月見市に突如出現した怪物、怪物は暴れ出し、街は火の海と化していった。
月見市の市民公園でサッカーをしていた少年、駆羽桐斗は避難の最中に崩れかけているビルの下に猫がいるのに気付き、猫を助ける。
彼が猫を拾い上げたと同時に瓦礫が桐斗に向かって落ちて来た。
桐斗が意識を戻したのは暗闇の中であった。
しかし桐斗はその暗闇の中で一筋の光を見た。
それは……未来へ繋がる可能性を示す光であった。
そして桐斗は終わらない可能性の言葉を唱えた。
「ヴァルハラに眠りし、ヴァルキリーよ。ヴゥルグリンドを開き、ヴィグリーズに集え……」
その瞬間桐斗の埋まったビルの中から緑色の光が溢れ、瓦礫の中から銀髪の青年が桐斗と猫を助けた。
青年の名はジーク、桐斗の宝物である祖父から譲り受けた石に眠っていた神である。
桐斗はジークに言われるまま家から角笛を持って来て、ジークが角笛を吹くと、巨大な銀色の狼が召喚された。
なんとジークは銀色狼、ファングと融合し、ファングラムと名乗るロボットとなって怪物を倒した。
そして戦闘終了後……
「これから桐斗君にも協力して欲しいんだよ。エインヘリヤルとしてね」
「エインヘリヤル?」
「そ、エインヘリヤル。桐斗君、君の協力が必要なんだ。少し話が長くなるけど大丈夫かい?」
桐斗はエインヘリヤルという言葉を聞いた事が無かった。
故にエインヘリヤルについて聞かなければならない。
エインヘリヤルがこれからの自分の運命を左右するものであるのならば掛かる時間の長い短いなど言っていられなくなる。
もちろん集中力には限界があるけれども。
「うん。どの位長いのか分からないけど多分大丈夫だよ」
ロボットにエインヘリヤル……一体何を話されるのだろうか?
もしかしたら桐斗もジークの様にロボットになって先程の様な怪物と戦わなければならないのかもしれない……。
そんな不安が桐斗にはあった。
「それじゃあ話すよ。この世界には昔……」
──グーーーー!
突然ジークのお腹が鳴った、それはもう勢い良く。
「…………」
この音で数秒前、未知の出来事と自分のこれからに不安だった桐斗の心構えは変ってしまった。
「……長い間何も食べていない上にさっきの戦いでお腹が減ったみたいだね」
「神様でもお腹が空くんだ……。僕のお家に来る?何か食べる物ある筈だから」
今のグーで桐斗の聞く気が失せてしまったのである。例え自分の運命を決める話が1分や2分の短い話であったとしてももう聞く気はしないだろう。
とりあえず話は家に帰ってから聞く事にしよう。その時までには聞く気も復活している筈である。多分。
「そうさせてもらうよ」
そういうわけで2人は桐斗の家に行く事にした。
勇者神記ファングラム
駆羽家
まず桐斗はジークをダイニングの椅子に座らせた。
そして冷蔵庫や食品が入れられている棚で調理の必要としない食品を漁っていたみた。
「僕は料理を作れないからカップラーメンでいい?」
神様に食べさせる供物、穀物や野菜等の儀式的なものは一切考えず、料理の作れない桐斗は便利性を重視して棚からカップラーメンを取り出した。
神様に捧げる食べ物にここまで適していない物も珍しい。
「カップラーメン?」
例えジークが神であったとしても北欧の神であり、永い事石に眠っていたためカップラーメンを知らなかった。
日本人も江戸時代まではラーメンの存在を知らず、カップラーメンが出来たのは第2次世界大戦後であるから無理も無い。
「このカップにお湯を入れて、フタをして、3分待つと食べられるんだよ」
桐斗はカップラーメンのフタを開け、お湯を注いで再びフタをした。
「俺が眠っていた間に便利な物ができたんだな」
ジークは物珍しそうにカップラーメンを眺めて時間を待った。
そして3分後
「うん! うまい!」
ジークは満面の笑顔でカップラーメンを食べていた。
この人本当に神様だよね?それ近所スーパーの安売りで1個88円で売られていたカップラーメンなのだけど……。
ジークの笑顔を見ていた桐斗の脳裏にそんな疑問が浮かんでいた。
