獣岬──。
各忍巨兵に分離して傷ついた体を癒す獣王たちを見上げ、横になったままの陽平は立ち上がれない己の不甲斐なさを呪った。
二重武装はやはり想像以上に陽平の身体を蝕み、極度の疲労に加え、痛覚が麻痺するほどのダメージを陽平の身体に残していった。
今は癒され、こうして横になってはいるが、忍巨兵から降りた直後は自分で腕を振ることさえ困難になっていた。
それを考えると、巫女の、孔雀の巫力というものはやはり驚愕に値する。
本人にその旨を伝えたのだが、これはあくまで初歩中の初歩の癒やしなのだと教えてくれた。自分はそんな初歩の巫力を行使することが精一杯の巫女なのだ…と。
(なんかヘンなコンプレックスもってンだなぁ…)
巫力が先天的なもので、修行次第で最大量が変わるようなものでないことを知らない陽平にしてみれば、孔雀の苦悩などヘンなコンプレックス≠ナ済まされてしまうらしい。
それにしても、ギオルネの予告した時間まで残り20分余り。
椿の話によれば、風雅忍軍当主も隕石のことを確認していたらしい。
(そんなとんでもねぇ事態だってのに、俺は寝たきりなんて…)
そういえば光海たちはどこにいってしまったのだろう。
しかし、探そうにも首はもちろん身体が動かない。
なるほど。病気や怪我云々よりも、退屈で死にそうになる。なんとなく重病人の気持ちがわかった気がした。と同時に、入院だけは御免だな、と堅く誓う陽平であった。
「ん…?」
今、視界になにかが入った気がした。
重い瞼をなんとか押し上げ、目を凝らして空を見る。
「っ!?」
どうやら、ついにその時が来てしまったらしい。
なるほど。確かに星だ。いや、それほどに巨大だというのだろう。
陽平が自らの身体を叱咤する中、それは太陽をゆっくりと遮り始めていた。
一方、負傷した陽平を除く勇者忍軍は、獣岬の洞窟に集められていた。
説明を受けてもまだ信じられない気持ちが残っているのは、やはり今の事態が普通じゃないからだろう。
「あの…」
おそるおそる挙手する光海に椿はどうぞ、と発言を促す。
「隕石くらい忍巨兵でなんとかならないんですか? コウガのバスターアーチェリーも、センガのスパイラルホーンもあるし…」
「隕石のサイズが10分の1なら集中砲火も考えましたが、あれだけのサイズをバスターアーチェリーで破壊するには威力が足りません。それに、なにより光海ちゃんの巫力が足りないわ」
休めば回復するとはいえ、その量はたかが知れている。そもそも、全快時でもバスターアーチェリーを3発しか撃てない光海では、集中砲火どころの話ではない。
「そもそも、忍巨兵は宇宙まで行けるのですか?」
挙手をしながら発言する楓に、椿はゆっくりと頭を振る。
「忍巨兵単機に大気圏を脱出するだけの力はありません。唯一、獣王を除けば…ですが」
その言葉が意味するところは絶望に等しい。
そんな…、と口にする光海に、柊はそっぽを向きながらヒラヒラと手を振ってみせる。
「だいじょーぶでしょ。例外がなけりゃわざわざそんなこと言う必要ないよ」
「例外…?」
「柊の言うとおり、例外はあります。飛行可能で尚且つバスターアーチェリー又はスパイラルホーンを装備していれば問題なくその点はクリアできます」
椿の言葉に、柊と楓が反応する。
その点は…、ということはまだ別に問題があるらしい。
「もう一点。もし宇宙にあがったとして、どうやって破壊するかです」
バスターアーチェリーでの破壊は事実上不可能。スパイラルホーンでは誰かを犠牲にしなければならない。唯一、スパイラルホーンに忍獣サイハを装備したギガンティックホーンだけが頼みの綱であったが、肝心の陽平と獣王は動くこともままならない。
「楓ちゃんや柊くんじゃギガンティックホーンは使えないんですか?」
「使えると思いますよ。それこそ、陽平くんよりね」
それならば話は早い。対策は決まったとばかりに二人を振り返れば、柊も楓も押し黙ったまま頭を振った。
