風雅忍軍は疲弊しきっていた。
 度重なるガーナ・オーダの武将との戦い。リードの皇、釧と、その忍巨兵カオスフウガとの死闘。
 激しくも苦しい戦いの末、辛くも救出に成功した森王コウガの巫女、桔梗光海は長時間に渡る巫力の放出で著しく消耗し、風魔の忍巨兵ダブルフウマもまた、鎧の双武将との戦いに傷つき倒れた。
 そしてなにより、最強の忍巨兵と呼ばれた獣王クロスフウガは、好敵手カオスフウガとの激闘の果てにその命を落とした。
 当然ながら、勇者忍者シャドウフウガである風雅陽平のダメージも、決して軽いものではなかった。あれだけの傷を負いながら、新型とはいえ生まれたての忍巨兵、蒼天の竜王ヴァルフウガを駆り、賢王トウガの変態した腐王ドウザと融合したカオスフウガ・ストライカー──カオスケラードストライカーを撃退できたのは、偏に陽平の想いと覚悟から生み出された結果に他ならない。
 最期まで決して諦めない姿勢を見せ続けた者たちが、死力以上の力を出し切ったあの戦いより二日。風魔の兄妹は無事に使命を果たして帰還。光海もようやく起きられるまでに回復した。
 嵐のような戦いはひとまず終わりを告げ、一同が互いに無事な姿を見ることで、彼らは安堵の息を漏らすことができた。
 カオスフウガの涙雨とも感じられた連日の雨もあがり、ようやく風雅の里にも太陽の光が降り注いでいた。






勇者忍伝クロスフウガ

巻之十七:『暴竜 - Day of flame dragon -』







 目が覚めたとき、輝王の巫女、孔雀は、真っ先に主の姿を探していた。
 あの悪夢のような出来事が、本当にただの夢であればいい。そんな藁にもすがるような気持ちで釧の姿を、釧との繋がりを探す。
 孔雀は、釧の半身ともいうべき忍巨兵、カオスフウガの巫女としても契約したため、彼の持つ忍器、獣王式フウガクナイを感じ取ることができる。それは、言葉よりも確かな、釧と孔雀を結ぶ繋がりだった。
「釧さま…」
 輝王の勾玉を握り締め、こちらからカオスフウガの気配を探るが一向にそれらしい気配はない。
 もしや、釧の身になにかあったのでは。
(そんなはずないです。釧さまは、誰よりもお強い方…)
 自身の考えを否定するようにブンブンと頭を振り、孔雀はまず、自分の置かれた状況を確認するために一番手近な襖を引いてみた。
 結界があるわけでもなく、見張りがついているわけでもない。すんなりと外に繋がった室内から僅かに踏み出すと、孔雀は胸一杯に新鮮な空気を吸い込んだ。
「──ケホ、ケホ」
 吸い込みすぎてむせ返りながらも、孔雀はここが何処なのかをようやく理解した。
「風雅の…里」
 ここ地球における風雅忍軍の隠れ家であり、ガーナ・オーダに対する最終拠点でもあるここは、何層にも張り巡らされた有識結界によって人知れず出雲の山中に存在している。
 有識結界とは、簡単に言ってしまえば隠すためのものではなく、人の意識が向かないようにするためのものを言う。目で見てもそれと認識できず、そこを通りそうになっても無意識的にここは通れない≠ニ認識してしまう。つまり、認識を逸らす結界というわけだ。
 その中にいるということは、十中八九風雅の人間に保護されたということになる。
 でも、いったい誰が。
 孔雀のそんな疑問は、現れた人物によってすぐに解消されることとなった。
「目覚めましたね、孔雀」
 そんな優しい声のした方へ振り返る。
 その姿は記憶にないが、感じる巫力を間違えるはずもない。
 慌てて膝と両手をついた孔雀は、歩み寄る美しい巫女──琥珀に、深々と頭を下げ──

ガンッ!

