風雅の里の中心部にある最も大きな屋敷。ここは里の誰かが住まう場所ではなく、会議などを行う集会所や、客人を寝泊まりさせる場所として用いられている。
 現在、陽平たちが寝泊まりしているのがここであり、つい先刻まで釧が休んでいた部屋も、この大きな屋敷の一室である。
 そんな屋敷の中でも一際広い部屋には、現在、風雅陽平と雅夫の親子、そしてリードの姫翡翠を除いた勇者忍軍のメンバーが集まっていた。
 その場の誰もが長方形に仕切られた一畳ほどの囲いを満たす水を見下ろし、次の展開を待ち構えている。
 囲いの四方は四人の巫女、琥珀、日向、瑪瑙、孔雀が陣取っており、メンバーが集まるより前からここでなんらかの儀式を執り行っていた。
 今はもう儀式が終わったのか、四人は水に触れるか触れないかというぎりぎりの位置に手をかざして静かに水面を見つめている。
 それがどれくらい続いただろうか。皆が集まって、もう一刻ほどになるから、儀式自体は終わっているはすだ。
 不意に集まった者の誰かが声を漏らしたのを合図に、水が陽光を反射するようにきらきらと輝き、水面は水鏡となって遠い海の景色を映し出していく。
 遠見の水鏡。その名の通り遠方の景色を水鏡に映し出す術だが、失せ物を探したり、籠城の際のレーダー代わりになったりと、なにかと便利なわりには大して難しくもない、非常に勝手の良い術である。
 しかし対象が結界を持っていたり、なんらかの特殊装置を用いている場合は、今のように時間がかかったり、まったく見えないなどということになる。
 結局のところ、どれほどの精度を持つ水鏡になるかは、術者の熟練度次第なのだ。
 もっとも、この四人のような熟練度の高い巫女が同時に行ったにもかかわらずあれだけ時間がかかったというのは、それだけ探している対象が強大な力を有しているということに他ならない。
 水鏡の映し出す光景は海上から海底へと変わり、深く深く、光の届かない海の底へと進んでいく。
「ここは?」
「この日本と呼ばれる国の東。太平洋と呼ばれる海の海底です」
 釧の問いに答えたのは、中心で術を執り行っていた日向だった。
 この風雅の里で目を覚まし、琥珀に促されるまま紹介されたこの葵日向という巫女の面影に、釧は覚えがあった。
 当時、まだ少女だったように思えたが、やはり琥珀同様に地球で年齢を重ねたのだろう。それはおそらくもう一人、瑪瑙と呼ばれている巫女も同じはずだ。
 釧にとっては一年満たないほどの期間しか離れていなかったはずが、歳の離れていた妹が自分と同じ年齢になっている姿を見るというのはやはり奇妙な気分だった。
 嬉しく思う反面、やはり寂しくもある。もしも翡翠が琥珀のことを知れば、いったいどんな顔をするだろうか。
「釧さま。なにか……?」
 孔雀の身を案じての言葉に頭を振り、釧は改めて水鏡の光景に視線を移動させる。
 海というものは度々生命の起源と言われることが多いが、この黒一色の光景は生命というよりも死を連想させる。
「まだ、降りていくのね」
 そんな不安の声を漏らした光海に、柊も気味が悪いとわざとらしく身震いしてみせる。
「あの深い亀裂、ひょっとして日本海溝ではないかしら」
「そうみたいですね」
 椿の疑問に瑪瑙が頷く。
 説明を求める釧の視線にも気づいたのだろう。瑪瑙はやや控えめに水鏡を指差すと、かろうじて見える巨大な亀裂をなぞるように指を動かした。
「東日本沖にあり、海岸線とほぼ平行して存在する大きな海の溝です。長さは約八百メートル。深さは最深部で八千メートルとも言われています」
「実際にとても深い海ですが、世界には一万メートルなんていう深さも存在するようです。また、その深さまで潜ることのできる潜水艇も存在したほどですからここにリードの兵器があったところですぐに見つかってしまうのではありませんか?」
 瑪瑙に続く楓の疑問に、釧はやはり頭を振った。
「ちなみに忍巨兵でもっとも水圧に強いのは海王レイガですが、彼ならば深度一万メートルでも難なく戦闘が可能です」
「水の惑星での戦闘用に製造された忍巨兵ですからね。当然と言えば当然でしょう」
