先の見えない消耗戦といえばわかりやすいだろうか。 決して倒せないわけではない。事実、一度は倒した相手ばかりなのだから、倒せないはずがない。 では、なぜ未だに終わりが見えないのか。 「さん……じゅう…」 肩で大きく息を切らせながら、光海の構えた弓がゆっくりと下を向いていく。 いかに光海が幼い頃から弓を握っていたとしても、単純な体力で言えば高校生の少女であることは変わらない。 限界なのだ。 「……なな…です。さんじゅう…なな」 孔雀もまた、限界を感じていた。 光海が安全に弓を射るためには、孔雀が率先して動かねばならない。 故に孔雀の運動量は光海のそれを遥かに上回る。さしもの孔雀もこれだけ動けばバテがくる。 忍邪兵を倒したスコアは37。陽平たち勇者忍軍の成績を1日で容易く追い越してしまった。 それなのに… 「我々が倒した者まで蘇ってくるとは…」 忍獣センキを武装した森王之射手はすでに満身創痍。ミサイルポッドのほとんどは破損し、弓を持ち上げる腕がバチバチと紫電を放つ。 忍獣コンゴウを武装した輝王之槍手の破損自体は大したことはないが、やはり術などの連続使用はセンガの力を著しく消耗する。 そもそも、巫女である孔雀の巫力キャパシティが低いのと、攻撃用の巫力を扱えないことが災いしたか、センガが広域に術を放つ度に疲労ばかりが溜まっていく。 周囲の木々から少しずつ集めてはいるものの、回復よりも底を尽きる方が断然早い。 終わりの見えない消耗戦は、最悪の形で終わりを迎えようとしていた。 徐々に包囲網を小さくしていく忍邪兵軍団に、森王も輝王も後退を余儀なくされる。 「輝王、サイクロンフレアで一掃してください…」 「森王こそ、レイ・ストームはどうした…」 などと言い合っているが、生憎両者共にそんな力など残ってはいない。 一斉に攻撃を開始する忍邪兵軍団に、輝王はコンゴウの盾で二人を包む結界を生みだし、森王は木遁で巨大な繭を作る。 完全に防御の姿勢に回ってしまったが、少しでも二人の巫女が回復する時間を稼がねばならない。 「ごめんね、コウガ」 謝る声さえ力がない。そんな光海に森王は頭を振った。 「必ず打開策はあります。決して諦めてはなりません」 「しかしあの忍邪兵はいったい…」 輝王の疑問に皆が頷いた。 倒しても蘇るというよりも、延々と増えていた気がする。 「倒すことは容易い。しかし、キリがない」 「えと…、なにか妖術のたぐいでしょうか…」 孔雀の言葉に光海が顔を上げる。 「妖術?」 また怪しげな単語が飛び出してきたなと思うが、ことそういう類の話は初心者なのだ。聞いて損はないだろう。 「あ、あの…あくまで予想ですし、なんとなく…ですから」 「それでもいいわ。お願い、話してくれるかな?」 勤めて優しく話しかける光海に、孔雀は誰か別の影を見た。 いつも優しく見守ってくれる、お日様のような笑顔。それはあの日、生涯の別れを交わした姉、桔梗の姿であった。 (ねーさま…) 「孔雀ちゃん? 気分でも悪いの?」 「い、いえ! ちゃんと起きてますねーさま!!」 見ているこっちがかわいそうになるくらいに狼狽する孔雀に、光海はふと疑問符を浮かべた。 「ねーさま?」 「は、はひゅ…」 舌を噛んだらしい。 涙を浮かべて痛がる孔雀に、光海は森王之射手から飛び降りると、輝王之槍手に飛び込んできた。 我がことながら無茶がすぎるとは思ったが、どうやら陽平のが伝染ったらしい。 「大丈夫、孔雀ちゃん」 「へぅ…、光海さぁん」 チロッと舌を出したまま涙を流す孔雀に、光海はそっと彼女の身体を抱きしめた。 「落ち着いて。ほら、私の目を見て?」 言われるままに光海の目を見る。 ただじっと見ているだけなのに、どういうわけか痛みが引いていくような気がした。 「みつみ…さ…」 温かい。こんな状況だというのに、光海の鼓動は優しく落ち着いていた。 「ねーさま…」 「ぅん?」 「わたし…まだがんばれます!」 離れる孔雀に頷き、二人は輝王から外に出る。 どんな気を感じるにも、やはり素肌で感じるのが一番だ。 「やっぱりです。地面から大量の妖気が吹き出していますぅ」 「さっきも言ってたけど、その妖気とか妖術ってなんのこと?」 「光海ねーさまは感じませんか? 肌にまとわりつく蜘蛛の巣のような感覚ですぅ」 言われてみれば確かにそんな気がする。 そして、一度気にしだすと鬱陶しいほどに感じる。 あまり気持ちのいいものではない。長く触れていると気分が悪くなりそうだ。 「た、たぶん…ですが、なにかしらの術で妖気を忍邪兵に見せているのかと…」 「つまり、あれはまぼろしみたいなもの?」 「断定はできませんが…」 それでもなにかの糸口を見つけたことには変わらない。 彼女は決して落ちこぼれなどではない。事情は詳しく知らないが、彼女がなにに対して卑屈になっているのかがわからない。 「孔雀ちゃん、もっと胸を張ってもいいんだよ?」 「へぅ?」 突然の言葉に、孔雀は当惑したように首を傾げる。 