「てぇめぇ! 待ちやがれッ!!」
 紅の忍巨兵立つ戦場に、風雅陽平の声が響く。
 迂闊だった。それはほんの些細な油断だった。だが、その油断はあろうことか、守るべき姫君、翡翠を奪われるという最悪の事態にまで発展していた。
 忍者とも死神ともつかない姿が不気味な、黒い忍邪兵の手に捕まれた翡翠に、獣王クロスフウガの手が伸ばされる。
 だが、思った以上に素早い動きを見せる忍邪兵は、そうそう奪い返す機会を与えてはくれない。獣王の動きさえも翻弄して、何度も跳躍を繰り返す。
「なら! こいつで……どぉだぁッ!!」
 陽平の雄叫びと共に、獣王の両腕に装備された爪──獣爪がアンカーのように飛ぶ。右の獣爪を忍邪兵に直撃させ、左の獣爪を翡翠を捕らえた腕に絡みつける。
「ぜってぇ逃がさねぇ! 大人しく翡翠を返しやがれ!!」
 忍邪兵が獣爪を引く力を利用して飛び上がり、一気にその間合いをゼロにする。
「ようへいっ!」
「翡翠ぃぃッ!!」
 小さな手を必死に伸ばす翡翠と、陽平の視線が交差する。
 だが、獣王の手が忍邪兵に捕まれた翡翠に重なった瞬間、忍邪兵周辺の空間が波打つように歪み始める。
 それがガーナ・オーダが撤退するときに起こる現象であると気づいたとき、陽平の視界も大きく歪み始めていた。
(なっ! なんだよこれは!?)
 腹中のものが込み上げてくるような気持ちの悪い感覚に、陽平がしきりに顔をしかめる。
「翡翠……、翡翠ぃぃぃ!!」
 遠く離れていく翡翠の姿に自分の手が重なった瞬間、陽平の視界は黒に染まっていた。






勇者忍伝クロスフウガ

V S

勇者新生アークセイバー

『風を斬る剣』







 以前、宿題でこの城跡市のことを調べたことがあった。
 そのときは兄のような青年と姉…というよりも友達に近い少女と3人で図書館だったけど、今日は違う。
 引率の教師に連れられながら、佐々山 準はクラスメイトと共に周囲を見渡していた。
(ホントにここであんなことがあったのかな…)
 半信半疑ながら、準は以前図書館で調べた内容を思い出していた。
 浮かぶ単語は大魔王≠ノ城塞牙=Bどちらも現実からは遠く離れているような気がする。
「でも…」
 呟きながら準はちらりと視線を左手に移す。
 袖で隠れているものの、その下には確かに青いブレスがある。
 この通信ブレスは、彼自身が非現実へ足を踏み入れたなによりの証なのだ。
 そう考えると、やはり図書館で調べたことは現実にあったことなのではないか、という気もしてくる。
 ふと、そんなことに対してモヤモヤと思考を巡らせていた準の視界に何かの姿が入り込んだ。
 大きなリボンが視界の中央で動き、準は少し躊躇いがちにその少女の名を口にする。
「建礼門院さん?」
「あ! え! 違いますの! 私は別に佐々山くんと一緒に行動したいとかそういう気があって誘いに来たとかそんなことはありませんの!」
 突然振り返ったクラスメイトの少女は、あたふたとしながらそんな聞きもしないことを口走る。
「えっと、つまり…僕たちの班と一緒に行動するってこと?」
「ち、違いますの!」
「違うの?」
 さすがの準も次第にわけがわからなくなってきた。
 なんだか怒ったようにも見えるクラスメイトの顔に、準はそっと見つからないように溜息をつく。
(サヤお姉ちゃんならこんなことないのに…)
 ここにはいない優しい姉のような女性を思い出し、準は再び視線を左腕に向ける。
 目ざとくそれに気づいたらしく、クラスメイトの少女の表情が変わる。
「大丈夫。口は堅い方だと言いましたの。佐々山くんがアークセイバーだということは誰にも言いませんの」
 耳打ちするようにひそひそとそんなことを言う建礼門院 山茶花に、準はやはりもう一度こっそりと溜息をつくのだった。
 だが、そんな準の視界の端でなにかが動いた。
(あれ…?)
 周囲を気遣い誰にも見つからぬようにそっと脇道へ入り込み、動いたように見えたそれへと歩み寄る。
 しかし、それが少女の姿なのだと認識した時点で準は駆け足になっていた。
 怪我らしい怪我はないように見える。歳はおそらく自分と同じくらいなのだろう。しかし、そのどれもが少女がここで倒れている理由になりはしない。
「でも…」
 かわいい子だと素直に思った。規則正しい寝息をたてて眠る姿は、どこかお姫様のようにも感じる。
「あ、感心してる場合じゃなかった」
 ふと我に返った準が少女を助け起こそうと手を伸ばした瞬間、大きな揺れに続いてクラスメイトたちの悲鳴が聞こえてくる。
 何事かと咄嗟に振り返った準は、見慣れた青と白を基調とした巨大なロボットが横たわる姿に驚愕したまま膝をついた。
「アーク…セイバー…。か、和真兄ちゃん!」
 準の声に、アークセイバーは僅かな呻き声をあげる。
「ち…くしょう…」
 吐き捨てるように口にしたその言葉を最後に、アークセイバーはその意識を手放した。






