「痛っ! あ痛たたたぁっ!」
風魔家の居間で上がる悲鳴に、光海は知るもんかとそっぽを向く。
救急箱から新しいガーゼを取り出し、楓は再び消毒液を塗りつける。
「いや、痛ぇってば!」
「これでも優しくしているつもりなんですが……」
ひょっとしたら自分は不器用なのかもしれない。そんな思いにしゅん、としょげ返る楓に、光海は頭を振る。
「甘えてるだけよ。だいたい、ヨーヘーが悪いんだからね?」
そんなことはわかっているのだが、少しくらい優しい言葉をかけてほしいものだと、内心で不満を呟く。
「治療は終わりましたか?」
今までどこに行っていたのやら。帰ってきた椿に陽平と光海は頭を下げ、楓はもう少しと包帯を巻き始める。
机を挟んで向かいに座る椿は、そんな様子を微笑ましく眺めていた。
「そういえば柊がいねぇな」
つい先ほどまではいたと思ったのだが。きょろきょろと視線を巡らせる陽平に、椿が竹林の方へと指を差す。
「逃げたわね」
楓の呟きに、陽平と光海が揃って苦笑を浮かべる。
「そういえば椿さんは今まで何処に?」
「少し電話を。どうしても確認したいことがありましたから」
どうやらその確認したいことというのは陽平に関係あるらしく、椿の視線は先ほどから陽平に固定されたままだ。
妙に居心地の悪さを感じて後頭部をかく陽平に、椿はコロコロと実に楽しそうな笑みを浮かべる。
「な、なんですか?」
「いえ、案外シャイなんですね、と思っただけです」
椿の言葉に二の句が続かないのか、陽平は困ったように首をさする。
「実は、今し方私は風雅の当主と話をしていたんです」
その言葉に翡翠以外の三人の視線が椿に集まる。
「椿さんは……、その当主に会ったことがあるんですか?」
驚く陽平の言葉に椿は小さく、だが確かに頷いた。
「私の知りたかったこと。それは貴方の出生についてです。陽平くん」
「俺の……?」
出生と言われても、なにか特別なことがあったなどと聞いた覚えはない。もっとも、雅夫が故意に隠している可能性を否定できない以上、なにもなかったと断言はできないのだが。
そんな陽平の葛藤に、心配ないと頷く椿は、静かに陽平の目を指さした。
「陽平くんの目、その瞳の力はもうお気づきになっていると思います」
椿に指摘され、陽平の心臓が早鐘を打つように高まっていく。
瞳の秘密。それは陽平が中学になったばかりの頃から少し気になりだしていたことだった。
一度見た動きを確実に瞳が焼き付け、陽平自身がまったく同じ動きを行うという、いわゆるコピー能力。
原理などわかるわけがない。ただ、気がつけば自分は人の真似をするのが得意になっていた。だから必死に動体視力をつけ、雅夫の動きを確実に盗んでいったのだが……。
陽平の表情が変わったことに満足したのか、椿はゆっくりと手を下ろし……、
「それは、風雅の発祥地であるリードと呼ばれた星の人だけが、それも一部の人だけが持つことを許された力です」
リードという単語に、翡翠がここでようやく顔を上げる。
リードは翡翠の生まれ故郷であり、ここ地球からは四百年ほどかかる距離にあるという惑星のことだ。
ガーナ・オーダの侵略に合って滅びたと聞いていたが、まさかここでその単語が出てくるとは思いも寄らなかった。
「リードのって、どういうことですか? 俺は生まれも育ちも地球だったと思いますけど」
隣に座る幼馴染が頷くだけに、その記憶に誤りはないはずだ。
「正確にはリードの、風雅直結の血筋の人間だということです」
椿の告白に、陽平はややうつむき加減に言葉を紡ぐ。
「……クロスに風雅の子孫だって話は聞いてました」
