竜王変化っ!!
 双頭竜の頭が下顎を残して外れ、二本の首と下顎が忍巨兵の脚と足に変わる。
竜の両脚は忍巨兵の肩と腕に変わり、先に外した竜の頭が両肩を覆うように装着される。翼を繋いだパーツをめくりあげ、二つ折りにすると、忍巨兵の背中にバックパックが現れる。長い尾が二つに割れながら背中に倒れ、付け根からは忍巨兵の頭が現れる。
「心転身之術っ!!」
 忍巨兵の額枠にある掛け軸が巻き上がり、後ろから現れた隠し通路を思わせる穴に陽平はその身を滑らせる。直後に額枠が隠し扉のように反転して水晶が現れる。
 心転身之術によって広がる感覚が忍巨兵に満ちたとき、竜王の瞳に輝きが宿る。
竜王式忍者合体…っ!!
 腕から現れる拳を交互に握り締め、額の水晶に風雅の印が浮かび上がる。
ヴァルッフウッガアァァッ!!!
 ガーナ・オーダがいないはずにも関わらず、突如として現れた竜王ヴァルフウガに、風雅に連なる者の全てが空を仰ぐ。
 扇状に広げた翼が雲を裂き、竜王は心通わぬ冷たい瞳で風雅の里を見下ろす。
「火遁……豪火球之術」
 突き出された掌から生まれた炎は、印を組むなどのなんの予備動作もなく里目掛けて特大の火球を撃ち放つ。
 その思いも寄らぬ行動に誰もが絶句した瞬間、赤い影がひとつ、竜王目掛けて飛び上がった。
凰連鎖【おうれんさ】……炎裂破ぁ!!
 鳳凰の尾を模した鎖が、瞬く間に火球を引き裂き、大翼の忍巨兵が竜王の前に立ちはだかる。
「先輩、いったいどういうつもりですか!?」
 困惑の色を見せながらも硬質化したショットクナイを構え、鳳王之戦姫が油断なく竜王を見つめる。
 無反応な竜王に訝しげな視線を向けつつも、押し黙ったままの楓は必死に事態の把握に努めていた。
 目の前にいるのは本物の竜王なのか。陽平は搭乗しているのか。何故竜王が風雅の里を攻撃するのか。
 だが、それらを知るにはあまりに情報が少な過ぎる。
「先輩! 答えてくださいっ!!」
 わからないことだらけの現状に対する不満をぶつけるように、楓は声を荒げる。
「答えなければ……!」
 危険なままの竜王を放置することなどできようはずがない。そうなれば、竜王を斬るしかない。
 そんな楓の葛藤を見透かすかのように、竜王が笑ったような気がした。
「答えなければ斬る≠ゥ。てぇめぇにできるかよ…」
 確かに聞こえた陽平の声に、楓は驚愕の表情を浮かべた。
 どうしてこう悪い出来事というのは続いてしまうのか。
 乗っていてほしくなかった。竜王が奪われたという方がまだ対処に悩まなかったかもしれない。
「先輩…!」
 唇を噛み締める楓に対し、陽平は嘲笑うように口の端をつり上げる。
「まずはクウガが相手ってことか…」
「止めなさい。ワタシたちにアナタと戦う意思は──」
 鳳王が言葉を紡ぎ終わるより早く、辺りに甲高い金属音が鳴り響く。
「ごたくはいい。止めてみろ…」
 竜王が投げた蒼裂を凰連鎖で弾き飛ばし、鳳王はやれやれとばかりに溜め息をついた。
「新たな忍巨兵の力がどれほどかは知りませんが、力づくがお望みですか」
「クウガ、竜王を破壊して先輩を摘出できますか?」
 それは、これ以上ないほどに難しい注文だ。心転身をしている以上、竜王へのダメージは直接陽平の死に繋がる。生きた陽平を無事に摘出しろというならば、答えはノーだ。
「まずは竜王を拘束します。彼が完全に抵抗できないようにして、それから技師に頼んで竜王から引きずり出してもらうというのはどうです?」
 正しく、言うだけならタダだ。やることそのものはひとつしかないというのに、それをするにはどれほどの障害が待ち受けているというのだろうか。
