「監視されているというのは、まず間違いなさそうですね」
 屋上を見下ろす少女、風魔楓は、僅かに開いた昇降口のドアを眺めながら、そんな感想を抱いた。
 やれやれと溜め息をつく陽平は、集まった仲間たちと視線を合わせると、そういうことだと頷いてみせる。
「でも、ガーナ・オーダってわけでもなさそうだよね」
 双子の兄、柊の意見に、楓は訝しげな顔を見せる。
「なぜ、そう思うんです?」
「監視する気はあっても敵対する意思が見えない。敵対心も、どっか挑発じみてる」
 それはつまり、陽平の父、雅夫が、修行の際に息子を焚き付けているのと同じ行為だ。
 行動も、雰囲気も、そしてあの目も、風雅雅夫に似ていることが、陽平の苛立ちをより駆り立てる。
「それにしたって、言い訳が難しそうだな。屋上まで尾行されてるのに、いざ屋上に入れば俺たち四人はいねぇンだからな」
 陽平の言葉に苦笑を浮かべる光海は、さすがとばかりに楓を見る。
 だいたいの話を歩きながら聞いていた楓は、屋上のドアが閉まると同時に忍巨兵、鳳王クウガを召喚。隠形機能と呼ばれる迷彩機能をフル活用することで、四人を乗せて空へと逃れたのだ。
 確かに言い訳は難しいかもしれないが、相手がただの人である限りここは一番の安全圏でもある。
「しかし、どうしますか。あの監視があると、迂闊に戦闘を行うわけにはいきませんが」
「クロスフウガが俺なしでも戦えるからな。俺たちが引きつける、と言いたいとこなンだけどな……」
 言葉を濁す陽平に、三人が揃って首を傾げる。
「なにか問題でも?」
「えっとな……、護衛任務があンだよ」
 まだ言葉を濁す陽平に、光海が不安そうな表情で陽平の顔を覗き込む。
「ヨーヘー、なにか隠してる? またなにか無理してるなら、私、本気で怒るからね」
 今にも泣き出しそうな表情で詰め寄られれば、さすがに折れるしかない。
 陽平も、彼女たちには相談しようと思っていたのだから、結果オーライと思うことで自分を納得させるしかなかった。
「えっとな……、風雅の里から来るンだよ」
「誰が?」
 柊の素早いレスポンスに、陽平はぐったりと肩を落としてその名を告げる。
「琥珀さん」
「「「は?」」」
 示し合わせたわけでもないのに、三人の声が見事にハモった。
 驚きで固まる三人を余所に、陽平は盛大な溜め息と共に肩を落とす。
「なんだか知らねぇけど、俺に話があるらしくてな。親父も椿さんも連れねぇで、俺に護衛しろってンだよ」
 これが悩まずにいられるものかと溜め息をつく陽平に、誰もかける言葉が見つからなかった。
 陽平もこの連絡を受けたとき、正直なにかの罠かと怪しんだくらいだ。
 聞けば、琥珀はこの時代に目覚めて以来、一度として一人になったことはないのだという。風雅の里から出るのも、片手で足りるほどだという。
 そんな、いわゆる世間知らずが一人で時非市まで来るなど、いったいどれほど重大な用事があるというのだろうか。
「つーわけで、俺は昼で早退だ。母さんから家の都合ってことで公欠扱いになってるからいいようなものを……」
「いえ、先輩。悩むべきところはそこじゃありませんから」
「いや、他のことはあらかた悩み尽くしたからな」
 そう言って遠くを見る陽平の姿に、楓は心底困った表情で肩を落とした。
「とりあえずそういうことだから。悪ィけど囮になってやれねぇンだ」
 話はわかった。しかし、それならばどうするべきだろうか。
 獣王クロスフウガ以外で、忍者を必要としない忍巨兵は……
「あれ? ロウガもクウガも、みんな戦えるよね?」
「ええ。本来の性能の半分くらいでなら、忍巨兵は忍者も巫女も、必要ありません」
 天井を見上げるように尋ねる柊に答えたのは、今現在談話室と化している鳳王クウガだ。
 そもそも、牙王も鳳王も、忍者を必要としない忍巨兵として開発されているのだから、一番の適任者と言えよう。
「そういえば、最初の頃はコウガにも一人で戦ってもらってたよね」
 今思い出したと言わんばかりのセリフに、陽平はやれやれと苦笑混じりに頷く。
