どこの秘境とも知れぬ場所にその城はあった。
 城から滲み出るただならぬ気配がそうさせるのか、周囲には野鳥どころか猫の子一匹見当たらない。外見は東洋の城なのだが、雰囲気はさしずめ古い洋館である。
 降魔宮殿【ごうまきゅうでん】──それがこの城の名であった。
 そんな城の最奥部では、青白い火の玉が不規則に飛び回り、薄暗く照らし出された銀色の西洋風甲冑には、血のような赤黒い模様が浮き出ている。
 いつからそこにいたのか、玉座に跪く影は、そんな光景に頬を緩ませた。大きな鈴が小さな音を鳴らし、その男とも女ともとれぬ容姿が露になる。
 森蘭丸【もりらんまる】。今も昔も、それがこの者の名であった。
「御館様、今少しご辛抱を」
 それは肉体を失った主への謝罪と、自分自身に言い聞かせるための言葉。
 背後に近づく重い金属質な足音に、蘭丸は僅かに視線だけを向ける。
「鉄武将【てつぶしょう】か……」
 蘭丸の言葉に、部屋を覆う影から銀の鎧武者が姿を現した。
 優に二メートルを超える大柄の鎧武者は、背にした野太刀を揺らし、主なき玉座を直視する。
「生命の奥義書、よもや姫ごときに出し抜かれるとはな」
 鎧武者の言葉に、蘭丸は握り締めた拳に力を込める。
「本来、帰るはずだった場所に帰ってきた。それだけのこと」
 本来、リードで手にするはずだった生命の奥義書は、今、翡翠姫の手にあるはず。そして、その翡翠姫はリードを脱出し、この忍巨兵が眠る地へと逃れている。
 だが、それを探しに向かわせた邪装兵三機と三十を越える下忍が何者かの手によって撃退されたとの報は既に届いている。
「風雅め、よもや四百年以上の時を越えても、なお邪魔立てするとは……」
 忌々しそうに吐き捨てるが、そんな鎧武者の口元は明らかに笑っていた。
「だが、彼奴らの首を取るという楽しみが増えたのもまた事実」
 そう言うと鎧武者は踵を返して再び影へと身を投じていく。
「鉄武将ギオルネ、そうそう風雅忍者如きに退けはとらぬ!」
 風雅の母星リードで受けた傷は完治したはず。それなのに感じるこの疼き。獣王の咆哮に呼応するかのようにギオルネの闘志は燃え上がっていた。





勇者忍伝クロスフウガ

巻之弐:『魔王の胎動』







 時非駅を更に北へ行くと、そこにはごつごつした岩ばかりが集まる海岸、時非海岸がある。もっとも、海岸とは名ばかりで、砂浜などはない崖のような場所ばかり。おかげでそんな事実もないというのに自殺の名所などと噂され、あまり人の寄り付かない場所になっていた。
 そんな海岸の一角に、一風変わった岬が存在する。獣岬【けものみさき】と呼ばれるそこは、角度によっては獅子が大きく口を開けたようにも見える洞窟にもなっていた。そんな場所に風雅陽平の姿はあった。
 あまり人が歩くのに適さない岩場を進み、洞窟の穴を覗き込む。僅かに吹き込む風の音が獅子の唸り声に聞こえ、戸惑いながらも洞窟へと飛び降りる。
「よし、特に異常はなさそうだ。来ても大丈夫だぞ」
 岩場で待つ少女を振り返り、陽平は勤めて明るく振舞っていた。
 いきなりの戦闘。わけもわからず呼び出した忍巨兵。それらへのヒントをくれた少女。名を翡翠と名乗った彼女は、先ほどからずっと無表情のまま陽平の後をついてきていた。その姿は実に可愛らしく、必死に追いかけてくる姿は実に微笑ましいのだが──
(なんで微妙に距離を置いてついてくるんだ)
 さながら、懐く前の犬といったところだろうか。気になるからついては行くが、怖くて一定間隔にしか近づけない。
 とりあえず、こんな岩場をちょこちょこ歩かせるわけにもいかない。軽い怪我程度ならまだしも、打ち所が悪ければ命だって落としかねない。とにかく、手を差し出して、陽平は翡翠から近づいてくるのを待ってみる。
