もう夕方になろうというのに、一瞬だけ空が明るくなった。
 二つ目の宝、蓬莱の玉の枝を手にしながら、空を仰ぐかぐやは不吉な予感にかられていた。
「よーへ…絶対くるよね」
 だって、約束したのだから。陽平は約束を守る男だから。
「山に登れば……会えるよね」
 ずいぶんと高い山だ。やはり日本一は伊達ではない。
 ほかの宝はきっと光海が、柊と楓が、陽平が持ってきてくれるはず。
 歩き続けで足は棒のようになってしまったが、登らねばならない。
 そういえばいつの間にか辺りは静かになっていた。
 先ほどまでは神の怒りかと思うほどの轟音が響いていたというのに、どうしたことか。
 そんなことを思い、ふと足を止めた瞬間、僅かに足音がズレた。
 おかしい。今、自分は一人なのだ。
 陽平たちが追いついたのだろうか。
 いや、それなら声くらいかけるはず。わざわざ息を潜め、身を隠す必要はない。
「よーへ?」
 囁くような小さな声で呼んでみるが、やはり反応は返ってこない。
 そもそも勘違いということもあるのだ。
 独りになった寂しさは、小鳥のさえずりでさえ恐怖心を駆り立てる。
 なにか動物がいるのかもしれない。そう思い込むことで、かぐやはわき上がる恐怖心を押さえつけると、再び山頂を目指して歩みを進めていく。
 だが、まただ。
 誰かがこっちを見ている。誰かがピッタリとついてきている。
 そう思った瞬間、かぐやは走り出していた。
 棒のような足を必死に動かし、それから逃れるようにがむしゃらに走り続ける。
 ふと、隣を走るなにかが目に入った。
 目が合う。それが先ほど陽平と自分を襲ってきた下忍であると気づくのにそれほど時間はかからなかった。
 不気味な黒頭巾の隙間からギョロリとした赤い瞳がこちらを伺っている。
(もぅ……息が続かない…!!)
 肺がパンクしそうだ。新鮮な空気を求めて、胸が大きく上下する。
「はぁ、はぁはぁ……! よーへ…」
 背後に迫る下忍が、かぐやに向かって一斉に飛びかかる。
「よーへ…!」
 足がもつれ、体が横転する。
 顔が土にまみれるが、そんなことさえ忘れてしまうほどにかぐやは声を絞り出した。
「助けて…、よーへぇっ!!!」
 刹那、かぐやに迫る下忍がことごとく斬り飛ばされていく。
 黒く長い髪がかぐやの視界を覆う。
(女の…ひと?)
 日の落ちた山で、刀を手に佇む彼女はとても美しく、そしてとても強かった。
 次々に襲い来る下忍を斬り捨て、死角に回る敵のすべては見えないなにかが細切りにする。
 僅かに差し込む月明かりに映し出された姿に見覚えがあった。
 正確には知る人によく似ている。
 風魔と名乗った双子の兄妹。身にまとう雰囲気も、顔立ちも、どこか二人を思わせる節がある。
「片づきましたね」
 刀を納め、手を差し伸べる女性に、かぐやは頭を振った。
「だれ…?」
 そんなかぐやの様子に呆れるでもなく、女性は優しい笑みで隣に膝をつく。
「安心してください。私は味方ですわ、かぐやさん」
「どうして…」
 どうして名前を、と続けようとするかぐやに、女性──風魔椿はニッコリと笑みを浮かべた。
「風魔椿、貴女に同行していたはずの、柊と楓の姉です」
「椿…さん?」
 そういえば先日まで、陽平は彼女に会いに行っていたはずだ。
 なんでも、陽平や柊、楓よりも強いとか。
 そんなひとがどうしてこんな場所にいるのだろうか。
 だが、その疑問もすぐに解決した。
「ん。わたしもいる」
 そう言って山を降りてきたのは、風雅家先輩居候の翡翠であった。
「翡翠…」
「かぐや、わたしもてつだう」
 翡翠の言葉に椿も頷いた。
「頼るのは決して悪いことではありません。貴女はそれだけの努力をしたのですから」
 さぁ、と差し伸べられた椿の手を取り、かぐやは立ち上がる。
 翡翠が足やおしりの土を払い、椿がハンカチで頬の土を落としてやる。
「でも、どうしてここが?」
 かぐやは予定を大きく外れて山頂を目指しているのだ。普通は目印でもないかぎり、捜し当てることはできない。たとえできたとしても、天文学的な確率になってしまう。
「雅夫さまと、姫の力添えのおかげです」
「がんばった♪」
 そう言って胸を張る翡翠はどこか誇らしかった。まぁ、張るほど胸はないのだが…。
 その点に関しては、隣の椿が羨ましくて仕方がないわけだが、今はそんなことを言っている暇はない。
「とにかく、あの子たちはきっと宝を持ってきますわ。ですから、私たちは…」
 上を指さす椿に、かぐやは頷いた。






 夜空に月が浮かぶ頃、その月では異変が起こり始めていた。
 なにかの胎動が月の表面を揺さぶり、前かぐや姫の施した封印がその効力を失っていく。
