一方、遠く北の北海道から時非市付近まで吹っ飛ばされた獣王はというと…。
「あのまま叩きつけられてたらヤバかったぜ…」
 陽平の言葉に頷きながら、クロスフウガは浅瀬に浸かる身体を起こすと空を仰いだ。
「助かったぜ。柊、楓」
 クロスフウガと陽平が見上げる先では、青と赤の忍巨兵がギガボルトの喉と脇腹を捉えていた。
 だが、それも一瞬のこと。二人の突き立てた刃はギガボルトの装甲を1ミリも越えることなく弾かれ、振り回す剛腕に為す術もなく叩き落とされる。
「柊っ! 楓ぇ!」
 陽平の心配を余所に、クルリと宙返りを決めて着地する二人に、ギガボルトはうっとおしいとばかりに苛立ちを露わにする。
「とりあえず、アニキは休んでてよ」
「バカ言うな! お前らだけでなんとかなる相手かよ!?」
「私たちが先輩よりも弱い……とでも?」
 ジロリと睨む楓の言葉に、陽平は言葉を失った。
 確かに陽平は楓との勝負には勝ったが、楓が鬼眼のことを知っていたならば恐らく勝敗は違っていただろう。
 そもそも、陽平は技術的に見れば素人も同然。本格的に修行を積んだ二人に勝てる道理はない。
(そもそも、柊が本気で戦ってるのは見たことがねぇ)
 ある意味、興味をそそられる風魔の兄妹に、陽平はおとなしくその場で膝をつく。
 彼らが負けるとは思いたくはないが、いざという時のために少しでも体力を回復させておくにこしたことはない。
「頼むぜ…、二人とも」
「任せてください」
「最近出番がなかったかんね。暴れちゃうぜッ!!」
 飛び上がる炎王クウガこと楓の背を蹴り、風王ロウガこと柊がギガボルトへと跳躍した。
「飛べもしない忍巨兵がしゃしゃり出るか!?」
 束ねた裂岩でさえ叩き斬るギガボルトの太刀が風王の胴を薙ぐ。
 だが、目の前で霞のようにかき消える風王に、ギガボルトは大きく目を見開いた。
「飛べなくたって戦える。そもそも人は飛べない生き物だって知らなかった?」
 声が聞こえたのは下。思わずそちらに視線を向けた瞬間、ギガボルトを追い越すように炎王が舞い上がる。
 通り抜けると同時に飛閃を放ち、ギガボルトの右手首を集中的に攻撃を加えていく。
「そんなもの!! 毛ほどにも感じぬわッ!!!」
「そいじゃ、こいつは?」
いつの間にここまで昇ってきていたのか、風王はすくい上げるような蹴りで、爪先をギガボルトの右手首に突き刺した。
「雑魚がぁッ!!!」
「気ぃつけた方がいーよ。最近の雑魚は強いから」
 空中だというのにギガボルトの攻撃を巧みにかわし、反撃すると見せかけた蹴りの反動で、鳥型に変化した炎王の背に降りる。
「ま〜ったく、硬いとゆーかタフとゆーか…」
 ボヤく柊に、楓も同意だとばかりに頷いた。
 下手な攻撃ではダメージどころか傷一つつかない装甲。このままでは少々分は悪いかもしれない。
「飛閃もダメ」
「オイラの渾身の蹴りも効かないとなると……」
「貴様らの敗北が決まったようなもの! 大人しく我が太刀の錆となれぃ!!」
 山さえも両断してしまいそうな一太刀をかわし、青と赤の光となった二人が空中で混じり合う。
「「双頭獣忍者合体っ、ダブルフウマぁっ!!!」」
「たとえ合体しようと結果は変わらぬ!!」
 太刀を振りかぶり襲いかかるギガボルトと交差しながらダブルフウマの爪が閃く。
「あっれー?知らないんだ。合体ってね、一人で勝てない時のためにあるんだヨ!!」
 当たれば致命傷の太刀さえも笑顔で避け続けるダブルフウマの姿に、見上げる陽平は言葉を失った。
