渦巻く黄金は風を切り裂き、白銀の一角獣が獣王の黒衣を鮮やかに彩る。
 回転突撃槍。俗に回転削岩機やドリルと呼ばれるこの武装――スパイラルホーンは、カオスフウガの攻撃力を飛躍的に上昇させるだけではなく、防御面での強化や、スピードアップにも繋がっている。
 腕を振るだけで尖端の角が光を散らせ、これがただの武器でないことを物語る。
「ひと突きで仕留める」
 腐王を見上げる釧の言葉に、隣りに控えていた孔雀は再び勾玉を通じて巫力を開放する。
 螺旋の角が高速で回転を始め、夕焼けのような黄金の光がカオスフウガを包み込んでいく。
 輝王の生み出す光の術は、火遁のように攻撃性を持ち、風遁のように防御性をも持つ。金色に強化された角はすべてを貫き、回転の生み出す流れは遮るものを跳ね返す。故に攻防一体の陣となり、無敵の一撃を繰り出す必殺の武器になるのだ。
「ガーナ・オーダの武将と共に……砕け散れ」
 目の前の腐王を通して蘭丸に切っ先を向け、カオスフウガの容赦ない言葉が飛ぶ。
 本来ならばそれだけで逃げ出してしまいそうなものだが、変わらぬ笑みを浮かべる蘭丸に釧は訝しげな視線を向ける。
 まだ、これ以上に隠し玉があるとでも言うのだろうか。いや、たとえなにが相手であっても、この一閃を止められはしない。
「ふふ。これはさすがに分が悪い…」
 そう言いながらも、幾分の焦りも見えない蘭丸に、カオスフウガは可能な限り威力を乗せられるよう腰を低く落とす。
 なんのつもりか知れないが、蘭丸が次の行動を起こす前に仕留めればいいだけのこと。
 釧もまた同様に考えたのか、右腕を弓のように引いて振りかぶり、賢王と忌まわしいガーナ・オーダの武将に狙いを定める。
「一閃…!」
 地を蹴ったカオスフウガが、瞬く間に一筋の閃光へと変わる。
 忍巨兵最大の武器である瞬発力は、初速で最高速度まで引き出すことができる。
 この間合い、このタイミング、たとえ相手が神であろうと外しはしない。
「螺旋──ッ!?」
 だが、今まさに振り下ろそうとした瞬間、腕に絡み付いたなにかがカオスフウガの動きを阻み、進行方向とは真逆に引き戻される。
 力に逆らう力に右肩が悲鳴をあげ、釧が表情を険しく舌を打つ。
 腕に絡み付いた鎖鎌を振りほどき、背後から襲いかかる緑の影を左の手刀で叩き落とす。
「今のは──!?」
「あ、あれは忍獣カリュウですぅ!」
 蟷螂型の忍獣カリュウ。両手が伸縮自在の鎖鎌になった賢王唯一の攻撃兵器だ。
 舌なめずりするかのようにこちらの様子を伺っていたカリュウは、弧を描いて跳ね上がると、徐に左の鎖鎌を振り下ろす。
 ただ高速で伸びるだけの刃。かわすまでもないと絶刀で叩き落とし、左の獣爪がカリュウを一閃する。
 カオスフウガと比べれば小枝のようなカリュウの身体。その一閃に触れただけでバラバラに砕け散り、カオスフウガに降り注ぐように崩れ落ちる。
 純粋な戦闘型ではない賢王の抵抗などこの程度のもの。
 無造作に転がるカリュウの残骸を踏み付け、無表情のまま、まるで何事もなかったかのようにカオスフウガが賢王を振り返る。
 だが…
「釧さま!」
 悲鳴のような孔雀の叫びにその場を退いた瞬間、バラバラにされたとばかり思っていたカリュウの残骸が、なにかに引き寄せられるかのように一つの方向へと移動を始める。
 その先にあるもの。腐王と化した賢王の待ち構える姿に、釧はしてやられたと舌を打つ。
「武装…」
 喉の奥から絞り出したような声に、カリュウの残骸は賢王を覆うように合体していく。
 カリュウはバラバラにされてなどいなかった。自らを構成するすべてのパーツに分かれ、釧の注意を逸らしたのだ。
 いつもの釧であればこの程度の策に惑わされはしなかったはず。やはり焦りがあるのかとカオスフウガは内心で舌を打つ。
 カリュウのパーツによって羽と武器を得た賢王は、獲物を前にした蛙のごとく、ゆっくりとカオスフウガにじり寄る。
「気の早いことだ。武装しただけで勝ったつもりか…」
 ナメるのも大概にしろと踏み出すカオスフウガに、賢王もまた同様に飛び出した。
 黄金の軌跡を描く角と、腐食する禍々しい光が尾を引く鎖鎌がぶつかり合う。
 速さが互角になったとはいえ、攻撃の重さまでは誤魔化せない。
 徐に弾き飛ばされた賢王を一瞥すると、火遁を生み出すと同時に右腕の角を突き出した。
