「火遁、鳳之息吹ッ!」
 双王参式の右手から放たれた熱閃が、触手をまとめて切断する。
 続く角王戦馬のハルバートが本体中心部にハンマーのように叩き付けられるが、バリアの反発力が容易くそれを弾き返す。
 再生する触手の猛攻に後退しつつ、ハルバートを盾のようにして凌ぎ続ける角王は、後ろ足が地面についた瞬間、脚力を最大限に発揮してその場を離脱する。
 もう何度こんなことを繰り返しただろう。そう考えるだけで、手が、足が、どんどん動かなくなっていく。それでもまだ、止まってしまうわけにはいかない。
「ねーさま!」
 珍しいくらい大きな孔雀の声で、下方から迫る触手の束を回避すると、ダメ押しにと触手の先端に目掛けて矢を打ち込んでいく。
 息が続かない。肺が酸素を求めているのを我慢して、力の限り動き続ける。
 だけど、巫力が尽きていくのと同時に矢の威力も落ちていたことに、もっと早めに気づくべきだった。
 打ち漏らした触手が角王の四肢を絡め取り、瞬く間に自由を奪われる。
 分離して逃げようにも、触手の押さえつけが強すぎて抗うこともできず、角王の中で四人の巫女は苦悶の声を漏らすしかなかった。
「敵、砲撃……」
 苦しそうな瑪瑙の声に顔を上げれば、巨腕の瞳が真っ白な閃光を撃ち出した。
 まずい。本能がそう告げているのに、体が思うように動いてくれない。アレの直撃を受ければ、もう立ち上がることができなくなってしまう。
 息の上がった瑪瑙や日向が、術を使おうと巫力を集めるけれど、無理だ。とても間に合わない。
 しかし、もうダメだと思った瞬間、四肢の自由を奪っていた触手が何かに切断され、咄嗟に角王は三体の忍巨兵に分かれて閃光から逃れる。
 見間違えでなければ、今の武器は獣王クロスフウガが使っていた刃翼──裂岩。
「ヨーヘーっ!」
 まさかと思い勢いよく振り返ったところで、光海はその期待が勘違いだったことを思い知らされた。
 そこに立っていたのは同じ紅でも炎のような鬣をなびかせた忍巨兵。釧の、真獣王ガイアフウガ。
 先ほど投げたのは、おそらく背中に合体しているサイハの刃翼だったのだろう。
 でもまさか、彼が助けてくれるような行動に出るとは思ってもみなかった。……違う。彼もリードを想う風雅の戦士なのだから、これが当たり前の姿なのだ。
「釧さん」
 光海の呟きが聞こえたのか、彼はフンッと鼻で笑うと、突然切り離した翼を手に私の横を風のように走り抜けていく。
 迎撃に動く触手を容易く切り払い、真獣王の攻撃が巨腕本体に届いた。
「チぃッ!」
 バリアに阻まれ、攻撃が通らないことに釧が舌打ちする。
 やはり硬い。あのバリアは、ちょっとやそっとじゃ通り抜けることができないくらいに強固なものだ。
 戦わなければ。そんな気持ちに後押しされて、光海は弓を構えて弦を引く光の矢を番え、真獣王に迫る触手をひとつずつ撃ち落していく。
 その意図が伝わったのか、輝王に天王、双王も真獣王の動きやすいように触手のバリケードを壊し、釧の援護に専念しはじめる。
 彼の実力ならそんなことをしなくてもあの忍邪兵とも互角に渡り合えるに違いないけど、ずっと戦っていた角王の四人にはわかってしまうのだ。あの忍邪兵は、とても普通の考えが通じる相手じゃないということを。
 長期戦になる可能性があるのなら、少しでも釧の体力を温存させる必要がある。
「鳳凰裂羽っ!」
 楓の操る双王参式の翼から、炎の手裏剣が雨のように降り注ぎ、触手の束が水から上げたばかりの糸こんにゃくのようにボトリと地面に落ちていく。
「っ!」
 その瞬間、それを見たのは光海だけではなかった。
