気がついたとき、最初に目に入ったのは自分のことを心配そうに見つめた女性の顔だった。
(かあさん…えりぃ…)
 そんな影がダブる中、やっと焦点が定まり、それが自分を覗き込んだ椿であると理解した。それと同時に、自分が負けたことも…。
「気がつきましたか?」
 なんとか頷き、手を借りて上体を起こす。
 不思議と手に暖かな感触が残っている。ひょっとしたらずっと握って看病してくれていたのかもしれない。
「…ヴォルライガーは?」
 あれだけどうどうと召喚したのだ。隠すこともない。
 ヴォルライガー。自分の為に傷ついたパートナーに思いを馳せる。
「俺が迂闊に轟雷斬なんか使うから…」
 元々、御剣流剣術奥義・轟雷斬は未完成の技であった。それをヴォルライガーのサポートの元、なんとか繰り出せるようになったことで、少し過剰になっていたのかもしれない。
「お友達のことですが、失礼とは思いましたが回収させていただきました。現在は、我々の可能な範疇で修復を行っています」
 そう言うと椿は手早くリンゴの皮を剥いていく。やはり病人や怪我人の見舞いには必需品なのだろう。皿に並べられたリンゴを見つめながら、志狼は先ほどの戦闘を何度も思い返していた。
(決して負けるような要素はなかったはずなんだ。少なくとも、親父の轟雷斬なら絶対に負けなかった!)
「負けたのは…俺の未熟…」
 見つめる拳を固く握り締める。不思議と痛くはない。おそらく最初と同じように傷を癒してくれたのだろう。ヴォルライガーも修理してもらい、自分も癒してもらった。助けられてばかりだと志狼は己を叱咤する。
「そういえば…椿さんの仲間っていうのは?」
 気絶する前、確かギオルネは誰かを倒すと言っていた。それは十中八九、椿の仲間のことなのだろうと尋ねてみたが、椿は僅かに眉を動かし頭を左右に振った。
「彼らは敗戦の後、なんとか撤退することができました。幸いにも死者は出ていませんし、傷も軽傷だったとのことです」
 それでも自分の奪われた力で誰かが傷ついた。それだけでも志狼を打ちのめすには十分すぎた。
 掛け布団代わりのタオルケットを剥ぎ取り、着の身着のままで小屋を飛び出していく志狼を、椿は決して止めようとはしなかった。
 外はまだ暗かった。おそらく丸一日くらいは眠っていたのだろう。今になって気がつけば、ヴォルライガー合体の反動か、全身の動きがぎくしゃくする。
 それでも迷うことなく、握った拳を目の前の大木に叩きつけた。
 微かに揺れる大木、舞い落ちる木の葉。なにを見ても虚しさが込み上げてくる。
「くそおおぉぉ!!」
 手近にあった枝を手に、何度も大木へと叩きつける。斬るといった動作とはかけ離れた叩きつけるという行為に志狼の手は切れ、何度も鮮血が飛び散る。
 だが、そんな振り上げた腕を掴む手に、あえて抵抗するようなことはしない。本当はこんなことをしていても無意味だとわかっているのだから。それでも、自分を戒めるため、自分を傷つけるためにこんな手段を選んでしまった。彼女が止めに来ることは容易に想像がついていたのに…。
「もう十分ではないですか?」
 椿の言葉にも振り返らず、志狼は握ったままの拳を木に添える。
「貴方の敗因を教えてさしあげましょうか?」
 この言葉に、志狼の身体がビクリと跳ねた。
「御剣流剣術、確かに素晴らしい技です。ですが、志狼くんはそのあまりの破壊力と、それを生み出す根源である電撃に依存しきっていたのではありませんか?」