「すみません、光海先輩。私たちの忍巨兵は…」
「オイラたちの忍巨兵は、獣王たちと違って巫女がいないから、その分修復が遅いんだよ」
つまり、風王も炎王も出撃できないということになる。
せっかく見つけた光明が瞬く間に閉ざされてしまったことに、光海は心底困った顔を見せた。
「戦王ホウガ…」
そう呟く椿に、3人の視線が集中する。
「双頭獣が動けずとも、未だこの洞窟内に眠る忍巨兵、戦王ホウガのバニッシュキャノンを使えば、地上から隕石を破壊することができるんですがね…」
「風王と炎王も動くくらいならできます!」
まるで張り合うかのように進言する楓に、椿はどこか意味深な笑みを浮かべる。その言葉を待っていた。そんな風にも取れる笑みに、光海は椿の視野を見た。
(これが…人を動かす人なんだ)
以前、陽平と話したことがあった。
もし、風雅忍軍で指揮を任せるならば楓しかいない、と。そのときは単純に頭がいいからだという納得の仕方をしていたが、実際は椿のような指揮官を見て育った楓の目を認めたからなのだろう。
(こういうのも、やっぱり師弟っていうのかな)
そんなことを思わされる。
「では、楓と柊にはギガンティックホーンを任せます」
「わかりました…」
「ほーい…」
どこか乗り気ではないような二人に、光海は苦笑を浮かべるしかなかった。
「輝王とその巫女もよろしいですね?」
「は、はい! がんばりますぅ!」
緊張しているのか、声がうわずっているがおそらくこの中で一番頼りになるのは彼女だろう。
「そして光海ちゃん。この作戦の要は貴女です」
「私…ですか?」
思わず訪ね返す光海に、椿は無言で頷いた。
「まず、双頭獣がギガンティックホーンで隕石の中枢までの道を作ります」
椿の説明に、柊と楓が頷く。
「そして離脱した後、森王之射手の一斉発射で中枢から爆破…、離脱のタイミングは撃った直後です」
正直、自分が今言われたことをやってのける姿など、とても想像できない。ただ矢を射るならばともかく、隕石を破壊しつつ、その崩壊に巻き込まれないように離脱までしなければならない。
いつも助けてくれるぶっきらぼうだが、誰よりも優しい忍者はいない。
自然と握った手に力がこもる。
「まず間違いなく貴女の役が一番危険ですが…やってくれますね?」
やってくれますねもなにも、やらねば全人類を滅ぼすことになりかねない。正直、ここまでスケールの大きな強制力は聞いたことがない。
おずおずと頷く光海に、椿は礼を述べるかのように頭を下げた。
世界と一つの命を天秤にかけ、世界を選べる意志の強さに驚かされながらも、光海は椿たちに背を向けた。
(さよならなんて言わない。私は…ヨーヘーの傍にいる)
「では、すぐに作戦を開始します」
頷く柊と楓、そして孔雀と光海。
「散っ!」
その言葉と同時に4人は一斉に洞窟を飛び出した。
「「輝王式尖角合体、ダブルフウマ・ストライカーっ!!!」」
「千刃武装! 森王之射手、コウガッ!!」
スパイラルホーンを装備した双頭獣と、サイハを装備した森王之射手が一斉に舞い上がる。
あっという間に小さくなる仲間の姿に、陽平は全身の筋肉が悲鳴をあげるのを無視してゆっくりと身体を起こした。
「そんな身体でどこに行く?」
いつからそこにいたのか、父・雅夫の言葉に、陽平はそれが当たり前だと言うかのように獣王へと歩み寄る。
「お前が行かずとも光海ちゃんたちはやり遂げるぞ」
さらに背後から浴びせられる言葉に、陽平はようやく雅夫を振り返る。
その顔はどこか辛そうで…。
「そんなンじゃねぇ。俺はあいつらがミスするなんて思ってねぇよ。ただ、あいつらが死に物狂いになってるときに一人でのうのうと寝てるってのが我慢ならねぇんだ!!」
陽平の叫びにやれやれ、と頭を振る雅夫は、陽平が背にした獣王を見上げる。
「ワタシも陽平に同感だ。たとえアナタが止めようとも、ワタシたちは仲間の元へ行く」
