降魔宮殿──。 ガーナ・オーダの本拠地ともいうべきここ降魔宮殿は、先の戦いで鉄武将を失ったにもかかわらず、難色を見せるどころか動揺のひとつさえも起こってはいなかった。 それもそのはず。ガーナ・オーダには民などもとより存在しない。そしてなにより、先刻到着した新たな武将によって、場は静寂と化したからにほかならない。 不敵な笑みを浮かべる少女が振るう、鎖のように繋がった刃が床に落ちるのと、蘭丸が現場に現れたのはほぼ同時であった。 辺りにはバラバラにされた下忍が、所狭しと積まれており、蘭丸はこの場唯一の生存者に無言の視線で問いただす。 「よー、蘭。そない睨まんでもえーやんか」 手にした刃を引き戻すと、それは鎧のように少女のしなやかな身体に巻き付けられる。 「心配いらへん、ただの運動やって。なぁ、ヴァル」 「そぉだなレヴィ。まだ足りねぇ分はオメェが相手してくれるのかよ、蘭丸」 いつからそこにいたのか、男が一人、ケケケ、と薄ら笑いを浮かべている。 両者共に、獣のような耳と尾を持ち、鋭い犬歯が口の端から覗いている。 彼らこそがガーナ・オーダが誇る鎧の双武将。男の名をガイ・ヴァルト、女はガイ・レヴィトと言う。 こんな華奢な二人が鎧の双武将だなどと誰か想像しただろうか。しかし、彼らこそガーナ・オーダ最強の城壁と言っても決して過言ではない。 「信長さまにお目通りは」 眉一つ動かさず淡々と告げる蘭丸に、ヴァルトはあからさまな不機嫌を表したかと思うと、その辺りに転がっている下忍の死体に唾を吐き捨てる。 「オメェは口を開きゃ二言目には信長さまかよ…」 「我々は信長さまに遣える家臣だ」 まるで、なにが悪いとでもいいたげな蘭丸に、やはりヴァルトは不機嫌そうに真正面から睨みつける。 「大した忠誠心だぜ」 「君たちに忠義が欠けているのは知っている」 蘭丸の言葉にヴァルトはほぅ、と口の端を釣り上げる。 まさに一触即発の状態を止めに入ったのはレヴィトであった。 「まぁまぁ、蘭も落ち着きぃな」 二人の間に割って入るレヴィトに、蘭丸もヴァルトも仕方なしと口を閉じる。 間に入ったということは、なにかあれば同時に切り捨てるという意思表示だ。 たとえ相手がヴァルトであろうとも、レヴィトは容易く切り捨てるだろう。 「ほら、も〜ぉ仲良しサンやで」 笑ってはいるものの、この女の目は、少しでも動けば襲いかかってきそうなほどに鋭い。 「しっかしアレやなぁ。武将二人もやられてしもぉたんやろ?」 鋼の巨人を操る鉄の武将ギオルネ。 そして、信長のためにと不死の宝を探していた武将帝イーベル。 互いに屈強の猛者であったはずが、こうも早くに落ちることになるとは思ってもみなかった。 「へんっ、それだけ相手が強かっただけだろぉが」 「風雅の忍びかぁ。どんな味がするんやろ?」 二人から放たれる殺気が蘭丸の頬をちりちりと焦がす。 不安は確かにある。しかし、この双武将にかかれば風雅陥落など時間の問題だろう。 (迫る城壁を越えることなどできはしない) くるりと踵を返して場を離れていく二人の背に、蘭丸は哀れむような視線で見送った。 今日は……風雅が落ちる日だ。 勇者忍伝クロスフウガ 巻之十壱:『策略 -The worst day-』 時非高校──。 何事もなく無事に手渡された成績表に、陽平は力尽きたかのように机に突っ伏した。 彼ら風雅忍軍とて、戦いのない日常では学生なのだ。ゆえに学生としての本業はまっとうしなければならないのは至極当然のこと。 数日前に苦しい戦いを切り抜けたとは思えない姿に、幼なじみの光海は呆れたようにため息をついた。 「ヨーヘー、あんまり良くなかった?」 「うるせぇな…。お前は元気でいいよな…」 悪いのは自分だということくらい理解しているつもりだ。 しかしどうしても理不尽さを感じてしまうのが成績というもの。 幼なじみの笑顔の前に、陽平は再び机に突っ伏した。 