落ちた触手はそのままどろどろと溶けていくと、地面に黒い染みのようなものを残して完全に消えてしまう。
 直感だけじゃよくわからない光海が、その黒い染みに嫌な予感を感じていると、珍しく森王が怒りの声を漏らした。
「姫、あれは……大地を蝕んでいます! あれを野放しにするわけにはいきません!」
「蝕むって、どういうこと?」
「おそらく、あの大地に繋がった本体が、再生のための力をこの星から吸い上げているのです。あの黒い穢れは、吸い取られた巫力が忍邪兵の中で正反対の力に変換されたもの」
 命が正反対になるということは、ようするに死を意味する。そんなものが大地に零れ落ちれば、ここら一帯はたちまち死せる土地になってしまう。
 これまで何度も触手を切り落としていたけれど、どうやら切るではなくて、完全に焼き払うしかないらしい。
「まったく、メーワクな忍邪兵だよね!」
 双王が瞬時に柊の操る弐式に変形すると、両手の狼と尻尾から巨大な火の玉を次々に撃ちだしていく。
「柊、ペース配分を忘れないで」
「楓こそ。こっちのフォロー忘れないでよ?」
 交互に入れ替わることで、互いが回復している間にもう片方がフォローするといった長期戦用の作戦に切り替えたのだろう。それでも、武器で単純に触手を落とせなくなった分、今まで以上に巫力のペース配分が必要になってくる。
 それは、ずっと戦い続けていた光海や孔雀、瑪瑙や日向にも言えること。
 特に孔雀は巫力量が少ないため、少量の巫力で火を起こして、それを薙刀に載せて焼き切っている。
(このままじゃ、どんどん消耗させられちゃう。ヨーヘー、どうしたらいいの!)
 コウガの雷が触手を打ち落としていく様を見ながら、光海は必死に頭を動かしていた。
 ヨーヘーならどうするだろう。ヨーヘーがいたらどんな作戦が立てられただろう。
 そんな行為に意味があるのかと疑問に思われるかもしれないけど、自分にはそれしかできないから。だから、彼には申し訳ないけれど、ここはヨーヘーの穴を埋めてもらう。
「楓ちゃん! 釧さんを、ガイアフウガを軸にした作戦プランを!」
 とても自分の頭だけでなんとかできるような状況じゃない。それに、こういう状況なら、陽平も楓に任せて時間稼ぎを始めるに違いない。
 そんな言葉を聞いた楓は、少し驚いた様子を見せたものの、すぐに表情を変えて忍邪兵を凝視する。
 釧も聞こえていたに違いない。どこか一人で突出したような印象のあった背中が、なぜか急に近くに感じることができた。
 少しずつ。少しずつだけれど、みんながひとつになっていくのがわかる。
 不意に、目の前に現れた触手に、森王が大きくバランスを崩す。
 油断した。周りのことばかり考えていて、全然自分のことが見えていなかった。とても迎撃が間に合うタイミングじゃないと、なけなしの防御に腕を交差して衝撃に備える。
 だが、結局のところその攻撃が森王に届くことはなかった。
「封泉滴【ホウセンテキ】」
「スプラッシュショット!」
 二つの声が続けて聞こえた瞬間、強力に圧縮された水の塊が触手を次々に弾き飛ばしていく。
 忍巨兵の中で、水を武器に使う者は限られているために、それが誰なのかを確認する必要はなかった。
「海王レイガ。それに、お兄ちゃん!」
「立て。後退しろ、光海」
 そう言いながらも、海王は休まず水の弾丸を撃ち続ける。
封泉滴と呼ばれるこの武器は、どうやら巫力を弾丸にしているらしく、そうそう弾切れにはならないらしい。
 言われるままに立ち上がり、光海は森王を少しだけ後退させていく。
 元々、後方支援の方が得意なコウガは、多少退いたところで戦線から外れることはない。それに、苦手な前線で真獣王たちの足手まといになるわけにもいかない。