「ほら、胸を張って。貴女はすごいんだから」 「え、えへん…?」 促されて胸を張る孔雀がかわいらしくて、思わず光海から笑みがこぼれる。 恥ずかしそうに笑う孔雀の頭を撫で、光海は上を見上げた。 輝王の力で強化されていても、この繭がいつまで保つかわからない以上、手を打つのは早いにこしたことはない。 「孔雀ちゃん、下から溢れだしてる妖気を止めることはできないのかな?」 「えと……、術の要になっているものさえ崩すことができれば…」 しかしそれをゆっくり探している暇はない。 かといって、あれだけの敵のまっただ中を抜けるには、些か戦力が不足している。 「せめて我々が合体できれば…」 森王の言葉に光海は頭を振る。 先の戦いで、森王と輝王の合体システムは損傷を受け、現在、角王への合体は失われているために、急激な戦闘力アップは期待できない。 「わ、わたしが道を…!」 「だめ。いくらヨーヘーより強くたって、貴女は女の子なんだよ?」 孔雀を提案をやんわりと却下すると、光海は考え込むように人差し指を顎に当てる。 使えないもの、ないものに期待はできない。それならばあるものをもう一度しっかりと把握する必要がある。 (ヨーヘーが言ってた。忍者がいろいろできるのは、ひとつの道具でも隅々まで形を覚えているだけで何通りもに使い分けられるからだって…) つまり、現状で見落としがないかを確認する必要がある。 合体はできない。忍獣武装は疲弊しきっている。光海も孔雀も体力的にはマシになっているが、巫力は限界だ。術を一つ発動しただけで体力まで削ってしまうだろう。 「ピンポイントで術の中心を射るだけなら自信はある。でも、肝心な場所がわからないと…」 「わたしは術が苦手なので解術は…。中心は空から見たらすぐにわかると思いますぅ」 総合すると、孔雀が輝王之槍手で上昇、さらには術の中心を見つける。その間、光海は森王と共に忍邪兵軍団をくい止めねばならない。 中心を発見すればあとは孔雀と輝王が忍邪兵軍団をくい止め、光海と森王が解術を行う。 しかし、これには大きなリスクが伴う。 格闘戦の苦手な森王だけで忍邪兵軍団をくい止めるのは至難の業だ。飛行できないために、空の相手を逃してしまう可能性は高い。 次に、孔雀が発見に手間取った場合、下手をすれば総攻撃を受けて全滅させられる。 更には中心が遠い、または位置的に地上から狙撃できない位置にある場合、飛行できない森王には解術は不可能ということになる。 「ヨーヘーがいてくれたらバス…」 不意に途切れる光海の言葉に、孔雀が疑問符を浮かべる。 「…あったよ。もうひとつの打開策が」 不敵な笑みを浮かべる光海に、一同は何事かと首を傾げた。 森王と輝王が守りに入って10分あまり。 執拗なまでの忍邪兵軍団の攻撃に、結界はその効力を失いかけていた。 トドメとばかりに特効をかけるカタツムリ忍邪兵に、無惨にも結界は音を立てて砕けていく。 だが、砕けたのは結界だけではなかった。カタツムリ忍邪兵の全身にヒビがはしり、直後、大爆発を起こす。 突然の出来事に、思わずたじろいた忍邪兵を余所に、黒煙の中からキラキラと金色の粒子が舞い上がっていく。 「森王之槍手コウガ…!!」 「い、いきますぅ! 一閃…、螺旋金剛角っ!!」 背中に忍獣コンゴウ、右腕にスパイラルホーンを装備した森王が、爆発したように飛び出していく。 直線上にいた忍邪兵数体に風穴をあけ、くの字を描くように空へと飛び上がる。 (狙いは飛べる忍邪兵っ!!) 一体を貫き、背後から襲いかかる忍邪兵を、引き抜いた勢いで胴斬りにする。 「ねーさまっ!」 「武装巨兵之術っ!!」 光海の術で武装と忍巨兵が入れ替わる。 「輝王之射手センガッ!」 忍獣コンゴウを翼に、輝王がバスターアーチェリーを背負う。 「孔雀ちゃん!?」 「見つけました!」 輝王の左目にスコープがおり、孔雀の見つけた術の中心にマーカーをつける。 「自然破壊するけど……ごめんね!」 光海がセンテンスアローの弦を引けば、淡く緑に輝く矢がつがえられ、バスターアーチェリーの銃口に周囲の気が集まっていく。 マーカーに狙いを付け、弦をいっぱいにまで引き絞る。 矢の輝きが最高位に達すると、光は徐々に一点に集まり、矢尻から放たれた一筋の光がマーカーの地点に突き刺さる。 「必中奥義、光矢一点っ!!!」 光海の手から離れた矢が、バスターアーチェリーを通して放たれる。 反動を堪える輝王の足下に紫電がはしり、矢が雷の尾を引いているかのように矢を追いかけていく。 見えない壁が僅かな抵抗を見せるも、容易く突き破られた壁は消失。矢は術を構成している中心へと突き刺さる。 矢の威力は術を破壊するだけに留まらず、その周囲を術の崩壊に巻き込んでいく。 二人の見守る中、富士の樹海の一部は焼け野原となり、残った忍邪兵軍団も灰のように崩れ落ちていく。 いつしか辺りは静けさを取り戻し、終わらないとさえ思われた戦いにようやく終止符が打たれた。 