もはや完全に遊ばれていた。 為す術もなく、防戦一方な獣王を哀れむように、双武将ガイ・レヴィトは嘘泣きまでする始末。 「ごめんな〜。ウチら強すぎたやろ?」 余計なお世話だが、強すぎるのもまた事実。 この二人の連携にはまったくと言って良いほどに隙がない。 戦場を支配する奇剣に翻弄されるがまま、ヴァルトの拳に幾度となく叩きふせられる。 とんでもない威力だ。いったいなにをどうすれば、これほどの破壊力を生み出せるのか、ご教授願いたいくらいだ。 などと戯けたことを考えていると、本日何度目かの直撃を受け、獣王は街中へと墜落していく。 ボーリングのピンのように建物を薙払い、大地を穿ちながら、陽平は無理矢理呼吸を整える。 背中から建物に突っ込み、ようやく勢いの止まったクロスフウガに双武将の鎧巨兵が迫りくる。 絶体絶命のシチュエーションとしては、些か出来すぎ感はあるが、漫画やアニメのように突破口が見えるわけではない。 正直、かなり絶望的な状況だった。 なんとか立ち上がろうと踏ん張るクロスフウガに、レヴィトが哀れみの目でわざとらしい溜息をつく。 「自分、えー加減に気づきぃ? アンタじゃウチらに勝てへんよ」 「ほっとけレヴィ。そんなことより、さっさとこのデクをぶっ壊しちまおぅぜ」 なにがそれほどにヴァルトを苛立たせているのか、じれたように拳と拳を何度も打ちつける。 これ以上のダメージはクロスフウガが保たない。 「すまない…陽平」 「バカなこと言ってンじゃねぇ! とは言ったものの……確かにやべぇ…」 逃げようにも、光海をそのままに逃げ出すわけにはいかない。かといって、この二人を相手に未だ勝機は見いだせないでいる。 圧倒的な破壊力を誇る新兵器もなければ、助け合う仲間もいない。 気がつけば完全に孤立していた。 「くそっ! このままやられてたまるかよ!!」 抜け出せない穴で、もがき足掻くかのように、突然クロスフウガが飛び上がる。 「風遁解放…!!」 術の生み出した風を、獅子が高速で圧縮していく。 獅子に施された特殊な術は、炎や風、水といった力を無理矢理押さえつけるように圧縮を行う。 押さえつけられた力は消えまいと抗い、圧縮を超える力で反発力を生み出す。 そして、その反発力は爆発的な力となってただ一方にのみ解放されるのだ。 「フウガパニッシャーぁぁッ!!!」 獅子から放たれた竜巻が双武将の中心に突き刺さり、僅かながらその動きを制限する。 「なんのつもりだオメェ…」 これがどうしたと言わんばかりに、ヴァルトは竜巻に拳を叩き込むことで、フウガパニッシャーの生み出した竜巻を内側から破壊する。 「火遁解放っ!!」 「フウガパニッシャーぁぁッ!!!」 獅子から勢いよく放たれた熱閃が鎧巨兵を直撃する。 だが、忍巨兵の装甲さえもバターのように容易く溶かしてしまう熱量でさえ、双武将は涼しい表情を崩すことはない。 さすがに鎧の双武将の二つ名は伊達じゃない。陽平が今まで出会った中でも、間違いなく最高位の防御力を備えている。 「アン? この程度がなんだってンだ」 「まぁまぁ。最後の悪足掻きやし、黙って見てたろーや」 レヴィトの提案に、ヴァルトはつまらなさそうにそっぽを向いてしまう。 これだけの猛攻でさえ、双武将は涼しく受け流す。 やはり実力に差がありすぎる。 最初のダンジョンをクリアしたばかりの勇者パーティーに、最終ボスを倒せないのと同じ事だ。 しかも最悪なのは、彼らはまだ幹部であり、背後には信長という大物が控えているということだ。 肉体を失って尚、これだけの強者を従える織田信長という存在。考えるだけで震え上がりそうだった。 「もぉいいだろ?」 「せやなぁ…。