翌日、陽平と翡翠、そして何処から話を聞きつけたか、光海までもが合流すると、案内人である楓に連れられ風魔家を目指すこととなった。
 新幹線に揺られること数時間。更には出迎えてくれた車で数十分。
 かくして、陽平たちはやっとのことで奈良にある風魔家の門前に立っていた。
「結構かかったな」
 てっきり時非市に家があると思いきや、まさか奈良まで、しかもこんな竹林の奥地まで連れてこられるとは思ってもみなかった。
 陽平の呟きに、楓がちらりと背後を伺う。
「別にイヤなんて言ってねぇって」
「いえ、風雅先輩はここから入ってください。桔梗先輩と翡翠ちゃんは私についてきてください」
 そう言うと、陽平の意見も聞かずに翡翠と光海を連れていってしまう。
「お、おい! ったく……」
 少しくらい説明が入ってもいいところではないのかとボヤくが、行ってしまったものは仕方がない。
 陽平は両手を使い、目の前の大きな門を押し開けていく。
 門は重く、ぎぎぎ……と軋んだ音を立てて開いていく。
「ごめ……──ッ!?」
 ごめんくださいと言葉を続けようとした瞬間、陽平は咄嗟に首を捻った。
 頬を手裏剣が掠めていく様子に、陽平のこめかみがヒクヒクと引きつっていく。
「なるほど。そぉいうことかよ!」
 更に襲いかかる手裏剣をかわし、門の中へ入る。
「またかっ!?」
 足下が動く気配に、陽平は背にした門を蹴って跳躍する。
 しかし落とし穴を避けたはいいが、手近な足場にはマキビシが完全配備。降りた途端に藪医者まがいの足裏針治療が待っている。
「めんどくせぇ!」
 あえて落とし穴付近に着地すると、明かに罠のある地面を蹴って走り出す。
 罠という罠にかかりながらその全てを避け、襲いくるクナイや手裏剣の雨を獣王式フウガクナイで叩き落としていく。
 翡翠や光海が一緒にいなくて正解だった。もし一緒にいたら、とてもじゃないがこんな強引な手は使えない。
「ゴールはどこだ?」
 視界の端に見えたものが玄関だと確認すると、陽平は柊たちから見よう見真似で盗み取った歩法で一気に加速した。
 あと数歩先。しかし陽平を遮るように落とし穴が開き、その行く手を阻む。
「しゃらくせぇっ!」
 スピードを緩めずに更に加速すると、玄関に向かって大きく跳躍する。
 身体を縮め飛び交う手裏剣からの被害を最小限にすると、陽平は獣王式フウガクナイを振り下ろした。
「いい加減に、しやがれっ!」
 刃同士がぶつかる甲高い音が響き、直後、それは陽平を弾き返す。
 助走に跳躍、全体重を乗せた斬撃を容易に弾かれたことに驚愕しながらも、臨戦態勢のままひらりと着地する。
「アンタが最後の砦ってことかよ」
「ふふっ、最後のはただのイタズラです。さすがですね、風雅陽平くん」
 陽平と刃を交えた長い黒髪の女性は、そう言うと手にした七首【あいくち】を納める。
「紹介が遅れましたね。私は風魔椿。柊と楓の姉です」
 イタズラと言うわりには隙のない身のこなしと突き刺さるような鋭い眼光に、陽平は小さく溜め息をついた。
 確かにこの環境ならば楓のような少女が育つのも無理はない。
 そんなことを考えながら、陽平はようやく玄関の戸を潜った。





 部屋に通された陽平は、先にくつろいでいた翡翠と光海に軽く手を挙げると、翡翠の隣にあった座布団に腰を下ろした。
「なんか凄い音がしてたみたいだけど?」
 光海の言葉に、陽平はぐいっと頬の血を拭う。
「なに、ただちょっと手荒い歓迎を受けただけさ」
 なによそれ、と呟く光海にいつものごとくそのままだと返し、陽平は一心地つく。
 そういえばと自分の身なりを確認すれば、服はそこら中が裂け、あまり褒められた格好ではなくなっている。無理もない。手裏剣やらなんやらと直撃はしなかったものの、結構な数をその身に受けていたはずだ。
「ようへい、だいじょうぶ?」
 心配そうに見上げる翡翠の頭を撫で、陽平は心配ないと頷いておく。
 それにしても広い家だ。家というよりも屋敷の方が相応しいかもしれない。部屋をぐるりと見回したが、ひょっとしたらここだけで自分の部屋が三つ四つ入ってしまうかもしれない。
「広いだけですよ」
 陽平の考えていることがわかったのか、お茶を持って現れた楓は、大して興味がないかのように言う。
 いや、実際に興味がないのだろう。置かれたお茶に口をつけながら、陽平は楓の姿を視線で追っていく。
「すぐに姉が来ます」
 だからおとなしく待てということなのだろう。
