今は昔、竹取の翁というものありけり
この一文から始まる、日本最古の物語を知らない者などそうそういるものではない。
竹取物語やかぐや姫と称されるこの作品、実はこれだけの大作に関わらず作者は未だにわかっていない。
その理由として、当時の貴族たちを無断で登場させたうえに、酷い扱いをして貴族批判をしたためだとも言われているが、もし、なにかしら別の理由があって、やむなく身を隠していたとしたらどうだろうか。
それこそ、この物語を書いたことで、人外の魔に狙われるようなことがあったとしたら…。
この少年──風雅陽平は、未熟ながらもそういった魔と戦う戦士である。
つい最近、織田信長率いるガーナ・オーダが誇る鉄武将ギオルネを仲間たちと共に討ち果たしたものの、自らの未熟に打ちひしがれ、こうして今日も修行に励んでいる。
塀の上を走り、襲いくる手裏剣の雨を、手にした大振りのクナイ──獣王式フウガクナイで叩き落としながら、身軽に跳び回る父・雅夫の姿を追いかけていく。
「ちくしょうっ、まちやがれ!!」
雅夫と比較にならない程度だが、それでも常人離れした動きで追いかける陽平を一瞥すると、雅夫はスピードをあげて一気に引き離していく。
見えなくなっていく父の背中を見ながら、陽平は心底悔しそうに舌打ちした。
まだまだ雅夫に敵わない。前々からそう感じてはいたが、最近は下手に雅夫の手加減がわかってしまうだけに、余計に腹が立つ。
「くそっ、完全に見失っちまった…」
見失った時点で修行は終了。そういうルールだけに陽平は怒りというよりも苛立ちを露わにした。
まだまだやれる。そんな中途半端な状態にも関わらず、打ち切られるというのは必要以上に不安を煽られる。
だが、これがそういう修行だということも理解しているので、とりあえず陽平は獣王式フウガクナイを収めた。
ちょっとしたことで必要以上に感情を露わにする陽平にとって、最適ともいえる修行なのだがいかんせん、こう中途半端な状態が続くとストレスが溜まる。
「バトルしながらの鬼ごっこ。最初に比べればマシか」
始めたばかりの頃は、家を出ただけで見失っていたものだ。
それに比べればこうして山の麓までこれるようになったのは進歩だと思う。
それにしても雅夫はどこまで行ってしまったのだろうか。
とりあえず見失った方へと駆け出した陽平は、手近なところで山の奥へと向かってみることにした。
正直、これだけ障害物があるとどこから襲われるかわかったものではない。手の中に小刀を隠し持つと、周囲に気を配りながら森の木々を潜る。
だが、あまりに拍子抜けなことに雅夫の姿は思いのほか簡単に見つかった。
なにやら明かりの前で立ち止まり、こちらに背を向けたままウンウンと唸りをあげている。
「陽平か。ちょうどいい…お前、これを斬ってみろ」
背を向けたままそう言う雅夫に、陽平は小刀を獣王式フウガクナイに持ち替える。 「いいぜ、ただし……親父ごとなっ!!」
黒光りするクナイを一閃。雅夫の背中ごとその向こうにある竹を切り倒す。
「は?」
ようやく気がついたとばかりに、陽平はゆっくりと斬り倒される竹を目で追った。 当然ながら雅夫にはしっかりとかわされたのだが、それ以上に不可解な物体が目の前にある。
竹林でもない山に、どうして一本だけ竹が生えているのだろうか。そして何故にこの竹の切り口は光っているのだろうか。
「驚いたか」
「親父の仕業かよっ!?」
ひらりと降りてくる雅夫に食ってかかるが、当の雅夫はさぁな、と頭を振る。
「ワシが見つけたときにはすでに光っておったよ」
「竹は植えたんだな?」
疑いは晴れていなかった。
「まさか。すべては天然自然の賜物。それにしても…切り口は見事になったな」
褒められるのは悪い気はしないが、この父親の場合は…
「まぁ、ワシには掠りもせんかったがな」
必ず持ち上げておいてから叩き落とすに決まっている。
「なんならもういっぺんやってやろうか…」
そんな陽平を無視して竹を覗き込む雅夫は、しばらく切り口を凝視していたが、なにやらウンウンと一人で納得しながら珍しく驚きの声を漏らした。
「これは珍しい」
「そりゃ、竹を光らせたってのは珍しいイタズラだろうな」