双頭獣と漆黒の獣王の戦いも、いつしか戦場は空へと移されていた。 高速で後退しながら羽手裏剣──フェザーレインを繰り出すが、カオスフウガはそんなもの、ものともせず最小限の回避運動を行いながら攻め込んでいく。 「足掻くなっ!!」 はしる獣爪がダブルフウマの胸を裂き、鋭い手刀が顎を突き上げる。 正確かつ確実な攻撃が双頭獣の戦闘力を徐々に奪っていく。 「にゃろっ!!」 翼の羽ばたきがカマイタチとなってカオスフウガを襲う。 しかし、それを避けるどころか胸の獅子が風を抑え込み、術を超圧縮していく。 「なっ!?」 「覚えておくがいい。本来、フウガパニッシャーとは術を返す兵器だということをっ!!」 獅子から放たれる竜巻が、落下していくダブルフウマを巻き込み地上に突き刺さる。 最悪の相手だ。ここまで実力に差のある相手はそうそういるものではないと思っていたが世界は…いや、宇宙は広い。 大きく穿たれたクレーターからふらふらと立ち上がるダブルフウマに、一際高い木の上に立つカオスフウガは容赦なく両肩のカオスショットを撃ち散らす。 「くっ!」 咄嗟に飛び上がり回避をするがそれさえも誘導されたことに気がついたとき、ダブルフウマはカオスフウガの拳に大きく仰け反っていた。 「ああああっ!!」 「ちくしょう! 10倍で返すのは恩だけでいーんだよっ!!」 宙返りをして着地するが止まらない。なんとかブレーキをかけ、勢いを殺した瞬間にカオスフウガの巨大十字手裏剣──絶岩十字が降り注ぐ。 とても回避の間に合う速度ではない。 こちらが1の動作をやっている間に、相手は2も3も先を動いているのだから。 両腕のスラッシュクローでなんとか弾き返し、立て続けに印を組む。 「火遁烈火翼──!!」 「楓! 術はだめだ!!」 柊の声にハッとしたときにはすでに炎が発現した後。 術は刀と違い、一度放てば止めることはできない。鎮火の術はあっても、放った術を打ち消す術はない。 「しまっ──!?」 「火遁解放っ!!」 ダブルフウマを通じて放たれた炎の羽が、カオスフウガの獅子に吸い込まれるように圧縮されていく。 それはクロスフウガが最大の武器とするように、カオスフウガにとっても最大の破壊力を秘めた超兵器であることに変わりはない。 「墜ちろッ、フウガパニッシャーァァァッ!!!」 放たれる熱閃がダブルフウマを包み、双頭獣の牙を、翼を吹き飛ばしていく。 何ヶ所もの装甲が吹き飛ばされ、ダブルフウマが溶かされていく。 「あぁああああっ!!!」 「楓ぇ!? こんにゃろぉ…、変化ぇっ!!!」 咄嗟に分離で直線上から離脱すると、再び上空で弧を描いて地上へと降りていく。 一直線に富士の樹海をなぎ払うフウガパニッシャーの熱閃から飛び出した二つの光は、再び地上で一つの姿になる。 双頭獣のもう一つの姿、ダブルフウマ・ビースト。柊がメインを受け持ち、地上戦闘を主とした、近接格闘戦形態だ。 気を失った楓を横たえ、柊は頬に垂れる血を拭う。 「さぁ、ここからはオイラが相手だ!」 「無駄だ」 ダブルフウマ・ビーストが構えるより早く踏み込んだカオスフウガの獣爪がはしる。 だが、臑で爪を受け止める柊は、釧が驚く間もないほどの速度でもう片方の足を高々と振り上げ… 「いぃぃ…やあぁぁっ!!!」 戦斧のように振りおろされた踵を交差した腕で受ける。 「風雅流……」 一本背負いの要領で脚を担ぎ、徐にダブルフウマ・ビーストを投げ飛ばした。 「爪絡【つめがらみ】」 ボーリングのように木々をなぎ倒し、ボロボロになりながらもダブルフウマ・ビーストが立ち上がる。 既に戦闘を続けられる状態ではないことは明白。どんな頭の悪い者でも、これほどの差がつけば退くはずが…。 「風雅陽平といい、キサマらといい…いちいち勘に障る」 苛立ちを露わに、カオスフウガが追撃する。 アンカー状に飛ばした獣爪が脚を絡めとり、仰向けに転倒させると同時にシュートブラスターを撃ちながらダブルフウマ・ビーストの頭上を翔ていく。 「まだまだぁっ!!!」 口の中いっぱいに広がる血の味を堪える。 どこにこれほどの力が残っているというのだろうか。 駆け出したダブルフウマが、青い残像の尾を引きながらカオスフウガに飛びかかる。 目に映る残像が微妙に距離感を狂わせる。 舌打ちすると、釧は切り離した刃翼を十字手裏剣に組み替え、距離を取りながら連続で投げつけていく。 「オイラを…舐めンなぁっ!!!」 身の丈ほどもある巨大十字手裏剣を相手に、逃げるどころか更に加速する。 一発目を踏みつけるような蹴りで砕き、二発目を回し蹴りのように弧を描く踵で打ち砕く。 だが、突如視界に入った隠された三発目にまではとても間に合わない。が、その場で身体を回転させることで、脚よりも先に飛び出したものがあった。 「ハウンドテイルっ!!!」 高速で振り抜かれた尾が絶岩を弾き飛ばす。 強度からか、砕けた尾に舌打ちするが、まだ止まらない。 