「高いカップラーメンならともかく安物のカップラーメンでこんなに感動するのを見たの初めてだよ……。それも神様が……」
「神だって、感動したい時は感動するものさ。ご馳走さま。おいしかったよ」
この神様はカップラーメンで満足してくれた。
こんな庶民的なもの、神である我が食せられるか!とカップラーメンを投げつけられる事を考えればずっとましである。
案外他の神社に捧げる供物も特別なモノではなく、カップラーメンとかコンビニのおにぎりとかでも満足してくれるのではないだろうか。
何しろ日本は信仰の自由があり、一神教を信仰している人はいるものの多神教の神道がある国である。
神様も色々ならば何とかなるかもしれない。
正式な供物を出さないと災いを起こす神にそんな供物をあげて災いを起こされても責任は取らないが。
「お粗末さま。それで、さっきの続きは?」
予想通り桐斗の聞く気は回復した。そしてジークのお腹が満たされた今ならあのやる気を奪うあの音はもう鳴らないであろう。
「そうだったね、それでは話すよ。
この世界には9つの世界が存在するんだ。
神の住むアースガルズとヴァナヘイム、人間の住むミッドガルド、巨人が住むヨートゥンヘイム、霧と氷の世界ニヴルヘイム。
他にもあるんだけどね」
天国や地獄という言葉を聞いた事がある。あれらは死んだ人間が行く世界ではあるが、この世と別の世界で区別されている。
この世がジークの言う人間の世界ミッドガルドであり、この世であるミッドガルド以外の世界が存在している様である。
「ある日巨人はミッドガルドを巨人の物にしようとして暴れ出したんだ。
それを俺達勇者神ヴァルキリーが止めたんだ」
「勇者神って普通の神様とどう違うの?」
神とよばれる存在は聞くが、桐斗が勇者神と呼ばれる存在を聞いたのは初めてである。
神とは呼ばずにわざわざ勇者神と神とを区別して呼んでいるのだから神とは何かしら違いがあるのだろう。
「勇者神とは巨大な悪の力から生きるものを護るために戦う神の事だよ。世界中にはいろいろな勇者神の隊があるんだよ。
他の勇者神は例えば……円卓の騎士やスフィンクスとかね。ヴァルキリーはその勇者神の集団の1つだよ」
「へぇー! 勇者神かぁ、格好いいなぁ!」
先程見たファングラムもカッコイイと桐斗は思っている。
ヴァルキリーにはファングラムのようなカッコイイロボットが他にもたくさんいるのなら、桐斗は他のロボットも見てみたくなった。
「俺達と巨人が戦った戦争、ラグナロクと呼ばれている戦いは凄く激しい戦いだった。
仲間もどんどんやられてしまった。そして俺達は全ての力を使い果たしてしまったんだ。
でも巨人も同じように全ての力を使い果たしていたんだ。
両者は自分自身を封印して、力を回復させていたのさ。
そして巨人の力が戻って、今になって暴れ出したんだ」
勇者神と呼ばれる神、巨人と呼ばれる悪の存在、そして両者が争ったラグナロクと呼ばれる戦い。
信じられない非日常の世界の事であるように思えるが、現に非日常の象徴である怪物が現実に出現した。
ならば日常世界から何かの拍子でこの非日常の世界に入ったのか、それとも……これこそが日常の世界であり、人間は永い年月を掛け日常であったものを忘れて非日常とし、非日常こそが日常と信じ込んでしまっていた。
そして真の日常が再開されたという事であろう。
「大昔にそんな事があったんだ。知らなかったよ。それで僕は何をすればいいの?」
ロボットが勇者神と呼ばれる神であり、怪物は悪の巨人である事は理解出来た。
そして次に知りたいのはエインヘリヤルとしての自分のするべき事、人間の勝てなかった巨人を相手に神が戦っている。
ならば一体戦闘力の劣る人間はどんな形で神に協力すればいいのであろうか。
「俺と同じように力を使い果たした神はサガストーンという石の中に封印されているんだ。
桐斗君はそれを探してヴァルキリーを目覚めさせて欲しい。ヴァルキリーは自分を石にする事は出来ても自分で目覚める事は出来ないんだ。
俺達は生き物の未来への勇気や可能性の力を感じた時、エインヘリヤルの述べる目覚めの言葉によって眠りから覚める事が出来るんだ。
