「おかえり、兄者。それに朝陽さん」
 数年ぶりに里を訪れた陽一を出迎え、雅夫は安堵を覚えていた。
「ただいま、雅夫。相変わらず無愛想だな」
 あまり表情には出ないが、雅夫本人はこれでも義兄や義姉との再会に喜び、精一杯笑っているつもりだった。
 おそらくわかっていながらからかったのだろう。笑いながら肩を叩いてくる陽一に、雅夫は苦笑で応えた。
「マスターになって数年。極端に仕事数は減ったが、なかなかどうして。質は数に勝るほど厄介極まりないな」
「兄者ほどの手練れでも、か」
 身体の弱い朝陽から荷物を受け取り、雅夫は肩に腕にと担いでいく。
「ああ。朝陽がいなければ、とっくに俺は死んでるな」
 ハハハ。と他人事のように笑う陽一に、雅夫は少し難しい顔をした。
「ときに兄者。先ほどから気になっていたんだが」
「俺に似て、誰彼構わずちょっかいを出したいらしくてな。お前に興味があるんだろう。な、陽平」
 陽一たちを出迎えたときから、ずっと雅夫の足に掴まっていたこの子供は、どうやら陽一の息子ということで間違いないらしい。
「おじさん、顔こわいね」
 開口一番がそれか。
「かーさんが言ってた。むずかしい顔してると幸せがにげるって」
「朝陽さんらしい言葉だ」
 二人のやりとりが聞こえていたのだろう。くすくすと笑みを漏らす朝陽に、雅夫は再び苦笑を浮かべた。
「それで。肝心な呼び出し主の当主殿はどちらに?」
「ああ。琥珀ならあそこに……」
 振り返り、雅夫が指差した先では巫女姿の少女が竜巻と戯れている。
 自分を中心に渦巻く風を自在に操り、風を見事に支配下に置いている。
「彼女、≪風牙≫を使うのか」
 巫女なのに。と続ける陽一に、雅夫はばつが悪いとばかりに眉間にシワを寄せる。
 実はあの訓練、雅夫が琥珀に教えたもので、自分が守るから必要ないと言っているにも関わらず、一向にやめる気配はない。
 琥珀が四百年以上にもわたる眠りの封印から目覚めて、もう一年。
 彼女が目覚めたあの日に彼女の直属と任を受けた雅夫は、この一年で周りどころか自分さえも驚くほどに、琥珀と打ち解けていた。
 最近では暇をもて余すからと、雅夫に修練を見ろとせがむほど。丁度今も、陽一たちが来るまではと琥珀の修練に付き合っていたところだったのだ。
「すまない兄者。すぐにやめさせてくる」
「いや、いいよ。ゆっくり待たせてもらうから。それより雅夫」
 すっ、と近づいてきた陽一に「琥珀って呼んでるんだな」と耳打ちされ、雅夫は慌てて頭を振る。
「違うんだ兄者。これにはわけが……」
「そんなに気にするなよ、雅夫。俺は嬉しいだけだからさ」
「兄者、誤解だ。あれはご当主がそう呼べと!」
「仲良きことは美しきこと。なにを恥ずかしがることがある。まぁ、少し年齢差が気にならなくもないが、俺と朝陽だって六つも歳が違うんだ。大丈夫だぞ」
 陽一に寄り添い、うんうんと頷く朝陽の姿に、雅夫は「似た者同士」という感想以外を持つことができなかった。
「お待たせ、雅夫」
 ようやく修練に一区切りついたのか、草の上を滑るように駆けてきた少女は、雅夫に抱き付くようにして自分にブレーキをかけた。
「見事な≪透牙≫です。ご当主」
「フウガマスター、陽一でしたね。それに斎乃巫女、朝陽。遠いところをよく来てくれました。心から感謝します」
 尻尾がついていれば、しきりに動かしていそうな琥珀に、雅夫は少し落ち着くようにと肩を叩く。
「雅夫、聞きましたか。フウガマスターに誉められましたよ」
「良かったですね。そんなことよりいいのですか。当主代行が待っているはずですが」
「確かに、じぃさんは時間にもうるさいからな。それでは、参りましょうかご当主。今世紀目覚める、最初の忍巨兵に会いに」
 陽一に促される形で、五人がぞろぞろと歩き出す。
 陽一の言う、今世紀目覚める最初の忍巨兵。それはつまり、予言にあった戦が始まることを示している。