 激化してきた戦いに、本来の性能で戦えないというのはイマイチ不安が残るが、いざとなれば孔雀や日向、それに瑪瑙に頑張ってもらうしかない。
(それに釧のヤツも、ひょっとしたら……)
 それは願望に近い可能性だが、巨腕の忍邪兵との戦いを思い返せば期待したくもなる。
「つーわけだ。いざというときは頼むぜ、みんな」
 鳳王を除く忍巨兵の小型立体映像が現れ、陽平の言葉に一斉に頷いた。






 結局、昼休みになるまでの間、来栖の監視は絶えることなく続いていた。
 監視していることをわざと認識させ、こちらから話を切り出すのを待っているようだが、生憎とその手を食うつもりはない。
 もっとも、父、雅夫の嫌がらせのような修行がなければ、朝のうちに食ってかかっていたかもしれない。その点だけは珍しく感謝しておこうと、陽平は心の中で礼の言葉を告げておく。
 四限目の授業終了を告げるチャイムを古めかしいスピーカーが濁った音で奏でると、陽平は鞄も持たずに教室の後ろのドアから飛び出していく。
 制服はともかく、これから当主を護衛しようというときに、教科書やらノートやらが入った鞄は邪魔になる。
 もっとも、主人に見捨てられた哀れな鞄は、購買のアイドル峰打ちを引き換えに光海に頼んであるので、帰宅した頃には自宅の部屋に転がっていることだろう。
 やはり来栖の視線は陽平を追いかけているが、さすがに昼休みに家庭の事情で帰宅する生徒を追いかけて行くほど、教師という立場は柔軟ではない。案の定、階段に差し掛かった頃には視線は途切れた。
 陽平はやれやれと溜め息にも似た呟きを口にした後、悠々と下駄箱で靴を履き替えて学校を後にした。
 携帯電話で時間を確認する。約束の時間まではまだ少し余裕がある。たまにはゆっくりと歩いて行くのもいいかもしれないと、陽平は携帯と一緒に両手をポケットに突っ込んで歩き出す。
 最近、一人になると考え事をしていることの多かった陽平は、こうしてのんびりと歩くことに安堵感を覚えていた。
 そろそろ寒さも本番になってくる時期だというのに、太陽は夏と変わらない陽光で地球を蒸し焼きにしている。
 風が吹けば寒い。ひなたにいると暑い。日陰に入ると寒い。こういう両極端な季節は、どんな服装が適しているかわからないのが難点だ。
 こんな日は、翡翠が風邪でもひかないか心配だ。風呂上がり、ちゃんと身体を拭かずに湯冷めでもするかもしれない。過保護と言われようが、心配なものは心配なのだ。なにせ、翡翠にとっては初めての冬になろうとしている。ひょっとすると、リード人は地球人と免疫力に違いがあるかもしれない。
 もっとも、そんな心配など余計とばかりに、翡翠は今日も元気いっぱいで登校している。  結局、なんだかんだと考え事をしながら時間を潰してしまったが、気がつけば目と鼻の先に駅が見える距離にまで到達していた。
 ぐるりとその場で一回転。しかし、近くにそれらしい人影は見当たらない。
 携帯を開いて時間を確認するが、早過ぎもせず遅過ぎもしない時間だ。
 見落としたのかもしれないと、もう一度その場でゆっくりと一回転してみるが、やはりそれらしい姿は見当たらない。
 陽平はてっきり、巫女衣装で目立ちまくっているとばかり思っていたものだから拍子抜けしていた。
 なにかしらの事情で電車の時間に遅れているのかもしれない。
 小さな日陰になったベンチに腰かけ、改めて自分の格好を確認する。
 上下共に時非高校の制服だ。男子学生はブレザーと詰襟から選べたので陽平は詰襟を着用しているが、入学式以来閉めたことのない襟元に苦笑を浮かべると、礼儀とばかりに閉めてみる。
 首周りが息苦しくなり、すぐに元に戻したものの、鏡もないのに頭髪に触れてみたり、服に汚れでもないか確認したりと、実に落ち着きがない。
 そんな自分を顧みて頭を抱えるが、らしくないことはやめだと勢いよく頭を上げた。 「支度は済みましたか?」
「な──ッ!?」
 隣りからかけられた突然の一言に、陽平は文字通り飛び跳ねてベンチから遠ざかる。
 今の今までそこに人の気配はなかった。それが声をかけられた瞬間、湧いたようにいきなりそこに現れたのだ。