 我が事のように海王の性能自慢をしてみせる日向に、琥珀が苦笑混じりにそう答えた。
「現在の戦力で海底での戦闘が可能な者はどれだけいる」
「基本的にどの忍巨兵にも問題はありません。ただ、戦闘における特性を考えると、海王を除けば獣王式忍者合体が最適かと」
 日向の説明に、場の誰もが釧に視線を向ける。
 確かに、陽平を除けば獣王式忍者合体を持つのは釧のカオスフウガだ。性能としても、戦闘力としても申し分ないと誰もが思っているに違いない。
 しかしそれ以上に、疑惑の念が視線に乗って集まっているのを肌で感じ取り、釧は困ったように苦笑を浮かべた。
「いい加減、お聞きしても構いませんよね。どうして貴方がここにいるのですか。それも、当たり前のように先輩の代わりとして」
「風雅陽平がそれを望んだからだ。とでも言えば納得するのか、鳳王の忍び」
 挑発するように目を細めて冷笑を浮かべた瞬間、彼女の手刀が釧の咽に突きつけられる。
 迷いのない、最高と呼ぶに相応しい素晴らしい踏み込みだった。
 隣に立つ琥珀以上に驚いた様子の椿を目で制し、釧は再び楓に視線を移す。
「たとえ先輩がそう望んだのだとしても、貴方が風雅陽平の命を脅かす存在であり続けるのなら、討つ理由としては十分です」
「オイラも聞きたいかな。楓みたいに対立しようって気はないけど、オイラも釧さんの考えは気になるかンね」
 どこかおちゃらけた様子にも関わらず、柊の瞳もまた、強い意思を秘めている。
やはりこの二人は戦士として一流。ただ、人としてどこか欠けたものを感じるのは、おそらく戦士として早熟すぎた結果なのだろう。
「お前もか」
 事の成り行きを無言で見守っていた光海に視線を動かし問いかける。
 彼女は確か、森王の巫女だ。共に忍邪兵に飲み込まれるなど、この少女とはなにかと縁があるらしく、こうして顔を合わせるのも初めてではない気がする。
 そういえば以前も同じような瞳をした巫女に会っている気がするが、そちらは少し考えればすぐに思い出すことができた。
 琥珀と共に地球へ旅立った角王の巫女──孔雀の姉が、丁度彼女に良く似た顔をする女だった。
 奇しくも同じ忍巨兵を従える巫女になるとは、不思議な縁もあるものだと感心させられる。
「ヨーヘーは、釧さんになにか言ってませんでしたか。たぶん、些細な口約束みたいなことだと思うんですけど……」
 口約束。そう言われて思い当たるのはいくつかあるが、そのどれもが他愛もない。そう、確かに些細な言葉を交し合っただけのこと。それこそ約束と呼べるかすら危ういものばかりだ。
「言っていたんですね」
 やっぱり、と呆れたような顔をする光海を見ていると、陽平がどれほど多くの人間に対してそうしてきたのかが伺える。
 なるほど。そうして人と人とを結びつけるわけか。
「楓ちゃん。釧さん、もうヨーヘーに危害を加えたりしないと思うよ」
「不確かです。私の役目は先輩の勝利の確率をどれだけ確保できるかにあります。少しでも危険があると感じた場合、私はそれを排除する義務があります」
「アニキ、楓にそこまで頼んでないと思うケド?」
「それでもです。彼に仕えると決めた以上、私にとってはそれが絶対的な行動理念です」
 揺ぎない瞳が真っ直ぐ釧を見据えている。なるほど、彼女もまた陽平に対して恋慕のような感情を抱いた少女であったわけか。
 そう思うと、なぜだか自然と笑みがこみあげてくる。
 別に彼女を嘲笑っているわけではない。ただ、純粋にそういう感情を殺しきれていない忍びに対してひどく親近感を抱いただけなのだ。
「笑いますか……」
「ばかにするつもりはない」
「今なら僅かに力を込めるだけで貴方の首を落とせますよ」
 確かに。少し見ない間に修練を積んだのか、以前のような型にはまっただけのわかりやすい動きは見せていない。むしろ、わざと型にはまっていると見せかけている節すら見受けられる。
 なにか変わるきっかけでも掴んだのだろう。瞬く間に強く変わっていく陽平に追い付くため、共に戦うために、この場の誰もが自分を見つめ直したと見える。
「どうすれば信じる。ガーナ・オーダの首を落とし、ここに持ってくればいいのか?」
