「カオスフウガ……だって!?」
 現れた漆黒の獣王にたじろぎながら、陽平は大きく目を見開いた。
 獣王を名乗るそれは確かに獣王で、しかしクロスフウガとはまったく違う、それこそ正反対の雰囲気を醸し出している。
 言うなればクロスフウガの影でも見ているような、そんな気分だった。
 それにいち早く反応したのは獣王クロスであった。
「陽平ッ!!」
「わかってらぁ!!」
 陽平もまた巻物と獣王式フウガクナイを手に、白き獣王に飛び上がる。
「召忍獣、クリムゾンフウガぁッ!!」
 空を裂いて現れた鋼の翼は、獣王を拾い上げると三位一体を発動して再び舞い上がる。
 だが──、
「遅いな」
 高速で合体に入る獣王たちの目の前に現れたカオスフウガは瞬く間に追いついてくると、陽平たちが驚く間もなく大地へと叩き落とす。
「うわあああっ!!」
「くっ、陽平ッ!?」
 咄嗟に陽平を受け止め、宙返りしながら着地する獣王の背後にクリムゾンフウガが墜落する。
 よもや、三位一体を破られるとは思いもよらなかった。
 奥義・三位一体は、高速で合体を行うための言わば合体補助プログラムのようなもの。それを発動している合体に割り込むなどそうそうできることではない。
 追撃するわけでもなく、ゆっくりと舞い降りるカオスフウガに、勇者忍軍の誰もが言葉を失った。
 だが、それでも果敢に飛び出した影があった。
「オイラたちはリアクション用のお客じゃないんだぜ!!」
 柊の言葉に楓も突き動かされ、頷くと同時にカオスフウガに向かって飛び出していく。
「ほんじゃ、いっくぜぇ!」
「わかってる!」
 二人の忍器が発動するのと同時に青と赤の忍巨兵が現れ、三位一体を凌ぐ速度で二つの巨兵が一つになる。
「「表裏一体っ!!」」
 割って入る隙さえなく合体を果たす双頭獣は、飛び出した勢いを殺すことなくカオスフウガに飛びかかる。
「喰らいりゃっ!!!」
 そんな奇声と共に放たれるダブルフウマの蹴りを捌きながら、カオスフウガ内では釧が怪訝な顔を浮かべる。
「この忍巨兵は…」
 双頭獣の忍巨兵というものは釧の記憶にはない。良く似た忍巨兵は知っているが、それはこんな哀れな姿ではなかった。
「死した忍巨兵。そんな紛い物で戦うか、地球の忍びよ」
 力任せにダブルフウマを弾き飛ばし、同時にカオスフウガの獣爪がその装甲を引き裂いていく。
 だが、ただでやられてやるほど双頭獣は、そしてこの二人は優しくも弱くもない。
「こんにゃろめっ!!!」
 ぶっ飛ばされる瞬間に双頭獣を組み替えると、しなる尾がカオスフウガの頭を横殴りにする。
「先輩っ、今です!!」
 派手に横転しながらも告げられた楓の言葉に、陽平が再び風雅の奥義を発動する。
風雅流奥義之壱ッ、三位一体ッ!!
