陽平不在の勇者忍軍は、数時間前までガーナ・オーダに捕らえられていた翡翠を、琥珀に診てもらうため、風雅の里に戻っていた。
鎧の双武将を討ち取った後、翡翠はすぐに目を覚ました。だが、何やら気分が優れないと不調を訴えたため、こうして一時的に帰還したわけだ。
本当ならば、すぐにでも消えた竜王と陽平の捜索に出たかったのだが、誰もがダメージを残し、角王の四人に至っては初の合体ということで、皆が消耗しきっていた。
兎に角、少しでも身体を休めなければ、武将クラスの敵と遭遇したときに命を落としかねない。
だが、心配なのは決して、体調の事だけではなかった。
今、光海は一人きりで縁側に座っている。
周りには、他の仲間たちの影はなく、光海の溜め息がその事を指しているのは、容易に想像がつく。
楓は少しでも休むと横になっているし、柊はリラックスするからと、ふらりと出ていってしまった。
日向は忍巨兵の整備をした後に休むと言っていたが、実際休む暇があるのかは怪しいところだ。
瑪瑙は風雅の里には来ず、途中で別れたので確かではないが、おそらくは自宅に帰ったものと思われる。
そんな仲間たちの姿を思い描きながら光海は、なんと協調性のないチームだと頭痛を堪えるように頭を抱える。
中学生のクラブ活動でも、これより幾らかはマシだ。
そもそも、皆戦う動機が違うのだから無理はないのだが、それにしてもこれは、あまりにバラバラすぎる気がする。
今までと大差ないはずが、どうして今になって目立つようになったのだろうか。
その答えは、至極簡単。
それは、光海だけでなく、勇者忍軍というチームのきっかけそのものが風雅陽平その人だからだ。だからこそ、集まるべき点を見失い、輪がバラけてしまっている。
基本的には個人行動を得意とする忍者に、チームワークを求めるのが間違いだ、などと思うつもりはない。
それこそ、今チームワークを欠けば、間違いなく勇者忍軍は壊滅する。
縁側で膝を抱えて蹲り、光海は本日何度目かの溜め息をついた。
「ヨーヘー、早く帰ってきてよ」
チームワークの事だけではない。伝えたい気持ちが、聞いてほしい言葉がある。
伝えたい気持ちといえば、孔雀はどうしているのだろうか。
あの後、急に倒れた釧もまた、風雅の里に連れ帰っているのだが、孔雀は休まずに彼を看病すると言っていた。
釧の事だ。大事はないだろうが、心配で小さな胸を痛めている孔雀を思うと、そうとばかり言ってはいられない。
正直なところ、釧には尋ねてみたい事が山程ある。できれば早く、目を覚ましてもらいたいものだ。
考えてばかりで重たくなりそうな頭を押さえながら、光海は背後に近付いた足音にゆっくりと振り返る。
「みつみ」
声をかけられるより先に、背後の相手が誰だかわかってしまう辺り、光海もいい加減人間離れしてきたかもしれない。
顔色は良く、声にも元気が戻っている。こうしていつもの笑顔を見ると、自分の心配が取り越し苦労だったことを実感させられる。
「翡翠ちゃん。もう、大丈夫なの?」
「ん。だいじょーぶ」
隣りに腰を下ろし、どこか遠くを見るような翡翠の表情に、光海は小さく安堵の息を漏らした。
「みつみ」
「なに?」
くい、と服を摘まれ、翡翠に視線をやる。
「助けてくれて、ありがとう」
わざわざそれを言うためにここに来たのだろうか。翡翠の性格からして十分にありえる話だが、猫のように擦り寄る翡翠の姿に、ようやくその意図を理解することができた。
翡翠はただ、寂しいのだ。
そんな翡翠の身体を引き寄せるように抱き締め、柔らかな太陽の匂いがする髪に頬を寄せる。
少し驚いた様子を見せる翡翠も、光海の様子から何かを感じたのだろう。
二人の考える事は一つだった。
「ようへい」
「うん。ほんと、何処行っちゃったんだろうね。あのばか」
だが、陽平は翡翠を守ると、光海をずっと見ていると言った。
たまにヌけている事もあるが、陽平は基本的にウソはつかない。
