遥か昔、この地球で善を司る神と悪を司る巨人が争った。

 その戦いは激しく、多くの神と巨人が力尽きた。

 傷付きながらも生き残った両者はそれぞれの力を復活させるために自らを封印し、永い眠りについた。

 再び両者が争うための力を取り戻すために……

 しかし……永い時間の中で人々はその戦いが実際起こった事実である事を忘れ……















 歴史は神話となった。















 しかし……神話は再び動き始め……記される














 舞台を現在(いま)に変えて















 これは現代を舞台に記される新たな勇者神話である。




勇者神記ファングラム













 見渡す限りの闇……


 黒一色しかない世界……


 漆黒の世界……


 漆黒の世界の中に少年はいた。
「ここは……どこ?」
 そして、闇の中に1つの光が見えた。
「神様は人々の勇気に答えて、人の持つ無限の可能性を護ってくれるのじゃ」
 光の中から声が聞こえ、少年に語りかけてきた。
「可能性? 僕の……可能性……」





──ジリリリリリ!!!
 目覚時計の音が部屋中に鳴り響いた。
「うーーーん……」
──ジリリリリリ!!!
 目覚時計はまだ鳴り響いている。誰かがスイッチを切らない限りいつまでも鳴り続けるタイプの目覚ましである。
「……ん」
 ベッドで眠っていた少年は寝惚けながら目覚まし時計のスイッチを切って今の時刻を確認した。
「朝か……。今日は日曜日……だから学校はお休みだね……。じゃあもっと眠ったっていいよね…………ってダメだよ!! 今日はみんなでサッカーをする日だった!!」
 少年はベッドから飛び起き、服を脱いで着替えを始めた。
「はじめまして、僕の名前は駆羽桐斗(かるばきりと)、小学4年生です。 好きなものはサッカー、嫌いなものは算数と人参です。 宝物はおじいちゃんから貰った石です。 石っていってもただの石じゃないんだよ。 おじいちゃんがおじいちゃんのおじいちゃんから貰ったって言っていたとっても古い石なんだよ。 とっても綺麗だからいつも持ち歩いているんだ。 あと、これもおじいちゃんから貰ったんだけど、笛!  お父さんは角笛って言う笛だって教えてくれたんだ。 吹くのが難しくて1度も音が出た事が無いんだけどね。 僕だけじゃなくて、お父さんもお母さんもお姉ちゃんもこの笛を吹く事が出来ないんだよ。 さすがにこれはいつも持ち歩くわけにはいかないから僕の部屋に置いてあるんだけどね。 それじゃあ今日はサッカーの試合があるので、行ってきます!」
 誰に言うでも無くそう言うと桐斗は元気に部屋を出た。




 ヨートゥンヘイム
 巨人が支配する闇の世界……
「時は満ちた」
 漆黒の闇から声が聞こえ、闇から人間の姿をしたものが姿を現した。
「全てを破壊し」
 まず、最初に現れたのは全身を鎧で覆った大男。
「全てを焼き尽くし」
 次に真紅で長いポニーテールをした男。
「再びミッドガルドを我々の世界へ」
 そして全身をマントで覆った男。
 人間の姿をしたものは次々と現れ、最終的に6人が闇の中から現れた。




「桐斗パス! ゴールを決めろ!」
 センターミッドフィルダーの剛がレフトフォワードの桐斗へとボールをパスし、桐斗が受け取った。
「うん! いっけー!!」
 桐斗はディフェンダーをくぐり抜けて右脚でボールを蹴り、ボールはゴールキーパーの手に入る事無くゴールゴールネットを突き動かした。
──ピピーッ!
 ゴールを知らせるホイッスルが月見市民公園に鳴り響いた。
「さすが桐斗だな。ナイスシュート!」
──パンッ!
 剛が桐斗の元へ駆け寄り、桐斗と手を合わせ打った。
「剛君のアシストがよかったんだよ」
「さあ! もう1点取るぞ!!」
「もちろんさ! このまま勝つよ!」
──グラグラグラ!!
 突然地面が大きく揺れだした。
「地震だ!!」
 その揺れは激しく、桐斗にとって今まで体験した事の無い揺れであった。プレイヤーの子ども達、審判や保護者の大人達はその場に立っていられず地面に伏した。
「おいっ! な……何だあれは!!?」
 桐斗達がいる公園の近くの地面が割れだし、地面から巨大な怪物が現れた。
「か、怪獣だ! 逃げろー!!」
 出現した怪獣に驚き、サッカーどころでは無くなった公園内の人々は一斉に逃げ出した。