「サイクロンフレアっ!!!」
 角の生み出した螺旋の炎が賢王の身体を包み込んでいく。
 だが、そこは腐っても賢王。手にした鎖鎌を術と同じ方向、同じ速さで振り回し、サイクロンフレアをただの火遁に変えて打ち消すと、空いた鎖鎌をカオスフウガに投げ付ける。
「まだわからんようだな。もはやキサマの攻撃などオレには届かん」
 釧の体捌きに、まるですり抜けたかのように地に突き刺さる鎖鎌に、賢王は周囲の力をかき集めて印を組む。
「キサマとじゃれあうのも飽きた。我が手にかかり砕け散れ、トウガっ!!」
 賢王の生み出す雷が地を走るよりも早く、カオスフウガが一筋の光になる。
「一閃っ! 螺旋金剛角っ!!!」
 放たれた黄金の角を阻めるものなど在りはしない。
 胸を打ち抜くように穿ち、賢王の身体が中心から引き裂かれるようにバラバラになる。
 光と共に駆け抜けたカオスフウガは、膝をついて勢いを殺すと、背後で崩れ落ちる賢王に涙するかのように瞳を淡く輝かせる。
 共に戦場に立つことはなかったが、決してその名を忘れはしない。
 同胞を手にかけた怒りが、自然とカオスフウガを振り返らせる。
「カオスフウガ…、ヤツを殺せ」
 釧の言葉に、黒衣の獣王が無言で立ち上がる。
「キサマはいちいち癇に触る。ここで確実に息の根を止める」
「…できるかな?」
 腐王も失い、圧倒的不利な状況に追い込まれているにも関わらず、蘭丸の表情からはいつもの不敵な笑いが消えることはない。
 ここまで追い詰められて尚、蘭丸を笑わせるものがあるというのだろうか。
「でも、さすがだよ。切り札を切らなければ本当に殺されてしまいそうだからね」
 蘭丸は手にした鈴を数度に分けて小さく揺すると、意を決したように空高く放り投げた。
 丁度、カオスフウガの目の高さくらいだろうか。鈴を中心に黒い輝きが渦を巻き、空間に亀裂を生み出していく。
 まるで闇から引きずり出されるように、なにかがこちら側へと姿を見せた。
「……あれは」
 糸の切れた人形のように見えない力に引き寄せられて亀裂から現れた者に、釧は見覚えがあった。
 黒い巫女装束に身を包み、虚ろな瞳で世界を見据えてはいるが、あれは間違いなく森王の巫女だ。
「姉さま…!」
 どうやら孔雀の意見も同じらしく、その瞳に激しい動揺が浮かんでいる。
「察しの通り。彼女は森王の巫女さ…」
 手元に引き寄せ光海を抱き寄せると、蘭丸は壊れ物でも扱うかのように光海の頬に触れる。
「かわいいだろ? でもそれだけじゃない」
 耳打ちするように「見せてあげるんだ」と囁く蘭丸に、光海が腕を振り上げた瞬間、爆発的な巫力が周囲の木々を震え上がらせる。
 なにかしらの禁呪でも施されたのかと疑うほどに強大な巫力に、一瞬だけカオスフウガの動きがぎこちなくなる。
 どうやら化け物じみた巫力を直接叩き付け、カオスフウガの巫女として情報を書き替えようとしたらしい。
 咄嗟に巫力を開放した孔雀がカオスフウガの自由を取り戻すと、再び光海は糸が切れたように腕をおろした。
 想像を絶する才能だ。これ程の巫力を放つなど、統巫女である琥珀でも不可能だ。
 いや、これはもはや人間の生み出せる巫力量を遥かに超えている。
「キサマ……なにをした?」
 刺すような釧の視線に、蘭丸はさぁね、とばかりに笑みを漏らす。
「…お、おそらく姉さまの身体を触媒にして、周りに在る動物や植物の気を際限なく集めているのだと思われますぅ」
 孔雀の立てた仮説に、釧は内心で同意する。そうでもしなければ、この異常とも言える巫力に説明がつかない。
「どこまでも癇に触る…」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
 光海の髪を指先に絡ませる蘭丸は、すっ…、と賢王の残骸を指差した。
「さぁ、あれを使うんだ」
 死した忍巨兵さえも利用しようと言うのか。その言葉に釧の表情がより険しいものになる。
 だが、そんなことなどお構いなしに、光海はその強大な巫力を以て賢王の亡骸に新たな術を刻み込む。
「風雅流……武装…巨兵之術」
 刻まれた術が、無理矢理賢王の身体を変形させていく。もはや変形というよりも変態と呼ぶに相応しいそれは、光海の術に従いカオスフウガへと真っ直ぐに向かっていく。
「なにぃ──っ!?」