だからきっと帰ってくる。
今は、ただその時を待つだけだ。
だが、ふとした瞬間に覗き見た翡翠の表情に、光海は小さく驚きの声をあげる。
「ひ、翡翠ちゃん」
顔は青ざめ、身体は痙攣しているかのように、小刻みに震えている。
「それ、だめェ!」
悲鳴のような翡翠の叫びは、遠く東の空へと向けられる。
まるでそれを合図にしたかのように、空を見上げた者たちは瞬時に悟っていた。
何か、自分たちの想像を遥かに超えたモノが来ると。
時は、僅かにさかのぼる。
鉄武将、武将帝に続き、鎧の双武将までもが敗れた報せは、降魔宮殿最深部の織田信長にまで届いていた。
薄明かりの照らし出す中、甲冑の隙間でゆらゆらと揺らめく青白い炎こそがガーナ・オーダの王、織田信長の魂なのだが、それはいつも以上に大きな炎を灯し、信長の心中を表すかのように強く波打っていた。
氷のように冷たい黒塗りの床に跪く蘭丸は、主の怒りにただただ平伏すしかなかった。
見られている。瞳などあるはずもない、魂だけの主の視線が、見えない圧力となって蘭丸を押さえ付ける。
抗う事は許されない。これは、蘭丸に与えられた罰なのだから。
しかしどうしたことか、突然軽くなった自身の体に、蘭丸は目を白黒させながら狼狽の色を見せる。
『蘭丸』
その声は、謁見の間に遠雷の如く響き渡る。
視線などとは比べ物にならない寒気が、蘭丸の身体を貫いていく。
『我が六翼の、半数以上が費えた』
織田信長の六翼。鉄武将ギオルネ。武将帝イーベル。鎧の双武将ガイ・レヴィトとガイ・ヴァルト。信長の懐刀、森蘭丸。そしてもう一人、人であった頃より信長に仕えるサルと呼ばれた武将。
彼らは皆、人外の魔物となった信長の力によって、人を超えた能力を手にした者たちだ。
ある者は妖刀から姿を変え、ある者は獣から姿を変えた。
六人の思惑は違えど、どれも信長にとっては使える手駒であったというのに。
『この失態……どう償うつもりか』
声帯はない。故に、感情は声量ではなく、圧力となって蘭丸に降り注いでいく。
「も……ぅしわけ、ありません」
床に頬を押さえ付けられ、まるで頭を踏み躙られたように頭蓋骨が悲鳴をあげる。 「ぉ、ゆるしを……!」
『ならん』
その一言が、巨大なハンマーのように蘭丸に叩き付けられる。
繋がったばかりの右腕がおかしな方向にへし折れ、耐え切れなかった新しい腕の骨が、次々に粉砕されていく。
「ぁ、ああッ!」
毛細血管も破裂していたのか、吹き出す鮮血が黒塗りの床を赤く染め上げていく。 殺される。この状況で、そう感じない者など存在しないだろう。
蘭丸もまた、例に漏れることなく、主の怒りに死を覚悟していた。
全ては、主の怒りを買った自身の責任だ。
だが、意外にもそれを止めたのは、残された最後の武将の姿であった。
『サルか』
「畏れながら、私めの用意しております策に、蘭丸殿の手をお借りしたく参上仕りました」
策、という言葉に、信長の圧力が和らいでいくのがわかる。
許したわけではない。ましてや、助かったわけでもない。
主は、サルの策とやらに興味を持たれただけの話だ。
『策……』
主の問いに、サルと呼ばれた老武将は深々と頭を垂れる。
『申してみよ』
「はっ。風雅めを必ずや壊滅させる案にございます。失礼ながら、御耳を拝借しとうございます」
次の瞬間、老武将の姿が消え、ゆらゆらと青白い炎の揺らめく甲冑のすぐ隣りに現れる。
「然らば……」
蘭丸の位置からでは話の内容まではわからない。しかし、信長の怒りがみるみる内に小さくなっていくのはわかる。
『よかろう』
その一言で老武将が元の位置に戻ると、甲冑の隙間という隙間から青白い炎が一斉に吹き出した。
『サル』
「はっ!」
一喝のような呼び掛けに、老武将が跪いて頭を下げる。
『蘭丸』
「ははっ!」
ひしゃげた腕を無理矢理つき、蘭丸もまた頭を垂れる。
『今すぐに、その策を実行せよ』