 防衛庁
「長官! 大変です! 月見市に巨大生物が出現しました!!」
 防衛庁の隊員がノックをする余裕も無く突然長官室に駆け込んだ。
「何を馬鹿な事を。特撮映画ではあるまいし、巨大生物など」
 長官は隊員の突然の言葉を信じようとしなかった。
「本当です! テレビをお借りします」
 隊員は長官室にあるテレビのスイッチを入れた。 テレビでは女性リポーターがヘリコプターに乗ってリポートしており、テレビカメラは巨大な怪獣を映し出していた。
「ただ今、月見市上空にいます! ご覧下さい!! 巨大な生物が突如この月見市に……きゃあああ!!」
──ダァァァン!!
 怪物の口から放った炎が撮影用のヘリコプターに直撃し、テレビ画面は砂嵐になり、すぐにしばらくお待ち下さいという画面が出た。
「し……信じられん……」
 長官は冷や汗をかいて呆然としていた。
「しかし起きている事は事実です! 長官! スクランブルの許可を!!」
 長官は少しの間黙り込んだ。
「……わかった。スクランブル発進を許可する!」
 長官は発進の許可を出した。




 町は怪物によって次々と破壊されていった。
「あぁ、町が破壊されていく……」
 剛は呆然と破壊される町を見つめていた。
「あっ! あれは!!」
 桐斗は上空からこちらに近付いて来る何かに気付いた。
「戦闘機だ!」
防衛隊のF−15戦闘機が怪物を目掛けて飛行してきた。
──ダダダダダ!!
 F−15のミサイルによる一斉攻撃が始まり、怪物は爆炎に包まれた。
「いいぞ! 怪獣なんかやっちまえー!!」
 防衛隊の一斉攻撃が終わった。
「……やった?」
 怪物を包む煙が晴れていき、煙から怪物が姿を現した。戦闘機による一斉掃射にも関わらず怪物は傷一つついていなかった。
「そんな馬鹿な!!」
──グオオオオオ!!
 怪物は雄叫びをあげながら口から炎を出した。
──ダァァァン!!
 炎の玉によって戦闘機が次々と撃墜させられた。そして桐斗や剛達の真上にいる戦闘機が怪物の放った炎に被弾し、地上へ落下していった。
「戦闘機が落ちて来る! うわあぁぁ!!」
──ドォォォォォォン!!!!
 戦闘機は桐斗達のいる公園のすぐ近くにあるビルに墜落した。
「みんな無事か!?」
 剛は周りの友達を見渡した。 戦闘機が公園ではなく、近くのビルに落下したため奇跡的に負傷者は出なかった。また、戦闘機が落下したビルも人の避難はすでに完了しており、負傷者はいないようである。
「よかった。みんな無事のようだな」
「あっ! ビルの下に猫がいる!」
 桐斗は戦闘機の落下したビルの付近に猫がいるのに気付き、猫に向かって走り出した。
「桐斗! やめろ!!」
 剛は桐斗を止めようとしたが、桐斗は静止せず、ビルに辿り着いた。
「さぁ、猫さん、逃げようね」
 桐斗は猫を抱え上げた。その時!
──ガシャァァァァァン!!!!
 桐斗が猫を抱えあげた瞬間、ビルが崩れ、桐斗の上から大量の瓦礫が桐斗に襲いかかった。
「桐斗ーーーーー!!」
 剛の叫びも瓦礫の崩れる音に虚しくかき消された。