「ふふ。驚かれましたか?」
「琥珀……さん?」
「はい」
 イタズラっぽく笑う琥珀が、いつもの大人びたイメージとあまりにギャップがありすぎて、陽平はそれが本当に琥珀のイタズラだったと気付くまで僅かな間を要した。
 戸惑う陽平の姿がそんなにおかしかったのか、嬉しそうに笑いをこぼす琥珀に、陽平はやられたと苦笑を浮かべる。
「ごめんなさい。少し早く着いてしまって、なんとなく驚かせてみたくなってしまって」
「なんとなくで気配殺して驚かされたンですか。俺は……」
 守るべき相手に技量で負けているというのは恥ずべきことだが、改めて当主の凄さを思い知った陽平であった。
 そういえばと陽平は琥珀の姿に着目する。目立つことは避けたのか、やはりいつもの巫女衣装ではなく普通に洋服に身を包んでいる。白いキャミソールワンピースと黒いニットワンピースを重ね着して、ワンアクセントに白いレースのショールを首に巻いている。いつもは手を加えていない髪は、後ろで編み込んでまとめてある。
 なぜだかわからないが、いつもの巫女衣装以上に緊張した。
 じっと見つめられ、気恥ずかしさから顔を背けつつも、周囲に危険がないか気を配る陽平は、危険どころか護衛までいないことにようやく気が付いた。てっきり、ここまでは誰かが供をしているとばかり思っていたが、それらしい気配はない。
「あの、琥珀さん」
「はい」
「誰か一緒じゃないンですか? 護衛の人とか……」
「いませんよ」
 いない。はっきりとそう答える琥珀は、なにがそんなに楽しいのか、にこにこと笑顔を浮かべている。
「いないって、さすがにマズいンじゃ……」
「そんなことはありません。だって、陽平さんがいてくださいますから」
 琥珀の口から紡がれる言葉の一つ一つが、陽平を必要以上にドキドキさせた。陽平でなくても、ひょっとしたら、なんてありえない可能性に胸をときめかせてしまいそうで、必死に理性を手繰り寄せる。
「本当は瑠璃と璃瑠が一緒に来ていたのですが、一足先に時非高校に向かってもらいました」
「ウチの学校に? なんでまた」
「瑪瑙から話は聞いています。間者がいるそうですね」
 言われてから、ようやく同じクラスに天城瑪瑙がいたことを思い出した。
 陽平に対しては相変わらずだが、風雅には協力的になってくれたと思うと、なんだか肩の荷が一つ下りたような気がした。
「あのちびっこ姉妹、よく知らねぇンですけど、実力は確かなンですか?」
 以前聞いた話では、戦闘はからきし。術に秀でているために、巫女として琥珀の身辺警護も兼ねて風雅の里にいるらしいが、実は瑠璃も璃瑠も、直接話したことはない。
 陽平の疑問を察してくれた琥珀は、顎に人差し指を当てて少し考え込むような素振りを見せる。直後、思い出したように手を叩いた。
「術だけで言えば、瑪瑙や日向に次ぐ実力者です。ただ、本来なら巫女ではなかった二人は経験が不足していました」
「それで前線には出ないで後方支援だけの巫女か」
 本来なら巫女ではなかったというくだりは気になったが、それを尋ねるには二人との面識がなさすぎる。
 琥珀の言葉になるほどと頷く陽平は、改めて当主に向き直った。
「お待たせしました。今日一日はこの風雅陽平が一命を賭してお守りいたします」
 陽平にしてみれば精一杯の誠意を見せたつもりだった。しかし、琥珀には不満だったらしく、なにやら渋い顔をされた。
「簡単に命を捨てられては困ります。今や風雅は貴方なくして勝ち残ることはできないのですよ。私が貴方の命を守ることがあっても、貴方が私のために命を捨てることは許しません」
 ベンチから立ち上がる琥珀が、ゆっくりと陽平に近付いてくる。両手を後ろに回し、覗き込むように「いいですね?」と言われてしまい、陽平は困ったように苦笑を浮かべた。
 陽平自身、みすみす命を落とすつもりはない。翡翠だって守り抜くし、光海との約束もある。それに、ほかにも守らなければならない、守りたい人ができた。
 そんな陽平の思考が"見えた"のか、満足そうに笑う琥珀は少し距離を置くと、屈託のない笑顔で頷いた。