 白き獣王もまた紅の鎧を身に纏い、獣爪を振り降ろす。
「でぇやああああッ!!」
 クロスフウガとカオスフウガの爪がぶつかり合い、陽平と釧の視線が交差する。
 刹那、互いの空いた手が腰から引き抜いた斬影刀と絶刀を突き出し合う。
「甘くみるな」
「どっちがッ!!」
 両腕を広げるように武器を弾き、カオスフウガを蹴って距離を取り、シュートブラスターを撃ちながらクロスショットを連射する。
「この程度…」
 カオスフウガの裂岩──絶岩を切り離し、扇状に展開した簡易的な盾で受け止める。
「失せろ、名ばかりの獣王っ!!」
 盾を迂回して襲いかかる巨大十字手裏剣・絶岩十字に、クロスフウガもまた両手に裂岩を引き抜いて受け止める。
 両手の塞がったクロスフウガに振り降ろされる凶刃に、陽平は迷うことなく脚を蹴り上げる。
「なにっ!?」
 絶岩を脚の指で挟み止めると、それを軸にもう片方で顔面を蹴り飛ばす。
「キサマっ!!」
 対するカオスフウガも吹っ飛ぶ瞬間に獣爪を飛ばし、クロスフウガを弾き飛ばす。
 大地を穿ちながら吹っ飛ぶ両者に、柊と楓が目を見開く。
「アニキとクロスフウガの動きが全然違う!? めちゃめちゃ早い!!」
「でも、それでも圧倒できないなんて!」
 それどころか、吹っ飛んだ体勢からカオスショットを散らし、更には飛び上がってシュートブラスターを撃つだけの余裕がある分、カオスフウガのポテンシャルはクロスフウガを上回っているらしい。
 体勢を立て直すことができずにそれらをモロに喰らい、陽平に苦悶の表情が浮かぶ。
 忍巨兵はその運動性と機動力の為、限界まで装甲を薄くしている。故に、威力の小さな武器も相応のダメージを受けてしまう。
「痛ぅぅ…!」
 なんとか体勢を立て直し、空へ逃げるクロスフウガに、カオスフウガは絶刀を構え直す。
(野郎ぉ、とんでもねぇ反応速度だぜ)
 咄嗟に足が出たのは賭けだった。
 以前、父・雅夫がクナイを足で受け止めたのを思い出したのが幸いした。それにしても、まさかこんな形で役立つとは思ってもみなかった。
(今回ばかりは親父に感謝だな)
 斬影刀を逆手に構え、眼下から睨みつけるカオスフウガを改めて見下ろす。
 凄まじい機体だ。同じように見えるのは外見だけで、性能は桁違いに高い。合体速度、武器の射出速度、シュートブラスターの速射性。そのどれもがクロスフウガを圧倒する。
(残る武器はアレしかねぇけど……、使えるか。まだ試し撃ちもしてねぇアレを!)
 ふと、ぶつかり合った釧の視線に、陽平の背筋がビクリ、と震える。あれは殺気だけで人を殺せてしまえそうな目だ。憎悪と怒り、絶望と悲哀を含んだ目だ。
「てぇめぇ、釧とか言ったよな」
 陽平の呼びかけに、カオスフウガ内の釧が僅かながら反応を示す。
「なんで俺を、クロスフウガを狙いやがる! それ以上に、なんで翡翠を…、妹を手にかけようとしやがった!! 応えろ釧っ!!」
 陽平の叫びに仮面の下が疼くのか、釧は手で押さえるとギリギリと奥歯を噛み締める。
「……獣王が」
「え?」
 釧の呟きに陽平が思わず尋ね返す。
「獣王という存在が、あまりに無力だからだ!!」
 怒気をはらんだ釧が爆発するように飛び上がり、絶刀がクロスフウガに向けて振り降ろされる。
 釧の怒りと陽平の信念が刃となってぶつかり合い、今一度忍巨兵を介して視線が交差する。
「無力な獣王など不要!! キサマは古き獣王と共にあの世へ逝け!!!」
 カオスショットを至近距離で受け、情け容赦ない斬撃がクロスフウガの装甲を切り裂きながら弾き飛ばす。
「くそっ! 大丈夫かクロスフウガ!?」
「目を逸らすな、陽平!!」
「なに!?」
 陽平が目を離した僅かの間にカオスフウガの姿が一つ、また一つと数を増やしていく。
「分身……いや、ただの残像かっ!?」
 咄嗟にクロスショットを撃ち散らせば、残像は無抵抗に消え失せていく。
「な、なんなんだよ…!」
 だが次の瞬間、陽平は我が目を疑った。
 既に四方を囲まれ、そのどれもがクロスフウガと同様の必殺技を構えている。
 絶刀を逆手に構えた四つのカオスフウガの姿に、陽平は同様に斬影刀を構える。
(間に合えぇっ!!!)
 陽平の意志に呼応したクロスフウガが吼える。だが、無情にも四つに分身したカオスフウガの姿は、それよりも早く視認できないほどの速度に加速する。
「死ね、クロスフウガっ!!」
皆伝、霞斬りっ!!!