だからエインヘリヤルの桐斗君は俺達にとって無くてはならない存在なんだよ」
自分にしか出来ない事ならば……自分が人々のために戦う正義の勇者達の力となるのならば……桐斗に拒否する理由など見付からなかった。
「それがエインヘリヤルのする事だね、わかったよ」
「ありがとう桐斗君。助かるよ」
「そういえば、このお家の地下室にもう1つ石があったよ」
「何だって!? 早速行ってみよう」
「えっ! 本当に行くの?」
桐斗は少し嫌な顔をした。
「もちろんだよ。何か問題でもあるのかい?」
「ま……まあね……」
サガストーンが地下室にあるのは当然ジークに言わなければならない。
しかし桐斗は言ってしまった事に後悔していた。
何故なら桐斗には地下室に行きたくない切実な理由があったためである。
駆羽家地下室
「これは……埃だらけだ!」
ジークは真っ先に、そして正直にこの現状で思ったままの感想を述べた。
この地下室は桐斗の父親が研究資料等を溜め込む部屋であり、無造作に積み込んでいるため散らかりきっている。
そしてここ最近この部屋が掃除されていなかったため部屋中埃だらけになっていたのだ。
「……だからこの部屋には来たくなかったんだよ。どうする、奥に行く? それともやめる?」
桐斗はジークに行くか退くかを尋ねた。桐斗自身これ以上進みたくないし、ジークも埃まみれのこの部屋に入るのを躊躇していた。入らなくて済む選択肢があるのならば、真っ先にその選択肢を選びたい。
「……行くしかないよ。地球のためだからね」
その選択肢を選ぶのは許されない様である。巨人によって人類が滅んでしまう可能性の前では1柱の神と1人の人間が誇りまみれになる犠牲など、選択を選ぶ事さえ許されないのである。
「う、うん……」
2人は決心して部屋に入り、サガストーンを探し始める事にした。
「けほけほ……なかなか見つからないね」
2人が探し始めて数十分が経過した。
出てくるのは考古学の資料と埃だけで埃まみれになりながらも未だにサガストーンを発見する事は出来なかった。
「どこにあるのか覚えていないのかい?」
「うん。ジーク兄ちゃんがいた石より形が綺麗じゃなかったから結構前に地下室にしまっちゃって、そのままどこにあるのか分からなくなっちゃたんだ」
どこにあるのか覚えていたらそれは探す行為ではなくて取りに行く行為である。どこにあるのか分からないからこそこうして埃まみめになりながらも地球のために探しているのである。
「え? 俺がいた石と形が違っていたって?」
「うん。ジーク兄ちゃんがいたのはダイヤみたいな形だったけど、その石は丸い形だったよ」
神様が眠る石、そう祖父から教えてもらっていた。
勿論その言葉を信じていた。
しかしそんな大切なものならば幼い桐斗が持ち歩いていれば何処かでなくしてしまうかもしれない。
神様が眠っている石を何処かでなくしてしまっては大変である。
そのため石を地下室に保管しようと両親に説得された。
しかし桐斗は石を手放すのを拒否して泣いた。
両親も桐斗の涙での主張に屈服して1つだけ桐斗に持たせ、もう1つは地下室で保管するようになった。
桐斗の持っていたサガストーンは場所が特定出来、紛失しないために保管したサガストーンの在り処が分からなくなっているとは何とも皮肉な話である。
「それは多分カイザーバーンが封印されているサガストーンだよ」
「カイザーバーン?」
ジークの口から聞きなれない固有名詞が発せられた。
カイザーバーンとは何なのかわからない桐斗は鸚鵡返しにカイザーバーンと口にした。
ジークは分からない事ならしっかりと説明してくれる筈である。
というよりも謎のままで放置にされてしまってはこの先困る。
「カイザーバーンというのはファングと同じ俺の相棒でファングラムと合神して天空神カイザーファングラムになる事ができるんだ」
「えっ!! ファングラムって合体できるんだ!」
「ああ。だからこそ、この地下室にあるサガストーンを見付け出さなければならないんだ」
「うん!」
──ピキーン!
