足下に黒い旋風を生み出したジェノサイドダークロウズが地上に舞い降りる。
 その漆黒に彩られた衣を身にまとうダークロウズが全身から噴き出しているのは、あの玻璃という少女の巫力なのだろうか。感じられる巫力の総量は、どう少なく見積もっても陽平のそれを遥かに上回っている。
 両肩の鳥頭もまるで生きているように瞳を動かし、全部で五つの瞳がこちらを見据えている。ただひとつ、生きているような左目だけが常に明後日の方向を向いているのはどういうことなのだろうか。いや、それ以前に……。
 次から次に浮かび上がる疑問を振り払い、陽平はヴァルフウガに蒼天之牙を引き抜かせる。
 先ほど、あの双頭の忍獣は風遁煌陣の風を翼で引き裂いている。いかに格闘に優れた調整をされているヴァルフウガとて、竜巻を引き裂くほどの刃物に対して拳ひとつで攻めようなどとは思わない。
 身構えるクロスフウガとヴァルフウガの前で突き立てていた槍を悠々と引き抜いたジェノサイドダークロウズは、幾重にも重なった弧を描く黒い刃の翼を一枚だけ切り離すと、上下を逆さにした槍の先端へ刃翼を繋ぎ合わせる。
 黒塗りの大鎌。どうやらこれがジェノサイドダークロウズの武器らしい。
 大鎌をこちらに向けてユラリと構える姿を不気味と感じながらも、陽平は少しずつジェノサイドダークロウズとの間合いを詰めていく。
 相手は鎌。それも死神が持っているような大鎌だ。一撃の破壊力は大きくとも懐に入り込めば大きすぎる刃は邪魔になる。
「どうした。来ないならこちらから行かせてもらうぞ」
 来る。そう思ったときには既に視界いっぱいに広がる黒い翼が頭上から陽平を見下ろしていた。
 腰を軸に振り抜かれた大鎌をスウェーバックでかわすと、仰け反る勢いを利用して背中で着地。ハンドスプリングの要領で蹴りをお見舞いする。
 ヴァルフウガの蹴りを大鎌の柄で受け止め、間髪いれずに攻撃に加わるクロスフウガの斬影刀を大鎌を回転させることで近づけさせない。さらにこちらが距離を取ろうものなら切り離した刃翼の嵐のような攻撃がクロスフウガとヴァルフウガに襲い掛かる。
 獣王と竜王を相手にこれほどの攻防を繰り広げられる忍巨兵など、片手で足りるほどしか陽平の記憶にない。
 強敵だ。そんな意識が深まる中、陽平の目がジェノサイドダークロウズの奇妙な動きを捉えていた。
 常に明後日の方を向いていたはずの左目が、突然こちらを射抜くような視線で見定めてきた。
 蒼天之牙を握る手に自然と力がこもり、相手が動くと同時にこちらも飛び出した。
「なんだか知らねぇがその薄気味悪ィ目玉、くりぬいてやる!」
「そのナマクラでできるものならな!」
 ナマクラと言われるような切れ味でないことは陽平自身が一番良く知っている。
 風牙で切れ味を増した蒼天之牙を突き出し、文字通り目玉をくりぬいてやろうと動いたその瞬間、体を捌くことでそれをやり過ごしたジェノサイドダークロウズは、あろうことか大鎌を蒼天之牙目掛けて振りぬいた。
「"切れろ"」
「なにッ!?」
 大鎌が蒼天之牙の刀身を捉えた瞬間、まるで豆腐に包丁を通しているかのごとくなんのひっかかりもなしに鋼の刃が真ん中から両断される。
 ありえない。叩き折るのでも、刃こぼれさせたわけでもなく、蒼天之牙を切ったのだ。
 あの大鎌はそれほどの切れ味を有しているというのだろうか。混乱する思考の中、左腕の遁煌で突風を生み出しジェノサイドダークロウズを押し退けると、両肩のヴァルショットを撃ち散らせて視界を塞ぐ。
「裂岩ッ!」
 追撃するクロスフウガの十字手裏剣。だがそれを一瞥したジェノサイドダークロウズは、再び「切れろ」と呟くと手にした大鎌でそれを両断してみせた。
「な、なンなんだよあの鎌は!?」
「恐るべき切れ味だ。蒼天之牙どころか裂岩までも断ち切るとは……」
「ククッ。我が力に恐れおののき死んでいけ! 忍巨兵!!」
 ジェノサイドダークロウズの放つ突風にクロスフウガとヴァルフウガが後方へ吹っ飛ばされる。風遁まで操れるのかと驚愕の眼で顔を上げた瞬間、風に乗った無数の刃翼が無雑作に降り注いでくる。
