『これは、勇者忍軍がとある別世界で彼と出会う前の物語である。』
勇者忍伝クロスフウガ V S 勇者剣伝ヴォルライガー 『今、僕にできること…』 その日、風魔忍軍随一のくノ一である 山から見上げた夜空は、都会のそれと比べ物にならぬほど澄み渡り、自分が重要な任を担っていることを忘れてしまいそうになる。 しかし、この澄んだ空の下で、弟や妹、更にはその仲間たちが熾烈な戦いを続けていると思うと、この場に眠るものの目覚めはまだかと気持ちばかりが急いてしまう。 「でも、本当に扱えるかしら?」 この問いかけに答えるべき少年、 ともあれ、これが目覚めれば確実に勇者忍軍にとって大きな力となるはず。そんな思いを抱いたまま再び見上げた星空に、一筋の星が流れた。 こういうときは定番に従って願いをかけてみるべきか。だが、もし流星が願いを叶えるというのなら、消えない流星があればいいのにと、少し妄想じみたことを思う。 「ふふ、もうそんな年でもないか…」 夢見がちだった頃の自分。もっとも、幼い頃から修行ばかりだった彼女に、そんな時期があったのかと聞けば、おそらく「ノー」と答えるだろう。 悲しいかな、自嘲の笑みが漏れた。 だが、そんなことも束の間、椿の表情がみるみるうちに険しいものになる。 先ほどの話ではないが、流星が消えない。いくら待とうとも、落ちることがない。いや、徐々にだが確かに降下している。 近くに控えていた数名の忍が姿を現し、椿の指示を待つ。が、手で制すると椿は自らその落下予測地点である麓へと駆け下りていく。まだ、くノ一としての椿を知らない陽平がこの姿を見れば、実に面白い顔をしてくれるに違いない。 そんなことに頬を緩ませつつ、椿は風となって山を駆け下りた。 それは星ではなかった。 ゆっくりと目の前に降りてきたものに、椿でさえ一瞬我が目を疑った。 だが、自分たちの戦っている相手は常識を遥かに超えた者たち。そうそう油断はしていられない。 丁度、自分の胸の高さまで降りてきたそれに手を差し伸べ、羽でも持っているかのように両手で抱きとめる。 もう一度言おう。これは星ではない。 「…人が降ってくるなんて、天気予報ではいっていなかったはずだけど」 自分の手に確かな重みを感じさせる人物に、椿はひとりごちるように呟いた。 女性で通りそうな綺麗な顔立ちに、見事にハネたクセッ毛。傷だらけの身体に、腰には剣を挿している。年の頃は陽平と同じ17か、少し上くらい。そんな少年が流星の正体だった。 一瞬、勇者忍軍のメンバーかとも思ったが、聞いたメンバーには既に一度会っている。 自分は巫女でないために邪気などは感じられないが、とても邪な者には見えない。むしろ、邪な者を浄化してしまいそうな暖かさを感じることが出来る。 上下する胸、正常な脈に生存を確認し、指を鳴らせて忍を2名呼び寄せる。 「屋敷はまずいでしょうから、小屋に運んで。それと、誰も手は出さないよう…」 椿の言葉に、1人が背負い、もう1人が背中を押さえて素早く、だが極力背は揺らさないように走り出す。 遅れて駆け出した椿は、ふと陽平や柊のことを思い出し、あのくらいの年の少年は皆こうなのだろうかと苦笑を漏らした。 ゆっくりと覚醒する意識にあわせ、重い瞼もゆっくりと持ち上げる。 蛍光灯ではなく星の光で目覚めるのは、ひょっとしたら初めてかもしれない。 未だ、おぼろげにしか浮かばない記憶を手繰り寄せ、戦っていたはずの自分が眠っていたことに、ひどく衝撃を受けた。 彼の名は 腰にあるはずの感触がないことに、志狼の意識は急速に覚醒し、大慌てで跳ね起きた。 「気がついたのね」 起き上がった志狼の顔を覗き込み、椿はほっと胸を撫で下ろした。 