 だからこそ、それを奪われたときの対応ができなかった。もちろん、咄嗟のことで混乱していたということもある。
 だが、指摘された部分を志狼は確かにもっていた。ヴォルライガーに選ばれた自分、そして仮初めながらも放てるようになった奥義・轟雷斬。それは自分に対する驕りであった。
「…は…ぃ」
 椿の言葉に頷きながらも、握った拳に力を込める。切れた掌から滲んだ血が、指の隙間から滴っていく。
 だが、椿は躊躇うことなく血まみれの手を自分の掌で包み込み、大事なものを抱くよう、胸の前に抱きしめる。その表情に、志狼は思わずこぼれそうになった涙を飲み込んだ。
「それ以上、自分を責める必要はありません。今、貴方にできること…すべきことは別にあるのではないですか?」
 諭すよう、ゆっくりと区切って言の葉を紡いでいく。
「電撃のみが志狼くんの武器ではないでしょう? 私は知っています。電撃なんかじゃなく、貴方の持っているもっともっと強い力を」
「俺にそんな力が…?」
「ええ。志狼くんが今までずっと戦えた理由、何度倒れても立ち上がれた理由、そして…」
 続く椿の言葉に、志狼は一言、「ありがとう」と呟いた。できるだけ顔は見られないよう、俯いたまま。






 小屋に戻り、手の手当てをしてもらった志狼の表情はどこか晴れやかであった。なんだか新しい自分、いうなれば脱皮した朝のような気持ちだった。
 明日は必ずあのギオルネに返礼しなくてはならない。そして、自分の生み出した魔物を倒さなければならない。
 ベッドの上に腰掛けたまま、志狼は拳を掌に打ち込んだ。
「志狼くん、ヴォルライガーはもう戦える状態になったそうです」
 電話を切る椿の言葉に、志狼は安堵の息を漏らした。
「しかし、自己修復を行える鋼の巨人ですか。ますます似ていますね」
 そう言いながら、椿は志狼の隣に腰を下ろす。
 僅かに見えたうなじと、微かに感じる髪の毛の香りに、思わず赤面した志狼は、できるだけ椿を見ないよう何度も目を泳がせる。
「あとは志狼くんだけですね」
「え?」
 何のことかと問おうとしたとき、椿の細い指先が志狼の上着をするりと脱がしていく。
 それはあまりに自然な動作であった。そして、どこか手馴れていた。それだけに志狼は完全に上着を脱がされてから大慌てでベッドから立ち上がる。
「つつつ、つばきさんっ!?」
 逃げようとする志狼を再びベッドに座らせ、椿は耳元でそっと囁いた。
「さぁ…志狼くん」
 椿にただならぬ雰囲気を抱いた志狼は僅かに身体を強張らせた。
「つ、つばき…さん?」
「さぁ、脱いで…ね?」
「──ッッ!?」
 今、さらりととんでもないことを言われた気がした。
「ふふ、全部脱がせてほしいのですか?」
 そう言いながら、椿のしなやかな指先は志狼の服を器用に脱がせていく。抵抗しようにも、なぜか身体に力が入らない。
「ふふ、思ったよりもステキな身体ですね。筋肉も…理想的なつき方ですし」
 指先で触れられるたびに志狼の理性が大きく揺れる。
(耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ)
「さぁ、ここに横になって…、後は私にまかせてください」
 そういうと椿は志狼の上に馬乗りになった。
(え? え? ええ!? えええええええぇぇ!?)






