翌日、富士山麓樹海──。
この日、光海は心底後悔した。
いわゆる自殺の名所と化した富士の樹海が目の前に広がる中、陽平たち風雅忍軍+1は手分けして行動する相談をしていた。
「とりあえず、私と柊はいつも通りに。先輩はかぐやさんについていてください」
つまるところ、光海は一人での行動になる。
「ちょ、ちょっと待って楓ちゃん。私もさすがに一人は……」
「大丈夫ですよ。ここは山なので森王には有利な地形です。それに、なにかあっても光海先輩の弓ならすぐに連絡が取れます」
楓の提示した意見に、光海はぐうの音も出なかった。
確かに理屈では楓の言うとおりなのだが、素直に頷けない理由があった。
(私、怖いの苦手なの〜ッ!!)
お化け屋敷でさえ意識が飛びそうになるというのに、こんな本物の心霊スポットに一人きりなど冗談ではない。
「光海先輩も納得いただけたところで早速行動に移ります。各自、予定の宝を入手できた場合、直接富士山の山頂に向かってください」
納得できていないのだが、反論できないために作戦は決行。
光海はひとり、富士の樹海を歩く羽目になった。
「もぉ! なんで前のかぐや姫はこんなところに宝を隠したのよぉ!!」
こんなところだからこそ隠すのにうってつけなのだが、テンパっている光海にはなにを言っても無駄だった。
そもそも、なぜこんな事態になったかというと、話は昨晩まで遡る。
かぐやが言うには、かぐや姫としての力を取り戻すにはある5つの宝が必要なのだそうだ。
その宝とは、竹取物語でも有名な竜の頸の玉∞仏の御石の鉢∞蓬莱の玉の枝∞火鼠の皮衣∞燕の子安貝の5つ。
前かぐや姫の記憶が確かならば、その5つは今、散り散りになって富士の樹海に封印されているらしい。かぐやでなければ封印に触れることさえできないらしく、数百年経った今でもまず間違いなく封印は健在しているそうだ。
そこでかぐやは、自らの髪を人数分抜き取ると、念を込めて陽平たち風雅忍軍に手渡した。これを身につけていれば封印を突破できます…と。
光海は今、かぐやの髪をハンカチでくるみ、左手首に巻き付けている。
とにかく、急いで宝を手に入れなければかぐやも自分も大変なことになる。
「それにしても…、玉に鉢に枝に衣に貝。共通点なんてないみたいに思えるけど…」 どうしてこれらが5つの宝なのかが光海には理解できなかった。
玉はなんとなくわかる。鉢もわからなくはないが、少なくとも枝を宝と呼ぶには少しばかり無理がある。
かぐや姫の出した難題。いつかかぐやに意味を尋ねてみるのもいいかもしれない。 そうして歩いていると光海の視界に小さな社のようなものが入った。
かなり古いものらしく、雨風の影響でボロボロにはなっているが、まだ封印としては機能しているらしく荒らされた形跡はない。
ゆっくりと慎重に近づき、髪の毛を巻いた手を伸ばした瞬間、ガラスが砕けるような音が聞こえ、同時にパキッと小さな音がいくつも鳴り響いた。
「これでいいのかな…」
「あ、ありがとうございます」
突然の声に振り返ってみれば、見覚えのある少女が薙刀を手にこちらに歩み寄る。 「わたしの力じゃ封印を破れなくて…」
「…待ってたんだね」
光海の言葉に少女──孔雀は頷いた。
それにしてもどういうことなのだろうか。孔雀自身が宝を欲している様子ではないし、光海の知る限りでは孔雀がそれらを求めるとは考えにくい。と、すれば…
「釧さんに?」
光海の言葉に、やはり孔雀は頷いた。
「釧さまは……不死の力は危険だとおっしゃいました。で、ですから宝を奪うか……もしくは」
小さな孔雀には不釣り合いな薙刀の切っ先が光海の眉間に向けられる。
「破壊せよ……と」
意志は堅い。しかし、対照的にその瞳には迷いが見えた。
「わからないんだね、なんでこんなことをするか。釧さんは答えてくれなかったんだね」
光海の言葉に孔雀の切っ先が僅かに揺れる。
妹さえ手に掛けようとした釧の真意を知るものはない。なにが彼をそこまで駆り立てるのかも。
「でも……それでもわたしは釧さまの巫女なんです」
この少女にしてもそうだ。この強さはどこからくるのだろうか。ただの忠義ではない。心の、一番深い部分が疼くような感覚。
(そっか。好きなんだね…)
一瞬寂しそうな目を見せる光海に、孔雀は頭を振る。
「ごめんね。私も……譲れないの」
今の一瞬で構えたのか、光海の手にはセンテンスアローが握られている。
引き絞る矢が光を放ち、迷いなく孔雀に突きつける。
「伏せてっ!」
叫ぶと同時に孔雀の身体が視界から消える。その瞬間に放たれた矢は、孔雀を背後から狙っていたガーナ・オーダの下忍を射抜いた。