 自分はかわすだけでも精一杯だったのだが、柊や楓にはどこか余裕さえあるように見える。事実、ダブルフウマはかわすと同時に微弱ながらも攻撃を加えている。
(なンて見切りだ。柊も楓も、あんな至近距離でもかわせるのかよ…)
 手を伸ばせば掴まれそうな間合いに入り込むことで太刀の間合いを殺し、更には体格差さえも利用することでギガボルトを翻弄している。
「でも…!」
(そう。でも、こちらの攻撃がまったく効果がない以上、いつかはこちらが攻撃を受けてしまう)
 どれだけ攻撃を繰り出していても、ひとつとして致命傷にならないのはさすがに腹が立つ。
「柊、あれでいきましょう」
 不機嫌を露わにする楓に対し、柊は飄々とした笑みで何度も頷いた。
「おっけぇ! 楓もキレかけてるし、オイラも張り切っちゃうぜ!!」
「キレてません」
 ピシャリとツッコミを入れる楓を余所に、柊はダブルフウマをギガボルトから引き離す。
「そんじゃ、いっくよ〜!」
「風魔の技、見せてあげます」
 距離を取ったダブルフウマが印を組みながら翔る。
 迎え打つギガボルトの太刀を上下にかわし、青狼と赤鳥が同時に襲いかかる。
「「変化っ!!」」
 獣型の風王と炎王は全身に風と炎を纏うと、その牙と翼で攻撃を仕掛ける。
 同時攻撃でさえ顔をしかめる程度のダメージしか与えられず、柊の顔が一瞬だけムッとする。
「「変化っ!!」」
 続けて人型に変わる二人は、火連脚と飛閃をやはり同時に仕掛ける。
「たとえ無限に仕掛けようとも結果は変わらぬわッ!!」
 だが、そう口にした瞬間にギガボルトの装甲が僅かながらも亀裂が入るような音を立てる。
 無理もない。いかに強固な装甲と言えども無敵ではないのだ。まったく同じ場所≠何度も攻撃されれば自然とダメージは蓄積されていく。
 だが、ギガボルトが気づいたときには時遅し。二人はトップスピードに達し、変形、攻撃、合体、攻撃のランダム連鎖によってギガボルトを無抵抗のまま攻撃し続ける。
「こ、こんなものッ!!!」
 群がる羽虫を払うかのように太刀を振り回すギガボルトに、まっていたとばかりに炎王脚部の爪をアンカーのように発射する。
 後ろに振り抜いた腕を絡めとり、ギガボルトがそうと気づかぬ間に背中越しにもう片方の腕へアンカーを固定する。
「柊っ!」
「おっけぇ!!」
 声をかけあった瞬間二人はすでに一つになり、もう一つの姿となってギガボルトの頭上に落下する。
「「双頭獣忍者合体、ダブルフウマ・ビーストっ!!!」」
 こんなワイヤーを引きちぎることは容易い。しかし、引きちぎるより早く突き刺さるダブルフウマ・ビーストの蹴りに、ギガボルトは右肩が砕ける音を聞いた。
「ついでだヨ! これはオマケっ!!」
 すぐさまダブルフウマへ変化すると、海面に激突するギガボルトに、羽手裏剣の嵐フェザーレインと、胸部の鳥が炎を放つバーストフレアで追い打ちをかける。
 爆発にも似た飛沫を散らす水柱に、傍観者と化していた陽平と獣王クロスフウガは思わずその場で立ち上がっていた。
「す、すげぇ…。って、俺、あの二人には驚かされてばっかじゃねぇか」
 苦笑する陽平に、獣王もまたコメントに困るとばかりに言葉を濁す。
「と。アニキ、これでオシマイだよね?」
 隣に降りるダブルフウマに、陽平は思わずギガボルトの落下した地点を確認する。
 未だ海面は荒れているものの、ギガボルトが上がってくるような気配はない。
「柊、先輩も…。油断は禁物です」
 たしなめるような楓の言葉に、柊はそっぽ向き、陽平は曖昧に頷いた。
(本当に…、本当にこれで倒したのか?)
