ガーナ・オーダの忍巨兵、煉王ダークロウズの攻撃による基地そのものの被害は皆無に等しかった。
 被害の大半は戦闘機や戦車といった兵器類で、未知の人型機動兵器に対して現存する兵器が無力であることを誰もが痛感させられた。
 不幸中の幸いは負傷者が多かったものの兵士たちはいたって無事だったことだ。
 間一髪で脱出したことでなんとか逃げ延びた者も多く、彼らの証言から鳥型から人型へ変形する機動兵器の全容は大まかに掴むことができた。
 その姿は動物を象り、動きは本物と見間違うほどにしなやか。しかし一度人の姿を取れば鬼神のごとき力を見せ、軍に攻撃をしかけていた姿はまさに悪鬼のよう。
 聞けば聞くほど忍巨兵に酷似したダークロウズの話に、腕を組み壁にもたれかかった風雅雅夫はひしひしと感じる悪い予感に頭痛を感じていた。
 これは明らかにガーナ・オーダ側から風雅への攻撃だ。にも関わらずその矛先は風雅を捉えてはいない。
 風雅に対する不信感を抱かせることが目的かと思ったが、そうなると国連軍の基地ばかりを攻撃する理由がわからない。
 現状で考えられる理由は二つ。一つは国連軍がガーナ・オーダの欲しがるようななにかを持っていた場合。二つ目は国連軍が風雅に協力できないようにするため。もしくはその両方。
 だが、そのどちらも決定力に欠ける。
「軍施設にやつらが欲しがりそうなものはありませんか」
 先ほどから口元を手で押さえたまま俯き加減で黙り込んでいる国連軍の責任者、夜鷹奈緒に尋ねる雅夫は、彼女の受けた精神的ショックを察しつつも淡々と質問を続ける。
「軍が忍巨兵を発見した。風雅の隠れ里の正確な位置を知ってしまった。そんな我々に関わるようななにかを保有してはいないかな」
 夜鷹は答えない。それどころか、まるで迷子になった幼子のように肩を震わせている。
 風雅に関わりを持たない者に隠された歴史を語るのは、些か酷だったのかもしれない。とくに彼女はこの地球を守るという立場に在る。
 どれだけ否定をしようとも、もはや逃げられないところまで来てしまったのだ。
「私からも、あなたと同じ質問をさせてください。あなた方は私たちの味方ですか?」
 質問に対して質問で応える夜鷹に、雅夫は容赦なく頭を横に振る。
「我々はあくまで風雅の信念と主への忠義で動いている。ゆえに我々の味方はあくまで風雅の下で血を流した者のみ」
 忍者とはそういうものだと付け加え、雅夫は夜鷹に背を向ける。
「では、あなた方に見捨てられた者たちには死ねとおっしゃるのですか。なんの力もない者たちは虐げられればよいとおっしゃるのですか!」
 力なき者たちの言葉を代弁するような悲痛な叫びに足を止めた雅夫は、言い忘れていたと一度だけ夜鷹を振り返った。
「我々なら見捨てるでしょう。しかしそうしない……できない忍者がいるとすれば、それを勇者忍者と呼ぶのでしょうな」
 そう。獣王に選ばれた少年とその姫君は決して力なき者たちを見捨てたりはしない。それゆえに彼は勇者忍者として選ばれ、少女は少年の心を揺り動かした。
「なぁ、これも血なのかね。陽一さん……」
 今まで見せたことのないような表情を見せる雅夫の呟きを拾う者はなく、背後で閉じたドアが蘇りかけていた記憶を固い決意の内へと封じ込めていく。
 まだ早い。まだ、語るには早すぎるはずだ。そう自分に言い聞かせながら、雅夫は基地を後にした。







勇者忍伝クロスフウガ

巻之弐六:「獣王を超えし者」







 振り返った瞬間、視界に飛び込んできた漆黒の刃に陽平は自らの失態と相手への苛立ちを込めて舌打ちする。
 どんなものでも"切る"刃が竜王ヴァルフウガの首に届くまで、もう瞬きほどの時間しかない。この状況での判断ミスは即、死につながる。
 両足の遁煌で土遁を発動すると、一瞬の内に土塊の傀儡と足下の避難穴を用意する。土塊の偽物を前面に押し出すと同時に自らは避難穴に飛び込んだ瞬間、頭上から何かを切った音と何かが崩れ落ちた音が聞こえた。
 どうやら間一髪のタイミングだったらしい。