 四つのカオスフウガが同時に霞斬りを仕掛け、中央のクロスフウガに襲いかかる。
「うおおおおおおおっ!! 霞斬りぃぃっ!!!」
 どこにも逃げ場がないのなら、こちらも打って出るしかない。
 真正面に迫る霞斬りに対し、クロスフウガもまた霞斬りを放つ。
 あのまま上や下、もしくは棒立ちでいれば、四つの霞斬りを同時に受けることになる。
 このカオスフウガの霞斬りは、その性質上回避は不可能。そして防御しようものならば、四つの霞斬りの交差点。つまり最も破壊力の高い一撃を受けることになる。
 ならばどこか一点へ同質、またはそれ以上の速度で攻撃を仕掛けることで、他の三点からの攻撃タイミングを僅かながらずらすことができる。しかし、それは瞬き程度のズレでしかない上、あくまで同質以上の速度であった場合のい話。
(霞斬りを放つタイミングが遅かった!? 後ろのヤツに追いつかれる!!)
「それならぁっ!!!」
 それは釧にもカオスフウガにも、いや、クロスフウガや陽平本人。そしてその場の誰にも想像し得なかった光景だった。
 霞斬りほどの加速状態に関わらず、陽平は両足を思い切り蹴り上げると、胸の位置を軸に回転。霞斬りに急停止をかけると同時に真正面のカオスフウガを飛び越えるように再び霞斬りで加速する。
「なんだとっ!?」
「回避不可能の霞斬りを避けるとは…、なんという勘の良さ」
 釧とカオスフウガの驚きを余所に、陽平はバックステップで距離を取りながら火遁の印を結び、発現した炎を獅子の口に押さえ込む。
(やるなら今しかねぇ!!!)
火遁、解っ放っ!!
 獅子の口内で圧縮された炎が爆発的に膨れ上がり、溢れんばかりに広がっていく。
「くらいやがれっ!! フウガパニッシャーァァッ!!!
 赤い熱閃となって放たれる炎が、カオスフウガに襲いかかる。
 四つの霞斬りが虚空を切り裂いた瞬間それは、まるで陽光のようにカオスフウガに降り注いだ。
「くっ!! カオスッ!!!」
「オオオオオオォォッ!!!」
 装甲が溶け、細かな部分からカオスフウガが蒸発していく。
 カオスフウガを突き抜けて海に撃ち込まれたフウガパニッシャーは、派手な飛沫と共に周囲を覆うほどの水蒸気を生み出していく。
 そんな光景にぺたんと座り込んでいた翡翠が勢い良く立ち上がり、カオスフウガに向かって走り出した。
「あにうえ…、あにうえぇぇっ!!」
 翡翠の涙に、陽平よりも早く獣王が獅子の顎を閉じ、フウガパニッシャーを遮断する。無理矢理閉じた為に獅子の装甲が溶けてしまったが、カオスフウガの被害に比べればかすり傷のようなものだ。
 慌てて獣王から飛び降りた陽平は、ほおっておけばそのまま岬から飛び降りてしまいそうな翡翠の前に着地すると、走る翡翠の体を抱き止める。
「翡翠、落ち着け!」
「あにうえ! あにうえぇっ!!」
 腕の中で暴れる翡翠に、陽平は少しだけ両腕に力を込める。
「待てって! このまま行ったら落ちちまうだろ!」
「はなして! ようへいきらいっ!!」
「落ち着けって言ってるだろ!! あの野郎はまだ生きてる!!」
 陽平の言葉でようやく落ち着いたのか、翡翠はゆっくりと視線を上げていく。
 徐々に視界が晴れていく。目を凝らしてよく見れば、それらしい影が確かにあった。
「あにうえ…」
 翡翠の呟くような呼びかけに、獅子の唸り声が応える。
 装甲のいたるところが溶け、内側が剥き出しになった場所さえあるものの、釧とカオスフウガは確かに生きている。
「カオス……フウガ」
 陽平の呟きに、釧は怒りを込めて陽平を見下ろしてくる。
「…やるな、獣王の忍び。これほど不覚を取ったのは初めてだ」
「俺だって驚いてるさ。まさかあれをかわせるとは思ってもみなかった」
 事実、もう一度同じことをしろと言われてもできない確率の方が高いだろう。
「もういいだろ? 俺には翡翠の兄貴と戦う理由はねぇんだ」