決意は固く、梃子でも動くつもりはないようだ。
ならば仕方がない、と歩み寄る雅夫を取り巻く空気が変わる。
「くっ…!?」
雅夫の放つ気にあてられ陽平が身構えたとき、まるで二人の間を割って入るかのように美しい音色が舞い込んでくる。
どこか儚く、そして悲しくもあるが、陽平は不思議と心が安らいでいくのを感じた。
「ふむ。巧みに心に入り込むとは…、見事な笛だ」
陽平と同じ気持ちになったのだろう。すでにその気がなくなったかのように周囲を伺う雅夫は、風に乗って舞い込む音色に耳を傾けた。
「この音色……どこかで」
獣王の呟きと共に、音色は次第に心が熱くなるような音へと変わっていく。
そして、同時に地響きが鳴り…
「な、なんだっ!?」
「戦王…」
雅夫の呟きに、陽平と獣王が同時に獣岬を振り返った。
一方、宇宙に出た4人は、眼前に迫る巨大な壁に舌を巻いていた。
大きいとは聞いていたが、聞くのと見るのとではかなりイメージが異なってくる。
確かにこんなものが地上に落ちれば大変どころの騒ぎではない。
「光海先輩、時間がありません。このまま作戦を開始します」
「サイハ、分離!」
光海の指示で切り離されるサイハは、そのままダブルフウマ・ストライカーへドッキングする。
予想以上にのしかかる腕の重さに、楓は僅かに顔をしかめる。
「柊…、いい?」
「まぁ、大丈夫だと思うけど。ダブルフウマ、結構やばいよ」
翼が傷ついていないのが唯一の救いだが、それでもダブルフウマの損傷は軽いものではない。
獣王クロスフウガの運動性を超えるための軽装が仇となったか、たったの一撃でここまで破壊されてしまったことに、風魔の兄妹は苛立ちを覚えていた。
「孔雀さんも、いいですね?」
「は、はい! いつでも!」
頷く孔雀が残り僅かな巫力をギガンティックホーンに集中させていくと、金色の粒子を渦巻いて大型のドリルが回転を始める。
二人で分散しているからか疲労はそれほどでもない。むしろ、今から放つ一撃に双頭獣が耐えうるかの方が心配の種だった。
(それにしても、宇宙なのに無重力とか感じないんだ…)
そんなことを考える光海に、森王が心配の表情を浮かべる。
「大丈夫、なんでもないの」
構える双頭獣に向き直り、森王之射手は手にした弓を構える。
「計算では私たちが30秒で中核まで到達します。双頭獣が脱出にかかると同時に光海先輩は突入、中核での一斉発射の爆発を利用して脱出してください」
「う、うん…」
額に滲み出す玉のような汗が光海の緊張を物語る。
ここまできたら不安を口にするわけにはいかない。アイツの背中に隠れているわけにもいかない。
大きく息を吸い込み、光海は目の前の隕石を睨みつける。
「みんな…」
楓が頷く。
「絶対に生きて帰ろうね」
柊が親指を立てる。
「私たち…、まだ死ぬには早すぎるよ」
孔雀が小さく頷く。
「さぁ、いくよ!!」
光海の号令と同時に双頭獣が飛び出した。
「巫力光輪、強制発動!!!」
光届かぬ世界に己の中から生み出した小さな光が輝いた。
あの日、忍巨兵の巫女として認めてもらえた唯一の力。自分の中の気を、自然の力を借りずに巫力に変換する能力。
あまりに燃費が悪いためにほとんど意味を成さないと、自分でも忘れようとした力。
しかし、どんな形にせよ、これは孔雀だけの力なのだと喜んでくれた友達がいた。喜んで、一緒に地球に残ろうと言ってくれた友達がいた。
(瑪瑙…、見て。瑪瑙が喜んでくれた力はこんなに綺麗に輝けるよ)
一瞬で黄金の流星と化した双頭獣が、ギガンティックホーンを隕石へと突き立てた。
「「突貫奥義っ!!風魔っ、金剛ざぁぁぁぁぁんっ!!!!」」
まるで豆腐を突き崩しているかのように金色の槍が易々と隕石を穿っていく。
いける! 誰もがそう思った瞬間、運命の女神が一滴の涙をこぼすことになる。
ギガンティックホーンの出力に耐え切れず悲鳴を上げる双頭獣の翼が、痛々しい音と共にへし折れていく。