「冗談が言えるとは思いませんでした。ですが、聞きたいのはそんな言葉ではありません。今の貴方が風雅陽平に対して諸刃の剣でないという確証が欲しいだけです」
「……先の闘いで、ヤツが言っていた。"生き残った方が翡翠と琥珀を守る"と。だが、互いに死力を尽くした結果、両者共に生き残った以上、我らは風雅を勝利へ導く義務がある。たとえ、どちらかの屍を踏み越えることになろうとも」
 そうだ。たとえ何人、何十人、何百人が散ろうとも風雅が負ける未来を迎えるわけにはいかない。
 そのためならば、たとえ四肢を失おうとも二人の妹姫を守り抜くと決めたのだ。
 重苦しい沈黙が一同にのしかかる。
 おろおろと戸惑う孔雀の姿だけがやけに浮いて見え、仲間たちが緊張の面持ちで見守る中、楓はようやく理解したとばかりに腕を下ろした。
「納得してもらえたようだな」
「ええ。ただし、私も貴方を利用するやり方を考えさせてもらいます」
「それでいい。でなければ俺だけが手を出したことになる」
 そう言って冷笑を浮かべたことに訝るような目を向けたということは、どうやら楓には今のが見えていなかったらしい。
「服を台無しにした。謝罪しておこう」
 そう言われて初めて気がついたのだろう。肌には傷一つつけずに服の袖を輪切りにされた楓は、ややムキになった様子で視線を反らした。
「オイラも気づけなかった。さすがだね、釧のアニキ」
 今度はアニキと来たか。
「リスクがでっけー分、見返りもでっけーって。それで納得しときなよ、楓」
「私のことはもういいんです」
「楓ちゃんも、釘刺しときたかっただけだもんね」
「光海先輩までそういうことを言いますか!」
 恥ずかしそうに顔を赤らめている姿を見ると、どこにでもいそうな普通の少女なのに。
 しかし、柊につつかれてそっぽを向く楓を見ていると、どこか懐かしい気持ちになれることに気がついた。
 以前は自分にも、こんな穏やかな時間があったのだと思うと、胸の中に渦巻くような怒りを感じる。
 やはり取り戻さなくてはならない。あのゆっくりと流れる雲を、ただじっと見つめていられた日常を。翡翠や琥珀を、これ以上血生臭い戦いの中から解放するためにも、急く必要がある。
「話もまとまったようですので続けさせてもらいますね」
 確かに今のは口を挟める空気ではなかったとバツの悪い思いに視線を反らし、日向の説明に耳を傾ける。
「今回、私たちの目的はこの日本海溝に沈んでいると思われる城を起動させることにあります」
「は? 風雅の兵器じゃなくて……お城?」
「じゃあ、その城の中に武器があるんですか?」
「いいえ。必要なのは城そのものです」
 さも当然のように切り返す日向に、柊と光海が目を丸くする。
 無理もない。城が兵器だと言われて納得しろという方に無理がある。
 釧の常識の範囲でも城型の兵器などこれくらいしか存在しない。ましてや地球で生まれ育った彼らが訝るのは、至極当然の反応と言えよう。
「城については……」
 そう切り出して頷く琥珀と目が合った。
 琥珀も知らない件の城についての詳しい説明が欲しいのだろう。了承の意味を込めて頷き返すと、釧はその姿を思い出しながら語り始めた。
「琥珀と十三の忍巨兵がリードを出てすぐに動き出したカオスフウガの計画。その裏側で動いていたもうひとつの計画があった。リードの守護者とすら呼ばれていた忍巨兵よりも強大な力を前にしたとき、天災すらはね除ける強大な力をと考えられたようだ」
 当時、忍巨兵ですらその戦闘力から計画を見直されていたのだが、リード王家の守護を担っていた者たちは、琥珀の護衛にとすべての忍巨兵が留守なのを理由に計画を強行。かねてより立案されていた超巨兵計画を実行に移した。
 多くの技師や技術、秘法に秘宝が持ち出された計画は瞬く間に形を成した。
「それこそがリード最大の兵器、城砦型超巨兵"アークフウガ"。またの名を"風雅城"という」
 誰もが押し黙り、さらに詳しくと切り出す者はいなかった。説明の内容に困惑を示す者もいれば、驚愕を露にする者もいる。