「ここは……どこ……?」
 桐斗は闇の中にいた。
「僕、死んじゃったのかな?」
 見渡す限りの闇……
 黒一色しかない世界……
 漆黒の世界……
 しかし、桐斗は不自然さに気付いた。
「真っ暗なのに……僕が見える。……どうして……?」
 周りが闇に支配されている空間では当然自分も闇の中に呑まれてしまうものである。しかし桐斗は闇の中にいるのにも関わらず、まるで太陽の様に闇に反発して存在しているのだ。不思議に思った桐斗は自分を見回した。
「これは……おじいちゃんから貰った石?」
 昔、桐斗が祖父から貰った石、桐斗の宝物であり、いつも肌身離さず持っている石。この石が光を放ち、闇に呑み込まれる桐斗を闇から護っていた。
「えっ!?」
 石がゆっくりと独りでに桐斗の元から離れ、それにつれて石の光が大きくなっていった。
「何が……起きているの……?」
 光はまるで映画を映し出すスクリーンの様に光の中に少年と老人を映し出した。
「あれは……僕? それと……おじいちゃん?」
 光の中に映し出された少年は幼い時の桐斗、老人はすでに他界した桐斗の祖父であった。
 桐斗の祖父は幼い桐斗に話しかけていた。
「桐斗、この石には神様が眠っているのじゃ。神様は人々の勇気に答えて、人の持つ無限の可能性を護ってくれるのじゃ」
「可能性?」
「そう。可能性じゃ。可能性とは人間の意志であり、勇気の証じゃ。人間は可能性と共に生きていくのじゃ」
 これは桐斗が幼い時、祖父と話した会話の場面であった。走馬灯なのだろうか、しかし走馬灯は一瞬で記憶を駆け巡るもの。走馬灯にしてはゆっくり、ゆっくり流れ、そして……暖かい。この映像は終わりのための走馬灯ではなく、これから始まる何か。
「可能性……」
 桐斗は可能性という言葉を呟いた。すると光が消え、幼い桐斗と桐斗の祖父の姿は見えなくなった。
「僕の……可能性……」
 幕が閉じ、闇に包まれたと思ったが、桐斗の身体からは消えずに存在し、桐斗が手を見ると離れて光が消えていたいったはずの石が手の上にあり、光を放ち続けていた。
「え? 何!?」
 突然桐斗は石が桐斗に話しかけているように感じた。
「目覚めの言葉を言ってくれ? 目覚めの言葉って!?」
 再び石が話しかけているように感じた。確かな声や音は聞こえない。しかし話しかけており、伝えたい事が伝わってくる。目覚めの言葉を……終わらない可能性の言葉を。
「……詠唱しろって? ……ヴァルハラに眠りし、ヴァルキリーよ。ヴゥルグリンドを開き、ヴィグリーズに集え……」








 そして……止まっていた勇者神話は再び物語を刻み始めた。











 突然崩れたビルの中から緑色の光が溢れ、ビルの中から何かが飛び出し、地面に着地した。
 そこには猫を抱えた桐斗と銀髪の青年がいた。
「あれ?ここは……? 僕はどうなったの?」
 桐斗は辺りを見回した。
「安心していいよ。君は助かったんだ」
 銀髪の青年は桐斗に話しかけた。
「お兄ちゃんは……誰?」
 桐斗はこの銀髪青年に見覚えが無かった。
「俺の名前はジーク、君の持っていた石の中に眠っていた神さ」
「……石?」
 桐斗は自分の周りを調べた。 桐斗がさっきまで肌身離さず持っていた祖父から貰った宝物の石がなくなっていた。
「……神様? やっぱりおじいちゃんが言っていた通り、本当に石の中に神様はいたんだ!」
「あぁ、君の命を救おうとする勇気が俺を目覚めさせてくれたんだ。勇敢な君の可能性を護るためにね」
「可能性?」
「そう! 人間の意志であり、勇気の証さ。勇気と希望が可能性になり、可能性が夢を現実にする。俺は人間の可能性を護るために戦う勇者神ヴァルキリーさ」
「勇者神ヴァルキリー……はっ! 神様! あの怪物は何ですか!?」
「ジーク兄ちゃんでいいよ。詳しい事は後から話すから古い角笛を持っていないかい?」
「古い角笛……あれの事かな? それならお家にあるよ!」
「それならすぐに家に行って角笛を取ってきてくれ! 俺はあの怪物をなるべく町から遠ざけるから! それと、これを持っていてくれ」
 ジークは手の上にブレスレッドのような物を召喚するとそれを桐斗に渡した。
「……これは?」
「アースブレスといって、離れている俺と連絡を取るための通信機さ。君の名前は?」
「僕の名前は駆羽桐斗!」
「頼んだよ、桐斗君!」
「うん! 任せて!」
 桐斗は家に向かって走り出した。
「さて、こいつは巨人ではなく魔獣だな。さあ! 来い! 魔獣、お前の相手はこの俺だ!」
 魔獣はジークの存在に気付き、踏みつぶそうとした。
「おっと! 残念!」
 ジークは魔獣の踏み付けを横に跳んで回避し、そのまま走り出した。
──グオオオオオ!!
 魔獣は雄叫びを上げながらジークを追いかけた。