 一瞬の沈黙の後、翡翠は手を差し出そうと試みるものの、やはり不安なのかすぐに引っ込めてしまう。それは何度となく繰り返された。
(ガマンだ。ここで俺から掴んだら絶対に嫌われる)
 半ば苦笑気味な表情で、もう少し手を差し伸べてみる。
「……ッ!」
 驚いたのか、また少し距離が空いてしまった。
 もはや溜息しか出なかった。そもそも、犬扱い自体が間違いだ。作戦変更とばかりに陽平は洞窟へと足を踏み入れる。
 海がすぐそこだというのに、足場に濡れた形跡はない。とりあえず滑るような心配はないはずだ。そうして危険を一つずつ排除していくことで、翡翠がついてきやすいようにする。むしろ最初からこうするべきだったのだ。
 そもそも、翡翠を連れてここに来るよう言って消えた獣王ことクロスはどこにいってしまったのか。
(むしろ移動するなら連れて行ってくれりゃよかったのに)
 そんなことを内心で呟き、苦笑気味に翡翠を振り返る。思った以上に運動神経はいいらしく、ごつごつした足場であろうと苦もなくついてきている。
(なんか心配することもなかったかも)
 そうこうしているウチに、陽平たちは洞窟の最奥部へと行き着いていた。
中はドーム状になっており、その広さは学校の教室ほどある。水の音に視線を移せば、洞窟に向かって左手が小さな崖になっており、その下では巨体を休めるよう伏せている獣王の姿があった。
「クロス……」
 声をかければ身体を起こして陽平へと近づいてくる。
 この機械じかけの白い獅子を見ていると思う。やはり自分は、ずいぶんと日常から離れた場所にきてしまったのだと。
「陽平」
 自分の名を呼ぶ獣王にひとつ頷き、陽平は手近な石に腰を下ろした。翡翠はと言うと、やはり同様に少し離れた場所で石に腰掛けている。
「さて、こんなひと気のないところに呼び出したんだ。なにか話があるんだろ。それも相当大事な、さ」
 陽平の言葉に獣王は頷くことで肯定した。
 どこか落ち着き払って見える陽平ではあったが、正直言えば混乱がピークを超えただけだ。本当は溢れる疑問の数々をぶつけてやりたい気分だった。
 獣王の視線が翡翠を直視する。小さく欠伸をした翡翠が頷くと、獣王は改めて陽平へと向き直った。
「まずはお礼を言わせてもらいたい。ありがとう、陽平」
「礼なんて。だいたい礼なら助けてもらった俺が言うことだろ?」
 だがその答えはクロスではなく、翡翠の口から紡がれた。
「忍巨兵は忍びか、巫女がいないとだめ」
 その言葉に、陽平は獣王式フウガクナイと呼ばれる思い出のクナイを取り出し、軽く握り締める。それは通常のクナイよりもやや大きめ。刃の長さは小太刀ほどあり、クナイらしく鍔はない。柄尻には獅子の模様が彫られた黄色い勾玉がはめ込まれている。
「そもそも、その忍巨兵ってなんなんだ?」
「忍巨兵とは、御姫が母なる星、リードを遙か古より外敵から守る十三体の忍び」
 クロスが姫と呼ぶ少女を陽平はもう一度振り返る。
 小さな欠伸をひとつ。先ほどの子犬っぷりもさることながら、このあどけなさからはとても"姫"という単語を想像しがたい。第一、母なる星ということは、彼女は異星人ということになる。
 しかし、実際にこの鋼の忍者が言うのだから間違いないのだろう。
(嘘言うような感じじゃねぇもんな)
 今、目の前にいる鋼鉄の獅子の言葉をすんなり受け入れられた自分に少し驚きつつも、やはり現実から遠ざかりつつある自分に苦笑する。
「それで、俺に話って?」
 陽平の言葉にクロスは無言で翡翠の指示を仰ぐ。
 少し間を置いてようやく気づいた翡翠が頷くと、クロスは低い声で語り始めた。
「もう四百年以上も前になる。我々はこの星、地球に降り立った」
