一足先に降魔宮殿へ帰還していた鎧の双武将は、鬼気迫る形相のまま、蘭丸への苛立ちを1ミリも隠そうともせず、手当たり次第近づくものを破壊していく。
 柱、壁、下忍、忍邪兵の成れの果て、etc.…。その全てが、ガイ・ヴァルトの拳によって大きく穿たれ、ガイ・レヴィトの連結刃によってバラバラに解体されていく。
 もはや動くもの全てが的であり、動かぬものもやはり的であった。
 あらかた暴れ尽くしてようやく落ち着いてきたのか、レヴィトは連結刃を納め、唯一難を逃れたモニターに戦場の様子を映し出す。
 見れば、憎らしい蘭丸の腐獣王と、いけ好かない海王が激しい戦闘を繰り広げているではないか。
「やめねぇか! そんなもの…」
 見るだけで吐き気がするとばかりにヴァルトは壁に拳を叩き付ける。
「ウチかてイヤや。せやけどな…蘭が信長のために用意したちゅー身体がどんなもんか、見届けな気ぃすまへん」
 あの獣王を圧倒したにも関わらず、海王が苦戦を強いられているのは、やはり腐獣王の強大な力がガーナ・オーダのものになりつつあることを示している。
 まるで面白くない。これで失敗のひとつでもしていれば笑ってやろうと思っていたが、蘭丸の作戦は予想以上に順調なようだ。
「風雅の野郎はなにしてやがる…」
 どっちも憎らしいことには変わりはない。それでも今は蘭丸の泣きっ面さえ拝めるのなら風雅が勝つことも悪くないとさえ思えてくる。
「どいつもこいつも、面白くねぇ…!」
「いっそのこと、風雅のこと助けたるっちゅーのはどや?」
 確かにそれは面白くはある。しかし、まだその時ではない。まだ信長の元を離れるわけにはいかないのだ。
「あかん。言ってて虚しぃなってきよった…」
 やはりこんなもの見るべきではなかった。
 そう思った瞬間にはモニターに一筋の閃光が走っていた。
 金属の擦れる音を響かせて手の内に戻っていく連結刃に、レヴィトは小さな溜め息をつく。
「やっぱしウチらには面白ない世界やな…」
 レヴィトの呟きに頷いたヴァルトは、まったくだとばかりに拳を打ち付けた。






 その頃、風雅の里では事態をなんとか収拾すべく、琥珀らによって残る忍巨兵の必死の捜索が行われていた。
 遠い過去、風雅の者たちが残したありとあらゆる資料を調べたにも関わらず、当時最凶と呼ばれた忍巨兵──迅王ライガがどこに封じられたのかをつきとめることができないでいた。
 獣王と同様の機構を持ち、忍獣ボルトタイガーとの三位一体で生まれる迅王式忍者合体ライトニングフウガの性能は、他の忍巨兵の追随を許さない。しかし、致命的な欠点を持つ故に、迅王はガーナ・オーダとはただの一度として相対することなく、未だに地球の何処かに封じられている。
 それは、かの忍巨兵を最凶たらしめたその力──全忍巨兵に用いた技術の全てを注ぎ込み、理論上ではまさに最強の一言。パワー、スピード、運動性、そして強力な術の数々は他の忍巨兵を遥かに上回り、雷遁を圧縮発射可能なボルトパニッシャーを含めた超兵器らは、使用者の巫力を著しく消耗させた。
 忍び頭級の実力を持った忍びを一度の出撃で再起不能にし、幾人もの戦巫女の巫力を枯渇させた。それらから出された結論は、忍者マスター級の忍びと、巫女姫級の巫女が在って初めてまともな戦闘を行うことが出来るということだった。
 要約すると、それだけの忍巨兵を使いこなせる者がいなかったのだ。
 残念なことに当時、地球に降り立った風雅にそれだけの者がいようはずもなく、風雅に力を貸した者たちにもそこまでの実力者はいなかった。
 結局、迅王は使えない、役立たず忍巨兵のレッテルを貼られたまま封じられたのだった。
 正直、今の風雅忍軍にそれだけの実力者は在るのかと問われれば、琥珀は迷わず頭を振るだろう。