「くそ! なんなんだいったい!」
 痛々しく腕や胸を包帯で覆う剣 和真は、込み上げる怒りを抑えようともせず、荒々しく拳を寝台に叩きつける。
 それは突然の襲来だった。
 突如現れた謎の忍者メカに緊急で出動した和真ことアークセイバーは、今までにない苦戦を強いられた。
 複雑かつトリッキーな動きで翻弄され、身軽ゆえに素早い攻撃に対処できぬまま空中戦へともつれ込み、飛行の要であるソードイーグルに多大なダメージを負わされ地上へとまっ逆さまに墜落した。
 そして見知った少年の声を聞きながら意識は薄れ、気がつけば彼らの秘密基地であるここアークの医療設備に寝かされていたというわけだ。
「カズマ、目が覚めましたか?」
「ああ」
 ここアークのホストコンピューターであるサヤは和真の怪我の具合を確かめに来たのだろう。手に包帯の換えなどを抱えたまま扉を潜り抜ける。
「あの忍者野郎は?」
「アークセイバーが倒れた後、EGOが追っていたようですが…」
 言い澱むということは撒かれたということなのだろう。無理もない。あれほど忍者を忠実に再現したようなメカを追跡するなど、同じ忍者でもなければ不可能だ。
「解析してみましたが、あれは今までのどのメカとも違います」
「ああ。見た目から判断しても、ありゃぁデス・ゲイムスじゃない」
 デス・ゲイムスのメカとは違い、どこか生命の息吹さえ感じたあの忍者メカはいったいなんなのか。
「そうだ! そんなことよりアークローダーは? ソードイーグルは?」
「現在鋭意修理中です。しかしアークローダーはともかく、ソードイーグルは…」
 背中を派手にやられたために修理には時間がかかるらしい。
 怒りと無力感に和真は拳を握り締める。
(どうすりゃいい。どうすればあいつを倒せる…)
 残るアークセイバーの武装バリエーションであるガンナーとアーマードでは、おそらくあの速度には対抗できない。
 攻撃が当たれば致命傷になるのかもしれない。しかし、当てることができなければサンドバックになるのはこちら側だ。
(どうする。なにか有効な手段は…)

くいくい──。

(アーマードで動きを止めてガンナーで仕留めるか…)