 まだ何層もの封印があるものの、それが青い星を目指して飛び立つのにそれほど時間はかからないだろう。
 それは長い年月を経て、御伽噺で語られるよりもずっと大きく、そして異形に姿を変えていた。
 青い星から次々に沸き上がる負の感情は、その異形をより凶悪なものへと変えていく。
 唸り声が月を揺さぶり、魔獣はようやく動けることに歓喜する。
 まるで打ちつけた杭が一つずつ外れていくかのように、砕ける封印が遠く離れた地球にいる彼の巫女に影響を及ぼし始めているのは確かだ。
 魔獣にはわかる。巫女は自分が現れることに怯えている。
 巫女であるかぐや姫に魔獣の胎動を感じることができるように、魔獣にも巫女の感情が手に取るようにわかる。
 魔獣は思う。
 まず、自由になったならば巫女を生きたままに磔にしようと。
 死ぬことも眠ることも叶わぬ永遠という地獄を巫女にも味わらせてやる。
 そんな望みを胸に、魔獣はまた一つ封印をはね飛ばした。






 孔雀と二人の忍巨兵が見守る中、光海は祠の残骸からあるものを拾い上げていた。
 燕の子安貝。それがこの宝の名称だ。
 祠が砕けていたときは正直かなり焦ったが、どうやら宝はそう簡単には壊れないものらしい。
 無事だったことにホッと胸をなで下ろし、光海は孔雀を振り返った。
「ありがとう、孔雀ちゃん」
 突然礼を言われ、孔雀は困惑の表情を浮かべる。
「だって、一緒に戦ってくれたし。それに…」
 掌にあるそれを見せながら少しいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「これを手に入れるか、壊す予定だったんだよね?」
「それは…」
 釧の命を果たしたいと思う反面、釧の行動に疑問も抱いていることは光海には知られてしまっている。
 主に疑問など、ただの巫女でしかない自分が抱いて良いわけがない。そのはずなのに…。
「わ、わたしには…ねーさまのお願いを断るなんてできませんから」
 それもまた一つの事実だ。
「ありがとう、それじゃ私いくね」
 かぐやちゃんを助けなきゃ、と続ける光海に、孔雀は不安の表情を見せる。
 今、一瞬だけだが、光海の表情が僅かに曇った気がした。
「ねーさま?」
「ん、どうしたの孔雀ちゃん?」
 やはり見間違えだったのか、次の瞬間にはいつもの光海だった。
 いや、ひょっとしたらさっきの光海が普段の光海なのではないのだろうか。
 そう思った瞬間、孔雀は自然と光海の手を取っていた。
「どうしたの?」
「わ、わたしも……わたしもいきます」
 消え入りそうな声だが、確かにそう口にしていた。
 おずおずと見上げる孔雀に頷き、光海は優しげな笑みを浮かべる。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。私、これでも運はいい方なの」
「いきますぅ!」
 珍しく大きな声を出す孔雀に、光海は呆気にとられたように首を傾げた。
「いき…ますぅ…」
 涙まで浮かべて手を握る孔雀に、光海は空いた手を頭に伸ばす。
「そんなに心配してくれてありがとう。そしてごめんなさい。一瞬にきてくれる?」
 泣き出した孔雀からの返事はなく、ただしっかりと頷いて光海の手を握り続けた。






 徐々に覚醒していく意識の中、黒い獣王の背中だけはなぜかはっきりと思い出せた。
(そっか、オイラ負けちまったんだっけ…)
 しかし、あまり悔しいという気持ちは沸いてこなかった。
 戦っていたときはあれだけ感じていた憤慨もなく、ただ、あの背中をかっこいいと感じていた。
「あーゆーのもいいよね」
 そんな柊の呟きに、誰かが歩み寄ってきた。
 まさか釧だろうか。
 一度、彼をアニキと呼んでみたい気もする。そうしたら、いったいどんな顔をするだろうか。
 そう考えるとちょっと楽しみだった。
「柊…」
 上から声がする。なるほど、自分はいま寝転がっているのか。
 確認のために目を開ければ、やはりというかなんというか、いつもと同じ双子の顔がそこにあった。
「楓、だいじょーぶ?」
 直接自分が焼かれたわけでないにせよ、フウガパニッシャーのダメージはリンクしていた。
 見ての通りだと苦笑する楓に頷き、柊は未だに痛む体を起こしていく。
「あたたた…」
 筋肉痛、打撲、肉離れ……骨折まではないかもしれないが、今の柊に戦闘力がないのは確かだ。
 ズキリと痛む腹を押さえ、そういえば内臓を痛めていたことを思い出す。
「負けたの?」
「んー…負けかな。でも、今回は退いてくれたみたいだし、痛み分け?」