 当然と言えば当然だ。ここにいる者たちは皆、忍巨兵の力を知っている。その忍巨兵が城サイズと言われて戸惑わない方がどうかしている。
「でも、なんでそんなものが地球に?」
「そうです。今の説明を聞いた限りでは、それは当主様たちと一緒に来たわけではないということですよね。では……」
 光海と楓の疑問はもっともだが、二人は肝心なことを忘れている。
 リードの人間が地球に現れたのは、なにも琥珀と忍巨兵たちの一度きりではないということ。
「風雅城を地球に送り込んだのは俺だ。リードが滅ぼされた日、俺が翡翠を乗せて地球へと向かわせた」
 実際には王である父が起動させて翡翠を逃がしたのだが、それをここで語れば無用な誤解が生じないとも限らない。かつて自分が誤解していたように、琥珀までもが父を恨むようなことがあってはならない。
 結局、王族権限でしか起動できないよう封印されていたため、リードの守りとして動かすには間に合わなかったが、翡翠を無事に逃がすには十分すぎた。
「では、忍巨兵をすべて地球に送ったのはなぜですか? せめて半数でも残していれば、リードを救えたかもしれないのに」
 楓の尋ねたこの疑問に関しては、当時もなにかと問題になっていた。
 リードは代々、神託を頼りに民を導いてきた。当然、地球へと旅立つきっかけとなったのはこの神託が発端であり、十三すべての忍巨兵を共に旅立たせるのも、みんな神託によるものだ。
 だが、いかに神託といえすべて鵜呑みにしてしまって良いものか。そんな議論がなされたのは決して一回や二回などではない。
 事実、リードはガーナ・オーダによって滅ぼされ、地球に降りた忍巨兵は今も戦いの火種として燻り続けている。
 あの日、神託を無視していれば違う今日が来ていたのかもしれない。ひょっとしたら現状の方がマシと思える今日だったのかもしれない。しかしどれだけ願おうとも、後悔しようとも今日は変わらない。変えられないのだ。
 答えようとしない釧に代わって神託のことを告げる琥珀も、やはりその表情は冴えない。
 日向も、瑪瑙も、孔雀も、みんな過去を取り戻したいと願い、その想いを未来を作る力に変えている。
 勝たねばならない。絶対に。
「いちおー確認しときたいンだケド、その風雅城ってのは、どのくらい強いの?」
「大きさは忍巨兵の約四十倍。光鎖帷子で無理やり動かしている節はあるが、格闘も可能な巨兵だ。全身に合わせて八十ものフウガパニッシャーを持ち、気づかれずに近づこうにもショットクナイの嵐が迎え撃つ」
「ちょッ──!」
 さしもの柊も驚きが言葉にならないらしい。
「クロスフウガがだいたい二〇メートルだから、その四十倍ということは、八〇〇メートルはあるということになります」
 溜め息交じりの楓は心底呆れたような顔をした。
「どんだけ無茶なモン作ってンの……」
 柊も同様に呆れ果て、ぐったりと肩を落としている。
「私たちの忍巨兵じゃ、踏み潰されたらおしまいね」
 口にしたことで想像してしまったのか、身震いする光海に孔雀も苦笑を浮かべる。
「光鎖帷子で制御しているといいましたけど、あれは獣帝、マスタークロスフウガだけのものではないのですか?」
「あ。それについては私から説明させていただきます」
 挙手してから軽く咳払い。日向は足下の水鏡にクロスフウガの姿を映し出した。
「光鎖帷子は元々、すべての忍巨兵に搭載された装置なのです。ただ、光鎖帷子という技術そのものが未だ解明しきれていない秘宝を用いられているため、今までは機体の防御や制御には使用できずにいました」
「でも、獣帝になるとそれができる、と?」
 口を挟む柊に頷き、日向が新しくマスタークロスフウガの姿を水鏡に映し出す。
「従来の忍巨兵は外側に力を出すことができないために、内側……つまり乗り手である皆さんを包み込む形で光鎖帷子が展開しています。これが忍巨兵の速度や出力から来る反動をほとんど打ち消してくれているわけです」
 水鏡のクロスフウガの額辺りに、うっすらと赤く丸い光が点る。
 もっとも忍巨兵の感覚がある程度フィードバックするため、攻撃を受ければ痛いし、揺さぶられもするわけだ。