「まずは戦力を上げる…。柊と連携で動く必要が──」
「だろうと思って、急いで出てきたよ!」
 木々の間をすり抜けるように大地を走る青の風は、牽制代わりにと竜王目掛けて強烈な蹴りを打ち上げた。
「おらおら! 目ぇ覚ませよ竜王っ!!」
 勇ましく吠える牙王之闘士の蹴りを交差した両腕で受け止めながら、竜王の瞳が更に険しいものへと変わる。
「アニキっ! オイラたちの爪も牙も、仲間を傷つけるものじゃないはずだよっ!!」
「ほざけっ!!」
 力任せに牙王を撥ね飛ばし、竜王は両肩の手裏剣型ビーム機関砲──ヴァルショットを撃ち散らす。いかに忍巨兵とて、ここまで距離が近い状態で弾幕をかわしきることなどできようはずかない。だが、柊は周囲の風を味方につけることで竜巻状の防御壁をしき、牙王はその全てを容易く凌ぎ切る。
「そーとーキちゃってるみたいだね、アニキ」
「ブン殴って目ぇ覚まさせてやる!!」
「青【せい】一人では無理ですね」
「柊、合体を…!!」
 襲いかかる竜王の拳を避けながら、牙王と鳳王は青と赤の光となって、渦を描くように混じり合う。
「「表裏一体っ!!」」
 牙王は獣型に変化すると、四本の脚全てを折り畳むように収納する。人型に変わるときのように下半身を引き伸ばして牙王の脚を作ると、腰のパーツを下にスライドさせることで双王用の大きい脚が出来上がる。両肩の双頭は外れ、牙王の獣頭は空を仰ぐように上を向く。
 鳳王は人型のまま、両足を股から割くようにスライド展開させると、その間に牙王の頭が突き刺さる形で合体する。
 青の鎧・双牙と赤の鎧・双羽の腕パーツは双王の両腕に、脚パーツは両脚に装着され、鳳王の獣頭の首を伸ばし、胸に向けて折り畳むと、鳥頭が双王の胸部を飾る。首を伸ばした部分から赤を基調とした双王の頭が現れ、柊と楓、牙王と鳳王の意思が宿るように青と赤に双眸が輝く。
「「双王式忍者合体…っ!!」」
 鳳王の足裏から拳が現れ、両肩に被さるように牙王の双頭が装着される。
 双羽の翼と鳳王の翼で×字に背中を飾ると、その付け根からは鳳凰の尾羽が伸びる。
 額の水晶に風雅の印が浮かび上がり、双王は両拳を胸の前で打ち付ける。
「「ラグナッフウガアァァッ!!!」」
 ここまでの所要時間は僅か二秒。
 合体と同時に飛び出した双王は、竜王の拳に対して真正面から拳で応じる。ぶつかりあった衝撃だけで、竜王が双王よりも高い強度を持つことが伺えるが、そんなものは忍巨兵同士の戦いにおいて微妙な差を生む要素でしかない。
 拳同士がぶつかりあっている僅かな硬直を狙い、双王の左拳が伸び切った竜王の右腕を打ち上げると、ガラ空きになった右脇腹に、高速の回し蹴りを放つ。
 直撃を受けた竜王は、くの字に折れ曲がりながら後ろに吹っ飛ぶと、木々を薙ぎ倒して転がっていく。
 無理もない。竜王が陽平というひとつの目しか持たないことに対し、双王は二組の双子という四つの目を持っているのだ。瞬時に相手の隙を見抜き、そこに対して的確な攻撃を繰り出すなど造作もない。
「ちとやりすぎたかな…」
「いや、よく見ろ柊。野郎、まるで堪えてやがらねぇ」
 柊たちが強くなったことが事実ならば、陽平が強くなったこともまた事実。当たる瞬間に後ろへ飛ぶことで力を逃がし、蹴りの威力を殺したのだ。派手に吹っ飛んだように見えたのは、自分から飛び退いた勢いによるものか、竜王は苦もなく立ち上がる。
「アタマきたぜ…」
 竜王の姿が陽炎のように揺らぎ、大胆にも双王の四つの目が光る前で次々に分身を生み出していく。
「風遁煌…!」