 そういうのを痛み分けというかは定かでないにせよ、やるべきことはやれたはずた。
「そーいや、宝探しってどうなったんだろ」
 空はすでに黒い。月も分厚い雲の陰から顔を覗かせているところを見ると、相当の間眠りこけていたらしい。
「あぃたたたぁ…!」
 無理をしたためか、全身がかなり痛い。
 悶える柊にため息をつくと、楓は手にしたそれを差し出した。 「なにそれ?」
「仏の御石の鉢」
 なるほど。どうやら目的のものは柊が眠りこけている間に楓が探してきたらしい。
 しかしこれのどこが宝だと言うのだろうか。いわゆる骨董品の類に見えなくもないが、こういったものの価値はあまりわからない。
「どうするの?」
「ん〜…そだね。重そうなら置いてってよ」
 やはりどこか口に出さずとも、意識の共有ができている節がある。
 ハンマーでも持っているかのように重たい手を振る柊に、楓は小さなため息をついた。
「忍巨兵があればすぐだったのに…」
 楓が送還したらしく、ボロボロな双頭獣の姿はない。
 もし目を覚ましてすぐにあの姿を見ていたなら、柊ももう少し落ち込んでいたかもしれない。
「あれだけやられたら自己修復じゃ直らないだろーし、やっぱし椿姉に頼んで修理出してもらった方がいいね」
 どこかで修理してもらえるというのは以前から聞いていたが、まさかこんなに早くお世話になるとは思ってもみなかった。
 というか、姉に頼むのは極力避けたかったのだが、背に腹は代えられない。
「とにかく早く掴まって。急がないと無能だって思われる…」
 確かにあれだけ頑張ったのに、陽平にまで詰めが甘いと言われてはかなわない。
 楓に支えられて立ち上がる柊は、釧に言われた言葉を思い出す。
「不死ってさ、不幸な結果しか残さないんだって」
 だからどうしたというものでもないが、どうしても気になってしまう。
 ガーナ・オーダが惑星リードを襲ったのは生命の奥義書を手に入れるためだった。詳しいことはわからないが、信長を蘇らせるにはそれが必要だったらしい。
 つまり、新たな命を生み出す力なのだが、それがきっかけで多くの命が失われている。あまりに皮肉な話ではないか。
「釧のアニキは……一度体験したんだ。だからオイラたちに同じことをやってほしくないんだ」
「どうだか。とにかく急ぎましょう。光海先輩も合流したかもしれない」
「そだね」
 それにしても、今日の月は不気味な感じがする。
 なんだか禍々しい空気が漂っているような…。
(気のせい…)
 そう思いたかった。それなのに…
「柊…!」
「ど、どーしたの?」
 突然青い顔をして服を引く楓に、柊はその視線を追って空を見上げる。
「な──っ!?」
 それは月を覆い隠すように在った。
 まるで、こちらを見て舌なめずりをされているような感覚。
 柊も楓も、本能的にそれが悪≠ナあることに気が付いていた。それもとびきりの悪。すべての負の感情がぐるぐると渦巻くような…。
「な、なんだよあれ」
 柊の疑問などつゆ知らず、それは月明かりと共にゆっくりと降りてきた。






「魔獣……シルヴィーモータル
 驚愕と恐怖の入り交じったような声で呟くかぐやに、椿と翡翠が空を仰ぐ。
 不気味な銀の鱗を持ち、二つの長い首と不自然なまでに大きな体がドス黒いオーラを放つ。
 そしてなにより特徴的なのは、身体を宙で支えるように身体の左右で高速で回転する光る二つのリングだ。
 そのあまりに不可思議な姿が、それは普通の獣でないことを容易に物語っている。
「おおきい」
 誰もが思ったことを代弁するかのように翡翠が口を開く。
 そうだ、これはあまりに巨大すぎる。
「全長はおそらく五百…いえ、六百メートル前後はありますわね」
 さすがの椿も動揺しているのか、魔獣の姿に苦笑をうかべる。
 20メートル級忍巨兵であるクロスフウガの約30倍。
 遥か古の民がこんなものを目にすれば、世界の終わりを想像するやもしれない。
「大きすぎる…」
 かぐやの言葉に椿が振り返る。
「どういうことですか?」
「銀の魔獣シルヴィーモータルはあんなに巨大じゃなかった! 大きいと言っても象くらいで、あんな山みたいなのなんて知らない!」
 取り乱すかぐやを抱きしめるように押さえつけ、椿は何度も「大丈夫」と口にする。
「落ち着いてください。私たちにもわかるよう、知っていることを詳しく教えてくれますか?」
 不安で今にも泣き出しそうな目がじっと椿を見上げる。
 少しして、ようやく落ち着いたのか、かぐやは小さく、しかし確かに頷いた。
「あれは、古から月住まう銀の魔獣シルヴィーモータル…」