「え? あ…と」 寝ぼけているわけではない。単純に混乱していて、上手く言葉にならないだけだ。そんな志狼に助け舟を出し、椿は穏やかな笑みで枕の方を「ちょんちょん」と指差した。 「探し物はみつかりました?」 椿の笑みに、気恥ずかしさから、志狼は赤面したままナイトブレードを手にする。それと同時に、一瞬でも剣士の魂を見失ったことに己で未熟を叱咤する。 「では…」 一呼吸をく椿の言葉に、志狼は視線を椿へと移す。 「私は風魔椿といいます。現時刻は午前4時。ここはとある山中の小屋の中です。わけあってこの付近に滞在していたのですが、突然この付近に降りた星を追いかけたところ、貴方を発見しました。発見からはまだ数時間しか経っていません。怪我は私の友人が治していきました。あ、ご心配なく。古傷は残してありますよ。男の人にとっては必要なものでしょう?」 畳み掛けるような早さで状況を説明する椿に、志狼は唖然として聞いていた。 「他に尋ねたいことはありますか?」 「いえ、ないです」 本当はややひっかかる部分もあったが、こちらが尋ねる前に語ったことを考えれば、あまり余計なことは聞かれたくないのだろうと察したのだ。 「では、こちらの質問にも答えていただけますか?」 椿の言葉に、志狼は黙って頷いた。正直、星がどうこう言われても答えられる自信はない。 「では…」 さっきと同じように、一呼吸を置く。 「貴方の名前、教えていただけますか?」 そういえばとばかりに志狼は苦笑した。椿の語りに圧倒され、肝心なことを失念していたようだ。もっとも、言うタイミングがなかったこともあるが。 「御剣…志狼です」 聞き取りやすいよう、姓と名を区切って名乗る。 「すみませんでした。助けていただいたのに、お礼も言わない、名乗りもしない…で。助けていただき、ありがとうございました」 頭を下げる志狼に、椿は満足そうに頷いた。 「しっかりと礼節を重んじているのね。それに、志狼…素敵な名前ね。ミツルギは御する剣と書くのかしら?」 「はい」 大きな三つ編みを揺らし、椿はやはり満足そうに頷く。 「 「あ、家に道場はあるけど、門下生は俺1人です」 「そうなの? 私の家にも同じように門下生が実子だけの道場があるのよ」 正直、この状況に志狼はやや戸惑いを感じていた。 状況が状況だけに、本当はいろいろ確かめなければならないはずなのだ。自分がここにいる理由も…。それなのに、椿の会話はどんどん日常のことへ移り変わっていく。 (この人は気にらないのか?) そのとき、志狼の腰で僅かにナイトブレードが震えた。 「あ、あの…」 「なに?」 首を傾げる椿に頭を下げて立ち上がる。 「お話の途中に申し訳ないんですが、少し外の空気を吸ってきてもいですか?」 「あ、ごめんなさい。怪我人…だった人に長々と」 「いえ」 頭を振って、志狼は小屋を出た。風は思った以上に冷たく、ここが山中であるというのが本当なのだと痛感する。もちろん、周囲の木々もその証拠を示している。 そういえば、椿ほどの人物なら「一緒にいこうか?」と聞いてもよさそうなものだが…。 (1人で行きたかったのに気づいていた…? もしくはヴォルネスに…) そんな考えを振り払い、志狼は少し小屋を離れてナイトブレードを引き抜いた。不思議なくらい手に馴染んだ柄に、僅かに頬をほころばせる。 「ヴォルネス」 できるだけ周囲を警戒しながら小声でパートナーに語りかける。反応はすぐにあった。 『志狼、無事でなによりだ』 「お互い様だろ? それより状況を説明してくれ。なにがどうなってんだ?」 『私にも正確にはわからないが、戦闘中に何者かの仕業で世界の外へと弾き出されたようだ』 「世界の…外?」 