転がりながら体勢を立て直し、薙刀を構える孔雀は……躓いて再び転がっていく。 「ひゃああああ!」
「孔雀ちゃん!」
一矢、二矢と放たれる矢が孔雀に飛びかかる下忍を吹っ飛ばす。
センテンスアローは扱う者の巫力と意志次第で特殊な矢を放つことができる。
今のは矢を衝撃波に変えて発射したのだが、どうやら巧くいったらしい。
「大丈夫?」
駆け寄る光海に助け起こされ、孔雀は目を回しながら頷いた。
「あ、あの……ありがとうございます。でも…」
「どうして? なんて聞いたら私怒るよ? 優しい子が…、友達になれるかもしれない人が危ないんだもの。ほっとけないよ」
「ともだち…」
それは、決して孔雀だけのことではない。かぐやだって同じなのだ。
助けてあげたいと思う。
正直、自分は損な性格をしていると思う。恋敵を助けようなんて、善人にも程がある。
「でも、助けたいって思っちゃったんだもん!!」
光海の放つ矢が下忍を射抜き、紫電を放ちながら落下していく。
「立って孔雀ちゃん! 今は一緒に戦って! 大切な人の願いのために。自分が後悔しないために!!」
刹那、背後から襲いかかる下忍に孔雀が走った。
薙刀の石突きを握ると、長さと重さを利用して、遠心力で両断する。
斬った勢いで自らも宙に舞うと、太い木を蹴って更に上へと跳び上がる。
孔雀を追いかけて跳び上がる下忍に、孔雀は前転の勢いで切っ先を叩き落とした。 「風雅流天之型、角割りぃ!!」
相手が鬼ならば間違いなく額の角を叩き割っていたことだろう。
下忍を両断した孔雀はキチンと着地を決めると、二つになって落下する下忍を横薙ぎに弾き飛ばす。
陽平が言っていた。孔雀という少女は、間違いなく自分よりも強いと。
聞いたときは半信半疑だったが、今ならば信じることができる。
「ヨーヘーと全然違う。まるで舞ってるみたい…」
思わず呟いた光海に、孔雀は恥ずかしそうにお辞儀をした。
「風雅流天之型は速さと鋭さの技です。特に薙刀は巫女舞の型が基本になってきますから…」
つまり舞っているというのは、あながち間違いではないということらしい。
高度な技を無理矢理覚えるのに、かなり基本を逸脱した動きをしていますが…、と笑う孔雀に、光海は頭を振って答えた。
「とっても綺麗だよ。今度は孔雀ちゃんの舞いも見てみたいな」
「そ、そんなこと…。わたしなんかよりも、もっと綺麗に舞うともだちもいるんですぅ」
「そうなんだ♪」
あらかた片付いたのか、下忍が襲ってくるような気配はない。
引き下がったにしては、いくらなんでも諦めがよすぎる。
「なにか…」
「きますぅ!!」
二人の声に合わせて野鳥が一斉に飛び立ち、まるで幽霊でも出てきそうな濃霧が発生する。
大きな足音と地揺れ、そして影。
「ひとつじゃ……ない!」
不気味な気配を放ち現れたそれに、光海は見覚えがあった。
見間違うはずはない。それは、初めて森王の巫女として戦ったときに、獣王クロスフウガが倒した鳥型の忍邪兵だ。
「こっちもですぅ!?」
ダブルフウマに倒された巨大カタツムリ。それに、森王之射手に倒された邪装兵もいる。
「ど、どうなってるの!? みんな一度倒した相手ばかりなんて…」
現れたガーナ・オーダは三体に留まらず、次々に見覚えのある忍邪兵が虚空から生まれていく。
「ゆ、幽霊ですかぁ!」
「──っ!!」
孔雀の幽霊という言葉に光海が過剰に反応した。
まるで全身の毛が逆立ってしまいそうなほどに体をビクつかせ、目尻には涙が浮かんでいる。
どうやら相当怖いらしい。
『落ち着いてください姫! あれには実体があります』
忍器センテンスアローを通じて森王の声が響く。
確かに、実体がなければ足音が鳴ることも地揺れが起こることもない。
「でもでも! 最近の幽霊って触れるみたいだしぃ…」
この場に陽平がいれば、なにがなんでも幽霊にしたいのか、とツッコミを入れていたことだろう。
そもそも、このネタは陽平が死んだと思い込んでいたときにもやっている。
『姫! とにかくワタシを召喚してください!!』
なんとか頷き、光海は森王に言われるままにセンテンスアローを構える。
「風雅流…っ」
光海に合わせ、孔雀も勾玉を薙刀にはめ込み、切っ先を、濃霧の向こうで微かに光る太陽に振りかざす。
「忍巨兵之術ぅ!」
二人の声が重なり、眩い光の中から二つの獣が飛び出していく。
「来て、森王コウガっ!」
木々がざわめき、山のように膨れ上がる大量の木の葉を巨大な角がかき分ける。
緑を基調とした大角鹿の忍巨兵、森王コウガだ。
「き、来てくださいぃ! 輝王センガ〜!!」