 銀の獣で銀獣≠ニも、音を外して幻獣≠ネどと呼ぶ者もいたらしいそれは、本来は数メートル程度のものであったそうな。
 竹取物語で、月からかぐや姫を迎えにきたと語られるそれは、確かに一見すれば牛車の車の部分に見えなくもない。
 つまり、空を飛ぶ銀の車の正体があれだという。
 シルヴィーモータルの役目は、地球から吸い上げられた過剰な負の気を月で浄化することにある。
 巫女と共に永遠とも思われる時の中で、巫女が集めた負の気を体内で浄化して再び地球に返す。
 だが、いつからかシルヴィーモータルは負の気を浄化できなくなっていった。
 一度に集まる負の気が強すぎたためか、シルヴィーモータルは徐々に自らも負の感情にのまれていったのだ。
 そしてついに、月から地球へと降りたったシルヴィーモータルは、前かぐや姫の手によって再び月へと封印された。
「つまり月で封印されていた間に地球から集められた負の気をシルヴィーモータルは喰らい続けた…と」
 断言はできないものの、そうとしか言うことができない。いや、それ以外にありえない。
 そもそも、かぐや姫が竹から生まれるのも浄化を意識してのことなのだ。これが、悪意に満ちた場所で生まれ育ったのなら、話はまた変わってくる。
「まじゅうの負づけ…」
 いや、確かにそうなのだが、漬け物扱いされても困る。
『かぐやの巫女よ…この日がくるのをどれほど待ち望んだことか…』
 突然頭に響いた声に、3人は思わず耳をふさいだ。
「今のは…」
「シルヴィーモータルの声!」
 一同の視線がそらへと突き刺さった。 見ている。まだ、これだけ距離があるにも関わらず、魔獣はこちらを視認している。
 見られているだけだというのに身震いがしそうだった。
 無理もない。あれは負の感情の集合体なのだ。
 心を強く持たねば恐怖に呑まれてしまう。
『さぁ、かぐやの巫女よ。貴様のハラワタを喰い破り、未来永劫痛みと苦しみの中を生き続ける磔にしてくれるぞ…!』
 二つの首がゆらゆらと揺れる。
 刹那、緑の光を放つ矢が魔獣の瞳を射抜く。
 雷鳴のような咆哮が響く中、緑と銀、二体の巨人が立ちふさがる。
「そんなこと…絶対にさせないよ!!」
「ここはわたしたちに。みなさんは行ってください!」
 現れた森王と輝王の姿に、魔獣は新しい玩具を見つけたかのように口元を歪ませる。
『貴様ら人間の創造した玩具ごときがぁ…』
 二つの口が、炎と冷気を同時に生み出していく。
『死ねぃッ!!』
 魔獣の放つ一撃は、富士の一角を容易く吹き飛ばした。






 頭に響く不気味な声に、陽平はようやく目を覚ました。
 身体が重い。どうやら自分は海の底にいるらしい。
 腕を動かし、自分が無事なことを確認すると、陽平はゆっくりと起きあがっていく。
「クロスフウガ……生きてるか?」
「なんとか。しかし、よくあの爆発で生き残ることができた…」
 正直、死んだものと諦めたほどの爆発だった。
 ふと、身体を覆っていたものを目にして、陽平は初めて自分が生き残った理由を悟った。
 なにやら赤い、古ぼけた布…。おそらくこれが五つの宝最後の一つ、火鼠の皮衣なのだろう。
 どういった理由かはわからないが、これがあの爆発から身を守ってくれたことは、ほぼ間違いない。
「それにしたって、さっきから聞こえる下品な声はなんなんだよ…」
「ワタシにもわからない。しかし、行くしかない」
 当たり前だ。声の主はかぐやを殺すとまで言ったのだ。そんなことを許すわけにはいかない。
 ボロボロなクロスフウガを立ち上がらせる。
 さすがに脚のパーツが破損しているためか、若干踏ん張りが利かない。
「飛べ…!」
 翼が開き、背中のバーニアが点火する。
「飛べっ!! クロスフウガぁっ!!!」
「ウォオオオオオッ!!!」
 海底を蹴ったクロスフウガは、その勢いだけで海面を突き破ると、月明かりの夜空にその姿を現した。
 飛び散る飛沫がキラキラと輝く中、獅子の咆哮が空気を震わせる。
『ようへいっ!!』
「翡翠っ!? かぐやも一緒か!?」
 突然聞こえた翡翠の声に、陽平は富士山を振り返る。
 遠くに見える富士山のすぐ上になにかが見える。
 間違いない。あれがさっきの声の主だ。
「なんだ……なんなんだよあいつはっ!!」
「大きい…」
 背中のバーニアを噴かせ、富士山の頂へと近づいていく。
 刹那、魔獣の火炎がクロスフウガを襲う。
 ギリギリの距離で火炎を巻くように回り、刃翼を切り離して投げつける。
 刃が鱗を裂き、銀の魔獣から黒い体液が飛沫をあげる。
 裂岩は確かに魔獣を傷つけた。にも関わらずそこは初めから傷などつかなかったかと思われるほどの速度で復元されていく。
「なんという再生能力だ!?」