 それが可能な者といえばフウガマスターである風雅雅夫を忍びに、力不足ながら自分が巫女を務めるより他ならない。
 それで迅王の力を8割引き出せたらいいところ。下手をすれば半分以下の力で戦うことになる。
「琥珀さま。やはり無謀ではありませんか。そもそも迅王が雅夫さまを認めるとは限りません」
 隣りで資料を整理していた日向の言葉に、琥珀は小さく溜め息をついた。
 そう、確かにこれは賭けなのだ。迅王を首尾よく見つけたとして、迅王が雅夫を忍びに、琥珀を巫女に選ばねば結局ふりだしに戻ることになる。
 残る忍巨兵は五体。風魔の兄妹が開放に向かっている二つ。その性能故に、未だに情報一つ入らない者が一つ。大事な役目を担うため、誰に知られることもなく隠れ潜んでいる盾王。そして迅王の計五体。
 十三の忍巨兵で欠番とされている星王に至っては400年前から行方を眩まし、封印さえされていないはず。
 そうなると、やはり頼みの綱は、今はまだ卵ながらも、風雅唯一の所有忍巨兵である蒼天しかない。
「翡翠…姫の様子は」
「それが、非常に申し上げにくいのですが……どうも眠っておられるようです」
 眠っているという回答に、さすがの琥珀も驚いたのか少し目を丸くしている。
 見れば、確かに翡翠は気持ち良さそうに小さな寝息まで立てている。それも、卵の上で…だ。
 いったいどうやってあそこまで…いや、それ以上に起こした方が…。思わず混乱しそうになる思考を一度落ち着かせ、改めてもう一度翡翠と卵の様子を眺めてみる。
「琥珀さま…」
 起こした方が…と告げる日向に頭を振り、琥珀はじっと卵の様子を伺い続ける。
 仄かな光。明滅ではなくこれは確かな光だ。
「蒼天は…もう目覚めているようです」
 琥珀の言葉に、大急ぎで卵の状態を調べてみれば、そこに表示される情報に思わず我が目を疑った。
「早すぎます…」
 予定されている以上に蒼天の覚醒が早すぎるのだ。確かに目覚めてはいる。だが、このままではいわゆる未熟児の状態なのだ。
 予想数値を遥かに下回る装甲、完全に出来上がっていない身体。このままでは戦闘は愚か、卵から出してしまうことさえ危うくなる。
「でもそんな……いったいどうして。計算ではどれほど早くてもあと三日はかかるはず」
 日向の疑問に、琥珀は無言のまま卵の一点──頂で眠っている翡翠の姿を凝視する。
(まさか……これも奥義書の影響?)
 ガーナ・オーダが血眼になって探し回るリード最大の秘宝、生命の奥義書。その行方を知る者はおらず、当の翡翠さえも自分は持っていないと明言している。
にも関わらず、ガーナ・オーダは翡翠を狙い、琥珀もまた、翡翠が所持していると考えているのか、時折険しい表情を見せている。
 まるでなにか、言いたいことを言い出すことができずに、胸の奥に押し込めているような、どこか悲痛な表情だ。
「ともかく、まだ蒼天を卵から出してしまうわけにはいきません」
 艶やかな黒髪をなびかせながら踵を返す琥珀は、やや小走りで資料室を後にすると、なにかを堪えるようにぎゅっと唇を噛み締める。
 どうしてこう問題というものは重なってしまうのだろうか。
「……弱音を吐いている場合ではありませんね」
 どこか自分を嘲り笑うように苦笑を浮かべると、琥珀はそのしなやかな指先でぎゅっと自らの頬を抓りあげる。
「私は……風雅の統巫女琥珀。逃げ出すことも、捨てることもしない」
 自分に言い聞かせるようはっきりと口にすると、弱気になる自分を再び当主という名の仮面に封じ込めていく。
 獣王を信じ、陽平を信じればひとつの問題は消失したと言える。ならば今、まずやらなければならないことは、蒼天を未完成に終わらせないことだ。
 とにかく翡翠の巫力が卵に与えた影響を調べる必要がある。
 大量の資料を抱えて追いついた日向を促し、琥珀らは工場へと急ぐのだった。