 武装巨兵之術は、武装に変わった忍獣や忍巨兵を、他の忍巨兵に融合させる術だ。それ故にカオスフウガが避ける間もなく、賢王のパーツはその四肢を覆い、カオスフウガの自由を奪っていく。
「振りほどけ!!」
 だが、釧の声も虚しくカオスフウガが膝をつく。
 表面を覆うパーツが装甲を突き破り、外側と内側の両方からカオスフウガを支配していく。
「ちィっ、こんなものっ!!」
 だが、引き千切ろうにもカオスフウガは指先一つ動かすこともできず、瞬く間にその機能の大半を腐王に奪われていく。
 刹那、釧と孔雀さえも取り込もうというのか、内側にまで侵蝕を始めた無数の触手が襲いかかる。
「「輝針っ!!」」
 クナイと薙刀が同時に煌めき、格子状に走る光が無数の触手を切り落としていく。
 だが、次の瞬間には新たな触手が襲いかかり、この二人の力をもってしても防戦一方の持久戦に追い込まれていく。
 際限なく襲いかかる触手の束を切り落としながら、孔雀は思わず涙目になる。
 そもそも孔雀は身体小さい分、持久戦には向いていないのだ。当然ながら釧のスタミナとは比べるべくもない。
 それを悟った釧は再び輝針を放つと、次の触手が襲いかかるまでの僅かな隙をぬって孔雀の襟首を掴まえる。
「ひぅっ!?」
 突然のことに孔雀が慌てふためくことなどわかりきっている。
 手にした獣王式フウガクナイにありったけの巫力を乗せると、襲いかかる触手の束に一撃を叩き付ける。
「地之型、牙狩りっ!!」
 釧の放つ剣圧がカオスフウガを内側から一気に切り開くと、襟首を掴まえた孔雀を半ば強引に放り投げる。
「く、釧さまぁっ!!」
 なすすべもなく忍巨兵から放り出される孔雀を尻目に、釧は再び襲い来る触手を根こそぎ切り払う。
「キサマがいては足手まといだ…」
 吐き捨てるように呟く釧に、足下から伸びた触手が一斉に絡み付き、瞬く間に四肢の自由を奪い取っていく。
 どうやらこの呪縛からは逃れることができそうもない。
(ならば…)
 そもそも、守ることも逃げることも釧の性に合わないことだ。
 ならばいっそ…
 だが、そんな釧の意思には関わりなく、カオスフウガと強制融合した腐王は、まるで繭で包み込むかのように釧の身体を封じ込めていくのだった。






「雅夫さまっ!」
 弟たちの案内を買って出たはずの椿が風雅の親子の前に姿を現したのは、丁度陽平が術の撃ち過ぎで完全にへばった頃であった。
 周囲の木々はへし折れ、所々焼け焦げた跡も見て取れる。
 いったいどんな修行をしたらこんなことになるのだろうか。そんな疑問が浮かび上がるが、今はそれどころではない。
「雅夫さま、黒が…」
「わかっている。だが、愚息はあの通り…」
 黒という言葉に、陽平の中でなにかが反応した。
「黒って……カオスフウガなのか」
 木にもたれかかりながら立ち上がる陽平に、雅夫は白々しく首を傾げる。
「親父っ!」
「仮にカオスフウガが現れたとして、今の疲れきったお前が勝てる相手ではあるまい?」
 まったくもってその通りなだけに、陽平はぐうの音も出ずに言葉を詰まらせる。
 だが、今戦える忍巨兵は獣王しかいないのだ。多少の無茶は承知の上。
「負けや……しねぇよ」
 どこか自信なさげに言葉を紡ぐ陽平に、雅夫はゆっくりと歩み寄る。
 その表情は真剣そのもので、父が今から言わんとしていることも想像できないわけではない。
「負けんだと。当たり前だ。忍びの死、それ即ち主君の死! お前が考えている以上に現実は過酷なもの。それを真に理解していると言うのなら、止めはせん」
 雅夫の剣幕に返す言葉が見つからない。
 負けたときの恐怖はつい最近味わったばかりだ。だからこそ敗北への恐怖は身をもって理解したつもりだ。だが、それがイコール翡翠の死に繋がるなどと口先だけで覚悟できるものではない。
 人一人を守るということはそれだけ重い意味を持つということだ。
「陽平君、黒の獣王が今のアナタに勝てる相手でないのはわかっていますね?」
 椿の言葉に、陽平はどこか観念したかのように頷く。
「黒の獣王は今、ガーナ・オーダの策略に嵌まり、半ば忍邪兵と強制融合状態にあります」
 椿の言葉に、陽平の顔色が変わる。
 にわかに信じがたい話だが、椿が冗談でこんなことを言う人物ではないことくらい知っているつもりだ。
「釧は……どうしたんだ」
 自然と握り締めた手に力が籠る。