「!!」
突然ジークは何かを感じ取った。
「ど……どうしたの? ジーク兄ちゃん」
今まで普通に探していたジークであったが、突然険しい顔になり、作業を中断して何か集中している様になったため、不思議に思った桐斗は訊ねた。
「ファングからのテレパシーだ。 分かった! すぐに行く!」
先程見たファングは人間の言葉を発さず、獣の如く吼える事のみをしていた。
それは人間が分からないだけであって神であるジークはファングの伝えたい事が理解出来ているらしい。
「ジーク兄ちゃん、何があったの!?」
「街にまた怪物が現れたらしい。悪いけど俺はすぐ戦いに行かなければいけない。桐斗君は引き続きここでサガストーンを探していてくれないかい?」
「うん。もちろんだよ!」
「ありがとう! それじゃあ行って来る!」
「行ってらっしゃい! 頑張って!」
ジークは地下室から飛び出して行った。
「あれは!!」
ジークが家から飛び出て市街地へと走ると、市街地では巨大な竜が暴れ回り周辺の建物を破壊していた。
「あいつはファフニール! こいつはなかなか厄介だな。だが!!」
ジークはエッダホルンを取り出した。
「相手がどんな強敵であろうと平和を乱すのならば倒すまでだ! 出でよ狼神獣ファング!」
──ブオオオオオ!!
ジークはエッダホルンを吹いてファングを召喚した。
「融合合神!」
ジークはファングと融合し、ファングが人型ロボットに変形した。
「地上神ファングラム! ファフニール! この俺が相手だ!!」
──ガアアアア!!
ファフニールはファングラムに気付き咆哮した。先程ファングラムが倒した魔獣はファングラムと同じサイズであったが、ファフニールはファングラムよりも倍以上巨大なサイズをしていた。
「ファングラムではファフニールにパワーで勝つ事が出来ない、この場合は速さで戦う方がいいな。ファングクロー!」
ファングラムは腕に付けられている爪を起こし、両手に装着した。
「行くぞ!」
ファングラムはファフニールに突撃した。
「ファングクローX!」
──ザシュッ!!
ファングラムはファングクローでファフニールをX字に引っ掻いた。
「やったか?」
鋭いファングクローで引っ掻いたのにも関わらず、ファフニールの鱗には浅い傷しか付いていなかった。
「なんて硬い鱗だ……ファングクローXが通用しないとは……」
──オオオオオッ!!
ファフニールは雄叫びと共に翼を羽ばたき、空を飛んだ。
「くっ、ファングラムでは空を飛ぶ事は出来ない」
──ゴオオオオ!
ファフニールは上空から炎の弾を吹き出し、炎は地上にいるファングラムに直撃した。
「ぐわあ!」
ファングラムはダメージによって片膝をついた。
「はぁはぁ……、やはり強いな。だが、カイザーファングラムになればこんな奴、桐斗君、早く……頼む!」
駆羽家地下室
「見つからなーい!」
桐斗は依然サガストーンを探していた。
人の記憶というのは曖昧なものでここに置いた、ここで見掛けたという記憶はあるものの、実際そこを探しても見つからない事が多々ある。
探し物は探すのを止めるとある日突然出てくるが、今は一刻を有するため何としても見つけ出さなければならない。
しかし時間が無い時に限っていくら探しても探し物は出てこないものである。
──ピロロロ!
桐斗の腕に付けてあるアースブレスが鳴り出した。
「アースブレスが鳴っている! ジーク兄ちゃんからだ!」
桐斗はアースブレスのカバーを開いて通信をオンにした。
「桐斗君、まだ……見つからないのかい?」
アースブレスを通してファングラムの声が聞こえてきた。声に力が入っていないのはそれだけファングラムが苦戦を強いられているという証拠である。
「ごめんね。まだ見つからないよ。頑張って探しているんだけど」
「そ……そうか、できれば早く見つけてくれないか。今の怪物はさっきとは比べ物にならないくらいに強い。ぐわあ!!」
会話中にもファングラムはファフニールの放った炎に直撃して倒れた。まずい、早く探し出さなければファングラムがやられてしまう。
「ファングラム!! わかったよ! すぐに見つけて持って行くよ!!」
──ピッ!
桐斗は通信を切った。
「早くみつけないと! でも、家の地下室って何でこんなに広いの!? 全然見つからないよ、 もーー! えーい!」
──ドガッ!
桐斗は焦りに自暴自棄になって目の前にある棚に八つ当たって棚を蹴り上げた。
「はぁはぁ……怒ってもしょうがない、とにかく頑張って探そう」
桐斗はしゃがんで棚の引き出しを開けて探すのを再開した。
しかし、それと同時進行で大変な事が起きる前兆が始まった。
──グラグラグラ
桐斗の蹴った棚の上では何かがバランスを崩して今にも倒れそうな音を出していたのである。
「え?」
音に気が付いた桐斗が音の正体を確かめようと再び見上げようとしたが、遅かった。
──ゴチン!