 丁度陽平の向かいに腰を下ろす楓に、わかったと頷いておく。
 それにしてもわからない。
 別に柊のように懐いてほしいわけではないが、ここまで嫌われる理由も思い当たらない。柊に訪ねてはみたが、楓本人に聞いてくれと結局彼が答えることはなかった。
 一方、陽平と楓が無言のまま視線を交えているのが面白くないらしく、光海がこっそり頬を膨らませていた。
「なによ。ヨーヘーのやつ、風間さんと見つめ合ったりして」
 怨念めいた視線で撃ち抜かれ、陽平がゾクリと肩を振るわせる。
 そもそも一番可哀想なのは、こんな険悪な三人に囲まれている翡翠なのだが、本人が大して気にしていないようなのでよしとする。
 そんなことをしていると、襖が開きようやく椿が姿を見せる。
 その凛とした雰囲気は、彼女が風魔の当主だと言われてもなんら不思議はないように感じる。
 椿は三人を見回し、静かに口を開いた。
「お待たせしました。風魔の当主が不在故、本日の見届け人を任されています、風魔椿です」
 小さく頭を垂れる椿に、陽平と光海が疑問符を浮かべる。
「すンません、見届けって……どういうことですか?」
 珍しく敬語を使う陽平に、光海が小さく溜め息をつく。
「場所を移しながらお話します。私についてきてください」
 背を向けて歩き出す椿に、陽平と光海は頷き合うと、翡翠を連れて椿の後を追った。
 続く楓は無言のまま最後尾につく。
「風魔の女は皆、例外なくクノイチとして育ちます」
 もちろん自分もと語る椿に陽平が相槌を打つ。
「立派なクノイチとして育った女は、後に自分の仕える主、または忍び頭を見つけねばなりません」
 一同は語りながら家を出ると、より竹林の奥へと進んでいく。
 やはり椿も主や忍び頭に仕えているのだろうか。そんなことを考えながらその流れるような黒髪を追い続ける。
「そして、十五までに主を見つけられなかった者は、当主権限によって仕えるべき忍び頭を選出されます」
 どれくらい歩いただろうか。もう風魔の家も見えないほど奥に入り込んだ頃、椿は足を止めるとゆっくりと振り返った。
「楓にとって、それは貴方でした。風雅陽平くん」
 いきなりそんなことを言われても、さすがに返す言葉が思いつかなかった。
 しかしそこまで聞いて、ようやく楓の視線の理由がわかった気がする。
(ようするに俺じゃ不服ってことだよな)
 そんなことを考えながら楓を振り返る。が、いつのまにやら彼女が長い髪はポニーテールにまとめ、忍び装束に身を包んでいたことに陽平は小さく頭を振った。
「楓の言い分は"自分よりも弱い、しかも素人に仕えることはできない"……です」
 無理もない。彼女は今までの人生かけて鍛錬を重ね、そして生涯をかけて誰かに仕えねばならないのだ。それがいきなり素人の、しかもこんな少年では拒絶するなという方が無理に決まっている。
「そこで、私は風魔の当主の指示を仰ぎ、楓と風雅陽平の決闘をもって判断すべしと承りました」
 楓が草を踏み、ゆっくりと陽平の向かいへ歩いていく。
「風雅陽平先輩」
 本気を通り越して殺気さえ感じる瞳が、陽平の瞳とぶつかり合う。
「私を……倒せますか?」
 楓を取り巻く空気が変わるのを肌で感じ取り、陽平は咄嗟に身構えた。
 刹那、楓の姿は視界から消え、鋭い斬撃が陽平を襲う。
「くっ!?」
 皮一枚を斬られ、陽平もまた竹林の中を疾走していく。
「状況に納得したわけじゃねぇが、やられっぱなしは性に合わねぇ!」
 叫びながら陽平の投じたクナイを、楓は表情ひとつ変えずに自分のクナイで迎撃すると、再加速して陽平の背後に降り立つ。
「戦闘中に声を荒げるなんて忍者失格ですね」
 楓の指の隙間から飛ぶ鋼糸【こうし】が陽平の首を掠めていく。
 このまま首を絡め取られれば命さえ危ういと感じた陽平は咄嗟に自分を加速させると、バックステップで後退していく。しかし、
「なっ!?」
 ぐいっ、と左手を引かれる感覚に陽平は驚きの声をあげる。
 首を狙ったとばかり思っていた楓の鋼糸は陽平の左腕を絡め取り、切断する間もなくその身を手繰り寄せていく。
「私は鋼糸を使うの、わりと得意ですから」
 まるで嘲り笑うかのような言動に、陽平の表情がムッとする。
 実に感情が表に出やすい男だ。そう感じた楓はあえて言葉で揺さぶりをかけてみたが、まさかここまで効果があるとは思ってもみなかった。
「やっぱり貴方は忍者に向いていない」