 一見、互角に見えた戦いも、時が経つにつれ明らかな差が生じ始めていた。
 突こうが斬ろうが超速度で復元してしまう腐獣王を相手に、海王単機ではやはり荷が重すぎた。
 海王は確かに強い。しかし、それはあくまで相手にダメージを与えられる場合に限られる。痛みを感じない、ましてや修復する相手には、海王の攻撃は軽すぎるのだ。
 二機の忍獣から成る海王は、確かに他の忍巨兵よりも優れた戦闘力を持つ。だが、合体した大型忍巨兵であるクロスフウガとの差を比べれば、力不足に感じる程度なのだ。
 つまり海王がこれ程までに戦えたのは、奇しくも「忍びなどと古めかしい風習に囚われるつもりはない」と告げた光洋本人の実力に他ならない。
 目的のために海王の力を利用するだけのつもりが、結局は忍びとして海王に力を貸している事実に、海王はマスクの下で苦笑を浮かべる。
「どうした忍巨兵、押されているぞ」
 無茶を言う。そもそもの基本スペックが違いすぎるのに、これだけの戦闘を行えていることだって充分称賛に値する。
 だが、そんな彼を選んだのは海王自身なのだ。多少の無茶など承知の上。
 周囲の水気をかき集め、手にした三叉戟を介してありったけの巫力を練り上げていく。
 サーペントチャージ。海王の技では、群を抜いて破壊力の高いこの攻撃は、威力と引き換えに凄まじい巫力を消耗する。
 だが、双武将の時よりも規模が小さいことに気付かぬ光洋ではない。
 あのときは周囲を満たしていた水気が味方をしてくれたが、ここは水場ではない。威力はあのときの半分にも満たないだろう。
「サーペントチャージを使用後、トルネードランサーに入る」
 やはり無茶を言う。そんな大技を立て続けに二発も打てるはずがない。かといって、一撃目の威力を落とすわけにもいかないのだろう。
(ならば、お前にも少し無茶をしてもらうぞ)
 振りかぶる三叉戟が水気を帯びて、水の龍を象っていく。
 狙うは一点。腐獣王の胸を打ち抜き、頭を飛ばして行動不能にする以外にない。
「サーペント…、チャァァァジッ!!」
 しかし、槍投げのように放つ水の龍は、腐獣王のスパイラルホーンに阻まれ、飛沫となって消え失せていく。だが、それは予測の範疇だ。
 衝突したことで弾け飛ぶ飛沫をも再構成の糧に、海王は渾身の力で足下を打ち抜く。
「水遁、爆流泉之術ッ!!」
 ほとんど力任せに地下水を噴出させ、その全てをトルネードランサーの一撃に注ぎ込んでいく。
「貫け。トルネード…」
 驚くべきことだ。なんの許可もなく光洋の潜在巫力を大量に使用したにも関わらず、彼の脚は揺らぐことなく眼前の水柱を蹴り抜き、必殺の一撃を解き放つ。
「──ランサァァっ!!!」
 一撃に乗せられた力が、反動となって海王に襲いかかる。軸足が地に沈み、風圧が海王の身体を大きくのけ反らせる。
「くっ…!」
 顔をしかめる光洋は、突然襲いかかる眩暈に踏ん張りが利かず、自らの技の反動で引きずられるように後方へと吹っ飛ばされていく。
 だが、その甲斐あってか、威力は申し分ないほどに高まっている。これを受ければたとえ盾王の盾であろうと無事では済まないだろう。
 勝った。渦を巻いて突き進む水の槍に、海王が勝利を確信したその瞬間、二人はその光景に驚愕の表情を浮かべた。
 腐獣王の一角が黄金に輝く螺旋を描き、トルネードランサーの中心目掛けて自らを光の矢に飛び出した。
 螺旋金剛角。その一撃は現存する忍巨兵の技では最高の破壊力を有する。とくに一点にかかる威力は、森王のバスターアーチェリーや、今は亡き戦王のバニッシュキャノンをも上回る。
 だが、このタイミングでこれを放つなど、正気の沙汰ではない。サーペントチャージを弾き飛ばすのに一撃、更にトルネードランサーにもう一撃。
(やつの巫力は底なしかッ!?)