 あまりにもニブイ音が鳴ったため、琥珀までもがビクリと肩を震わせる。
 気遣いながら、少しだけ頭を上げる孔雀の額に細くしなやかな指先を伸ばすと、淡い光が赤みの差したオデコを癒していく。
 治癒の巫力──斜陽【しゃよう】と言われるこの力は、同年代でありながら優れた力を持っていた友達。身分を見れば友達などと恐れ多いのだが、それでも友達と呼んでくれた統巫女の女の子が孔雀に教えてくれたもの。
「そそっかしいのは変わりませんね、孔雀」
 初めて出会ったあの日も、孔雀は緊張のあまりに袴の裾を踏んで盛大にコケてみせたのだが、彼女は今のように巫力斜陽を用いて赤みの差した額を癒すと、お日様のような優しい笑みを浮かべたのだった。
「琥珀…さまぁ」
「ん…。また会えて嬉しい」
 孔雀の小さな身体を包み込むように抱き締めると、琥珀は睫毛を震わせながら、腕の中の暖かさを実感していた。
「ありがとう、孔雀。無事に目覚めてくれて…本当に…」
 かけられた優しい言葉に、堰を切ったように孔雀の瞳から涙がこぼれ落ちていく。
「琥珀さまぁ…!」
 声を上げて涙を流す小さな巫女が、久方振りに見せることができた、普通の少女らしい姿に安堵の息を漏らしながらも、琥珀はひとつ、またひとつと繋がっていく風雅の絆に、確かな強さを感じていた。