 もしも切られていたのが自分だったらと思うと、背筋に冷たいものを感じずにはいられなかった。
 とにかく土塊の傀儡が切られた以上、いつまでも春を待つ種のように地面にこもっている必要はない。
 周囲の土を爆発させ、それに乗じて地上へと飛び上がる。
 噴き上がる土砂のカーテンの向こうに黒い機影を見つけた陽平は、ナイフ状態の蒼裂を握り締めると土砂ごと刃で刺し貫く。
「ぐぅッ! 味な真似を!」
 上体を捻ってかわしたのか、胸を狙ったはずの蒼裂はジェノサイドダークロウズ左肩の付け根に食い込んでいる。
 相手が相手だけに深追いせず、跳躍で後退したヴァルフウガは牽制に蒼裂を手裏剣状態に変えて投げつける。
 振り上げられた大鎌が蒼裂を割くのを見届けると、陽平はため息にも似た深呼吸で気持ちを落ち着けていく。
「陽平、無事か」
「ああ。さすがに間一髪だったけどな」
 刃は触れていないはずなのだが、どうしても繋がっているかを確かめるように首に触れてしまう。
 心配するクロスフウガを手で制すると、改めてジェノサイドダークロウズと向かい合う。
 恐ろしいまでの性能と能力。これほど危険と感じた相手は今までに数えるほどいただろうか。
 こちらが息を整えるのを待つだけの余裕はあるらしい。ジェノサイドダークロウズは大鎌を頭上で回転させると、刃をこちらに突きつけてくる。
 少しでも隙を見せればやられる。そんなギリギリの緊張感に陽平の神経は風の流れすら敏感に感じるとるほどに研ぎ澄まされていく。
 一瞬、視界が大きく広がる。振り返りもせずに背後が見えたような気がした。
「この感覚は……、"記憶"の鬼眼か?」
 陽平の持つ鬼眼のひとつ"記憶"は、見た情報をデータバンク化することで相手の行動パターンを予測する鬼眼でも特異な部類の能力。
 いつも予期せぬときに発動して幾度となく陽平を救ってきたこの能力は、未だ全貌が掴めないために普段はないものと考えていた。
 しかしいつもの"記憶"とは何かが違う。上手く説明することはできないが、感覚のどこかで何かに繋がっているように感じる。例えるなら、人と人との繋がりを肌で感じるような奇妙な感覚だ。しかし不思議と違和感はない。むしろその繋がりに温もりさえ感じるようだった。
 ふいに左目に痛みが走り、陽平は堪らず膝をつく。
 閉じているはずの左目がどこか見たこともない光景を早回しで映し、陽平の脳裏に映像を焼き付けていく。
「こいつは……いったい!」
 とてつもない量の情報に、陽平は思わず頭を抱えた。
「陽平!」
「煉王の攻撃か!」
 突然うずくまる竜王に代わり、獣王クロスフウガと星王イクスが立ちふさがる。
 しかし陽平の目に映る光景は少しずつ移り変わる速度を落とし、徐々に鮮明さを増していく。
「陽平! しっかりするんだ、陽平!」
 そんなクロスフウガの声も、遠い空に聞こえる鳥の鳴き声のように陽平の意識からこぼれ落ちていく。
 その瞬間、熱いくらいに凍結した刃が左目を抉り、陽平の頬におびただしい量の血が溢れていく。
 声を上げたくても強い金属臭のする猿ぐつわがそれを許さない。
 暴れようにも鎖が四肢を拘束し、全方位から聞こえてくるお経のような声が抵抗の意思を奪っていく。
 だが、冷静になればそれは左目の映す世界に過ぎず、どうやら鬼眼を通して誰かの記憶を共有しているらしいことに気がついた。
 陽平の知る限り左目を、それも鬼眼を失っているだろう人物。それは煉王ジェノサイドダークロウズの巫女として立ちふさがったあの少女、玻璃【はり】以外にいない。
 そのことに気づいた瞬間、助けを求める悲鳴のように玻璃の記憶が流れ込み、陽平は知らず知らずの内に涙を流していた。
 翡翠のクローンとして生み出され、記憶を継承できなかったというただそれだけの理由で失敗作の烙印を捺された少女は、翡翠──宝石の出来損ないの意味を込めて"玻璃"と呼ばれ、奇跡的に発現した力、鬼眼さえも煉王のものにするため抉り取られ、挙げ句の果てには唯一彼女に残されたもの、命でさえジェノサイドダークロウズの能力を維持するために捧げている。