 あれほどの切れ味。ただの一撃も食らうわけにはいかない。
「にゃろぉ、こうなったらマスタークロスフウガで……!」
「だめだ。我々の合体にはフウガマスター以上の権限が必要になる!」
「今更そんなこと言ってる場合かよ!?」
「獣帝への合体に制約が用意された理由を思い出すんだ。よしんばこの相手に勝てたとして、その後どうする。ここは砦の真っ只中だ」
 合体の反動で身動きの取れないクロスフウガとヴァルフウガは、なんの抵抗もできずに国連軍に拿捕されることになる。それだけは、なんとしてでも回避しなければならない。
「どうした! いい加減あの姿を見せたらどうだ! このジェノサイドダークロウズにとって獣王が敵でない今、あの忍巨兵の首を取ってこそ我が乾きは満たされる!」
 脇で挟むように獣王のシュートブラスターに似た砲身がジェノサイドダークロウズの背中から展開する。
 シュートブラスターとは違い砲身そのものがガトリング砲になっており、息をつく暇もないほどに降り注ぐ銃弾が着弾と同時に火柱を上げる。
「くそっ! 好き勝手言いやがって」
「しかし強い。それだけは確かだ」
 クロスフウガの的確な感想に苦笑をもらしつつも、陽平は次々に土遁で地面を捲り上げて盾代わりにしていく。あの攻撃力に対して気休め程度にしかならないが、ないよりは断然マシだ。
 案の定、岩壁のバリケードに刃翼がいくつも突き刺さったかと思うと、銃弾の嵐が壁をあっという間に削り取っていく。
 とっさに逃げ出したクロスフウガが無数の裂岩を飛ばし、ヴァルフウガがそれに続くように無数の蒼裂を投げつける。
「無駄なあがきを。すべて"切れろ"!」
 投げられた大鎌が車輪のように回転しながら大半の裂岩と蒼裂を切り裂き、射線上のクロスフウガに襲い掛かる。
「させるかよッ!」
 とっさにヴァルフウガをヴァルガーに変化させた陽平は、竜の顎で文字通り大鎌を受け止めると、再びヴァルフウガの姿で大鎌を振りかぶる。
「てぇめぇの自慢の武器だ。こいつならちったぁ堪えるだろ!」
 ガトリング砲の嵐をかいくぐり、ジェノサイドダークロウズの背後を取ったヴァルフウガは手にした大鎌を勢いに乗せて一閃する。
 しかしそんな大鎌の一閃を受け止めたのは、同質の硬度を持つジェノサイドダークロウズの翼であった。
 肩越しにこちらを振り返る左目がヴァルフウガの姿を捉えると、ジェノサイドダークロウズはまるで呪詛のように「切れろ」と呟いた。
 まずい。本能的に危険を察知した陽平は翼に挟まった大鎌を手放し、刃翼に触れないよう可能な限り迅速に、そして確実に距離を取る。
 すぐに確認したがヴァルフウガの身体に異常は見受けられない。どうやら完全に回避しきることができたようだ。
 しかしあの刃翼が脅威であることに変わりはない。やはりここは獣帝の力に頼る以外に手はない。
 意を決してクロスフウガとアイコンタクトを試みる。クロスフウガの言うとおり、この忍巨兵は一筋縄でいくような相手ではない。
 だが、そんなヴァルフウガの背後に向かって急接近する気配がひとつ。
 それを察知した陽平は新手の敵かと背後を振り返るが、視界に現れた姿に思わず我が目を疑った。
「どいてくれ、蒼い忍巨兵!」
 そんな声と共に現れた白い鳥型の機動兵器は、小型の裂岩のような武器を数発発射する。
 回避したヴァルフウガの背後で慌てた素振りもなく十字手裏剣を叩き落とすと、ジェノサイドダークロウズは忌々しいとばかりに白い鳥型に舌打ちした。
「こいつ、まさか!?」
「イクスッ!」
 驚く陽平より早く白い鳥型の名を叫んでいたのはクロスフウガだった。
「星王か!?」
 強襲するイクスの爪を回避したジェノサイドダークロウズは、左右両方のガトリング砲でイクスの翼を狙い撃つ。
 だが小型ゆえか、それともイクスの性能ゆえか、器用に回避行動を取ったイクスは地面すれすれを飛行していたかと思うと、白い鳥型から四足の獣へと姿を変える。
 鳥型よりも複雑な軌道を描いて襲い掛かるイクスは、前足の爪を振り下ろしてジェノサイドダークロウズに切りかかる。