くいくいくい──。

「袖をひっぱるな! ってか、ちょっと考え事してるから後にしてくれ」
「ようへい、どこ?」
「知らねぇよそんなのって……え?」
 ふと見れば、そこに見知らぬ少女の姿があった。その瞳に浮かぶ、今にも溢れ出しそうな涙に和真の頬が引きつる。
「だ、誰?」
 我ながら素っ頓狂な声を出したと思う。しかし、そんなことを考えている場合でないくらい状況が芳しくないことは見ればわかる。
「ようへい、しらない?」
「わー! ちょっとマテ! 泣くな早まるな!!」
 泣き出しそうな少女を必死にあやし、和真は目でサヤに助けを請う。
「カズマは子供が好きなんですねー」
 通じなかった。
「その子はアークセイバーを回収に向かったガーディアンズに準が連れ帰ってほしいと頼んだそうですよ」
「なんでまた?」
 まさか準のガールフレンドというわけでもあるまい。
 そんな和真の疑問に応えるかのようにアークの入り口が開き、準が慌てた形相で飛び込んでくる。
「和真兄ちゃん!」
「おお! 準! 早くこの子をなんとかしてくれぇ…」
 我ながら、実に情けない声が出たものだ。
 すがりつくような和真に、準が視線を動かせば今にも泣き出しそうな少女がこちらをまじまじと見つめている。
 和真の袖を握ったまま離そうとしない少女の姿に、助けを乞われた当の準は、ゆっくりと歩み寄る。
「ねぇ、どうしてあんなところにいたの?」
 準の質問の意味がわからないのか、少女は小さく首を傾げる。
「なんだ。準のガールフレンドじゃなかったのか」
「ち、違うよ!そんなんじゃないよ!」
 顔を真っ赤にして否定する準に、和真は「かわいい子じゃないか」などと追い打ちをかける。
 準も準でまんざらでもないらしく、少女とサヤの間を視線が行き来する。
「とにかく、僕たちそんなんじゃないから!」
 訴えるような瞳でサヤに念を押すが、当のサヤは、
「そうですか?ではジュンのボーイフレンドなんですねー」
 などとズレた回答を導き出していた。
「ちょっとマテ!なんでガールフレンドじゃない =(イコール) ボーイフレンドになる!?」
「はい?ですが以前、マキがそういう世界もあるのだと…」
「ええいっ!またしてもあいつか!?」
 叫びながら地団駄を踏み、和真は脳裏に浮かぶ麻紀に向かって拳を突き上げる。
 そして、なぜ麻紀は思い浮かべるといつもいつも邪悪な笑みを浮かべているのか。

くいくい──。

「な、なんだよ…」
 先ほど泣きそうになっていたのを思い出し、和真の頬が僅かに引きつる。
 しかし、予想に反して少女に、
「わたしもあいてする」
 などと上目遣いに袖を引かれ、和真は目幅の涙を流しながら脱力した。






 時は僅かに遡り、アークセイバーが忍者ロボに撃墜された頃。
 我らが勇者忍者は、見知らぬ街を徘徊しながらはぐれた主の姿を探し廻っていた。
 気がついたのは数時間前。風雅陽平は何処とも知れぬビルの屋上で目を覚ました。
 共にいたパートナーの無事を確認し、現状を把握するために情報を集めて廻ったところ、少なくともここが時非市ではないことが判明した。
「クロス、翡翠の気配は確かにあるんだな?」
 翡翠の持つ勾玉は忍巨兵と繋がりがあるらしく、互いの存在を知覚できるらしい。
 本来、陽平の持つ獣王式フウガクナイにも同じ力があるらしいのだが、未だにそれらしいものを感じたことはない。よって、こういった場合はパートナーである獣王に頼るしかなくなる。
『ああ、間違いない。しかしどこかに匿われているのか…あまりに気配が稀薄だ』
「囚われてる可能性は?」
『否定できない』
 陽平は苛立ちから拳を掌に打ちつけ、己の失態に怒りを覚える。
 あの時油断さえしなければこんなことにはならなかったはずだ。
「翡翠、無事でいてくれよ」
 その瞬間、陽平は弾かれたように前へ跳び、素早く背後を睨みつける。
「誰だッ!?」
 僅かな気配。どうやら自分を尾行していたのか、相手は見つかったと知れた途端に姿を隠す。
 だが所詮は素人。普段から実践紛いの稽古で鍛え抜かれた陽平の感覚は、はっきりと人の気配を捉えている。
「そこにいるのはわかってる。出てこいよ…」
 一度だけ、怒気をはらんだような声で警告する。もし出てこないようならば…。
 だが、思った以上にあっけなく、その人物は陽平の前に姿を現した。
 それは、メガネが印象的な制服姿のおさげ少女だった。年の頃は自分と同じ程度。手にはデジタルカメラを持ち、ややバツが悪そうに笑みを浮かべているところを見ると、悪意があるようには思えない。
(そもそも俺が感じたのは…どっちかってぇと探究心みたいな視線だった)
「…俺になんか用か?」
 少女は応えない。変わりに、動きにはやや緊張が見られる。
「……大丈夫だ。取って食ったりしねぇよ」
「それならその物騒なもの、しまってくれるとありがたいな〜」
 口調自体は明るいものだが、やはり緊張しているのか動きはぎこちない。
 しかし、ふと自分の手にしたクナイに目をやり、陽平もまたバツが悪そうにクナイを懐にしまう。
「はぁ。これでいいか?」
 溜息交じりに尋ねる陽平に、少女こと西宮 麻紀はようやく安堵の笑みを浮かべた。