 十二の竜王が、一斉に右腕を風遁の竜巻で包み込んでいく。
 火遁を使わないのは、どこかで理性が働いているからなのか、風遁煌による腕のダメージはないらしい。
「来ますよ。この威力、一発たりとも避けるわけにはいきません」
 もしも双王が避けてしまえば、その牙は間違いなく風雅の里を引き裂くだろう。
「先輩にそんなことはさせません」
「いつものアニキなら止めれたかもしンないけど……ね」
「片っ端から打ち落とせばいいんだろ。楽勝だぜ!!」
 構える全ての竜王を視界に捉えながら、各々が発射のタイミングを計る。ひとつでも順番を間違えば、全弾打ち落とすことは適わない。
「ファング…」
 腕そのものが高速回転をしているかのように、腕を取り巻く竜巻が唸りを上げる。
 腰溜めに構えた十二の拳が双王に向いた瞬間、両者の放つ裂帛の気合いが爆発した。
「「来いっ!!」」
「ナパァァァムッ!!!」
 螺旋を描く拳の弾道に、跳ね上がるように双王が動いた。
 一発目は右側面。これに対し、双王は凰連鎖を伸ばして巻き付けることで軌道を逸らす。続けて正面から三発。ジャンプと同時に高速の三連踵落としで叩き落とし、左側面からの二発にスケートのジャンプのように高速で回転する。
弐式っ!!
 両脚の鎧が両腕に装着される。胸部の鳥が背中に戻り、首の付け根を上にスライドしてうねりをあげる尻尾に変わる。
 拳を収納して爪を直角に立てると、双王の腕は脚に変わる。鳥頭のなくなった胸が扉のように開くと、突き刺さっていた狼の頭が起き上がり、上下を逆に回転する。膝のパーツを上にスライドさせて股を軸に両脚を左右に展開すると、双王の脚は腕へと変わる。背中の翼は下向きに折り畳まれ、どこか狼の毛皮を思わせる二重の鎧になる。脚の展開と同時に現れた青い頭部は瞳に光を宿し、腕の先端に双牙の双頭が装着されると、大きく開かれた顎から拳が現れ、額の水晶に風雅の印が浮かぶ。
 これだけの変形を行うのに使用した時間、僅か2秒。
 逆立ちした状態で回転を続ける双王ラグナフウガ弐式は、カポエラを連想させる蹴りを放つことで左の二発を打ち落とすと、右側面下方から迫る三発に対して、遠心力で振り回した尾を叩き付ける。
 だが、尾の一撃では威力が足りず、僅かに勢いを殺す程度にとどまったファングナパームに、楓は反射的に叫んでいた。
「柊っ!?」
「お任せっ!!」
 追い討ちとばかりに一発に肘打ちを落とし、咄嗟に腕を脚に変形させて二発同時に蹴り飛ばす。
「残り三発ッ!」
参式っ!!
 弐式から壱式へ、形状を巻き戻していく中、背中から尾羽を垂らす双羽の盾状パーツを分解する。双牙の双頭を背中に装着し、開いた二つの顎が巨大なブースターに変わる。
 先に外した盾状パーツの先端から折り畳まれた小型の鳥頭を引き出すと、それをそのまま右腕に装着する。
 額の水晶に三度、風雅の印が浮かび上がり、双王は遠距離砲撃戦用の参式に姿を変える。
火遁ッ、鳳之息吹ッ!!【おおとりのいぶき】」
 右手に装備された盾の先端から、火遁を超圧縮された熱閃を発射する。
 直線に走る赤い光が最後の三発を薙払い、先のすべてが分身であったことを教えてくれた。
 先の十二発は囮。ならば本命は次の一撃。
「風遁煌陣ッ!!」
「うっあ…あああああああああッ!!」
 死角ともいうべき真上から放たれる竜巻に飲み込まれ、双王参式は引き千切られそうな圧力の中で再びその姿を変えていく。
壱式ぃ…っ!?
忍巨兵之術…
 双王本来の姿に変わると同時に、楓は右手につけた闇王式甲糸の勾玉を黒いそれに付け替える。
ヴァルファングインフィニットォッ!!!!