 イクスの爪とジェノサイドダークロウズの大鎌。両者がすれ違うたびにぶつかり合う。
「切れない……」
「どうしたんだ、陽平」
「蒼天之牙が切れて、なんでイクスの爪は切れないンだよ。あれはそんなに硬ぇのか?」
 そういえばそうだと、クロスフウガもぶつかり合う二体を振り返る。
 あれほど容易く蒼天之牙や裂岩、蒼裂を切り裂いた大鎌が、イクスの爪を切れないでいるのはなぜか。
「クロス、この煉王は"口"の鬼眼を持っている! 武器の形状を変え続けろ。そうすれば"口"の鬼眼の効果はない!」
 獣型から人型へ変わるイクスは手にした手裏剣を投げつけると同時に鎖鎌を取り出し、それをジェノサイドダークロウズの大鎌に巻きつける。
「捕らえたぞ!」
 次の瞬間イクスは人型からさらに戦車のような形状に姿を変えると、設置面から大地の巫力を吸収して信じられない数の岩石ミサイルを発射する。
 ジェノサイドダークロウズに吸い込まれるように撃ち込まれていくミサイルが次々に爆発を起こし、辺りは瞬く間に火の海と化した。
「あいつ、どんだけ強ぇンだよ。それに"口"の鬼眼ってなンだよ?」
「鬼眼には大きくわけて六つの種類があると言われている」
 陽平の問いに答えたのは人型に変化したイクスだった。
「"目"、"鼻"、"耳"、"口"、"手"の五感と呼ばれる感覚に加えて、そのどれにも属さない六つ目を含める六つの力があると言われている」
 "目"の鬼眼は陽平や釧の持つ"転写"や"複写"と呼ばれるコピー能力のような目で見る力。
 "鼻"の鬼眼は嗅ぐ能力。実は風雅雅夫がこの"鼻"の鬼眼を持っており、これは"遠見"や"透視"といった探索系の能力を指す。
 "耳"の鬼眼は琥珀の持つ"読心"。目でありながら聞くとはそういうことだ。
 "口"の鬼眼は話す、すなわち放す鬼眼と言われており、見た対象に対して絶対的なキーワードを与える能力。それゆえジェノサイドダークロウズが「切れろ」というキーワードを与えることで見た対象すべてが切断されてしまったというわけだ。
 ただしこの"口"の鬼眼は他の鬼眼よりも扱いが難しく、一度の使用に大量の巫力と精神力を消耗する挙句、与えられるキーワードは限られている。また直接作用するような力ではないため「燃える」というキーワードを与えても火をくべなければ燃えることはない。
 そして"手"の鬼眼。これは触れるという意味を持ち、対象の心やトラウマ、過去の記憶に触れたりすることが可能な能力だ。
 イクスが言うにはこれら五つの鬼眼に加え、六つ目の鬼眼が存在するらしいが、その存在は明らかにされていないのだという。
 しかしこれで折れるのではなく切断された蒼天之牙の謎が明らかになった。
 まさか鬼眼を用いることで文字通り切っていたとはさすがに陽平も驚きを隠せない。
 しかしそんな陽平以上にイクスへ詰め寄ったのは、イクスの友だったクロスフウガであった。
「鬼眼の説明はいい。それよりもイクス、いったいキミは今までどこにいたんだ!」
「クロス。ボクのことを心配していてくれたのか。だけどもう心配はいらない。ボクはこの煉王を倒すことで最期の使命をまっとうする。そうすれば今度こそ本当にお別れだ」
「なにを言っている! 約束は、あの約束はどうした!」
 なおも詰め寄ろうとするクロスフウガを陽平は慌てて止めに入った。
「落ち着けよクロスフウガ。それにイクスもだ。聞きたいことも話したいことも山みてぇにあるかもしれねぇけど、とにかく一個ずつだ」
 そう言ってイクスに歩み寄ると、ヴァルフウガは膝をついて手を差し伸べた。
 一瞬不思議そうな表情をされたが、すぐに理解したとばかりにイクスはヴァルフウガの手を握り返す。
「風雅陽平。こいつは新人忍巨兵の竜王ヴァルフウガだ。話はクロスからいろいろ聞いてるよ、星王イクス」
「クロスの、今の相棒か。なんとも不思議な縁だな」
 そう言って苦笑を浮かべるイクスに、陽平は違いないと頷いた。
「イクス、この数百年間いったいどこにいたンだ?」