「しかし陽平さんの獣帝や、皇の超獣王になることで、なんらかの条件を満たされるのだと思われます。これが全身を包む形に展開します」
「理論はどうあれ、この状態になると無敵の鎧になるわけですね」
「いや、相手次第では光鎖帷子を抜ける者もいる」
 ここに来てようやく釧が口を挟み、再び一同の視線が釧に集中した。
「風雅陽平の獣帝と闘った際、互いの攻撃次第では何度か光鎖帷子を抜いて攻撃を当てることができた」
「ようは受ける攻撃の威力次第ってこと?」
 柊の言葉に頷き、釧は水鏡の獣王と獣帝に視線を移す。
 そう。あれは決して無敵の鎧などではない。獣帝とて不死身ではないのだ。
 他の忍巨兵よりも守りが厚いのをいいことに風雅城による攻撃から仲間を庇いでもすれば、たちまち獣帝はバラバラにされてしまう。
「ところで今、超獣王という単語が飛び出したように思いましたが」
「ああ。カオスフウガとガイアフウガ、二つを合わせた姿を俺がそう呼んでいる」
 驚くより先に溜め息をついた楓は、呆れたようにジト目で釧を睨みつけた。
「この分だと、他にも開示されていない情報が多そうですね」
「想像に任せよう」
 そういつまでも説明だけに時間を割くわけにはいかない。釧がこれ以上を答える気がないと判断したのか、楓もそこでおとなしく引き下がった。
「とにかくその風雅城というもの、海の底から引き上げればいいんですよね?」
 改めて再確認する光海に頷き、釧は再び海底の光景に戻った水鏡を指差した。
「問題は、我々が動けば必ずガーナ・オーダが嗅ぎつけるということだ」
 今までの経緯を考えてみても、ほぼ確実にガーナ・オーダは攻めてくる。しかも今では世界までもがガーナ・オーダの味方だ。どんな小さな行動でも嗅ぎつけられると考えるべきだろう。
「ありきたりでしょうが、陽動と本隊に分けた方がよさそうですね」
「ならばその人選、お前に任せよう。鳳王の忍び」
「風魔楓です」
「……ならば風魔楓、お前の采配に期待させてもらおう」
 そう言って冷笑を浮かべたのが不味かったか、挑戦と受け取られたらしく楓がすっ、と目を細める。
 まぁ、意図はどうあれ、やる気になってくれたならば結構なことだ。
 この場にいる者の中にはもしかしたら楓よりも戦術に長けた者がいるかもしれない。だが、なにより彼女は陽平が認めた者。他の者にはないなにかがあると信じたい。
 警戒すべき相手はガーナ・オーダだけではない。世界中からも集中攻撃を受けかねない状態で風雅城を再起動させねばならない。
 巧みに隠し、速やかに動けなければ、おそらく風雅忍軍は全滅する。
「確認しておきます。風雅城を動かすのに、王族が必要ということで構いませんか」
「その通りだ」
 少なくとも最初の起動を行ったのは釧の手によるものだった。
 同じ人物による承認が必要という話も聞いてはいない。
「つまり、貴方か翡翠ちゃんを連れていく必要がある。間違いありませんか?」
「そう──」
「私も、そこに加えていただけますか」
 釧の肯定を遮るように名乗り出る琥珀に、場の空気がしん、と静まり返る。
「王族すべてに起動権があるのなら、私にもその権限があるはずです」
「琥珀さん、それって……」
「リードの皇、釧の妹で、翡翠の姉妹である私なら、その資格は十分だと思います」
 あまりに唐突な告白に、場の全員が驚愕に目を丸くする。
 琥珀がどういうつもりで真実を告げたのかがわからず、釧も訝るように目を細める。
「兄上。この一戦、決して失敗は許されません。かくなる上は、私も盤上の駒となります」
 駄目だと言いそうになる口を無理やり閉ざし、必死に最悪の未来を頭から打ち消す。
「言って聞くお前でもないだろう」
「はい」
 まるでイタズラでも思い付いたような笑みに、釧もそれ以上は口を閉ざすしかなかった。
「琥珀……」
「心配しないで椿。私も使命を果たします。親友に頼るばかりの当主でいたくないから」
 そうまで言われたら親友でもそれ以上は口にできなかったらしい。
 頭を振って気持ちを切り替えると、凛とした決意の顔に変わる。
「わかったわ。なら私も貴女と一緒に──」