 陽平は見たのだ。ギガボルトの、ギオルネの見せた執念とも言うべき姿を。
 あれは普通に倒したくらいで朽ち果てるような代物ではなかったはずだ。
「先輩?」
「構えろ。柊、楓……来るぞっ!!!」
 陽平が叫ぶと同時に海が裂け、紫電を放つギガボルトが太刀を空へと突き上げる。
 いつの間にか空を覆っていた暗雲が稲妻を放ち、ギガボルトは振り上げた太刀でそれを受け止める。
「なっ、なんて力だ!? 邪装兵ごとバラバラになっちまうぞ!!」
「砕けぬッ!!」
 まるで世界に響きわたるような声が空気を震わせる。
「まだ砕けぬッ!! 風雅のすべてを切り崩し、信長さまにとってすべての悪しき芽を刈り取らねば砕けるわけにはいかぬッ!!!」
 ダメージからか、ひび割れたギガボルトの顔が怒りに歪む。
「消え失せろッ!! 稲妻雷電撃ッ!!!【いなずまらいでんげき】」
 ガクガクと震えるギガボルトの口が獣のように裂け、フウガパニッシャーに勝るとも劣らない雷閃を放つ。
「にゃろぉ!! 火遁っ、フウガパニッシャーぁっ!!!
 咄嗟に火遁を圧縮したフウガパニッシャーで応戦に入るが、パワー、射程、エネルギーの総量とすべてにおいてフウガパニッシャーを上回った雷閃は、僅かな抵抗も虚しくフウガパニッシャーをかき消し、クロスフウガとダブルフウマを飲み込んでいく。
「うわああああああああっ!!!」
「ちょ、うそっ!?」
「柊、防御を…!!」
 雷閃は忍巨兵だけでは留まらず、時非海岸の一角を一瞬で蒸発させ、その後ろの山を双子の山に変えて雲の向こうへと突き刺さる。
 僅かな静寂の中、黒く焼け焦げた裂岩の壁が土人形のように崩れ落ち、膝をつくクロスフウガとダブルフウマが力なく倒れ込む。
 咄嗟に裂岩を壁にした陽平。それを覆うように土遁で壁を作った楓。そして風遁で少しでも雷閃の威力を削いだ柊。しかし、それらをすべてあざ笑うかのようにギガボルトの雷は二大忍巨兵を飲み込んだ。
「防御が……僅かでも遅れたら死んでたぞ…」
 腕を突き、無理矢理体を起こすクロスフウガに、ダブルフウマもまた膝を突いて立ち上がる。
「今のは…、雷のフウガパニッシャーですか?」
 楓の言葉にクロスフウガはそんなはずがないと頭を振る。
「フウガパニッシャーで雷を増幅発射などすれば、発射と同時に崩れ落ち、その威力に自らも消滅する可能性がある」
「でも可能性なんだよね? それに、あっちの方が頑丈そうだけど…」
 柊の言葉に一同の視線がギガボルトへと向けられる。
 案の定、顔は焼け爛れ、頬など今にも崩れてしまいそうな気配を見せる。
「あいつ…、自滅覚悟かよ!」
「そこまでの忠義、尊敬に価しますが…」
「だからって負けてやる必要はないよね!」
 立ち上がるクロスフウガとダブルフウマに、ギガボルトはゆっくりと海岸に歩み寄る。
「先輩、まだフウガパニッシャーは使えますか?」
「クロスフウガ!」
「大丈夫だ。しかし、ダメージはある。撃ててあと1発…」
 らしいぜ、と視線を投げる陽平に頷くと、楓はダブルフウマの翼を開き、翼が生み出した炎を全身に纏う。
「私と柊で動きを止めます。先輩はとどめを!!」
「おっけぇ! んじゃ、オイラたちも切り札出しちゃうぜ!!」
 返事も待たずに飛び出す二人に舌打ちすると、陽平は火遁を獅子の口へと封じ込める。
「……え?」
 今、自分は見間違えただろうか。ダブルフウマが二機いなかったか?
 思わず目を擦る陽平の前で、炎に包まれながら飛閃を繰り出すダブルフウマと、地を蹴って獣のような動きでギガボルトに飛びかかるダブルフウマ・ビーストが殆ど同じタイミングで攻撃を繰り出している。
「か、影分身!? いや、ただの残像か!?」
「陽平っ、彼らが時を稼いでいる内に!」
「お、おうっ!!」
 しかし、フウガパニッシャーで本当にギガボルトを仕留めることが可能なのだろうか。
 いかに手傷を負わせたとはいえ、相手はフウガパニッシャーをかき消すほどの一撃を放ったのだ。
(同じ……いや、あれ以上の一撃じゃなけりゃ、今のギオルネは倒せねぇ!)
