遡ること数分前。天正の時代にタイムスリップした風雅陽平と、その時代で復活を遂げた獣王クロスは、元の時代に戻る方法をあれやこれやと相談しあっていた。
 琥珀と話した結果、陽平たちが未来に戻った際、獣王と竜王が肩を並べて戦えるようにと、獣王を単身でクロスフウガに合体できるよう改良を加えてもらってから数日。十兵衛の計らいもあって、いろいろと帰還方法を探してもらってはいるものの、やはり自分だけじっとしているのは性に合わない。
 元々頭脳労働担当ではないだけに、考え初めて数分で投げ出しそうになったわけだが、琥珀たちの言っていた予言が、今まさに起きていると思うと、いてもたってもいられないのは無理からぬ話だ。
 このまま陽平は元の時代に戻ることもできず、仲間たちは陽平不在の忍軍で戦っていかねばならないことになる。そして、風雅はガーナ・オーダに敗北する。それだけは、あってはならない。
「クロス、リードには時間を越える秘術とかねぇのか?」
 そういえばと言葉をかける陽平に、獣王は少し考え込むようにして記憶を辿っていく。
 今この場にそういった秘術が存在しないのは、琥珀の説明でとりあえず理解はしたのだが、ひょっとしたらリードにならそういった秘術や技術があっても不思議はない。
「ワタシの知る限りでは存在しないが、リードの秘術には未だに解明されていないものも多数ある。しかし、それを使えるかといえば、否だ。古のリードの秘術そのものが謎の多いもので、中には生命の奥義書のような危険なものがたくさんある。一歩間違えれば、自分が時を越えるつもりで現在の時間を破壊してしまうようなこともあるかもしれない」
 獣王の説明に、あまりいい想像は沸いてこない。というか、むしろ悪い想像しかできない説明だった。
 生命の奥義書そのものが危険かどうかはわからないが、少なくともそれ関係でこの戦が起きているのだから、翡翠たちにとっては危険極まりないものなのだろう。
 腕を組み、ウンウンと唸りながら考え込む陽平は、まとまらない思考を投げ捨てるように大きく伸びをしながら空を仰ぎ見る。
 獣王の背でこうして寝転がるのはどれくらいぶりだろうか。安心する空間。自分の庭とでもいうべきか。こんな平和を感じる時間が、ずっと続けばいいのに。
 そのためにも、陽平は一刻も早く元の時間に帰らなくてはならない。
 だが、ふとした瞬間、陽平の目の前で景色がぐにゃりと歪んだように見えた。
 思わず身体を起こして目を擦り、景色が歪む空を睨み付けるように凝視する。
 見間違えなどではない。間違いなく、景色が歪んでいる。
「クロス、あれはなんだ?」
「ワタシにもわからない。だが、あの部分だけ空間が歪んで見えている」
 どうやら陽平の目の錯覚ではないらしいことはわかった。それなら、あれはいったいなんなのだろうか。
「陽平、なにか来るぞ!」
 獣王の警告もむなしく、歪んだ空間から飛び出してきた緑の光は、まるで陽平を狙ったかのように真っ直ぐ降ってくると、驚く陽平の胸元にスッと消えていった。
「陽平、大丈夫か!」
「あ、ああ……」
 不思議そうに胸元を押さえる陽平は、どこか夢を見ているような瞳で空を見上げると、徐に獣王式フウガクナイを引き抜いた。
「クロス、帰るぞ」
「しかし、どうやって」
 影衣を身にまとう陽平は、歪んだままの空を指差したまま、忍獣クリムゾンフウガを召喚すると、獣王を背に乗せて大空へと舞い上がる。