霞斬りに勝るとも劣らない超加速から、ダブルフウマ・ビーストは更にもう一歩を踏み切った。 「うあ゛あ゛あ゛あ゛──、ビーストぉストラぁぁイクッ!!!」 風の生み出した螺旋がダブルフウマ・ビーストを包み込み、矢のように曲がることなくカオスフウガへと突き刺さる。 「ダブルフウマ、よくぞこれほどの一撃を繰り出した…だがっ!」 渾身のビーストストライクは無数の絶岩と、分厚い空気の幕に阻まれ、カオスフウガをただ突き飛ばしているにすぎない。 「これが風雅の蹴りだ」 まるでロケットのように跳ね上がった蹴りは、ダブルフウマ・ビーストの腹部を正確にとらえ、さらにねじ込まれるような感触が背中へと突き抜けていく。 「う゛が──!!」 痛みがすでに声にならない。まるで内蔵を抉られるような痛みが、次第に口いっぱいに広がり… 「がっ!──ぶはっ!!」 真っ赤な鮮血となって飛び散った。 「風雅流、竜突【りゅうとつ】」 崩れ落ちるように転がるダブルフウマ・ビーストに、カオスフウガは踵を返す。 しかし、それ以上動くことはなく、彼らはその場を離れようとはしなかった。 「ちょ…と…まった」 そうだ、双頭獣はまだ倒れていない。まだ倒れていないのだ。 震える脚が既に限界であることを物語っているのに、呼吸の乱れが柊が瀕死であると告げているのに、彼はまだ立ちふさがるつもりでいる。 そんな状態だというのにひしひしと感じるこの闘志はなんだ。 隙を見せればこのネズミ、間違いなく猫を噛む。 「理解できん」 「して…く…れなくて……いーよ」 再び向き合う二人の視線が交差する。 この瞬間、初めて釧は柊という少年を見た。 正確には陽平とは違った意味で興味がわいた。 (殺すには惜しいが…) 「トドメを刺さんわけにはいかんようだな」 カオスフウガが後腰部から忍者刀──絶刀【ぜっとう】を抜き放つ。 「なら…」 何度も呼吸に詰まりながらも、柊が印を組む。 炎が…生まれた。 柊は風王の忍びゆえに風遁を好み、得意とする傾向がある。その証拠に柊は今の今まで火遁を使用したことがない。 そんな柊がついに炎を見せたのだ。 「アンタさ……めちゃくちゃ強いよ…」 呼吸も落ち着き始め、柊は四股を踏むように腰を落とす。 「でもね……オイラにだって、意地があるんだ!」 「意地で生き延びることはできん」 全身にぶつかってくる柊の闘志に、釧は僅かに目を細める。 「ヒーローなら……アニキなら絶対アンタに勝てる。だからオイラは意地でもアンタに一矢報いる…」 陽平が戦うとき、少しでも楽なように。どんなに小さくてもいい。このまま傷の一つもつけられずに終わる双頭獣ではない。 「いぃぃくぜぇっ!!!」 竜巻のように渦を巻く炎が、柊の闘志に呼応して激しさを増す。 刹那、足下が爆発して、ダブルフウマ・ビーストが弾丸のように飛び出した。 一度の加速で炎を纏い、二度の加速で視認できないほどの速度まで達する。 「ならば応じよう。ダブルフウマ! キサマの意地とやらに敬意を表して、風雅流天之型──」 だが、技を放つ一瞬の間に、釧の想像を遥かに上回る出来事が起こった。 ダブルフウマが三度目の加速を行うことで、釧が技を繰り出すよりも早く真っ赤に燃え上がった蹴りが突き刺さる。 「な…に!?」 加速のために踏み切った脚が砕け、それでもダブルフウマの速度は上がり続ける。 先ほどと同様に風遁の壁が蹴りの威力を殺そうとするが、まるで弱まる気配がない。 それどころか、突き破らんとする気配さえ窺える。 両腕の獣爪を交差することで受け止めに入るが、それでもまだ足りない。 (火遁と風遁を同時に使うことで、全身を弾丸に変えたか…!?) 「キサマ、死ぬ気か…」 返事はない。 聞こえていないのか、それとも応える気がないのか。 どちらにせよ、柊は──ダブルフウマ・ビーストはこのまま燃え尽きることになる。 「う…お…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……でえぇぇりゃああああっっ!!!」 ダブルフウマの蹴りがついにカオスフウガを富士の麓に叩きつけ、無理矢理蹴りつけることでロケットのごとく空に飛び上がった。 「くらえぇっ…、こいつがオイラの秘策だ!! 秘脚っ──」 高速で前方回転を行うと、そのままカオスフウガめがけて青い炎が落下していく。 「風・迅っ!! 牙ぁ落としいいぃっ!!!」 徐に叩きつけられた踵が大地を砕き、爆発が炎の柱となって天に突き刺さる。 凄まじい破壊力だった。ダブルフウマの脚力に加え三度の加速、更には落下の勢いと火遁風遁の合わせ技。これが決まればたとえカオスフウガとて無事では済まない。……そう、あくまで決まれば≠フ話だ。 「見事だ。だが、詰めが甘い…」 カオスフウガの左手に握られたものに、柊の闘志がまるで霧のように消えていく。 それはダブルフウマの右足。 技が決まる瞬間、威力が周りに拡散すると同時に無防備になった右足を切り落とすことで窮地を脱し、ダブルフウマの背後に回り込む。 