 ガーナ・オーダを許せないと思うと同時に玻璃が一言も助けを求めないことに陽平はやるせなさにも似た悲しさを覚えた。
「助けてやる……」
 記憶の中の少女に静かに語りかける。
 握り締めた拳に決意を乗せて、ヴァルフウガが徐に立ち上がる。
「俺が、助けてやる! だから俺を呼べ! お前はガラスなんかじゃ……玻璃なんかじゃねぇンだ!」
 陽平の叫びが巫力と共に爆発する。自らを台風のように荒れ狂う風で包み込んだヴァルフウガは、クロスフウガやイクスを圧倒的な性能差で追い詰めるジェノサイドダークロウズに向かって飛び出していく。
「てぇめぇは邪魔だッ! すっ込んでやがれッ!」
 ヴァルフウガの拳がジェノサイドダークロウズの頬を捉えた瞬間、打撃面から巫力が霧散していくような感覚にとらわれる。
 玻璃によって巫力攻撃が無効化されていることはわかっていたが、どうやら玻璃は攻撃に転用された巫力を、まったく同質の巫力を体の表面にまとわせることで受け止め、混じり合った瞬間その部分を霧散させて無効化しているらしい。
 それならばと殴りかかった右腕の遁煌で火遁を生み出すと、風遁が霧散していく傍から炎の拳を打ち込むことで巫力無効のジェノサイドダークロウズを殴り飛ばし、立て続けに四基の遁煌と陽平自身の巫力を用いることで風遁、火遁、水遁、土遁、雷遁を同時に叩きつける。
 今まで無敵かと思われたジェノサイドダークロウズが明らかに怯んでいる。やはり陽平の睨んだ通り、一度に無効化できる術は限られるらしい。
 ならばと咄嗟に風雅之額当を身に付けた陽平は、頭に思い描いた心優しい主に向かって語りかける。
「翡翠! 獣帝が必要なンだ! 頼む、俺に獣帝を使う許可をくれ!」
 自分はずるい。こんなとき、きっと翡翠なら何も聞かずに許してくれるとわかっていて翡翠を頼った。
 そして案の定、すぐに答えは返ってきた。
『いい』
「ありがとな、翡翠」
 目を閉じて、浮かぶ姫の笑顔に礼を告げると、陽平は風雅之巻を紐解いてクロスフウガと共に飛び上がる。
「いくぜ!」
「オウッ!」
「風雅流奥義之壱、三位一体ッ!」
 ヴァルガーに変化した竜王がクロスフウガを背に分厚い雲を突き破る。
 ヴァルガーが竜の首、上顎、足、尻尾、胴体に分離すると、それはクロスフウガを中心に合体形態へと形を変えていく。
 クロスフウガも翼を切り離し、肩の付け根を上へスライドさせると、拳を収納した腕を肩パーツに納める。
 背中のシュートブラスターを短く収納して脇の位置に銃口が来るように固定すると、ヴァルガーの両首を左右の肩に繋ぎ合わせる。
 ヴァルガーの首からヒレが外れ、首を間接ごとに短くしていくことで腕に変え、下顎を腕の外側に折ると拳が現れる。
 上顎が折り畳んだ下顎を覆うようにアームカバーとして繋ぎ合わさると、弾くように開かれた拳を握りしめる。
 ヴァルガーの足が四角く折り畳まれると、それはクロスフウガの足の裏に繋がれ、二つに割れた尻尾は脛から膝にかけてを覆うように繋ぎ合わされる。
 胸の獅子をヴァルガーから外れたヒレが彩り、コンパクトのように開いたヴァルガーの胴体がクロスフウガの頭から背中にかけてを覆い隠す。
 大きく開いたヴァルガーの翼の先端にクロスフウガの翼が収納されていくと、輝く水晶を金色の角で彩った頭部が起き上がる。
 シャドウフウガ──陽平が獣王と竜王を繋ぎ合わせると、額の水晶に風雅の印が浮かび上がる。
「獣帝式忍者合体ッ!」
 獣帝の瞳に光が宿り、最強の風雅に相応しく烈風をまとって飛翔する。
「「マスタァァァッ! クロスッフウッガァァァッ!!」」
 獣帝が現れたことで場の空気は一変した。
 クロスフウガが疾風、ヴァルフウガが熱風だとすれば、マスタークロスフウガはまさに烈風。
 空で静止した獣帝が眼下を見下ろし、陽平はなおも立ち上がるジェノサイドダークロウズに怒りの咆哮をぶつける。
「うおおおおおッ!!」
 獅子の咆哮に空気が震え、ジェノサイドダークロウズの周囲で地面が裂け、石が弾け飛ぶ。
 距離を取っていたイクスも獣帝の存在感に呆気に取られたのか、ジェノサイドダークロウズからマスタークロスフウガへ視線を移していく。