「決まっている。ガーナ・オーダの居城、降魔宮殿【ごうまきゅうでん】だ」
 さらりと言ってのけるイクスに今度は陽平が苦笑を浮かべる番だった。
「なにしてたンだよ」
「煉王を作っていた。ガーナ・オーダの武将秀吉によって生み出されたあれは、ボクを基に生み出された言わば兄弟。そのデータ収集や実戦テストを行い続け、もうなんど自分が破壊されたか覚えていない」
 そんななんでもないように話すイクスに、クロスフウガはわからないと頭を振った。
「ボクはもう、リードで生み出された忍巨兵じゃない。ガーナ・オーダによって何度も破壊と修理を繰り返され、あの頃の自分を一片も残さない身体に生まれ変わった」
 つまり、今のイクスはジェノサイドダークロウズと同じ完全なガーナ・オーダ製の忍巨兵ということになる。
「そして秀吉は最後の任務として、ボクに煉王を破壊しろと言った。もし勝つことができれば自由の身。勝てなければそこまで、とね」
 普通に考えれば勝てるはずがない。話を聞く限り、ジェノサイドダークロウズはイクスを徹底的に解析した結果生まれた忍巨兵だ。それに対してこんな命令を下したということはつまり、ガーナ・オーダにとってイクスはもう用済みになったということだ。
「あれは強い。忍巨兵最強と言われた迅王級、いやそれ以上かもしれない」
 最後の最後に下された命令はジェノサイドダークロウズの完成度を試す生贄になれということなのだろう。
「実際、鬼眼がなくても強ぇよ」
 パワー、スピード、運動性。そのどれを取っても最新型忍巨兵のヴァルフウガを上回っている。
「数百年もかけて作っただけはあるってことか」
 炎上するジェノサイドダークロウズを振り返り、陽平は感慨深く呟いた。
「いや。実際研究が行われていたのはせいぜい百年がいいところだ。それ以外の時間はどういうわけか誰も降魔宮殿にはいなかった」
「待てよ。それだけ強ぇやつが、一向に出てこねぇぞ」
 イクスの言葉を遮るように立ち上がり、ヴァルフウガは半歩前に踏み出した。
 決してイクスが弱いと言うわけではないのだが、あれだけの性能を持った忍巨兵がミサイルの火力だけで倒れたとは思えない。
「わざわざ説明を聞く時間をくれたつもりかよ。とことん舐めやがって」
「ククッ。そう言うな竜王。最強の身体を手にした以上、楽しみは長い方がいい」
 大鎌を振るだけで炎が消え、ジェノサイドダークロウズを中心に再び風が吹き荒れる。
 左目──鬼眼がぎょろりと動き、こちらをしっかりと見据えている。
「鬼眼対鬼眼か。上等じゃねぇか」
 もっともこの相手に対して陽平の鬼眼はあまり意味を成さない。ただひとつ、隠された能力である"記憶"を除いては、だが。
 それでもやつは倒さねばならない相手だ。ジェノサイドダークロウズを倒すことでイクスが解放されるというのならなおのこと、今この場で決着をつける以外に道はない。
「いくぜ。クロスフウガ、イクス、こいつをぶっ倒す! そうしたらイクスもガーナ・オーダとはおさらばだ!」
「オウッ!」
「意気込んでいるとこをすまないが、ボクはリードには……風雅には戻れない」
「な、なんだそりゃ!?」
 思わずイクスを振り返った瞬間、ジェノサイドダークロウズが大鎌を振りかぶり一瞬でこちらとの間合いをゼロにする。
「余裕だな。この煉王を相手に余所見をするとは」
 振り下ろされた大鎌に対して柄の部分を受け止めることで必殺の一撃を食い止めると、両肩のヴァルショットを至近距離で連射する。
 このレベルの相手にヴァルショットくらいで効果を得られるとは思っていない。これはあくまで目くらまし。本命は別にある。
「マスタークロスフウガになれなくったって、こっちには他にも切り札があらぁ!!」
 両腕、両足すべての遁煌が炎を生み、瞬く間にヴァルフウガの蒼い装甲が灼熱の赤へと塗り替えられていく。
「くらいやがれっ!」
 頭突きで怯んだ隙に大鎌の柄を地面に突き立て、それを軸代わりに遠心力をつけた蹴りをお見舞いする。
 この暴竜に一息つくほどの時間的余裕はない。使った以上は一気にたたみかける。