「こぉんにゃろぉ!!!」
咄嗟にダブルフウマ・ビーストに組み変わり、ギガンティックホーンからサイハの刃翼だけを切り離す。
回転の余韻を残すサイハが突き崩していくのを確認すると、盾になったサイハのパーツを背負い翼を作る。
「脱っ…出っと!」
ダブルフウマ・ビーストが脱出するのと森王之射手が突入するのはほぼ同時だった。
たとえ速度が落ちようとも、腐っても忍巨兵。あっという間に双頭獣の作った道を駆け抜け、4つの刃翼が突き立つ場所へとたどり着く。
すべての砲門が開き、そのすべてに溜め込んでいた巫力を集中する。
「コウガ、今よ!!」
「秘射っ、乱れ桜っ!!!!」
すべての砲が同時に火を吹き、それと同時に隕石の中核から全体へとヒビが奔っていく。
狭い通路のいたるところがミサイルで崩壊し、中核に発射した矢は隕石を崩壊へと導いていく。
「コウガ、急いで!!」
「くっ、御意!!」
そんな二人の行く手を遮るかのように穴が崩れ落ちる。
一瞬、陽平の顔が見えた気がした。
「光海さぁぁぁんっ!!!」
崩れていく隕石に声を荒げる柊。楓は息を呑み、孔雀は不安の面持ちで見守っている。
今、助けに入れば自分たちも巻き込まれる。その判断は決して間違っていないはずなのに…。
「光海……先輩…」
思わず口をついて出そうになる絶望を飲み込み、楓は必死に頭を回転させる。
どうすれば助けられる。どうすればいい。どうすれば。どうすれば。どうすればどうすればどう…──。
「くっ…!」
焦りが頭を混乱させている。珍しい。そんなことを思うだけにはしっかりと働く思考が恨めしかった。
「邪魔だ、どいていろ」
刹那、背後から聞こえた声に3人が同時に振り返った。
それは一頭の馬だった。だが、ただの馬が宇宙にいるはずがない。その茶色がかった姿に最初に反応したのは双頭獣の右腕になった輝王だった。
「その声は、…戦王!?」
「森王を掘り出せばいいのだろう」
双頭獣に見向きもせず隕石へと接近した戦王ホウガは、人型に変化すると両手の甲から同時に二振りのダガーを引き抜く。
「たとえ死した星とて、その欠片。ならばその命を使わせてもらうぞ。土遁、崩穿牙之術!!(ほうさいがのじゅつ)」
戦王のダガーが隕石を突いた瞬間、まるで蟻地獄のように巨大なクレーターが穿たれる。
そこに生き埋めにされかけた森王之射手の姿を見つけ、楓は思わず叫んでいた。
「光海先輩、脱出を!!」
「え、うん! コウガ!!」
「御意!」
一跳びで双頭獣にたどり着くと、柊はがっしりと森王の腕を掴んだまま後退を始める。
「どこへいく。まだ石コロは壊せていない」
戦王の言葉も最もだが万策尽きた。今の光海たちに、これを破壊する手立てがない。
「いや、ある」
それを口にしたのは輝王だった。
双頭獣から分離した輝王が戦王に並び立つのを見て、森王も合点がいったようだ。
センキを分離すると、輝王と戦王の中央へ進んでいく。
「もっと早く気がつくべきだったな」
輝王の言葉に光海が首を傾げる。
「あの、できればもったいぶらないで教えてほしいんだけど…」
「姫、我々に合体の許可を!」
森王の突拍子もない言葉に、光海は思わずえ? と苦笑を浮かべる。
「巫女もだ。角王式忍者合体、いけるな」
「え…と」
やったことがないことをできる≠ニ断言できず、孔雀は困惑の表情を浮かべる。
しかし時間はない。ぶっつけ本番で成功させるしかない。
だが、ふと耳に舞い込んだ笛の音に、不思議と不安が薄らいでいくのを感じる。
「あ…、あぁ…」
孔雀はこの音に覚えがあった。これは、間違いない。絶対に彼女の笛の音だ。
「勇気と…」
「え?」
孔雀の呟きに、光海が思わず尋ね返す。
「勇気と、優しさが芽生えるように…。そう言って…いつも励ましてくれたんです」
両の眼からとめどない涙を溢れさせ、眩しい笑顔を見せる孔雀に光海も頷いた。
「勇気と優しさが芽生える曲。…うん、そうだね」