まだ疑っているのか、ジト目の陽平を手招きすると、竹の切り口を見るよう促した。
「は?」
なんだこれは。
陽平の思考がそれ一色に染められた。
「わからんか? ワシは知っておるぞ。それはかぐや姫と言うのだ」
あっけらかんと言い放つ雅夫に、陽平は火を吹きそうな勢いで噛みついた。
「ンなこたぁわかってるよ!! …そうじゃなくて、これ…本物なのか?」
そう言って、再び陽平が切り口を覗き込んだその時、陽平は再び目を疑うことになる。
「な…!?」
「おお、これは可愛らしい」
「そうじゃねえぇっ!!!」
もはやどこからツッコミを入れたらいいのかわからない。
ただ、ひとつだけ言える確かなことは、この少女が本物のかぐや姫の可能性が高いということだ。
そう。切り口の中にいた赤ん坊は、いつの間にか10歳前後にまで成長すると、陽平の足下に横たわっていた。
「そんなバカな…」
「なにを言っている。宇宙人や亡霊がおる世界で、かぐや姫だけは否定する気か?」 世間一般では突然変異や怪異説が濃厚なガーナ・オーダの侵略。当然ながら戦いの中心地である時非市の人間が信じるはずもない。
過去の亡霊とも言える織田信長率いる軍勢は、遠い宇宙にある惑星リード率いる風雅忍軍と二度目の戦いを始めたのがつい最近のこと。
それを考えてみれば、たった2ヶ月程度でよくもまぁ、これほどに非現実に浸かったものだと感心する。
「と、とにかく。この子をほっとけねぇだろ」
「未成年者略取か…」
「保護すンだよ! 保護っ!!」
横たわる少女に大きな布をかけ、仕方がないと雅夫が抱き上げる。
「まちやがれ。今の布はどこから出てきた…」
「忍びともあろう者が、小さなことにこだわるな」
小さいかどうかはともかくとして、確かにこのままここでじっとしているわけにもいかない。
「まぁ、夏だし風邪なんかひかねぇだろうけど…」
見上げた空は、青々と生い茂った木々で遮られながらも、暑い日差しが差し込んでいる。
雲一つない空に思いを馳せながら、陽平は思う。
(つくづく妙なことに縁があるよな)
ほかにどこを探してもここまで奇抜な世界に立っている人間などいないのではないだろうか。
「帰るぞ」
「ああ、わかってるよ」
息子を置いてさっさと行ってしまう父を薄情者と罵りながら、陽平はふと光る切り口に目を向ける。
(そういや、まだ光ってるんだな)
もうかぐや姫はいないはずなのだが。光り続ける竹に近づき、再び中を覗き込む。 「なんだこりゃ?」
さすがにビー玉ではないだろう。銀に光る小さな石を手に取り、陽平は陽光に透かせてみる。
透き通っているわけではなく、それ自体が光を放っているらしい。
竹は光を失い、今は陽光の手にある玉だけが光を放っている。
しかし、少しするとそれも徐々に光を失い、終いにはただの銀の玉になる。
「なんだったんだいったい…」
首を傾げる陽平は、とりあえず石をポケットに入れると雅夫を追うべく踵を返した。
(嫌な予感がしやがる…)
虫の知らせというのだろうか。陽平が奇妙な予感にかられた瞬間、それは空に浮かび上がるように現れた。
とても説明のつかない技術で作られた生きた巨大兵器。ガーナ・オーダの忍邪兵。
つい先日、鉄武将を失ったばかりだというのにもう攻め込んでくるとは気が早いことだ。
「なんのつもりかは知らねぇが、そっちがそのつもりなら徹底的にやってやらぁ!!」
引き抜いた獣王式フウガクナイでチカリ、と勾玉が輝いた。陽平の呼びかけに、獣を象ったリードの守り神──忍巨兵が応える。
「風雅流忍巨兵之術っ!!」
現れた獅子の忍巨兵、獣王クロスと共に、影衣をまとった陽平──シャドウフウガが風に乗って舞い上がる。
「風雅流奥義之壱…、三位一体っ!!!」
鋼の翼クリムゾンフウガを纏い、獣王忍者は今、最強とうたわれた紅の忍巨兵になる。
額のプレートが反転してシャドウフウガを収納すると、プレートの裏側にあった水晶が現れ光を放つ。
浮かび上がる模様はリードの忍者、風雅の印。
胸に獅子を携えた忍巨兵は、雄々しい咆哮と共に忍邪兵の前に降りたった。
「獣王式忍者合体、クロスフウガァッ!!!」
<NEXT>
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