「追い打ちをかけると、柊くんと楓ちゃんは頭いいよ?」 成績は学年トップだという話だ。 楓ならまだしも柊まで裏切ったか、などと失礼極まりない発言をする陽平に、光海はやれやれと苦笑するしかなかった。 「ところで…覚えてるよね?」 どうやら本当の用事はこっちらしい。 なにやら先ほどから元気だったのは、その用事関係とみてほぼ間違いなさそうだ。 というか、忘れるわけがない。こんな不吉な日が誕生日など、世界広しといえどこいつくらいなものだ。…というのは少々言い過ぎだが、やはり忘れにくいという点は否定しない。 毎年この日には決まって突っ伏している陽平とは違い、光海は毎年この日だけは元気いっぱいだった。 「わーってるよ。帰り付き合えばいいンだろ?」 しかも財布は陽平持ちという地獄の責め苦がオプションだ。 ふと、視界に影が入り込んだ。むしろ、その視線はずっと気がついていたので、いつかはくるだろうと思っていたのだが…。 「なんや、二人してデートか?」 そんな悪友の言葉に、陽平は突っ伏したまま、連行されるんだ、などとボヤいている。 「さよけ」 「毎年恒例のあれだよ」 なるほどと頷く貴仁に、陽平はわかってくれるか!と仰々しく泣き真似までしてみせる。 「ふーん、そんなにイヤなんだぁ」 毎度のことながら、弓矢がしっかりとこめかみに突きつけられているのが相変わらず怖すぎる。 必死になって頭を振る陽平に、いつの間にやらクラスメートの咲までもが混じって笑っている。 「風雅くん、諦めなよ。光海、1ヶ月も前から楽しみにしてたんだから」 「ちょ、ちょっと咲、なにいってるのよ!」 「慌てるところが怪しいっちゅーのはキホンやんな」 「貴仁まで! もぉ、そんなのじゃないわよ」 そんな三人の会話を耳にしながらも、陽平の意識は朦朧としていた。 力が足りない。せっかくの能力も、使いこなせないでは意味がないのだ。 ゆえに、毎晩遅くまで父の指導の下、日々修行に励んでいるわけなのだが…。 (ねみぃ…) 先ほどから突っ伏していたのも、なにも成績が絶望的だったからではない。寝不足が祟り、身体が睡眠を欲しているのだ。 度重なる激戦と修行に、さしもの陽平も体力の限界をきたしていた。 (親父は休めなんて言ってやがるけど……そんな悠長なこと言ってられっかよ) 敵は立て続けに武将を送り込んできたのだ。つまり、ガーナ・オーダはそれだけ焦っている。 (せめて鬼眼くらいはなんとかしねぇと…) 陽平の持つ特殊な瞳、鬼眼は、先の戦いで新たな進化を見せた。 相手の動きをコピーするだけには留まらず、その動きを記憶して、情報として蓄えることができるのだが、後者に至ってはあの戦い以後、一度も発動していない。 「このままじゃやべぇよな…」 思わず言葉にした瞬間、周囲の視線は陽平に集まっていた。 顔を上げ、現状を確認する。 ある者は涙を流して悔しがり、ある者は涙を流して喜んでいる。 貴仁と咲に至ってはよく言ったと背中を叩きまくる始末。 「な、なんなんだよ…」 「せやし、ワイが今のマンマやと光海に悪いやろ?≠チてゆーたら…」 「風雅くんがこのままじゃやべぇな≠チて」 「ああ、それで?」 二人の説明を受けてもよくわかっていない辺りがスーパー鈍感男・陽平なのだが、ここまでくればわざとすっとぼけているようにも感じる。 「だから!風雅くん、光海との関係を進める気になったんでしょ?」 「は?」 咲のとんでも発言に、間抜けにも陽平はポカーンと口を開けて驚いている。 「あのさ……まさか本気で気づいてなかったの?」 咲の言葉はクラスメートたちの総意であるらしく、皆は固唾をのんで陽平の言葉を待つ。 重い空気だった。なんというか、暗く冷たい水の底にいるような感じがする。 動きたくても体が上手く動いてくれないような、そんな感じ。 「ねぇったら!」 「もうやめて、咲!!」 じれた咲の言葉を遮るように、光海の声が教室中に響き渡る。 