「さっきの、光海の矢だったんだ。あいつが呼んでる。あいつが、未来から俺たちを呼んでるんだよ」
「想う一念岩をも通す……とは聞いたことがあったが、よもや時さえも越えてしまうとは」
 それについては陽平も驚きだったが、今はその想いに感謝する。
 琥珀たちに別れを告げられないのは残念だが、あの空間の歪みがどれだけ保つかわからない以上、必要以上に時間を割かれるわけにはいかない。
「四の五の言ってられねぇ。行くぜクロス。みんなを、あいつを助けに行くンだ!」
「応ッ!」
 かくして、思いがけない未来からの救援要請によって、過去を脱した陽平と獣王は、光海の矢が作り出した道を通って現代に帰還した。
 それが偶然だったのか、それとも必然だったのかは誰にもわからない。しかし、ひとつだけ言えるのは、予言など結局はアテにはならないということだ。
 光海を守るように降り立った獣王は、威嚇を続けながら、少し、また少しと忍邪兵との距離を詰めていく。
「いくぜ。みんなの借り、この場でまとめて返してやる!」
 獣王式フウガクナイの勾玉を交換して、陽平が跳び上がるのを待つと、獣王は忍邪兵に向かって単身で駆け出していく。
 仲間たちが見守る中、獣王は忍獣クリムゾンフウガを召喚すると、跳躍と同時に変化。続けて紅の忍巨兵クロスフウガへと合体していく。
「変化ッ! 獣王式忍者合体ッ、クロスフウガッ!」
「召忍獣。変化ッ! 竜王式忍者合体ッ、ヴァルッフウッガァッ!」
 陽平もまた、蒼天の忍獣ヴァルガーを召喚すると、自らもヴァルフウガへと変化する。
 紅と蒼。二つの忍巨兵が突風を巻き起こしながら大地に立つと、忍邪兵の瞳が明らかな敵意を剥き出しにする。
「陽平、来るぞ!」
「クロスフウガ、相手をかく乱する! 連携でいくぜ!」
「応ッ!」
 瞳が拡散ビームを放つと同時に、獣王と竜王が巧みな動きで忍邪兵の周囲を飛び回っていく。
 しかし、触手が伸び、ビームが襲い掛かっても反撃を見せない二大忍巨兵に、仲間たちに不安が募っていく。
 あの2人でも勝てなければもうダメだ。そんな不安な気持ちで見守る中、突如自らに触れる気配に光海たちはビクリと身体を震わせた。
「よ。ちょっと抱えるぜ」
「よ、ヨーヘー?」
 いつの間にそこにいたのだろうか。というよりも、いつの間に分身などしていたのだろうか。森王を抱きかかえる竜王の姿に、光海は驚きのあまり目を丸くする。
 どうやら仲間たちも同様らしく、皆、獣王または竜王のどちらかに抱きかかえられて戦線を離脱していく。
 攻撃を避け続けることで相手のオールレンジ攻撃を誘発し、その弾幕で相手の視界が遮られている間に分身を使って仲間たちを救出する。
 今までの陽平とはどこか違う戦法に、誰もが驚きを隠せずにいた。
「先輩。あの忍邪兵は強固な結界に覆われていて、通常の武器ではとても歯が立ちません」
「みてぇだな。さっきちょっかい出してみたけど見向きもしやがらなかったぜ」
 楓を抱きかかえる陽平は、やれやれとばかりにため息をつく。
「結界を貫いたら間髪入れずに集束ビーム。あんなの食らったら、アニキや獣王でもひとたまりもないよ」
「そうらしい。だが、今の我々に撤退の二文字は存在しない」
 柊を抱える獣王は、「そうだろう?」と竜王とアイコンタクトを交わす。