 組み合わさった両拳が竜巻の中、双王の頭上を目掛けて超高速で落ちていく。
 逃げ場をなくし、完璧に避けられないタイミングだったはずだ。だが、どうせ避けられないならばと双王が取った行動は、迫り来る竜王の顎を真正面から受け止めることであった。
暴食…ッ、黒之顎ぉ!!!
 ヴァルファングインフィニットを握り潰すかのように受け止めに入った双王は、まず、凰連鎖を影魔爪に絡め付けて防御力を向上させる。続けて周囲の風遁に対抗すべく、土遁によって足下から花開くように岩の牙が伸びていく。
 属性的にも相性が良いためか、それとも全力を出しきれない竜王のせいか、内側から竜巻を引き裂いた岩の牙は、そのまま上空の竜王を食らう勢いでその顎を大きく開いていく。まるで大地の魔物が襲いかかるような不気味な光景に、陽平は笑わせるなとばかりに舌打ちする。
「たかが犬っコロがッ、竜に噛み付くなんざ百年早ぇぇッ!!!」
 左右から覆い被さるように閉じる牙に対し、竜王は脚を左右に開くと、両脚だけを竜の形状に変形させて力任せに岩の牙を引き裂いた。
「戻れッ、竜の顎ぉ!!」
 高速降下と同時にヴァルファングインフィニットを回収すると、脚の遁煌を発動させることで空にいながらにして土遁を生み出し、その一撃を双王が避け、竜王の蹴りが大地を割ると、そこを中心に地面が擂鉢状に陥没していく。
「先輩とは思えない術の切れ…!」
 蹴り抜いた地点を中心に、凄まじい加重がかかるのがわかる。竜王の性能もあるのだろうが、これは明らかに陽平が忍術を使いこなしているからに他ならない。
「ホント、アニキの成長速度には驚かされるよねぇ〜」
 正直なところ、こうして軽口を叩く余裕などないほどに竜王の力は強大だ。このまま相手を気遣うような戦い方を続ければ、双王が竜の顎に飲まれるのも時間の問題だ。
 打って出るしかない。それも、陽平を殺すつもりで技を繰り出す以外にない。
 口に出さずとも通じ合うかのように頷き合い、二人はその牙と爪を竜王へと向ける。だが…。
「諦めないでっ!」
 閃光と共に、竜王と双王に割って入る一角獣に、一同の視線が集まる。
 金色の角を回転させ、風を切って走る銀の忍巨兵に、竜王はジャンプで後退しながら両肩の蒼裂を投げ付ける。
「今更ッ、輝王ごときがしゃしゃり出るなッ!!」
「心を侵され忘れたというなら教えてあげます。忍巨兵には無限の可能性があるのだということを!」
 人型に変化した輝王センガが蒼裂の回転に合わせて薙刀を走らせる。糸を縦に裂くような精密な動きは蒼裂の勢いを殺し、まるで電池の切れたラジコン飛行機のように足下に落下した。
 やはり違う。今の声も、今の技も巫女・孔雀のものではない。翼でもあるのかと見間違いしそうな動きに、素早さと鋭さからはかけ離れた流れるような切っ先。
 一瞬、輝王にダブって見えた少女の姿に、陽平はまさかと両目を見開いた。
「葵……日向ッ!?」
 本来そこに在るはずの者、孔雀でないにも関わらず、輝王の放つ巫力は竜王の禍々しい力を封じ込めようとしている。
「日向サン、巫女だったの?」
 柊の問いに、日向はただニッコリと微笑み返す。
 多く語れぬ事情があるのだろう。しかし、援軍はないと考えていた楓にとって、これは嬉しい誤算だ。
 本来、巫女ではない楓にとって、鳳王と闇王を同時に扱うのは、想像を絶する疲労を伴う。双王に合体し、更に闇王を武装したこの姿では、遅かれ早かれ勝負はついていた。
(でも、輝王の回復力と攻撃力があれば、無理して影魔爪を使う必要はない)
 これで少しは有利に戦える。そんな安心感からか、楓は小さく溜め息をついた。
 それは片意地を張っていた自身への嘲笑か、それとも新たに現れたもうひとつの光に対する呆れか。
援軍之矢文っ。風雅流、忍巨兵之術…!