周囲がざわつく中、咲は改めてここが教室であったことを思い出した。 「ごめん…」 いや、咲は悪くはない。それは皆がわかっていることだ。 「…俺か?」 訳が分からぬままに吊し上げられている気分だ。 だが、光海と貴仁、そして咲以外のクラスメートは明らかにそうだという視線を向けている。 だが、わからないだらけの中で、一つだけわかりかけたことがある。 (それは、光海が俺に──) そんな陽平の思考は中途半端な形でブツリと切れた。 突き刺さるような視線が…、いや、これはそんな生やさしいものではない。 まるで獣が獲物を捉えたような圧倒的な威圧感がこちらに向けられている。 刹那、バタバタッとガラスを叩くような音が鳴り響き、直後、学校中の窓ガラスが粉々に砕け散った。 学校中で上がる生徒たちの悲鳴の中に、凄まじい敵意を感じる。 「なんや……いったい?」 なぜか防空頭巾を装着した貴仁は、よいしょと割れた窓がら身を乗り出す。 「咲、大丈夫?」 「うん。でもなにが起こったの?」 答えを求める光海の視線に、陽平はさっぱりだと頭を振る。 しかし確かなことがひとつだけある。 敵が、ガーナ・オーダが学校に攻めてきた。 逃げまどう生徒たちの中、二つの影が廊下を走り抜ける。 風間……いや、この場合は風魔の兄妹と言うべきなのだろう。 生徒で溢れ返る狭い廊下を高速で走り抜けながら、二人は先ほど聞いた話を思い出していた。 もしも聞いた話が確かなら、陽平の命が危ない。 「どこにいやがる……風雅ぁああッ!!」 突然耳に飛び込んできた怒声に、二人は聞いた話が本当だったのだと確証を得た。 「アニキを探してるおかしなヤツってあれだよね」 「まず間違えようがないわね」 声の主の出で立ちに、楓は呆れたような声を漏らす。 蛮族のような格好に、獣の耳と尾が生えている。 一瞬、新手のコスプレかとも思ったが、この殺意は冗談では済まない。 「「着装っ!」」 忍器を発動させて変化した二人は、間髪入れずに流れるような動作で攻撃に移行する。 「刺貫脚っ!!【しかんきゃく】」 「風魔流、鳳仙花っ!」 楓の投げた無数のクナイが花のように広がり、その中心から柊が飛び出すことで、クナイは更に大きく花を開いて相手の逃げ場をなくす。 さらに術の印を組むことで、不測の事態に備える。 いかに回避不能な技と言えど、通じない相手もいるというのは学習済みだ。 だが、あっけないほどにクナイを全身に受けたガーナ・オーダは、棒立ちのまま柊の蹴りを受け、派手に校内備品をなぎ倒しながら転がっていく。 「ありゃ? なんか拍子抜け」 「油断は──」 油断は禁物。それを口にするよりも早く、二人はハンマーに殴られたような衝撃に頭から床に叩きつけられる。 衝撃の正体が敵の攻撃と気づいたのは、相手と同じように校内備品を派手に薙ぎ倒した後であった。 「ひゃっはぁ!! ちったぁ効いたぜ! オメェらが風雅か!!」 頭を振って立ち上がる二人に、ガーナ・オーダ──ガイ・ヴァルトは舌なめずりをしながら下品な笑みを浮かべる。 「おいおい、まさかもぉオネンネってこったぁねぇよな?」 「あたぼーだいっ!」 「そちらこそ、侮っていると痛い目を見ますよ」 それを合図に3人が高速でのぶつかり合いを開始する。 互いに格闘戦を得意とするヴァルトと柊が正面からぶつかり合い、楓はその高速戦闘の中に得意のクナイを割り込ませる。 たったの数日ではあったが、実家での訓練が少しは役立った。 ある事件で、惑星リードの皇・釧と対峙することになった柊と楓は、二対一であったにも関わらず惨敗した。 その悔しさもあり、わざわざ実家まで赴いて修行をしていたのだが、個々の戦闘力向上に至ることはできなかった。 (だからこそオイラたちは!) (私たちが最も得意とする連携戦を鍛え直したんです!) ヴァルトの獣じみた荒々しい攻撃をかい潜り、二人の拳が同時に顔面を捉える。 「どうだぃ!──って、い゛ぃっ!?」 