「お兄ちゃん、協力してくれるの?」
「お前を守っているだけだ。他のことなど知ったことか」
 光海を守る。そう言う光洋の背中は、やっぱり昔と何も変わらない。
 以前、急にキスされたことには驚いたし、随分と悩んだりもしたけれど、それでも彼を恨んだりしなかったのは、たぶんこの背中を覚えていたからなのだろう。
 だから、というわけじゃないけれど、皆を拒絶するような物言いの彼に、光海はすんなりと声をかけることができた。
「お兄ちゃん。今、私たちがバラバラに動いたら、たぶん……ううん、絶対に勝てない」
 その言葉に何を感じたのか、光洋は攻撃の手を止めて、こちらを振り返った。
 怒られる。無意識にそう思ってしまうくらいに、彼は不快な表情をしている。
 だからといって、ここで説得をやめてしまえば、おそらく彼は一人で戦おうとするに違いない。この状況でそれだけは、絶対に避けなくてはならない。
「お兄ちゃんが私を大事に想ってくれてるの、すごく嬉しいよ? でも、そのせいで友達を、住む場所を、当たり前の日常を失うのは嫌なの!」
「俺は、退けと言った」
 静かに、でもどこか呆れたように淡々と呟く彼は、やっぱり昔のままだった。
 我が儘を言っていた昔の自分を、優しく叱ってくれた、あのときのまま。
「光海。お前の気持ち、わからんでもない。だからといって、お前が戦ったりする必要はない。それは、俺たち軍人の仕事だ」
「戦う力があるの。戦う理由があるの! そんな私たちが、真っ先に逃げ出したりできない。軍人も、そうでない人も、何も変わらない」
 一歩踏み出して、戦う理由を思い出す。また一歩踏み出して、ここにいる理由を思い出す。
「大丈夫。お兄ちゃんも、みんなも、私が守るから」
 正直、守り切る自信はないけれど、守り続けることくらいできる。
「あいつなら、きっとなんだかんだ言って、みんなを守ってくれるはずだから。帰ってくるまでは、それは幼馴染みの私の仕事だよ」
 きっと、呆れられた。内心でごめんなさいと呟いて、光海は森王に弓を構えさせる。
 でも、そんな腕を掴み、少しの間だけ光海の顔を凝視していた光洋は、小さく溜め息をつくと、何も言わずに森王の横を通り過ぎていく。
「おにい……」
「我が儘は、これきりだ」
 光海の言葉を遮るようにそんなことを言った光洋は、小さく頭を振ると、溜め息にも似た深呼吸をした。
「俺は、軍人だ。軍人は……民を守る存在だ。だが、俺一人であれを倒すことはできん。だが、建前ならそれだけで十分だ。よって、現時刻をもって自分は、貴君らの協力を仰ぎ、当面の敵を撃退することとする」
 わかってくれた。光海がそんな嬉しさに浮れると同時に、忍軍の一同は耳を疑っているかのように、驚きの表情を見せていた。
「みんなを守る……か。嬉しいケド、そんなことされちゃ、アニキに殺されちゃうネ!」
 炎で触手を焼き払い、瞳の放つ無数の閃光を避けながら、柊が冗談交じりにそんなことを言う。
「ですが、私も柊と同意見です。嬉しかった」とは、楓の言葉。
「ねーさまは、わたしが守ります!」
「大丈夫。守られているだけの人なんて、ここにはいないもの」
 孔雀に続き、瑪瑙までがそんなことを口にする。
「釧さま。お力を、私たちにお貸し願えますでしょうか……」
「あれを滅ぼすまでだ」
「ならば、自分も前線で戦わせてもらう。疑うわけではないが、あれはお前でも手を焼くはず」
 日向の提案に釧が応え、光洋がそれに続くように前に出る。