 風雅発祥の地、今は亡き星リードの姫──翡翠を主とした勇者忍者、風雅陽平が目覚めて最初に思い浮かべた言葉は学校≠セった。
 だが、耳に入る蝉の鳴き声や、じりじりと肌を焼くような夏の陽射しが、今は夏休みであったことを否応なしに思い出させてくれた。
 寝汗で気持ちの悪いシャツが身体に絡み付いてくるような感覚に、少しの間我慢していた陽平も、ついにはシャツを脱ぎ捨てるという強行策をとる。
 ここ風雅の里は、山奥にある隠れ里だ。故に都会よりは幾分か涼しいはずなのだが、この暑さを感じていると、地球の温暖化も深刻な状態なのだと、今更にして思い知らされる。
(ってか、去年の夏も同じこと考えてなかったか…)
 つまり、年々暑くなっているということなのだろう。
 いい加減、思考がハッキリしてしまった状態で寝ているのもどうかと思い、陽平は身体を起こしながら枕元に置かれた手拭いで全身の汗を拭いていく。放って置くよりは幾分かマシなのだが、どうにも手拭いだけでは清涼感は得られない。
「やっぱ風呂かな…」
 里に来たばかりのときは慌ただしく、とても楽しむような余裕はなかったが、檜造りの広い風呂だったことはハッキリと覚えている。かなり本格的なお風呂だけに、やはり時非へ帰る前に楽しんでおきたいと思うのは、人として当然の反応だと思う。
(こんな時間に、誰が入るわけでもねぇからな)
 そうと決まれば話は早い。
 陽平は、新しいシャツに身を包み、布団を三つ折りに部屋の隅へ片付けると、用意された着替えと手拭いを小脇に抱える。
「こうしてるとさ、なんか旅行に来たみたいだよな、クロス」
 既に腰に差しておいた獣王式フウガクナイへ意識を向け、当たり前のように話しかけたところで、ようやくいない≠ニいう現実を思い出す。
 未だに消えない敗北の感覚。その二文字は、陽平に言葉の意味以上のものを残していった。
 気付かぬうちに強張った表情を、なんとか普段通りに戻し、気を取り直して与えられた部屋を出る。
 相棒を失った傷は、そう容易く癒えるものではない。
 しかし、だからと言って、いつまでも暗い表情でいるわけにもいかず、空元気も元気のうちと普段を演じているわけだが、正直自分がこれほど表情に出やすいとは思ってもみなかった。もっとも、周りにしてみれば、ずっとそうだっただろうと、激しいツッコミを入れる場面には違いない。
 まったくもって広い屋敷だと溜め息をつくと、陽平は人の気配を気にしながら長い廊下を進んでいく。
 これだけ大きなものが、よくもまぁ見つからないものだと感心する。それが隠れ里故だというのならば、まだ他にも見つかっていない隠れ里がいくつもあるのかもしれない。そして、そこには陽平のまだ見ぬ忍者の物語があるのだとしたら…。
(やべぇ。スッゲェ探してみてぇ…)
 なにやら想像の羽がひとりでに羽ばたいているらしく、陽平の頭は一瞬にしてまだ見ぬ忍者一色に染め上げられる。
 らしいと言えば、あまりに陽平らしすぎる思考回路である。
 浴場と廊下を隔てる木造の戸を前に歩みを止めると、陽平は傷だらけのゲンコツで何度かノックする。
 さしもの陽平とて、いきなり開けてお約束な展開をかますなどという愚行を犯すことはない。
 誰かがいるらしく、中で動く気配を感じた。しかし、人というものは誰しも各々の考えで動く生き物であり、陽平がその行動の全てを把握できるわけもない。故に、それは唐突に陽平の背後に迫ってきた。全速力で、ただ一直線に、陽平の背中を目指して。
「ようへいっ!」
「翡翠…──かっ!?」
 勢いをまったく殺すことなく飛び込んできた翡翠にしっかりと反応したにも関わらず、陽平はゆっくりとスローモーションのようによろめき、勢い余って手を突いた戸がミシッ、と嫌な音を立てる。
 こんなお約束的な行為はするまいと、しっかりと警戒したにも関わらず、無惨にも戸は縁を離れ、陽平は満面の笑みを浮かべる翡翠を見ながら、滝のような涙を流して倒れ込んだ。
 派手な音が廊下に響き渡り、顔をしかめながら陽平は、まず抱き付いたままの翡翠が無事なことを確認する。
 続いて、自分が現在置かれた状況を確認する。
 当たり前のように眼前に広がる脱衣所は、それこそ温泉宿のそれのように広かった。しかし、温泉宿との違いは、たくさんの旅行客の姿はなく、ただひとりだけ、見覚えのない少女の姿があっただけ。いや、彼女は確か…。
「日向…さん?」
「陽平…さん?」
 両者、共に見つめ合ったまま硬直すること数秒間。このとき、二人の表情はこの世ならざる者を見たように引きつっていたという。
「ひなたはおふろ?」
「え…えぇ。忍巨兵の整備で徹夜していた…もの…で」
 震える声で、辛うじて翡翠に受け答えするが、再び視線が陽平と交差した瞬間、空気がビリビリと震えんばかりの悲鳴をあげた。