やや間延びした声に呼ばれたことが気に障ったのか、相も変わらず目つきの悪い銀の一角馬が光の中からその姿を現した。
勇者忍者という立場でありながら、不甲斐ない戦績しか残さない陽平に愛想を尽かし、釧側についた一角馬の忍巨兵、輝王センガ。
「「変化ッ!!」」
緑と銀の忍巨兵が降り立ち、背を合わせて身構える中、謎の忍邪兵軍団はゆっくりと二人を取り囲むように広がっていった。
一方、陽平たちはというと…。
なんと光海の苦悩など露知らず。未だに4人での行動が続いていた。
もっとも、山を取り囲むようにして反対側まで行くつもりだったために、途中まで同行しているにすぎないのだが、光海がこのことを知れば、まず間違いなく矢は乱れ飛ぶだろう。
そんなことはさておき、一行はようやく次の封印へと近づいていた。
「かぐや、大丈夫か?」
足場の悪い地形を通るため、何度も躓くかぐやに、陽平は手を差し伸べる。
「ありがと、よーへ」
顔には疲れの色が見え隠れしているが、かぐやが音を上げない以上はこちらがフォローしてやるしかない。
(いざってぇときは背負うくらいの体力は残しとかねぇと…)
「先輩、そろそろ…」
木の枝から飛び降りる楓に頷き、陽平はかぐやを先導する。
ここからは更に二手に分かれることになる。
先行していた柊が戻ると、陽平はかぐやの手を引き…
「──っ!?」
「先輩、どうしました?」
不意に動きを止める陽平は、自らに向けられる明らかな敵意を敏感に察知していた。
そう、この場にいる誰でもない。風雅陽平という自分だけに向けられた過剰とも思える敵意。
こんな器用な真似をする相手はそう多くはない。少なくとも、陽平の知る限りでは数名に絞られる。その中でも過剰に陽平を敵視している者など、あの男を除いてほかにはいない。
柊や楓も近づく気配を感じたのか、陽平の前に陣取り身構える。
「よせ! あの野郎を相手にゃ、鬼眼でもなけりゃ無理だ!!」
事実、今までにあの男と互角に渡り合ったのは複写の鬼眼を持つ陽平だけだ。
そもそも鬼眼とは、誰にでも発現するものではなく、奇跡的な確率でリードの血を引く者に与えられる特殊な瞳のことだ。
陽平の複写──相手の動きを一度見ただけで完全にコピーしてしまう瞳を筆頭に、遠見や透視、中には相手の過去さえも見る者もいたという。
力そのものは使う人間次第ではまったく意味を成さないものだが、こと陽平たちにおいて鬼眼の有無は勝敗を大きく左右すると言っても過言ではない。
「よーへ…」
「くそっ、なんであいつが!?」
思いもよらぬ事態に陽平は舌打ちする。
簡単ではないとは思っていたが、まさかこれほどの難敵に出くわすことになるとは。
「先輩!!」
楓の視線が先へ行けと陽平を促す。
「けどっ!?」
「ダイジョーブ。オイラたちには秘策アリ!」
むやみやたらに自信を語る柊に、陽平は困惑しながらも僅かに後退する。
「いいさ、オイラたち宝探しよかこっちが本業さ!!」
柊と楓が忍器を構え、同時に青と赤の衣を身に纏う。
「さぁ、アニキ!!」
「すまねぇ、ぜってぇ無茶すンじゃねぇぞ!!」
そう告げると、陽平はかぐやの手を引いて富士の樹海を走り出す。
陽平の後ろ姿が完全に見えなくなる前に風魔の兄妹は動き出した。
樹海の木々を易々と潜り抜け、風のように疾走する。
「りぃぃやあああああっ!!!」
柊が相手の目の前で垂直に飛び上がり、頭上の枝を利用して高速降下する。
「覚悟っ!!」
楓が投げた手裏剣は弧を描き、左右の逃げ場をなくす。
「雷降脚っ!!【らいこうきゃく】」
「飛閃っ!!【ひせん】」
鬼眼を持つ相手を倒すには、鬼眼の力が発動するより先に奇襲をかけるしかない。 両サイド、頭上、正面、逃げ場は背後くらいなもの。
だが、背後にかわすかと思われた相手は予想外にもその場を動くことなく、すべての手裏剣を同時に打ち落とし、柊の蹴りをスウェーでかわす。その勢いで回転すると、振り回した肘で柊を弾き飛ばす。
「うわっ!?」
「失せろ。キサマらに構っている暇はない」
吹っ飛ばされた柊と、正面から飛び込んできた楓が接触した瞬間、相手──釧は素早く印を組む。
「風遁真空斬之術っ!!」
釧の手刀から飛ぶ鋭い風が、周囲の木々を巻き込みながら風魔の兄妹を切り刻んでいく。
「うわあああっ!?」
「くぅぅっ!?」
脚や腕などを切られながらもなんとか体勢を立て直す。
さすがに強い。付け入る隙がまるで見つからない。
左反面を銀の仮面で覆う不気味な男は、黒光りする大振りのクナイ──獣王式フウガクナイを抜き放ち二人の前に立ち塞がる。
「立ち去れば命までは取らん…」
どこか苛立った様子の釧に、柊は怯むことなく飛びかかった。