 忍巨兵と共に、眠りの封印を受けているのは巫女だけと聞いているが、肝心の忍巨兵を扱う忍者はいったい誰になるのだろうか。
 そもそも忍巨兵とはいったいどのようなものなのか。口伝に聞いているとはいえ、鋼の身体の巨人と言われてもイマイチぴんとこない。
「兄者は忍巨兵を見たことはないのか」
「ないな。そもそも、フウガマスターなんて言っても、結局は戦後のマスターだ。ご当主くらいしか見たことはないんじゃないか」
 気にしている節すらない陽一に、雅夫もそれ以上は追及せず、黙って琥珀の後に続く。
 雅夫も、フウガマスターの影、シャドウマスターなどと呼ばれはするものの、結局肝心なことは知らないままだ。
 忍巨兵が目覚めれば、それらを語られるときがくるのだろうか。そして、あわよくば自分も陽一と共に戦う忍者に選ばれたいと、強く願わずにはいられなかった。
「マスター。また遅刻ですな」
 池を覗いていた初老の男性は、杖をついているにも関わらず軽い身のこなしで振り返る。
「じぃさん、元気そうでなによりです。当主代行とはいえ、もう若くないんですから、あまり無理しないように」
 陽一の軽口に怒ったそぶりもなく、当主代行はわざとらしいため息をついてみせた。
「お前さんも変わらんな。大事な日というにも関わらず子連れとは、緊張感のない」
「おじいさま。陽平です。ほら、よーへー。ご挨拶して」
「こ、こんにちは……」
 朝陽に背を押されて前に出る陽平に、当主代行は珍しく驚いた表情で目を丸くしている。
 いったいどうしたというのだろうか。普段、あまり表情が変わらないだけに、彼が目を丸くするなど雅夫も数えるほどしか見たことはない。
 自分はあの少年に感じるものはなかったが、ひょっとするとなにやら凶兆でも見えているのだろうか。
「まさか、あの陽一が子供とはなぁ」
「じぃさんだって、曾孫の顔が見れて嬉しいだろ。若作りだからって、いい加減無茶できない歳なんだからさ」
「たわけ。まだお前さんなんぞに、後れはとらんわ」
 そういいつつも、完全にただの年寄りの顔で陽平の頭を撫でる当主代行は、どこから見ても孫に甘いただの老人だった。正確には曾孫だが、そんなことを言い出せば風雅の者は、全員血の繋がる家族ということになってしまう。
「おじーちゃん、ぼくもおとーさんといっしょに行きたい」
「いやいや。お前さんはお留守番じゃ。なにせ危険があるかどうかすらわからぬ封印。子供のお前さんを連れてはいけんよ」
「そうだな。じゃあ陽平は雅夫と留守番だ。頼んだぞ、雅夫」
「いや、待ってくれ兄者。俺が行かずに誰が兄者を守る」
 てっきり自分も行くものとばかり思っていた雅夫は、陽一の提案に目を白黒させる。
 フウガマスターを影から支える自分が留守番などと、そんなことを許すわけにはいかない。
「誰って、朝陽が守ってくれるよ」
 陽一の言葉に当たり前だと頷く朝陽に、さすがの雅夫も二の句が継げない。
 だがここで諦めれば、本当に置いていかれるはめになるのは目に見えている。少し悩んだ末、今度は琥珀を指し示す。
「ご当主は……。俺はご当主直属の忍者だ。俺が行かずに誰が守るというんだ」
「いや、俺たちが守るって。これでもマスターと斎乃巫女。護衛に不足はないと思うが」
 今度こそ、ぐうの音も出ずに、雅夫は落胆に肩を落とす。
 慰めているつもりか、さりげなく手を繋いでくる陽平に視線を動かすと、なぜか同類を哀れむような視線が返ってきたのが悔しくて仕方がなかった。
「じゃあ行くのは俺と朝陽、ご当主とじぃさんでいいよな」
「はい。ですが、本当に良かったのですか?」
「ええ。いつか雅夫にも、陽平を鍛えてもらうことがあるかもしれない。そのときのためにも、今から仲良くしてもらわないと」
 仲良くという言葉に、雅夫は目だけを動かして陽平を観察する。
