暗雲が立ちこめていた。
 だというのに雨は一滴も降らず、在るのはただ、周囲に敵意をまき散らす存在だけ。
 彼は気づいていた。これが邪装兵でも、忍邪兵でもないことに。
 自らの周囲に在る生命の力と、己の内に在る生命の力を融合させることで発現する雷を纏うそれは、紛れもなく忍巨兵であった。
 どうやら忍巨兵を倒しうる存在は、やはり忍巨兵しかないと判断したのか。それとも、ただ行き着いた邪装兵の姿がこうだっただけなのか。
 どちらにせよ、忍巨兵の故郷、リードの皇・釧にしてみれば、それはただの模造品だ。生命なき忍巨兵にも、心なき忍巨兵にも称号が与えられることはない。
 まるで噴火したマグマが飛び散るかのような光景は、どれほど鮮やかであろうとも所詮は破壊だけのもの。
 かつて雷を属性に持つ迅王【じんおう】なる忍巨兵が在ったが、それとはまた異質なものだ。それを言ってしまえば、これが忍邪兵や邪装兵であるということもやはり頷ける。
 だが、結局はそれがなんであろうと、立ちふさがる者は斬り捨てる。
 それが、釧という青年の全てだった。






 同じ光景を、同じ場所で見ている者もいた。
 風雅陽平。またの名を勇者忍者シャドウフウガ。
 地球から遠く離れた惑星リードの姫・翡翠を守ると誓った少年であり、獣王クロスフウガの忍びとなった少年だ。
 目の前で雷鳴を轟かせるそれの敵意は、ほぼ全て彼に向けられていると言っても過言ではない。
 そして、その敵意を真正面から受け止めねば、砕かれるのは彼の守りたいものの全てになる。
 怯んだ手足を叱咤する。逃げようとした気持ちを切り捨てる。例えそれが何者であっても、悪意を以て主・翡翠の影を踏む者であるならば、容赦なく斬り捨てろ。
「……これが決着だってぇなら、やってやる!!」
 拳を固く握りしめ、膨れ上がるガーナ・オーダの鉄武将ギオルネの敵意を全て真正面から迎え撃つ。
「勝負だ…、ギオルネッ!!」
 陽平の叫びが獣王の咆哮と共にギオルネに叩きつけられた。