「獣帝……」
 イクスが知らずとも無理はない。獣帝とは本来存在しないはずの王なのだから。
「おのれ獣帝! ついに現れたかッ!」
 大鎌を振りかぶり飛翔するジェノサイドダークロウズを一瞥すると、一閃する凶刃を容易く避け、カウンター気味に右の拳を腹部にめり込ませる。
 くの字に折れながらも後ろ腰から引き抜いた刀で斬りかかるジェノサイドダークロウズの気迫に感嘆の声をもらしつつ、再び襲いかかる刃をも容易くかわした陽平は、獣帝の左膝でジェノサイドダークロウズの顎を突き上げる。
「ば、ばかな! この煉王はキサマにも匹敵する性能があるはず! それが子供扱いだと!?」
「てぇめぇをぶちのめしてあいつを解放する。反論は、認めねぇ!」
 その場で前転し、踵でジェノサイドダークロウズを叩き落とすと、落下より早く先回りすることで再び蹴り上げる。
「クロスフウガ!」
「オォッ! クロスブラストッ!」
 脇下の銃口から嵐のように弾丸が飛び散っていく。
 広範囲に対して無作為に射撃するクロスブラストは、獣王のクロスショットと違い牽制のみならず通常の忍邪兵程度なら確実にダメージを与えるだけの威力がある。
 無防備にクロスブラストを浴びることになったジェノサイドダークロウズは、身体のいたるところを損傷し、直撃の勢いで前のめりに倒れ転がっていく。
 一瞬、弱いものイジメという単語が脳裏をよぎるが、手を弛めるつもりはない。玻璃を救うには徹底的にダメージを与えることでの強制分離を誘発する以外にない。
「おのれバケモノめッ!」
 闇雲に乱射されたガトリングブラスターが獣帝を直撃するが、陽平はその衝撃を感じることすらない。
 網状に光り輝く獣帝の結界"光鎖帷子"は、強固な盾であると共にマスタークロスフウガの神がかりな運動性や機動性を実現する重力や摩擦の遮断を行っている。
 つまり事実上、この光鎖帷子を突破しないかぎりマスタークロスフウガを地につけるどころか揺るがすことすらままならないというわけだ。そして、
「おせぇよ」
 その光鎖帷子が可能にした超スピードを捉えるのは、たとえ神であっても容易ではない。
 ジェノサイドダークロウズにはマスタークロスフウガが突然背後に現れたように見えたかもしれない。しかし実際はただ走って追いかけただけに過ぎない。
 今のが見えなかった時点で、ジェノサイドダークロウズには一片の勝ち目もない。
「ばかめ! 調子に乗って近づいたな! "切れろ"!」
 ジェノサイドダークロウズの左目、"口"の鬼眼が光鎖帷子を捉える。
 確かにこれなら光鎖帷子を突破できるかもしれない。だが、それをわざわざ食らってやるほど陽平はお人好しでも自信過剰でもない。
 無作為に襲いかかる刃翼をかわし、弾き、二本の指で掴んでは捨てていく。
「クロスフウガ、威力は落とせよ」
「わかっている。火遁解放──」
 ジェノサイドダークロウズにもこちらの意図が読めたのだろう。とっさに回避しようと動くが遅い。とても今から避けて間に合うものではない。
「受けるがいい。クロスッパニッシャァァァッ!」
 獣王のフウガパニッシャーをも凌ぐ熱閃が胸の獅子から放たれる。
 圧縮解放する時間を短縮しているにも関わらずその威力は比較にならず、正面から直撃を受けたジェノサイドダークロウズを赤い一筋の閃光が空高く突き上げていく。
「やべ! ちょと飛ばしすぎた。追いかけるぞクロスフウガ!」
「待つんだ陽平。あれは……」
 マスタークロスフウガの言葉に陽平は米粒のように小さく見えるジェノサイドダークロウズを凝視する。
 それなりにダメージがあるはずなのに一向に落ちてくる気配がない。それどころか全身のひび割れから深い紫の光が溢れ出しているように見える。
「なんかヤバそうだな」
「獣帝、手を休めるな! やつは本来の身体に戻るつもりだ!」
 イクスの言葉に陽平は記憶の糸を手繰り寄せる。
 あの紫の光、以前どこかで見ているような気がする。