「黒の獣王と共に忍邪兵に取り込まれた可能性が高いでしょう」
 その言葉に、陽平は無意識の内に獣王式フウガクナイを握り締める。
「待たんか! お前自身が勝てぬと言った相手は敵の手の内。しかも忍邪兵の力まで得た状態だ…。お前に勝ち目はあるまい」
 忍びが主君のために命を捨てるのは当然のこと。だが、まだそのときではない。
 命をかけるとは、決してむやみやたらに命を切り捨て、自らを死地へやることに非ず。
 語る雅夫の手を振りほどき、陽平は手の中にある大振りのクナイに視線を落とす。
「でも、俺は釧を倒したいんじゃねぇ。ましてや殺したいわけじゃない。助けたいんだ…」
 翡翠が泣くのを黙って見ているだけの忍びでいたくない。
「それができなくて、なにが勇者忍者だよ!」
 慟哭にも似た陽平の言葉に、椿は固唾を飲んで雅夫の言葉を待つ。
「俺、光海に嘘ついちまったんだ。最高の誕生日にしてやるっていったのに…でも、頼むよ! 俺を…、俺をこれ以上嘘吐きにさせないでくれっ!!」
 懇願する陽平と、押さえ付けるような雅夫の視線が交じり合い、僅かな、しかし重たい沈黙が流れていく。
「そう言うからには敗北は許されん。心してかかれ」
 やれやれと口を開く雅夫に首肯で応えると、陽平は疲れさえも忘れたかのようにその場を駆け出していく。
 この決断が裏目に出なければいいのだが。
 雅夫の瞳に映る息子の背中は、確かに大きくなった。だが、まだまだ子供なのだ。身体ではなく……心が。
「よろしかったのですか。正直、陽平君では…」
「勝てん……だろうな」
 雅夫の言葉に、椿は訝しげな瞳を向ける。
「しかし、今の荒行で陽平が見せたものが一握りでも出たならば……希望はある」
 酷く荒れている周囲を伺うが、やはりなにをどうしてこうなったのか、想像がつかない。
「血は……争えんな」
 どこか懐かしむように空を仰ぐ雅夫に、椿はかける言葉が見つからなかった。






 風雅の里で、賢王が敗れたことにいち早く気がついたのは、やはりと言うべきか、統巫女である琥珀であった。
 白い紙に真っ黒な墨を滲ませていくような感覚に軽い吐き気すら感じたが、賢王との繋がりを断たれた今、それすらも感じられなくなってしまった。
 どうやらガーナ・オーダはこちらの想像を絶する手段を持ち出してきたらしい。
 やはりこれ以上、蒼天の完成に時間をかけるわけにはいかない。
「日向、十八から二十一までの工程を省略します…」
 琥珀の言葉に、翡翠と卵の様子を観察していた日向は驚きの表情を見せる。
 忍巨兵製造にあたる琥珀の省いた項目は、言わば要と言っても過言ではない。当然他の作業よりも時間はかかるし、より困難な作業となる。それを省くということは、忍巨兵ではなく忍獣として蒼天が生まれることを意味する。
「すでに王の名を与えられた蒼天を……忍獣になさるおつもりですか?」
「事態は急を要します」
 どうやら意見を変えるつもりはないらしい。
 わかりましたと応える日向に「ごめんなさい」と告げると、琥珀は卵に抱きつくようにして眠っている翡翠に目を向けた。
 眠っていながらも順調に成長しているところをみるとまったく問題はないらしい。そもそも、彼女には疲れというものがないのか、翡翠から検知されている巫力はまったく衰えることを知らない。
(これが……奥義書の力?)
 いや、結論を出すには早すぎる。
 それに今はそのことを気にしているときではない。
「琥珀…」
 すっ…、と現れる椿に、琥珀はわかっていると小さく頷く。
 今しがた獣王が里から飛び立つのを感じた。おそらく黒の獣王の下へと飛んだのだろう。
「フウガマスターはなんと?」
「希望はある≠ニのことだけど…」
 それを目にしたわけではない以上、はいそうですかと信じるわけにもいかない。それがたとえ、現フウガマスターにして琥珀を守る立場にある風雅雅夫の言葉でも。
 しかしあの日、陽平は確かに告げたのだ。
「私は……彼があの約束を違えるとは思っていません」
 それは理由ある確信か、それとも希望的観測か。
 だが、少なくとも、風雅の里には嵐がくる。避けることのできない大きな嵐は、刻一刻と迫ってきている。
 二人が不安の面持ちで見守る中、沈黙を守り続ける卵はなんの変化も起こさないまま、時ばかりが過ぎていくのだった。












<次回予告>