 陽一には悪いが、忍者の素養があるとは思えない身体と行動。正直、自分が鍛える前に里の忍者たちに鍛えてもらう方が先ではないだろうか。
 しかし、ふとした瞬間に目をやった陽平の手に、いつの間にやらやけに大振りなクナイが握られている。
 里の中では当たり前の光景だが、まだ鍛えてもいない陽平が持つには、違和感がありすぎる。
 気になって陽平の手を取り、クナイの柄尻を見た瞬間、雅夫は驚愕に声を荒げていた。
「なぜ、お前がこれを持っている!」
 普段、滅多なことがなければ大声を出さない雅夫が声を荒げたことで、その場にいた者たちの視線が一斉にこちらを向いた。
 陽一も、息子が雅夫に宙吊りにされたことに驚いたようだが、それ以上に雅夫に掴まれた陽平手の中にあるものから、目を離せずにいた。
 いったいどこからもってきたというのだろうか。黒光りする刃は凶器と思えないほどに美しい輝きを放ち、柄尻には黄色い勾玉が嵌め込まれている。
 それは、持つ者が定められていたはずの宝具。忍器、獣王式フウガクナイ。
「ばかな。厳重に封印を施してあったあれを、年端もいかぬ子供が手にするなど絶対にありえん」
「これは兄者が手にするもの。返してもらうぞ」
 だが、手を放させようと捻りあげたにも関わらず、陽平は頑なに頭を振る。
「これは子供の玩具ではない!」
「いやだ! よばれたんだ。ぼくのだっていったんだ!」
「そんなはずがあるものか! それはフウガマスターである兄者のものだ!」
 いっそ腕をへし折ってしまおうかと力を込めるが、それを制したのはやはり陽一であった。
「雅夫、とにかく陽平を放せ。落ち着いて話を聞くこともできないだろう」
 渋々手を放し、慌てて朝陽の下へ駆けていく陽平を睨み付けながら、雅夫は陽一に掴まれたままの腕を振りほどいた。
「よーへー、それをどこでみつけたの?」
 とても一児の母とは思えない、少女の面影が残る朝陽の顔が、聖母のように微笑む。
 怯えた様子はないものの、雅夫を警戒してか、胸元に獣王式フウガクナイを抱える陽平は、母の笑顔に緊張をほぐし、つられて子供らしい笑顔を見せる。
「あっちに小さい家みたいなのがあって。おじさんたちをまってたとき、よばれたの」
 いまいち要領を得ない説明だが、陽平が獣王式フウガクナイに呼ばれたということだけは確かなようだ。
 母の腕に包まれて安心しきった表情を見せる陽平からは、にわかに信じ難い話だが、事実封印されていたにも関わらず陽平の手の中にあるという時点で信じざるを得ない。
 雅夫も自分が選ばれるなんて思っていたわけじゃない。風雅陽一その人が選ばれるのだと、ずっと信じ続けていたというのに。そんな幻想は、まだ生まれて十年も経たない子供に打ち砕かれた。
 雅夫の心中を察してか、そっと手に触れる琥珀が頭を振り、陽平と朝陽に歩み寄る。
「陽平さん、といいましたか」
「ちがう。ようへい」
「では陽平、それは貴方に差し上げます。だから、わたしと約束してください」
 琥珀の差し出した小指をしばらく見つめていた陽平は、自らも差し出した小指を絡め、じっと琥珀の言葉を待った。
「貴方が真に勇者となったとき、どうか風雅を、リードの願いを叶えてください」
「なにをすればいいの」
「そうですね。まずは、お姫さまを守れる、強い忍者になってくださいね」
「強い……忍者。なる。ぼくなるよ。おひめさまを守る忍者に」
 貴方ならきっと、と頭を撫でられただけで、とびきりの笑顔で喜ぶ陽平に、その可能性が遠ざかっていくように感じているのは、雅夫だけなのだろうか。
 見たところ、陽一も当主代行も琥珀の決定に異論はないらしく、一緒になって笑っている。
 わからない。こんな子供に、本当に陽一の代わりが務まるというのだろうか。
「不服そうだな、雅夫」
「兄者は違うのか。あれに、獣王に選ばれるべきは、フウガマスターの兄者だろう」
「フウガマスターだって素質なしとみなされれば、獣王どころかどの忍巨兵にも選ばれない。それはお前もよく知っているだろ」