勇者忍伝クロスフウガ

巻之十:『涙痕の太刀』







 光沢を放つ黒曜の邪装兵に乗り込んだギオルネは、自らの手首を切り裂くと、懐に所持していた模造の奥義書を取り出し、朱よりも赤い自らの血液で名を書き記す。
外法、忍邪兵之術ッ!!
 発動した奥義書の力が、まるで血管の中を駆け回る血液のように邪装兵に融け込んでいく。
 生き物のように脈打つコックピットの中で、ギオルネは全身に突き刺さる痛みに苦悶の表情を浮かべるが、それも一瞬のこと。
 身体中を触手に貫かれながら手にした一体感に、ギオルネがニヤリと不気味な笑みを浮かべる。
 それと同時に黒曜の邪装兵──否、忍邪兵ギガボルトの顔までもがニヤリと笑う。
 既に、この世界には鉄武将ギオルネと呼ばれた存在はない。在るのはただ、主のために勝利だけを求める鋼鉄の巨人だけ。
 ギオルネは忍巨兵を研究し続けた結果、本来は命も心ももたない忍巨兵にそれらを与える方法に行き着いた。
 それこそが風雅の持つ禁断の秘術心写【こころうつし】である。
 人の持つ命と心。それらをまるで、コップからコップへ水を移し替えるかの如く、人という器から忍巨兵という鋼鉄の身体に移す禁断の呪法。
 ひとつになったことを確かめるかのように、ギガボルトが何度も拳を握りしめる。
 満足そうに笑みを浮かべるギガボルトの顔がギオルネに似ているだけに、より一層不気味さを醸し出している。
 40メートル近いギガボルトにしてみれば、ソードブレイカーの扱っていた巨大な太刀さえも普通の刀に見えてくる。
 そんなものの一撃を受ければ、さしもの獣王クロスフウガも一太刀のもとに両断されかねない。
 だが、勝機はある。と陽平は考えていた。
(あれだけのガタイだ。動きはソードブレイカーよりトロいは──)
 陽平の思考が終わるより早い。瞬きの間にクロスフウガに接近したギガボルトは、手にした刀を横に振り抜くと、軽々とクロスフウガを吹っ飛ばした。
 咄嗟に機転をきかせたクロスフウガが斬影刀と獣爪で防御していなければ、今の一撃で終わっていた。
 まるで回転した小石のように海面を何度もバウンドするクロスフウガに、再びギガボルトが迫る。
 想像以上どころの騒ぎではない。先ほどのソードブレイカーMk2を凌ぐ速さを見せながらも、ギガボルト自身にはまったくと言って良いほどダメージはない。
 凄まじい性能だ。一撃はより重く、一刀はより速い。
 おかげで防御した斬影刀は見事に砕け、獣爪はへし折れた。辛うじて繋がっているものもあるが、これでは役には立たない。
「くそっ!!」
 水の上を滑りながら体勢を立て直すと、砕けた斬影刀の柄を投げ捨てる。
「遅いッ!!!」
 また、一気に間合いを詰められる。一体どれほどの力を秘めているのか、ギガボルトは明らかに今までのどの忍邪兵とも、邪装兵とも違う。
「じゃあ、これで…──」
 へし折れた獣爪を引き、ワイヤーを無理矢理引き延ばすと、それを指に絡めてギガボルトに解き放つ。
「どぉだよっ!!」
 たとえ切断できなくとも間接などを捉えれば…。だが、肘関節に食い込むようにして絡みつくワイヤーを一瞥すると、ギガボルトはほぼ力任せにクロスフウガを振り回した。
「にゃろぉッ──!?」
 ワイヤーを切り離し着地するクロスフウガに、ギガボルトは苛立つかのように刃を海面に叩きつけた。
 ただそれだけでモーゼの十戒のように海が割れ、クロスフウガの足下を払うように衝撃が走り抜けていく。
「そこだッ!!」
 よろめいたクロスフウガに急接近するギガボルトは、身体を回転させた勢いで刃を横薙にする。
 一振りで海を割るほどのパワーに、この速度の回転力。それらからはじき出される結果は決して想像に難くはない。
(ダメだ、かわしきれねぇっ!!)
 だが、今まさに刃が触れようとする瞬間、クロスフウガの身体が二つに分かれ、互いを上下に突き飛ばす。
「これをかわすかっ!? だがそうでなくては!!」
 上に飛んだクリムゾンフウガが背中のシュートブラスターで牽制しつつ、下へ逃げた獣王クロスがクロススラッシャーとショットクナイをギガボルトの頭部めがけて投げつける。
 ギガボルトがそれらを首のひと捻りでかわした瞬間、クロスとクリムゾンフウガは再び紅の獣王へと再合体を果たす。
「なんてやつだ! こっちの攻撃なんざまるで堪えてやがらねぇ」
 忌々しいと吐き捨てる陽平に、クロスフウガもまた攻め手をことごとく封じられ僅かな焦りを見せる。
「どうする、陽平…」
「どうするもこうするも……」
 パートナーの言葉に応えることができない。
 斬影刀は砕かれ、シュートブラスターをものともせず、こちらの攻撃はことごとく見切られている。
 残るクロスフウガの武器で通じそうなものと言えば、以前カオスフウガさえも倒したフウガパニッシャーくらいなものだが…。
(よっぽど巧いタイミングで撃たなきゃこっちの隙がでかい…)
「陽平っ!!」
 戦闘中にもかかわらず思わず考え込んでしまっていた。
 クロスフウガの声にはっと顔を上げた瞬間、ギガボルトの凄まじい体当たりがクロスフウガを逃すことなく突き飛ばしていく。
「ぐ──ああぁ…!! なんつー加速してやがる!?」
「に、逃げられない!?」