「あの忍邪兵は、足元から大地の気を吸収して再生を続けています。ですから、まずはそれを絶つことが先決です」
 日向の提案に頷き、忍邪兵付近の竜王が集中砲火の中を潜り抜けながら一気に足元まで降下する。
 なるほど。確かに巨大な根のようなものが地面に食い込んでいる。これを引き抜くのは、力技では無理だ。
「土遁煌陣ッ! ヴァルファングインフィニットッ!」
 組み合わせた拳を大地に叩きつけ、火山の噴火のように爆発する地面が忍邪兵の巨体を大きく揺さぶった。
 続けて竜王が根元に体当たりするのを見計らい、獣王が胸の獅子に炎を圧縮していく。
「火遁解放ッ! フウガパニッシャーッ!」
 正反対の位置で、頭付近を目掛けて熱閃をお見舞いすると、忍邪兵の巨体が僅かながら傾いていく。
 このまま追い討ちといきたいところだが、残念ながら今の攻撃で倒れない以上、深追いするのは危険すぎる。
 攻撃の嵐をかわしながら獣王と合流すると、陽平は面倒くさそうに舌打ちした。
 確かにあのバリアは強固だ。そして、凄まじい反発力も備えている。体当たりして気づいたことだが、あのバリアは瞳の閃光と同質のものだった。つまり、あれはバリアというよりも全身を覆っている弾幕そのものだ。守るだけにあらず、攻撃も兼ね添えているならば、あの防御力も頷けるというものだ。
「陽平、どうする?」
「あのバリアは貫けると思う。でも、その後に続かなけりゃ意味がない」
 襲い来る触手を一切迎撃せずにかわし続け、陽平は上も下も関係なしに宙返りを繰り返す。
 あの釧がいて全滅寸前だったのだ。ハナから一筋縄でいく相手とは思っちゃいない。
「エネルギーの塊みてぇなバリアは、砕くわけにはいかねぇ。そうなると真正面から貫くしか手がねぇわけだが……」
 残念ながら、今の輝王にスパイラルホーンを求めるのは酷だ。
 しかし、エネルギーの壁相手にバスターアーチェリーは効果が期待できないし、天翼扇はそもそもバリアに対して無力な兵器だ。残りはサイハか影魔爪ということになるが、影魔爪は元々、糸で相手を攻撃する武器だけに、それほど攻撃力の高い兵器ではない。ようするに、現在、唯一通じそうな武器はサイハだけということになる。
「問題は、サイハをつけても二の太刀が追いつかねぇってことか」
「陽平、キミの攻撃で結界を砕くと同時に、ワタシが霞斬りで仕掛けよう」
「だめだ。それだとあいつらと同じ結果になっちまう。せめて、スパイラルホーンがあれば話は別だけどな」
 できるだけ空で回避し続けることで、なんとか被害を最小限にとどめてはいるものの、こんな戦法ではいずれ落とされる。
 このままでは、獣王と竜王の力を持ってしても、この忍邪兵を倒すことは適わないかもしれない。そんな不安を振り払い、陽平は今一度状況を整理してみる。
 現在、まともに戦闘が可能な忍巨兵は獣王と竜王だけ。触手、拡散ビーム、集束ビームに関しては、決して避けられない攻撃ではない。当面の問題は、こちらの防御面ではなく、攻撃が通らないという点のみ。
「いっそ、暴竜で突っ込んでみるか……」
「危険すぎるな。ワタシは賛同しかねる」
 あっさり否定され、それもそうだよなと陽平は肩を落とした。
 暴竜は確かに強力だが、あれは攻撃力ばかりが上がって防御面が格段に下がってしまう諸刃の剣だ。後ろに仲間が控えているときならばいざ知らず、既に退路が絶たれたこの状況では、ただの特攻になってしまう。