「陽平! どうした、陽平!?」
「クロスフウガ……あのさ──」
 ぽつりと漏らすように尋ねる陽平に、クロスフウガは絶句した。
「できねぇのか?」
「ムチャだ、危険すぎる!!」
「そうじゃねぇっ!!」
 クロスフウガの制止を振り切るような陽平の叫びに、一瞬気まずい空気が流れた。
「そうじゃねぇだろ。クロスフウガ……俺が聞きたいのはそんな答えじゃねぇ。できるのか……できねぇのか…」
 握りしめた獣王式フウガクナイを通して伝わる陽平の覚悟に、クロスフウガは胸に封じていた火種を手放す。
「結論から言えば不可能だ。フウガパニッシャーはそういった使用を想定されていない」
「クロ──」
「だが!!」
 今度はクロスフウガが陽平の言葉を遮る番だった。
 珍しく強い口調で制する相棒にひどく驚いた様子の陽平は、それじゃあ、と次の言葉を待つ。
「だが、キミとワタシ…やってできないことはない」
 やっとのことで絞り出したその言葉に、ようやく陽平が笑みを浮かべる。
「へへっ、最初からそう言えっての!」
 気を取り直し、陽平は再度火遁の印を切る。
「さぁて、見せてやろうぜ! 俺たちの力≠チてやつをよ!!」
「応っ!!」






「柊、先輩が発射体勢に入ったら…」
「わかってる! ここ一番で派手にキメるのがヒーローの鉄則! おいしいトコはアニキに譲るヨ」
 どこかおちゃらけながらもギガボルトの攻撃はしっかりと避け、得意の蹴り技をお見舞いする。
 しかし、身体から湧き上がる紫電のためか、先ほど以上に通らない攻撃に、柊はそれならと勢いにブレーキをかける。
「柊!?」
 楓の声も意に介さず、柊のダブルフウマ・ビーストは棒立ちのまま両の腕を大きく左右に開く。
 まるで、どこからでも打ってこいと言わんばかりの姿に、ギガボルトが獣のような咆哮をあげる。
「諦めならば潔し! 計らいならば浅はか!! うぬ如き輩に耐えきれる我が一撃ではないわッ!!」
 凄まじい加速でダブルフウマを振り切ったギガボルトは、ダブルフウマ・ビーストの前で急停止すると、弓のように引き絞った腕で矢のような太刀を突き出した。
 串刺しにされる!?
 誰もがそう信じて疑わなかったギガボルトの刺突。
 だが…
「いっせーのぉ…、せっ!!」
 切っ先との距離はまさに紙一重。仰け反るように避けた刺突の衝撃でヒビ割れるダブルフウマ・ビーストの胸に顔をしかめる柊は、渾身の力でギガボルトの腕を跨ぐように蹴りを繰り出す。
 僅かに顎を掠めた爪先に勝ち誇ったような笑みを浮かべるギガボルトに、柊はその勢いのまま左足を思いっきり振り回した。
「オイラはね、足技はなんでも得意だけど、その中でも特に踵は一番の得意なんだよねっ!!!」
 結果的にギガボルトの腕を跨いでの胴回し蹴りは、見事に破損した頬を蹴り砕き、激痛に仰け反るギガボルトから柊は急速に離脱する。
「柊っ!!」
ストームブレスっ!!
バーストフレアっ!!
 超圧縮された風圧弾と超高熱の熱閃がギガボルトにヒットすると同時に大爆発を起こす。
「先輩っ!!」
「今だよっ!!」
 再び一つに戻った二人の声に、上空で待機していた陽平は大きく頷いた。
「いくぜっ!! 火遁っ、超圧縮……
 両手に生み出した二つの火遁を同時に獅子で圧縮する。
 その姿に柊と楓は目を丸くして驚いた。
 そもそも、影衣の力を借りねば火遁などの強力な術を発動できない陽平に、二つの火遁を同時発動などといった芸当は不可能のはず。
 そこを獣王が補い、二つの火遁を同時に圧縮、解放するといった離れ業。否、無謀極まりない行動に出たのだ。やはりと言うべきか、クロスフウガの獅子にひびが走り、あまりの熱量に牙が溶け始める。
解っ、放おぉっ!!!
 まるで太陽を思わせる光が厚い暗雲を裂き、青空の下にクロスフウガの姿を映し出す。
「いぃぃっけえぇぇっ!!!」
「うおおおおおッ!! サンライトパニッシャーぁぁッ!!!
