ソードブレイカーは陽平たちの前にゆっくりと降りると、手にした巨大な野太刀を軽々と操り、その切っ先をバスタークロスフウガの眉間に突きつける。 「運がいい。まさかこうも容易く貴様の首が取れるとはな」 「へっ、そいつぁどうかな?」 こんな状況だというのに減らず口を叩く陽平に、ギオルネは無言のまま野太刀を振りかぶる。 「ほざくなっ!!」 一閃する刃を跳躍で避ける。 刀が大きいため太刀筋が読みやすく、一度振り抜けば大きな隙が生じる。 (ここだっ!!) すかさず切り込もうと踏み込んだ瞬間、既に首へ目掛けて返しの刃が… 「なっにぃ!?」 無理矢理仰け反ってなんとかかわすが、バスターアーチェリーの重量にそのまま派手に転倒した。 振り下ろされる刀に、光海は咄嗟の判断でブースターを噴かせると、地面を穿ちながらなんとか間合いの外へと離脱する。 「すまねぇ、助かったぜ」 そろそろ体力も限界なのか、陽平も光海もハァハァ、と肩を大きく上下させる。 無理もない。バスターアーチェリーを立て続けに撃っているために、既に疲弊はピークに入っている。 「にしても。あの野郎、忍巨兵以上の運動性と敏捷性じゃねぇか…」 「いや、どうやらかなり無理をしているようだ」 クロスフウガの指差す先では、加不可から起こる熱で真っ赤に染まった関節部を無理矢理冷却しているソードブレイカーMk2の姿がある。 「あれではそう長くは戦えないだろう」 「生憎、こっちもこれ以上はキツいけどな」 なんとか自爆してくれるのを待つしかない。たが、あんな攻撃をそういつまでもかわし続けることさえ困難な現状に、陽平はやれやれと溜め息をつく。 「光海、撃てそうか?」 「う…、うん」 そう返事はしているものの、その表情はかなりキツいとみえる。 「じゃあ、いざってときのために体力温存しててくれ! コウガ、分離だ!!」 「御意!」 背中からバスターアーチェリーを切り離すと、両の手に斬影刀を構える。 意を決し、ソードブレイカーMk2めがけて急降下していく。 「カアアアアアアッ!!!」 身体を回転させた勢いで刀を振り上げるソードブレイカーとクロスフウガの斬影刀が交差する。 まともに受け止めれば斬影刀など容易くへし折れる。故に二振りの刃を交差して受け止め、そのまま左の刀をソードブレイカーの刀に這わせるように滑らせていく。 「くらえっ!!」 斬影刀が胸元に食い込むがまだ浅い。 ほとんどなりふり構わない体当たりに、軽量のクロスフウガはいとも容易く吹っ飛ばされていく。 「やるな獣王…、それでこそ戦い甲斐があるというものだ!」 翼から青白いフレアを吹き出すと、霞斬りにも匹敵しそうな勢いでクロスフウガへと迫っていく。 振り下ろされた刀を後転で避け、手で弾いて空へと逃げるが間に合わない。そこには既に野太刀を構えたソードブレイカーMk2が… 「早ぇ!?」 「ちぃッ!!」 陽平とクロスフウガ、2人の意志が同時にすべての翼を切り離し、強固な刃の壁となって凶刃を跳ね返す。 着地するクロスフウガに戻る裂岩の姿に、陽平は苦笑いを浮かべるしかなかった。 そのほとんどにヒビが走り、おそらく投げつければ途端に砕かれる。 「なんつーバカ力だよ!」 「陽平、くるぞ!!」 巨大な凶弾となって迫りくるソードブレイカーに、クロスフウガはシュートブラスターを構え、攻撃という攻撃をすべてかわしながら確実に射撃していく。 「くそっ! ギオルネの野郎、効いてるならもっとそれらしい顔しやがれってンだ!!」 頭に目掛けて射撃しようと構えた右の銃身が切り落とされ、仕方なく頭部を蹴っ飛ばして距離を作る。 (だめだ、完全に防戦一方じゃねぇか…) とはいえ、既に陽平自身が疲弊しきっており、未だに呼吸が落ち着かない。 これならばフルマラソンの方がまだ楽だと思わず苦笑がこぼれる。 「いい加減万策尽きただろう…」 余裕でも見せているつもりなのか、ゆっくりと歩み寄るソードブレイカーMk2に、クロスフウガが僅かに後ずさる。 (違う。余裕なんかじゃねぇ、あいつ自身の無茶が祟ってるンだ!) そうとわかればこちらが先に倒れてやるわけにはいかない。 斬影刀を構えると、腰を低く落としたまま一気に加速していく。 「くらいやがれっ!!」 瞬く間に不可視なまでの速度に達すると、狙いをソードブレイカーの首に定める。 ほかの箇所は装甲も厚く、面積も広い。