「陽平くん」
光海や楓の位置からはその表情を見ることはできない。しかし、椿が心配そうに声をかけるものだからてっきりショックでも受けているのかと思えば……、
「顔、ニヤけていますよ」
椿の言うとおり、陽平の表情は完全にデッサンが崩れていた。
勇者忍者発祥の地だけに、その喜びはひとしお。まぁ、無理もない。
「話を戻しますが……、陽平くんの瞳の名は"鬼眼【きがん】"。当時栄えていたリードでも、それを持つ者が十人にも満たなかったというほどの秘術です」
「秘術?」
思わず聞き返す陽平に椿が頷く。
「リードの祖先、涙姫【るいひめ】と呼ばれた者が持っていた能力で、その直結である血筋の人間以外には発現することはなかったもの。彼女が己にかけた術とも、備えていた能力とも伝わっているそうですが、確かなことはわからないようです」
その説明に感心したように楓と光海が陽平の顔を覗き込む。いや、正確には両の眼なのだが。
「ンなじろじろ見るなよ」
見せ物じゃない、と照れながら顔を逸らす陽平に、光海も楓もすまなさそうに離れていく。
「でも、俺がそうだっていうなら翡翠はどうなんだ? 翡翠はリードの姫なんだし……」
陽平の言葉はもっともだと、今度は翡翠に視線が集まる。
しかし、当の翡翠は知らないとばかりに小さく頭を振った。
確かに、こんな少女が人の動きをコピーできるような瞳を持っているとはあまり考えにくい。
「まぁ、人の真似するのは好きみたいだけどな」
そう言って頭を撫でてやれば、翡翠はくすぐったそうに目を細める。
「少し勘違いをなさっているようですが、鬼眼はコピー能力だけではないようですよ」
「へ?」
鬼眼の話にはまだ続きがあるとばかりに微笑む椿に、陽平が素っ頓狂な声をあげる。
「鬼眼を持つ者の中には、人の心を読む者や、未来を見る者、それに人の潜在能力を引き出す力を持った者までいたそうです」
「同じ鬼眼でも能力の内容は人それぞれってことですか?」
光海の疑問に椿は頷いた。
つまり、ひょっとしたら自分でも知らないうちに、翡翠も鬼眼を使っているのかもしれないということか。
「鬼眼にはなンか特徴とかないんですか? ほら、"瞳孔がやたら開いてる"とか」
「先輩の目は普通なようですけど」
間髪入れぬ楓の指摘に、陽平はぐぅの音も出ない。
しかしそうなると、やはり見ただけで鬼眼と判断するのは難しいということになる。
「でも、これでさっきの疑問に答えが出ました」
陽平と戦いながら、楓は何度も別人を相手にしているような錯覚に囚われていた。しかし、それが誰かの動きをコピーしたものだというのならば全て合点がいく。
しかし、陽平の疑問は既に別の相手を捉えていた。
「あの、ひょっとして風雅の当主も……」
鬼眼の持ち主なんですか? そう尋ねようとした瞬間、屋敷全体が大きく揺さぶられ、それと同時に柊が庭へと飛び込んでくる。
塀の向こうからはバキバキ、と竹がへし折られる音が聞こえ、一同に動揺が奔る。
「アニキ! 忍邪兵が落ちてきた!」
「落ち……って、なんだと!?」
柊の言葉に陽平が勢い良く立ち上がる。
「あいつら、また翡翠のこと狙って来やがったのか!?」
だが、当の翡翠に不安の色は見えない。だからといって、このまま放置するわけにはいかない。
ふとズボンの裾を引かれて振り返れば、翡翠の小さな手が包帯を巻かれた陽平の手をそっと取る。
「ようへい……」
「大人しく待ってろよ。すぐにぶっ倒して帰ってくるからな」
暖かな眼差しで翡翠を撫でると、陽平は勢い良く庭へと飛び出していく。