 深緑の流星と共に現れた大角の忍巨兵に、陽平は忌々しいとばかりに再び舌打ちする。
「森王之射手コウガ、遅れ馳せながら参上いたしました」
「ヨーヘーっ! 目を、目を覚ましてっ! お願いっ!?」
 続々と集まる忍巨兵たちに、竜王は再びその手に風遁煌を纏う。
「ヨーヘーっ!!」
「うるせぇぞ……光海」
 叫ばなくても聞こえているとでも言いたげな陽平に、光海はどこかホッとしていた。言葉は届く。それならばまだ完全にガーナ・オーダに染まったわけではないはずだ。
 弓を構え矢を番え、光海は竜王を通して陽平をしっかりと見据える。
「光海さんの巫力と、センテンスアローの破邪の力に賭けてみます。双王、私たちは援護を…」
 そう言うや否や、輝王は薙刀を構え、双王とは正反対の方向へと飛んだ。
「数や力押しで竜王が退くかよッ!! くらいやがれっ!!」
 輝王目掛けて放たれたファングナパームに、双王がいち早く反応する。だが、双王が援護防御に入るより早く、薙刀の腹がファングナパームを捉え、手の捻りで同じ方向に回転を加えることで威力を殺すことなく誘導すると、輝王自身も舞うように大きな円を描く。
「な──ッ!?」
 日向の技術によって、舞いの円運動に巻き込まれたファングナパームは、陽平の意思とは関わりなく竜王目掛けて飛び込んでくる。
 空いた左手で弾くように払いのけ、何事もなかったかのように右腕に戻してはいるものの、その額を流れる汗は驚きを隠しきれていない証しであった。
「巫力・風神…!」
 日向の放つ気流が、竜王の動きを妨げる拘束へと変わる。
魔斬閃っ!【まざんせん】」
 影魔爪から伸びる極細の糸が竜王の四肢を絡め取り、周囲の木々を利用して巨大な蜘蛛の巣を作り出していく。
魔牢巣っ!!【まろうそう】」
 全身を縛り付ける二重の拘束に、竜王は力任せの突破を試みる。だが、いかんせん、それは力で抜けられるような代物ではない。足掻けば足掻くほどに糸はその締め付けを強くし、風の拘束は徐々に激しいものへと変わりつつある。
「光海さんっ!」
「姫、今ですッ!」
 狙うは頭部。陽平を呪縛から解放することができれば、竜王は自ずと無力化する。
 番えた二本の矢に別々の力を込める。ひとつは荒らぶる気性を鎮める鎮静化の力。二つ目は陽平の心を解放する破邪の力。
 センテンスアローには、他の忍器とは違う特殊な能力が備わっている。それは、想いの強さに応じて力を奮う能力。リードとは違う、まったく別の国から持ち寄られた秘宝であったかの弓は、陽平の持つ獣王式フウガクナイよりも使う者を選ぶという。
(光海さんがその力を引き出すことができれば、陽平さんを解放することは容易いはず)
「ヨーヘー…!」
 硝子のように透き通る弦を、想いの強さで力一杯引き絞る。
「ヨーヘーっ!!」
「ナメるなあぁぁッ!!!」
 光海と陽平の視線が交差する。しかし、互いに片側通行の想いはぶつかる以外に道はなく、二人の叫びは戦場に響き渡る。
 そして、今まさに矢を解き放とうというその瞬間、陽平の感情の爆発と共に両手両脚の遁煌が一斉に解放される。
 爆ぜる勢いで魔牢巣を引き千切り、風の拘束を吹き飛ばす。
火遁ッ、煌臨ッ!!!【かとんこうりん】」
 腕が、脚が、凄まじい熱量からか赤々と染まっていく。手足だけではない。その身体も、頭も、竜王の全身が赤く変色し、両肩の竜が大きく口を開く。
「な──っ!?」
「先輩が……、竜王が変わる!?」
 翼の先端からは炎にも似た力が溢れ出し、蒼天の竜王を荒ぶる暴竜へと変える。
「こんな変形……、あるはずが…!?」
「だが、現に竜王は姿を変えた」