タイミング、手際の良さ、さらには柊を殺さぬように衝撃を逃がす手腕、どれを取っても神業としか表現できぬものであった。 ゆっくりと近づき、ダブルフウマのすぐ後ろに切り落とした脚を転がす。 「…風雅陽平はいい部下をもった」 呟く釧に、柊はギシギシと軋む身体を押して振り返る。 身を震わせるような闘志は消えたが、その目までが死んでしまったわけではない。 「部下じゃ……ないやい」 柊の言葉に、そうか、とだけ呟くとカオスフウガが刀を納めた。 「キサマの名は…」 わけがわからない。突然なにを言い出すかと思えば、忍者に向かって名前を教えろとは。 しかし、陽平ならば間違いなくこう言うだろう。 「風魔柊。アニキと……一緒に、翡翠ちゃんを守る…忍者闘士だ……い」 勇者忍者は陽平だから、あえて忍者闘士。冗談のような回答に、釧は一緒だけ口元を緩めた。 「ならば風魔柊、風雅陽平に伝えておけ。不死の力は負の結果しか招かん。半端な覚悟で触れれば己を焼くぞ。……とな」 今度こそ踵を返したカオスフウガは、ダブルフウマから数歩だけ離れると、振り返ることなく飛び立った。 あっと言う間に小さくなっていく黒い背中を見上げながら、柊はようやく釧が退いたということに気がついた。 「なん…とか……なったみたい…」 富士山を枕に力尽き、ダブルフウマの無惨な姿が横たわる。 気が抜けた。そう思った瞬間に視界が黒一色に覆われる。 力が抜け、いや、力が抜けたことさえもう感じない。 熾烈な戦いの跡に残る者だというのに、なんと安らかな顔であろうか。 固く握りしめられていた拳は力なく開かれ、コトリと音を立てて落ちる。 まるで眠るように色を失う双頭獣は、柊と共に深い眠りに落ちていった。 一合、二合、三合と、刀と槍の剣戟が鳴り響く。 鋭く突き出される槍を巧みにかわし、赤銅の鎧を斬りつける。 だが、何度斬ろうが突こうが、ギィン、という音と共に弾かれる刃に陽平が舌打ちする。 大きさに比例してなんとも硬い装甲だ。 (下手すりゃ霞斬りでも跳ね返されちまう…) どれだけ当てようとも、刃が通らなければ話にならない。 「だからって諦めてたまるかよ!?」 左腰のパーツからもう一振りの刀を引き抜くと、イーベルを高速で攪乱し始める。 「また姑息な技をッ!?」 クロスフウガが弧を描くように移動するたびに残像が現れ、そのすべてが次々とフォン・リア・ヤァに襲いかかる。 あるものはクロスショットで攪乱し、あるものはシュートブラスターで遠間から攻撃に入る。またあるものは切り離した大量の烈岩を次々に十字手裏剣に組み替え、ほかの残像が立て続けにそれを投げつけていく。 「ヌウウウゥ…!!」 だが、これだけの攻撃でも突破できないとは流石に恐れ入った。 細かな動きには対応できていないようだが、それを補って余りある防御力と破壊力がこの邪装兵にはある。 「そぉかい。なら、こいつでどぉだよっ!!!」 すべての残像が二振りの刀を構え、フォン・リア・ヤァに吸い込まれるように次々と加速していく。 背中のバーニアが点火した瞬間、すべてのクロスフウガが視認できぬほどの超速度まで加速する。 「無双っ、霞斬りぃっ!!!」 数十もの残像が放つ霞斬りが対象をバラバラに斬り裂いていく。視認できない速度での連続攻撃は相手に攻防の暇を与えず、ただデクのように立ち尽くすしかない。事実上、この攻撃を避けることは不可能なはずが… 「こ、こいつ…!?」 すべての残像が消え失せてもまだ、フォン・リア・ヤァは、武将帝イーベルの姿はそこにあった。 (あれだけの霞斬りに耐えたのかよっ!?) 釧とカオスフウガの放つ皆伝霞斬りのように4発同時とまではいかないものの、手数では勝っているはずなのだ。それなのに… 「もう終わりか? では次はこちらの技を受けてもらうぞ!!」 まるでダメージがないのか、槍を構えるフォン・リア・ヤァが熱を帯びたように赤く変色を始める。 それがイーベルと同様の変身であることはもはや明白。 ならば今から繰り出されるのは技などではなく、単純ゆえに強大な連続攻撃。 どうやら本当に熱を帯びているらしく、イーベルの周りには陽炎までが見えている。 こんな状態の一撃を受ければいかにクロスフウガとてただでは済まない。 「くるぞ、陽平っ!!」 「ちぃっ!!」 全身から吹き出す熱が爆発を起こすことで得られる推進力は、先ほどまでとは比べものにならない。 受けることも捌くこともせず、ただ繰り出される槍の一撃を確実にかわしていく。 槍は1センチたりとも触れていないはずが、クロスフウガの装甲には焼き斬ったような傷跡が刻まれていく。 (紙一重もまじぃのかよ!?) だが、切っ先に集中しすぎたのはアダとなった。 大きくしなるように振り抜かれた柄の一撃が腹部を捉え、クロスフウガの巨体がくの字に折れ曲がる。 「グウぅッ!!!」 「が──はっ!!!」 クロスフウガを柄にかけたまま回転すると、徐に地上へと叩きつける。 