 獅子さえも溶かし、あたかも全身から放たれたようにさえ見えたほどの巨大な熱閃がギガボルトに襲いかかる。
 ダブルフウマの攻撃が効いていたのか、よけることも守ることもできないギガボルトは、サンライトパニッシャーの直撃で再び大爆発に巻き込まれる。
 だが、それで終わりはしない。
 裂岩を切り離して逆手に構えると、一瞬で不可視の速度まで加速する。
霞斬りぃっ!!!
 ギガボルトの位置は覚えている。そこに目掛けて放った霞斬りはギガボルトの首を捉えるはずだった。
 それで終わるはずだった。だが…
「唸れぃ!!! 業雷ッ、魔刃剣ッッ!!!!【ごうらいまじんけん】」
 ゴルフスイングで振り抜いた太刀が生み出す稲妻の刃が、不規則な軌跡を描いて獣王に襲いかかる。
「このぉっ!!!」
 裂岩を砕かれたクロスフウガが技の余波だけで軽々と吹っ飛ばされていく。
 体勢を立て直そうにもダメージが大きすぎるのか、一瞬陽平の視界がグニャリと歪む。
「ヨーヘーっ!!」
 刹那、そのまま地面に叩きつけられるかと思われたクロスフウガの身体をなにかが空中でガッチリとキャッチする。
「コウガっ!? 光海かよ!!」
「もぉ! またムチャばっかりして!! ヨーヘー1人で戦ってるんじゃないんだよ?」
 光海の言葉に悪ぃ、と呟き改めて森王コウガの姿を確認する。
 森王には本来、飛行能力は備わっていなかったはず。
 しかし、現に森王は飛び、その背中には見覚えのない翼がある。翼はクロスフウガのような刃翼で、全体から受けるイメージは簡易型クロスフウガといったところ。
「光海、それって…」
「椿さんがわざわざ迎えにきてくれたんだよ。この、忍獣サイハで」
 光海が口にした名前に、地上の柊と楓が僅かな反応を示す。
「ヨーヘー、とにかく!」
「ギオルネを倒すのが先か!?」
 互いに頷き合うと、孔雀型の忍獣サイハを切り離したコウガはバスターアーチェリーへと変化、クロスフウガの背中に装着される。
「光海っ!!」
必中奥義っ! 光矢一点っ!!!
 光海の放つ矢がバスターアーチェリーを介することで砲撃となってギガボルトに突き刺さる。
「「どうだっ!?」」
 再び爆発に呑まれるギガボルトに、陽平とクロスフウガが同時に叫ぶ。
 正直、これが通じなければ打つ手なし。サンライトパニッシャーの影響でフウガパニッシャーは破損。接近しては分が悪く、シュートブラスターでは威力に欠ける。
 そしてなにより、陽平の体力も精神力もとっくに限界を迎えている。
 だが、肩を激しく上下させながら息を切らせる陽平の前で、満身創痍ながらも、ギガボルトが爆発の中から姿を現した。
「くっ、しぶとい!?」
 しかし、もう一撃を放つ間もなく森王が分離。地上へと落下していく。
 無理もない。多少なりと休んだとはいえ、1日に光矢一点を3回も使っているのだ。光海の体力も精神力も、巫力として限界まで絞り出してしまったのだろう。
 なんとか着地するコウガに安堵の息を漏らすと、陽平は改めてギガボルトをへと視線を向ける。
 度重なるダメージですでに身体はボロボロ。こちらに負けず劣らず満身創痍の様子。
(あと一撃だ。あと一撃入れることができれば…)
 だが、それに見合うだけの武器がない。
 ありったけの裂岩を使用することも考えたが、今のギガボルトを相手に小細工は通用しないだろう。
(なにか…)
 陽平の視線が素早く周囲を捉えていく。
(なにかないか…!?)