「野郎、傷つけたそばから復元してやがる!!」
 いや、正確には水に攻撃しているようなものだ。
 形ないものを切ることも、砕くこともできないのと同じこと。
「てぇめぇかぁっ!! かぐやは、絶対に殺させねぇぞ!!!」
 陽平の叫びに、魔獣シルヴィーモータルが笑った気がした。
「笑うかよ!? だが、忍巨兵の力を舐めてンじゃねぇぞ!!!」
 陽平の咆哮に獅子が炎を圧縮していく。
「火遁解放っ!! 吹っ飛べ化け物っ!!!」
「フウガパニッシャーァァッ!!!」
 赤い奔流となって放たれる熱閃に、魔獣は木の葉を飛ばすかのように息吹を吹きかける。
 魔獣の息吹は炎となり、フウガパニッシャーの熱閃をも飲み込みクロスフウガを焼き尽くす。
「うわぁああああっ!!!」
「くぅぅ!!」
 ダメージのためか、分離したクリムゾンフウガが富士山に叩きつけられ、クロスはその身軽さから遠く吹き飛ばされていく。
「よーへぇっ!!」
 かぐやの視線の先。赤い布にくるまったまま、地面に叩きつけられたシャドウフウガは、痛めた肩を庇うようにゆっくりと起き上がる。
「よーへ!」
「かぐや、こいつを持っててくれ…」
 またもやこれに助けられたと、陽平は火鼠の皮衣を持ち上げる。
「かぐやの宝…」
「あと…いくつだ?」
 見れば倒れた森王と輝王の傍で、椿が光海を介抱している。
「あと…ひとつ」
 かぐやの言葉に、陽平は拳を叩きつけた。
「なら、なんとしてでもあの野郎を止めねぇと…!!」
 だが、ふいに陽平の腕に甘い香りが飛びついてきた。
 抱きついたかぐやは、陽平を自分の方にぐいぐいと引き、必死になって頭を振る。
「だめ!! あのシルヴィーモータルは不死身なの!! よーへが殺されちゃうよ…」
「不死身なんか……あってたまるかよ」
 体力などとっくに限界を越えている。
 それでも陽平を立ち上がらせるのは、ひとえにただ約束を守りたいという気持ちだけ。
「ぜってぇ俺が解き放ってやる。かぐや姫なんて運命からな…!」
 獣王式フウガクナイの輝きは、衰えるどころかその強さを増していく。
 向こうで獣王が立ち上がり、鳥たちが一斉に飛び立っていく。
 陽平に応える獣王の咆哮に、椿は手にした勾玉を投げ渡した。
忍獣サイハ、使ってください」
「ありがとう、椿さん!」
 かぐやの腕をそっと放すと、陽平は膝をついてかぐやの右手の甲に口づけた。
 思わず頬を染めるかぐやを抱きしめ、陽平はかぐやにひとつのクナイを握らせた。
「お守り代わりだ」
「これ…」
 クナイを渡されて困惑しない人はそうそういないのではないだろうか。
 首を傾げ、クナイを差し出すかぐやに手を重ね、陽平は照れ隠しに頬を掻く。
「俺が初めて的に当てられた記念のクナイだ。後から知ったんだけど、こいつが風雅のクナイだったんだってさ」
 そんなものを肌身放さず持っている辺り、最初どれほど下手だったのかが伺える。
「当たったとき、すっげぇ嬉しかった。でも、当たるまではムキになったよ」
 思い出すようにして苦笑いを浮かべる陽平に、かぐやはクナイに視線を落とす。
「だから、諦めンな。どれだけできなくたって逃げるな。かぐやには俺がついてる…!」
『俺たちが……だろう』
 獣王式フウガクナイから聞こえてくる声に、陽平はそうだったな、と笑みを浮かべる。
「待ってろ。あんな化け物、3分で片づけてやるぜ…!」
 離れていく陽平に手を伸ばすが、かぐやの指をすり抜けるように陽平は駆け出していく。
「よーへぇっ!!」
「風雅流、三位一体ぃっ!!!」
 陽平が緑の光に包まれ、流星になって獣王の中に消えていく。
 重なりあう鋼の翼が弧を描き、背中を彩っていく。
獣王式忍者合体──っ!!
 サイハの外装に合わせ、クロスフウガの頭部が緑に変色すると、額の水晶が赤く輝き、風雅の印が浮かび上がる。
クロスフウガ・弐式ッ!!!
 緑に彩られた獣王に、シルヴィーモータルは不気味な笑みを浮かべる。
 色が変わっただけでなにができると言いたげな瞳に、陽平が吠えた。
「言ったぜ、忍巨兵を……クロスフウガを舐めンじゃねぇっ!!!」
 刃翼・砕羽がクロスフウガの両手に握られる。裂岩より硬く、また切れ味も鋭い刃は、銀の魔獣を容易く切り裂いていく。
 だが、ただ強力になっただけならば先ほどと結果は変わらない。
 裂けたはずの鱗は、水に通したかのごとく刃だけをすり抜け、傷など初めからなかったかのように正常な状態を維持している。
 通常の攻撃などものともせず、ダメージなどすぐに復元してしまうシルヴィーモータルは、やはり不死身なのか。
(どこかにあるはずだ……あの体を維持するパーツが!)