 既にジェノサイドダークロウズの全身を包みつつある禍々しい力は、あの巨腕の忍邪兵に通じるものがある。だがそれ以上に陽平の感覚を刺激するのは、過去の世界において一度だけ対峙した巨大な忍邪兵の姿だった。
 そういえばあの忍邪兵も大鎌を武器に襲いかかってきた。
 だが、明らかにジェノサイドダークロウズよりも劣るはずの忍邪兵に戻ったところで、いったいどうしようというのだろうか。
 クロスフウガに勝てなかった忍邪兵が、今さらマスタークロスフウガの相手になるはずもない。
「獣帝!」
 なおも食い下がるイクスに、陽平はわからないと頭を振る。
「イクス。お前いったいなにを知ってンだよ」
「過去、獣王によって倒された忍邪兵ダークマターは、ガーナ・オーダ六翼の一人なんだ!」
 ガーナ・オーダ六翼という言葉に、陽平の脳裏を五人の武将たちがよぎっていく。
 鉄武将ギオルネ、懐刀の森蘭丸、武将帝イーベル、鎧の双武将ガイ・ヴァルトとガイ・レヴィト。その誰もが極めて手強い相手で、陽平たち勇者忍軍は幾度となく窮地に立たされた。
 もしあのジェノサイドダークロウズの正体が、イクスの言う通り五人の武将と同じ六翼だというのなら、十分警戒するにこしたことはない。
 しかし解せない。もし六翼だというのなら、どうしてクロスフウガだけであれほど簡単に勝利することができたのだろうか。
 クロスフウガ単機で勝利できた武将も確かに存在したが、それでも首皮一枚の差での勝利だった。それらと比べるとあまりに見劣りする武将をイクスがこれほど執拗に警戒する理由がわからない。
 それに秀吉という名前が出た時点で武将は六人揃っているような気がする。
「ってことは、双武将は二人で一人分扱いなのか」
「ダークマターはただの忍邪兵じゃない。あれこそ信長が我々を模倣して作らせた初代忍邪兵。やつはありとあらゆる死を糧に力を増していくんだ!」
 忍邪兵の祖があれだったとは確かに驚きだが、死が満ちていた戦争中であの力ならばそれほど警戒することもない気がする。
「陽平、我々が倒したダークマターは多くの巫女によって浄化され、無力化されていたのだ」
「なッ!? それを早く言えよッ!」
 あの時点で弱っていたのなら、四百年以上の時間を待ち続けた今はいったいどうなっているのだろうか。
 あの時代以降も当然人は死んだ。戦争や怪事件、近頃流れるニュースでさえ一日に一度は人が死んだと悲しみを訴えている。すなわち、死んでしまった人の数はあの頃の比ではない。
 つまりあの日、過去の世界で襲い掛かってきたのは陽平という強い輝きを持った命を奪うことで力を取り戻すつもりだったということか。
 だが、陽平たちがそうこうしているうちにジェノサイドダークロウズの姿は少しずつ紫のもやに包まれていく。
「陽平、やつの姿が!」
「くそっ! 追いかけるしかねぇだろ。イクス、あいつの本体ってのはどこにあるンだ!」
「獣岬。そう呼ばれている場所付近だ」
 そういえば過去でダークマターを倒したとき、首を落とした残骸を海に投げ捨てたような気がする。
 まさかあのまま回収もされずに放置されていたとは驚きだったが、それならば急いで時非市へ帰る必要がある。
「急げ。やつは安定した力を持つ身体よりも一瞬でも莫大な力を持つ身体を選んだ!」
「ギオルネらしいな」
「鉄武将たちの死をも糧にするとはな……」
 イクスが鳥型に変化して飛び立つのを見送ると、陽平もまたマスタークロスフウガを飛び立たせた。
 時非市。どうやらなにかと風雅にとって縁浅からぬ土地のようだ。
 だが、このとき陽平は気付くべきだった。
 壊滅とまではいかなかったものの国連軍沖縄基地は獣帝まで持ち出した戦闘によって多大なダメージを負い、軍の忍巨兵に対する不信感はもはや最高潮に達しようとしていた。
 この日、大多数の軍人が忍巨兵に対して畏怖の視線を向けていたことは、後に風雅忍軍にとって最大の危機に繋がるのだが、この場にいた誰一人としてそのことに気付くことはできなかった。













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