 四百年以上も前という言葉に陽平は開いた口が塞がらない。
 陽平の知識範囲で四百年以上も前と言えば、個人的に好きな時代でもあり、歴史でも有名なあの人物のいた時代にほかならない。
「リードってのはとんでもない技術の塊なんだな」
 陽平の単純な感想に、クロスも頷いた。
 実際、忍巨兵と呼ばれる機械巨人がいるくらいだ。宇宙船もなんのそのといったところか。しかし、四百年以上も前にそれだけの科学力があるというのも正直信じがたい。
 これが地球と異星の差かと痛感した。
「で、なんだってまたそんな時代に地球へ?」
「それは他の惑星と和平を結び、外敵を減らそうという王のお考えだったのだ」
 これまでにも多くの惑星と和平を結んでいるというクロスの言葉に素直に関心する。
「で、地球との和平は上手くいかなかったのか?」
 これほどの技術力を持った星との和平条約だ。もし成功していたなら今頃地球は別の歴史を歩んでいたに違いない。
「そうだな。和平は……この国にいた、ある長の策略によって、後に長きに渡る戦の幕開けとなってしまったのだ」
「戦ねぇ。でもそんなデカい戦いがあったなら歴史に残るんじゃ……。第一、忍巨兵相手じゃ当時の地球で対抗できるわけがねぇ」
 事実、現在の地球の戦力でさえ忍巨兵に勝てるとは思えない。唯一、対抗できそうな武器として核兵器を想像したが、先刻見せられた動きには到底当てられそうもない。よほど見事なタイミングで、更に広範囲を狙わなければならない。
「我々もそう思ったのだ。だがヤツは、織田信長の力は我々の想像を上回っていた」
「お、織田信長だってぇっ!?」
 まさかこんなところでその名前を耳にするとは思わなかった。
 織田信長といえばそうそう知らぬ者はいない。
 家臣であった明智光秀の手により本能寺で最後を迎えた話は有名どころではない。
「織田信長とお前たちに、いったいどういう関係があるってんだよ」
「丁度我々が来訪した時代、彼はこの国で一番の力を持つ権力者だった。そこで統巫女である琥珀様は、彼と和平を結ぶことこそこの国との和平に繋がるとお考えになり、対談に向かわれたのだ」
 だが、そこで琥珀を待っていたのは、和平の証にリードの秘宝をと迫る無情で強欲な長の姿であった。
 琥珀は迷った。和平は主君より託された使命。だが、よりにもよってリードの技術を与えてしまってもよいものか。
「で、どうしたんだよ。その琥珀様ってのは」
「忍巨兵の一体を和平の使者として彼に貸し与えることと、危険性の極めて低いと思われるいくつかの秘術を差し出すことになったのだ」
 だが、彼が欲していたのは何物でもない、忍巨兵であったと気づいたのはそれからしばらくしてのことであった。
「まさかやばい忍巨兵を貸しちまったとか?」
 陽平の心配とは裏腹に、クロスはどこか寂しげな瞳を見せる。
「貸し与えた忍巨兵は星王【せいおう】。他の忍巨兵のような忍獣との合体機構を持たぬ唯一の者。名はイクスと言う」
 イクスは自ら使者に志願したという。 自分が隊を離れても戦力に大きな影響がないことをイクスは知っていた。
 だが、イクスが申し出たことを耳にしたクロスは、すぐに彼を問いただした。
 なぜ行く必要がある。どうしても行かねばならないなら忍巨兵隊忍頭である自分が行く。
 しかし、何者もそんなクロスの進言を認めようとはしなかった。だが、それは当然のこと。忍頭が離れれば忍巨兵隊はどうなるか。考えずともわかることだ。
「そしてイクスは我々のもとを離れた。その後、ワタシはイクスと再会することなく現在にいたる」
「友達……だったのか?」
「ああ。ワタシのかけがえのない友だ」
 クロスの言葉に感動したか、陽平は僅かに涙ぐむ目をおもむろに擦る。