 まるでミサイルのように海上を突き抜けていくギガボルトとクロスフウガに、その一部始終を眺めていた釧は、忌々しそうに舌打ちをする。
 あの忍邪兵が既存の忍巨兵の性能を凌駕していることは一目瞭然。
 だが釧の癪に障ったのはそれらが全てリードの技術の結晶だったからに他ならない。
「カオスフウガ…」
「追うのか?」
 カオスフウガの問いに無言で頷く釧に、若干蚊帳の外な孔雀は混乱しながらも必死になって状況把握を始める。
 そう。実はこの巫女少女、現状をまったく理解できていなかった。
 何故自分は獣王と敵対しているのか。釧がどうして地球にいるのか。カオスフウガとはいったいなんなのか。そして、クロスフウガが戦っていたのは誰なのか。
 それらを問うたところで、釧やカオスフウガが応えるとは思えない。
(輝王…)
 半ば助けを求めるように輝王石に話しかける。
『状況の把握など今は必要ない。それとも皇に従うのは不服か…』
 痛いほど首を振って、輝王の言葉を全力で否定する。
 巫女の中でも大した巫力もなく、満足に攻撃の術も放てなかった孔雀は、少しでも他の巫女に、姉に近づけるよう武器を手にした。
 いろいろ試したところ、薙刀が一番相性が良く、いや、正確には体格云々の問題もあったのだが、姉の紹介で素晴らしい師に出会ったこともありこうして薙刀を手にしたわけだが…。結局、孔雀は忍巨兵の巫女に選ばれることはなかった。
 無理もない。忍巨兵が欲する巫女とは、より強力な巫力を行使できる者。決して武芸に長けた巫女ではない。
 だからこそ、せめて大好きだった、尊敬していた姉の役に立ちたかった。
 子を宿した姉・桔梗に変わって輝王と眠りにつき、目覚めたのはどことも知らないこんな未来。
 姉はもういない。もう、誰の役にも立てない。そう思った瞬間涙が出そうになった。
 しかし、そこに現れたのは幼い頃からいつかは遣えたいと、役に立ちたいと思っていた皇の姿。
 別人などであるはずがない。姉に付き従いながらもずっと釧を見てきたのだから。
 そんな釧の力に、今ようやくなれるときがきた。
(輝王…、わ、わたしは獣王の忍びを斬ればいいの…かな?)
『出過ぎた真似はするな…巫女よ』
「はぅ…」
 輝王の言葉に孔雀はがっくりと肩を落とす。
「なにをしている」
 突然声をかけられ、孔雀は毛が逆立つほどの勢いで身体をビクつかせる。
 そぉ〜と振り返るそこには、自分を見下ろす銀の仮面があった。
「いくぞ」
「はっ、はいぃ!!」
 頭から上に飛び出していそうな孔雀の返事を聞きながら釧は思う。
(どこか……似ている)
 だが、そんな感情も思い出も今は必要ない。
 今必要なのは何者さえも打ち砕く力だ。
 そんな釧の殺意と、孔雀の緊張感のない空気を連れ、カオスフウガはギガボルトとクロスフウガを追いかけるべく飛び去っていった。