言われてみれば確かに、ここはいつもの地球よりもミスト濃度がかなり薄い。 しかし、一体誰が、そしてなんのためにそんなことをしたのか。 「くそっ! 早く戻らないとエリィが心配通り越して怒ってそうだ」 少々場違いなコメントのようで、その実、しっかりと的を得ている。しかし、その場にいないはずの父・剣十郎の殺気を感じたような気もして、志狼は二つの恐怖に身体を震わせた。 だが、それと同時に周囲に複数の気配を感じ、志狼は注意深く周囲を窺っていく。 完全ではないものの、気配はほぼ隠れている。常人にはその場にいることすらわからないだろう。だが、生憎志狼は常人とは少し違う。 しかし、気配は捉えたものの、やはりその姿は見えてこない。なにか特殊な方法で隠れているのだと察したそのとき、風を切ってなにかが襲い掛かった。咄嗟に身をかわして回避したものの、こう暗くてはそれがなんであったか確認できない。同じような攻撃を二度、三度とかわし、志狼はやれやれと肩を竦める。 どうやら相手は近接攻撃を仕掛けてくる気もないらしく、志狼は完全に狙い撃ちの的にされている。 『どうやら相手は暗闇でのエキスパートのようだな』 「まるで忍者みたいなヤツらだな」 そして再びなにかが飛来したそのとき、自分とそれとの間に入った誰かが攻撃を容易く撃ち落していく。 自分の足元に落ちたそれを見て、志狼は自分の発した単語をよくよく思い出してみる。 「これって…手裏剣だよな?」 『そのようだ』 「…マジで忍者?」 志狼の驚きも束の間、自分の前に立ち、どういうことか守ってくれている人物が志狼を突き飛ばすように後退する。 「何をしているんですか、逃げてください!!」 「え!?」 その名を確認するまでもない。それは間違いなく、数分前まで自分と一緒だった女性、風魔椿その人である。 椿に手を引かれながら走る志狼は、このとんでもない状況を理解しようと必死に頭をフル回転させる。だが、それらしい理由がどうしても見つからない。 (聞いたら答えてくれるのか?) 一瞬、そんな疑問が頭を過ぎる。椿には秘密がある。しかも、聞いてはいけないような重大な秘密が。しかし、自分にそれを尋ねる資格はあるのだろうか。そんな考えが堂々巡りになり、志狼は何度も頭を振る。 だが、意を決して志狼が口を開こうとしたとき… 「お話しておかなければなりませんね」 足を止め、振り返る椿はさっきまでの格好とは打って変わり、ずいぶんとラフ…いや、特異なものとなっていた。志狼の知る限りでこんな格好をするのは、小説などに出てくる忍者くらいなもの。そして、先ほどまでの襲撃者たち。理解はし難いが、なんとなく答えは見えはじめていた。 「まずは巻き込んでしまったこと、大変申し訳ありませんでした」 深く頭を垂れる椿を、志狼は唖然と見つめていた。正直、普段が普段だけに、あまり巻き込まれたという感じがしない。そんなことで謝られても、どこかこそばゆいだけだ。 「あの、俺の方こそ助けてもらって…」 今度は椿が頭を振る番であった。 「あの者たちはガーナ・オーダの陰者。私たちの守る、あるものを狙ってきた者たちです。異界からの来訪者である貴方に罪はありません」 襲撃者たちの正体。むしろそんなことはどうでも良かった。ただ、この時点で一番の衝撃は、椿の最後の言葉。自分もつい先ほど知ったばかりの事実を口にされたことだった。 「…どうして、それを?」 「志狼くんと…、その剣との会話をずっと傍で聞いていました」 『しかし、確かに気配は感じなかった』 ナイトブレードから聞こえるヴォルネスの言葉に、椿は柔らかな笑みを浮かべる。 「ダメですよ。バレたと思っても、それは嘘かもしれません。