 胸の双剣、双獣牙【ソウジュウガ】を手にした真獣王が忍邪兵の正面に立ち、そのすぐ後ろには、海王と輝王が三叉撃と薙刀を手に並び立つ。壱式に変化した双王はどんな状況にも即座に対応できるように中間の距離を保ち、天王と森王は後方支援に回る。
 その瞬間から忍巨兵たちの動きが変わったことに、忍邪兵も気がついたのだろうか。先ほどとは打って変わった積極的な攻撃が、六体の忍巨兵に襲い掛かる。
 拡散された閃光が襲い掛かった瞬間、巻き上がる土煙を突き抜けて三体の忍巨兵が同時に仕掛けた。
「真獣王!」
 日向の合図で、真獣王の両手に握られた刃が十字にバリアを引き裂いていく。だが、それだけではバリアを貫くには足りない。
「次、海王! 輝王!」
「サーペントチャージッ!」
「風雅流、“穿牙”!」
 真獣王の十字と同じ場所に、水の龍を生み出す三叉撃と巫力で回転力を伴った薙刀の突きが同時に叩き込まれた瞬間、ガラスを砕いたような音を響かせてバリアの一部が砕け落ちる。
「双王! 森王!」
「参式。火遁、鳳之息吹ッ!」
「森王之祝弓。秘射、竹林槍【チクリンソウ】!」
 間髪入れずにバリアの砕けた箇所へ、熱閃と、竹のように真っ直ぐな光を描く矢が突き刺さる。
 一瞬、ようやくダメージが通ったかと思われたのだが、赤と緑の攻撃は瞳の放つ集束ビームにかき消され、忍邪兵の集束ビームは勢いの衰えぬまま忍巨兵たちの立っていた場所を根こそぎ焼き払っていく。
 やはり一筋縄ではいかない。それでも、今の攻撃で僅かながら光明が見えたような気がした。
 勝利の鍵は、この場にいる全ての忍巨兵の連携にある。
 硬いとはいえ、必殺技級の威力を叩き込めばバリアは突破できる。あとはその後の集束ビームをどう突破するかだ。
「攻略法がわかっているのに、それが適わないというのは悔しいですね」
 呟く日向は、今のタイミングを何度も頭の中で反復する。
 一度は巫女を降りたとはいえ、本来は忍巨兵の頭脳ともいうべき賢王トウガの巫女。彼女の最大の武器は、術や戦舞などよりも、頭脳労働にあると言っても過言ではない。
 タイミングは決して悪くはなかったはずだ。問題は、バリアが砕けるのと集束ビームが撃たれる僅かな時間差。もしくは、ビームが撃たれた直後のバリア回復までの間。
 そう何度も試せるわけではない。慎重に、それでいて大胆な策を練らねばならない。
「日向さん。あれのエネルギー供給を先に止めてしまうというのはどうでしょうか」
 触手の攻撃を避けながら提案する楓に、日向は忍邪兵の全体を凝視する。
 たしかにあれだけのサイズを包み込むバリアだ。復元と同様に、大地から力を供給しているという案は頷ける。
「問題は、あれを引き抜くだけの出力が、我々にあるかということですが……」
 飛行可能な忍巨兵全てが引っ張り上げたとして、あのサイズの忍邪兵をどれくらい持ち上げていられるだろうか。
「いえ。ようは地面に刺さった指を引き抜けばいいのですから、あれを横倒しにできればいいんです」
 とは言ったものの、それがどれほど困難なことか、わからない日向ではない。
 引き抜くにせよ、倒すにせよ、実現は難しいということだ。
「日向さん。楓ちゃん。地面を陥没させて、足場から崩すのはどう?」
 光海の視線が輝王の姿を捉える。ようするに、ドリルで地面から崩していけば、倒れる可能性があるということだ。
「土遁の補助が必要になりそうですが、できない作戦じゃないですね」
 提案に頷く日向は、素早く視線を巡らせて周囲の状況を把握していく。都心での被害拡大はできれば避けたかったが、残念ながら今はそんなことを言っている余裕はこちらにない。
「じゃあ、オイラが弐式でサポートするから、光海さんがスパイラルホーンを!」