「逃げるなら最初からそーしてるよっ!!」
腕の手甲で獣王式フウガクナイを受け止めながら、至近距離にも関わらず鋭い蹴りを繰り出す。
だが、当たらない。どれだけ攻めようとも、どれだけ手数を増やそうともまるで当たらない。
「自らを恨め…」
刹那、釧の放つ刃が格子状に煌めき、柊をズタズタに切り裂いていく。
「火遁、耀輪花之術っ!!【ようりんかのじゅつ】」
転がる柊を見越し、楓の放つ炎が花のように広がる。
しかし、更に速度を上げる釧を捉えることはできず、瞬く間に繰り出された強烈な掌打に大きく仰け反り転がっていく。
「か……かはっ!」
胸を突かれたことで数秒の間呼吸が困難になる。噎せかえる楓を見下ろし、釧は徐に手裏剣を投げつける。
咄嗟に投げたクナイで打ち落とすが、背後からの衝撃にもんどりうって転がっていく。
「正確かつ正しい対応。故にキサマの動きは読みやすい」
吐き捨てるように告げる釧に、楓は拳が痛くなるほど握りしめた。
「風雅陽平などにつかねば生きながらえたものを…」
「ナめられてたまっかぁ!!」
再び跳躍する柊をどうするでもなく、ただ目で追いかける。
もはやこの二人に興味はないとでも言いたげな姿に、柊の感情が爆発した。
「三連刺貫脚っ!!!【さんれんしかんきゃく】」
垂直落下と同時に柊が繰り出した上段、中段、下段の連続蹴りに不意をつかれたか、捌ききれなかった脚への一撃に、初めて釧が顔をしかめる。
「キサマぁっ!!」
まるで釧の怒りを表すかのような刺突が、柊の左肩に突き刺さる。更に突いた刃をそのまま掌打で突き飛ばし、小柄な柊を易々と吹っ飛ばす。
「風雅流、連嘴…【れんし】」
完全に手から離れる前に回収した獣王式フウガクナイを手に、釧はゆっくりと柊との距離をつめていく。
「望み通りキサマらの息の根を止めてくれる…」
(やっぱり…)
楓は釧から薄々ながら感じていた感情に疑問を抱いていた。
どういうわけか、今日の釧は苛立っている。いや、苛立ちなどと生易しいものではなく、これは怒りだ。それも頭に血が上るほどの激しい怒り。
(先輩を見ているときのこの男からさえ感じなかったほどの激情……いったいなに?)
だが、よくよく考えてみればこのまま釧と戦う必要はないのだ。助かることに、今の釧に普段通りの冷静な対処はできないはず。
(まぁ、普段の基準が高すぎるのは問題ですが…)
今は一刻も早くかぐや姫の宝を手に入れ、富士山の山頂を目指さなければならない。
忍び頭──陽平から与えられた命令は、決して釧を倒せというものではなかった。 「柊…」
「…負けたマンマってのは悔しいけどね」
背にした木に寄りかかるようにして立ち上がり、柊は忍器・風王式風魔手裏剣を手にする。
「足掻くか…」
「当然です。諦めてもいい、とは言われていませんから」
手にした忍器・炎王式七首に勾玉をはめ込むと、楓の手の中で七首は羽のような形に変形する。
同様に柊の風魔手裏剣も勾玉をはめ込むことで変形する。
二人の手にした忍器から膨大な気が溢れ出し、身を取り巻くように風と炎が発現する。
「「風魔奥義、忍巨兵之術っ!!」」
樹海の木々を吹き抜ける風に乗って、青い狼が駆け抜けていく。
立ち上がる炎の柱を内側から吹き飛ばすのは赤い鳥。羽ばたく双翼が周囲の木の葉を巻き上げ、一時的に釧の視界を奪う。
「「変化っ!!」」
柊と楓を取り込んだ風王と炎王が人型に変化すると、逃げる間もなく忍巨兵の拳を叩きつける。
一度に大量の砂埃が舞い上がり、周囲を覆っていく。
静かに目を閉じ、楓はその場に背を向けた。
「終わりです。柊、行きましょう」
楓の言葉に柊は頭を振る。
「柊?」
「まだだ…」
砂埃の中から、風王の拳がゆっくりと押し返されていく。
「奇襲程度で釧を倒せるとは思わないことだ」
晴れる視界に映るのは、夜の闇よりも黒い獣の王。
「釧にはワタシがいることを忘れるな」
「召忍獣之術…」
混沌の獣王カオスの足下で唱える釧の手の中で、忍器・獣王式フウガクナイの勾玉が輝いた。
空を裂いて現れる黒衣の獣ナイトメアグリフォンに、風王と炎王が同時に跳び上がる。
「「表裏一体っ!!」」
「三位一体…!!」
青と赤が螺旋を描くように混じり合い、風魔の巨兵、双頭獣が姿を現す。
黒は更なる黒衣を身に纏い、刃の翼を持つ混沌の獣王となる。
「「双頭獣忍者合体、ダブルフウマっ!!!」」
「獣王式忍者合体、カオスフウガ…!!!」
富士の樹海に降り立つ双頭獣と漆黒の獣王。
互いににらみ合う必要もない。そこにあるのはそれぞれの使命と意志だけ。
刹那、仕掛けたのは、ほぼ同時だった。