 翌朝、志狼は清々しい気持ちで太陽に背伸びした。
 山にキャンプへいった朝はこんな感じだろうか。全身を解すよう、何度も身体を動かしてみる。筋肉に軋みはなく、全身のバネもほどよくしなる。いつものヴォルライガー合体後の後遺症、筋肉痛地獄が嘘のようであった。
「しかし、昨晩はある意味地獄だったような…」
「なにが地獄なんですか?」
 唐突に隣に現れた椿に、志狼は思わず赤面する。
「天国……だったでしょう?」
 そんな椿のいたずらっぽい笑みに、志狼は空笑いで応える。
 志狼は思う。占い師に自分を見せれば「女難の相」と出るに違いないと。
(だいたい、マッサージするのになんであんな…)
 思い出しただけでも理性が吹っ飛びそうになる。
「ですが、身体は調子いいみたいですね」
「ええ、おかげさまで」
 その証拠とばかりに、志狼は手近な枝で木を突くと、舞い落ちる木の葉を残らず二つにしていく。
「志狼くん、これを…」
 椿の差し出したナイトブレードを受け取り、何度も柄を握りなおす。
『志狼…』
「大丈夫だヴォルネス。今度は負けねぇ」
 良い意味で自信に溢れる志狼に、パートナーも「そうか」と安堵の声を漏らす。
「でも、本当にくるのか?」
 椿はヴォルライガーが出現すれば、必ず先日の忍邪兵が現れると言うが、イマイチ実感がわかない。
「大丈夫です。力を持った者は更なる力を望むもの。ヴォルライガーはあの忍邪兵にとって恰好のエネルギー源ですから」
 つまりは自分を餌におびき寄せるということなのだが、あまり嬉しいものではない。
「でも、おかげで探しにいくこともないし、リベンジができるんだ。あんまり贅沢言ってられねぇな」
 大剣に変化したナイトブレードを振るい、志狼は苦笑する。
「では、志狼くん…頑張ってください」
「へ?」
 当たり前と言えばそうなのだが、てっきり自分の戦いを見ていてくれるものとばかり思っていた志狼は素っ頓狂な声を上げる。
「大丈夫、ちゃんと戻ってきます。私自身、貴方の戦いを見届けたいと思っていますから」
「はい」
 志狼の返事に満足したか、笑みのまま頷くと志狼の額に唇を寄せる。

「ふふ、頑張っていたら、ちゃんとお土産を持ってきますからね」
 そう言い残すと、椿は風のように走り去っていった。
 残された志狼はというと、額に残る感触に思わず指で触れながら赤面し、
「ヴォルネス」
『なんだ?』
「内緒だからな」
 志狼の言葉に、あえてヴォルネスは応えなかった。






 山を少し離れ、志狼は戦場になりそうな場所を選ぶと腰のナイトブレードを大剣にして振りかざした。
「さぁ、いくぜ! ヴォルライガーーッッ!!!」
 雷と共に膝を突いて姿を現す緑の巨人は志狼を迎え入れると、大地を震撼させながら立ち上がる。
 威嚇とばかりに胸の獅子が吼え、野鳥が飛び交う様を見ながら志狼は満足そうに頷いた。おそらく、これで周囲の動物はある程度逃げ出せたはずだ。
 そして、今の咆哮はあの忍邪兵を呼び寄せるための餌でもある。
 突如吹き荒れる風に、志狼は空を仰ぎ見る。
「来た!」
 現れたのは忍邪兵・風神のみ。どういうことかと首を傾げれば、志狼の耳に聞きなれぬ声が飛び込んできた。
『椿さんに聞いてる。ギオルネの野郎と忍邪兵1体は任された! 残りの忍邪兵はそっちに任せる!』
 おそらくこれが椿の仲間なのだろう。声だけを聞けば自分と同じくらいの少年の声に聞こえる。
 志狼は未だ見ぬ勇者に思いを馳せながら、剣を振りかざした。
「この剣にかけて、必ず!!」
「志狼、来るぞ!!」
 ヴォルライガーの声に、志狼は跳躍することで風神の攻撃をかわすと、ライガーブレードを抜き放った。
「さぁ、雷獣とやら…。キサマの力の全てを貰いうける」