ウチもええ加減飽きてきたしなぁ」 (油断したっ!? やるなら今しかねぇっ!!!) 素早く印を組み、紫電放つ術を獅子で圧縮する。 「雷・遁・解放っ!!!」 雷のエネルギーが獅子で抑えきれず、クロスフウガのボディに亀裂を走らせる。 あまりの力に獅子の顎が砂のように砕け、暴走したエネルギーがそのまま眼下の双武将めがけて降り注ぐ。 「ウォオオオオォォ!!! フウガッ、パニッシャァアアアアァァッ!!!!」 幾つもの落雷を一つに束ねたような、極太の雷光が大地に突き刺さる。 耳が馬鹿になるほどの轟音は、大気を伝わり時非中を震わせる。 大地を砕き、街を焼き、岩が蒸発したことで発生した湯気が辺りを包み隠していく。 「や、やべぇ…。光海が!?」 相手を蒸発させておいて、今更なにをと思われるような言葉を口にする。 だが、その瞬間ぶ厚い湯気から飛び出したなにかが、反応する間もなくクロスフウガの両腕を斬り飛ばしていく。 「な──っ!?」 陽平が言葉を発するよりも早く、それは槍のようにクロスフウガの腹部を貫いた。 「がっ!! ──げぶあっ!!!」 陽平の口から飛び散るおびただしい量の鮮血が、影衣を赤黒く染めあげていく。 「アンタ…、あんまし調子こくなや」 クロスフウガを串刺しにした奇剣を引き戻し、信じられないほどに鋭い目つきに変貌したレヴィトが苛立ちを露わに立ち尽くしている。 あれほどの攻撃でも装甲が溶け、各所破損はしているものの、レヴィトもヴァルトも、その鎧巨兵さえも健在であった。 力なく墜落した獣王はクリムゾンフウガから切り離され、陽平は為す術もなく大地に投げ出される。 なんとか息はあるようだが、それもあと数分の話。 この刻、この場をもって、勇者忍軍はガーナ・オーダに敗北したのだ。 「あんましウチのこと、怒らせへんこっちゃな」 いけしゃあしゃあと言ってのけるレヴィトに、ヴァルトはやれやれと頭を振る。 レヴィトは一度キレたら手が着けられないというのに、馬鹿なことをしたと陽平を一瞥する。 しかし、放っておいても直に死ぬ相手だが、このままやり場のない怒りを無駄にすることもない。 ヴァルトはゆっくりと歩み寄ると、凶器ともいうべき拳を振り上げる。 「トドメだぜぇ……風雅ぁ!!!」 だが、いつまで待とうともその拳が陽平に届くことはなかった。 ゆっくりと視線を動かせば、自慢の剛腕の肘から先が宙を舞っているではないか。 なにが起こったのか理解するまでに、それは双武将の目の前に現れた。 「召喚。忍獣海魔っ!【かいま】」 まるで水面を裂くように、藍色の鮫が空間を引き裂いて現れる。 「忍獣麗魔っ!【れいま】」 こちらは水面を突き破るように、空間を突き破った藍色のイルカが水もないのに飛沫を弾く。 「立て、忍巨兵っ!!」 光洋を呑み込んだ海魔が腕以外のパーツに変形すると、二つに割れた麗魔は海魔の腕となって合体する。 頭部が起き上がり、マスクを装着すると、額の水晶に風雅の印が浮かび上がる。 「変化! 海王忍者レイガ!!」 深海を表すような藍色の忍巨兵に、双武将の顔色が変わる。 聞いていない。そんなものは聞いていない。 だが、たった一機の忍巨兵が増えた程度で双武将の優位性は変わらない。 獣王は既に倒れ、双頭獣は未だに姿を見せず、森王にいたっては巫女が双武将に抑えられたまま。 警戒すべきは黒い獣王とそれに付き従う輝王だが、そちらは蘭丸が抑えると言っていた。 「獣王かてウチらに負けたゆーのに、そない末端の忍巨兵で──」 だが、言葉を終えるより早く何かがレヴィトの頬を掠めていく。 鎧巨兵を通じて感じる頬の痛みが、レヴィトの表情を硬直させる。 スローモーションのような動作で触れたそこには、ぬるりとした感触が広がっている。 