「痛っ!!」
棚の上に積んでいる物が落ちてきて、桐斗の頭に直撃した。
頭に落ちたのは痛いが、見上げて顔に落ちていたら更に悲劇的な事が起きていたのかもしれない。
「痛たたた……何が落ちてきたんだろう?」
桐斗はしゃがんで落ちてきた物を調べた。
「箱?」
桐斗の頭を直撃した物の正体は小さなダンボール箱であった。
「何が入っているんだろう?」
桐斗はダンボール箱のフタを開けた。中には丸い石が1つ入っていた。
「なんだ石か。そんな物より早くサガストーンを……石!! しかもこの石、ただの石じゃない! 丸い形だし、この石に記憶もある! 間違いないよ、これがサガストーンだ!」
桐斗はサガストーンを握りしめるとそのまま急いで家を飛び出した。
「うわあああ!!」
──ズザーーーッ!!
ファフニールの空中からの突進でファングラムは吹っ飛ばされ、地面を滑った。
「ぐっ、まずいな。これ以上のダメージはもたないぞ……。だが! 俺がやらねば!!」
ファングラムはファングソードを杖代わりにして再び立ち上がった。
諦めていないものの、ファングラムの性能ではファフニールに全く太刀打ち出来ないでいた。
ファングクローだけでなく、ファングソードまでもファフニールの厚い鱗によって斬る事を阻まれ、未だにファフニールには決定的なダメージはもちろん、行動を制限する程のダメージすら与えられないでいた。
それに対し、ファングラムの装甲は大きな傷をいくつも負い、スピードも脚の傷によって制限されていた。
このまま戦闘を続けていればファングラムの敗北は目に見えていた。
しかし、そんな絶望的な状況は遂に終止符が打たれた。
「ファングラム! サガストーンがあったよ!」
サガストーンを発見した桐斗が戦闘している場所付近まで走ってきた。
「ありがとう! 桐斗君!」
「この石をどうすればいいの?」
「神獣を目覚めさせるのもヴァルキリーと同じように、エインヘリヤルが目覚めの言葉を言う事さ」
「目覚めの言葉……ジーク兄ちゃんを目覚めさせたあの言葉だね」
「神獣は目覚めの言葉だけで復活する事が出来る、さぁ、桐斗君!」
「うん! ヴァルハラに眠りし、ヴァルキリーよ、……ヴ……ヴ…………何だっけ?」
「…………」
…………
目覚めの言葉がややこしすぎる。
不規則な言葉の羅列や全く知らない外国の言葉では無いのが幸いではあったが、文章の中の単語にヴが4つはややこし過ぎる。
それにあの暗闇の中で1度だけ唱えた言葉であるため曖昧に成るのは仕方のない筈である。
――ボオオッ!
「うわあああああ!」
桐斗とファングラムの間で一瞬時は止まったが、地上に降り立っていたファフニールはお構い無しにファングラムに炎の弾を浴びせた。
「ファングラム!!」
「だ……大丈夫だよ」
炎の中からファングラムが現れた。平然を装っているが、その声、仕草からは明らかに無理しているのが伺えた。
「ファングラム、ごめん……」
記憶が曖昧な闇の世界にいる時に唱え、覚えづらい呪文である事は事実である。
しかし、ファングラムは戦っている。
ファングラムに期待された自分がこんなザマでいるからファングラムは傷付いてしまった。
自分の命を救った勇者が傷付いていく。
そして勇者が傷付く姿を桐斗は目の前で見なければならないのである。
「気にしないで、それと残りの言葉はヴルグリンドを開き、ヴィグリーズに集えさ」
ファングラムはそんな桐斗に優しく語りかけた。
その言葉が勇気となり、桐斗に迷いがなくなった。
「わかった! 今度こそいくよ、ファングラム!」
「ああ、頼むよ!」
「ヴァルハラに眠りし、ヴァルキリーよ、ヴゥルグリンドを開き、ヴィグリーズに集え!」
桐斗の口から今度は正確に目覚めの言葉が発せられた。それを確認し、今度は自分が再び戦う番だと決心したファングラムは自らの士気を高めるために高らかと叫んだ。
「出でよ!! 竜神獣カイザァァバァァァン!!」
サガストーンから碧色の光があふれ出し、光がサガストーンと共に天へと上がると、空から巨大な竜が舞い降りた。
「あれが……竜神獣カイザーバーン……」
「カイザーバーン、光呀合神だ!」
──グオオオオ!!