「釧さん、お兄ちゃん、攻め手が一人欠けて負担かけちゃうかもしれないけど、お願いします!」
 釧と光洋が同時に頷くのを確認すると、光海は触手の猛攻を避けながら輝王に向かって手を差し伸べる。
「孔雀ちゃん、お願い!」
「はい、ねーさま! 風雅流、武装巨兵之術ぅ!」
 跳躍と同時に一角獣に変化。そのまま自身を光に変えて、輝王が森王の右腕に重なっていく。
「それじゃ、こっちも変化……っと」
 拡散ビームを後方宙返りでかわしながら、双王も柊の操る弐式に変化する。
 真獣王と海王がいつでも飛び出していける位置を保ち、森王と双王弐式が前に出る布陣を行う。
「少しでも手が必要ですね。それなら、忍巨兵之術!」
 楓の召喚に応じて姿を現した闇王は、得意の糸を巧みに操ることで触手の大半を絡め取っていく。
「ボクの力じゃ全てを止めることはできないけど、キミたち自身の力なら、止められるだろ?」
 普通じゃ考えられないほどに糸を伸ばし続ける闇王は、触手に絡める糸を別の触手に、それを次の触手にと繰り返し絡めていくことで、自らの力で拘束せずとも触手が互いに動きを封じていくような結界糸を張り巡らせていく。
「楓、巫力が少し足りないようだ」
 忍者は不在。巫女は別の忍巨兵で身を削るような戦闘中というこの状況で、闇王の巫力が不足するのは当然のこと。
 拡大を続けていた蜘蛛の巣状の結界がピタリと止まったことで、闇王は苦笑交じりにそう告げた。
「大丈夫。使えるだけ持っていってください」
 とは言ったものの、既に楓の巫力も限界に近い。これ以上搾り取られれば、双王の維持は愚か、自らの生命活動さえも危ぶまれていく。
 だが、楓にだって退くわけにはいかない理由くらいある。
「負けるわけには、いかないんです。闇王、やってください」
「その姿勢は尊敬に値するよ。ボクの巫女」
 その瞬間、闇王の結界が再び力を取り戻し、巨大な都心部を覆うような超特大の結界が完成した。
「……くっ!」
「楓っ!」
 あまりの疲労に膝をつく妹に、柊が手を差し伸べる。
 肩と胸が大きく上下を繰り返し、楓は息も絶え絶えに何度も「大丈夫」と繰り返す。
 残念だが、このまま合体を維持するのは不可能だと判断した柊は、独断で双王を分離させると、牙王之闘士となって鳳王の前に進み出る。
「楓、ちょっと休んでなよ。アニキには、しっかり今の活躍伝えてあげるからさ」
「よ、余計な……お世話です」
 視線を交し合った双子が頷き合うと、牙王はお待たせとばかりに森王に並び立つ。
「ロウガ、おもいっきりやっからね! 手ぇ抜いたらしょーちしないから!」
「よっしゃ! 任せろ相棒ッ!」
 拳と拳を打ちつけた瞬間、牙王を中心にすり鉢状に地面が陥没する。
 溜め込まれた柊の巫力をも用いて土遁の力を発動した牙王は、小規模ながら地震を起こしていく。
「孔雀ちゃん、こっちもいくよ!」
「はい、ねーさま!」
 孔雀の巫力を受けて、スパイラルホーンが金色の螺旋を描いていく。
 その光の粒子が集まるようなその光景に反応したのか、忍邪兵から放たれた集束ビームが強い衝撃と共に、前面に突き出されたスパイラルホーンに拡散されていく。
「く、孔雀ちゃん!」
 残念ながら出力が違いすぎる。とても凌ぎ切れるものではない。
 それでも一歩も退かずに巫力で螺旋を描き続ける孔雀の姿に、光海は片目を閉じながら驚きの声を上げた。
「だめ。孔雀ちゃん、退いて!」
「いやですぅ! ねーさまは……ねーさまは、今度こそわたしがお守りしますぅっ!」
 孔雀に満ちていたなけなしの巫力が今の言葉を皮切りに爆ぜ、少し、また少しと、徐々にビームを押し返していく。