 だが、その回答が導き出されるより早く、水の槍を砕いた黄金の角は、突き破る余波だけで海王の装甲を切り裂き、襲いかかる風圧は忍巨兵の巨体を大地に叩き付ける。
「くっ…!」
 まったくもって信じられないことだ。
 今、強大な力を立て続けに使用したにも関わらず、腐獣王は細部の損傷を修復しているではないか。
 普通では考えられない巫力量だ。いや、これはもうそんな次元の話ではない。
(巫女の身体を媒介に、周囲から無理矢理巫力をかき集めているのか)
 海王の腹を踏み付け勝ち誇る腐獣王を、光洋は歪んだ視界越しに睨み付ける。
 やはり慣れない巫力の使用が祟ったらしい。身体の至る所から力が抜け、気力が萎えていくのを感じる。
「おのれ…」
 海王の眉間に突き付けられたスパイラルホーンが再び回転を始め、まるでなぶるかのようにゆっくりとその距離を縮めていく。
 だが、今まさに突き刺さらんとするその瞬間、横合いから飛び込んできたなにかが腐獣王の巨体を押し退け、海王から遠ざけるかのように弾き飛ばしていく。
 そうだ。まだこの場には忍巨兵が残っていることを忘れられては困る。
「獣王…」
「海王、ここは我々に任せて退くんだ」
「そうそう。ここは俺たちに任せてもらうぜ」
 まだ痛む腹部を押さえながら、「世話かけンじゃねぇよ」と軽口を叩いてみせる陽平に、海王は訝しげな視線を向けるものの、光洋がこれでは仕方なしとゆっくりと後退を始めていく。
「いつかあの野郎にも仕返ししてやンねぇと気が済まねぇな」
 そんなことを呟きながら、迫り来る腐獣王の一撃をかわし、後退と同時にシュートブラスターを撃ち散らす。
 正直、このままでは勝機は薄い。やはりここはなんとしてでも腐獣王から腐王のパーツをはぎ取るしかない。
「首を飛ばしちまえば楽なのによ…!」
 同様にシュートブラスターで撃ち返してくる腐獣王をやり過ごし、陽平は自分の中で最も適した能力を選択していく。
(必要なのは、技でも…武器でもない)
「風遁、虚空閃之術っ!!」
 印を組み、集まる巫力を練り上げていく。頭に思い描く形へと確実に変化させると、それはまだ見ぬ新たな術として獣王の手から放たれた。
 キィィンッ、という甲高い音が響くよりも早く、白い閃光が鋭利な刃物のように腐獣王の左腕をかすめていく。
 さすがに初めて使用する術では、放つことばかりに意識が集中するためか、命中精度が実にいい加減だ。
「くそっ、上手くコントロールできねぇ!!」
 閃光が触れた部分は見事に切り裂かれ、その威力を物語ってはいるものの、いかんせんムラがありすぎる。
「なら、こいつで…!!」
 分解した裂岩を手に、再び風遁の印を組む。
「──どぉだぁっ!!」
 裂岩十字に乗せた風遁が、その切れ味を何倍にも研ぎ澄ませ、腐王のパーツを削ぎ落としていく。
 再び翼に戻る裂岩に確かな手応えを感じると、陽平は自らに眠る巫力の一端を開放していく。
 元々、正規の修行を積んだわけではなかった陽平は、天性の体術に比べ、忍術は素人も同然であった。一発に込める巫力を調整することもできず、気持ちに左右されたムラのある術を放つだけであった。
 だが、武器や体術を用いずに忍術のみで行った先の修行。あれは陽平に劇的な変化をもたらしていた。
 自らの巫力総量の認識。一つの術に対する必要最低限の巫力量の認識。そして、使用巫力の調整技術。
 一朝一夕で玄人…とまでいかずとも、陽平の技術は目覚ましい変化を遂げていた。
 術を直接放つには相応の技術と能力が必要になるのだが、陽平は術を武器や体術に併用することでコントロールなどの細かな技術を省くことに成功したのだ。