カイザーバーンが雄叫びを上げた。
「光呀合神!!」
カイザーバーンが起き上がり、胸のパーツが左右にスライドして肩のアーマーに変形し、胸部と頭部の無い人型の巨大ロボットに変形した。
「とぉ!」
ファングラムが飛び、ファングラムの胸の狼の頭が水平に上がり、腕が上にスライドし、前に水平に倒れ、両腕が合わさり、狼の顔の下につき肩にある角が下に倒れて上顎の牙になった。
次に足が前に水平に倒れ、両足が合わさり、下顎の牙になった。
巨大な狼の頭部に変形したファングラムが人型に変形したカイザーバーンの胸部に納まった。
更にカイザーバーンの頭部がファングラムの頭部に被さり、顔がマスクに覆われた。
そしてカイザーバーンの手の爪が腕に装着し、新たな手が現れた。
最後にカイザーバーンの尻尾が消滅し、頭部の眼に光が灯った。
「天空神!! カイザァァァファングラム!!!」
古の天空を護った勇者、天空神カイザーファングラム、今ここに降臨!
「これがファングラムとカイザーバーンが合体した勇者神、カイザーファングラム……」
「ファフニール! 今までの借りを返してやる!」
──ゴオオオッ!!
ファフニールは咆哮し、再び空を飛んだ。
地上よりもファフニールの力を発揮出来るため飛んだのか。
それとも、ファングラムを追い込んだ天空の支配、それを再びすればファングラムの倍ある全高のカイザーファングラムであろうと倒す事が出来ると確信していたのか、その理由は定かでは無い。
しかし、少なくとも後者の思考は意味を持たなかった。
「無駄だ! とおっ!」
カイザーファングラムも翼を羽ばたかせて飛び立ったのである。
地上を護るファングラムとは違い、カイザーファングラムには天空を護るための翼がある。
翼を持つ邪悪な存在を滅するための聖なる翼が。
だから……この青い空で邪悪な存在がいる場所はもう存在しない。
天空でカイザーファングラムとファフニールが向き合っている。
──ゴオオオオ!
ファフニールはカイザーファグラムに向かって炎の球を吹き出した。
「グラムセイバァァァ! 」
カイザーファングラムは自分の身の丈以上の巨大な剣、聖剣グラムセイバーを召喚し、剣を鞘から抜き、グラムセイバーを両手で構えた。
グラムセイバーの刀身にはいくつものルーン文字が刻まれていた。
「はっ!!」
──ザンッ!!
カイザーファングラムは自分に向かい来る炎の球をグラムセイバーで一刀両断に斬り裂いた。
──ゴオオオオ!
グラムセイバーによって炎の球が斬り裂かれたのにも関わらずファフニールはすぐに再び炎の球を連続で噴き出してきた。
「一々斬っていたら喰らってしまう。だが、これでどうだ!」
カイザーファングラムの胸にある狼の口が開いた。
「ヴェルディングファイヤァァァ!!!」
──ボォォォォォ!!
狼の口から炎を吹き出し、ファフニールの放った炎の球は全て炎の中に消えていった。
そして炎の勢いは止まらず、ファフニールまでも炎の中に包み込まれた。
──グオオオオ……
ファフニールが炎の中でもがき、炎を振り払うとファフニールの目の前にはカイザーファングラムがいた。
「はぁああ!!」
──ズバッ!!
ファングクローXが効かなかったファフニールの鱗であったが、聖剣グラムセイバーの前では全く防具の役割を果たす事は無くファフニールは斬り裂かれた。
──グオオオッ!!
──ドバッ!!
斬られたファフニールは悲鳴を上げ、身体からは鮮血が吹き出し、返り血を浴びたカイザーファングラムの身体を紅く染めた。
「トドメだ!!」
カイザーファングラムはグラムセイバーを両手で持ち、剣を天高く掲げた。
「はあああああ!!」
グラムセイバーに刻まれたルーン文字が柄から剣先へと金色に光り出し、剣先のルーン文字が黄金に光ると刀身全体が白い光に包まれた。
「とおっ!!」
カイザーファングラムは大きく羽ばたき、更に空高く飛んだ。
「アァァァクスラッシュッッ!!」
カイザーファングラムは今度は羽ばたく事をせず、ファフニールに向かって目に見えない程のスピードで急降下した。
それはまるで空に光の線が引かれている様だった。
「たあああありゃああ!」
──ザシュッ!!!