二つの拳がぶつかり合い、二大忍巨兵を中心に広がる凄まじい衝撃が樹海を震えあがらせた。
双頭獣と漆黒の獣王がぶつかり合った頃、陽平とかぐやは既に一つ目の宝を手にしていた。
かぐやが触れるだけで砕け散る封印に、陽平は感嘆の声をもらす。
「すげぇな…」
竜の頸の玉と呼ばれる宝を手に、かぐやは小さく頭を振る。
「うぅん、そんなことない。よーへの友達の方がずっとすごかった」
それはもう、ばっちり見られてしまったのだ。言い逃れができるとは思っていない。
「さっきの二人みたいなこと、よーへもできるの?」
「まぁな」
言葉を濁しながら、陽平はかぐやの手を取った。
「かぐやにかぐや姫って秘密があったみたいに、俺にも秘密があるってことさ」
突然襲いくる手裏剣の雨に、陽平は獣王式フウガクナイをはしらせる。
いつ終わるとも知れない刃の嵐に、陽平は後ろ手にかぐやを庇い、獣王式フウガクナイを発動させる。
「影衣…【えいい】」
足下に映る影が広がる。それは生き物のように陽平を包み込み、今ここに勇者忍者の姿を生み出していく。
「──着装っ!!【ちゃくそう】」
影は陽平を覆う忍び装束へと変わり、陽平はシャドウフウガへと変化する。
「邪魔すンじゃねぇっ!!」
素早く印を組む陽平の眼前に、小さな火種が生まれる。火種は周囲の酸素を飲み込み、瞬く間に巨大な火球へと成長を遂げる。
「火遁、業火球之術っ!!!」
撃ち出した火の球は陰に潜む下忍たちをあぶり出し、地獄の炎で包み込む。
取り逃がした下忍は手裏剣で迎撃すると、再び印を切って炎を鎮火する。
あのまま放っておけば山火事になりかねない。威力は申し分ないのだが、やはり火遁は使いどころが難しい。
「よーへ、かっこいぃ…」
そんな声に振り返れば、かぐやがなにやら興奮した様子でこちらを伺っている。
「それがよーへのヒミツ?」
目を輝かせて陽平の手を取るかぐやに、まぁな、と照れ笑いを浮かべる。
「こいつが翡翠を守る忍者の姿、シャドウフウガ…」
「シャドウフウガ……。うん、すごく似合ってる。かっこいいよ、よーへ♪」
満面の笑みでそんなことを言われると、さすがに気恥ずかしいものがある。
頭を掻きながら目を反らし、陽平ははにかむように笑ってみせた。
「なんか照れるな」
「ふふっ♪」
「とにかく、釧だけじゃなくて、ガーナ・オーダまで来てやがる。あんまりグズグズしてられねぇぞ」
陽平の言葉に頷き、かぐやは手にした宝を大事そうに胸に抱く。
「ごめんね、よーへ」
「気にすンなよ。元々、ガーナ・オーダは俺たちが倒さなきゃならねぇ相手だしな」 しかし、陽平の意に反してかぐやはポニーテールがぶんぶんと揺れるほどに頭を振る。
その様子はどこか申し訳なさそうで、それでいて嬉しいかのように笑みを浮かべている。
頬は朱色に染まり、上目遣いに陽平を覗き込んでくる。
「違うってのか? じゃあ釧の…」
これにもかぐやは頭を振る。
「じゃあ、なんなんだ?」
困ったように尋ねる陽平に、観念したかのようにかぐやがぽつりと言葉をもらす。 「え〜と、不謹慎だけどね、よーへと一緒にいられるのが嬉しくて…」
「は?」
さすがに恥ずかしかったのか、陽平が赤くなるのに合わせて、かぐやの頬が赤々と染まる。
「嬉しいんだ。 だってね、よーへのお姫様になれたみたいな気分だし…」
最後の方が小さすぎて聞き逃しそうだったが、影衣を装着していたのが幸いしたか、ふたりきりだし≠ニいう言葉を聞き取ることができた。
「まぁ……なんだ。とにかく急ごうぜ」
空気に耐えられなかったのか、先を促す陽平に、かぐやは少し残念そうな表情を見せる。
「ほら」
手を差し伸べる陽平が、照れたように頬を掻く。
「握ってねぇと置いて行っちまうからよ…」
「よーへ……、うん!」
差し伸べられた手を握り、かぐやは陽平に引かれるままに走り出す。
こんな場所、こんな瞬間【とき】でなければデートでも始めてしまいそうな空気に、陽平は目眩がしそうだった。
不思議な気持ちだ。今までこんな風に異性を意識したことなんてなかった。
握った手が、たまに視界に入る髪が、後ろからついてくる吐息が、陽平の気持ちをかき乱す。
(…かぐや)
かぐやの名を心で呟き、陽平は後ろに目を向ける。
「ふふっ♪」
ばっちり視線がぶつかった。しかし、実際悪くない気分だ。
(どうしちまったンだよ、俺…)
その戸惑いが、反応を僅かに遅れさせた。
突如襲いかかる衝撃波に、かぐやを抱き上げて跳び上がる。
よりにもよって逃げ場のない空中。次の攻撃が来れば回避はできない。
(まじぃっ! せめて、かぐやだけでも…!!)