「さぁ、主従の時間はこれでお終いです」
「お終いって、いきなりどうして……」
 まさか先ほどの陽平の言葉に腹を立てたというわけでもあるまい。失礼な話、拗ねている様子もない。
「私は当主としてではなく、ただの琥珀として陽平さんにお話があったからこそ、こうして里から出て来たのです。そうでなければ雅夫殿をさがらせたりはしません」
 キッパリはっきりそう言い切った琥珀に、陽平が言い返せる言葉などありはしない。
 わかりましたと陽平ががっくり肩を落とし、琥珀はよかったとイタズラっぽく笑う。
 ほとほと年上の異性に弱いと痛感させられた瞬間だった。
「ところで」
 今度は含みのある声色だった。いったい何事かと顔を上げると、琥珀はくるりと一回転して見せた。
「なにも、言ってはいただけませんか?」
 完全に弄ばれている気がするのは、別に陽平の気のせいだとか、目の錯覚というわけではないはずだ。
 なにかもなにも、陽平の思考を見たはずなのだから、洋服の琥珀に見とれていたことなど文字通りお見通しのはずなのに。
「きれいです。その、見とれてました」
 なんとか言葉を絞り出す陽平に笑顔でお礼を言う琥珀は、子供のようなはしゃぎようで陽平の右腕に抱き付くように腕を回して来る。
「では、陽平さん。今日は私を光海さんのように扱ってください」
「無理です」
 その注文だけは無理だ。無礼講にも限度というものがある。
 ぴしゃりと断言する陽平に、琥珀はつまらないと唇を尖らせるが、だめなものはだめだ。
「では、翡翠姫のように」
「おもいっきり主従じゃないですか!」
「実の妹のように接していると聞き及んでいますけど?」
「琥珀さんの方が年上じゃないですか!」
「少女のように幼くなければいけなかったのですね」
 そう言って、おもいきりわざとらしく泣き真似をされた。
「どうしろってンですか……」
「では、百歩譲って……」
 琥珀の顔が、陽平の顔と拳一つ分くらいまで近付いた。
「恋人扱いで、お願いします」
「……へ?」






 一方、陽平が早退した時非高校では、来栖の監視が光海に移行されていた。
 陽平でなくてもわかる来栖の熱い視線に、光海は思わず溜め息を漏らす。こんな視線の中、半日も過ごしていたのかと思うと、陽平への同情がふつふつと募っていく。
 慣れないことはするものじゃないとは思ったが、囮役を引き受けた以上逃げ出すわけにはいかない。もちろん、これが陽平からの頼まれごとでなければ、すぐにでも逃げ出す用意はある。
 それにしても、来栖以外にも二つ、こちらを伺うような気配を感じるのは、やはり気のせいというわけではないのだろう。
 光海は陽平以上に察知能力に長けている。これは陽平が謙遜したわけでも遠慮したわけでもなく、純粋に光海の能力の高さだ。
 巫女としての才能が開花したと言うには些か強力すぎる気がするが、今はそんな天から付与された力がありがたかった。
 まてよ。この気配には覚えがある。確か風雅の里で巫女として修行を積んだ際に学んだ、隠行した者の気配だ。
 できるだけ自然な動作で辺りを見回すと、それはすぐに見つけることができた。
 教室を覗くように小さな気配が二つ、こちらを伺っている。敵かとも思ったが、小さな気配が光海にわかるように視線を向けていることがわかると、疑問は一瞬にして氷解した。
「瑠璃ちゃんと、璃瑠ちゃん?」
 光海は隣人にさえ聞こえるかわからないような小声でその名を尋ねる。まだ、来栖の執拗な視線が消えていない以上、どこから秘密がバレるかわからないためだ。
 相手もそれを察してくれたらしい。まるでそよ風が吹き込んだかのように戸をカタカタと揺らすことで、自分たちが瑠璃と璃瑠であることを示してきた。
 おそらく、風雅の里から光海たちの支援役として送られて来たのだろう。素直に感謝すると、光海は帰り支度を始め、ついでとばかりに陽平のカバンも回収すると、脇目も振らずに教室を駆け出した。