溢れ出す勇気と、生命を慈しむ優しさがある限り、森の緑は光輝く。
「角王式忍者合体…、いきます!!」
二人が手にした忍器が同時に輝きを放つ。
「「風雅流、表裏一体っ!!!」」
森王と輝王が左右対称に変形する。右半身、左半身を構成した二機が組み合わさると、胸部に変形したセンテンスアローが装着され、人型の頭部が現れる。
額の水晶が反転すると、そこには風雅の印が浮かび上がる。
「角王式忍者合体ッ、ホーンフウガァァァッ!!!!」
他の忍巨兵にはない力強さがひしひしと伝わる巨躯に、光海は思わず驚きの声をあげていた。
「うそ…、できちゃった」
「驚いている暇はない。もう目の前だぞ」
戦王の言葉で我に返り、光海は隣の孔雀と顔を見合わせる。
正直、言われるままに合体はしたものの、いったいなにをどうすればいいのかわからない。
「オレを使え。バニッシュキャノンならこんな石コロなど問題にならん」
「しかし戦王、巫女はどうした?」
角王の言葉に戦王は答えない。
「巫女がいなければ忍獣シラネはない。そんな状態でバニッシュキャノンを使えば、制御もなにもあったものではない!」
「ちょうどいい。石コロを派手に吹き飛ばせるぞ」
梃子でも動かない。動かざること山の如し。表現はいろいろあるが、ようするに、それほどに戦王が意見を変えることはない。同じ忍巨兵はそれを嫌というほど知っている。
頑固で、一匹狼で、人の意見などにまったく耳を貸さない。そんな戦王が唯一認めた巫女でなければ彼を動かすことなどできはしないのだ。
やれやれと諦めると、角王は信じているからなとばかりに肩に触れる。
「ねぇ、本当にいいの?」
「姫、どうか貴女も戦王を信じてください」
角王の言葉に曖昧ながら頷き、光海は孔雀を促した。
「で、では、いきます。あの…、わたしたちの術を同時に打ち込んで、戦王の武装を強制的に開放します」
「わかったわ」
残り僅かな巫力を振り絞り、光海と孔雀が忍器から同時に術を放つ。
「「風雅流、武装巨兵之術!」」
術を受けた戦王の中でなにかが砕け、それをきっかけに変化を開始する。
馬の頭は反転して砲身になり、脚を収納した下半身が引き伸ばされて角王の左肩に装着される。
ずしりと重い感覚が圧し掛かり一瞬何事かと驚くが、光海は見えないそれを抱えるように弓を構える。
宇宙空間でも重さを感じるのは、無重力でも上下を失わない忍巨兵の特性のためなのだろう。
しかし、どうやら抱えるのは左を担当する森王なのか、孔雀にそういった動きは見られないのが不公平に思えて仕方がなかった。
武器と忍巨兵とがひとつになり、それらがすべて巫女へと依存するのでかなりの負担にはなるが、どうせ一発撃つだけだ。ならば全身の悲鳴など今は聞き逃しても構わない。
「戦王式重砲合体、ヘビーウェポン・ホーンフウガぁッ!!!」
「照準固定。しっかり支えててね」
「は、はいぃ!」
孔雀が支える中、光海は力の限り弓の弦を引き絞る。
するとどうしたことか、徐々にバニッシュキャノンの先端が重さを増していくではないか。
目を白黒させながら、再び照準を固定する孔雀の前で、砲の先端で黒い球体が膨らんでいく。
非常に危険な雰囲気を醸し出しているが、ここまできて引き下がるわけにはいかない。
「い、いくわよ…」
なぜだろう。これを撃ってはいけないような気がする。もしこれが巫女の勘ならば無碍にすることはできないのだが…。
「急げ。あまり極大化すれば放つ前にこちらが消滅するぞ!」
「くっ、孔雀ちゃん!!」
「んくっ!」
歯を食いしばる孔雀に、光海は引き絞った弦を解き放った。
「「無陣奥義、重崩之穿っ!!!(むじんおうぎじゅうほうのうがち)」」
黒い球体を解き放った瞬間、凄まじい圧力が角王に襲い掛かる。
まるで無理矢理押し潰されるような、または引き千切られるような、そんななんとも言えない感覚。
制御が効かないと言っていたが、これのことだったのかと理解したときには既に角王の連結部に亀裂が奔っていた。