「話を続けよう。忍巨兵を貸し与えたことで我々は滞在を許され、各地の長たちとの対談も滞りなく進めることができた。和平は成功したかに見えた」
 琥珀が各地の長たちと慌ただしく対談をしていた頃、それは起こった。
 ある一族の村を忍巨兵が襲ったというのだ。その事件からリードの民が孤立するのにさして時間はかからなかった。
 仲間の誰もがすぐにイクスのこと考えた。
「裏切ったのか?」
「忍巨兵は主の命に背くことはできない。琥珀様はすぐに信長を問いつめた」
 だが、信長は琥珀が不在の隙をついてリードの民に奇襲をしかけた。民の誰もが驚きの声をあげた。あげる間もなく命を落とした者たちもいた。それもそのはず。なんと、信長は自らの手で忍巨兵の複製を作り出したのだ。
「本当かよ。でもあの時代に信長はどうやって……」
「わからない。我々は妖術の類ではと考えていたのだが……」
 妖術。なんとなく納得できてしまうから恐ろしい。かつて第六天魔王と詠われた信長ならと思えてしまう。
「それから信長はこの国の完全支配に乗り出した」
 量産された偽忍巨兵に誰も為すすべがなかった。唯一対抗できたのは信長に追われたリードを匿った隠れ里の忍者たち。
「そして、リードの忍者たち"風雅"は、その隠れ里の忍者たちと手を結び織田信長を共に討つべく戦った」
 クロスの言葉に陽平は思わず息を呑んだ。
「風雅って……つまり俺はリードの忍者の子孫なのか?」
 思った以上に衝撃的だったのか、陽平の声は重い。
「そうだ。なによりキミがその手にした獣王式フウガクナイを扱えたことこそその証」
「俺が……忍者の……」
 呆然と呟く陽平にクロスは押し黙る。
 確かに、唐突な話ではある。自分が過去、織田信長を倒した忍者たちの子孫だと言われても、だからどうしたと言われればそれまで。子孫という言葉には拘束力も強制力もない。だが……
「そうか。そうだったのか……」
 クロスの心配を余所に陽平の声に含み笑いが混じる。
 当然だ。まだ出会って間もないクロスが知るはずもないが、陽平は根っからの忍者オタク。そんな彼が忍者の子孫だと言われて喜ばないはずがない。
 勢い良く立ち上がる陽平に、翡翠の体ががビクリと跳ねた。
「やっぱそうか! つまり、俺は忍者になるべくして生まれたんだな! そうだよなッ!」
「あ、ああ……」
 陽平の勢いに負けただけなのだが、思わず肯定してしまったことに、クロスは後ろめたさを感じずにはいられなかった。
「いやぁ、我がことながら自分の血が誇らしくなってくるぜ!」
 クロスの心中知らず、陽平は高らかに笑い出す。
「そういや親父のヤツ知ってんのかな? きっと知ったら腰抜かすぞ」
「よ、陽平……」
「ん?」
 自分の世界から引き戻された陽平は、獣王の額に大きなマンガ汗を見た気がした。
「あ、ワリィワリィ」
「いや、気にしないでくれ。ところで、風雅の忍であるキミに頼みたいことがある」
 張り詰めた雰囲気を取り戻したクロスの言葉に、陽平の表情がみるみるうちに崩れていく。風雅の忍という呼び名にすっかり気をよくしたか、「俺に任せろ」などと既に乗り気である。
「で、なにすりゃいいんだ」
「うむ。無理を承知で頼む。我々と共にヤツらと戦ってほしい。獣王の忍として」
 もちろん聞かずともわかっていた。この獣王と少女、翡翠に出会ったときに決まっていただろう道。
「その前に聞かせてくれ。織田信長は本能寺で死ななかったのか?」
 陽平の……いや、ほとんどの人が知る限りでは、織田信長は本能寺にて焼死しているはずなのだ。
 そんな疑問に対する回答はこんなものであった。
「織田信長は死んでいる。だが、織田信長率いる偽忍巨兵こと邪装兵【じゃそうへい】の軍団ガーナ・オーダの残党が未だ戦の火を放っているのだ」