 それならばとクナイを抜く楓は、その狙いを陽平の喉に定めて低く腰を落とす。
 間合いに入った瞬間に一撃で突き破るつもりだろう。
 だが、陽平とてむざむざやられてやるわけにはいかない。自ら間合いを詰めることで、僅かに弛んだ鋼糸を踏みつける。
 一瞬だが引き返される感触に楓の手にも力がこもる。そこが狙いとばかりに陽平は再び間合いを詰めると、獣王式フウガクナイを横一閃に薙いだ。
 鋼糸を引いたために僅かだが反応が鈍った楓は、上体を反らしてそれをかわすと、バク転を繰り返して陽平から距離を取る。
 正直、少しばかり侮りすぎていたかもしれない。
 楓は自分の認識の甘さに歯噛みしつつ、再びその手にしたクナイを構える。
 次に飛び出すのはほぼ同時であった。





 一方、最初の場所に残された椿、光海、翡翠は、二人が刃を交えながら竹林を駆けていく様を遠目に眺めていた。
 まさか本気で命の取り合いをするとは思いも寄らず、光海の中の不安はどんどん大きくなっていく。
「あの、椿さん」
 光海の声に、椿は腕を組み、髪をなびかせて振り返る。
「二人は……、ヨーヘーも楓ちゃんも、あそこまでする必要はあるんですか?」
 もっと平和的な解決法があったのではないか。そう告げる光海に、椿はイタズラっぽく笑みを浮かべる。
「解決法なんて本当は最初からない。私たちの父が、風魔の当主が一度下した決定は絶対」
 椿のとんでも発言に、光海は何を言われたかわからないという風な表情を見せる。
「じゃあ、二人が戦う理由なんて……!」
「あります。たとえ覆すことのできない決定でも、互いに納得できればいいのです。つまり、これは親善試合みたいなものです」
 しかし、その親善試合で命を落としでもしたら互いに冗談では済まない。
 光海は椿に落ち着いた大人の雰囲気を感じていたが、内心で小さく訂正を入れておいた。
「ところで……」
 唐突に語り出す椿は、指の間に飛針を挟むと、それを徐に上へと投じる。
 上で何かが叫ぶと同時に草をかき分ける音が聞こえ……
「あいたっ!!」
 柊が落ちてきた。 「いつまでそうして隠れているつもりだったのですか?」
 詰め寄る椿に、柊は腕の力だけで跳躍すると、くるくると宙返りをしながら距離を取る。
 しょうがない子、とでもいうかのように溜息をつく椿に、柊は内心ホッとしていた。
 一応、反撃できるようそれとわからぬよう構えてはいたが、姉のことだ。容易く攻撃を加えてくるに違いない。
「えっと、柊……くん」
 光海に声をかけられ、頭の後ろで手を組んだ柊は愛嬌のある笑みで振り返る。
「こんちわ、光海さん。こないだはアンガトね」
 こないだ……とは、先日の時非高校弓道場での一件のことだろう。
 彼は、突然光海の前に現れると、あるひとつの願いを告げた。
『風雅に協力する前にどうしても陽平の実力を知っておきたい。決して悪いようにはしないから、光海は次の戦闘に参加しないでほしい』
 その願いを光海は承諾し、実際に前回の戦闘に森王は姿を現さなかった。
「それで」
 溜息混じりに言葉を紡ぐ椿に、柊は機嫌悪そうに振り返る。
「戻ってこない……と聞いていましたが?」
「お生憎さま。オイラは戻ったわけじゃない。アニキを追っかけてきただけだよ」
 そう言ってあっかんべをする柊に光海は苦笑する。
 類は友を呼ぶと言うが、やはり陽平の周りには変わり者が集まるらしいことを痛感した。
「しっかし驚いたねぇ」
 柊の言葉に椿も頷いた。
「風雅陽平。我々は彼を過小評価しすぎていたようです」
 そんな二人につられて光海が見つめる先では、陽平と楓が何度も刃を交えている。
 表情からも、互いが本気であることは伺える。これでは危なくてとても見ていられるような代物ではない。
「オイラ、楓が本気になったの初めて見たよ」
 その言葉を肯定するように、楓は持てる技を駆使して陽平を追い詰めていく。
 どちらが不利かなど素人目でもわかるというのに、椿と柊が陽平になにを見ているのかが光海にはわからなかった。
 一方、当の楓もまた、椿や柊の感じた違和感を陽平に感じていた。
 斬り結ぶ度に別人を相手にしているような感覚に、楓は何度も冷や汗をかかされる。
「まただ」
 楓の投げたクナイが陽平のクナイに撃ち落とされる。
 つい先ほどまでは陽平のクナイを自分が撃ち落していたはずなのに、いつの間にか立場が入れ替わっている。
「それなら……!」