 陽平の言葉が気に食わないのか、釧の目に更なる鋭さが宿る。
 カオスフウガの外に現れた釧を見上げ、陽平は無意識の内に翡翠を抱く腕に力を込める。
 しかしどうしたことだろうか。つい先ほど殺そうとまでした翡翠を見る釧の目には、殺意どころか哀しみすら感じられる。
 これは悪意などではない。この感情は…
「キサマの名は…」
 不意に尋ねられ、戸惑い、迷いながらも陽平は影衣のマスクを取る。
「陽平だ。風雅陽平」
「風雅陽平、次はこうはいかん。獣王共々必ず息の根を止める…、確実にな」
 射抜かれてしまいそうな視線に歯噛みしながらも、なにも言い返せない自分に腹が立つ。
 そう言って背を向ける釧に、翡翠が手を伸ばす。
「あにうえ」
「失せろ。俺はもう、お前を妹などとは思わん」
 心ない釧の言葉に、翡翠の心臓がドクンっと跳ね上がる。
「釧っ! てぇめぇ、まだそんなことを!!!」
「獣王と共にいたければ好きにするがいい。ただし、そこがもっとも死の確率が高い場所と知れ」
 ボロボロのカオスフウガに乗り込み、振り返ることもなく飛び去っていく釧に、陽平は血がにじむほどに拳を握りしめる。
(俺は…)
 黙り込んだ陽平の胸で少女が声を殺して涙を流す。
(俺は…、翡翠を守るんじゃなかったのか)
 しかし今、陽平が守ると誓った少女は彼の腕の中で泣いている。
 生きていた兄に突き放され、不甲斐ない忍びに涙する。
(俺は、どうしてこんなにも弱いんだ)
 歩み寄る仲間たちの姿に陽平の胸がズキズキと痛む。
 合わせる顔がないとはこのことだ。
「ヨーヘー」
「わりぃ。翡翠泣かせちまった…」
 わかっていると頷き、光海は翡翠の隣にしゃがみ込む。
「翡翠ちゃん」
 光海の呼びかけにも、翡翠は声を殺して泣き続ける。
 そっと頭に触れ、まるで癒すように髪を撫でる。
「翡翠ちゃん、ダメだよそんなの。子供がね、そんな風に声を殺して泣くものじゃないわ」
 光海を見上げる翡翠の顔が再び涙に歪み、飛びつくように声を上げて泣きじゃくる。
「あにうえっ、あにうえぇぇっ、あにうえぇぇぇっ!!」
 翡翠の頭を抱え込むように抱きしめ、光海は共に涙を流す。
(俺は……強くならなきゃならねぇんだ。この子のために…)
 そんな想いを胸に、陽平は混沌の獣王が飛び去った空を振り返る。
 もう二度と、この少女がこんなにも悲しい想いをしないように。






夜、風雅家 庭──。

 父、雅夫の姿を探し、陽平は庭に出てる。
 母が言うには、雅夫は庭にいるはずだということだったが、それらしき姿はないようだ。
 そんなとき、きょろきょろと周囲を伺う陽平の頭になにかがぶつかり、陽平は何事かと屋根の上を見上げる。
「ここだ、バカ者」
 いったいなにをしているのか、雅夫は屋根の上で胡座をかいている。
 どうしようかと一瞬だけ考え込んだが、陽平もまた意を決したように手近な木によじ登ると、広がるように伸びた枝から屋上へと飛び移る。
「こんなとこでなにやってんだよ?」
「座っておる」
 陽平の質問をさらりと流し、雅夫は隣に座るよう促した。
「それにしても不甲斐ない。昼間の件もそうだが、今のもそうだ。お前が感知できるのは敵意だけか?」
 返す言葉もない。実際に気づけなかったわけだし、昼間の件も未熟だったからこその結果だ。
 もう一度≠竅Aもし≠ヘ、ありえないことなのに、そんな言葉にすがりたい自分がいるのがわかる。
「俺さ、クロスフウガがいなけりゃ全然歯が立たなかった…」
「知っておる」
 陽平のボヤきに雅夫は素っ気無く応える。
「話があるんだろう。回りくどい話はいらん。用件を言え」
 あえてこちらを見ようとしない父から目を逸らし、陽平は掌の傷に目を落とす。
「親父…」
 悔しさと無力感から己がつけた傷を握り締め、陽平は面を上げる。
「俺を……強くしてくれ」












<次回予告>