光海は物心ついた頃から一緒の幼馴染みだった。
 お互いに遠慮のいらない仲というか、とにかく一緒にいて飽きない。下手な男友達よりも親友と言えたかもしれない。
 でも──
「あいつがそんなにショック受けるなんてなぁ」
 わからなくもない。確かに、自分のせいで親友が死んだならば悲しいと思うし、責任も感じるだろう。
 だが、腑に落ちないのは光海らしくないということだ。
 いつもの光海ならば、すぐ誰かに助けを請うことも考えられたはず。少なくとも、なにも行動を起こさず伏せるようなタイプではないはずなのだ。
「いったいどうしたってンだよ、あいつ」
 そういえば以前にも一度、まだ陽平も光海も幼かった頃に同じようなことがあった気がする。
 確か光海の従兄が怪我をしたときだったような……。
 そうこうしているうちに陽平は桔梗家の門前に到着した。
 風雅家から徒歩数分の距離にあるにも関わらず、その敷地は倍以上ある。家というよりも屋敷と呼ぶのがふさわしい外観と、古くからずっとそこにある立派な弓道場。
 幼少から幾度となく見てきた光景だが、未だにでかいと感じてしまう。
「そういや一人で来たの久しぶりだな」
 そんな感慨に耽りながら門に手をかけ──
「やべ、昔のつもりで挨拶なしで入っちまうところだった」
 とりあえずインターホンでも押そうと手を伸ばしたその時、陽平の耳に微かな風切り音に続けて、ターンッ!という音が聞こえてきた。
 もう嫌になるほど耳にした矢の音だ。
 家の誰かが弓道場にいるのだろうか。
「光海……」
 確証はない。しかし、どういうわけか聞こえてくる矢の音が、自分を呼ぶ幼馴染みの声に聞こえる。
 誘われるように門をくぐり、昔はよく遊んだ庭を通って弓道場へ向かう。
 昔と変わらないその光景に、過去の自分と光海の姿を思い返す。
 忍者が好きで、刀や手裏剣の玩具を振り回す陽平の背中を、玩具の弓矢を抱えて追いかける光海。
 変わったのはお互いの年齢と、弓矢の矛先くらいのものだ。
 再び聞こえた弓矢の音に、陽平は思い出から返る。
「光海……いるのか?」
 なぜだかわからないが、弓矢の音が聞こえる度に光海の泣き顔が浮かんでくる。
 弓道場の入り口を忍び足で通り抜け、光海のいるだろう場所まで進んでいく。
「光海……」
 確かに、そこに光海はいた。
 弓道着に身を包んではいるものの、胸当ても着けずに一心不乱に矢を射る姿にいつもの凛々しさはない。まるでなにかから逃れたいがために足掻いているように目に映る。
 再び矢をつがえ、弦を引き絞って的を狙う。
(矢先が震えてる。あれじゃだめだ)
 陽平の思った通り、光海の射った矢は的を反れ、後ろの壁に突き刺さる。
 もうどれくらい続けているのか、光海の額からは滝のような汗が流れ落ちる。
 疲労はとっくにピークを超え、立ち上がることさえままならない。だが、ふらつきながらも光海は立ち上がり、弓を構えて矢をつがえる。
 手が震える。思うように矢をつがえることができず、もつれた手から矢がこぼれ落ちる。そしてついに、光海も膝から崩れ落ちた。
 ふらふらとさまよう視線は床に突いた手の甲に固定され、溢れ出す涙が甲を濡らしていく。
「どうして……」
 そんな涙まじりの声がこぼれ出す。
「こんなに呼んでるのに……どうして来てくれないの!」
 堪えきれなくなった言葉をどこへとなく叩きつける。
 動けなかった。すぐに出ていけば光海は泣きやんだかもしれないのに。それなのに、自分は光海の言葉の意味を探している。
(呼んだって、誰を?)
 光海が今、会いたいと思うのは誰だ。
(……俺?)
 確かに光海の射る矢の音に呼ばれた気がして陽平はここへ来た。
 では、どうして矢の音を"呼ばれた"と感じたのか。
「やく……そく?」
 ふいにそんな単語が口をついて出た。
(約束……俺が?)