 指の隙間から飛ぶ鋼糸が、逃げるように後ろへ跳んだ陽平の首を捕らえる。だが、視認の難しい糸が首に巻き付いた瞬間、鋼糸がぷつりと切れ、楓の手にあったワイヤーボックスがからからと音を立てる。
 まるであの日の再現のような光景に、楓が目を見開いた。
「そんな、彼が鋼糸を断った?」
 あの日、学校の購買部で出会った陽平は、楓の断った鋼糸に目を丸くしていた。まるでなにが起こったかわからない。そんな顔をしていたはず。
「お前が見せてくれたんだろ? 鋼糸は対象に巻き付いた瞬間か、相手が引いた瞬間だけが断ち切るチャンスだってな」
 陽平の言葉に、楓は驚きを隠せなかった。
 あれを、あの瞬間を視認していた? 見られていないと思っていたが、予想以上に動体視力は高いらしい。
 急接近する陽平に七首を一閃するが、やはりかわされてしまう。
 戦いを始めたばかりの陽平ならば確実に受け止めていた斬撃だったはずだ。
「また速くなった!?」
 徐々にだが、確実に動きのよくなっていく陽平に、楓の中で何かが危険信号を鳴らす。
 刹那、陽平の姿が楓の視界から消える。
 それが、先ほど自分が陽平に見せた動きだと気づいたときには完全に陽平の姿を見失っていた。
 咄嗟に感覚の結界を広げるが間に合わない。
「でも、やりようはいくらでもある!」
 取り出した無数の小刀とクナイを回転と同時に撃ち出すと、七首を構えて身を低くする。
 自分を守るように周囲に投げた刃に、わざと道を用意しておいた楓は、確実にそこから攻めてくるだろう陽平を待ち構える。
 だが……、
「よっ……と!」
 陽平の指の隙間から飛んだ鋼糸が絡めるように無数の刃を弾き、無謀にも真正面から突っ込んでくるではないか。
 普段の楓ならば容易に迎撃できたはずの攻撃だが、今回ばかりは状況が違いすぎた。
 陽平の鋼糸は楓と比べるのも甚だしいほど素人丸出しの児戯であったはず。それがどうだ。今の陽平は楓に勝るとも劣らない技術で、巧みに鋼糸を操っている。
「これも見せてもらった」
 わざわざ疑問に答えるように呟いた陽平に、楓は小さく舌打ちする。
 まだ、この程度で舐められるわけにはいかない。
「そんな真似事なんてっ!」
 真似事レベルではないことくらい楓もわかっているはず。だが、それでも叫ばずにはいられなかった。
 自分の今までを否定するような陽平のセンスと才能。それはある意味、楓の技を遥かに凌駕する。
「でもっ!」
 陽平の斬撃を七首で受け止めると、流れるような動作で刃を押さえ込む。
 その瞬間、楓の瞳が怪しく光り、必殺の手刀が繰り出される。
「にゃろっ!」
 カウンターは普通の攻撃よりも格段に避けにくい。故にこれで決まると確信していた楓の瞳が大きく見開いた。
 突き出される手刀を左手で反らし、手首を内側に押さえ込むように自らも手刀を打ち出す。たったそれだけのことで楓の勢いを殺すことなく、そっくりそのまま弾き飛ばす。
 風魔家を訪れた際、椿が陽平を弾き返した技を手刀に応用しただけのことだったが、楓がそんなことを知るはずもなく……、
「誰? 私はいったい誰と闘っているの?」
 がむしゃらに地面を突いて砂埃を巻き上げると、楓はその僅かな隙に陽平との距離を取る。
 しかし、精神的疲労はすでに限界を迎えており、楓は両肩で大きく息を切らせる。
「殺したいほど憎いかよ、俺が」
 僅かに反撃が遅れたのだろう。うっすらと血の滲む首を押さえながら吐き捨てる陽平の言葉に、楓は無言のまま七首を納め、両手にクナイを構える。
 死合続行を告げる無言の意思表示に、陽平は湧き上がる苛立ちから舌打ちする。
「いきます」
 楓の周囲に風が生まれ、陽平が僅かに顔をしかめる。
 向こうの方で椿と柊が叫んだ気がしたが、少しでも気を抜いた瞬間、間違いなく殺される。
「風魔流、飛閃【ひせん】……」
 小さく深呼吸をして呼吸を整えた次の瞬間、楓の姿が陽平の視界からかき消える。
 刹那、突風が身体を突き抜けていく感触に、陽平が顔を強張らせる。腕を交差して急所を守った瞬間、陽平の身体に無数のクナイが突き立った。
「ぐ……あっ!」
 肩が、脚が、全身が熱い。滴る鮮血に歯噛みしながら、陽平はふらふらと立ち上がる。
 風を纏った高速の突進術。更には、すれ違う瞬間に無数のクナイを突き立てていくという荒業は、楓の持つ正確な投擲能力あってのもの。
 今は全身だったが、その気になれば額を撃ち抜くことだって容易いはず。
(全身を撃ちぬいて自由を奪った……。それなら!)