「打つ手……ナシかよ」
 とてもじゃないが、現状でこの完璧ともいえる防御の壁を貫くことはできない。
だが、思わず陽平でさえも絶望を口にしてしまうこの状況に、一筋の陽光が差したのはあまりに唐突だった。
「ようへい!」
 突然聞こえてきたその声に、陽平は弾かれたように空を仰ぎ見る。
 遠く西の空から近づいてくる白い鳥の縮尺に首を傾げながらも、それが忍獣であることに気づいた陽平は、竜王を急いでそれに近づけた。
「ようへい……ようへい!」
「翡翠か! なんでこんなところに!」
 白い忍獣──白鳥型忍獣トウキを誘導して、仲間たちの傍に降り立った竜王は、トウキの口から姿を見せた翡翠に、どこか安堵のようなものを感じずにはいられなかった。
「ようへい、これ、とどけにきた!」
 そう言って小さな手で差し出されたものに、陽平は見覚えがある。
 あれは、獣王と三位一体する際、いつも陽平が紐解いている風雅之巻だ。
 竜王から飛び降りた陽平は、自らの持つ風雅之巻を取り出して、翡翠のそれと比べてみるが、違いがあるようには見えない。
「これ、こはくからあずかった」
「琥珀さんから?」
 てっきり風雅之巻のことかと思えば、翡翠に手渡されたのは風雅の印が刻まれた額当てだった。
 これをつけろということなのだろうか。とりあえず手渡されたそれを頭に巻きつけ、適当に位置を直してみる。
「これでいいのか?」
「ん」
 頷く翡翠に首を傾げ、仲間たちも何事かと事の成り行きを見守る中で、陽平は奇妙な幻聴を耳にした。
『……陽平さん、私の声が聞こえていますか?』
「琥珀さん? え、でも……」
 思わず周囲を見回すが、付近に琥珀らしき人影は見当たらない。
 ということは、この額当てが琥珀の声を届けているということになるが……。
『おかえりなさい、陽平さん。ですが、今は詳しく説明している暇はありません』
 琥珀の言うとおり、獣王が1人で忍邪兵の相手をしてくれているが、所詮は時間稼ぎ。自分も急いで戻らねばならない。
『まず、翡翠姫を獣王へ乗せてください』
「翡翠を? それって、翡翠に戦わせろってことですか!」
 琥珀の声が聞こえない分、仲間たちが目を白黒させている中、陽平は僅かに声を荒げた。
「それは危険すぎます」
『いえ。もう、こうするより手立てがありません。翡翠姫もそれは了承済みです』
 振り返れば、翡翠の頷く姿が見えた。
『いいですか。獣王に翡翠姫を乗せ、獣王と竜王で同時に三位一体を紐解いてください』
 手にしたそれを見つめ、琥珀の言葉を反芻する。
『巫女と忍び。獣王と竜王が同時に三位一体を起こすことで、陽平さんはより強大な力を手にするでしょう』
 より強大な力という言葉に、陽平は自身の手が震えていることに気がついた。
 武者震いとは違う。どちらかといえば、より強大な力を手にすることを、本能が恐れているような感覚だ。
 翡翠に布を引かれ、大丈夫だと笑って見せるが、とてもじゃないがそんな強大な力を制御する気にはなれない。
『迷っている暇はありません。あなたの決断ひとつに、この世界の命運が左右されようとしているのです』
 ダメだ。話のスケールが大きすぎる。世界だとか言われても、イマイチぴんとこない。
『あなたは言ったはずです。“現在を戦うのは自分と獣王の役目だ”と』
 それは、過去の世界で陽平が口にした言葉だ。そしてそれは同時に、陽平の新たな信念へと繋がっている。