 聞こえてくるのはギオルネの声ではない。そもそも忍邪兵には操者は必要ないのだ。では、この声は…。
 この場に陽平でもいれば、それが信長の懐刀・森蘭丸とわかっただろう。が、志狼にとってそんなことは関係ない。
「なんだっていいさ。お前に、本当の御剣流剣術を教えてやる!」
 そう、雷を封じただけで御剣流に勝ったと思い込んでいる輩に、御剣流の恐ろしさを知らしめる。
 あくまで基本に忠実に、間合いを読み、右踏み込みと共にライガーブレードを袈裟切りにする。確実に捉えられないまでも、しっかりと切っ先は当たっていた。
「斬!!」
 すぐに刃を水平に寝かせ、左足の踏み込みと同時に切り払う。
 やはり紙一重。風神には既に2つの傷が装飾のように施されている。
「バカな、聞いているものとはまるで違う!?」
「呆けるな!!」
 志狼は叫びと共に切っ先を突き出した。
「これではまるで、ヤツを相手にしているようではないか…」
 驚愕しながらも風神はヴォルライガーの突きを避け、なんとか距離を置く。
 一瞬だが、蘭丸の目にはヴォルライガーに黒い獣の姿が重なったように見えた。母なる星を失って尚、牙を剥く漆黒の獣王。
 再び構えをとるヴォルライガーに対し、風神は竜巻の鉾を構える。
 互いの踏み込みが重なる。突き出された鉾を剣の腹でいなしながら、鉾を滑らすように剣を振り上げる。
「あまいぞ!」
 当たる寸前で刃が押し返される。これは…
「風!?」
 次は志狼が驚く番であった。風神の突き出した掌が生み出す突風は、ヴォルライガーの巨体を軽々と吹き飛ばしていく。
「うわああああっ!!」
「ウオオオオオォォ!!」
 地面に叩きつけられるヴォルライガーに、竜巻の鉾が追い討ちをかけるも、蹴った反動で転がり避ける。
 さすがにここまで動けば後遺症の筋肉痛は凄まじいものになるだろう。が、そうなった場合はまたあのマッサージが受けられるのだろうか。
 ほんの一瞬だけ戦いとは別のことを考える志狼に、パートナーは良い意味の余裕を見る。
 同時に飛び出した剣と鉾が再び交差した。
 こうなれば単純な力比べ。だが、先日のことからもわかるように、明らかにヴォルライガーが押されている。
「くうぅぅ…!!」
「そぉら、そのまま串刺しになれ! 雷獣!!」
 だが、竜巻の鉾が更に力を込めた瞬間、志狼は剣を持つ力を緩め、腰を可能な限り低く落として鉾の一撃を肩で受ける。そして、鉾を捕らえた瞬間に渾身の力を込めて剣を突き出した。
 ライガーブレードの刀身が風神の脇腹を貫き、背を突き破る。
「このままぁ!!」
「く、なめるなぁ!!」
 更に横へ引き裂こうと力を込めるが、風神の生み出した竜巻がヴォルライガーを跳ね上げ、叩きつける。
 しかし、それほどダメージがないのか、頭を振って立ち上がるヴォルライガーが、空から見下ろす風神を獣のような目で見据えると、胸部の獅子が威嚇するように咆哮する。
「くっ、だが剣もなしにどう戦うつもりだ?」
 蘭丸の言葉の通り、ヴォルライガーの武器であるライガーブレードは風神の脇腹に突き刺さったまま。
 舌打ちしながらもなけなしの武器、手首の爪・ライガークローを装着する。
「バカが。雑魚ならまだしも、この蘭丸にそんな俄か戦法が通用するものか!」
「通じる通じないじゃねぇ、やるんだ!!」
 跳躍と背中のバーニアを重ねて、上空の風神へと拳を突き出す。だが、風神はそれを容易く避けると横っ腹に強烈な鉾の一撃をお見舞いする。
 落下と鉾のまとった竜巻の衝撃がヴォルライガーの装甲を確実に削り取っていく。
「なんだキサマ、飛べないのか?」
 嘲笑うような口調の蘭丸に、志狼とヴォルライガーは悔しさから拳を叩きつける。残念ながら蘭丸の言うとおり、ヴォルライガーに飛行能力はない。そして…