 掠れる記憶を手繰り寄せ、幼かった自分を呼び起こす。
 それは、まだ幼かった自分と光海の他愛ない口約束だった。





 当時、陽平は忍者が好きになったばかりで、いつどんなときも忍者のことを口にしていた。忍者をバカにするものには無言で鉄槌を下し、忍者を愛するものはすぐに好きになった。
 ようするに、今と大差なく忍者が陽平の全てだった。
 そんなある日のこと。
「ねぇ! ヨーヘーも弓道しようよぉ」
 いつも後ろをちょこちょことついてくる幼馴染みの女の子が、陽平に玩具の弓矢を差し出して言った。
 陽平は、その子の両親が弓道の先生だということは知っている。そして、その子は弓道がとても上手だということも知っていた。
 いつも後ろをついてくるクセに、自分より上手なのは許せない。そんな子供の単純な嫉妬から、陽平は差し出された玩具の弓矢ははね飛ばした。
「弓矢なんか忍者には負けるんだ! 忍者は速いんだ。矢より速く近づいて光海なんかやっつけられるんだ!」
 驚く光海に一気にまくしたてた陽平は、まるで鬼の首でも穫ったような気分だった。
 だが──
「どうしてそんなこと言うの。わたし、ヨーヘーといっしょに弓道したいだけなのに」
 突然大粒の涙をこぼした光海は大事にしていた玩具の弓矢を取り落とし、涙を拭いながらしゃくりあげ、陽平は焦りながらも、自分のせいじゃないとばかりにそっぽを向く。
「おとーさんも、おかーさんも、弓道はすごいっていってたもん」
 確かに光海の両親の弓技は凄い。以前、ど真ん中に命中した矢の矢羽根に、次の矢を命中させるといった神業を見せてもらったこともある。
 あのときは本当に感動した。弓道をしてみたいとさえ思ったのだが……。
 その日は興奮の冷めぬまま、光海と一緒に弓矢の練習をした。しかし、さすが血筋というか、光海はみるみるうちに腕をあげ、なかなか上達せずに悪戦苦闘する陽平はそれが無性に悔しかった。
(もう弓道なんかやるもんか!)
 ただの嫉妬なのだ。今、光海を拒んだのもチンケなプライドが原因だ。それが今日、光海を泣かせてしまった。
 バツが悪そうに頭をかくと、陽平は玩具の弓矢を拾い上げる。
「ほら」
 仏頂面のままそれを差し出すが、光海は頑なにそれを拒んだ。
「大事なんだろ?」
「大事じゃない! ヨーヘーがキライな弓道なんてもう大事じゃないもん!」
 がぁん、と頭を殴られた気分だった。
 陽平はそのとき、初めて人に拒まれる傷みを知った。
 しどろもどろになりながら、必死になって光海を慰めてみるものの、一向に泣きやんではもらえず、ついには陽平も折れかけた。
「どうしたら泣きやむんだよ……」
 ほとほと困り果てた陽平は、ふと思い出すことがあった。
 今読んでいる忍者小説で、泣きやまない姫に、忍者は誓いを立ててその涙を止めていた。
 その行為の意味なんてわからなかったが、一途の望みをかけて陽平は光海に言葉をかけた。
「えっと、なんだっけ。『もし涙がとまらぬときは文を風にわたしてください。さすればいついかなるときも、あなたの忍は必ずや馳せ参じましょう』」
 可能な限り正確に忍者のセリフを思い出して光海に告げる。
 なんだかよくわからないが、凄く恥ずかしかった。兎に角、恥ずかしかった。
 泣くのも忘れて唖然と見つめる光海の視線から逃げたかった。
「ヨーヘー」
「あんだよ」
「ふみってお手紙?」
「そ、そうだよ」
 本当はこのとき初めて知ったのだが、少年のプライドがそれを口にはしなかった。
「どうやって風にわたすの?」
「えっ? あの……それは……」
 正直、意味などまったくわからずに使った言葉なのだから、いろいろ突っ込まれるのは辛かった。
 答えを待つ光海の視線から逃れるために、陽平は思わずうつむいた。だが、それが幸いした。
 とっさに自分の手にした玩具の弓矢を光海に差し出す。
「これだよ。弓矢が上手くなれば矢文で飛ばせるだろ?」
 かなり苦しい言い訳だと理解できるのは、どうして言ってしまった直後なのかと誰かに問いたい気分だった。
 しかし、陽平の不安とは裏腹に、弓矢を受け取った光海は、しっかりと握りしめると小さく頷いた。
「わたし、ちゃんとヨーヘーにお手紙わたせるように練習する!」
「お、おう」
「だから……」





 その言葉の続きを、今ようやく思い出した。
"だから、ちゃんとわたせるくらい上手になったらぜったいにきてね?"