 陽平の想像通りだと言わんばかりに、楓は構えたクナイを陽平の眉間に定め……、
「次で、終わりです」
 なるほど。次で決めにくるということか。そうとわかった以上、陽平とてただ無防備に喰らってやるわけにはいかない。
 若干力の入りきらない脚にを奮い立たせ、陽平は楓を写し取るよう両手にクナイを構える。唯一違うのは、右手のクナイが獣王式フウガクナイだということのみ。
「やはり真似をしてきた。ですが、それが貴方の敗因です」
 再び楓の周囲に風が巻き起こり、陽平は構えたまま顔をしかめる。問題はここからだ。
「風魔流、……飛閃っ!」
 刹那、楓が動いた。
 凄まじい突風が陽平の身体を突き抜けていく中、楓はただ真っ直ぐに疾走する。
 もう遅い。たとえ今猿真似をした飛閃を発動してももう間に合わない。
 だが、楓が陽平の眉間にクナイを突き出した瞬間にそれは起こった。
「砂塵畳替えしぃ!」
 陽平が地面を突いた瞬間、大量の土砂が凄まじい爆発と共に噴き上がる。それは強固な壁となって楓の行く手を阻む。
「私の砂塵の術との合わせ技!? でも……!」
 風を纏った楓の突きは、土砂をものともせずに突き破り、陽平の眉間に……、
「……残念でした」
 そんな声が聞こえた瞬間、真っ赤な血が楓の頬に飛び散る。
 陽平の左手は黒光りする切っ先が突き破り、そのまま楓の拳を覆うように握り締めている。
 楓の中にハッキリとした動揺が見えた瞬間、陽平は犠牲にした左手をぐいっ、と引き付ける。
「あっ!」
 そんな小さな声をあげた楓を無理矢理押し倒し、陽平はもつれ込むようにして右の獣王式フウガクナイを喉元に突きつけた。
 今までで最も近い距離で視線が交差する中、互いに息をするのも忘れて見つめ合う。
「俺の……勝ちだよな」
 陽平の言葉に楓は視線を逸らす。しかし、手にしたクナイからは力が抜け、楓からはもう微塵の殺気も感じられない。
「そっか。んじゃ、これでおしまい……だな」
 疲れたとばかりに仰向けに倒れる陽平に、楓は驚いて手を伸ばす。
「せ、せんぱい!?」
 今度は逆に楓が陽平を覗き込み、つくづく呆れたように小さく微笑んだ。
「なんか楓のそんな顔初めて見た」
「無謀なひとですね」
 自分が突き破った左手をそっと握る楓に、陽平は苦笑いを浮かべる。
 確かに、骨の間を通したとはいえ無茶をしたものだとつくづく思う。
「でもな、楓が一発目の飛閃で決めに来なかったのがどうしても気になってな。ひょっとしたらお前、ホントは俺のこと殺す気ないんじゃないかなって」
「かなって……、それで自分が死んでしまったらどうしようもないじゃないですか」
 本気で呆れたような声をあげる楓に、陽平はしてやったりと不敵な笑みを浮かべる。
 陽平の笑みの意図がわからず目を丸くする楓に、陽平はよいしょっと上体を起こす。
「殺そうとした相手の心配してるようじゃ、クノイチ失格だぜ」
 陽平の言葉に楓はまいったとばかりに瞳を閉じる。
「先輩……」
 椿たちの歩み寄る中、楓は静かに空を見上げ……、
「私の……負けです」
 ようやくその言葉を口にした。












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