「畏れながら、若干の時を頂きとうございます。なにぶん、アレが完成せぬことには策にはなりませぬ故」
老武将の進言に、再び重苦しい沈黙が流れた。
しかしそれも一瞬。
信長の炎が甲冑の右腕を包み込むと、まるで生きているかのように腕が動き出した。
『一度だけだ』
突如、虚空から現れた大太刀が右腕を切り落とし、床に落ちたはずの腕が、水面に沈むように黒塗りの床へと溶け込んでいく。
『風雅の忍巨兵ども。我が力の一端、とくと見よ』
それは突如として、日本の首都圏上空に現れた。
分厚い雲を突き破り、巨大な右腕が大地を掴まんと、ゆっくりと降下してくる。
それが信長の腕だと知る者はいない。
しかし、見る者は口々に絶望を言葉にし、神に祈るように天を仰ぐ。
混乱と悲鳴。生き延びたいという本能が、隣人を押し退けてでも我が身を走らせる。
交通機関は騒ぎのために麻痺。路上に車を乗り捨てて、次々に人が逃げ出していく。
そんな逃げ惑う人々を嘲笑うかのように、一筋の閃光が地上を一直線に薙払っていく。
爆発と悲鳴が溢れ返る中、その閃光が巨大な腕の中央辺りに現れた瞳から放たれた物だと気付いた者は少ない。
だが、気付いてしまった者の混乱が新たな混乱を呼び、気が付けば異形の怪物への恐怖だけが人々の心に広がっていた。
スクランブルのかかった国連軍の戦闘機がミサイル攻撃を開始するが、瞳の放つ閃光の前に、ミサイルもろとも戦闘機が蚊トンボのように撃ち落とされていく。
攻撃射程内に入った戦車は、地面から生えた不気味な触手によって貫かれ、一つ残らず木っ端微塵のスクラップに変わっていく。
情け容赦などない。そこにあるのは、異形の放つ恐怖と、ただの破壊衝動のみ。
だが、人とて畏縮する者ばかりではない。
突如飛来した水の槍が異形の瞳に突き刺さり、放とうとしていた閃光が誘爆を起こす。
「化け物め」
「おそらくは新手の忍邪兵。どうする」
戦場に舞い降りた藍色の忍巨兵は、打ち込んだ技の残滓である水を振り払い、三又の矛を手に身構える。
「殲滅しろ、忍巨兵」
「了解だ、軍人」
国連軍の軍人、蓬莱光洋と、海王忍者レイガ。釧と同じく風雅に属さない忍巨兵の一つだ。
海王は、空いた手に火縄銃のような形状の武器を構えると、周囲の水気をかき集めて銃口に巨大な水球を作り出す。
「封泉滴」
「スプラッシュショット!」
撃ち出された超圧縮された水弾が異形の化け物に着弾すると同時に、弾けた水を三叉戟に集めて一気に間合いを詰める。
「尖水突! 昇れ、水龍ッ!」
「サーペントチャー……」
水龍と化した三叉戟を振りかぶった瞬間、足下から襲いかかる触手が、海王を突き上げのけ反りながら吹っ飛ばされていく。
歩道橋をへし折って尚転がり続ける海王は、地面を掴むように指先を突き立ててブレーキをかける。
国道に穿たれた四本の指跡が、今の一撃の破壊力を嫌と言うほど物語ってくれる。 双武将などとは比べ物にならない力だ。
下手をすれば、今の一撃で落とされていた可能性もある。
「油断するな!」
海王だけでなく、自分自身にも言い聞かせるように吐き捨てる光洋は、震える膝を殴り付けると無理矢理立ち上がる。
三叉戟とビルを支えに立上がり、海王は眼前にそびえ立つ巨大な腕に舌打ちした。 軍の基地にて、海王レイガから情報を得ていた光洋は、勇者忍軍と双武将の戦いのあらましを耳にしたとき、激しく後悔した。
よりにもよって、光海の危機に気付けなかった事は、光洋にとって最大の汚点と言っても過言ではない。
だからこそ、光洋はこうして現れたガーナ・オーダを我先にと倒しに現れたのだが、いかんせん相手が悪過ぎた。
これだけの差を見せつけられ、戦意を失わないのはさすが軍人といったところか。 まだ足の痺れが回復しきらない状態の光洋に、異形の右腕は容赦ない攻撃を仕掛けてくる。
地面から生えてくる触手が海王を空高く突き上げると、腕の中心辺りに現れた瞳が、針のように細い閃光を無数に撃ち散らす。