「……むぅ」
「どうしたのですか、カズマ」
 腕を組み唸りにも似た声を漏らす和真に、サヤが覗き込むようにして声をかける。
 無理もない。和真の唸りは、もうかれこれ二桁にも達している。
 謎の少女こと翡翠の語る内容に、和真だけではない。準もまた、ひどく困惑している様子だ。
「いや、理解できないこともないけど…」
 自身のように戦う少年がいる。それは決してありえないことではないと思う。
 しかし、この世界ではない別の世界≠ニなると、また話が変わってくる。
「こういうの、パラレルワールドって言うんだよね? 本で読んだことある」
 準の言葉を肯定するようにサヤが頷く。
「決してありえないわけではないですからね。例えば、昨晩の食事がサバの味噌煮じゃないカズマの世界」
「えらくピンポイントだなおい…」
 しかし、そのくらい微妙な違いでさえ別の世界を生み出す要因となるということなのだろう。
 違う可能性。違う歴史を歩む同じ世界。
「ようへいは、ガーナ・オーダとたたかってる」
 出されたジュースとストローで格闘していた翡翠が口にした言葉に、和真が首を傾げる。
「なんだよ。そのガー…なんとかって」
「のぶなが」
 翡翠の回答に、和真と準が思わず吹き出した。
「のぶながって、あのノブナガ?」
「大魔王……なのか」
 何故だろう。麻紀が勝ち誇ったような笑みを浮かべているような気がしてならないのは。
「いや、それはともかくだ…」
 和真の言葉に翡翠が小首を傾げる。
「なんで俺の膝の上でジュース飲んでるんだ?」
「だめ?」
「いや、ダメとかそういうことじゃなくて…」
 わからないという風に首を傾げられ、和真は今日何度目かの唸りを上げた。
「ああ、いい。わかった…俺が悪かった」
「ん…」
 白旗を振る和真に、わかったのかわからないのか、翡翠は再びストローに口をつけた。
「で、どうなんだよサヤ」
 先ほどからずっとアークにアクセスしながらなにかを行っていたサヤは、小さく頭を振る。
「だめです。ヨウヘイさんは見つかりません」
「って、探してたの忍邪兵とかいうのじゃないのかよッ!?」
「だってかわいそうじゃないですか、カズマ」
「そうだよ和真兄ちゃん!」
 内心で和真は嘆く。
(俺だけか。俺だけがまともなのか! それとも俺だけがおかしいのか!)
 心の叫びは滝のような涙となって否応なしに現れる。
 そもそも、今、忍邪兵というあの忍者メカを見つけたとしても、和真には対抗する手段がない。
 当然、手段がないからと手をこまねいているわけにはいかないのだが。
(早く対抗策を考えねぇと…)
 だが、何も浮かばぬ和真に追い討ちをかけるかのように、アークの警報が鳴り響く。
「くそッ!」
 膝の上の翡翠を下ろし、和真は頬の絆創膏をはがす。
「和真兄ちゃん! 無茶だよ!」
「サヤ、アークローダーは?」
「損傷率0パーセント。合体可能です」
 サヤの言葉に頷き、和真は愛機セイバーへと駆け出した。






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