だが、予想に反して次の攻撃が来る様子がない。
助かったとばかりに着地した陽平は、かぐやを後ろ手に庇うと、衝撃波がなぎ倒した木々の向こうを睨みつける。
「誰だっ!?」
「婦女子に気を取られているかと思えば、なかなかどうして…」
近づく足音に陽平の背筋がゾクリと震え上がる。
まるで甲冑が歩いているような重厚感のある足音に、自然と身体が震え上がる。
そんなことがあるはずがない。あってはならない。あの男は、鉄の武将は倒したのだから。
「反応の遅れを補う技量。鉄武将が後れをとるのもわからぬ話ではない」
木々を潜るように現れたそれに、陽平は言葉が続かなかった。
(に、似てる…)
つい最近倒したばかりのガーナ・オーダ6翼。鉄武将ギオルネに。
ただ、ギオルネは銀の鎧武者の姿をしていたが、この相手は赤銅色をした中国の武将のような姿をしている。更には、ギオルネの大太刀に比べて、こちらは奇妙な形に歪んだ二俣の槍だ。
「奇妙なことだ。月の姫を探していたというのに貴様に出会えるとはな…」
「俺はお前さんなんざ知らねぇよ」
できることなら穏便に済ませるにこしたことはない。
かぐやを守りながら僅かに後退り、少しずつ背後の木に近づいていく。
とにかく、今はこいつを相手にしている暇はない。
「逃げられるとは思わぬことだ。この、武将帝イーベルからはな!」
裂帛の気合いが放たれ、陽平の肌をチリチリと焼いていく。
なるほど、確かに小細工で逃げられる相手ではなさそうだ。
ならば忍者として、守るべき主の行く道を切り開くしかない。
「いいぜ、相手になってやらぁ!! ただし、かぐやには手ぇ出すな!!」
「無粋。戦に婦女子もあるまい」
「上等っ…!!」
獣王式フウガクナイを握りしめ、陽平は後ろ手でかぐやに合図を送る。
(先に行け。俺も必ず行くから)
そんな陽平に、手を握ることで応えると、かぐやはゆっくりとその場を離れていく。
(よーへ、絶対…)
まるでわかっているさと言わんばかりに頷く陽平に、かぐやは何度も歩みを止めながらも、意を決して背を向ける。
離れていくかぐやを確認すると、陽平は改めてイーベルに向き直る。
「さぁ、おっぱじめようじゃねぇか!!」
全身から溢れ出す陽平の気迫に、イーベルは心地良いとばかりに笑みを浮かべる。 「わざわざ待ってくれたんだ。目一杯楽しませてやんぜ!!」
「くくく…、粉々にしてこの山にばらまいてくれるわ!」
次の瞬間、二人の間合いは一瞬でゼロになる。
イーベルの突きを避けて懐に潜り込むと、獣王式フウガクナイを一閃する。
切っ先の描く横一文字に鎧に刻まれる亀裂に、イーベルは僅かに口元を歪ませる。 「なるほど…、だがッ!!」
襲いかかる槍の柄を避けながら、取り出したクナイを立て続けに投げつける。
回転する槍がそれらを阻み、イーベルが再び間合いを殺しにかかる。
「なるほど、確かに強い! だが…」
二俣の槍が地面を突き崩し、舞い上がる土砂が陽平の視界を覆っていく。
「貴様には絶対的な力がないッ!!」
土砂のカーテンもろとも貫き通す槍が、柔らかいものを串刺しにした感触が手に伝わる。
仕留めた。そう思った瞬間に、イーベルは再び槍を回転させて襲いくる風の刃をはじき返す。
「風遁…、旋手裏剣之術!【つむじしゅりけんのじゅつ】」
飛び上がった陽平は、そのまま旋手裏剣を投げ続ける。
枝に足が触れた瞬間、火薬玉を投げつけ、今度は陽平がイーベルの視界を奪う。