「これで少しは静かになったろう」 海王の右腕、麗魔の鰭にあたる部分から、水のように透き通った刃がいつの間にか生み出されている。 今、頬を切りつけたのはこれかと理解すると同時に、切りつけられたのが頬だということに、レヴィトの怒りが爆発した。 「アンタはッ!! 絶対ッ!! 殺すッッ!!!」 猫のように大きく開かれた瞳が、海王を射抜くように凝視する。 まるで嵐のように暴れ出す奇剣に、光洋は驚いた様子など微塵もなく、ただレヴィトに向けて掌を突き出す。 「そのごつい口ごとバラッバラになりぃッ!!!」 刃の塊が海王をめがけて突進する。 おそらく回避は不可能なのだろう。鞭のような刃の塊ならば、変化に富んだ攻撃は当然のこと。 ならば無理に避けようとせずに、そのまま叩き返せばいいだけのこと。 「水遁…」 レイガの生み出した水が、渦を巻く鏡のように正面に広がっていく。その中心を打ち抜くように光洋の……レイガの蹴りが突き刺さり、水は螺旋を描く一筋の槍となる。 「貫け。トルネードランサーッ!!!」 水の槍と刃の塊が激突した瞬間、飛沫と共に水の槍が弾け飛ぶ。 だが、そんなことは些細な問題でしかない。刃の勢いを殺すまでいかずとも、トルネードランサーは既にその役目をまっとうしている。 そう。刃の塊に水の塊をぶつければどうなるかなど一目瞭然だ。 答えは… 「隙を見せたな。ガーナ・オーダとやら」 飛沫に視界を奪われた双武将の背後には、既にライフルを構えたレイガの姿があった。 「なんだとッ!?」 ヴァルトが振り返るよりも早く、光洋はその引き金を引いた。 「封泉滴ッ!!!【ほうせんてき】」 「スプラッシュショットッ!!」 封泉滴と呼ばれるライフルを高速で連射する。 封泉滴は強力に圧縮した水弾を発射する武器だが、水鉄砲と侮るなかれ。 その一発一発は小さな水弾だが、名の示す通り泉一つほどの水気が封じられているのだ。鋼鉄のように硬く、衝撃は普通の弾丸よりも遙かに重い。 嵐のように襲いかかる水弾に顔をしかめる双武将は、ヒビの走る鎧巨兵の装甲に目を見開いた。 侮っていたのは海王だけではなかった。獣王もまた、双武将の鎧巨兵に多大なダメージを負わせていたのだ。 いかに双武将と言えど、手傷を負った鎧巨兵でこれだけの水弾を受けきる自信はない。 ヴァルトは拳で、レヴィトは奇剣で水弾を弾きながらゆっくりと後退を始めていく。 「逃げるつもりか」 レイガの言葉に、光洋は首をかっ切るように親指を走らせる。 「トドメだ」 「尖水突【せんすいとつ】──昇れ水龍よ…」 ライフルを三叉戟に持ち換えるレイガの正面に、再び渦巻く水の鏡が出現する。 尖水突と渦の中心を合わせ、狙いを双武将に絞り込む。 「失せろ。サーペントチャージっ!!!」 投げつけた三叉戟が渦を突き破った瞬間に、龍を象って双武将へと翔る。 その破壊力は水遁のフウガパニッシャーを凌ぎ、貫通力はスパイラルホーンに次ぐと言う。 水の龍が双武将の間を割った瞬間、大地が裂け、衝撃が鎧巨兵を左右に弾き飛ばしていく。 大した威力だと感心すると同時に、光洋はすべての状況が自分に味方していたのだと認識した。 獣王の与えていたダメージもさることながら、雷遁のフウガパニッシャーが生み出した水蒸気は、この周囲に多くの水気を呼び寄せていた。 ゆえにあの力になったのだと思うと、光洋はどこか複雑な気持ちを隠せずにいた。 海王の放った水龍が空へと消えると、まるで龍神の涙であるかのように雨が時非の町に降り注ぎ始める。 それは逃走した双武将のものか、それとも破れた獣王のものか。どちらにせよ、涙雨には違いない。 そういえば、いつの間にやら獣王の姿も消えているではないか。 ぐるりと周囲を伺うが、それらしい姿はない。 