不用意に貴方が言の葉を口にするべきではありませんわ」 志狼とヴォルネスの「はぁ」という感嘆の声が見事に重なった。 「それと、気配を隠せずしてくノ一は勤まりません。申し遅れましたが、これが私のもうひとつの顔、風魔忍軍がくノ一、椿です」 だが、唐突に忍者だとかくノ一だとか言われても、いまいちピンとこない。だが、こうして話をしている間に陰者たちは確実に距離を縮めてくる。いつまでも混乱しているわけにはいかない。 「来たようですね。ここは私が食い止めます。志狼くんはこの先へ進んでください。仲間の忍たちが迎えてくれるはずです」 「わかりました。ここで食い止めればいいんですね?」 完全にズレた志狼の言葉に椿は思わず振り返るが、ナイトブレードを大剣に変え、右手で弧を描くように剣を振って肩に担ぐ志狼は、迫り来る陰者に切り裂かんばかりの視線を向ける。 「俺も戦います。足手まといにはなりません」 陰者たちから目は離さず、志狼は毅然と言い放つ。 「それほどの闘志を持つ者を止めるすべを、私は知りません。志狼くん、どうかお気をつけて…とは、貴方には失礼な物言いかもしれませんね」 一瞬だけ視線を交差する二人は、襲い来る陰者に向かって走り出した。 木を伝って襲い来る陰者の脇腹を斬って足を止める。致命傷だが死には至らないはずだ。まだ生きていることを確認し、志狼は次々に襲い来る陰者たちを同様に戦闘不能にしていく。 (そういえば手裏剣がこねぇ) つい先ほどのように遠距離から攻撃されれば、剣士である自分は手も足も出ないのだが。しかし、その答えはすぐに見つかった。 「…すげぇ」 志狼の視線の先には、舞うように戦う椿の姿がある。椿は、志狼へと投げられた投擲武器をすべて己の武器で撃ち落し、尚且つ自分の敵は確実に息の根を止めている。 『すごい女性だな』 「ああ…」 そうして志狼がまた1人の陰者を戦闘不能にしている間にも、椿は5人の陰者を同時に撃退する。 「志狼くん、殺さずとはさすがですね。しかし、この者たちは命を持たぬ 傍らに降りた椿はそう伝えると、風のような動きで次々と陰者を切り伏せる。 だが、おかげで枷は外れた。ナイトブレードを握りなおす志狼のマイトが発動し、身体からは僅かに紫電が迸る。 「御剣流剣術…、電光石火ぁ!!」 マイトとは、人や動植物の持つ生命力。そのマイトには属性というものが存在し、その中の雷のマイトを応用した剣術が志狼の使う御剣流剣術である。 足に雷のマイトを集中することで、志狼の脚部筋肉が通常の何倍にも増強される。 「ひゅっ──!!」 ジグザグに…、まさに雷のごとき軌道を描いて陰者を次々と屠っていく。その速さは文字通り電光石火。味方である椿も、敵である陰者さえも志狼の動きに目を見張る。 「斬っ!!」 襲い来る陰者を袈裟切りにしながら周囲を見回せば、勝てぬと悟ったのか、陰者が次々と後退していく。 理由がない以上、去る敵を追うような真似はしない。志狼は深呼吸で残心を取ると、椿の方を振り返った。 「お見事です。御剣流剣術、確かに見せていただきました」 忍刀を納め、椿は先ほどと変わらぬ笑みを志狼に見せる。戦闘中とのあまりのギャップに戸惑いながらも、志狼は照れ隠しに頬を掻く。 「しかし妙ですね。あまりに歯応えがなさ過ぎる気がします」 そうなのだろうか。曖昧に頷きながら志狼は椿に倣い周囲を窺ってみる。 「志狼くん!」 志狼を庇うように半身を出す椿は、腰の忍刀に手をかける。その視線の先から響く不気味な金属音に、志狼も思わず唾を飲み込んだ。 ひしひしと伝わってくるプレッシャーが、まだ見ぬ相手の力を無言で物語る。 「キサマが謎の高エネルギーの正体か」 姿を見せた銀の鎧武者、鉄武将ギオルネは、背中に挿した巨大な野太刀を軽々と抜き放ち、その切っ先を志狼へと向けて言い放つ。 (謎の高エネルギー? なんのことだ…) 「いつまでも女子の背に隠れることもあるまい。キサマも剣士なら…抜け」 ギオルネの言葉に、志狼は有無言わずに椿の前に出る。ナイトブレードを握り締め、その切っ先をギオルネの喉元へと静かに傾ける。 「椿さん、さがって…」 素直に従い、椿はゆっくりと後退するが、その目は「事あらば必ず手を貸します」と明言している。 よくよく世話をかけてしまう。そんな自分に苦笑し、志狼は改めてギオルネを睨み付ける。 「その意気やよし。剣士よ、我が名は鉄武将ギオルネ…いざ!」 腰を落とし、いつでも踏み込めるよう、足のバネをゆっくりと沈めていく。 「尋常に…」 志狼もまた、腰を落として構えを右半身の刺突へと変えていく。 2人の剣士の視線が交差し、同時に互いの一歩を踏み込んだ。 「「勝負っ!!」」 先手必勝。電光石火を利用して一気に距離を縮めた志狼は、懐に潜り込むと左脇から右肩にかけて斜めに切り上げる。だが、ギオルネもまた、退いて間合いを殺し、その長く重い野太刀を振り下ろす。互いの刃を弾きあい、密着状態での攻防を何度も繰り出していく。 (強い! 少しでもマイトの集中が解ければ確実に斬られる!) 再び電光石火を用いて距離を置き、肩で息を切らせながらナイトブレードを構えなおす。父・剣十郎ほどでもないが、その実力はかなりのもの。志狼は出し惜しみせず、雷のマイトを次々に雷球へと変えていく。 「爆裂雷孔弾!」 志狼の意思によって無数の雷球がギオルネに襲い掛かる。が、ギオルネもまた無造作に振り回した野太刀のみでそれを切り落としていく。雷球の爆発が煙幕となり、2人の視界を完全に遮断する。 (よし! これならいける!!) 手近な木の枝に跳び乗り、さらに跳躍と電光石火を駆使して高々と跳びあがる。続けて雷のマイトを剣に集中させていくと、大上段から降下と同時に一気に切り下ろした。 「御剣流剣術、御雷落しぃぃっ!!」 落雷と共に放たれる強烈な斬撃に、咄嗟に野太刀で防御したギオルネは顔を歪めながら膝を突く。 刃は届かずとも、確実に電撃が銀の鎧を通してギオルネにダメージを与えていく。 胸を蹴って飛び退き、志狼は息も絶え絶えにギオルネを凝視する。 (あれだけ絶妙なタイミングで技を繰り出してるってのに…、一発もまともに決まらないなんて) 「これか。これがキサマの力の正体か…」 立ち上がるギオルネは「くくく」と笑い声をもらす。 決して効いていないはずはない。それでもこうして笑えるのは持ち前の防御力か、それとも… (俺の未熟か…) そう思うことで明日の自分がもっと強くなれる。志狼はいつもそう思うことにしている。所詮、剣術も自分に満足した時点で成長は止まってしまうもの。ならば己を常に未熟と思い、どこまでも高みを目指すのみ。 だが、今の攻撃で倒せない相手なら、自分の持ち技で通じるものは1つしかない。 (でも真剣で放てば間違いなく相手を殺してしまう) 先ほどの陰者と違い、このギオルネには確かな命を感じる。むしろ、燃えるような熱い闘志を。 「人を斬ったことがないようだな」 いきなりの図星に、志狼は奥歯を噛み締める。それはある意味、剣士としては致命的な弱点にもなる。特に自分が未熟な場合、相手を殺さずに止めることはまず不可能と言ってもいい。 迷いは剣に出るというが、ギオルネに見透かされた自分に、志狼は内心で叱咤した。 「キサマとの勝負、もうしばし楽しむのも悪くないが…、信長さまのご命令だ。その力を我らがものに!」 懐より取り出した黒い巻物を紐解き、血のように赤い文字が邪な光を放ちながら宙になにかを形作っていく。 