「ガーナ・オーダは生命の奥義書をさがしてる。だからリードはほろぼされた」
 またもや出てきた新しい単語に間髪入れずに苦笑する。ガーナ・オーダに邪装兵。そして、ようやく口を開いた翡翠から出た生命の奥義書。
「その奥義書は、リードを滅ぼしてでも手に入れなきゃならないほどにすげぇものなのか」
 とても想像できない。奥義書というくらいだから巻物や古い本なのだろうが、たかが紙切れに惑星ひとつを滅ぼすほどの価値が果たしてあるのか。
「ワタシの知る限りでは、生命の奥義書を使用した例はなく、リードに絶望訪れしときのみ紐解かれるらしい。その力は名が示す通り、生命を生み出すもの」
「生命を……」
 ガーナ・オーダが血眼になる理由がわかった。十中八九、主を……織田信長を蘇らせるつもりだ。
「まてよ、ってことはもう蘇ってるかもしれねぇんじゃ……」
 奥義書を奪うためにリードを滅ぼしたなら既に使用されたとも考えられる。しかし、頭を振ってそれを否定したのは他でもない、リード唯一の生存者である翡翠だった。
「生命の奥義書はとられてない」
「は?」
 翡翠の言葉に陽平の目が点になる。
 とられてない。今確かにそう言った。
「んじゃいったいどこに……」
 その疑問の答えはすぐに出た。その星に絶望が訪れるときに使用されるというのなら、それは今を置いて他にない。そして、そんなものならば最後の生き残りである翡翠に託されていてもなんら不思議はない。
「翡翠……」
「もってない」
 間違いなく先読みされた。問うより早く答えに遮られ、陽平は苦笑を浮かべる。
「せめて保管場所くらいは……」
 その質問には頭を振って否定された。
「それじゃ、なんで捕られてないってわかるんだ」
「さがしてるから」
 ガーナ・オーダが、ということだろう。
 しかし、ますますよくわからなくなってきた。
 生命の奥義書のために滅ぼされたリード。それを行ったのは四百年以上も前に風雅の忍びたちに倒されたガーナ・オーダの残党。
(でも、いったいどうやってリードまで行ったんだ)
 行く方法があろうとも場所がわからなければ同じことだ。まさか四百年以上もかけて探し出したわけでもあるまい。
 渋い顔をする陽平に、翡翠は小さく首を傾げる。
「いやな、ヤツらはどうやってリードまでいったのかな……ってな」
「我々がここに来る際使用した、方舟【はこぶね】という船をヤツらは利用したようだ」
 方舟には帰りのために航路が記録されており、それを逆に辿ったらしい。
「……ってかよ、リードまでどれくらいかかるんだ?」
 信長を倒したのが四百年以上も前。それから方舟で地球を脱出してリードへ。それからリードを滅ぼして再び地球へ。ヤツらが数百年も寄り道していたならともかく、単純に計算すれば片道百年以上ということになる。
「普通に行けば四百年以上かかるだろう。だが、リードには風穴【かざあな】という装置がある。始点と終点の座標を入力することでその間の距離を圧縮し、物体を高速移動させるものだ。それを利用すれば僅か数ヶ月での移動が可能になる」
「……ほぉ」
 途方もない星とは思っていたが、まさかワープ装置まであるとは思わなかった。
「方舟にそいつは?」
「当然、備わっている」
「なら余計におかしいだろ。ヤツらはなんで四百年以上もの間戻ってこなかったんだよ。それともなにか。四百年以上も待ってから襲ったってのか?」
「風穴は親機があって初めて動くもの。端末しか備わっていない方舟だけでは使用できないのだ」
 ようするにヤツらはリードを滅ぼしたときに風穴の親機を破壊してしまったらしい。つまり、帰りはたっぷり四百年以上かかったということだろう。