 設計上存在しないはずの力。それが使えるというのはやはり、忍巨兵が生ある者として進化する機械だからなのか。それとも…。

「みんなまとめて……、灰になれぇッ!!!」
 竜王のフェイスマスクが左右に開き、陽平によく似た顔が怒りの形相を剥き出しにする。
 刹那、竜王の姿が一同の視界から掻き消える。隠形したわけではない。そもそも忍巨兵の隠形機能は、同じ忍巨兵には通じないはずだ。つまりこれは…
「は、早いっ!?」
 慌てて周囲を警戒する双王の背中に、突如鋭い痛みが走る。
「くうぅ…ッ!?」
「にゃろ…! なんてデタラメな動きしやがる!!」
「いけない。あんな強力な力を使い続ければ、竜王は愚か、心転身している陽平さんの身体まで!」
 だが、日向とて他人の心配をしている場合ではない。元々忍巨兵の速度を目で追えるような人間離れした動体視力はしていないつもりだ。だからこそ初めから目で追うようなことはせずに、巫力・風神で自分の周りに風の流れを作り出し、その風を切って襲いかかる竜王の攻撃を間一髪でかわし続ける。
「だめです。陽平さんっ!!」
「ちょこまかと…、羽のようにぃッ!?」
 空を切る竜王の拳が、その秘められた破壊力から、大地を抉るように穿っていく。
 飛び散る破片を尻目に、竜王の側から離れていく輝王の姿に、陽平は忌々しそうに唇を噛む。
「しゃらくせぇよ…!」
 両肩の竜が吠え、竜王の装甲が溶け出すかのように赤々と燃え上がる。
 刹那、輝王は凄まじく重たい一撃を腹に受け、くの字に折れたまま軽々と後方へ吹っ飛んでいく。
「輝お──」
 吹っ飛んでいく仲間に目を奪われた瞬間、双王の顎を竜王の膝が打ち上げ、双王は大きく天を仰ぐようにのけ反った。
「な──にッ!?」
 まだだ。この程度の攻撃で膝をつく双王ではない。睨み付けてやろうと視線が竜王を探した瞬間、後ろ回し蹴りが腹をつの字に折り曲げる。
「死ねッ!!」
 突き刺したままの脚が火遁煌の熱量を爆発させ、双王の身体が山の麓に叩き付けられる。
 しかし、日向の目はこの場の誰よりも竜王の異変を見抜いていた。
「竜王が…」
 やはり強度が足りていない。今の攻撃でひび割れた装甲を見て確信した。もう一度今のような無茶な技を繰り出せば、竜王の脚は硝子のように砕け散る……いや、このまま戦闘を続けさせることの方がよほど問題だ。装甲を赤く染め上げるほどの熱量だ。いつ爆発してもおかしくない。だからこそ、一矢で仕留めなければならない。
「巫力・木霊…!」
 日向の巫力を地面に叩き付けると、周囲の木々が一斉に竜王へと絡み付いていく。
「巫力・風神!」
 閉じ込めるように巻き起こる竜巻が、竜王の動きを完全に封じると、日向は竜巻に向けて自身の巫力を叩き付ける。
「竜巻は戒め…、竜を縛る戒め也…! さぁ今です光海さんっ!!」
 矢を番え、琴のような音を奏でる弦を引き絞る。
 竜王を、陽平を射ることができるのは光海しかいない。それは日常であり、日常とは一種の言霊なのだ。
「そんなモン食らうかよッ!! 吠えろッ、竜王ヴァルフウガァァッ!!!」
 竜の咆哮と共に炎の翼が戒めを引き裂き、荒れ狂う竜が解き放たれる。
 やはり驚くべきは、たった二度の戦闘で竜王を使いこなす陽平の技術。操られているとはいえ、今の陽平は確実にヴァルフウガを使いこなしている。
 事実上、竜王はあらゆる面で獣王を超えたと言っても過言ではない。
「火遁ッ煌ぉぉ陣ッ!!」
 ひとつに組み合わせた拳が竜の顎となり、腕の遁煌から吹き出した炎が竜王を包み込むことで巨大な竜の頭を形作る。
 風のヴァルファングインフィニットとは比べ物にならない力が周囲の木々を根こそぎ薙ぎ倒し、近いものは瞬く間に灰燼と化す。
「竜王の顎によって…、砕けろッ!」