「ロウガ、今だよッ!」
「戦王ッ、お前さんの力をちょっとだけ借りるぜェ!」
 攻撃があちらに集中しているというのなら、今が動く絶好の機会。
牙王の足に集中した巫力が土遁の気に変換され、前方宙返りと同時に大地を蹴り砕いていく。
「全開ッ!」
「土遁ッ崩ぉ穿牙之術ゥッ!」
 牙王の足が杭のように打ち込まれた瞬間、不気味なくらいの静寂が周囲を満たしていく。
 次の瞬間、広範囲に渡って凄まじい勢いで崩れていく地盤に、巨腕忍邪兵の巨体が大きく傾いた。
「行くよ、孔雀ちゃん!」
「輝王、突き崩してください! 一閃、螺旋金剛角ぅっ!」
 僅かな跳躍の後、螺旋を描く角を大地に向けて沈んでいく森王は、遮る物には容赦なしと、一直線に突き進んでいく。
 牙王の土遁のおかげで思った以上に地中を進みやすい。瞬く間に忍邪兵の背後まで突き抜けると、ダメ押しとばかりにスパイラルホーンの角を弓に番える。
「森輝一体ッ、秘射、螺旋雷神矢!【シンキイッタイ ヒシャ ラセンライジンシ】」
 絡み合うように螺旋を描く雷と光が忍邪兵の足元に突き刺さった瞬間、周囲の建造物全てを巻き込んで忍邪兵の巨体が完全に横倒しになる。
 これが最後の機会。誰もが全力以上に力を出し切って、これを逃せば勝機はない。勢い余って後ろ向きに吹っ飛ぶ森王の中、光海は最後の望みを託して声を振り絞った。
「みんな……お願いぃッ!」
 悲鳴にも似た光海の叫びが戦場に響き渡る中、瑪瑙は誰にともなく頷くと、自身に満ち満ちた巫力をかき集め、笛に乗せて前衛の2人に送り届ける。
「これが、最後の力です」
「ならば貫こう! 我が力と!」
「この俺の怒りでなッ! 忍巨兵、キサマに全てを使う許可を与える! 構えろッ!」
 瑪瑙の巫力で力を上乗せされた海王の水遁は、今まで見たどの龍よりも巨大な水龍を生み出していく。
「その強大な顎によって、喰らえ! 奔れ、水龍ッ!」
「見るがいい。これが幻と呼ばれた風牙だ! 叫べ、雷牙ッ!」
 海王の水龍が飛び、それを追うように真獣王が走る。
「「海王ッ! 雷ッ刃ッ撃ィッ!」」
 真獣王が水龍の頭と重なった瞬間、陽光をも凌ぐ輝きを放つ双獣牙が忍邪兵の本体に突き立てられる。
 巨腕にひけをとらぬサイズの顎が牙を立て、真獣王の雷がダメージを確実に全身へと広げていく。
 さしもの忍邪兵も内側からの雷を防ぐことは適わないのか、全身を包んでいたバリアがガラスのように崩れ落ち、雷をまとった水の顎が巨腕に食い込んでいく。
 刹那、瞬間移動するように忍邪兵の向こう側へと走り抜けた真獣王は、トドメとばかりに再び雷遁を生み出していく。
「雷遁、解放ッ! 亡霊よ、消えてなくなれェ! フウガ──」
 頭部を獅子に変形させると、雷遁を口内で圧縮、一気に解放する。
「──パニッシャァァァァァッ!」
 ドンッ、という隕石でも落ちたような音に続き、弾丸状に圧縮された雷遁が忍邪兵に直撃すると、周囲を砂塵にまで消滅さながら巨腕の全体を包み込んでいく。
 その光景は、さながら朝日が昇るその瞬間のようで、一同は言葉を失ったかのように押し黙ってそれを見守った。
 目を細め、光が収まっていくのを見つめながら、光海は「やった……の?」と誰に向けているかもわからない呟きを口にする。
 後に残った炭焼き状態の巨腕に、誰もが真実を確かめようと身を乗り出していく。
 ピクリとも動かない忍邪兵に、誰もがこぼれ出す笑みを止めようとはしなかった。
「やった。はは……やったよ、楓!」
「本当に……倒したんですか?」
 未だ信じられないとばかりに何度も目を擦る楓は、真偽を知りたいと周囲の様子を見渡していく。