『その言葉が偽りでないならば、守り抜きなさい。獣王の忍び、風雅陽平』
 優しく、厳しく、そして暖かな言葉が胸に染みていく。
 見れば、不安そうに見上げる姫の目にも、信頼のような感情を読み取ることができた。
 そして、陽平を見守る仲間たち。
(後悔なんてもうしねぇ。だからってする前に怖がってちゃ意味ねぇよな)
 自分を嘲る時間はこれで終わり。今からは勇者忍者として、何者にも勝る勇気を奮い立たせるとき。
「翡翠、行くか?」
「ん」
 頷く翡翠の頭を撫で、心配ないと笑ってみせる。
「怖くないか?」
「だいじょうぶ。みつみたちが、みてる」
 みんなが見守ってくれている。そんな翡翠の言葉に、陽平は今一度仲間たちを振り返る。
 不安や期待、信頼や疑心が見て取れる中、陽平は光海に向かって親指を立てた。
「任せろって。俺が、すぐになんとかしてやっから」
「うん。信じてるよ」
 その言葉で、完全に吹っ切れた気がした。
「よっしゃ。いっちょやるか! クロスフウガ、翡翠を乗せてくれ!」
「心得た。しかし、本当にやれるのか?」
 どうやら獣王には琥珀との会話が聞こえていたらしく、彼にしては珍しく不安を口にする。
 竜王の掌に乗せた翡翠を獣王に送り届け、忍邪兵の攻撃を機敏な動きでかわし続ける。
「確かに、この攻撃の嵐じゃ難しいかもな」
 しかし、そんな杞憂は一瞬のこと。
 突如、地上から放たれた支援砲撃に、陽平は口元が緩むのを抑えることができなかった。
「なにをする気かしりませんが、時間を稼ぐくらいはできますよ。先輩」
「そうそう。アニキはちゃっちゃと自分のすることしちゃってよネ!」
 ショットクナイで援護する鳳王と牙王に、忍邪兵の攻撃が降り注いでいく。
「早く、終わらせてください」
「そろそろ疲れてきちゃったので、お願いしますね」
「及ばずながら、援護します」
 瑪瑙、日向、孔雀の3人に苦笑を浮かべつつも、その気持ちが嬉しくて、やはり笑みがこぼれ出す。
「キサマに力を貸すのは癪だがな……」
 そう言いながらもしっかりと援護してくれているのは、光洋操る海王だ。
「ヨーヘー、手を繋いでいなくても、ヨーヘーの力はいつだって“1人じゃない力”だよ」
 光海と森王の援護に、不安など忘れてしまえるくらいの安堵を感じる。
 そうだ。いつだって、こうして仲間が背中を守ってくれていたから戦えた。だからこそ、自分が一番前に立って戦わねばならない。
「それが、勇者忍者だろッ! いくぜ、クロスフウガッ!」
「応ッ!」
 獣王と竜王が真上に加速すると、一気に忍邪兵の攻撃圏内から脱出する。
「翡翠、準備はいいか!」
「だいじょうぶ」
「よっしゃ! 鬼が出るか蛇が出るか、一世一代の大博打、いくぜッ!」
 翡翠に合わせて風雅之巻を紐解き、秘められた術を解放していく。
「「風雅流奥義之壱ッ! 三位一体ッ!」」
 術が獣王と竜王を包み込み、陽平という人間を媒介にひとつに繋ぎ合わせていく。
「ぐっ! ぅぐああッ!」
 全身に刻み込まれていく呪印が、陽平の体に激しい痛みを与える。
「ようへい!」
「ぐあ、ああああああああッ!」
 引き裂かれるような痛みに身体が縛られ、身動きが取れない。こんなところを狙い撃ちになれれば、自分は愚か、獣王と竜王に巻き込まれて、翡翠までもが共倒れになる。
(そんなこと……させて、たまるかよォ!)