 どこからか聞こえてきた悲鳴に、風魔楓は呆れたように溜め息をついた。
 そんなわざとらしい行為に苦笑しながらも、楓が背にした木の枝に逆さまでぶら下がる柊は、どこか平和な日常の空気が漂う屋敷を羨ましそうに眺めている。
 戦線を離れ、新たな力を手にするために各地へ飛んだ二人だったが、いざ急ぎ帰ってみれば戦いは終わり、光海も無事に救出され、釧とカオスフウガも倒したという。
 好敵手を倒し、新しい力を手に入れて万々歳。といいたいところだが、大局を見た場合、獣王クロスフウガという大きな犠牲を払って手にした勝利にしては、あまりに小さな戦果であったと言わざるを得ない。
 確かに釧とカオスフウガは強敵だ。彼がクロスフウガを狙っていたことも知っている。しかし、彼は風雅が倒すべき相手、ガーナ・オーダではないのだ。
 ガーナ・オーダにしてみれば、風雅同士が潰し合いをしていたにすぎない今回の戦い。やはり意味のない戦いであったことは、言うまでもない。
「いーじゃん。光海さんも無事。アニキも獣王に代わる竜王を手に入れた。そんな楓が心配することないと思うケド?」
 しかし、楓の表情は依然として晴れることはない。それどころか、柊の言葉に対して、なにか言いたげな視線を向けている。
「なに?」
「獣王に代わる忍巨兵はない。それは先輩自身が一番わかっているはず…」
 楓の言いたいことは、柊にもわかる。
 獣王とは、風雅にとって最強の巨兵であったと同時に、ひとつの言霊でもあった。獣王がいると思うだけで、苦しい戦にも勝てる気がした。そして、獣王ならば必ずガーナ・オーダを倒すと誰もが信じて疑わなかった。だが、現実は違った。獣王は破れ、追い込まれた風雅は、奇跡的に生まれた竜王によって、辛うじて勝利を拾うことができたのだ。
 精神的にも、肉体的にも疲労困憊なのは、決して陽平たちだけではない。
 こんな状態で風雅は、この先を戦い抜けるのか。それが楓の心配であった。
 楽観視するわけにはいかない。少なくとも、楓だけは現実主義者でいなければならない。それが、陽平を常に勝利へ導くことに繋がると信じて。
「どうしてガーナ・オーダはなにも仕掛けてこないのかしら」
 こんな状況だ。それこそ作戦行動を起こすには、絶好の機会のはずだ。
「釧のアニキが負けたことが堪えた…はずないか。確かにヘンだよね」
 そう考えると、二人の姉──椿が、身体を休めながらも警戒を怠るなと言ったのが頷ける。もっとも、言われなくとも警戒を解くような育てられ方をされた覚えはない。
「椿姉さ、なーんかピリピリしてンだよね」
 それは楓も薄々感じていたことだった。
 いつも凛として、どこか冷たささえ感じる姉は、ここ数日、なにかに焦っているかのようにピリピリしている。その理由まではわからなかったが、いつもの椿らしくないことくらい見ればわかる。あの背中をずっと追いかけていたのだ。気付かない方がどうかしている。
 しかし、楓の口を突いて出たのは心配の言葉ではなかった。
「姉さんはいいの。それよりも、ガーナ・オーダの動き、探った方がいいかもしれない」
 そうは言ったものの、いったいどこを探せばいいのやら。それは柊も同様で、腕を組むと考え込むように唸り出した。
 そんな柊の姿に、下手な考え休むに似たり≠ニいう言葉が過ぎっていったのは、きっと気のせいではないはずだ。
「とにかく…」
 もたれかかっていた木から背を離し、楓はいつものように長い黒髪をポニーテールに束ねる。眼鏡も外し、いつもよりも厳しい目付きに変わった楓は、柊が言葉をかけるより早く木に飛び乗ると、瞬く間に森の中へと姿を消してしまった。
 一人残された柊は一息で枝の上へ起き上がると、少し遠目に見える光景に、小さな溜め息をついた。
 柊の視線の先では、翡翠を腰に巻き付け…というか翡翠がしがみついているのだが、そんな翡翠を尾のように振り回しながら、光海の射る矢の嵐から、命からがら逃れている陽平の姿があった。
 なんというか、平和過ぎる。いつも通り過ぎて拍子抜けするくらいに平和過ぎる。
 あの光景こそが、柊にとっての日常なのだ。だから、あれを見ているだけで、余計な不安も、心配も、全てが杞憂であるかのような気がしてくる。
「考え過ぎだよ…」
 届くはずのない言葉を呟き、柊は眠りにつくかのように木に寄り掛かる。瞳を閉じ、我関せずとばかりに小さな寝息まで立て始める始末。
 しかし、彼らの気付かぬところに、ガーナ・オーダの魔手が迫っていることに、柊は愚か、まだ誰一人として知るよしもなかった。












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