すぐに光海たちも後を追い、庭から塀越しに近づいてくるなにかに身構える。
「ヨーヘー、怪我してるのに……!」
「こんなもンなんともねーよ。それに……」
陽平の両隣に柊と楓が控え、三人はそれぞれ獣王式フウガクナイ、風王式風魔手裏剣、炎王式七首を構える。
「今日は強ぇ味方がいるからな!」
陽平が地面を突き、柊は手裏剣を空に投げ、楓が七首の鞘を鳴らす。
「「「忍衣着装っ【にんいちゃくそう】!!」」」
三人の声が重なり、それぞれ影、風、炎が身体を覆っていく。
影衣、風陣、炎羽を身に纏い、風雅と風魔の連合軍が四百年の時を超えてここに甦る。
「光海もいくぜ! 風雅流……」
「「「「忍巨兵之術っ!!」」」」
陽平の号令に合わせ、四人が同時に忍器を発動する。
二つの勾玉と二つの紋様が輝き、四色の光が自然界の王たちをここに呼び起こす。
「森王忍者、コウガッ!!」
「風王忍者ロウガっ!!」
「炎王忍者……クウガ!」
「獣王式忍者合体……」
陽平を守るように緑、青、赤の忍巨兵が現れ、その中心で獣王は紅の鎧を身に纏う。
額飾りの水晶が輝きを放ち、風雅の印が眩しく浮かび上がる。
「クロスッフウガァァッ!!」
風魔家を守るようにそびえる四体の忍巨兵を前に、それは竹林をへし折りながらゆっくりと姿を現していく。
大きな丸かと思われたそれは、粘り気の強い身体を吐き出し、その重い鎌首を持ち上げた。
「……おい」
思わず陽平がツッコみ、柊と楓が絶句する。唯一忍巨兵の外にいた光海はと言うと……、
「いやあああああっ!」
目幅の涙を豪快に流していた。
「よりにもよってカタツムリってのは、どーゆー素材の選び方してやがる?」
ふとギオルネの姿を思い返し、あまり深く考えないことにした。
「先輩っ!」
楓の声に顔をあげれば、カタツムリ忍邪兵の吐き出した強力な酸が目の前に迫る。
「げっ!?」
腕で顔を守ろうとするが間に合わない。
「あっ、まぁーい!」
刹那、風王の蹴りが真空を生み出し、カマイタチとなって酸を撃ち落す。
「もういっちょ!」
だが、続けざまに回し蹴りで飛ばしたカマイタチは、忍邪兵の甲羅に阻まれてかき消える。 想像以上の強度に得意の蹴りが通じず、柊がつまらなさそうに舌打ちする。
「ならこいつでどうだっ! 裂岩っ!」
獣王の背中から翼が分解すると、巨大十字手裏剣となって忍邪兵に襲いかかる。
だが、命中の瞬間に忍邪兵は身体を甲羅に収め、裂岩さえも容易く弾き返す。
「クソ硬ぇ! だが、そのままじゃ攻撃なんかできねぇだろ!?」
なにしろ甲羅に閉じこもっているのだ。できることて言えば、転がるくらいしか……。
そう思った瞬間、忍邪兵がゆっくりと転がり始める。
「なにぃ!?」
案の定、忍邪兵は甲羅を高速回転させると、カタツムリとは思えない速度で襲いかかる。
咄嗟に回避して難を逃れるが、忍邪兵の回転は一向に止まる気配を見せず、走り抜けた後は急カーブして反転すると再び忍巨兵目掛けて襲い掛かってくる。
思わずどういう三半規管になっているか気になったが、余計なことを考えている間にも飛行能力を持たない森王と風王が必死に回避運動を続けている。
「くそっ、あいつの甲羅が突破できねぇ!」
回転することで獣王のシュートブラスターさえも易々と弾き返すだけに始末に負えない。下手をするとバスターアーチェリーの光矢一点さえも弾きかねない装甲に、四人は揃えて舌を巻く。
「コウガっ、武装合体! 風雅流、召忍獣之術っ!」
光海のセンテンスアローから放たれた光が猪型忍獣センキを召還すると、森王は光海と融合することで森王之射手へと武装する。