 だが、激痛は身体を縛りつけ、陽平は自らの意思で指ひとつ動かせないでいる。
 そして、最悪の予想は最悪の形で現実となった。
 こちらに一番近い部分に忍邪兵の瞳が現れ、ありったけのエネルギーを集束させていく。
 この一撃で勝負を決めるつもりなのか、忍巨兵の砲撃など意にも介さずエネルギーを溜め続ける忍邪兵に、陽平はゆっくりと拳を握り締める。
「ま、けるか、よォ!」
 少し、また少しと身体の自由を取り戻していく。だが、間に合わない。
 瞳が集束ビームを発射した瞬間、陽平は目を閉じることも忘れてその光景を睨み付ける。
 しかし、意外なことにそこに割り込んだのは虹の翼を携えた紅い巨兵の姿だった。
「釧ッ!」
「やらせんッ! 風雅陽平を倒すのは、この俺だッ! 吼えろガイアフウガ。撃ち抜け、雷遁、フウガッパニッシャーッ!」
 真獣王から放たれる雷弾が集束ビームを受け止め、立て続けに拳を突き立てるガイアフウガがビームを引き裂いていく。
「見せてみろッ! キサマが、勇者忍者であるという、その証をッ!」
「ああ! 見せて、やらァッ!」
 身体の束縛を引き裂いた陽平が、獣王と竜王の身体に重なり合っていく。
 過去から受け継がれた獣王の意思が、未来に受け継がれていく竜王の戦う力が、陽平という現在を戦う勇者を中心にひとつになる。
 獣王を背に乗せたヴァルガーが分厚い雲を突き破り、弾けるようにパーツに分かれていく。
 そのパーツ一つ一つが組み合うことで、獣王の力をより強固に、より猛々しいものへと姿を変えていく。
 竜頭の腕に、竜尾の脚。背中に広がる竜王の翼に裂岩が装着され、獅子の胸部がより雄々しい鬣を広げていく。
「獣帝式、忍者合体……ッ!」
 クロスフウガの声に瞳が煌き、額の水晶を中心に角が展開する。

「「マスタァァァァッ!! クロスッ! フウッガァァァァァァァァッ!!」」
 突き出された刀印が周囲の雲を、風を、空気を引き裂いて、新たな忍巨兵の誕生を天空から知らしめる。
 最初にそれを見たのは光海だった。
 その姿に言葉を忘れ、ただ目を丸くして魅入っていた。
 次にそれを見たのは、力尽きて落下した釧だった。
 その姿に畏怖を、そして憧れにも似た感情を感じていた。
 つられて次々に空を見上げる仲間たちが、新たな勇者忍者の伝説が始まったことを、実感せずにはいられなかった。
 だが、突如、静寂を引き裂くように、忍邪兵の集束ビームが放たれる。
 誰もが回避不能と思われたその攻撃が、雲のない空へと伸びていく様に、一同は思わず身を乗り出していた。
「まさか……ヨーヘー!」
「何を見ている。風雅陽平なら、あそこだ」
 駆け出そうとする光海を制して、忍邪兵の向こう側を指差す釧に、誰もが驚きを隠せないといった表情を見せる。
 いつの間にそこに移動したのだろうか。ビームが撃たれた瞬間、獣帝マスタークロスフウガは確かにその射線上にいた。だが、そのビームが天に届いたというのに、獣帝の姿は忍邪兵の向こう側に在る。
 誰もが今の光景に我が目を疑い、何度も両の目を擦る。
「あのタイミングで……かわしたんですか。先輩」
「なんちゅースピードだよ。でも、あれじゃアニキの身体だってもたないンじゃ……」
 しかし、楓と柊の心配を他所に、陽平は特になんでもなかったかのように拳を何度も開閉させる。
 あの陽平が余裕を見せているのか、それともただ強大な力を持て余しているだけなのかはわからない。しかし、それが明らかになったのは次の一撃が獣帝に向けられた瞬間だった。
 忍邪兵も獣帝を危険と感じたのだろう。本体の腕を覆うように開いた無数の瞳が、一度に集束ビームをチャージする。
「っ!?」
「あれでは、逃げ場もない!」
 瑪瑙、日向の姉妹が驚くのも束の間、発射された無数の光が獣帝に襲い掛かり……
「わからねぇのかよ」
 獣帝を素通りして、その背後に広がる焼け野原を再び吹き飛ばしていく。