 だが、そんな陽平の視界に自ら飛び込んでくるモノがあった。
「え?」
 思わずそんな声を漏らしたが、間違いない。あれは輝王之槍手だ。
「あの…釧さまからの言伝です」
「あいつから?」
「はい。『無様な死に方をされては迷惑だ。亡霊の欠片ごときに手間取っているようでは獣王の名が泣くぞ』…で、すぅっ!!」
 釧からの言葉を伝えた孔雀が素っ頓狂な声をあげるのも無理はない。完全に見下した釧の言葉に、陽平が……キレた。
「あンの野郎……、ちっとばかし強いからってなに偉そうなこと言ってやがる!!」
「ちょっとなどではない。皇の実力はオマエ如きを遥かに上回っている」
「あンだとっ!?」
 輝王の言葉に食ってかかる陽平に、孔雀がひぃっ、と頭を抱える。
「感謝するがいい。見かねた皇は、そんなオマエにワタシを遣わせたのだ」
「なに?」
 釧が自分を助けるために遣いをよこしたというのは正直意外であった。
 むしろ背後から斬りつけられる方が確率的には高いと思っていたが、釧という男は陽平の考える人物とは少しばかり差違があるらしい。
「力を貸してくれるってのか?」
「不本意だがな」
 睨むように言葉を紡ぐ輝王に苦笑すると、陽平は先ほど森王が切り離した孔雀型の忍獣サイハの姿を探す。
「陽平、どうした?」
「あのサイハって忍獣…、多分、武装強化用だ。なら、センガのドリルと一緒に装備出来ねぇかと思ってな」
 しかし、そう説明する陽平に答えたのは、この場ではあまりに意外な声だった。
「さすがです。よく気づかれましたね」
「椿さんっ?」
 見れば、忍獣サイハの頭上に人影が見える。それが椿であることはわざわざ確認するまでもない。
「風雅最強の忍獣サイハ、見事使ってみせてください。輝王の巫女、同時にいきますよ」
「は、はいぃ!」
 突然話を振られ慌てる孔雀に不安を煽られながら、陽平は合体の衝撃に身構えた。
「「風雅流武装巨兵之術!」」
 サイハから伸びる七色の帯がクロスフウガを包み、出来上がった七色の繭に輝王とサイハが飛び込んでいく。
 輝王の変化したスパイラルホーンを装着したクロスフウガに、分解したサイハのパーツが飛び込んでいく。
 4枚の刃翼が先端のドリルに装着され、スパイラルホーンはギガンティックホーンへと姿を変える。
 クリムゾンフウガ同様に分解した胸部のパーツは大型のバーニアとして、センガのバーニアパーツを補うように左右に装着される。
 残されたサイハのパーツは翼を前面に閉じることで大型の盾になり、空いたクロスフウガの左腕に装着される。
 刹那、意識が飛びそうになるほどの頭痛が襲いかかり、陽平は仰け反るようにしながらも痛みに耐える。
 おそらく獣王式フウガクナイを、影衣を通じて、獣王の新たな力が情報として流れ込んでいるのだろう。
 同時に陽平の両脇に転送された孔雀と椿に、陽平は無理矢理作った笑みで応え、差し伸べられた椿の手を断り、フラつく足を奮い立たせる。
「ホント、無様かもな…」
 そう言って苦笑を浮かべる陽平に、孔雀は混乱にも似た感覚を覚える。
 この人は、陽平は悪い人ではない。ではいったい何故彼は執拗なまでに釧に敵視されているのだろうか。
 その答えを、今はまだ、誰も教えてはくれない。
「よし、全部繋がったな!!」
 陽平が右腕を振り上げれば、クロスフウガもまた唸りをあげる右腕を振り上げる。
「ウオオオオオオッッ!!!」
 巨大な突撃槍と化したギガンティックホーンが空を裂き、黄金の粒子を撒き散らせながら、クロスフウガは振り上げた腕を突き出した。
輝王式重槍合体ッ、ランサークロスフウガァッ!!!!
 いつもより重く圧し掛かる右腕を握り締め、地上のギガボルトへ向けてすべてのバーニアが点火する。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!! ギぃぃぃオルネえぇっ!!!!」
 黄金の流星となったランサークロスフウガがギガボルトの周囲を覆う雷のカーテンを次々と掻い潜る。
「ならば…我が渾身の一刀でぇぇッ!!!!」
「ざけンなっ!!! 俺はまだ、翡翠を守らなきゃならねぇんだ!!! こんなところで立ち止まるかよぉっっ!!!!」
 陽平とギオルネ。互いの信念が交差する中、二人の咆哮が正面からぶつかり合う。
 大地を、大気を震わせて接近する両者の中でなにかが爆ぜた。
「なぁらばッ!!! 我が全霊のぉ…、業雷ッ、魔刃剣ッッ!!!!