 誰一人として動けない状況の中、ふらふらと立ち上がり、ゆっくりとした歩みで忍邪兵に近付いたのは光海だった。
 もう立たないで。そんな願いが光海の唇をキツく結ばせる。
 手を伸ばし、黒く焼けただれた忍邪兵に触れようとした瞬間、目の前で開かれた巨大な瞳が、光海を恐怖で縛り付ける。
 動けない。殺される。そんな考えばかりが頭に流れる中、横からぶつかってきた強い衝撃に、自分が突き飛ばされたことに気がついた。
「ねーさまは……わたしがお守りします」
 そう言って微笑みかけてくれた少女が、瞳の放つ光に飲み込まれていく。
 唇が震え、開いた瞼を閉じることができない。喉に込み上げる熱いものが、悲鳴を声に出させてくれない。
「ぁ……あ」
「避けろッ!」
 釧の声が聞こえた瞬間、ドーム状に広がる光が辺りを包み込んでいく。
(そっか。やっぱり……勝てないんだ)
 光の圧力に吹き飛ばされながら、そんな思考が光海に自嘲的な笑みを作らせる。
 津波に飲まれたように転がりながら、痛いという感触が生きていることを教えてくれる。
(でも、もう立てない。もう動けないよ、ヨーヘー)
 身体にかかる圧力が収まっていくのを感じ、光海は首だけを動かして仲間たちに視線を巡らせていく。
 絶望。一言で現すならば、この言葉に尽きる。
 倒れ、動くこともできず、焼け野原に伏した忍巨兵たち。
 傷つき、今にも砕けてしまいそうな身体が痛々しく、光海は吐き気にも似た感情が込み上げるのを感じた。
「ごめん、ヨーヘー……」
 溢れ出す涙は、いったいどこからくるものなのだろうか。
 悔しい。陽平がいないことが。彼の留守を守れないことが。仲間たちを守れないことが。もう、立ち上がれないことが。
 負けた。そんな絶望に光海がうちひしがれる中、何かが視界の端で動いていた。
 それは自分と忍邪兵を二分するように立ち塞がり、手には一振りの刀を手にしている。
 燃えるような鬣をなびかせるその背中に、光海はまだ諦めていない者が残っていることを知ることができた。
 炎鬣之獣牙【エンリョウノケモノキバ】。咄嗟にあれで身を守ったのだろう。
 抜き身の刀を手に、真獣王の肩が大きく上下する。
「まだだ。その程度では、俺の心まで折ることなどできん!」
 それが虚勢であることは明白だというのに、釧の咆哮は未だ猛々しさを失ってはいない。
 ゆっくりと巨体を起こしていく忍邪兵に舌打ちする釧が、光海を守るように刀を構える姿に、誰もが王の姿を見たような気がした。
「釧……さん」
「勘違いをするな。この戦の将はお前だ。将を失って、勝てる戦などありはしない」
 リードの皇である彼に将と呼ばれたことに驚いた光海は、驚きのあまり上半身を起こしていた。
 既に起き上がる力もないと思っていたのに、自分にまだこれだけの力が残されていたことが不思議で仕方がない。そんな表情を見せる光海に、釧は背を向けたまま静かに言い放つ。
「起き上がることができるなら、最後の一矢まで矢を番え、射続けろ。それが、お前がこの場にいる理由なのではなかったのか」
「でも、私にできることなんて……もう」
「お前にできることがないのなら、他の者ができることを考えろ。俺は……俺たちは、まだ死んではいない!」
 構えた刀から放たれる光は、煙のようにゆらゆらと漂いながら釧を蝕んでいく。
 一瞬力が抜けたように膝が震える釧は、ギリギリと奥歯を噛み締めながら眼前にそびえる忍邪兵を睨み付ける。
 やはり琥珀の言うとおり、炎鬣之獣牙を使用する際、使用者の消耗は尋常ではないらしい。あの釧が一振りでこれなのだ。さすがに風雅の秘法というだけのことはある。