バキバキバキぃッ、と音を立てて左右に引き裂かれる角王に、光海と孔雀が声にならない悲鳴を上げる。
そして戦王が先端から崩れ始め、双頭獣が受け止めたときには既に原型を留めぬほどに崩れ落ちていた。
「隕石は!?」
見上げる柊の前で、黒い球体は隕石を侵食するかのように巨大化していく。
「ちょ、なんか引っ張られる!?」
アンカーで二つに割れた角王を回収して後退する双頭獣だったが、想像以上に引かれる力が強すぎる。
「柊、このままじゃ飲み込まれるわ!」
「わーってるけど、こっちもダメージがあってなんともしがたい状況が…」
隕石がそのすべてを飲み込まれたときには既に球体のサイズは最初の10倍近く膨れ上がり、そしてもがきあがく柊の奮闘も空しく一気に収縮する。
「へ?」
その影響か、今度は弾き飛ばされるように突き放され、双頭獣は3体もの忍巨兵を抱えたまま地球への落下を始める。
「うそおおおおおおっ!!!」
「柊、盾を!!」
「この状態じゃ無理だってぇ!!!」
徐々に溶かされる装甲に、柊が苦悶の表情を浮かべる。
この熱さは尋常じゃない。アニメなどでよく見る光景だが、まさか自分が身をもって体験することになるとは思ってもみなかった。
このままじゃ全員一緒に炎上したまま叩きつけられる。
この状況を少しでも打破しようと、なんとか振り返った瞬間、柊は我が目を疑った。
高速で昇ってくる黒い機影。それは見間違えようもない、漆黒の獣王カオスフウガだ。
「身を削ってまで星を守り抜いたこと…、見事だ」
そんな釧の言葉と共に放たれる竜巻が、瞬く間に機体を冷却していく。さらには、そのまま自由落下するはずの4機がぐいっ、と上に引き上げられた。
「悪ぃ、遅くなっちまった!」
カオスフウガと共に双頭獣たちを引き上げるクロスフウガの姿に、柊は自然と頬をほころばせていた。
「アニキ!!」
「悪ぃな。ホウガを連れて飛んでったカオスフウガをすぐに追いかけたつもりだったんだけどな」
ちらりと伺う隣では、カオスフウガが両脇で森王と輝王を抱えている。
どうやら下までは運んでくれるらしい。しかしその後、すぐに戦うことになるのかと思うとゾッとする。
「今、キサマと戦うつもりはない…」
まるで心でも読んだのか、釧の言葉に陽平は「あ、そう」とため息を漏らす。
ようやく地上が見えてきた。
とりあえず隕石の影響らしい影響は見当たらず、ただ、ギオルネとの戦いの傷跡が残るだけの時非海岸。
気がつけば、いつの間にやら柊は寝息を立て、楓は緊張の糸が切れたのか崩れ落ちていた。
おそらく、光海や孔雀も同様なのだろう。
「まずは…ゆっくり寝て、その後みんなで銭湯とかいいかもな」
陽平のそんな提案に賛成する者はなく、とりあえずはゆっくりするのもいいか。などと一人ごちる陽平であった。
時非の風に迎えられながら、陽平は思う。
これからも、この仲間たちとなら勝ち続けていけるはずだと。
この、勇者忍軍ならば…。
降魔宮殿──。
砕けた大太刀が転がる音が室内に響き渡る。
足に当たるそれを拾い上げ、森 蘭丸は感慨深くそれを眺めてみる。
なるほど。これが最後の貢物というわけか。
刀の柄尻からなにかを抜き出すと、蘭丸は手を離し、床で跳ね返った砕けた太刀を踏みつける。
「双武将、わかっていると思いますが…」
蘭丸の背後で二つの影が揺れ動く。
「勇者忍軍、少し甘く見すぎていたかもしれません」
火が落ちる室内を後にする蘭丸は、ふと信長が顕現した気配を感じていた。
しかし、彼が退室してから顕現したということは、入るなということ。あえてその場を見なかったこととし、蘭丸は扉に背を向けた。
「……」
ゆっくりと浮かび上がる砕けた太刀が、信長の右手に落とされる。
鎧ゆえ、握ることはできないが、太刀から感じる怨念はまさしく鉄武将のもの。
ゆらゆらと燃える青い炎が煌々と輝く中、信長はその太刀を己の内へと飲み込んでいった。