獣岬──。

 ここ、獣岬の洞窟に眠る忍巨兵、戦王ホウガを起こしはじめてもうどれくらいの時間が過ぎただろうか。
 数日前から行っていたのは確かだが、こう洞窟の中ばかりでは時間の感覚も狂い始めてくる。
「やれやれ。頑固だなぁ…お前さんは」
 誰に似たのやら、と呟く雅夫に、椿は苦笑にも似た笑みを浮かべる。
「それにしても、戦王と共に眠っていた巫女はどこへいってしまったのでしょうか…」
 400年もの歳月は土地の表面上の変化だけでなく、地震などの影響で地下さえも変わってしまったらしい。
 よもや岩盤の下敷きに…とも考えられたが巫女を封じていた石室はまったくの無傷だった。
「これは、もうご当主に馳せ参じていただくしかありませんなぁ」
「私もそれが最善と考えます」
 互いの意見が一致したところで頷き合う。
 刹那、凄まじい揺れと爆発にも似た轟音が洞窟内を満たしていく。
 洞窟の最奥部から獅子の咆哮のような音が鳴り響き、それが忍巨兵の戦闘であることを二人に知らせてくる。
「まさか…陽平くんでしょうか?」
 今日は学校をサボって忍巨兵探しに行っていると聞いていただけに、椿はすかさず言い当てる。
「にしても、だ。今の音……なにか良からぬことが起こっているようだな」
 雅夫の言葉に、椿はすがるような気持ちで戦王を振り返る。
「私は、今もずっと思い続けていることがあります」
 その言葉に、雅夫は瞳を閉じる。同じ気持ちだ…。皆、そう思っている。
「どうして私ではなく、弟や妹なのでしょうか…」
「これが、運命≠ニいうやつならきっと彼らは乗り越える。ワシらはただ、その支えになればいいよ」
 雅夫の言葉にそうかもしれません、と告げる椿は、そっと左の掌を開く。
 そこにはおびただしい高熱でできたと思われる勾玉の形をした火傷があった。
『椿、雅夫様、お二人共そちらにおられますか?』
 感慨にふけっているところを突然の声が現実に引き戻す。
 二人はこの声に聞き覚えがある。すぐさま振り返り、台に置かれた勾玉に膝をつく。
「「ここに」」
 二人の声に反応したかのように輝きを増す勾玉は、次第に光を上へと広げていく。
 獣王クロスが獣王式フウガクナイから映像となって現れる現象と同じだ。だが、目の前の勾玉からは忍巨兵ではなく、正装に近い巫女装束に身を包む艶やかな黒髪の女性が浮かび上がる。
「ご当主。いかがなされました」
 雅夫の言葉にミニサイズの女性が微笑む。しかし、すぐにその表情は険しいものに変わり…。
『戦王は……ホウガはまだ?』
「まだですな。一向に目を覚まさぬので、ご当主にご足労願おうかと相談していた始末」
 そう言って背後の戦王を振り返る雅夫に促され、風雅の当主は困り果てた顔を見せた。
 よほどのことがなければ笑みを絶やすことのない彼女がこんな表情を見せるという事態に、椿は女性の映像に歩み寄る。
「なにか、あったのね…」
『はい。今、この地を目指して巨大な隕石が迫っています。予想される落下地点は日本海、時非海岸沖…』
「落ちれば時非はおろか、日本にどれだけの影響が出るか…」
 椿の言葉に風雅の当主は小さく頭を振る。
『隕石の規模から予測される被害は、世界の冬…です』
 その言葉にはさすがの雅夫も口をへの字に結ぶ。
 つまるところ、一言で表すならば世界の終末ということになる。
「森王式剛弓合体での迎撃は?」
『あれは貫通力はありますが破壊力が足りません』
「今、陽平くんが迎えに行っている輝王は?」
『輝王は黒の獣王につきました。それに、スパイラルホーンで破壊した場合、自らも死を覚悟せねばなりません。ですが、輝王と才羽を併用できれば……あるいは』
 その言葉に、椿は彼女から託された忍獣サイハの勾玉に目を落とす。
 全ての忍巨兵との互換性を極限まで高めた忍獣サイハは、その性能故のリスクを伴う。
 具体的には扱いが非常に困難になるということなのだが、そのレベルは計り知れないものがある。
 通常、忍獣はあらかじめ与えられたデータから、搭乗者に必要な行動を自動で行えるのだが、サイハにはそれができない。
 例を挙げると、クロスフウガの裂岩は、陽平が使用した際に自動的に別の刃が翼を補うように可動するが、サイハの場合はその作業を自分で行わなければならない。
 つまり、下手をすると攻撃した瞬間に真っ逆さまに落下してしまう可能性もあるということだ。
 忍巨兵で戦い、武装を扱いながら更に忍獣サイハを使用する。それがどれほど使用者に負担をかけることになるか想像もつかない。
「やはり戦王を目覚めさせる以外にありませんな」
「確かに。その方がよほど現実的な対策案です」
 雅夫の言葉に椿も同意する。
「そういえば…」
 思い出したように呟く椿に、風雅の当主が視線を向ける。
「彼なら扱えるのかしら?」
『彼…ですか』
「姫の兄君、黒い獣王を駆る釧と名乗る彼…」
 その名が出た瞬間、彼女の表情は僅かに強張っていた。












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