先ほどの光線が集束版ならば、こちらの閃光は拡散版といったところか。
おそらくこれに当たれば、傷のない部分を探す方が難しい身体にされかねない。
空中で自由の利かない体勢で封泉滴を構えると、集めた水弾を盾に、無限のように放たれる閃光に耐え続ける。
だが、それも保って数秒。
次の瞬間、水弾は容易く粉々に打ち砕かれ、閃光は海王の身体を次々に貫いていく。
針が刺したような傷跡が全身に刻まれ、海王の藍色がまるでボーリングのように電話ボックスや街灯を薙払っていく。
「くッ……」
握り締める拳に力が入らない。
「まさか、これほどの相手とは」
腕を突き、軋む身体を叩き起こしながら海王は自身の見解の甘さを嘆く。
「くッ、不味いぞ!」
立ち上がろうとするが、転がった拍子に突き破った地下鉄に足が挟まっているため、思うように抜け出せない。
それを知ってか知らずか、ゆっくりと鎌首を持ち上げる触手が一斉にこちらを向き、一糸乱れぬ動きで海王に襲いかかる。
そのとき確かに見た。触手の先端に見えたあれは、牙でも刃でもない。
(爪っ! 巨大な指だとッ!)
あの全てを、まともに食らうわけにはいかない。
なけなしの防御にと腕を交差するが、それが何の意味も成さないことは、あの攻撃を受けた自分が一番良く分かっている。
だが、触手が海王を貫く正にその瞬間、空から降り注ぐ無数の閃光が全ての触手を撃ち貫き、ボロ雑巾のように地面に叩き落とす。
太陽を背に現れたそれは、大きな白翼を持った一角の人馬。
「な……に!」
光洋も、海王すらも見たことのない忍巨兵がそこにいた。
「角王戦馬、トライホーンフウガ参上ッ!」
勇ましく弓を構えるその姿に、すぐに察することができた。
あれが、光海なのだ。
瞬く間に再生を果たす触手の群れに、弓を薙刀に持ち替えた角王が一気に駆け降りていく。
「たあァ!」
気合い一閃。
一撃で触手を切り払い、無防備な本体に胸を飾る鹿の大角が、緑の雷を放つ。
それに続くよう、猛禽類のように舞い降りた双王参式が赤い熱閃を放ち、雷と炎の直撃が凄まじい爆発を巻き起こす。
「忍巨兵、あれが時間を稼いでいる間に抜け出せ」
「わかっている」
だが、あの技の直撃を受けて無事であるはずがない。今の攻撃には、それだけの破壊力はあったはずだ。
しかし光洋は、倒せぬとわかり切ったように厳しい顔のまま、誰にともなく呟いていた。
「化け物め」
無傷。
もうもうと上がる煙から現れた異形の化け物は、あれだけの攻撃を受けたにも関わらず、弱った様子すら見せずにそびえ立っていた。
タイムスリップ。そんなふざけた単語を交えた陽平の説明に、十兵衛と琥珀は信心半分、疑心半分といった風に頷いた。
無理もない。この時代の日本には、自動車もなければ飛行機もない。タイムスリップなど、夢のまた夢の話だ。
十兵衛は渋い顔のまま眉間に皺を寄せ、髭の生えた顎を人差し指と親指で摘むように弄ぶ。
視線は漂うように天井を見上げ、何やら思案しているようだった。
「十兵衛さま」
顔色を伺うように見上げる琥珀に、十兵衛はようやく我に返る。
「終わったか。それで、どうだったかな?」
終わった、という言葉に、陽平は初めて琥珀に視線を移した。
相談をした様子はなかったが、どうやら彼は、陽平の話が真実かを琥珀に調べさせていたらしい。
疑ってかかれは基本だが、そこまで警戒されると、なんだか無性に悲しくなってきた。
「陽平さまは、嘘を吐いてはいませんでした。これまでの、そしてたった今、わたしに心を見られたと知って尚、わたしたちを信用してくれています。十分、信用に足る人物と思います」
その回答に満足したのか、十兵衛は改めて陽平に向き直ると、畳の上に置いていた獣王式フウガクナイを拾い上げ、柄を向けて陽平に差し出した。
「琥珀が言うのだから間違いあるまい。ワシもオヌシを信じよう。未来の後継よ」