一撃必殺を狙うならばここ以外にない。 「霞斬りッ!!!」 斬影刀の一閃がソードブレイカーの首を捉えようとしたそのとき、甲高い音と共にクロスフウガの勢いが押し止められる。 いつの間にか構えたのか、ソードブレイカーの野太刀がしっかりと斬影刀を受け止め、霞斬りを弾き返す。 「なんというやつだ。視認さえ困難な霞斬りを受け止めるなど…!?」 しかし、事実ギオルネはそれをやってのけたのだ。 「どのタイミングでどこを狙うかわかればかわせぬ太刀ではないわ」 その言葉で、陽平の脳裏に最近戦った不可思議な忍邪兵たちの姿がよぎる。 「全部…、俺たちのデータを集めてたってのかよ」 忍巨兵の武器や術、動きや考え方、そして陽平たちの行動の全てを情報として取得するために忍邪兵を捨てゴマにした。 「なんという勝利への執念だ」 クロスフウガの言葉に、陽平も頬を流れる汗を拭う。 「執念? 否! 断じて否!!」 ギオルネの咆哮が大地を割るかのように野太刀を地面に叩きつける。 「例えば失態を重ねようとも、それによって地位を追われようとも、全ては信長さまのため!! 我らガーナ・オーダの完全なる勝利のため!! 執念などと軽々しい…、片腹痛いわ!!!」 ギオルネの咆哮が、空気さえも震わせてクロスフウガに叩きつけられる。 凄まじいまでの忠義。恐ろしいまでの覚悟。立ち上がるこてさえ忘れ、ギオルネという一人の武人の言葉に心打たれていた。 「陽平…」 「ああ。負けられねぇのは俺たちも同じだって教えてやるぜ!!」 立ち上がるクロスフウガに、ソードブレイカーが自慢の太刀を担ぐように構える。 ソードブレイカーも限界なのか、たったそれだけで関節がギシギシと悲鳴をあげ、僅かに強ばったような動きを見せる。 (これが最後の一撃だ。だけど、残る武器は斬影刀…。しかも霞斬りは効かない。どうする?) 正直、フウガパニッシャーを撃つ体力はもうない。かといって残ったシュートブラスターやクロスショットでは致命打を与えることは難しい。 (こうなりゃイチかバチか。アレを試してやる) 順手のまま霞斬りに構える陽平に、ギオルネは怪訝そうに目を細める。 「霞斬りならばもう効かぬぞ。それを承知での行動ならば理解できぬこと…」 「理解なんていらねぇよ。でもな、まだクロスフウガは……霞斬りは負けてねぇぞ!!」 クロスフウガを、陽平を包む風が変わった。 風を纏うでも、風に包まれるでもない。まるで風が背中を押すような……そんな感覚。 「よかろう! 貴様の一太刀が勝るか、我が一太刀が勝るか……」 ギオルネもまた、その巨大な野太刀を肩に担ぎ、腰を落としながらより早く、より強く斬るように身体を前に倒す。 「いくぜ、ギオルネ……」 ゆっくりと、だが、力強い蹴り足と共に二人の視線が互いの背後へと突き抜けていく。 「「勝負ッ!!!」」 互いに一瞬で視認できなくなるほどの速度まで加速する。故に交差するのは瞬きの間。互いにその瞬間にだけ神経を研ぎ澄ませ、ただ利き腕へと意識を集中する。 刹那、ギオルネの太刀が僅かに早く振り下ろされる。 振り下ろしと降り抜きの型が勝敗を分けたと言えるこの瞬間、ギオルネは勝利を確信した。 「我が速度が勝った!! 貴様の負けだ、獣王っ!!!」 だが、ギオルネの太刀がクロスフウガの額に触れた瞬間、クロスフウガの姿がその視界からかき消える。 次の瞬間にはソードブレイカーの背後で、海面を後ろ向きに滑っていくクロスフウガの姿があった。 そのあまりの加速にようやくブレーキをかけると、酷使した足が悲鳴をあげる。 膝をつくクロスフウガに、ギオルネはまるで信じられないというかのように目を大きく見開いた。 「ぐぉはぁあっ!!!」 ソードブレイカーMk2の背中が爆発を起こし、吹っ飛ばされるように前のめりに倒れ込む。 「な…、なんとか決まったな」 喘息のようにぜぃぜぃと息をする陽平に、クロスフウガは驚き混じりに頷いた。 「まさか霞斬りを変化させるとは……なんという無茶を」 「本当なら……自在に変化したい……ところ…なんだけどな」 霞斬りを仕掛け、相手とのインパクトの瞬間に体捌きや体重移動で、太刀筋や立ち位置、速度さえも自在に調整する。 今のはギオルネの太刀が振り下ろされた瞬間、ソードブレイカーの右側、つまりはクロスフウガの左足を軸に腰を落としつつ回転。その背中へと一撃を入れつつ高速離脱をしたわけだが。 (どちらにせよ、今の技には並外れた目と、常人離れしたバランス感覚がいる。陽平、キミという男は…) 額の水晶に走るヒビに、陽平は間一髪だったと安堵する。 もし失敗していれば、今頃は脳天をかち割られ、倒れ伏していたのはこちら側だったはすだ。 「ギオ…──」 倒れるソードブレイカーへと視線を動かそうとした瞬間、ゆっくりと立ち上がるそれに、陽平は震えを感じた。 まだ立ち上がるのかと、まだ立ち上がれるのかという疑問が陽平の思考を支配していく。 徐々に迫るソードブレイカーに、立ち上がることさえできないクロスフウガ。全力を出し切ったとはまさにこのことだった。 動けない。それが力尽きたためか、恐怖からかはわからない。しかし、太刀を引きずりながらも歩み寄る敵に、抗うことさえできない。 「万策尽きたか……獣王」 巨大な太刀が目の前でゆっくりと降りかぶられる。 (やられるっ!?) そう覚悟した瞬間、クロスフウガの背後で海が爆発した。 「「なんだっ!?」」 陽平とギオルネが同時に目を奪われる中、黒衣の獣王が飛沫をあげて姿を現す。 クロスフウガとの戦いで受けた傷は癒え、右腕のスパイラルホーンが唸りをあげる。 「獣王と風雅陽平は俺の獲物だ……身の程を知れ!!」 金色の粒子を収束する一角に、ギオルネは太刀を構えるが到底間に合わない。 「一閃ッ、螺旋金剛角ッ!!!」 スパイラルホーンがソードブレイカーMk2の装甲を容易く突破すると、その勢いだけで胸を突き破り、風穴を開ける。 外にほおり出されるギオルネを一瞥すると、カオスフウガ・ストライカーは躊躇なくドリルでソードブレイカーを引き裂いていく。 「たかが亡霊の一武将如きが釧の上前を跳ねようなどとはな…」 カオスフウガ・ストライカーの言葉に釧はもういい、と視線をクロスフウガに移す。 無惨な姿だ。最強の忍巨兵が聞いて呆れる。 明らかにそう語る釧の目に、陽平は震える足を叱咤する。 「仕切り直しだ。孔雀、獣王を癒せ」 「え? えっと…もう癒えて……」 「クロスフウガを癒せ」 有無を言わさぬ釧の目に、孔雀は涙目になりながらも術を作り上げていく。 クロスフウガに向けられたスパイラルホーンが輝き、まるで春の陽光に照らされているような暖かさに包まれる。 「ふ、巫力斜陽……ですぅ」 徐々に癒されていく獣王に、陽平は何事かとカオスフウガを伺う。その真意は読めぬものの、万全のクロスフウガとの決着を望んでいる。それだけが確信をもてる唯一だった。 「物理的な損傷や怪我だけじゃなくて、体力まで戻ってやがる…」 手を何度も握りしめ陽平は身体に力が戻ったことを確かめると、ゆっくりと海面に立ち上がる。 全快とはいかないものの、武装の損傷は完全に直った。 「でっけぇカリが出来たな」 「案ずるな。キサマの命で事足りる」 今度こそ仕切り直しとばかりに睨み合う二人の獣王に、孔雀は状況がさっぱり掴めないとしきりに首を傾げる。 クロスフウガが斬影刀、カオスフウガ・ストライカーがスパイラルホーンを構えて僅かに踏み出した瞬間、再び二人の間を割くモノが在った。 立ちこめる暗雲から落ちた落雷が海面を貫き、あまりの光量にその場の誰もが咄嗟に瞳を覆う。 すぐにその場から距離を置く二人の獣王の前で、それはゆっくりと海面から浮かび上がっていく。 「な、なんだこいつはっ!?」 一同の心を代弁するかのように叫ぶ陽平に、雷を発するそれはゆらりと振り返る。 それはあまりに巨大で、そしてあまりに強大だった。 「ばかな、大型忍巨兵の倍近い邪装兵だと!?」 さしもの釧もこれには驚いたか、我が目を疑うかのように頭を振る。 「か、かかか…感じられる力は獣王の三倍以上ですぅ!」 殆ど泣いている孔雀の言葉に、クロスフウガが斬影刀を構える。 相手が完全に起動する前ならば勝機はある。 だが、そんな考えも虚しく、それはクロスフウガとカオスフウガ・ストライカーをただの一撃で薙払い、遠雷のような咆哮と共に雷の嵐を放つ。 「うわああああああっ!!!」 「ちぃ──ッ!!」 紅と黒の獣王が吹っ飛ばされる中、それは血のように赤々とした瞳を開き、ソードブレイカーが手にしていた野太刀を握りしめる。 「さぁ、今度こそ終わりだぞ、獣王──いや、風雅ッ!!!」 雷鳴と共に響きわたる鉄武将の声に、海が、空が、すべての生命が震え上がった。 |