 そして陽平は、指切りまでさせられた。
「すっかり忘れてたというか、なんというか……」
 もし、光海が弓道を続けている理由がそこにあるというならば、自分はとんでもない約束をしてしまったことになる。
 実際、光海の弓道の腕はかなりのものにまで上達した。
 高校に入ってすぐ弓道部に入り、いきなり出場した新人戦では優勝という成績を残している。
(あれから、いくつ優勝したんだっけか)
 何度か大会を応援に行ったのだが、明らかに回りのレベルを上回っていた。
 つまりそれだけ練習したということなのだろう。
 理由がわかった途端にますます出ていきにくくなった。
「ま、まぁ……それが理由とは限らねぇんだし」
 無理矢理自分を納得させ、ひとつ深呼吸。
 わざと大きな音を立てて道場に踏み込み、光海の前にしゃがみ込む。
「よぉ、なにしてんだサボリ」
 肩の震えが止まり、光海は恐る恐る面を上げる。
 随分と派手に泣いたらしく、光海の顔は涙やらでくしゃくしゃだった。
「なんて顔してるんだよ」
「でも、ヨーヘーが……私のせいで……」
「はぁ? なに言ってるんだよ。お前が俺になにかしたか?」
「ごめんね。私がヨーヘーを殺したようなものだよね」
 おかしい。どうにも話が噛み合ってない。
「私が泣いたから来てくれたの? それとも約束……覚えてくれてたの?」
「いいっ!?」
 一番聞かれたくなかった質問に、まさかついさっき思い出したとも言えず、思わず口ごもってしまう。
 それを前者と捉えたのか、光海は涙を拭い、
「天国から慰めに来てくれたんだ。ありがとう……ごめんね、ヨーヘー」
「いや、ちょっとマテ」
 今、天国とか言われた気がする。
「今だけだから。きっと笑えるようになるから……だから……」
 どうやら化けて出たと思われているらしい。
 やれやれと陽平は肩を落として立ち上がると、これでもかとばかりに思いっきり右足を踏みつける。
 しかし光海は、ビクリと肩を震わせ、
「ごめんね。怒るのも無理ないよね……」
「脚だ脚! 脚があるだろうが!!」
「だって幽霊に脚がないのは迷信だって……」
「お前、冷静なのかパニクってるのかはっきりしろ」
 心底呆れたように肩を落とすと、ようやく光海の目がしっかりと陽平を捉える。
「ホントにヨーヘー?」
「証拠が欲しいってなら俺の趣味について語らせて──」
「やめて」
 言い切る前に断言されたのはちょっとだけショックだった。
 確かに以前、なにがそんなに面白いのかと尋ねられて、延々と休みなく十時間以上語り続けたこともあったが……。
(あのときは確か、気が付いたら光海が寝てた気がする)
「なんで……」
「なにが?」
「なんで生きてるなら、もっと早く教えてくれなかったのよ!」
 なんでと言われても、これでも可能な限り早く教えに来たつもりなのだが……。
「まぁ、なんだ。とにかく俺はこうしてピンピンしてっからよ」
「……うん」
 まだ不安の残る声で頷く光海の涙を指で掬い、座り込んだままの幼馴染の頭にポンと手を乗せる。
「だから、もう泣くなよ」
「……うん!」
 その言葉にみるみる笑顔を取り戻した光海は、力一杯頷いた。





 それから、少し気まずい空気の中を陽平は黙って座っていた。
 恥ずかしいところを見られたとシャワーを浴びにいった光海をこうして待っているわけだが、今思えばなにやらこちらも恥ずかしくなってくる。
 だが問題なのはそこではなく……。
(まいったな。どう説明するかなぁ……)
 帰ったらあの後どうしていたのかを聞かせて欲しいと言って道場を出た光海。
 もし本当のことを伝えたらなんと言うだろうか。それ以前にあの光海が信じるだろうか。
 巨大忍者ロボットに命を救われ、異星人のお姫様を守る忍者になったなどという話。