二人の拳をまともに受けたにも関わらず、ヴァルトの体は吹っ飛ぶどころか仰け反りもしない。 咄嗟に距離を置く二人に、ヴァルトは鼻の頭をコリコリと掻きながら、やはり下品な笑みをこぼした。 「速さはそこそこだな。次はパワーだ…」 拳を握り直すヴァルトに、二人は思わず身構える。 「簡単に壊れるなよ」 ヴァルトの拳が二人の中心を打ち抜いた瞬間、怒号と共に二人の身体が舞い上がった。 時非高校が双武将に襲撃された頃、ある人物が桔梗家に訪れていた。 地球を象徴する青の軍服に身を包み、感慨深く家を見上げるその青年は、鋭い目つきのままインターホンのボタンに指を伸ばす。 キンコーン、という少し古めかしい音が響き、青年はやはり懐かしさに目を細める。 「おや、君は確か…」 突然背後から声をかけられ、青年は勢い良く振り返る。 まったく気配は感じなかった。軍ではそこそこ場数を践んだはずが、相手にこれほどの接近を許したのは訓練生時代以来初めてだった。 だが、相手の正体に気がついたとき、彼は納得がいったとばかりに苦笑を浮かべる。 「お久しぶりです。風雅さん」 「やはり光洋くんか。また、随分と立派になった」 陽平の父・雅夫の言葉に光洋と呼ばれた青年は恐縮です、と頭を下げる。 そして改めて雅夫に直立した光洋は、鋭い顔つきで敬礼する。 「国連軍異常犯罪対策部隊大尉、蓬莱光洋【ほうらいみつひろ】。ただいま帰還致しました!」 蓬莱光洋。雅夫はその名をしっかりと記憶していた。 かつて、複雑な家庭環境から、親戚筋であった桔梗家に引き取られた光洋は、光海の良き兄としてこの桔梗家で家族同然の生活をしていた。 「もう、何年になるかね?」 「はっ。中学校を卒業して直後に入隊しましたので9年になります」 確かに9年も帰省していなければ立派にもなるかもしれない。 それにしても大尉とは。また随分と昇進したものだと感心する。 そう、確か彼が中学卒業後の進路について悩んでいた頃、桔梗家と縁のあった雅夫がまだ設立して間もない国連軍への入隊を勧めたのだ。 彼は、桔梗家の両親に負担なく、尚且つ恩返しができるほどに稼げる職業を探していたのだが、世の中には中卒で受け入れてくれて、尚且つ稼ぎの良い仕事などそうそうないのだ。 そんな中、当時、国連軍にいる人物に顔効きのあった雅夫は、自分の紹介だと紹介状を認めた覚えがある。 「あのとき風雅さんに受けたご恩、一生忘れません」 「そう固くならずともかまわんよ。ところでご両親なら出かけておるよ」 家主不在の家に誰かが訪ねてきていたので、こうして確認にきたわけだが、よもや彼だとは思わなかった。 人生とは思わぬ場所で思いがけない人物と再会するものだ。 「しかし、また急にどうしたのかね?」 帰ってくるにせよ、連絡もなしに来るのはあまりに唐突すぎる。 事実、連絡を入れてから帰ってきていれば、不在ということにはならないものだ。 「はい。自分の準備が整いましたので、光海を迎えにきました」 自信に満ち溢れた光洋の言葉に、雅夫はほぅ、と感嘆の声を漏らすと同時に、彼が良く口にしていた言葉を思い出す。 「光海を伴侶として迎え、オレは桔梗の家族になる」 どうやらそのときが来たらしい。 突然の襲撃に混乱する時非高校では、相変わらず戦闘が続いていた。 教師の指示を受け、避難を開始する生徒に混じりつつ、陽平は光海の手をしっかりと握りしめる。 「着装して影を動く。光海、一緒にこい!」 「う、うん…」 転んだフリをしろとの指示に従い、人波に足を取られたように腰を落とす。 (今だ!) 光海を助け起こすように手を伸ばし、そのまま影の中へと光海を押し倒していく。 後ろの方で咲が光海を呼んでいたようだが、構っている暇はない。 (とにかくひと気のねぇところに出ねぇと…) 影衣に身を包む陽平はともかく、影衣のマフラーを大きく引き伸ばしただけの布にくるまっている光海にどんな影響が出るやもしれない。 