「風雅奥義・外法、 周囲の動物が倒れ、鳥は落ち、木々は瞬く間に枯れていく。この周辺に存在する生き物たちが次々にその生命活動を停止していく光景に、志狼は無意識に飛び出した。 「やめろぉぉぉぉっ!!」 マイト使いの志狼には全てが見えた。生命力とマイトは同義。その生命力が全てあの禍々しいなにかに吸収されていく。 周囲の生命力を糧に核を生成し、周囲の物質を原子レベルで分解、再構成して巨大な兵士を作り出す。それが忍邪兵之術の正体である。 だが、志狼が剣を振るよりも早く、それは活動を開始した。20メートルを超える巨人がその拳を撃ち下ろし、当たってもいないはずが、そのあまりの衝撃に志狼は仰け反って吹っ飛ばされる。が、叩きつけられる前に柔らかなクッションが志狼を包み込み、緩やかに着地した。 「大丈夫ですか?」 すぐ近くにある椿の顔。そして背中にはまだ柔らかな感触が…。 「うわったあぁぁぁ!?」 こんな状況だというのに、思わず赤面して跳び上がる。できるだけ椿を見ないように、頬をおもいっきり叩き、志狼はナイトブレードを掲げた。 「椿さん、できるだけ離れて!」 そう言いながらも自分が走り、可能な限り距離を置いて天高く声をあげる。 「召喚! 剣士ヴォルネス!!」 志狼の声が落雷を呼び、雷と共に騎士の鎧──剣士ヴォルネスが姿を現す。 「剣よ!我を戦いの力に導け!!」 そのキーワードを口にすることで、志狼はヴォルネスを纏う勇者となる。全身の感覚がリンクし、志狼の動きに合わせてヴォルネスがナイトブレードを振るう。 「ウオオオオオッ!!」 「サイズが違いすぎる。一気に合体だ!!」 「了解! ライガァァァァドッ!!」 ヴォルネスの叫びが雷雲を呼び、額のクリスタルに集まった光を空に向かって放つ。すると雷雲から一条の雷が地面に落ち、雷は獅子の姿へとその形を変える。 「ヴォルネス! ライガード! 雷獣合体≠セ!!」 「了解! リンク解除! 合体モード!!」 変形し人型になるライガードの胸にヴォルネスが合体する。フォームアップの掛け声と共に閉じられるフェイスマスク。胸に獅子を携えた緑の騎士が降臨する。雷を身にまとう巨人は己が名を高らかに叫ぶ。 「雷獣合体、ヴォル!!ライ!!!ガァァアア!!!!」 大地に降り立つヴォルライガーと忍邪兵の視線が交差する。 同時に地を蹴って、両の手をがっちりと組み合う。両者の足元が徐々にひび割れ、めり込んでいく。 「やるな剣士。この忍邪兵・雷神と互角とはさすがだ」 2人の遥か上空で腕を組むギオルネの言葉に、志狼は不敵な笑みを浮かべる。 「互角? これが全力かよ! じゃあ雷神よりも雷獣の方が強いってことだな!!」 「むんっ!!」 ヴォルライガーが更に力を込めると、雷神の足が見る見るうちに沈んでいく。 「なにぃ!?」 「それじゃ動けねぇだろ。引っこ抜いてやるぜ!!」 両腕を引きちぎらんばかりの力で引き寄せ、その勢いで雷神を空高くほおり投げる。が、空中で体勢を整えた雷神は見事に着地し、素早い動きでヴォルライガーへと強烈なタックルを放つ。 「くっ! まだわからねぇかよ! パワーならなぁ…」 強烈なタックルにも踏みとどまり、ヴォルライガーは逆に雷神を押し返していく。 「このヴォルライガーの方が上だ!! てえええぇぇい!!」 あまりに見事な背負い投げに、さしもの忍邪兵も受身が取れずに山を転がり落ちていく。 そんな壮絶な光景を傍観する椿は、指を鳴らして忍を呼び寄せると、 「勇者忍軍に連絡を…」 それだけを伝えると忍たちは風のように消えていく。 再び見上げれば、ヴォルライガーと名乗った緑の巨人が片刃の刀を抜き放っていた。