「貴仁だったら信じてくれそうなんだけどなぁ」
 もっとも、口が裂けてもあの男にだけは言わないだろうと思う。
 しかし、ならばどう説明したら良いだろうか。
「困った」
 そうして八方塞がり状態に唸る陽平。いっそ両親のように全て話してしまうべきかと思ったそのとき──
「ようへい、いた」
 突如聞こえてきた声に振り返れば、道場の入り口から翡翠が嬉しそうに走ってくるではないか。
 勢いを殺さず背中に飛びつかれ、目を白黒させながら陽平はその少女を支えてやる。
「な、なんだって翡翠がこんなところに!?」
 陽平が驚くのは無理もない。彼女は狙われている身なのだ。まさか事情を知っている両親が一人歩きさせるとも思えない。
「ん。ようへいに会いたかった」
 屈託のない笑みでそう言われ、陽平は盛大に溜息をついた。
「会いたかったって、俺は今日学校だ。まさか学校まで来る気だったのかよ?」
「ようへい、近くにいた」
 確かに自分は学校をサボってこんな場所にいるわけなのだが……。それにしたって、発信機がついているわけでもあるまい。
(まさか獣王式フウガクナイが?)
 その通りだといわんばかりに、懐でクナイの勾玉がチカリと光る。
 それにしたって、翡翠が出かけるのを雅夫は容認したというのだろうか。
「翡翠、親父にはちゃんと言ってから出てきたのか?」
 母は学校。自分はここ。ならば家の留守を守っているはずの父はどうしたのだろうか。
「ん。あんやくするからひとりで遊んでいいって」
 翡翠の言葉に、すかさず内心で「暗躍ってなんだぁっ!」と、叫ばずにはいられなかった。
「兎に角だ、誰かに見つかる前に早く家に帰れよ?」
 できるだけ平静を装って言う陽平に、翡翠はわからないという風に可愛らしく首を傾げる。
「だれに?」
 狙われている自覚があるのではなかったのかと、陽平は盛大に肩を落とす。
「翡翠はガーナ・オーダに狙われてるだろ」
「でも、ようへい守ってくれる」
 そう屈託のない笑みを浮かべられると、どう反応していいかわからなくなってくる。
 だが、守ると決めたのは自分だ。一度、口にした誓いを違えるつもりはない。
 陽平がやれやれと翡翠の髪を優しく撫でた瞬間、入り口の方で、がたっ!という音がした。
 反射的に視線を向けると、目を丸くして硬直した光海の姿がそこにあった。
「光海……」
 一瞬、光海がなにに驚いているかわからなかった。しかしよくよく考えてみれば、自分はなにゆえ翡翠の髪に指を絡めているのだろうか。
 そういえば、翡翠の頭を撫でた時、この柔らかな髪にもっと触れたいと思ったような気もする。
 そして、この姿がちょっぴり危険な香りだということに気づいた時はすでに手遅れだった。
「ヨーヘー……」
 どこからともなく取り出した弓矢を構える光海から、得体の知れないオーラが立ち上る。 「ちょ、ちょっとまて光海!」
 慌てながら両手をぶんぶんと振るが、光海は静かに弦を引き絞る。
「あんた、ついにロ○コンまで堕ちたわねっ! このスケベっ!」
「誰がスケベだ! 誰が!!」
 なんだか泣きたい気分だった。
「ほら、翡翠とはただ──」
「いっしょにねてた」
「そう、一緒にって……違う! 誤解だ!!」
 翡翠の一言で更に状況悪化。
 光海の引く弦が、キリキリといっぱいまで引き絞られていく。
「問答……無用」
 本気だ。怒りに満ちた光海の目が全てを物語っている。
「やべぇっ!」
 逃げようと腰を浮かした瞬間、動けば当てるとばかりに、足下に矢が突き立つ。
 というか、動かないと確実に矢の餌食になる。
 この状況がわかっていないのか、抱きついてくる翡翠と、弓矢を構えて迫り来る光海に、陽平は空笑いするしかなかった。
「兎に角、全部教えてもらえるのよね?その子のことも含めて」