そっと頭だけを出したそこは、運がいいのか悪いのか、どうやら手洗いのようだ。 浮き上がるように影から這い出すと、特大マフラーから光海を解放する。 「大丈夫か?」 「うん」 なにやら元気そうな光海に一安心すると、陽平はキョロキョロと辺りを確認する。 どうやら騒ぎとは正反対の場所に出たようだ。 先ほどの派手な爆発音は恐らく風魔の兄妹だ。 「ったく、派手に暴れやがって…」 「でも、二人が考えもなしに建物の中で戦うとは思えないよ」 光海の言ももっともだ。 ならば、なにかの作戦か、場所を移す余裕がないほどの相手なのか二つに一つ。 できれば後者であってほしくない気持ちでいっぱいだった。 「光海は隠れて様子を見てろ。それと、やばくなったら迷わずコウガを呼べよ」 「ヨーヘーは?」 「俺は──」 言葉を続けようとした瞬間、背中に針のような視線が突き刺さる。 光海を抱き上げ、投げたクナイで窓を外し、外へ飛び出して壁を走る。 光海が悲鳴を上げる間もなく、二人のいた手洗いが無数の刃で切り裂かれたかのようにバラバラになっていく。 「よ──」 「しゃべるな! 舌噛むぞ!」 器用に壁を駆け上がり、屋上のフェンスを越えて着地する。 これだけ広ければどこから攻撃されようとも対処ができる。 (どこだ。正面か、後ろか…) だが、予想に反して殺気が放たれた場所は四方のどこでもない。 「真下っ!?」 退くのがあと少しでも遅れていれば、間違いなくバラバラにされるところだった。 抱き上げた光海を下ろし、屋上に空いた穴から飛び出す相手を凝視する。 獣のような耳と尾、そして出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ理想的な女性の体型。 そうだ。相手は女だった。 「んふふ〜♪ メッチャ楽しいわぁ。ウチの剣、こない避けまくったン、自分が初めてや」 どこか無邪気にも感じるその殺気に、光海はゾクリと肩を震わせる。 この相手は人を殺すのが楽しくて仕方がないのだ。 そしてその矛先は今、陽平へと向けられている。 「ナニモンだよ! いきなりとは礼儀がなってねぇンじゃねぇか?」 「礼儀なんか鉄武将にでも任せたらえーねん。って、鉄武将はアンタらが殺したンやったっけ?」 どこか緊張感のないやりとりに、陽平は苛立ちを感じていた。 この相手は今までの相手とまるでタイプが違う。鉄武将や武将帝、蘭丸などとも明らかに違う。目的の為に敵を殺すのではなく、殺す為に目的を作っているかのようだ。 「とりあえず自己紹介や。ウチはガーナ・オーダ、鎧の双武将ガイ・レヴィトや。レヴィってかわいー呼んでくれてええよ」 そう名乗るレヴィトが手首ひ捻るだけで、彼女が手にした奇剣がうねりをあげて回転を始める。 刃の防御は鉄壁であると同時に最大の攻撃とも言える。 レヴィトを取り巻くように回転を続ける奇剣に、陽平は攻めどころを見つけられずにいた。 「ぼーってしてたらアカンで! そんなんでこれがかわせるか?」 レヴィトが突き出す腕に連動して奇剣が陽平に襲いかかる。 咄嗟に光海を突き飛ばし、刃の鎖から身を捩らせる。とにかく光海から離れなければまともに戦うこともできない。 「あっはは♪ 自分やっさし〜なぁ! せやけど…」 蛇のように追いかけてくる奇剣に、陽平は素早く印を組む。 「風遁、旋手裏剣之術っ!!」 陽平の打ち出したかまいたちが奇剣を弾き飛ばす。 だが、一度や二度弾いただけでは止まるような代物ではないらしい。レヴィトが腕を振るうだけで、切っ先は陽平の足下を貫いていく。 (なんて威力だ! しかも軌道が読めねぇから厄介すぎる!!) まるで伸びる上限はないというかのように、屋上全体を取り囲み始める奇剣に、陽平は右に獣王式フウガクナイを、左に数本のクナイを構える。 「きやがれっ!!」 「なんや、なんぞ考えてるみたいやけど……浅はかやでっ!!」 まるで切っ先が分裂したかのように上から襲いかかる奇剣に、陽平はレヴィトへと真っ直ぐに踏み込んでいく。 