 光海は自分が陽平や風魔の兄妹のように器用でないことは百も承知だ。だからこそ、自分が来栖をまけるとも思っていないし、しようとも思わない。分不相応なことをすると、しっぺ返しは何倍にもなって返ってくることを光海はよく知っている。
 自分を追いかけるようについてくる来栖の視線に堅苦しさを覚えながらも、光海は気づかぬフリを続け、無言で下駄箱まで辿り着く。
 楓の推測が正しければ、ここで来栖の取る行動は……
「桔梗光海」
 やはり声をかけてきた。
 何食わぬ顔で振り返ると、光海は驚いたような顔で自分に近づいてきた教師を迎える。
 相手はこちらを舐めきっている。ただの学生とは思っていないにせよ、これだけ挑戦的に仕掛けてきている以上、自分の力が勝っていると信じきっている。その慢心にこそ付け入る隙があると楓は言った。
「部活少女がさっさと帰宅か?」
「今日はお休みですから。普段は先生のおっしゃる部活少女です」
「そうか? 俺はてっきり、普段は軍人顔負けの戦闘集団だと思ったがな」
 この男、言葉では笑っているが目がまったく笑えていない。それにここまではっきり疑われると、潔いを通り越して腹が立つというものだ。
「あの、何かの冗談ですか?」
 全然笑えませんと付け加え、形だけでも一度は否定する。
 これで退いてくれれば御の字だが、それで済むような相手でないことは柊や楓にさんざん忠告されている。
「そうか? 俺ぁこんな子供があれだけ壊しまくってるってことの方が、よっぽど笑えねぇと思うがなぁ」
 なるほど。来栖は来栖なりに確信をもって来ている。口でどれだけ否定しようとも、光海たちと忍巨兵が無関係だという決定的な証拠がなければ納得することはないだろう。
 だがこの来栖という男は、光海たちの考える以上の人物であったと認識を改めさせられた。
「そこのちっこい二人といい、学生のクセに勉強そっちのけで俺のこと監視してる二人といい、どんな訓練してるんだ? 下手な軍人よりもよっぽど使えそうじゃねぇか」
 来栖の言葉に、光海だけならずサポートを行うために隠行していた瑠璃と璃瑠、そして身を隠して監視していた柊と楓の顔が一斉に驚きに塗り替えられる。
 だが次の瞬間、周囲が違和感に包まれ、瑠璃と璃瑠が人払いの結界を展開したことに光海は息をのむ。
 完全に人払いができるわけではないが、遠ざけることのできる結界。どうやらここで決着をつけるしかないらしい。
 姿を見せる柊と楓に口笛を吹く来栖に、どうやら関係者の面が割れていたらしいことを再確認すると、光海はいつでも弓を構えられるように摺り足で距離を取っていく。
「桔梗光海に風間柊、風間楓か。残りの二人は知らんが、風雅陽平もビンゴってわけか」 「そちらこそ、いつ請負人から教師に転職したんですか? 来栖健吾……いえ、十字架【クルス】」
 感心したように口笛を吹く来栖に、楓は隙を見せないようにクナイを手にする。
「よく調べたな。まぁ、業界じゃ有名なハンサム様だからな。その筋と繋がりがあれば調べるのは簡単か」
 ふざけた物言いをするが、柊や楓の表情を見れば、光海でも来栖がただ者ではないことが伺える。
 胸元から取り出した煙草をくわえ、銀のライターで火をつける。そんな仕草をじっと見つめていた光海は、臨戦態勢の柊と楓を前にしてなおこの余裕を崩さぬ男に、不思議と身近な人物の影を重ねていた。
「アンタの目的は、オイラたちの正体? それとも命?」
「どっちかってぇと前者かな。依頼主さんは知りたいらしいぜ?」
 次の瞬間、柊と楓は互いに突き放すように左右に飛び退き、二人がいた場所に二発の銃弾が撃ち込まれた。
 いつの間に構えたのだろうか。来栖の手には左右に一丁ずつ拳銃が握られている。
「お前らの力の秘密とやらがな」
 それを合図に柊と楓が飛び出し、光海は森王之祝弓を解封する。
 ガーナ・オーダでない以上、殺してしまうわけにはいかない。弓の威力を調整しつつ、双子の忍者と互角以上に戦う来栖に、光海は巫力の矢をつがえた。













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