 シルヴィーモータルの冷気を砕羽の盾で防ぎ、拳から出る銃口が僅かながらの抵抗を見せる。
「これでも──」
 バーニアが青白いフレアを放ち、クロスフウガの姿が一瞬にしてかき消える。
「くらいやがれぇっ!!!」
 霞斬りの要領で間合いをゼロにすると、シルヴィーモータルの右目へと徐に刃翼を突き立てる。
 だが、これも効果はない。斬る、突く、殴るといった物理的な攻撃を無効化し、永遠とも思えるような時を生きる生物。
 ひとはそれを不死身と言うのかもしれない。
 計り知れない攻撃力はこちらを容易く上回り、ただの一撃で忍巨兵を戦闘不能にしてしまう。
『諦めろ…ニンゲン』
 頭に響いてくるそんな言葉に、陽平は苛立ったように腕を振るう。
「だれが諦めるかよっ!!」
 陽平の咆哮が言霊のように叩きつけられる。
「絶対に諦めねぇって心が、俺たち通ってきた道なんだよっ!!!」
 印を組み、胸の獅子が吠える。
木遁解放っ!!!
フウガスマッシャーァァッ!!!
 木の葉のような光が叩きつける雨のように降り注ぐ。
 だが、これでも焼け石に水であることは変わらない。
 そもそも、絶対的な力の総量に差がありすぎるのだ。
「諦めない心…」
 クロスフウガの──陽平の背中に語りかけるよう、かぐやの呟きが聞こえる。
「そうだ!! 一番大事なことは信じることだ。仲間を、相棒を…」
 そんな叫びに応えるように、光海と孔雀の目がうっすらと開いていく。
「俺を…」
 まるで後光のように、月を背に振り返るクロスフウガに、かぐやは目を奪われる。
 それは、優しく、強く、そして…
「俺を信じろっ! かぐやっ!!」
 陽平の言葉に力強く頷くかぐやに、弧状に広がったクロスフウガの翼が放つ光が降りる。
 実際には月明かりを反射しているだけなのだが、なぜか翼が輝いているように思えて仕方がなかった。
 陽平は応えてくれる。その命と勇気をかけて、全身全霊で応えてくれる。
 なのに、自分はどうだ。月へ還ることから、陽平から離れてしまうことが怖くてなにもできずにいた。
 思い出せ。陽平は、みんなは自分になんと言った。
(諦めない。運命に負けない。よーへを…)
 助けたい。力になりたい。今、陽平を助けることができるとすれば、それはかぐや姫の力を使う以外にない。
 だが、もし力を使えば、かぐや姫の覚醒を月に教えてしまうことになる。
 そうすればきっと迎えがくる。陽平との別れがきっときてしまう。
 それでも、陽平の想いをカタチにできるのはもう今をおいて他にはない。
 すっ、と息を吸い、決意と共に陽平に最高の笑顔で応える。
「よーへを信じる。あたし、信じるよ!」
 そして、自分の中にある陽平への想いを。
「だから、月とか、運命なんか怖くない。あたしの力をよーへにあげる」
「かぐやの……力? それって…」
「なら、絶好のタイミングでしたね」
 やっとの思いでかけつけた楓と柊の姿に、陽平がサムズアップを交わす。
「へいおまちっ!」
「かぐや姫の宝、お届けにあがりました」
 ボロボロだというのに軽口を叩く柊に口元をほころばせる。
「さぁて、今度は一味違ぇぞ!!」
『力もない。手も届かない。そんなムシケラがなんになる』
 嘲り笑う魔獣に、陽平はそんなことも知らないのかと不敵な笑みで返す。
「最高の力になるんだよ!!」
「そーだよ! あたしとよーへの力、今こそ見せてあげる!!」
 陽平と共に吠えるかぐやの言葉に、一同が目を丸くする。
「5つの宝よ、月の巫女かぐやの姫の名の下に、その本来の姿を取り戻せーっ!!」
 右手を振りあげるかぐやに、5つの宝が淡い輝きを放つ。
 古びたものばかりのはずが、そのどれもに神々しさを感じる。
「か、かぐや…?」
「あたしはよーへを信じるよ。よーへは絶対に不死の力に捕らわれたりしない…。よーへもあたしを信じて!!」
 かぐやの感情が爆発するのと同時に、彼女の服が弾け飛ぶ。その中からは、幼い頃、誰もがお伽話に見たかぐや姫の姿があった。
『やめろ!! かぐやの姫よ、キサマ自分のしていることがわかっているのか!!!』
 シルヴィーモータルの言葉に、かぐや姫が当たり前だと睨みつける。
「よーへを不死にする!」
 かぐやの発言に、一同は我が耳を疑った。
「不死を滅ぼすのは不死だけ」
「ちょっと待ってください! それでは先輩が──」
「大丈夫だ」
 楓の言葉を遮り、こんな状況だというのに陽平が穏やかな笑みを浮かべる。
「俺もかぐやを信じてる」
 証拠などない。しかし確信を持っているかのように断言する陽平に、楓はわからないと頭を振る。