「風遁旋烈衝之術!!」
 風神の放つ突風に、ヴォルライガーはなすすべなく吹き飛ばされていく。
「ほぉ、遠距離への攻撃もできないと見える」
「うるせぇ!!」
 ボロボロになりながらも立ち上がるヴォルライガーに、蘭丸は不敵な笑みを浮かべる。完全に見下した者の笑いだ。
 負けじと再度跳び上がるヴォルライガーを、風神はやはり竜巻の鉾で叩き落す。
「ぐああああぁぁ!!」
「オオオオオォォォ!!」
 地面に特大のクレーターを穿ち、ヴォルライガーは低い呻きをあげる。
「風遁真空斬之術!!」
 上空から降り注ぐカマイタチの嵐に次々と切り裂かれ、ヴォルライガーも、中の志狼も満身創痍の姿で膝を突く。
「終わりだ。剣も、雷も封じられてはキサマに勝ち目はない。潔く死を受け入れるといい」
 竜巻の鉾を構え、蘭丸は微笑する。
「安心するといい。苦しまぬよう一撃で葬ってやる」
「ふざけんなあぁっ!!」
 勝ち誇る蘭丸に、志狼は奮然と立ち上がる。震える足を叱咤し、渾身の気力で立ち上がる。
「俺の武器が剣と雷だけだって誰が決め付けた! それだけじゃねぇ、それだけじゃねぇ!!」
 志狼の気迫に、パートナーであるヴォルライガーさえも圧倒されかける。
「椿さんが教えてくれた。俺の武器は雷なんかじゃない。もっともっと強い武器を俺は持ってるって…」
「ならば見せてみるといい」
「それは脚だ! 守る為、戦う為に大地を掴む俺の心!」
 ドンッと音を鳴らせて大地を踏みしめる。
「それは腕だ! 傷つきながらも俺を勝利へと導いてくれた剣!」
 力の限り握り締めた拳を振り上げる。
「そして…」
 一度区切り、椿の言葉を思い返す。
「そして、俺が戦うと誓った、強くなると誓ったものたちへ対する誇り!! それはなにものにも勝る、この御剣志狼の武器だぁ!!」
 志狼の叫びに乗ってありったけの闘志が風神の巨体を揺るがす。
 蘭丸の本能が訴える。この男を生かしておくのは危険だと。
「ならばその武器を今すぐ使えないよう、葬ってやろう!」
「残念だけど、そうはいかないわ!」
 いつからそこにいたのか、忍装束姿の椿が琥珀色に光り輝く勾玉を手にヴォルライガーの肩へと上っていく。
「椿さん…」
「頑張っていたようなので、ご褒美をもってきました」
 そういうと椿は勾玉を高々と掲げる。
「風雅当主より預かった秘術、あなたに託します」
 ヴォルライガーから跳び上がった椿は、勾玉を空高くほおり投げる。
「風雅流召忍獣之術!!」
 勾玉の光が空を裂き、ガラスのように砕いてそれを招き入れる。
 緑を基本色とした刃の翼と尾を持つ鋼の孔雀、忍獣才羽さいはである。
 才羽の頭に着地した椿は、進路をヴォルライガーへと向けて羽ばたかせる。
 虹色に輝く刃の尾が、幻想的な光を生み出していく。
「くっ、目くらましのつもりか!」
「そう、武装する間だけですがね」
 才羽の爪がヴォルライガーを掴み、空へとさらっていく。
「風雅流武装巨兵之術!!」
 腹部にあたる中央パーツが2つに割れて才羽の背中へと合体する。そうして空いた空間にヴォルライガーのバーニアを収納し、才羽の爪がヴォルライガーの肩を掴むことで固定する。
 才羽の首を握り引き抜けば、すらりと長い刀身が姿を見せる。左右の翼が分解し、更にその刀身を覆って巨大な刃となる。
 10枚の刃が構成する尾は左右5枚ずつに展開し、ヴォルライガーの背を煌びやかに飾る。
「失礼しますね」
 突如降って現れた椿をそっと受け止め、志狼は手渡された剣を握り締める。ライガーブレードやナイトブレードほどではないが、いい感じで掌に馴染む。
雷刃武装…
 ヴォルライガーの声に、角飾りが翼のようなデザインへと変化する。
「クロスソード・ヴォルライガーァァッッ!!!!」