 しかしまだ疑問は残っている。それは翡翠のこと。
「翡翠も四百年かけて来たってのか?」
 まさかとは思ったが、とりあえず疑問は片っ端から口にしておくに越したことはない。
 陽平の質問が自分に向けられていることにようやく気づいた翡翠は小さく頷いた。
(マテ。リード人は何年生きられるんだよ)
 明らかに自分より年下に見えるこの少女は実は四百歳という事実に開いた口を閉じることができない。
「……御姫はここ、地球までを眠っていたと聞かされている」
「眠ってって……あの冷凍睡眠とかってやつか。 なるほど。それならいけるのかもしれねぇな」
 この地球でも冷凍睡眠の実験は進められている。不治の病を患った人を凍らせて保存し、治療法の見つかった遠い未来にもう一度目覚めさせる。
「そっか。一瞬焦ったぜ」
「なにが?」
 陽平の言葉にわからないといった風に翡翠が小首を傾げる。
「いやな、翡翠が俺より年上なのかな〜って思ったから」
「わたし年上ちがう。ようへいより小さい」
「おう。だから安心したってことだよ」
 翡翠の頭をポンポンと叩き、陽平は小さく笑った。
 しかし、いつの間にやら翡翠の位置が変わっていないだろうか。
(ついさっきまであの辺にいなかったか?)
 自分からおよそ二メートルほど離れた場所を見て思う。しかし、気にも留めていなかったが、いつの間にやら触れられるほどの距離にいた。
(気を許してくれたってことかな)
 自分を見上げる翡翠に、陽平は優しい笑みで応えると、再び頭を撫でてやる。
 目を細めて喜ぶ翡翠の仕草にどこか安堵感を覚える陽平だった。
「さて、疑問タイムはこれで終わりだ」
 陽平の言葉に、伏せていたクロスがその巨体を起こす。
「いいぜ、なってやる。いや、ならせてくれ! 俺を忍者に……」
「頼んでおいてこんなことを聞くのは──」
「風雅陽平は!」
 クロスの言葉を遮って陽平が声をあげる。
「風雅陽平は、己の信念の下に獣王の忍として、リードの一の姫、翡翠を守ることを誓う」
 決して遊びではない。間違いなく激戦になるその戦いに身を投じることを少年は誓った。その目に宿る決意の炎に揺らぎは感じられない。
「翡翠」
 陽平の声に翡翠が見上げる。なにか懐かしいものでも見たような表情に一瞬戸惑うも、膝をつき、翡翠の手を取って小さな甲に口付ける。
「俺が絶対に守ってやる。んでもって、奥義書を探し出してリードを蘇らせよう」
「ん」
 小さく頷く翡翠の表情が綻ぶ。つられて綻んだ自分がなぜか嬉しかった。
 だが、不意に翡翠が無表情に戻り──
「くる」
 前置きもなく言う翡翠に聞き返そうとした次の瞬間、洞窟内が大きく揺れ、同時に獅子の咆哮にも似た音が鳴り響く。
 思わず耳を塞いだ陽平は、音が鳴り止んだのを確認すると、回答を求めるべく獣王を振り返った。
「どうやら近くに敵が現れたようだ」
「ガーナ・オーダか?」
「そのようだ。この付近で忍巨兵レベルの戦闘が起こった場合、今のように洞窟内を満たした振動が音となって教えてくれる。もっとも、戦闘にならなければ反応しない不完全な代物だが……」
 それでも警報としては十分に役立つことに代わりはない。
(ちとうるさいのが難点だけどな)
 苦笑する陽平は獣王式フウガクナイを手にすると翡翠を振り返る。
「いいか、絶対にここから動くなよ?」
 両肩をしっかりと掴んで釘を刺しておく。守るべき人が戦場に来ては洒落にならない。
「ようへいは?」
 肯く代わりにそう訪ねる翡翠に、陽平はそれが当然であるかのように宣言した。
「ガーナ・オーダをぶっ潰す!」












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