 その矛先が森王に向けられた瞬間、半ば反射的に双王が飛び出した。
「アニキだめだッ!!」
「もう、先輩を殺すしかない!!」
 そうしなければ陽平は光海を殺してしまう。陽平が戻らぬというならば、せめて自分の手でその命を刈り取るまで。
 双王の右手で影魔爪の巫力が爆発する。黒之顎で竜王の顎を飲み込もうというのか、楓は巫力によって包まれた影魔爪を竜王めがけて突き出した。
「楓さん、早まってはだめ!?」
 そんな日向の声も、もう届かない。だが、間に割り込んだ双王の爪と、山さえも打ち砕きそうな竜王の顎が触れ合った瞬間、それらをまとめて包み込むような巫力が風雅の里より放たれた。
「な──ッ!?」
「──にィ!!」
「そこまでですッ!!!」
 驚きの声をあげる竜王と双王に、まるで剥き出しの心のような声が叩き付けられる。
「友の命が貴いものと、学んだ貴方が仲間を手にかけることなどあってはなりませんっ!!」
 それは風雅を統べる巫女、琥珀の声。
 友の命という言葉が陽平の脳裏に砕け散る獣王を映し出し、同時に竜王を包む炎の顎が消失した。
 双王を弐式に変化させ、地面を穿つようにして咄嗟にブレーキをかけた柊は、チャンスとばかりに竜王の背後を取って羽交締めにする。
「しぃ〜っかり狙ってよね、光海さんっ!!」
 柊の言葉に、光海は無言のまま、しかし真摯なまなざしで弦を引き絞る。
「我が一矢は終局の鏑矢…!」
 光海の想いが矢尻に光を灯す。それは優しく、柔らかく、暖かな光だ。
 破邪の光を拒むかのように暴れ出した竜王の力が、双王を引き剥がして投げ飛ばす。それでも光海は、心静かに陽平を見つめていた。
「ヨーヘー。私もヨーヘーのこと、守りたいよ…」
 守られたい。守りたい。背中じゃなくて、貴方の顔を見ていたい。隣りに立ち、並んで歩いていきたい。誰でもない、私が一番でありたいから。
「だから…! 届いてぇっ!!」
 光海の指から光の矢が解き放たれる。空を裂き、風を切って飛んだ矢は、竜王の額を傷一つつけずに射抜き、陽平の中の忍邪兵だけを正確に捉えた。
 巫力の矢が周囲を緑に染めるほどに強い閃光を放ち、竜王は全身に巣食う黒い力にのた打ち回る。
 一同が不安の面持ちでその光景を見守る中、陽平は獣にも似た咆哮を上げながら額を押さえ、暴れ、転げまわる。
「ヨーヘーっ!!」
 どこか悲鳴にも似た光海の叫びに、陽平の中でなにかが反応した。同時に竜王の身体から熱が消え失せていくと、赤かった竜王もようやく蒼天の竜王の名に相応しい姿を取り戻す。
 多量の熱と共に全身の力も抜けてしまったのか、膝からがくりと崩れ落ちる竜王は、なんの支えもなく地面に倒れ込むと、額飾りの水晶から陽平の身体を吐き出した。
 霞みがかった視界がぐらぐらと揺れる。四肢に力が入らないのは、決して叩き付けられたからというわけではないはずだ。
(お……れは…)
 彷徨う視線を定めることもできず、幻聴のように聞こえてくる仲間たちの声を耳にしながら、陽平は安心感と共にその意識を手放していく。
 だから、意識を失う瞬間に、獣王の咆哮を聞いたような気がしたのは、きっと気のせいだったのだろう。






 結局、陽平が目を覚ましたのはその日の晩になってからだった。
 ことの顛末を伝えにきた光海と視線を交わすことさえなく、陽平は布団の上に座したまま握り締めた拳をじっと凝視する。
 不覚にもガーナ・オーダに操られた挙句、竜王を用いて仲間たちまで傷つけたという事実は確かに衝撃的だった。しかし、それ以上に光海をまともに見られない自分に対して、ある種の戸惑いを感じているのも確かだ。