差し出されたクナイを受け取った陽平は、異常がないかを確かめると、少しぶりの再会を果たしたクナイの感触を確かめるように握り締める。
「いいのか。その、琥珀の鬼眼で心を見たって言ったって、完全じゃないンだろ」
おそらくだが、この年齢の琥珀は鬼眼を使いこなせていない。そうでなければ、琥珀が怪しげな言動を吐く二十歳未満の少年に、尋ねることなどないはずなのだから。
どうやら読みは正しかったらしく、「よくわかりましたね」と感嘆の声を漏らした琥珀に、陽平はフクザツな気持ちで苦笑を浮かべた。
やはり馴れない。まるで翡翠を相手にしているようで、その実は違うのだから、言葉遣いに戸惑ってしまう。
「風雅の者に、未来を見る者がいた」
何か懐かしむように語る十兵衛に、陽平は「未来を?」と尋ね返していた。
「琥珀と同じく、鬼眼という不可思議な瞳を持っておってな。その者は不定期ながら未来を予見する能力を秘めておったのだ」
そんな人物がいたことは初耳だったが、鬼眼の説明を受けた際に、そういう人もいた。ということは聞いていたので、それほど驚きはなかった。
「その者の予見は確かに当たる。占術のように、当たるも八卦当たらぬも八卦ではない。正に必中なのだ」
どんな些細な予見も、見た以上は必ず起こる光景。それは、避けられぬ必然の未来。
「その者が言ったのだ。今より遥か未来、織田信長は六つの翼を率いて蘇る。と」
それは、約四百年後の未来に向けて交わされた、望まぬ再会の予見。
予見は、それだけではなかったと言う。
獣の王は落ち、代わる竜の王もまた、戦場で命を落とす。残る王たちは絶望にうちひしがれ、魔王の手の内で風は費えるだろう。
その者は、遠い未来に風雅が滅びる光景を見たと言う。
しかも、獣王に代わって現れた竜王まで言い当てたというのだから、確かに恐るべき能力だ。
だがしかし、竜王が命を落とすとはどういうことだろうか。
まさかとは思うが、戦場から消えて過去にタイムスリップした陽平は、このまま帰ることができないということを意味しているではなかろうか。
(冗談じゃねぇ)
仲間たちはまだ、双武将と激しい戦いを繰り広げているかもしれないのだ。いくらこの時代が陽平にとってのパラダイスであっても、こんな緊急時に長居するつもりはない。
「俺、帰らなきゃ」
手にしたクナイは飾りじゃない。守るために戦うと誓った心の刃だ。
すくっと立ち上がる陽平に合わせて、二人の視線が動く。その表情は、どこか不安そうだった。
「な、なんだよ……」
そんな顔をされるとこちらまで不安になってくる。
「大変言い難いことですが……」
「その者の予見では、未来から来た王の欠片は、この時間で生涯を終えるとある」
言い澱む琥珀に続き、十兵衛に告げられた言葉は、陽平に絶望を与えるには十分すぎた。
「なんだって。それじゃ、俺は──」
狼狽する瞳の焦点が定まらない。もし、その言葉が真実ならば、陽平は、いや竜王は確かに未来で死んだことになる。
だが、陽平が言い終わるより早く、大きな振動が建物全体を揺らし始めた。
一瞬地震かと思われたその振動は、徐々にその勢いを増して、果ては建物を崩壊へと導いていく。
「何事だッ!」
十兵衛の叫びに、何処からか黒ずくめの忍者が現れる。
「織田の残党。秀吉公の軍と思われます!」
跪き告げる忍者の言葉に、陽平はまさかと大きく目を見開いた。
もしも陽平の考えが正しければ、今日は織田信長が討たれてから十と一日。明智光秀崩御の日だ。
「やばい。とにかく逃げるンだ! 屋敷の崩壊に巻き込まれる!」
これだけの破壊を、人の手のみでやってのけるとは思えない。しかしこの時代には、ブルドーザーもなければショベルカーもないのだ。
では、どうするか。答えは一つしかない。
「忍邪兵だッ!」
陽平が叫ぶと同時に、建物が一瞬で倒壊した。
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