 ジークは魔獣を河川敷まで誘導していた。
「ここなら被害が少ないから思いっきり暴れる事が出来るぞ! さぁかかって来い!!」
──ガアアアア!!
 魔獣は再びジークを踏みつぶそうとしたが、ジークは難なく魔獣の脚を回避した。
「そんな事ではいつまで経っても俺を倒す事は出来ないぜ!」
──ガアアアア!!
 魔獣は口から炎を吹いた。
「危ない!」
 ジークは咄嗟に地面を転がって炎を回避した。
「ふぅ……危うく丸焼けになるところだった、油断大敵というやつかな」
「ジーク兄ちゃん! 角笛を持ってきたよ! 今どこにいるの?」
 ジークの脳に桐斗からの通信が送られた。
「桐斗君、俺は今河川敷にいる!」
「河川敷だね! 分かった、今すぐに行くよ!」




 しばらくして桐斗が河川敷まで走って来た。
「ジーク兄ちゃん! 角笛だよ!」
「桐斗君ありがとう。その角笛だよ」
 桐斗は角笛を手渡し、ジークは角笛を手にした。
「でもその角笛、僕もお父さんもお母さんもお姉ちゃんも吹く事ができなかったんだよ」
 そう、この角笛は桐斗が生まれてきてから1度も音を奏でた事が無かった。いや、桐斗だけでない、桐斗の父親も祖父もこの角笛が奏でる音を聞いていないのである。
「それはそうさ、何故ならこの角笛はただの角笛じゃないんだ。これはエッダホルンといって俺にしか吹く事が出来ない物なんだ」
──ブオオオオオ!!
 ジークはエッダホルンを吹き、鳴る事の無かったエッダホルンから音が奏でられた。轟音、という音ではないのにも関わらず、どこまでも……どこまでも届きそうな、そんな音が響き渡った。
「鳴らなかった角笛が……本当に鳴った!!」
「目覚めよ! 狼神獣ファング!!」
──グオオオオッ!!
 ジークが叫んだ後、どこからか巨大な銀色の狼が姿を現し、こちらに向かって走って来た。
「また怪物が!」
「心配しなくていいよ。こいつは狼神獣ファングといって俺の相棒さ。よし! ファング、合体だ!!」
──グオオオオッ!!
「融合合神!」
 ジークは宙に浮き、そのまま狼の額の中へ融合された。そしてまず狼は後ろ足で立ち上がり、前足が腕になり、前足の爪は腕に装着され、新たな手が現れた。 更に狼の頭が下向きに胸につき、首の無い人型ロボットになった。 最後に人型の頭部が現れ、狼は人型ロボットに変形した。
「地上神ファングラム! 降臨!!」
「ジーク兄ちゃんが……ロボットに……。それが…ファングラム。ファングラム! あの怪物は強そうだよ! 気をつけて!」
「安心したまえ! 魔獣はこのファングラムが必ず倒してみせる! ファングソード!」
 ファングラムは剣を召喚し、剣を右手に持った。
「よし! 行くぞ!」
 ファングラムは魔獣に向かって突撃した。
──ガアアアア!!
 魔獣はファングラムに向かって炎を吹き、ファングラムが炎の中に消えた。
「ファングラム!!」
 桐斗は炎の中に消えたファングラムの名を叫んだ。
──ズバッ!!
 炎が縦に斬り裂かれ、炎の中から無傷のファングラムが現れた。
「この程度の炎では俺を倒す事は出来ない! 今度はこっちの番だ!」
 ファングラムは剣を構え、魔獣に向かって再び突進した。
「必殺! ファングスラッシュ!!」
──ザシュッ!!
 ファングラムは剣で魔獣を横一文字に斬った。
──グ……グオオオオ……
 魔獣は呻き声をあげながら真っ二つに斬れ、光の粒子となって消滅した。
「浄化完了」
 ファングラムはファングソードを地面に突き立てた。




「ジーク兄ちゃん格好いいや! 僕感動したよ!」
「ははは……ありがとう」
 ジークは照れくさそうに笑った。
「それでさっき怪物は一体何なの?」
「それの事なんだけど、これから桐斗君にも協力して欲しいんだよ。エインヘリヤルとしてね」
「エインヘリヤル?」





次回予告

ジーク
「桐斗君の家には俺が眠っていた以外のサガストーンがあるらしい。 サガストーンを探すために地下室へ行った矢先、魔獣ファヴニールが町に現れた!  ファングラムではファヴニールに敵わない。 桐斗君! この戦いは君に懸かっている! 早くサガストーンを見付け、アイツを目覚めさせるんだ!

次回、勇者神記ファングラム

SAGA・3『エインヘリヤル』


 今、新たな神話が記される」













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