 仰け反ったジェノサイドダークロウズの頭上へ跳躍、両腕を振り下ろして相手を地面へと叩きつける。
「らあああああああッ!!」
 マウントポジションを取ったヴァルフウガの拳が次々に打ち込まれ、ジェノサイドダークロウズを中心に地面がすり鉢状に陥没していく。
「イクス、ワタシの攻撃に合わせるんだ! 火遁解放ッ!」
「変化っ! 撃星王ッ!」
 火遁を胸の獅子で圧縮するクロスフウガに合わせてイクスが先ほどの砲台形態へ姿を変える。
 この形態が戦車ではなくあくまで砲台なのは、この姿になった場合移動手段がないためだ。
 設置面から大地の巫力を吸収すると、その巫力を残らず火力へと回していく。
「ウオオオオッ! フウガパニッシャーッ!!」
「秘術、紅蓮爆筒波っ!!【ぐれんばくとうは】」
 赤い熱閃と豪雨のようなミサイルが降り注ぎ、陽平は示し合わせたようにタイミングを見計らって後退する。
 着弾から爆発、爆風を予測して上空へと飛び上がったヴァルフウガは、赤い竜巻に包まれた両拳を組み合わせて眼下目掛けて振り下ろす。
「ブレイジングインフィニットォっ!!」
 上空から爆発の炎に突き刺さる赤い竜巻は、さながら天から落ちてきた柱のよう。その竜巻の中を急降下したヴァルフウガは真正面から向かってくるジェノサイドダークロウズに構わず炎をまとめて叩きつけてやる。
 だがあろうことか、これだけの火遁を受けてなおジェノサイドダークロウズは健在。炎を突き破り大鎌を振り下ろす。
「くっ! こいつ……」
 腕を交差して柄を受け止め、ヴァルフウガが蒼い竜王に戻ると同時にジェノサイドダークロウズの拳が顔面にヒットする。
「術が効かない!?」
「巫力攻撃を無効化しているのか!?」
「あの少女の力か! ならば直接斬るまでだ!」
 鳥型に変化したイクスが割って入ることで追撃を免れたヴァルフウガは、慌てて体勢を立て直すと暴竜の後遺症か、ふらふらと着地する。
 イクスの「あの少女」という言葉に、玻璃と呼ばれていた少女の悲しげな顔が脳裏をよぎる。
 おそらく巫力を無効化しているのは彼女だ。それどころか鬼眼を発動するための巫力さえも彼女を燃料タンクとして使用しているのだろう。こうして対峙していても姿は見えないが、いったいどれだけ消耗しているかわかったものではない。
 翡翠に似たあの少女さえもイクスのように消耗品として切り捨てるつもりか。そう考えただけで陽平の怒りは臨界点まで達しようとしていた。
「なんだよ。なんなンだよ! 人の命をいったいなんだと思ってやがる!」
 これほどまでに湧き上がる怒りはかつての陽平にはなかった。これがもし、琥珀の決意の結果なのだとしたらなんと皮肉なことか。
「クロスフウガ! あいつを叩き斬ってでも助け出すぞ!!」
「助ける……?」
 陽平の怒りの理由がわからないというかのように戸惑うクロスフウガに、陽平は頭を振る。
 らしくないことはわかっている。この相手を前に一人の少女を助けるなどと厄介極まりないことも理解している。だが、それでも今の陽平には耐えられなかった。翡翠に似ているからじゃない。似ていることもそりゃ少しは関係しているけれど、陽平を突き動かそうとしているのはあの子の見せた表情だ。
「助けてって……心の奥底で悲鳴を上げてるやつを見殺しになンかしねぇ!!」
 ヴァルフウガの足下に風が巻き起こり、陽平の叫びに応えるようにより強い旋風へと変わっていく。
 しかし、ふいになにかが影を落としたことで陽平は弾かれたように頭上を仰ぎ見る。
「いかん、逃げろ陽平ッ!!」
 クロスフウガの援護も間に合わない。
「なにを呆けているんだ!」
 イクスの距離からでは届かない。
「"切れろ"竜王! その首、いただいたぞッ!!」
 急接近するジェノサイドダークロウズ気づいたときにはもう相手の間合いだった。
 霞斬りも真っ青な速度で振り下ろされる大鎌の一撃が、不意をつかれて身動きのとれないヴァルフウガの首を嘲笑うかのように切り飛ばした……。













<次回予告>