 全身の雷を刀身に集め、ギガボルトの巨体が流星となったランサークロスフウガを迎え撃つ。
「くらいやがれっ! ギオルネっ!! これが俺たちの1人じゃない力だあぁぁっ!!!」
 陽平の姿に、クロスフウガが、センガが、孔雀が、椿が、仲間たちの意思が重なっていく。
 刹那、獅子の咆哮にギガンティックホーンの回転がより早さを増す。それと同時に背中のバーニアがランサークロスフウガを一瞬で不可視の速度まで加速させる。
突貫奥義っ!! 風雅ぁ、金剛ぉ斬っっ!!!!【とっかんおうぎふうがこんごうざん】」
 まるで互いの信念を叩きつけるかのように、正面からぶつかり合う陽平とギオルネ。
 ギガボルトの太刀とランサークロスフウガのギガンティックホーンが重なったのはほんの瞬きの間であった。
 まるでガラスが割れるかのような音を立てて砕ける太刀に、ギガボルトの──ギオルネの目が驚愕に見開かれる。
 ランサークロスフウガの持つ巨大な槍は、すべての雷を貫き、己の意志を貫き、そして、ギガボルトの胸を刺し貫いていく。
「ぐぅうおおお…ぶふぅおぅッ!!!」
 ギガボルトからすべての感覚が遠ざかっていく。
 鮮血を吹き出し、ギガボルトのコックピットで貼り付けのようにうなだれるギオルネは、それが自分の最期だと認識した。
 コンソールの角で何かがチカチカと点滅している。なんてことはない。ただのアラームだ。この戦いに赴く前に存在を確認した、隕石の地球接近を知らせるための警報【アラーム】。
 早々に忍巨兵を、獣王たちを倒してこれに対処するつもりだったが、もはや無用の長物となってしまった。
「くくく…負け……か」
 己の姿を嘲笑うかのように笑みをこぼすギオルネに、陽平は握り締めた拳に伝わる感触を嫌悪する。
「ぎ、ギオルネ…」
「貴様に……そんな顔をされる筋合い…はない。誇るがいい、この……鉄武将ギオルネ…を……討ったのだから」
 深々と、むしろ背中を突き破ったギガンティックホーンをゆっくり引き抜いていく。
「いいこと……を教えてやろ…う。あと……1時間あまりで、ここに星が落ちる」
「星っ!? そりゃぁどういうことだよ!!!」
 明らかに動揺を見せる陽平に、ギオルネはその姿が滑稽だと言わんばかりの笑みを浮かべる。
 腰から下の感覚はすでにない。いや、どうやらすでにそのものがなくなっているようだ。
 そんな姿で陽平を見下している方がよほど滑稽だというのに、なぜか彼の動揺の一挙一動が嬉しくて仕方がない。
「リード……の崩壊は、こんな…離れた星に…も影響を及ぼしただけのこと」

 そうか。これが…

「なんで、そんなことを俺に教える」
「貴様が……勝者だからだ。そし…て、貴様には命を賭してでも……守って…もらわねばならん。信長さまの支配されるこの地を…な」

 これが……一矢報いたということか。

 言葉と共に吹き出す血が、確実にギオルネを死へと追いやっていく。
「申し訳ありません、信長さま……鉄武将、先に……まいり…ま…す」
「ギオルネっ!!」
 ギガボルトの破損個所から溢れ出す光に、ランサークロスフウガは徐にギガンティックホーンを引き抜くと、力の限り飛び退いて距離を取る。
 溢れ出す閃光は徐々にその太さを増し、最終的にはギガボルトまでもを飲み込んでいく。
 音もなく、光と共に消滅する光景に、眩い光の中、陽平は目を細めながら光となって消えゆく鉄の武将を見送った。
 海岸線の一部が形を変えるほどの爆発に、忍巨兵たちは揃って獣岬を振り返る。
「なんとか……終わったな」
 呟くようにそう告げる陽平に、仲間たちはそれぞれ意味ありげな笑みを浮かべたまま倒れ、膝をつく。
 鉄武将ギオルネは落ち、勇者忍軍はようやく束の間の、しかし確実に大きな勝利を得た。












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