「火遁…」
素早く印を組み、影衣から次の術を解き放つ。
「業火球之術っ!!」
陽平の手から放たれた火球を槍の一振りでかき消す。
その勢いで切り込もうと踏み出した瞬間、仕込んでいたもう一つの火種が爆発。イーベルの身体を炎が包み込む。
「どぉだい、ちったぁ効いたろ」
無事に着地した陽平は、油断なく火だるまを睨みつける。
仮にも武将帝などと名乗っている男が、この程度で倒せるとは思っていない。
案の定、炎はすぐに鎮火され、中からは所々煤汚れたイーベルが現れる。
さしてダメージはないのか、平然と立っていられると、予想通りとはいえ、こちらの自信がなくなってくる。
「先ほどは油断していたというわけか。これが本気の貴様か……シャドウフウガ」
「そっちこそ。火だるまになったクセに涼しい顔しやがって…」
陽平の嫌味に苦笑すると、イーベルは手にした槍を地面に突き立てる。
「貴様に敬意を表し、見せてやるぞ! 我が力ッ!!」
そう言って大きく深呼吸を繰り返すイーベルに、陽平は何事かと訝しげな表情を浮かべる。だが、それは瞬く間に驚愕へと変わり、陽平の足が僅かに後ずさる。
「こおおおおおお…ッ!!!」
イーベルが息を吸い込む度に、その肌が鎧と同じ赤銅色へと変色していく。
吐き出す息は徐々に熱を帯び、仕舞には吐き出した息が炎になる。
「な、なにぃ!?」
「行くぞぉ!! シャドウフウガぁぁッ!!!」
刹那、爆発的な脚力で飛び出したイーベルは、一瞬で陽平との間合いをゼロにする。
大振りの一撃が陽平の腹部を捉え、170センチあまりの身体を軽々と吹っ飛ばす。
「があっ!!!」
危なかった。後ろに跳ぶのが少しでも遅れていたら、今頃陽平の身体は二つになっていたことだろう。
フラつく足でブレーキをかけ、何度も躓きながらもなんとか踏みとどまる。
「ちぃっ!!」
続けて襲いくるイーベルの槍に顔をしかめ、痛む脇腹を気にしながらもなんとか次の攻撃をかいくぐる。
(速すぎる!? 追いつけねぇ!!)
遠心力でグルグルと回転を続けるイーベルは、間合いの中に陽平がいないことを悟ると、ゆっくりとその動きを止める。
理屈や原理はわからないが、どうやらパワーアップしたらしい。さながら一騎当千の猛将といったところか。
豪快、かつ荒々しい技ながら、速さと連続的な攻撃がそれらを補っている。
たとえ人海戦術で攻め込まれても、これなら根こそぎ薙払ってしまえるだろう。
「再び……ゆくぞぉ!!」
怯む暇もないほどに追い込んでくるイーベルに、陽平は持てる全力で回避を行う。 赤い軌跡が幾重にも描かれる中、腕が、脇が、全身が、ダメージを受けた部位が悲鳴を上げる。
「逃げるだけじゃダメだ! イチかバチか…」
全力で後ろに飛び、枝が折れてしまいそうなくらいにしならせると、脚力と枝の反動を利用してイーベルへと飛び込んでいく。
「この技ならっ!!」
未完成ながらも、鉄武将ギオルネを一度は仕留めた技が陽平にはある。
特異な瞳を持ち、尚且つ陽平のずば抜けたバランス感覚があって、初めて成功するだろう技なのだが、未だに完成しないのは未熟ゆえだろう。
赤い軌跡の間を潜るように陽平の軌道が変わる。
常人離れした陽平のバランス感覚は、体重移動と腕や脚の振りだけで空中移動を可能にした。その特異な技はもはや神業と言っても過言はなく、完成の暁には空中疾走さえ可能ではないかと思わされるほど。
(見えた!!)