 確かに知っている。しかし、理解と納得は別だ。
 少なくとも、雅夫は陽平をそこまで信用しきれない。
「とにかく、この件はご当主の決定だ。それでも気になるなら、今から目を覚ます忍巨兵に話してみたらどうだ」
「では、雅夫さん。よーへーをよろしくお願いします」
 背を押されて歩み寄る陽平からは、もう怯えた様子は伺えない。
 ふいに見上げる陽平と目が合い、雅夫は気まずさから視線を反らす。
「じゃあ、行ってくる。雅夫、何かあったときは頼むぞ」
「兄者、いや……フウガマスター。ご当主を頼みます」
 互いに頷き、雅夫は陽平を行かせないようさりげなく肩に手を置いた。
 それぞれに陽平と、その手にした獣王式フウガクナイを気にしながら歩き出す四人を見送りつつ、雅夫は小さく溜め息をついた。
「陽平、だったな。いくつだ」
「六歳」
「兄者……陽一さんには、もう鍛えてもらっているのか」
 首を振って否定する陽平に、雅夫はまたまた溜め息をつく。
 風雅の男児で六歳にもなれば、いい加減戦いの"いろは"も覚えていい頃だ。にも関わらず鍛えられてもいない陽平に、いったいどんな未来を見ろと言うのだろうか。
「おじさんは、おとーさんより強いの?」
 どうやら実父の力も知らぬと見える。
「いいか。陽一さんより強い者などいない。お前は誇りに思うべきだ」
 何を思ったのか、突然、陽平は雅夫の見ている前で獣王式フウガクナイを振り上げたかと思うと、今度は勢いよく振り下ろす。
 重さに負けてふらふらと足が動く辺り、やはり何の訓練も受けていないことが伺えるが、いったい何のつもりなのか。子供の意図は掴みきれるものではない。
「何をしている」
「けいこ」
 もう一度ゆっくりと振り上げ、振り下ろす。今度は予測できていた分、重さに振り回されないよう踏ん張ったようだ。
 それにしても、これでは稽古というよりは児戯という言葉がしっくりくる。だが、そう正直に言ってやるわけにもいかない。どうやら陽平なりに、琥珀との約束を守ろうというつもりなのだろう。子供ながら真剣な目をしている陽平は、どこか他人とは思えなかった。
「うわっ」
 とうとう重さと勢いに負けて膝をついた陽平に、雅夫は自分らしくないなどと感じながらも、助け起こして砂を払ってやる。
「ありがとう。おじさん」
「ああ。しかし陽平。お前、本気で獣王の忍者になるつもりか」
「なるよ。忍者になって、あのお姫さまを守るって、約束したから」
 そう言う陽平の目は、真剣そのものだ。どこか陽一にも似た眼差しが雅夫を正面から見上げている。だからかもしれない。少しだけ、お節介を焼こうと思ってしまったのは。
「死ぬほど辛い修業が待っているぞ」
「死なないよ。死んだらお姫さまやおかーさん、守ってあげられないもん」
 無知とは恐ろしい。成人した忍者でも、なかなか口にはできないことを平然と言ってのけるものだ。
「いい心構えだ。なら、俺が見てやろう」
「いい。おとーさんに教えてもらう」
 思わず殴ってやりたい衝動に駆られるのを我慢して、雅夫は陽平の目線まで腰を落とす。
 小さい。自分にもこんな時期があったと思うと、どこか気恥ずかしくも感じる。
「いいか。兄者……いや、陽一さんが見てくれるときまでに少しでも上達していれば、褒めてもらえるかもしれん」
 一瞬、考え込むように陽平の視線が泳いだのを見逃しはしない。
「おじさん」
「……なんだ」
 どうでもいいが、いったいいつまで「おじさん」呼ばわりされ続けるのだろうか。まだおじさんなんて呼ばれる年齢ではないと内心不満を抱きつつ、陽平の言葉を待つ。
「おねがいします」
 現金なやつ。しかし損得勘定ができるのは、決して悪いことではない。
 頭を下げる陽平に頷き、「少し待て」と距離を取る。
 懐から取り出したクナイの刃を、磨ぎ石で丁寧に丸くする。強引な刃引きだが、やらないよりはずっとマシなはずだ。