「土遁っ、爆砕矢!【ばくさいし】」
真正面から襲いかかる忍邪兵に、森王之射手から無数のミサイルが放たれ、次々に着弾して爆炎を巻き上げる攻撃に、光海はしくじったとばかりに声を漏らす。
「視界が……」
呟いた瞬間、巻き上げられた煙のカーテンを突き破り、忍邪兵が襲い掛かる。
両手を突き出して押し返そうとするがいかんせん、力では到底及ばない。
「く……、ぅぅぅ……ッ! だ、ダメだ、抑えきれない!!」
咄嗟に離れるが森王の手は弓を構えられないほどにダメージを負い、光海もまた、両手に奔る痛みに唇を噛む。
「てぇめぇッ! これでも喰らいやがれぇ!」
陽平の咆哮と共に、森王に追い打ちをかけようとする忍邪兵に、斬影刀を構えた獣王が飛び込んでいく。
「霞斬りぃッ!」
不可視の速度まで加速して、瞬く間に忍邪兵を切りつけるが、斬影刀でも歯が立たないのか、森王もろとも高々と弾き飛ばされ、竹の生い茂る地面に叩きつけられる。
「アニキぃ! チクショウ、こうなったらオイラが!」
「だめよ。風王の攻撃力じゃあの装甲を突破できない」
楓の視線が戦場を縦横無尽に駆け巡り、少しでも判断材料を増やしてく。
忍邪兵の装甲、回転力、突進力、獣王の性能と陽平の能力、森王と光海のダメージ、そして……、
「私たち自身……」
無言のままふわりと舞い降りた炎王に、風王はまさかと振り返る。
「双頭獣を使うのか?」
「それしか、この状況を覆せないなら」
迫り来る忍邪兵の突進を跳躍でかわし、風王と炎王が着地と同時に頷いた。
「ロウガ! クウガ! どうするつもりだ!?」
足を止める二人に陽平が叫ぶ。このままではいい的にされる。
「陽平、彼らは合体をするつもりだ!」
獣王の言葉に、陽平がならばと飛び上がる。
「もし彼らがあのロウガとクウガであるなら合体は可能だ。しかし……」
獣王の知る忍巨兵ではない風王と炎王が、獣王の想像通りにいくかどうか。
「俺が時間を稼ぐ! 今のうちにやれ!」
上空からクロスショットで牽制を繰り返し、二振りの斬影刀を抜いて降下する獣王に、忍邪兵が急ブレーキと同時に巨大な瞳を伸ばす。
「こンのおぉ! ふざけろよっ!」
伸びる目を左の刀で捌き、右の刀で切り落とす。勢いを緩めることなく突貫する獣王に、忍邪兵は再び甲羅に閉じこもって全ての斬撃を弾き返す。
「クウガ、今だっ!」
ロウガの言葉に、クウガが頷いた。
互いに忍器である風魔手裏剣と匕首を構えると、取り出した青と赤の勾玉を忍器にある窪みにはめ込んだ。
勾玉に連動して風魔手裏剣が展開するように刃が伸び、匕首の刀身もまた展開して一枚の羽を模る。
「「風魔流、忍巨兵が奥義っ! 表裏一体っ!」」
弾かれたように飛び出した二体が上空へと舞い上がる。
風王と柊、炎王と楓のリンクが切断され、二機が合体のための変形に入る。
風王が各部の変形を繰り返し、胸から下半身を補うパーツへと変わる。それを背中から覆うように背後から炎王が組み合わさり、両腕と背中、そして頭部を形成していく。
「「ブレストシステム、バードヘッドっ!」」
胸の位置にあった狼の頭が収納されると、鳥の頭が胸部へと下り、人型の頭部がせり上がる。
「「双頭獣忍者合体っ!」」
額飾りが反転して赤い水晶が現れる。 炎王の紋様が浮かび上がり、新たな合体勇者が翼を羽ばたかせる。
「「ダブルッフウマァァっ!!」」
炎の竜巻を纏い舞い降りる双頭獣に、周囲の大気がビリビリと震える。
攻撃の通じない忍邪兵を相手にしていた獣王までもが振り返る中、ダブルフウマ胸部の鳥が喉を鳴らす。
「いけるよ、楓」