流れ星のように墜落するクロスフウガは、富士山の中腹に巨大なクレーターを穿つ。 「死ねィッ!!!」 危うく串刺しにされるという寸前で身体を捻る。 それにしてもなんと凄まじい攻撃力だろうか。見た目はギオルネのソードブレイカーに似ているというのに、能力はギガボルトのようではないか。 クロスフウガを逸れた槍が深々と突き刺さった瞬間、まるで山が爆発したのかと錯覚するほどの衝撃がクロスフウガを天に打ち上げる。 「ぐ…あっ!! この馬鹿力め!!」 再び空に追撃をかけるフォン・リア・ヤァの一撃を分離してかわし、ショットクナイとシュートブラスターで奇襲をかける。 「なんてタフな野郎だ!? ビクともしねぇ!!」 再合体を果たし、なんとか体勢を立て直すクロスフウガに、イーベルはゆっくりと振り返る。 そんな余裕は、まるでお前などいつでも殺せると言われているかのようだ。 「フン、なかなかどうして。よくかわす…」 「へっ、てぇめぇがウスノロなんだよ!」 嘘だ。正直、速すぎてかわすだけが精一杯なだけだ。 しかし、なんとか攻撃に移ったところで、必殺の霞斬りは通じない。いや、効果がないと表現した方が適切だろうか。 つまり、今のクロスフウガにはイーベルを倒す手だてがないということになる。 (フウガパニッシャーなら突破できるか? いや、全身が熱で覆われてるような奴に熱閃攻撃は効果がねぇ) まさに万策尽きた。そんな気分だった。 「ちくしょう、野郎の言葉じゃねぇけど、光海たちがいねぇと手も足もでねぇのかよ…」 確かにクロスフウガはバランスの良い忍巨兵だが、圧倒的な攻撃力を有しているわけではない。 そもそも、それを補うための武装合体なのだ。 技術云々ではなく、単純に強い、速い、硬いだけの相手には不向きだとも言える。 「口の減らぬことだ…」 「ストレスで髪の毛は減りそうだぜ…」 「暇つぶしにはなる。せめて頭だけは残してやるぞ」 刹那、イーベルの槍がダースに増えた。 いや、増えたと錯覚するほどの高速突きに、クロスフウガは後退を余儀なくされる。 「あんなものを食らえば、我々など塵も残らない!?」 「わーってるよ!!」 屈辱だった。敵に背を向けて逃げ回らねばならないとは、やはりまだまだ未熟らしい。 しかし、せめて逃げ回っている間に打開策を考えなければ、本当にただの負け犬になる。 (戦闘力だけでも厄介なのに、加えてあの装甲…) 試しに間接なども狙ってみたのだが、あれはそうそう斬れるものではない。 恐らくイーベルの能力に対応できるよう、間接なども強化されているのだろう。 それにしても、あの赤くなる、いわゆる変身は反則的なまでに強力だ。あの状態が相手では、正面からぶつかればまず負ける。 「頭に血が上ってるワケでもねぇし…」 水をかけたら冷めてくれればいいのだが、まずそういうわけにはいかないだろう。 「試してみるか?」 「なに?」 クロスフウガの提案に、陽平は疑問符を浮かべる。 「水遁のフウガパニッシャーならば…」 「なるほど。文字通り火を消しちまうわけか。でも、あれだけの熱量を消せるのか?」 紙一重でかわすだけで忍巨兵の特殊な装甲が溶けてしまうほどの高熱。生半可な冷気では蒸発する可能性が高い。 「水辺で使えば、威力も規模も格段に上昇する」 「ほかに手はねぇな。なら、やるっきゃねぇ!!」 背後から迫るフォン・リア・ヤァの姿に、陽平は進路を海へと取る。 「くらえっ!!」 振り返りながらクロスショットを撃ち散らし、イーベルを挑発する。 どうせ効果はないのだから、無理して当てる必要はない。 すぐに背を向けると、再び海を目指してスピードを上げる。 すぐに海は見えた。できるだけ低空を飛び、次々と繰り出される突きの嵐を器用に避けていく。 「今だ。陽平、術の準備を…!」 「まだ早ぇだろ?」 海まではまだ少しある。十分に引きつけて撃たねばかわされる可能性もある。 「いや、水遁のフウガパニッシャーは火遁や風遁に比べて圧縮にかかるのだ」 なるほどと頷き、陽平はすぐに影衣に封じられた水遁を解放する。 「水遁……解放っ!!!」 大気中の水分を集め、頭大の水球を生み出すと、胸の獅子で圧縮を開始する。 確かにほかの術と比べて圧縮が遅い。なにか手間取っている節もある。 「なにを考えているかは知らぬが、これでトドメだッ!!!」 イーベルの手の中で、槍が奇妙な形に変化していく。 二つに割れた穂先は捻れ、ドリルのように螺旋を描く。 「へんっ!! そっちこそ、ちっとばかし熱くなりすぎだぜっ!!!」 「受けるがいい!! フウガパニッシャーァァッ!!!」 クロスフウガの咆哮と共に、青いビームが獅子の口から放たれる。 それは周囲の水を一瞬でかき集め、瞬く間に青い奔流となる。 威力そのものはほかの術に劣るものの、範囲はかなり大きい。 これが水辺での付加効果かと関心する。 「死ねぇいッ!!!」 対するフォン・リア・ヤァの槍が凄まじい勢いで投げられる。 呆れた怪力だ。