(肌を刺す氷のような後ろめたさと押し潰されそうな罪悪感…。こいつが光海の感じてた不安か)
 結果的に光海の矢に救われたわけだが、その直前に誰かの声を聞いたような気がする。そうだ、あれは叫びというよりもむしろ祈りに近かった。あれはいったい誰の声だったのだろうか。
「ヨーヘー」
 押し黙る陽平を心配してか、どこか控え目に声をかけてくる光海に、陽平は心配ないと頭を振る。
 そうだ。いつまでもうじうじと悩んでいる暇はない。後悔なら十分にした。罪の意識ならば十二分に感じた。ならば次にするべきことはなんなのか、もうわかっているはずだ。
 無言のまま重たかった腰をあげた陽平は、手早く布団を片付けると用意されていた着替えに袖を通す。
「…よし」
 わざと声に出すことで、もう大丈夫だと自分に言い聞かせる。そんな陽平に光海も安心したのか、立ち上がると庭に続く襖をスッと開いていく。
 もう夏だというのにどこか肌寒く感じる風を受け、陽平は引き締まる気持ちのまま部屋を出る。擦れ違う瞬間、一瞬だけ光海と視線が触れ合ったような気がした。しかし、互いに視線を逸らして部屋を後にすると、二人は一定の距離を保ったまま歩き出した。
 気まずい沈黙が流れている。互いにそれを理解しているはずなのに、どちらから話すでもなく長い廊下を歩き続ける。
 ふと頭に浮かんだ光景は、事が起こるほんの少し前の出来事。
 瞳にいっぱいの涙を浮かべて手を取り合い、誘われるように瞼を閉じた光海が、長い睫毛を震わせながらゆっくりと近付いてくる。それに合わせて近付いた陽平は、こともあろうか光海の唇に…。
(……俺はあのとき、光海になにをしようとしたンだ)
 その光景を見れば、今時小学生でもわかるような回答を、陽平は出すことができずにいた。いや、答えを出すことを拒絶していた。そんなはずはないと、進んで日常を壊すまいと、そして、今の自分には許されないことなのだと言い聞かせる。
「ねぇ、ヨーヘー」
 突然声をかけられ、内心焦りを覚えながらも、陽平はいつもと変わらぬ口調で生返事を返す。
「あンだよ…」
 よし。大丈夫だ。ちゃんと、いつものヨーヘー≠演じられている。
 しかし、あえて振り返るようなことはせず、背中越しに光海の言葉を待つ。
「あのね…」
 光海の言葉を待つだけなのに、握り締めた手にはじっとりと汗が滲んでいる。
いったいなにを緊張しているというのか。緊張? いや違う。これは恐れ≠セ。聞きたくない言葉への恐れ。それは日常という世界を容易く瓦解させる禁句【タブー】。
「夏休み、どこか遊びにいきたいね。柊くんや楓ちゃん、翡翠ちゃんや孔雀ちゃんも一緒に」
 そんな他愛もない言葉に安堵の息を漏らし、陽平はやっぱり、そんなことあるはずがない、と内心で自嘲の笑みを浮かべる。
 その笑いを自分にと感じたか、どこか不満そうに頬を膨らませた光海は、どこか寂しげな表情で陽平の服を摘む。
「いいじゃない……そのくらい」
 いったいその一言にどれだけの想いが込められていたのか、残念ながら陽平には想像もつかなかったが、ただひとつだけわかったのは、光海も変わることを望んではいないということだけだった。
 だから陽平は、そんな光海のためにも、そして自分のためにも、いつものヨーヘー≠ニして言葉を紡ぐ。
「ったく、しゃあねぇな…。まぁ、その面子なら海なんかいいかもな」
「うん」
 長い廊下を歩き続ける陽平と、その隣りをついていく光海。二人の距離は、縮まったようで変わらない。
 それが……幼馴染みという関係だというのなら、なんと残酷な言葉なのだろうか。
 そうと知りながらも二人は幼馴染みであり続ける。それが、自分たちの距離なんだと信じて。












<次回予告>