振り抜かれる槍の懐。陽平は力の限りそこに刃を突き立て──
「カァああああッ!!!」
刹那、イーベルが四股を踏むかのように足を踏みつけた力は、衝撃波となってイーベルを中心に広がっていく。
防ぐ手だても、避ける暇もないまま衝撃波をモロに受け、陽平の身体がトラックにはね飛ばされたかのように宙を舞う。
「ぐっ……ぁ…っ!!」
「さぁ、逝けぇいッ!!!」
疾風のごとき刺突が陽平の胸を刺し貫く。否、ギリギリのところで身体を捻り、脇をかすめる程度に抑えたらしい。
槍の勢いで背後に飛び散る血飛沫が、直撃だった際の凄惨さを物語る。
「甘ぁいッ!!」
突き出した槍を力任せに振り回し、陽平の身体を巨木に叩きつける。
声にならない悲鳴が口から漏れ、陽平の身体がゆっくりと崩れ落ちていく。
「まだ死にきれぬと見える」
歩み寄るイーベルに、陽平はどうすることもできずに近づく足に視線をさまよわせる。
「トドメだ…」
逆さに手にした槍が陽平の胸に定められ、ゆっくりと振り上げられる。
「死ねぇいッ!!!」
だが、陽平は槍がおろされるより僅かに速かった。
とっさに身体を丸めて槍の一撃を避けると、渾身の力でイーベルの胸板を蹴り飛ばす。
槍が地面を突き崩し、イーベルが仰向けによろめく瞬間に、陽平は獣王式フウガクナイを構えて飛びかかる。
「ぅらぁあああっ!!!」
黒光りする切っ先が、鎧の隙間から脇腹に突き刺さる。
同時に印を組み、掌に空気の塊を生み出すと、掌打を打ち込むように術を叩きつけた。
「風遁、空烈掌之術っ!!!【くうれつしょうのじゅつ】」
上から打ち落とすように叩きつけた掌に、イーベルの身体がくの字に折れ曲がる。 獣王式フウガクナイを回収し、イーベルの身体を蹴って距離を置く。
今度は仕留めるつもりでかかった。むしろ、これでだめならば通じる攻撃が思いつかない。
(立つな…)
陽平の願いも虚しく、イーベルの足が起こされる。
腕をつき、その巨体がムクリと起き上がる姿は悪寒がはしるほどに不気味に見えた。
「どんな身体してやがる…」
苦笑混じりに呟く陽平に、イーベルは勝ち誇るかのように立ち塞がる。
「言ったはずだ。貴様には決定的な力が欠けていると…」
確かに欠けている。柊のような一撃必殺の蹴りを撃てるわけでも、楓のように状況に応じて臨機応変な技を繰り出すこともできない。ましてや、釧のように純粋に高い戦闘力があるわけでもない。術だって影衣がなければ使えないものばかりで、やっと見えた技さえも未完成のまま。
「だけどな…それが、それこそが! 俺が一人で戦ってるわけじゃないって証なんだよ!!」
「他人に頼らねば戦えぬかッ!?」
「違う! 俺は信じてるンだ。仲間を…相棒をっ!!」
陽平を中心に光が渦を巻き始める。それは次第に獅子を象るオーラに代わり…
「じ、獣王ッ!?」
「見せてやる!! これが俺の決定的な力だ!!!」
輝く勾玉が獣王式フウガクナイを通じて、大地に術を解き放つ。
「風雅流、忍巨兵之術っ!!!」
足下が爆発する。
イーベルは腕で顔を多い、怒りで歪んだ形相で現れるそれを睨みつける。
白い獅子。風雅の象徴でもあり、ガーナ・オーダにとっては主を亡きものにした忌々しい敵。
「オォオオオオッ!!」
まるで獣王の出現に呼応するかのように武将帝が吼える。
「鉄武将ッ、今こそ使わせてもらうぞぉッ!!!」
イーベルから吹き上がるどす黒いオーラが巨大な人型となって現れる。
まるで忍巨兵之術を模したようなそれに、陽平は目を疑った。
「出よ、鉄武将が残せし我が邪装兵!! フォン・リオ・ヤァ!!!」
現れる赤銅色の邪装兵。どこがギオルネのソードブレイカーを連想させる姿は、これが同系列で設計されたものであることを物語る。
手にはイーベル愛用のものと同じ槍が握られ、武将帝をコアとした究極の邪装兵が現れる。
「クロス、こっちも合体だっ!!」
「応ッ!!」
陽平の召忍獣に応じて鋼の翼、クリムゾンフウガが舞い降りる。
「風雅流奥義之壱、三位一体っ!!」
風雅の奥義は、獣王の心、シャドウフウガの技、クリムゾンフウガの体を一つにすることで、最強と謳われた紅の忍巨兵を呼び覚ます。
「獣王式忍者合体、クロスフウガァッ!!!」
紅と赤銅が同時にかき消える。
交差の瞬間、互いの武器がぶつかり合い、火花となって周囲に散っていく。
「ヤツめ、あの巨体でこれだけの速度に追いつくとは…!?」
「それなら手数で勝負だっ!!」
両手の獣爪、両肩のクロスショット、背中のシュートブラスターを同時に発射する。
獣爪を弾き、クロスショットをものともせず、シュートブラスターに顔をしかめる。
「もぉいっちょぉっ!!!」
「裂岩十字ぃ!!!」
切り離した刃翼を十字手裏剣に組み換える。
「乱れ打ちぃ!!!」
嵐のように降り注ぐ巨大十字手裏剣に、イーベルは手にした槍を高速で回転させる。
周囲に突き刺さる刃翼に舌打ちしながらも、槍を盾にフォン・リオ・ヤァがたなびくマントを悪魔のような翼に広げて飛び上がる。
「笑止ッ!!!」
突き出される槍を交差した裂岩で受け止め、槍の上を翔るように飛び込んでいく。 「そっちこそ舐めてンじゃねぇっ!!!」
拳を叩きつけ、そのまま背中のバーニアを全開にフォン・リオ・ヤァを地上へと突き飛ばす。
派手な土煙が上がり、富士の樹海全体を揺るがすほどの震れが辺りを満たしていく。
土煙を裂いて現れたクロスフウガは、肩で息を切らせる陽平と共に、舞い上がる土煙を見下ろしていた。
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