構えや動きを見れば、あのヴォルライガーが忍巨兵と同じように操者の動きをトレースしていることは容易に想像がつく。 「と、いうことは御剣流剣術も…」 椿の呟きに応じるよう、ヴォルライガーの足に雷のマイトが集中する。 「御剣流剣術、電光石火ぁ!!」 やはり志狼と同様に、加速したヴォルライガーが雷神の腕を斬り飛ばす。 「今だ! 一気に決めてやる! 御剣流剣術奥義!!」 ヴォルライガーの構えが、左半身の刺突へと変わる。背中へと集中した雷のマイトが両肩を通して剣へと流れていき… 「オオオオオオォォッ!!」 奥義を放とうと雷が今までにないくらい高まった瞬間、ギオルネは待っていたとばかりに再び黒い巻物を解き放つ。 「風雅奥義・外法、忍邪兵之術!!」 周囲に満ちた、そしてヴォルライガーを包む雷のマイトが禍々しい力へと吸い上げられていく。 「な、なんだ!?」 あっという間に雷が消え、上空には巨大な袋を模った球体を背負う新たな忍邪兵が出現する。 マイトとは生命力と同義。つまり、生命力を糧とする忍邪兵之術にはまたとない強大なエネルギーとなる。 「俺の…力が…」 斬り飛ばしたはずの雷神の腕も、新たな忍邪兵の生命力で瞬く間に復元する。 「忍邪兵・風神! さしものキサマもこれには勝てまい?」 ニヤリと不気味な笑みを浮かべるギオルネに、志狼は舌打ちと共に剣を振るう。 「ざけんなっ! やってみなきゃわからねぇだろ!!」 先ほどの雷神同様に正面から向かってくる風神とがっちり組み合い、両者の足元が僅かに沈み込む。 「オオオオオォォォ!!」 だが、先ほどとは明らかに状況が違う。ヴォルライガーがどれほど力を込めようともビクともせず、逆に少しでも力を抜けばあっという間に地中へと埋葬されてしまいそうになる。 「く、なんで!!」 「それだけキサマの奥義とやらが強力だったということだ…」 完全に立場は逆転していた。風神の強力なパワーに、ヴォルライガーはなすすべなく投げ飛ばされる。 「がはっ!」 背中を強かに打ちつけた志狼の口から鮮血が散る。おそらく内臓にダメージがあったのだろう。だが、風神の追い討ちは容赦なくヴォルライガーの腹部を強打する。 「ぐっ! 爆裂雷孔弾っ!!」 ヴォルライガーの周囲を機雷のように雷球が取り巻いていく。しかし… 「まだわからんのか! 風神よ!!」 ギオルネの声に、風神の背負う球体が爆裂雷孔弾さえもエネルギーとして吸収していく。 「なっ!?」 驚愕も束の間、志狼とヴォルライガーを更にパワーアップした一撃が襲う。 「ぐはぁっ!!」 「ぐおおおっ!!」 おそらく、これが爆裂雷孔弾と奥義・轟雷斬を同時に受けた衝撃なのだろう。今の一撃で志狼の焦点は定まりなくうつろい、ヴォルライガーも戦闘不能なほどにダメージを負った。 僅かに動くヴォルライガーの指を見つめながら、ギオルネは勝ち誇ったように笑いをあげる。 「ふはははは! これだ、これならば忍巨兵どもを皆殺しにできる!!」 上空へと浮き上がる雷神と風神は、ギオルネに従えられてその進路を仇敵へと向ける。 「礼を言うぞ、剣士…」 吐き捨てるように言い残して消えるギオルネに、椿はすぐに忍を呼び寄せる。 「迅速伝令! 勇者忍軍に撤退指示を!!」 あれと勇者忍軍を戦わせてはならない。戦えばいかにクロスフウガたちとて、目の前のヴォルライガーと同じ結末を迎える。加えて、ギオルネにはクロスフウガと対等に戦える彼専用の邪装兵ソードブレイカーMKUがある。 自分は現状を知り、伝えることができる唯一の人間だ。なんとかして被害を最小限に抑えなければならない。 ヴォルライガーがら転がり落ちる志狼を抱きとめ、椿は可能な限りの応急手当を施すと、すぐに背負って駆け出した。 |