その速度は、フウガパニッシャーを放ったままのクロスフウガにかわす暇さえ与えず、左肩に突き刺さる。 いや、突き刺さるだけには止まらず、槍はクロスフウガの左肩をもぎ取っていく。 「ぐぁああっ!!!」 「グゥオオオ…!!!」 だが、同時にこちらの読みが当たっていたことも証明された。 水のフウガパニッシャーが直撃するだけでは、フォン・リア・ヤァはビクともしない。だが、フウガパニッシャーとして圧縮発射したことで、熱の防御を越え、邪装兵本体に直接ダメージを与えることができた。 フウガパニッシャーと吹き出す熱とのぶつかり合いにより生じた濃霧のような水蒸気がフォン・リア・ヤァの全身を包み隠す。 「ぐぅう…、そんなばかな!」 水蒸気の中から現れた邪装兵は、予想通り熱が冷め、赤く変色していた装甲は赤銅色にもどっている。 「ぬぅ…!!」 「へへ。やぁっと、ダメージになったな。武将帝サンよぉ」 クロスフウガが失った左腕がズキズキと痛むが、今は気にしている余裕はない。 やっと攻撃が通ったのだ。ならば、このまま倒れるまで攻撃を続ける以外にない。 「くぅらえぇッ!!!」 一瞬でイーベルの背後に回ると、オーバーヘッドキックの要領でフォン・リア・ヤァを海面に叩き落とす。 まさか水に弱いとは予想外だったが、弱点がわかった以上、手を緩める理由はない。 水の壁を突き破り、海中へと追撃するクロスフウガにイーベルは苛立ちを露わにする。 どうやら水中では赤く変身できないことはイーベル本人さえも知らなかったらしく、酷く困惑した様子が伺える。 「終わりだぜ、イーベルっ!!」 「舐めるな!! この武将帝、これしきで破れはせん!!」 互いの手にした武器が水中で何度もぶつかり合う。 案の定、陸海空どの戦場でもそつなく戦える獣王とは違い、フォン・リア・ヤァの動きが目に見えて悪くなった。 「水中では勝機は薄いか!」 逃げるように上昇するイーベルに、陽平が印を組む。 「逃がさねぇ! 水遁、縛流鎖之術っ!!!【ばくりゅうさ】」 周囲の海流が急激な変化を起こし、生き物のように邪装兵を押さえ込む。 「裂岩、セット!」 翼から切り離した裂岩をシュートブラスターの銃口にセットする。 「水中でこれはかわせまい! シュートバンカーッ!!!」 水中にも関わらず高速で接近するクロスフウガをかわす術は今のイーベルにはない。 手を伸ばせば触れられるほどの距離で切っ先を胸に押し当てると、クロスフウガは迷うことなく引き金を引いた。 フウガパニッシャーで受けたダメージが癒えぬ状態でシュートバンカーを跳ね返せるわけもない。 深々と突き刺さる裂岩に、イーベルが大きく仰け反った。 「うぐごぉおおおおッ!!!」 凄まじい咆哮が水を震わせる。 徐々揺れが大きくなる中、フォン・リア・ヤァの周囲にボコボコと気泡があがる。 理由はすぐにわかった。 裂岩を突き立てたことで露出した胸部に見える真っ赤な核。不気味なことに、水中で燃えているのだ。 「なんだありゃ…?」 驚きの声をもらす陽平に、イーベルはニヤリと不気味な笑みを浮かべる。 「見たか。これぞ貴様ら風雅の地に眠る高エネルギー体ッ!!」 その物体を見た獣王の顔色が変わる。 「それは……リードジュエルか!?」 「リードジュエル?」 陽平の疑問に、クロスフウガが頷く。 「我らが故郷、惑星リードの地中深くから発掘される謎の高純度エネルギー体。その正体も、なぜそんなものが埋まっているかもわからない。しかも扱いが非常に難しく、忍巨兵の核としては危険だとされ、以後、使われるどころか発掘さえ行われなかったものだ」 説明の内容に、さすがの陽平も顔を青くする。 「リードジュエルの特徴は、エネルギー体としての純度の高さではない。一度上げた出力が二度と下がることはないということなのだ」 「なんだそりゃ!?」 例えば100まで出力を上げたとしよう。しかし、それでは出力が高すぎて機体強度が保たないために50まで下げたい。 しかし数値は101以上にしか動くことはなく、機体はいずれ大爆発を起こす。 いささか出力が高すぎるという点もやはり問題には違いない。 「ンなとんでもねぇモン、なんで積んでやがる!?」 「この邪装兵がそれに耐えうる力を持っているからにすぎん! だが、これだけ損傷を受けた以上そう長くは保つまい…」 徐々に光の強くなるリードジュエルに同調するかのように、フォン・リア・ヤァの装甲が赤く変色を始める。 水中にも関わらず、熱が装甲を溶かし始め、その形状をよりシンプルなものへと変えていく。 「なっ!? やめろ!! それ以上は──」 「敵の心配をするほどの余裕は、貴様にはなかろうっ!!!」 気泡がフォン・リア・ヤァの姿を完全に包み隠したとき、凄まじい衝撃が獣王を海上まで吹っ飛ばす。 攻撃されたと気がついたとき、クロスフウガは再び海面に叩きつけられる。 「ウ……オォォッ!!!」 「み、見えねぇ──っ!?」 加速した瞬間はなんとか視認できるのだが、動き出したら完全に捉えることができない。 