に包まれた炎王の忍者刀が、仰け反った忍邪兵の背中に突き立てられる。
「風魔流風刃【ふうじん】!!」
跳躍した風王が、風を纏った忍者刀を逆手に、仰け反った胸元へと突き立てる。
二人の刀が内部で交差した瞬間、空気を大量に含んだ風の影響を受け、炎が一気に膨れ上がった。
「「風魔流方陣技、双獣風炎殺!!【ふうまりゅうほうじんぎそうじゅうふうえんさつ】」」
爆発と同時に二人は忍者刀を引き抜くと、互いに正面と背面にある人間でいう急所や筋などを次々に高速で切断していく。
息の合った見事なコンビネーションに、陽平が喉をごくりと鳴らす。
「あいつら、すごすぎるぜ……」
「獣王のアニキもなにボサっとしてンのさ!」
声に視線を向ければ、風王がお前も来いとばかりに腕を振る。
「見せていただけるんですよね。獣王の力……」
そんな炎王の言葉で、陽平の中に火が点いた。
「こいつぁ負けられねぇだろ!」
後ろ腰から斬影刀を引き抜き、完全に為す術のない忍邪兵に狙いをつける。
やるからには一撃で確実に仕留める。
「二人ともどけぇ!!」
陽平の声に、炎王と風王が忍邪兵を蹴って距離を取る。
離れる間際でさえも陽平の為に相手の体勢を崩していく彼らに、どこか負けたような気持ちになりながらも、陽平は獣王のバーニアで一気に目視できない速度まで加速した。
「くらえっ! 霞斬りッ!!」
シュピィィィ……ン、と風切り音が鳴る。それと同時に、膝を立てた獣王の姿が忍邪兵の背後に現れ、ゆっくりと斬影刀を後ろ腰に納めていく。
「成敗ッ!!」
パチンっ、という音と共に獣王の声が響き、忍邪兵の身体はズルリと二つになる。
盛大な爆炎を背に立ち上がる獣王は、歩み寄る炎王と風王を振り返り、いつものように勝利の咆哮を上げた。
「ウンウン。やっぱヒーローはこうビシっとキメなきゃね〜!」
「ひ、ひーろー?」
忍巨兵の外に姿を見せるウインドフウマこと風魔柊の突発的な発言に、陽平の肩がずるりと落ちる。
「そ。アニキはヒーローなんだから、最後くらいはビシっとキメなきゃ」
最後くらいは、という部分に言いたいことは山のようにあるが、悔しいかな。今回は確かに最後くらいにしか陽平の見せ場はなかったわけだ。
「なんなんだよそりゃ。そもそも、その"アニキ"ってなんだよ」
「アニキはアニキ。オイラのアニキだよ」
「だー! わけのわからんことを!!」
アニキが出来たと喜ぶ柊と、それに抗議の声を漏らす陽平をよそに、ファイアフウマこと風魔楓は陽平の姿に落胆の色を見せていた。
「これが忍び頭となるべきひと? これが私の仕えるひと?」
楓の視線の先では、シャドウフウガこと陽平が、柊にまとわりつかれている。
傍から見れば主人にじゃれつく犬といったところか。だがそれ以上に、陽平に期待を裏切られたことが楓の神経を逆撫でする。
風魔のクノイチとして生まれ育った楓は、いつか己が仕える忍び頭を夢見ていた。そのひとのためならば己の人生をかけ、己の命さえかけてもついていこうと思っていた。
だが、風魔の現当主である父が仕えよと命をくだしたのは、今目の前にいるこのどこにでもいそうなただの少年。
確かに忍者としての素質はある。一般人では束になっても敵わないかもしれない。しかし、先ほどの戦闘を見る限りでは、彼は獣王の力に頼りきっていた。
「私は……認めない」
楓の拳が自然と強く握り締められる。
「ん、どうした?」
異変に気づいたのか、はたまた気がかりになっただけか。振り返った陽平に、楓の唇が確かに言葉を紡いだ。
「こんな……弱いひと」
「……え?」
そんな楓の呟きに応えたかのように、強い風が三体の忍巨兵を吹き抜けていった……。
<次回予告>
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