「だめ。それじゃ同じよ。椿は里のみんなをお願い。貴女だから頼めるの。貴女だから託せるの」
「でも琥珀!」
 なおも食い下がろうとする椿の姿に、琥珀の顔が厳しいものに変わる。
 楓や柊が見ている。見たこともない姉の姿に戸惑っている。それを教えるように頭を振る琥珀に、椿は白くなるほどきつく唇を結び、口惜しいとばかりに視線を反らす。
 昔からこうと決めたら梃子でも動かぬ性格だった琥珀だ。どうやらその性格は家族だけならず交友関係にまで適用されるらしい。
「話はまとまりましたか?」
 先ほど自分の言われたセリフで口を挟む楓に、椿は答えず琥珀は小さく頷いた。
 一瞬どちらの意見を優先すべきか迷ったようだが、答えは考える必要もないほどはっきりしている。
「では、作戦を提案します。まず、すべての忍巨兵で一斉に仕掛けます」
 一瞬話を聞いていなかったのかと疑いたくなるような楓の言葉に、全員の表情が驚愕に固まる。
 しかしその反応が見たかったとでいうのか、不敵な笑みを浮かべる楓に釣られ、釧の口元も僅かに緩み出す。
「文字通り、総力をあげて世界とガーナ・オーダの注意を引きます」





 目が覚めた陽平が、最初に考えたのは時間のことだ。
 自分が随分と眠っていたのはわかる。体調も良いし巫力も回復している。強いていうなら腰と背中が痛いこと。それ以外は至って万全と呼ぶに相応しい状態だった。
 大きな木の根元に背を預けるように眠っていたらしい。なるほど腰や背中の痛みはこれが原因か。
 立ち上がり、ズボンの砂を払う。
 太陽を見上げて、昼前くらいとおよその検討をつける。
 続けてぐるりと周囲を見回す。背の高い木々が牢屋の鉄格子のように並ぶ姿に思わず苦笑した。
 記憶を掘り返してみたが、見知らぬ山中で昼寝をした覚えはない。クロスフウガと二人で、釧とクロスガイアを風雅の里に送り届けたところまでは、はっきりと覚えている。
 ようするに誰かに連れてこられたということだけど、そんなことをしそうな人物の心当たりというと……
「親父……くらいのもんか」
 腕を組み、高らかにばか笑いする父親を思い浮かべるのは実に容易かった。
 ようやく念願の釧も連れ帰ることができた。いよいよガーナ・オーダとの決戦に向けて全員集合という大事なときに、いったい雅夫はなにを考えているのだろうか。
 こと雅夫に関しては、深く考えない方が、より正解に近いということは学習した。というか、せざるを得なかった。
 場所が場所だけに、修行というのが妥当な線だが、どうも腑に落ちない。いつもなら寝込みを襲い、その流れで修行になだれ込む。むしろ、そちらの方が実に雅夫らしい。
 眠っていた陽平の脇に置いてあったのだろう。足元に置かれていた獣王式フウガクナイを拾い上げる。
 見ただけでわかるものでもないが、さしあたって、とくに異常はないようだ。はまっているはずの勾玉がないこと以外は。
 もしやと思い、身体中を探ってみたがもうひとつの勾玉や、連絡用の額当ても見当たらない。
「やられた……」と悪態づき、感覚を研ぎ澄ませて周囲の気配を探っていく。
 風が木々をそよぐざわめきの音、鳥が飛び立つ羽ばたきの音、自分の鼓動の音、それだけだ。
 雅夫のことだ。近くで見ていると踏んだのだが、それらしい気配がまるでない。いや、怪しくない気配を見つけた。
「そこかよっ!」
 言うが早い。投げた飛苦無が、目の前の木に突き刺さる。
 あまりに自然体過ぎて気付かないところだった。
 忍者の代名詞のような、いわゆる"隠れ身の術"で、ずっとそこに立っていたのだ。何をするでもない。ただ立っていただけ。木々が立っていることを利用して、まるでそこにも木があるような錯覚を与える、巫力も道具も使わない"隠れ身の術"。
 もしあのまま襲われていたらと思うと、背筋が凍りつくような思いだ。
「こりゃどぉいうつもりだ。説明くらいはあるンだろうな、親父」
 相手を父と呼んでおいてなんだが、何故か目の前の忍者が、とても雅夫には見えなかった。
 緊張に乾く喉を鳴らして、陽平は、雅夫の目の動き、身のこなし、微妙な筋肉の動きや、忍び装束から僅かに覗く表情に集中する。