 陽平ならではの戦闘スタイルとでもいうべきか。
 しかし、それらがただ術を使用する以上に難しいということには、陽平自身はまったく気付いてはいないのだが…。
 腐獣王が踏み込むのに合わせて体を捌き、風遁の印を組ながらスパイラルホーンに掴み掛かる。
「くぅらいやがれぇっ!!」
 獣王を中心に巻き込まれていく風に、腐獣王の身体がなすすべなく投げ飛ばされていく。
 更に印を組んだまま地面を強く蹴ると、腐獣王が落下するより早くその間合いをゼロにする。
「斬影刀──」
 そのまま霞斬りに繋げるよう、刀を逆手に構える。
 だが、相手も一筋縄ではいかない。投げ飛ばされたムチャクチャな体勢にも関わらず、巫力を光の術に変換すると、スパイラルホーンから金色の渦──サイクロンフレアを解き放つ。
「そんなものでぇ!!」
 まるで渦を潜るかのように風が変化した。咄嗟に霞斬りを疾風斬りに変化させることで、回避運動で失速することなく腐王の肩パーツを削ぎ落としていく。
「こ…の…ままぁ!!」
 空中であるにも関わらず獣王の動きが急激に変化する。途切れることなく何度も高速で斬り抜け、腐獣王を決して逃さぬよう風と刃の渦が出来上がっていく。
「無双霞斬り改め…、封陣・疾風連斬っ!!【ふうじんしっぷうれんざん】」
 ここまで速度が乗ってしまえば中心となる対象に逃げ場はない。後は相手がただ無防備な木偶のように棒立ちで切り刻まれていくだけだ。
 次々に削ぎ落とされていくパーツに、腐獣王が悲鳴にも似た咆哮をあげる。
 パーツを削ぎ落とすだけではそれほど効果は期待できないと思っていたが、どうやら確実にダメージを与えられているようだ。
「ならばっ、このまま丸裸にしてやるっ!!」
 頭部パーツさえ取り除けばカオスフウガは自由を取り戻すはず。
 だが、いざ頭部を狙おうと刀を振るうまでは良かったのだが、先ほどまでとは違いその切っ先がパーツを捉えることなく空を切る。
 当たっていたものが突如として当たらなくなる。それはつまり、腐獣王が陽平の技を見切ったということだ。
(だけど、どうして今になって…!)
 調子に乗って疾風斬りを打ちすぎたか。いや、疾風斬りの本領はその読めない切っ先にある。いかに忍邪兵が高度な学習能力を備えていようとも、容易く見切れるようなものではない。
 しかし、当たらぬものは当たらない。しかも、頭部以外への攻撃までもが空を切り出した以上、このまま続けるのは危険すぎると、陽平は再び腐獣王との距離を開いていく。
「…いったいどうしちまったんだ」
「ワタシにもわからない。気をつけろ、陽平」
 襲いかかる絶岩の嵐を避け、付かず離れずの距離を保ち続ける。
 だが、避けた絶岩の影に隠れた刃が頬を霞めた瞬間、背後からの衝撃に獣王が前のめりになる。
「な──っ!?」
 完全にこちらの裏をかかれた。回転を利用して背後を斬りつけるが、やはり僅かに届かない。
 更に押し込むように刀を突き入れるが、完全に見切られている。
「なんだ…なんなんだこの違和感は!?」
 まるで別人と戦っているような違和感がどうしても拭えない。
 かつて、陽平と対峙した楓がまったく同じ感覚を体験しているのだが、それは陽平の預り知らぬこと。
 だが、陽平にとってこの感覚がなんであるかなど、今更確かめる必要もないこと。
 この気配、この闘気、命を弄ぶ忍邪兵に出せるものではない。
「既に目覚めていたのか…」
 獣王の言葉に、腐獣王内で絡み付く触手の束が僅かに緩む。触手と触手の隙間から覗くその瞳に、陽平はやはりと頬に伝う汗を拭う。
「……釧」
 陽平の声に、釧は静かに瞳を開いた。












<NEXT>