 爆炎を背に瞳を煌かせる獣帝の姿に、誰もが息を飲み、再び戦場に静寂が訪れる。
「もう、お前じゃ俺たちには勝てねぇってことが」
 半ば自棄になったように集束もせずに連射されるビームを棒立ちで受け続け、次々に直撃したビームの威力が獣帝の姿を煙の中へと隠していく。
 何故避けないと、叫ぶ仲間たちの声も聞こえているはずなのに、獣帝は黙って忍邪兵の攻撃が終わるのを待ち続ける。
 数十秒ほど続いたビームの嵐もようやく治まり、やっと終わったとでも言いたげに姿を見せた獣帝は、全身を薄紅に光らせる格子状の膜で包み込んでいた。
「クロスフウガ、こいつは?」
「我々の身を守る鎧であり、動きに合わせて重力を遮断することで獣王以上の速度と機動性を生み出すリードの秘法のひとつ。光鎖帷子【ヒカリカタビラ】」
 前面に集中していた光が再び全身に散っていくのを確認すると、陽平はなるほどとばかりに腕を横薙ぎに振るう。
「ってことは、あいつの攻撃を気にする必要がなくなったわけか」
 刹那、獣帝は忍邪兵の目の前に瞬間移動すると、両腕の竜頭に付属した角をブレードのように起こして十字に切り裂いていた。
 実際、瞬間移動したわけではなく、単純に移動して斬りつけただけなのだが、獣帝の速度は誰の想像をも、明らかに上回っている。
 だが、さしもの獣帝もブレードの一撃だけでこの忍邪兵を倒すことは適わないらしく、再生しながら手足に巻きついていく触手に、陽平はやれやれとため息を漏らした。
「だから、往生際が悪いってンだよ、そぉいうのはッ!」
 陽平の気合いがそのまま力となって獣帝の全身から突風を吹き出すと、触手の残骸が落ちるより早く、獣帝の掌を地面に打ちつける。
「土遁……超ッ岩石畳替えしィッ!」
 いったい誰がこんな光景を想像できただろうか。
 あの巨腕の忍邪兵が、捲れ上がった巨大な土壁に弾き飛ばされて宙を舞う姿は、おそらくこの先、長生きしたところでお目にかかれる光景ではない。
 忍邪兵が落下するより早く、火遁を獅子に、氷遁を両腕に圧縮した獣帝は、その二つを融合させて、爆発的な力を一度に解放していく。
「氷炎解放【ヒエンカイホウ】……。メギドッ! パニッシャァァァァァァッ!」
 巨腕の集束ビームをも凌駕する光の奔流が、忍邪兵自慢のバリアを易々と打ち砕き、立て続けにその巨体を横一文字に両断する。
 否。忍邪兵を両断したのは、斬影刀を逆手に持ったマスタークロスフウガであり、そのあまりの速さは自身の放ったメギドパニッシャーをも追い抜いてしまったらしい。
 背後に切り抜けた獣帝は、その巨体を音もなく着地させると、後ろ腰に斬影刀を納めていく。
「霞斬り……」
 斬った感触は確かにあった。にも関わらずその名を口にしたのは、陽平自身が斬ったことを自覚するためだ。獣帝もまた、勝利を自覚するために空いた手で刀印を組む。
「……成敗!」
 その言葉を皮切りに空を爆炎で染め上げる忍邪兵は、小規模の爆発を何度も繰り返し、終いには特大の爆発起こして散っていく。
 焼ける音と、燃え上がる音、そして空に舞い上がる黒煙を背景に振り返る獣帝マスタークロスフウガの姿に、仲間たちは我先にと駆け足で集まっていく。
 久しく響く獅子の咆哮が戦場に轟く中、陽平は獣帝の誕生と、仲間たちの無事に、ようやく心から安堵の笑みをもらすことができた。
 一歩間違えれば破壊しか生み出さないような強大な力だけど、クロスフウガが、翡翠が、仲間たちが、そしていつも幼馴染みが傍にいる限り、陽平は決してその方向を見誤ることはないだろう。
それは、この力が決して陽平1人の力などではなく、ただひとえに守りたいと願った者たちの、“1人じゃない力”だからなのかもしれない。
 そう、心から感じることができた結末だった。
 季節はもう、秋色に染まり始めようという9月半ば。都心を焼け野原に変えるほどの大きな戦いは、ようやく終わりを告げた。













<次回予告>