「まずはこれで動きを覚えろ。そのクナイは大きい。強い体を作る前に壊しかねん」
「うん」
 若干の不満はあるようだが、言われたことは理解できているのだろう。獣王式フウガクナイを足元に置くと、陽平はおずおずと差し出されたクナイを受けとった。
「よし。ならば基本の振りから教える。本当なら基礎体力を作る方が先だが、陽一さんが帰るまでに成果を出さなければな」
「うん! よろしくおねがいします」
「そのやる気、最後までなくすなよ」
 こうして、雅夫と陽平の奇妙な師弟関係が始まった。






 それまでは昔語りを黙って聞いていたけれど、いい加減我慢も限界になってきた。何度も繰り返し頭を振り、陽平は父親の言葉を正面から否定した。
「嘘だ! 全部嘘っぱちだ! なら、なんで俺は何も覚えてねぇンだ! なんで俺は、アンタを『親父』って呼ぶンだよ!」
「知れたことよ。そうなるよう、俺が仕向けた」
 頭が真っ白になりそうだ。なにを理由にしても、どんな理屈をこねてみても、雅夫の言葉が真実なのだと本能的に悟っていたのかもしれない。
 風が吹き抜けていく。山のてっぺんから麓までを吹き抜けていく、颪風のような風だった。空っぽになった胸には、そんな風が冷たくて、陽平は無意識に唇を噛んでいた。
 思い出したくても思い出せない、奥歯になにかが挟まったような不快な感覚。でも言い換えればそれは、思い出せない『事実』があることを暗に示している。陽平が悩めば悩むだけ、考えれば考えるだけ、雅夫の言う『真実』に繋がってしまいそうだった。
 焦る気持ちを無理矢理縛り付け、必死になって呼吸を整える。心臓が、いつもの何倍もの音を立てて鼓動しているように感じる。
「じゃあ……俺の本当の親父は、その『陽一』って人はどうなったンだ」
 知らないわけにはいかない。むしろ、今まで知らなかったことの方が、どうかしていたんだ。
 カラカラに乾いた喉が、声を出す度に鋭い痛みになって突き刺さる。
 雅夫もこんな気持ちなのだろうか。自分の語る一言一言が、今まで紡いできた十年以上もの歳月を否定していくような喪失感。もしもこれに耐えられる人間がいるとすれば、それは文字通り空っぽの人生を送って来たんだろう。
「陽一さんは、お前の本当の親は、俺が殺したと初めに言った」
 後頭部をハンマーで殴られたような衝撃に、思わず眩暈を感じた。頭を支えるように額に手を当て、震える肩を自分で抱きしめる。
「わからねぇ。俺にはわからねぇよ! 好きだったンじゃなかったのかよ。尊敬してた、兄貴じゃなかったのかよ!」
「否定はしない」
「なら、なんで殺したっ!」
 胸からとめどなく溢れ出す怒りに任せて声を張り上げた陽平には、親父の気持ちがなにひとつ見えない気がした。
「なんで、俺を息子として育てたンだよ」
 うってかわって、今度は火の消えた蝋燭のように怒りは小さくなっていく。自分の感情をまるで制御できない、年端もいかない子供よりタチが悪い。
「それが約束だった。あの人と、俺のな。お前を鍛えられたなら、親でなくても良かった」
「それが親父の真実だってなら、全部真実で語ってみせろ! 無表情で知らん顔なんかしてねぇで、俺を納得させてみろよ!」
 息が切れるほどまくし立ててから、ようやく気がついた。雅夫は、最初から無表情なんかじゃなかったんだってことに。これは表情を、感情を押し殺した人間の顔なのだと。
 無理してるんじゃねぇか。辛いんじゃねぇか。
「人事みたいに話しておいて、あんたが、親父が一番の当事者じゃねぇかよ!」
「……俺たちのところに戻ってきた陽一さんは、もう陽一さんじゃなかった」
「どういう、ことだよ」
「里中の忍者たちが慌ただしく動き出した、騒動と呼べる光景を、俺は今でもはっきりと思い出せる」
 真実が語られる。その空気は、自然と陽平を落ち着かせた。













<NEXT>