カイザーファングラムはファフニールの身体を斬り裂いた。
──グオオオオオ……
ファフニールは真っ二つに切断され、光の粒子となって消滅した。
そのまま地上に降り立ったカイザーファングラムはグラムセイバーを血払いするように振り降ろし、剣を鞘へと納めた。
「浄化完了!」
──ガオオオオッ!!
カイザーファングラムの胸にある狼の口が雄叫びを上げた。
それはミッドガルドの人々にカイザーファングラムの勝利を告げている様に聞こえた。
「カイザーファングラム! 最高だったよ!」
桐斗がジークの元へ駆け寄った。
「桐斗君、お手柄だったよ。君がサガストーンを見付けてくれなかったら、正直危なかったね」
桐斗は照れくさそうにはにかんだ。
「えへへ、神様に褒められちゃった。さぁ帰ろうよ」
「帰ると言っても、俺は普段は石に戻れないし、帰る場所も無いんだけど……」
突然現れて颯爽と帰っていく。
そんな勇者もカッコいいものであるが、帰る場所がなければホームレス勇者となってしまう。
やはり帰る場所が必要になのだ。
そしてこのままではホームレス勇者になってしまう危険性が高い。
可能性を護る勇者神ヴァルキリーにそんな可能性があるのも辛い話である。
「それなら僕の家に来ればいいよ」
「桐斗君の家に、いいのかい?」
「お父さんとお母さんはお仕事で外国にいるから大丈夫だよ。あっ! でも怖いお姉ちゃんがいるけど大丈夫?」
「大丈夫だと思うよ。……多分」
2人は再び駆羽家を目指して夕日が完全に落ちた道を歩き出した。
駆羽家
「ただいま!」
桐斗が家のドアを開けると1人の少女が玄関に仁王立ちしていた。
「うわっ! お姉ちゃん!」
「桐斗! こんなに遅くまで何していたのよ!!」
彼女の名は駆羽美亜桐斗の姉である。
言葉では強く言っているが、桐斗の事を心配して桐斗が帰宅するまで玄関でずっと立っていたのである。
「全く、街では2回も怪獣が出たんだから心配したのよ。あら、そちらのカッコいい人は?」
美亜は視線を桐斗からジークに移した。
この男性は美亜以上の大人であるため単なる桐斗の友達というのも考えにくい。
「ジーク兄ちゃん、アレ話してもいいかな?」
「この場合は話さないと仕方ないけど、できる限りみんなには内緒にしておいて欲しいな。
みんなに知られると色々と面倒な事になってしまうからね」
桐斗は美亜に今日あった出来事を話した。
当然勇者神ヴァルキリー、サガストーン、巨人の事、そして禁断の地下室に足を踏み入れた事も隠さずに話した。
「えっと……話をまとめると、昔、神様と巨人が戦っていて、桐斗の持っていた石にジークさんが眠っていて、復活した巨人と戦うために目覚めたって事ね」
「まぁ、そういう事だね」
「それで戦いの間、家で暮らしたいという訳ね」
「お姉ちゃんお願い! ジーク兄ちゃんを家で暮らさせてあげて!」
「そんなのら猫やのら犬を飼うみたいに簡単に言わないでよ。…………うーん……。……いいわ」
「やった! ありがとうお姉ちゃん」
「神様を粗末にしたら罰が当たりそうだもんね。それにこんなにカッコイイ人と一緒に暮らせるなんて幸せ…………」
美亜の目はキラキラ光り、意識は遠い世界へ旅立っていた。
「出たよ……お姉ちゃんの悪い癖が……」
桐斗はやれやれと溜め息をついた。
「?」
ジークの頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
次回予告
ジーク
「サガストーンの情報を手に入れて宝石展へ行った俺と桐斗君。その宝石展でついに巨人が本格的に現れた! 巨人の前に絶対絶命のファングラム、そして桐斗君の叫びに新たなヴァルキリーが目を覚ます。
次回、勇者神記ファングラム
SAGA・4『守護神』
今、新たな神話が記される」
<NEXT SAGA>
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