 翼の刃を持つ剣を携え、虹色の刃を翼に背負い、今、雷獣が空へと舞い上がる。
 それはあまりに自然な動作だった。それができることが当たり前のように飛び上がり、志狼は剣を振り切った。
「は、速い!?」
 すれ違う一瞬で背中の球体を切り離し、CS・ヴォルライガーが離脱していく。
 一気に低空へと降り、すれすれを旋回して再び上昇する。
「調子にのるな!!」
 振り下ろされる竜巻の鉾を掻い潜り、振り上げた剣が右腕を肩から両断する。
(すごい、まるで全身が羽になったみたいだ…)
「全力でサポートします。志狼くん、御剣流の奥義を!!」
「で、でも!」
 落下しながらも苦し紛れに風神が放つカマイタチを難なくかわし、空中で剣を構える。
「私を信じてください。 私と、貴方のパートナーを!」
 志狼の瞳に獣が宿る。
 すると、背の刃が個々に分解して、剣を覆う翼と入れ替わっていく。背には翼、手には10枚の刃が構成する巨大な剣を携えて、志狼は気合いと共に飛び出した。
 轟雷斬──背中に集中したマイトを剣に伝え、左足を軸に回転しながら超高速で斬りつける完全防御無視の御剣流剣術奥義。
 だが、雷のマイトが使用できない状態で放つことが本当に可能なのだろうか。
 高速で降下しながら、志狼は迷いを断ち切れずにいた。結局、普通の斬撃を浴びせることで旋回し、再び空高く上昇していく。
「志狼くん?」
「どうしたんだ志狼!」
 2人の声に応えることなく、志狼は握り締めた剣をただじっと見つめる。
(親父…轟雷斬…この一撃だけでいい、俺に…)
「俺に応えてくれっ!!!!」
 背中のバーニアが放つフレアが虹色の光を放つ。それは爆発的な推進力を生み、CS・ヴォルライガーを不可視の速度まで一気に加速させる。
 隣で椿の苦しむ声が聞こえた。おそらくこの翼を制御しているのは彼女だ。だが、今は彼女を信じるしかない。
 するとどうしたことか、背中に力を集中していただけのつもりが、感じるのは清涼感ある風の鼓動。
(これは、椿さんのマイト?)
 椿から流れ込むように与えられる風のマイトを背中に集中させ、軸足を踏み込めない分を機体を高速回転させることで補う。
 刹那、肩に走る痛みが剣に伝える風のマイトを遮断していく。
(これぐらいの痛みがなんだ! 俺は、最強の剣士、御剣剣十郎の息子だ!!)
 痛みを通り越した風のマイトが剣へと伝わっていく。
「うおおおおおおおおっ! 食らえ、御剣流剣術奥義ぃ!!!!」
 胸の獅子が志狼の闘志を表現するように咆哮する。
「轟っ! 雷ぃっ! ざああああぁぁぁぁぁんっっ!!!!」
 風神と大地を問答無用に両断したCS・ヴォルライガーが、地面を穿つように急停止をかけ、巨大な剣を両手で振り回して肩に担ぐ。重量感ある剣が足を地面に沈ませ、志狼はヴォルライガーと共に最後の言葉を紡ぐ。
「「轟雷斬に…絶てぬ悪なし!!」」
 爆発四散する風神を目だけで振り返り、ヴォルライガーは勝利の咆哮をあげた。






 志狼はまだ信じられないという風に己の手を見つめていた。
 人が分けてくれる力がこれほど強く、そして暖かいことを知った。決して知らなかったわけじゃない。でも、まるで初めて知ったような、そんな新鮮な感覚に包まれていた。
「やりましたね」
 椿の言葉に力強く頷く志狼は、照れたように鼻の頭を掻く。
「椿さんのおかげ…です」
「なら、私たち3人の勝利です」
 志狼とヴォルライガーと、この世界で出会った椿。やっと幕を下ろした戦いに、3人はようやく揃って笑うことができた。
 だが、それにいち早く気がついたのは、やはり椿であった。
 一瞬だけ驚愕の表情を見せると、才羽を分離させて飛び乗る。
「椿さん!?」