背後で刃が屋上を砕く音が聞こえているが、気にしている暇はない。 狙うは、レヴィトが腕を振り、それが切っ先に伝わるまでの僅かな間。 レヴィトの動きを封じるようにクナイを投げ、完全に無防備なレヴィトに向けて獣王式フウガクナイを突き出していく。 (もらった!) だが、もう少しで切っ先が届くというところで陽平の額を、砕くような衝撃が襲いかかる。 仰け反る瞬間、レヴィトが指を突き出しているのが見えた。 (まさか……指!?) ごろごろと派手に転がり、屋上の入り口にぶつかって停止する。 額から流れるドロリとした血を拭い、陽平はふらふらと揺らぐ視界でレヴィトを睨みつける。 「てぇめぇ……今の一撃、その剣よか威力あるんじゃねぇのか」 「効くやろ? そんなザマで次の剣を避けられるか〜?」 正直無理だ。軽い脳震盪を起こしているらしく、視界どころか平衡感覚まで狂っている。 こんな状態では投げた小石さえも避ける自信はない。 しかし、どれだけ待とうともレヴィトが攻撃を仕掛ける気配がない。 不審に思い周囲を伺うが、特に変わったものは見あたらな── (光海がいねぇっ!?) 先ほどまでそこにいたはずの光海が、この屋上から完全に姿を消していた。 「なんや。よぉやっと気ぃついたんやな〜」 「てぇめぇ!! あいつをどこにやりやがった!?」 「ここだよバーカ」 刹那、背後に感じる気配に── 「遅ぇッ!!」 唸る剛腕が陽平の間芯を捉えた瞬間、陽平の身体が凄まじい煙と共に破裂した。 なんてことはない。ただのかわり身だ。 貯水タンクの上に飛び乗り、ガーナ・オーダ双武将の姿を改めて確認する。 とんでもない話だ。あれだけの力を備えた武将が二人同時など、正直勝てる気がしない。 (そういや、もう一人は柊と楓が戦ってたんじゃねぇのか?) 「なんだ、お仲間でも探してやがるのか?」 「うっせぇ! てぇめぇとやり合ってた二人はどうした!?」 光海も心配だが、あの二人がいつまでも現れないというのも気になる。 「ああ、あの玩具ならオメェの足下だ」 ヴァルトの言葉にちらりと足下を伺い、そこに広がる光景に膝が砕けそうになる。 青と赤の装束は見る影もなく、顔を覆うマスクも完全に破壊されている。 砕けたマスクから除く顔からは、意識がないのかなんの反応も伺うことはできない。 「もぉちっと頑丈な玩具なら良かったのになぁ?」 ケケケ、と下品な笑みを浮かべるヴァルトに、陽平の理性が飛びかける。 「なんや、すぐに飛びかかってくる思ぅたけど、結構冷静やんか」 正直しそうだったのだが、そんなことをすれば瞬殺されて即全滅だ。それだけは避けねばならない。 柊も楓も生きている。そう自分に言い聞かせることで、溢れそうな怒りを押し留める。 「…………ぅ」 「アン? 命乞いなら聞かねぇぞ」 だが、次の瞬間双武将は屋上から同時にほおり出されることになる。 突然の爆発に顔をしかめつつ、鎧の双武将は何食わぬ顔で地面に着地を決めると、屋上に現れたそれにニヤリと笑みを浮かべる。 白い獅子を象る陽平の忍巨兵、獣王忍者クロスだ。 「出やがったな、獣王!」 「これでウチらも本気でいけるわ!」 二人がなにやら怪しげな術を発動させている隙に、陽平は柊と楓を助け起こすと、クロスの背に飛び乗って学校を後にする。 とにかく今のうちに距離を離して時間を稼ぐしかない。 「アニキ……ごめん」 「しゃべンじゃねぇ。今は黙ってろ…」 頷く柊に、陽平は思案を再開する。 あれだけの手だれだ。光海を取り返すのは容易ではない。 しかしいつまでも手を拱いているわけにはいかない。 「ちくしょう。最悪の誕生日じゃねぇか…」 あの日、この戦いが始まった日も光海を一人にした。 「待ってろ。もう誰も傷つけさせねぇ。俺が最高の誕生日にしてやっからな!」 同時刻、富士の樹海にて
「釧さまぁ、ガーナ・オーダが動いたようですぅ」 |