柊の言葉に頷き、楓は双頭獣に集まる炎を胸へと集中していく。
鳥が頭大の火球を生み出し、双頭獣が後ろへ弾かれるように飛び上がる。
「バーストフレアっ!」
何度もうねりながら飛ぶ火球は、忍邪兵の甲羅に着弾して大爆発を起こす。
「うおっ!? す、すげぇっ!」
その凄まじい威力に思わず陽平が声をあげるが、柊は立ち上る煙に頭を振る。
「いンや、あれじゃダメだよ」
あれしきで倒せるなら森王の一撃で破壊出来るはずだと、楓も柊と同意見らしい。
案の定、回転して突進する忍邪兵に、双頭獣は易々と跳躍することで回避する。
多少早いかもしれないがこの程度。来るとわかっていれば当たる道理はない。
回避運動を取りながらスラッシュクローをアンカー状に伸ばして攻撃を加えてみるが、やはり効果は薄いようだ。
「やっぱしこの状態じゃ無理かな?」
「そうね」
翼から無数の羽手裏剣──フェザーレインを発射するが、やはりこれも効果は薄い。
「やはりこれを倒すには下からの攻撃しかない」
甲羅の穴がある場所、すなわち忍邪兵の底。しかし、回転している以上、上手く動きを止めて持ち上げるしかない。
再び楓の視線がなにか使えるものはないかと戦場を駆け巡る。
「森王……そうだ!」
忍邪兵の酸をかわし、双頭獣は森王を振り返る。
「森王っ、木遁を!」
すぐに指示の意図を理解した森王は、巫女である光海の巫力を術に編み上げていく。
「巫術木霊を確認。木遁、大樹林っ!!【だいじゅりん】」
両の掌を大地に叩きつけると、途端に周囲の竹林が急成長を始めていく。
「なら俺たちの出番はここだぜ!」
「応っ!!」
裂岩を次々に切り離し、忍邪兵の周囲を覆うバリケードを作り出すと、着地と同時に掌を大地に叩きつける。
「土遁っ爆裂畳替えしぃっ!」
刹那、地面が爆発したかのように盛り上がり、忍邪兵を森王の成長させた部位へ弾き飛ばす。
「「ブレストシステム、ウルフヘッド!!」」
胸部の鳥が首ごと背中へと回り、ゆらりとうねる尾に変わる。
風王と炎王の合体部の噛み合わせが一瞬だけ離れると、狼の頭が回転して胸部に収まる。
再び噛み合わせががっちりと繋がり、人型の頭部がせり上がる。
両腕のスラッシュクローが起き上がり、翼を小さく収納すると、額飾りが反転して青い水晶がキラリと輝いた。
浮かび上がる風王の印に、柊の不敵な笑みが重なっていく。
「「双頭獣忍者合体っ、ダブルフウマ・ビーストッ!!」」
高速で回転しながら着地するダブルフウマ・ビーストの周囲に突風が巻き起こり、着地点がクレーターのように陥没する。
この間、僅か二秒の変形であった。
「ダブルフウマの形が変わった!?」
驚く陽平の目の前まで疾走すると、忍邪兵めがけて瞬く間に跳躍する。
獣王さえも凌ぐ驚異的な運動性は、落下を始めた忍邪兵を空中で再び蹴り上げる。
飛行能力を持たないビースト形態のはずが、器用なことに蹴り上げた忍邪兵にアンカーを繋ぐことで、自らの脚力で徐々に舞い上がっていく。
「せぇ〜……のっ!」
かけ声と共にアンカーを切り離すと、渾身の力で忍邪兵を蹴り飛ばし、くるくると回転しながら着地する。
「柊っ!」
「あいよっ! 超ッひっさぁぁつ……──」
竜巻を纏う双頭獣は尾を叩きつけて飛び上がり、全身の風を右足へと集中する。
落下する忍邪兵に合わせて振りかぶると、絶好のタイミングで蹴りを突き刺した。
「ビイィィストッ、ストライクゥッ!!」
あれほどの強固さを見せつけた甲羅を一撃の下に蹴り砕き、頭上で組み合わせた拳で地上へと叩き落とす。
「「ブレストシステム、バードヘッドっ!」」