 しかし、釧の消耗が光海の思った通りならば、やはりこの戦いに勝ち目はない。
 こういうとき、走馬灯というものが見えるというが、悲しいかな、見えるのは焼け野原となった大地のみ。
(ヨーヘー……)
 まぼろしでもいい。走馬灯でもいい。どうせ死んでしまうのなら、最後くらい陽平の姿を見ていたかった。
 そういえば、陽平と最初に交わしたあの約束は、まだ有効なのだろうか。
 幼い二人が交わした約束は、翡翠さえも知らない陽平との秘密の約束。
(ヨーヘー……。もう、上手になったよね。私、ヨーヘーに手紙を届けられるくらい、弓道上手になったよね)
 そんなことを考えていると、ほとんど無意識のうちに、光海は残された巫力で矢を番えていた。
 光海が、陽平に矢文を届けられるくらいに弓道が上手になったそのときは、どんなときでも必ず駆けつける。
(ヨーヘー、助けて)
 荒い呼吸に上下する肩が、矢の矛先を大きく揺らす中、光海はただ一言だけを込めた矢文を生み出していく。
「お願い……ヨーヘー。みんなを……私を、助けて」
 光海の指から離れた矢が、大きな弧を描くように空へと打ち上げられていく。
 その場にいた誰もがその光を追うように視線を動かし、言葉も交わさずにただただ空を見上げる。
 突然あらぬ方向に矢を射たことで、忍邪兵の瞳までもがぎょろりと空へと向けられた。
 静寂が辺りを満たし、森王の手がガタン、と倒れる音が、ここら一帯の空間に響き渡る。
「ヨーヘー……」
 涙交じりの光海の声に引き寄せられるように、忍邪兵の触手がざわざわと音を立てて群がってくる。
 これが最後の瞬間か。そう思うと、こぼれ出した涙を止められなかった。
 釧の舌打ちが聞こえ、触手の気配が近づいてくる。
「ヨーヘー、ごめんね。それと……」
 瞳を閉じて、瞼に焼きついた少年の顔を思い浮かべる。
 彼に、ずっと言いたかった言葉すら言えないまま、こうして最後を迎えるのは、やはり悔しかった。
「大好き、だよ」
 その言葉に、仲間たちの視線が一斉に光海へ向けられる。
 だが、それと同時に聞こえたのは、何かが風を切り、飛来する音だった。
 それは押し寄せる触手の束を一度に切り落とすと、ブーメランのように弧を描いて持ち主の元へと戻っていく。
 大きな十字手裏剣が二つに分かれ、それの鬣に装着されると、空から降ってきた大きな影が、地面を穿ちながら滑る身体を四肢で固定する。
 そして、咆哮。
 誰もが言葉を失い、誰もが希望を失った戦場で、たった一つの予想もしていなかった希望が姿を現した。
 白い獅子を象るそれは、猛々しい咆哮を上げながら忍邪兵を威嚇すると、ゆっくりと森王と真獣王を庇うように進んでいく。
「ばかな……」
 釧でさえ驚きを隠し切れずに呟いた言葉は、誰もが口にしようとして躊躇した言葉だ。
 それは、確かに死んだはずだった。
 黄金の角に貫かれ、勇者を残してこの世を去ったはずの、白き獣王。
 この状況にその姿は、正直、夢ではないかと疑いたくもなる。
 しかし、それを肯定したのは、獣王とは反対に誰もが待ち望んでいた声だった。
「嘘なんかじゃねぇ。遠き者には音にも聞け。近き者には仰いでも見よ。全身でその存在の、雄々しさを感じてみろ」
 獣王の背に立つ黒い人影が、手にした大振りのクナイを空へ掲げる。
「風雅流、忍巨兵之術」
「我が称号は獣王、名はクロス。勇者忍者と共に、再び戦場に舞い戻りし忍巨兵」
 影衣に身を包む勇者忍者、風雅陽平の姿に、誰もが疲れを忘れて起き上がっていた。













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