忍巨兵同士では隠形機能は役に立たないゆえに、どうやら獣王もまた戦場を離れたのだと理解した。 しかし、あのダメージで果たして次の戦場に立つことができるだろうか。 「死んでくれるなよ、獣王の小僧」 そうだ。まだ、光海を不幸にした礼をしていないのだから。 「この場を去る。オマエも自己の判断で消えろ」 光洋の言葉に頷くと、海王は静けさを取り戻した時非からその姿を消したのだった。 なんだか水にでも浮かんでいる気分だった。 心地が良い。まるで赤ん坊にでも戻って、母の腕で揺られているような気分だった。 そんな感覚の中、意識だけは急速に現実へと引き戻されていくのを認識した瞬間、陽平の視界にいっぱいの光が飛び込んできた。 しかし、太陽とも電灯とも違う。表現するなら白い光といったところだ。 意識が鮮明になっていくにつれて、その光が細い、しなやかな指の──女性の掌から放たれているのだとようやく認識することができた。 光の向こうに優しい瞳が見える。艶やかな黒髪が頬にかかり、より一層肌の白さを際立たせる。 (みつみ…?) いや、違うようだ。 (かえで………つばきさん?) どちらも違う。しかし、とても身近な人物によく似た雰囲気を持つ者がいるのは確かだ。 そうだ。これは主のものだ。命よりも大切な姫、翡翠の持つ雰囲気に良く似ている。 守ると誓ったひとだ。そして、いつか貴女を守れるような強い忍者に…… そこで陽平の意識は一気に覚醒した。 「気がつかれましたか、勇者様」 知らない女性だ。ただの一度も会ったことがないはずなのに、不思議と懐かしい気持ちにさせられる微笑みだった。 自分を勇者と呼ぶということは、リード関係のひとなのだろうか。 「お……ぁ」 いろいろと尋ねたいのに言葉が声にならない。 必死に声を絞り出そうとした瞬間、女性の指先が陽平の唇にそっと触れた。 「焦らないでください。どうか、今この刻だけは御自愛を…」 どうして彼女はこんなにも泣きそうな顔をするのだろうか。 (俺は……女を泣かせることしかできねぇのかよ!) そう思った途端、無性に自分が情けなくなってきた。 情けないと言えば、獣王は…クロスフウガはどうしたのだろうか。 あれほどの深手で平気ははずがない。 「クロ…ス」 なんとか絞り出せた言葉だけで意味は伝わったらしい。 陽平の脇に置かれた獣王式フウガクナイを手に、彼女は心配はいらないと微笑んだ。 勾玉の輝きは失われてはいない。それはつまり、獣王クロスが生きていることの証明になる。 申し訳ないことだらけだった。 「椿には聞いていましたが……ずいぶんとお優しい勇者様ですね」 優しくなんかない。今だって貴女を傷つけているかもしれない。 少なくとも陽平の全力では、光海を救い出すことはできなかった。 「果たしてそうでしょうか」 まるで思考に対して言葉を返されたかのように感じた。いや、これは… 「お察しの通りです」 (やっぱり。俺の思考を読んでるのか?) 肯く女性に陽平は閉口した。 どうしてだかわからないが、彼女の読心術が自分に近いモノに思えて仕方がない。 「無理もありません。この力は、私の鬼眼によるものです」 鬼眼を持つ者は限られている。風雅の起源、惑星リードに深い関わりを持つ者であること。 むしろ、陽平に鬼眼が発現している方が不思議なのだ。 陽平の知りうる限りで鬼眼を持つ者は二人。自分と釧だ。 では、彼女はいったい何者なのだろうか。 「私ですか? 私は琥珀。惑星リードを故郷に持ち、風雅の総巫女を…そして、現当主を任されています」 琥珀の言葉に、陽平はただひたすらに度肝を抜かれた。 笑いかける琥珀に複雑な気持ちを感じつつも、陽平はどこか懐かしさにも似た気持ちに包まれていた。 |