 しかし、納得はしていないが陽平は信じられるのか、それ以上を言うことはなく、右手を胸に添える。
「サンキュ、楓」
『バカめ!! やらせると思っているのか!!!』
 同時に襲いかかる二つの首を巧みにかわし、陽平はできるだけかぐやたちから遠ざかっていく。
『不死を得る前にキサマを八つ裂きにすればいいだけのことだ!!!』
 全身の鱗が毛のように逆立ち、次々とミサイルのように撃ち出していく。
「さっきも言ったぜ、化け物!! 忍巨兵を舐めンなっ!!!」
 まるで嵐のような鱗の弾丸を、クロスフウガはかすることさえなくかわしていく。
「アニキの動きが違う!」
 柊に頷く楓も、身を震わせるように陽平の姿を見上げる。
 陽平が持つ鬼眼、第二の能力記憶≠ェ相手の攻撃を瞬時に記憶することで、攻撃パターン、速度、破壊力、それらすべてをもっとも近しい形で予測する。
 いや、ここまでくればもはや予知に近い。
 もしこの力を使いこなせた暁には、どんな攻撃だろうと陽平には通用しないだろう。
「ヨーヘー……まさか、あの子のこと──」
 幼なじみの姿になにかを感じる。
 それは、決して使命感でも義務感でもない。
 自分が陽平を想っているかのような…
「永久なる命よ…、優しき光となって彼の者を見守りたまえ!」
 かぐやの身体から沸き上がる力が、5つの宝をクロスフウガへと光の速さで送り届ける。
 その瞬間、クロスフウガと陽平の身体に異変が起こった。
 まるで焼けるような熱さと、引き千切るような痛みが全身を襲う。
 あまりの痛みで声が声にならなず、僅かな呻き声が陽平の口から漏れた。
「よーへ、あたしを信じて!!」
 信じてる。信じているが、身体が力を拒絶している。
「いけません! 今の陽平君はあまりに無防備です!」
 椿の言うとおり、クロスフウガの目の前で大口を開くシルヴィーモータルが、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
 炎と冷気が膨れ上がり、凄まじい圧力とともにクロスフウガへと解き放つ。
「釧さまぁっ!!!」
 孔雀の叫びがそうさせたのか、それともただの気まぐれか。
 突如、天空から舞い降りた漆黒の獣王は、クロスフウガとシルヴィーモータルの間に割って入ると、放たれた炎と冷気を同時に獅子で受け止める。
氷炎解放…!【ひえんかいほう】」
 本来、二つの術を同時に圧縮するようにはできていないフウガパニッシャーで、火炎と冷気を無理矢理抑え込んだことで、さすがの黒い獅子にも亀裂が走る。
 内側から弾けそうな力を抑え込み、釧はシルヴィーモータルへと力を逃がしてやる。
「力を過信したキサマの負けだ」
 まるで鏡が光を反射するかのように、膨大な力は放った本人へと跳ね返っていく。
 これだけの巨体がかわせるはずもなく、自らの力が魔獣の双頭を吹き飛ばした。
 だが、まるで水が弾けるように飛び散った破片は、再生を果たそうと本来あった場所へと還っていく。
 やはり単純な物理攻撃では倒せないかと、釧は誰にも感づかれぬよう舌打ちする。
(手を焼かせてくれる。……だが──)
 そう。だが、不死を滅ぼす者もまた、ようやくその姿を現した。
 月明かりに照らされ、青白い輝きが緑の獣王を包み込む。
 仏の御石の鉢が頭を、火鼠の皮衣が翼を包み込み、竜の頸の玉が獅子の口にはめ込まれた瞬間、獣王を白銀の巨兵へと変身させる。
 右手には蓬莱の玉の枝が変化した槍が、左手には燕の子安貝が変化した盾が握られ、彩るような青いマントが背にたなびく。
 シャドウフウガもまた、同様の鎧となって陽平の身体を覆っていく。
 クロスフウガの瞳に光が宿り、全身が月の光を受けて輝きを放つ。
「「獣王式月影合体っ、エターナル・クロスフウガァァッ!!!」」
 満月の光と共に現れた巨兵の姿に誰もが言葉を失う。
 魔獣でさえその姿に畏れを感じるのか、自ら攻撃をしかけようとはしない。
 だが、互いに不死身。慎重になることはないとたかをくくったのが仇となった。
 全力で放った火炎はエターナルクロスフウガの翼が完全に遮断し、冷気は盾が跳ね返す。
 鱗の弾丸は胸の玉が放つ光が砂へと変え、全ての攻撃はエターナルクロスフウガに届く前に無効化される。
『なんだ…この圧倒的な力は』
 直接頭に聞こえるためか、魔獣の動揺が手に取るようにわかる。
 魔獣の言うとおり、これでは不死身ではなくそれらを通り越した無敵そのものだ。
「不死の力はもうねぇ。二つの不死が互いに相殺させたからな」
 陽平の落ち着いた口調が魔獣の不安を余計にかきたてる。
 それは絶対の信頼。かぐやが己の願いさえも捨てて与えてくれた力への信頼。