 光海の言葉に、「帰りたい」と内心で呟いた瞬間、頬を掠めた矢が背後の壁に突き刺さった。
「ヨーヘー、返事は?」
「……はい」
 不敵な笑みを浮かべる光海に、陽平はただただ苦笑した。





 そもそも、どうしてこう自分の周りの人間たちは非常識なのだろうか。
 己の非常識を棚に置き、陽平は黙り込んだ光海に目を向ける。
 あの後、己が命と名誉を守るため、全てを事細かに語った陽平だったが、光海が最後に呟いた「そうなんだ」の一言に呆れ果てていた。
 今の一言は、話を信じたと考えるべきか否か。全否定の冷たいお言葉とも解釈できるために、早計は禁物だ。
 とりあえず信じる要素として出した獣王式フウガクナイだが、よく考えずとも、陽平が以前から持っているのを見ているだけに、あまり効果はないのかもしれない。
「あのさ……」
「待って」
 重苦しい沈黙に耐えきれず、話を切り出そうとした陽平を光海が静かに制する。
 見れば光海の表情には困惑の色が見て取れる。
「私ね、信じようと思う反面、信じたくない気持ちもあるの」
 光海の視線が、陽平に寄り添う翡翠へと向けられる。
「またヨーヘーの忍者バカが出ただけなら気にしなかった。悩まなかったかもしれないけど……」
 忍者バカの言葉に、陽平が不満の声を漏らすが、あからさまに無視される。
「ねぇ、翡翠ちゃん。ヨーヘーは忍者なんかじゃないの。ただ忍者が好きなだけの高校生なの」
「なにやら聞き捨てならねぇことを……」
「ヨーヘーは黙ってて!」
 凄まじい光海の剣幕に、陽平は苦笑を浮かべる。
 どうやら信じてもらえたようなのだが、まさか反対されるとは思わなかった。
 しかしながら、そんな幼馴染みの姿に、反対どころか大賛成を出した自分の両親の特殊さを痛感する。
「ねぇ、今からでも取り消せないの?」
 光海の言葉に陽平の表情が固まる。
「とりけす?」
 疑問符を浮かべる翡翠に、光海は頷いた。
「そう。ヨーヘーには、そんな忍者なんて無理よ」
(なんだよ……なんなんだよ!)
 ここまでは言われるがままに口を噤んでいたが、この言葉にはさすがの陽平も声を荒げた。
「勝手なこと言うな! 俺は自分の意志で翡翠を守るって、忍者になるって決めたんだ! それを光海にどうこう言われる筋合いはねぇっ!!」
「聞いて! 私、ヨーヘーが心配なの」
「知るかよ! そんなこと誰が頼んだ!」
「ふたりともやめ──」
 やめると言いかけた翡翠は、突然空を仰ぎ、
「くる」
 その言葉と同時に、大きな揺れが三人に襲いかかる。
 倒れそうになる翡翠を抱きしめながら、陽平は目にしたものに舌打ちする。
 空からゆっくりと降り立つ巨大な黒鳥の姿。その背には、どこか見覚えのある風貌。大太刀を背負う銀の鎧武者が堂々として腕を組んでいる。
 これだけの距離で巨大に見えた以上、それがなんであるかは想像に難くはなかった。
「ガーナ・オーダか!?」
 言い放つ陽平を余所に、光海もまた、その驚異に目を奪われていた。
「あれが……」
 大好きな幼馴染みがあんなものと戦っていると思うだけで、足が竦んで震えだす。
(やだ。いっちゃイヤだよ、ヨーヘー)
 しかし、必死に伸ばした手は陽平を掴むことなく空を切る。
「光海、翡翠を頼んだぜ! 影衣着装!!」
 影が全身を包み込み、陽平は光海の前で幼馴染みから忍者へと変わる。
 忍装束を思わせる姿の陽平──シャドウフウガは、後腰に下げた獣王式フウガクナイを引き抜いて駆け出していく。
「よ、ヨーヘー!」
 光海の声など届いていないかのように、陽平の背中は遠ざかっていった。












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