あの戦いから数日──。
 風雅陽平と翡翠は未だにここ、アークに留まっていた。なにも好きで留まっていたわけではなく、ただ帰る方法がみつからないだけ。
 和真の誘いでアークに迎えられた陽平は、そこで匿われていた翡翠と再会したことで安心しきっていたが、肝心なことをすっかり忘れていたために、こうして帰還方法を探しながらアークでの時を過ごしている。
 そろそろ一週間。普段細かいことを深く考え込まない陽平にもそろそろ焦りが見え始めていた。
「俺たちが帰る方法、まだわからねぇのかよ…」
 吐き捨てるように口にする陽平に、和真は苦笑を浮かべる。
 無理もない。彼の守るべき主君である翡翠は、なんだかんだで順応性の高い子らしく、こちらの生活に馴染みきっている。
 今日も今日とてご馳走を作るとかで、サヤと準を連れ立って買い物に出かけている。
「まぁ、サヤが必死に探してくれてるからな。すぐに帰れるさ、きっと」
「だといいけどな。なんせこのままじゃ俺、西宮に記憶の隅まで搾り取られちまう」
 連日における麻紀の質問攻めはそれほどに苦痛だったのかと、和真は再び苦笑を浮かべた。
「ただいまー。和真兄ちゃん、陽平兄ちゃん!」
「ただいま帰りました」
「ただいま」
 騒がしい声が聞こえる。十中八九、買出し組が帰ってきたのだろう。手にしたビニール袋をがさがさと鳴らした3人は、部屋に入ると早速買ってきたものを取り出していく。
「また大量に買い込んだなぁ…」
「宴会でも開く気か…」
 思わず苦笑する2人に、翡翠が振り返る。
「2人とも…いや?」
 そんな悲しそうな顔されて「いやだ」と口にするはずもなく、2人はあえなく撃沈した。
「しっかし、本当に山のように買ってきたんだな…」
 肉から野菜、ジュースにお菓子、ケーキを作る材料まである。
「それに洗面器に…缶詰?」
 よくわからないラインナップに、和真が手に取って首を傾げる。
「洗面器は翡翠ちゃんが食べたいって言った、大きなプリンを作る型なんだって」
 準の説明に陽平が突っ伏した。
「だめ?」
「いや、かまわねぇけど…腹壊すなよ」
 多少引きつった笑みのまま翡翠の頭を撫でる陽平に、和真はやれやれとばかりに溜息をついた。
 いつの間にかサヤは調理に入り、準も翡翠もそれに倣って食卓の準備を進めていく。
 仕方ないと、2人も手にした布巾でテーブルを拭き出来合いのおかずを並べていく。
「プリン、あとは冷やすだけだね!」
「ん。」
 準の言葉に嬉しそうに頷く翡翠は、そのまま陽平の下までかけていく。
「ようへいもいっしょに食べる」
「あ、ああ…そうだな」
 洗面器大のプリンなど食せるのだろうかといささか疑問が浮かぶが、振り払うようにして陽平も頷いた。
「あ、すみません。缶詰を開けてサラダに添えていただけますか?」
 聞こえてくるサヤの声に、陽平はふと手元の缶詰に目をやる。
「バ○サン…」
「これ缶詰じゃねぇ!!」
 思わず和真の盛大なツッコミが入るが気にせず隅へ置いてく。
 ビニール袋から缶詰を取り出し、缶切り代わりだとばかりに取り出したクナイを構えた瞬間、陽平も和真の表記された文字に頬を引きつらせる。
「「開けちゃダメ」」
 揃って読み上げた缶の表記。中身ではなく、ただ開けちゃダメ≠ニかかれた缶詰に、2人の肩がわなわなと震える。
「面白そうでしょ。それ、ひとつしかなかったんだよ」
 誇らしげに語る準に絶句したまま、陽平はその缶にクナイを突き立てた。
「お、おい…」
「このままじゃ腹の虫が収まらねぇ」
「いや、わからなくもないが…」
 そう言う間にも、陽平は器用にクナイで缶詰を開けていく。
 当然気になったのだろう。翡翠や和真の覗き込む中、缶詰の蓋を切り抜き、クナイの先端を隙間に入れて押し上げる。
 中身は黒かった。否、穴が開いている。ただ、穴と言っても向こうが見えるわけではなく、缶の中には渦巻くような闇が広がっている。
 刹那、凄まじい吸引力にクナイを持った手が缶の中に引き込まれる。
「なッ!?」
「陽平兄ちゃん!?」
「くっ、翡翠いくぞ!」
 そのまま引き込まれるのだとわかった瞬間、素早く空いた手で翡翠を抱き寄せる。
 本能が告げている。これが帰る方法なのだと。
 別れの挨拶も交わせぬまま飲み込まれていく陽平に連れられ、翡翠は名残惜しそうに冷蔵庫に手を伸ばす。
「ぷりん!」
 缶詰に飲み込まれ薄れ行く意識の中、それほどに巨大プリンが食べたかったのかと苦笑する。そして、帰ったら一度くらいは食べさせてやろうと。
 2人を飲み込みカラカラと乾いた音を立てる缶詰を拾い上げ、和真は絶句したまま空笑いをこぼす。
「翡翠ちゃん、帰っちゃった…」
 缶にもう中身はなく、ただの空き缶となったそれを見つめながら準が呟く。
「まぁ、いきなり現れたくらいだ。またいきなり会いに来るんじゃないか?」
「うん、そうだよね」
 準の頭をポンと叩き、和真は開いたままの缶の蓋を閉じる。
「ジュンー。もう料理ができますよー」
 聞こえてくるサヤの声に、和真と準は腹に手を当てて苦笑した。
 これだけの料理を2人で食べられるものだろうか。すぐ後ろに迫る未来に冷や汗をかきながら、和真は携帯電話のボタンをプッシュする。
「さぁて、もう1人の生贄も呼ばなきゃな…」
 そんなことを呟く和真に準が後ずさった背後で、料理を持ったサヤはきょろきょろと消えた2人の姿を探している。
「翡翠ちゃん…。また、会えるかな…?」
 翡翠の残した大きなプリンを思い返し、準はふと天井を見上げる。
 再会の予感はある。この、小さな胸の中に…。



















お ま け
VS記念にとネモさんに頂きました。