 そして、エターナルクロスフウガならば確実にシルヴィーモータルを倒せるという確信。
 エターナルクロスフウガが槍を振るうだけで空が裂け、シルヴィーモータルの首を叩き落とす。
 悲鳴にも似た咆哮に、陽平は槍を握り直す。
 凄まじい威力だ。下手をすればシルヴィーモータルどころか富士山まで両断してしまいかねない。
「陽平、後ろが気になるならば、後ろがないところへ攻撃すればいい」
「だな」
 虹色の尾を引いてシルヴィーモータルの下に潜り込むと、盾の力を解放する。
 ドーム状に広がる結界が、シルヴィーモータルの巨体を高々と跳ね上げる。
 よもや夢にも思わなかっただろう。自分の30分の1しかない相手が、山と見間違うほどの身体を軽々と弾き飛ばしたのだ。
「いっくっぜぇええっ!!!」
 槍を構え、翼が広がる。そしてたなびくマントが青白いフレアとなってエターナルクロスフウガを弾丸のように弾き出した。
「でぇええりゃああああああっ!!!」
 裂帛の気合いと共に放たれた突きが、シルヴィーモータルの腹部から背中へと大穴を開ける。
 やはり山を背にしたままじゃなくて正解だった。もし、そのまま突きを一閃していたら、今頃シルヴィーモータルと共に風穴を開けられた富士山が、真っ赤なマグマを垂れ流しているところだった。
 だが、追い打ちにと槍を振りかぶり、今まさにトドメを刺そうとしたその瞬間、シルヴィーモータルは意外な手段に出た。
『ま、待て!! 我を断てばかぐやの姫は月へと還るぞ!!』
 見苦しいと言えばそれまでだが、魔獣の言葉に陽平の手がピタリと止まる。
 苦し紛れの一言とはいえ、負の感情の集合体。こちらの弱いところを的確に突いてくる。
「どぉいう……ことだよ」
『かぐやの姫は月の巫女。故に月へと還るのは当然よ』
 そんなことはわかっている。だからこそ、運命に抗うためにこうして5つの宝を集めにきたのだ。
 だが、その宝を使用したために、月に巫女が生まれたことがバレてしまったのだ。おそらく、月からの迎えがくるのも時間の問題だろう。
『だが、我がいることで、月の者どもは巫女に手出しはできぬ』
 シルヴィーモータルの言はもっともだ。
 だが、シルヴィーモータルが完全に見落としている部分が、陽平に決意という名の勇気を与えてくれる。
 決して諦めない。陽平はかぐやを信じ、かぐやは陽平を信じている。
 そんな勇気が、陽平に武器を取る決意を与えた。
「てぇめぇみてぇな化け物の力なんざ借りなくたってな…」
 胸の玉から広がっていく光が、全身へといきわたる。
「俺がいる。俺が守ってみせる!! 月の連中がなんだってんだ!! かぐやは…」
 陽平の気持ちが痛いほど伝わってくる。涙は決して見せてはいないが、陽平の心は確かに泣いている。
「よーへ…」
 そう思うと、もう自分の涙を止めることはできなかった。
「かぐやは、俺が守るっ!!!」
 刹那、エターナルクロスフウガの力が爆発的に上昇していく。
 もう、迷いはない。今はただ、この一撃にかぐやへの想いを込めて…
「てぇめぇにも見せてやる。生きるってのがどれだけ大切か!! 人が人と出会い、別れることがどれだけ重要なのかをっ!!!」
 エターナルクロスフウガの翼が組み変わり、鳳凰の翼のように孤を象ると、それらが月明かりを受けて金色に輝いていく。
『よせ!! やめろォ!!!』
「月に還るのはてぇめぇだぁあああっ!!!!」
 陽平の咆哮と共にエターナルクロスフウガが爆発した。
 光の矢となった力が、シルヴィーモータルを天高く突き上げ、決して逃れようのない圧力をかけながら空へ、空へ、空へと持ち上げていく。
「う゛あ あ あ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!」
 光の矢が放つ圧力はシルヴィーモータルの身体を徐々に押し潰していく。
 大気と力との圧力に魔獣の身体が耐え切れなくなったとき、陽平の想いはそのすべてを貫いた。
エターナルッ、クロスランサーァァッ!!!
 人の想いは電気よりも早い。そう理論立てた者がいたらしい。
 人が人を愛したとき、愛しいと感じる気持ちは反射神経を走る電気信号よりも早いということらしい。
 月に向かって空を翔る一筋の光となったとき、陽平はそんなことを思い出していた。
 そして気がついた。この、止められない気持ちが…………なんだということに。
 仲間と主とライバルと、そして愛しい人が見守る中、陽平は金色の流星となった。






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