 才羽の向かう先にあるもの。それは風神の背負っていた巨大な球体。微かに聞こえる脈動のような音。それは確かにあの球体から聞こえている。
「椿さん、なにを!!」
 志狼とヴォルライガーが見守る中、才羽の爪が球体を掴み、一気に上昇した。
「この球体には強大な力が、雷の力が溜め込まれています。そしてこの球体は忍邪兵の消滅に連動して爆発するでしょう」
「なっ!?」
「いかん! 志狼、彼女はあれを可能な限り地上から離す気だ!!」
 あれほど巨大な雷の爆弾となれば、この一帯がまるまる消滅することになる。だが、椿はこの一帯と己の命を天秤にかけた。
「させない! 俺は守る為に剣を振るうんだ!!」
 志狼の闘志に呼応して、ヴォルライガーに雷のマイトが集約していく。
「誰も…相棒も! 椿さんも! 誰も犠牲になんかさせない!! 弾けろ、雷のマイトぉ!!」
 掌を突いた地面が大きな振動と共に放電する。地電流を利用して、己のマイトを上乗せすると、雷同士の反発力を使ってヴォルライガーを空へと弾き飛ばした。
 それは爆発的な推進力であった。ほおっておけば宇宙まで飛び出してしまいそうな勢いで才羽に追いつくと、志狼は無造作に椿の身体を掴みあげる。
「志狼くん!?」
 飛び上がったヴォルライガーもさることながら、この高速状態で椿を捕まえるという細かな芸当をやってのけた志狼に、椿は驚きの表情を見せる。
「くっ! 落ちる!?」
「まかせてくれ! 落下を緩めることくらいなら可能だ!」
 背面のバーニアを全開に、ヴォルライガーはゆっくりと降下していく。
 刹那、見上げた空が黄金色に輝いた。






「才羽、壊してしまいましたね」
 後から落下してきた才羽の残骸を見つめ、椿は感慨深く呟いた。
 確か、風雅の当主から預かった大切なものだったはず。バツの悪さというか、申し訳なさというか…、とにかく志狼もヴォルライガーも言葉を失っていた。
「まぁ、被害は忍獣1匹でよかったとしましょう」
 そうは言われても、彼女たちが貴重な戦力を失ったことは確かだ。
「…えっと、ごめんなさい」
「本当にいいんですよ。 それより、早くしないと消えてしまうんじゃないですか?」
 空を仰ぐ椿に倣い、志狼もそれを見上げてみる。そこには大きな穴があった。それも、不思議なことに向こうに別の空が見える空間の穴が。
 穴から流れてくるミストが、そこは志狼の帰るべき世界だと教えてくれる。
 ヴォルライガーの中へ入っても、志狼は足元の椿をじっと見つめていた。
「あの、俺、絶対に強くなるから。椿さんに教えてもらったこと、胸を張って言えるくらい強くなるから…だから…」
「ええ、さよならは言いません。またお会いしましょう、剣の勇者…」
 ゆっくりと離れていく椿を目で追いながら、志狼は先ほどと同じように雷のマイトを地電流と反発させて飛び上がった。
 バーニアを利用して空で軌道を変えたヴォルライガーが穴の向こうへ消えた頃、椿の隣にいつの間にか親友の姿があった。
「異界の勇者はいってしまったようですね」
 親友の言葉に、椿は少し残念そうな笑みを浮かべる。
「でも…」
 見上げるのをやめた椿が踵を返し、親友がそれに倣う。
「でも?」
「また、来るらしいから…」
 尋ねる親友に、椿はいたって平静に言葉を返す。それが当然だというように。
「そういえば、あの子たちは?」
 椿の問いに、親友は小さくピースサインで応えた。
 椿は思う。これからの戦いも、どうか皆が無事に乗り切って欲しいと。そして、自分はいつまで彼らの姉役をしていられるのだろうか…と。
 振り返る暇はない。まだ、勇者忍軍とガーナ・オーダの戦いは終わってなどいない。
 いつか来るだろうその日に思いを馳せながら、自分がどれだけのものを後継たちに残せるか、椿はそんなことを考えていた。