とっさにダブルフウマへと形態を変え、落下する忍邪兵を追撃する。
「先輩っ!」
「任せろっ!」
楓の叫びに獣王が斬影刀の双剣を構え、双頭獣もまた鎖鎌、闇風を構える。
地を蹴って飛び上がる獣王が風を纏い、空中で再び加速すると、突風に姿を変えて忍邪兵めがけ突進する。
「風魔流双陣技っ!!」
「裂空双飛閃っ!!【れっくうそうひせん】」
二つの飛閃が交じり合い、甲羅という盾を失った忍邪兵が文字通りバラバラに切断される。
まるでスローモーションのように獣王と双頭獣が同時に着地すると、忍邪兵が空中で盛大な花火であるかのように爆発四散する。
爆炎を背景に舞い降りた獣王は双頭獣に並び立つと、共に勝利の咆哮を上げる。
風雅と風魔の初陣は、こうしてクロスフウガとダブルフウマの固い握手によって幕を下ろした。
あれから、竹林の消火活動と再生活動を終えた陽平たちも帰宅して、椿は一人、庭に佇んでいた。
昼間の騒々しさが嘘のような静けさに、椿は少しセンチメンタルな気分に浸りながら細い月を指でなぞる。
風雅の当主は言っていた。風雅陽平はこの戦を終わらせる勇者忍者であると。
もちろん、そのことに異論はない。しかし、彼が戦うことで想像以上のなにかが現れる。そんな予感が椿の中から一向に消えようとしない。
「私の考えすぎであればいいのですが……」
守るべき主であり、親友でもあるあの子ならどう思うだろうか。考えすぎだと笑ってくれるのだろうか。
椿は、風雅の当主に今日の出来事を報告した際、ある言葉を口にしている。
「彼は近い将来、新たな王となる」
未だ眠りから覚めぬ獣に椿は願う。どうか、若き忍びたちを守りたまえ。
ふと空を見上げた瞬間、横切るように星が流れた。
流れ星。そう思ったのも束の間、光は転進するとこちらへと近づいてくる。
目を凝らし、徐々に近づくその姿を認めた瞬間、椿は珍しく驚愕の表情を見せる。
「そんな、あれは……」
風魔家の塀越しに降りたそれに、椿は自分でも気付かぬうちに歩み寄っていた。
「黒い……獣王!?」
椿の声に気付いたのか、黒い獣王は身を屈めると、固く閉ざしていた顎を大きく開いていく。
刹那、凄まじい冷気が辺りに霧散していくのに疑問を抱きながらも、椿は口の中で何かが動いたのを見逃さなかった。
「……ひと?」
黒い上下に身を包み、左半面を不気味な銀の仮面で覆った青年は、上体を起こしながら己の掌をじっと見つめている。
まるで永い眠りから覚めたかのような姿に、椿は一つの仮説を立てていた。
「まさか、リードの生き残り……」
そう考えた瞬間、黒衣の青年は黒い獣王の口から表に出ると、椿に鋭い視線を向ける。
睨まれただけで胸を貫かれたような気がした。
「これほどの殺気を放つ人物に会ったのは四人目ですね」
一人は父、そしてもう一人は母。三人目は生まれて初めて負けた相手、風雅雅夫。そしてこの男。
いつでも攻撃に移れる状態のままで様子を伺っていると、青年の方が待ちきれなくなったのか、先に口を開いた。
「獣王がいるのはここか?」
その言葉に椿は答えない。それを抵抗と取ったのか、青年が一歩、また一歩と椿へ歩み寄る。
「それを聞いてどうするつもりです」
椿の言葉に、青年は歩みを止め黒い獣王を振り返る。
「知れたこと」
腰に輝く獣王式フウガクナイが月明かりに照らされる。
どう出るか決めあぐめているうちに、青年は黒光りするクナイを抜き放つ。その切っ先が椿を向いた瞬間、彼は確かに口にした。
「俺が獣王を殺す」
<次回予告>
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