 何かいつもと様子が違う。何が、と問われたら「雰囲気が」と即答しそうだが、それでも強いて挙げるとすれば、それは目だ。
 巧く説明できないが、雅夫の目は、どこか陽平を見ていない気がするのだ。
「お前」
 本当に今のが雅夫の声かと思うとくらいに、冷ややかな声で、無感動な言葉だった。
「死にたくなければ、全力で抗え」
 まずい、と思うと同時に、陽平の体は動いていた。
 獣王式フウガクナイを持っていた手を振り上げて、雅夫の投げた四本の手裏剣を、全て弾く。
 続く攻撃から身をかわそうとした陽平は、振り上げた腕にかかる力に抗うこともできずに、木の幹に掌を打ち付けられていた。
「ぅぐっ!」
 まるで掌から生えているような苦無を、急ぎ引き抜く。
 手の痛みに顔をしかめる。落とした獣王式フウガクナイを慌てて拾い上げ、真っ直ぐ踏み込んでくる雅夫を、横跳びに回避する。
 巫力を傷に集めて止血。続けて治療に力を回す。その間も雅夫の攻撃が止むことはなく、その一挙一動が迷うことなく陽平を殺しに来る。
 銃弾のように飛ぶ手裏剣を、避けながら木々の中を駆け抜けていく。
 全く反撃の糸口が見つからない。何か行動を起こそうとすれば、それを上回る速度で阻止される。逃げようにも、距離を取る前に追い付かれる。上下左右どころか、三六〇度完全に動きを封じられた。
「くそっ! いったい何だってンだよ。本気で殺すつもりかっ!」
「そう言った」
 背後からの声に、振り返る勢いで獣王式フウガクナイを振り抜いた。
 声で距離を測ったはずなのに、獣王式フウガクナイは空を切り、タイミングを置いて三本の手裏剣が、陽平の左肩、左脇腹、左腿に突き刺さる。
 腿の傷が、瞬間的に足の力を奪い、がくっ、と膝を折る陽平に、サッカーボールほどの火の玉が直撃する。
「がふっ!」
 鎧牙の防御を抜いて、仰け反りそうな衝撃が襲いかかる。衝撃はともかく、炎の熱を遮断できたのは、不幸中の幸いだった。
 火の玉の爆発に姿を隠し、これ幸いと、煙に映る影を身に纏う。
「こうなったら、本気で黙らせてやるっ!」
 影衣から火遁を解き、振り上げた右腕に乗せて、地面に叩きつける。
 秒速五〇メートルという速度で地を這う炎に、雅夫の周りで巫力の風が弾けた。
 次の瞬間、炎は消え、雅夫を取り巻くように吹き荒ぶ風が、より一層その勢いを強くした。
「なっ、なんだよそりゃ!」
 風遁による防御、術による相殺、それだけにしては、雅夫の巫力が膨れ上がった理由に、説明がつかない。
「これなら、どうだァ!」
 一瞬で巫力を練り上げ、大玉転がしの玉ほどの、巨大な火の玉を作り出す。
 息を吸い込み、気合を吐き出す。隕石でも落ちたような音と共に火の玉を撃ち出す。
 速度的には、先ほどの火遁とほとんど変わらない。しかし威力は比較にならないため、これをどう防ぐかによっては、雅夫の防御手段がわかるかもしれない。
 当たれば大怪我では済まないレベルの火の玉は、雅夫を取り巻く風に触れた途端に、文字通り消失した。防御だとか、相殺だとかそういうものとは一切関係なく、まるで湯に角砂糖を溶かしたときのように、特大の火の玉が消失した。
 なんだあれは。そう叫ぶよりも早く、本能が危機を告げている。
 透牙によって得られた加速は、一秒足らずで雅夫の姿が見えない距離まで、陽平を後退させる。しかしそんな陽平が雅夫にぶつかるのは、瞬きするよりも早かった。
「なっ! はぇ……」
 言い終わるより早く繰り出される刃の煌きが、陽平の視界を塞ぐ格子状の軌跡となる。
 息をつく暇もないまま、すべての攻撃を同じ技で受け止め、お返しだ! と雅夫の眉間にめがけて獣王式フウガクナイを突き出す。
 到底当たるとは思っていない。これをあしらうなり、かわすなりをされたら、再び距離を置くためのフェイントにすぎない。だが雅夫はこれを避けなかった。避けようともしなかった。そのことに驚き突き出す刃を躊躇った瞬間、陽平の額に鋭い痛みが走った。













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