初速で霞斬りの速度を超えられたのは初めてだ。 体勢を立て直す暇もなく、攻撃を加えられ完全に視界が回る。 (ちくしょうっ!! もうどっちが上でどっちが下かわかンねぇっ!!!) 投げた小石が水面を跳ねるごとく飛ばされる。 この状態からの反撃は不可能だ。 そんな気持ちが陽平の心を支配したとき、気づけば赤く燃え上がる邪装兵の腕がクロスフウガの首を絞め上げていた。 「ぐ…ぅぅ…ぉ」 「バケモノかよ…」 もはや驚嘆の声も弱い。 「ハァ……ハァ…ハァ、これで……最期だ」 見ればイーベルもまた赤く燃え上がり、今にも倒れてしまいそうなほどに疲弊しているではないか。 (死に物狂いってやつかよ…) 信長のためか、自分のためかはわからない。だが、武将帝イーベルという戦士は間違いなく己が命を賭して戦っている。 これが命を賭けて戦うということなら、今の自分のなんと情けないことか。 (翡翠どころか…、かぐやとの約束も守れてねぇってのに…) 握った拳に僅かな力がこもる。 「反撃の……機会を伺っているつもりか。ならば…」 勢いをつけ、天高くクロスフウガを投げ飛ばす。 「完全に息の根を止めるまでッ!!!」 不思議と恐ろしいとは感じなかった。 むしろ、頭の中がスッキリした。 そう思ったとき、陽平の目は確かに邪装兵の姿を捉えていた。 投げ飛ばされ、姿勢制御もままならないはずが、相手の動きが手に取るように読めてしまう。 「──陽平ッ!!!」 クロスフウガの声で我に返った瞬間、陽平は裂岩を切り離して邪装兵を斬りつけていた。 「な……に?」 イーベルのもらす驚愕の声が背後で聞こえる。 あんな無茶な体勢からイーベルの攻撃を避け、尚且つ一撃を入れて背後に斬り抜けたというのだろうか。 「なんなんだッ!! 今のはッ!!!」 再び頭部を掴んで投げ飛ばそうとした瞬間、やはりクロスフウガは邪装兵を斬りつけ背後まで駆け抜けている。 「陽平……完成したのか?」 「わかんねぇよ…」 問いに答える陽平の口元に笑みが浮かぶ。 「ただ、わかるんだよ。あいつの来るとこがな。だから、こねぇとこに移動しながら斬ってるだけさ」 それはつまり、少し前まで捉えることさえできなかった相手の動きを完全に見切ったことになる。 「頭に浮かぶんだ。次はこう動くぞ…みたいなのが」 「まさか……覚えたのか、ヤツの動きを!?」 どうやらこの土壇場に来て、陽平の鬼眼が次の覚醒を迎えていた。 陽平の鬼眼は見た動きをそのままコピーする能力だったが、さらに動きを情報として記憶する能力を備えたらしい。 釧の鬼眼がコピーと解析の二つを合わせたものであるように、陽平の鬼眼もまた、二つの能力を兼ね添えたものに進化を始めたようだ。 「なんだかよくわからねぇけど、これで新必殺技が活きるってモンだぜ!!」 「ほざくなぁッ!!!」 またかわされた。 完全に意表を突いて殴りかかったというのに、木の葉が風に舞うかのようにクロスフウガが素通りしていく。 「さっきのお返しだっ!! 霞斬りッ!!!」 一瞬で視認できないほどの速度に達すると、必殺の斬撃が邪装兵の肩を切り落とした。 「また…だと? あの速度に合わせた反撃を、かわしながらの霞斬りなど……!?」 「ありえるさ! それが俺の力だ!!」 陽平の言葉に、邪装兵の手が炎の槍を生み出していく。 「ありえぇぇんッ!!!」 振りかぶった槍が、邪装兵の炎の影響で一気に二回りほど巨大化する。 あんなものを受ければひとたまりもない。 どうやらこの一撃で決着をつける気らしい。 「なら……勝負だ」 逆手に構えた裂岩を握り締め、陽平は腰を低く落とす。 「貫けぃッ!!! フォン・リア・ヤァッ!!!!」 邪装兵の炎を乗せ、炎の槍が投げられる。 かわせない。こんなものをかわせるわけがない。 しかし、それはさっきまで陽平ならばの話だ。 この技はすでに一度見せてもらっている以上、規模、威力に関わらず、陽平に当たることはない。 「斬り裂け、刃翼っ!!!」 「新・霞斬りッ!!!!」 クロスフウガの姿がかき消える。 一迅の風となった獣王は、炎の槍を紙一重でかわすと、速度を緩めることなく邪装兵を斬り抜けていく。 かわした際、掠った炎に右足を焼かれたが、イーベルの望み通り決着はついた。 落ちる頭が水面を叩き、イーベルは自分が敗北したことを知った。 「負けた…か」 「イーベル、リードジュエルを止めろ! てぇめぇの負けだ…」 ふと、イーベルが不気味な笑みを浮かべた。 そうだ。リードジュエルは止まらない。リードジュエルは出力を下げることも、停止させることもできないのだ。 「まさかっ!?」 すぐに逃げようとしたが間に合わない。 「地獄までつき合え、風雅ァァッ!!!」 邪装兵が太陽かと見間違うほどの光を放つ。 草木が消滅し、水が蒸発する。そしてイーベルの最期の言葉と共に、獣王もまた光の中に消えていく。 伸ばした手は空を掴み、陽平もまた、光の中に意識を手放した。 |